鈍痛、楽園のカンヴァス

3月9日、月曜日。

外は激しい雨の音。しかし予報ではなんと明日は吹雪。今週末まで雪だという。庭の雪も粗方融けて、すっかり春の気配になったというのに。

今しがたまでアルガルベ杯のなでしこ対フランス戦を見ていたのだが、2点目を取られたところで諦めた。なんにせよ内容がよくない。

今日も体調は回復せず。午前中に消化器系の内科に電話して予約を取り、夕方の4時半に行った。待合室はやたらと混んでいた。で、ようやく呼ばれて診察、触診など一通りされて薬を出されたものの、病名はおろかどこが悪くてどこが悪くないという話もなく、結局なんなのかさっぱり分からない。医者に訊けばよかったのだが今日はずっと頭に鈍痛があり終始ぼうっとしていたのでそんなことすら忘れていた。薬は胃腸の働きをよくするというものだった。ネットで調べるとどうやら便秘のときに出す薬のようだ。

夕食前に薬を飲み、夕食後に母のところに行くと薬が効いてきたのかそれからはトイレ通い。医者の出す薬はそれなりに効くようである。母のところから帰宅後もせっせとトイレに通ったが、それでも体調がよくなったという実感はあまりなく、相変わらず頭やら目やら肩やらあちこちに鈍痛がある。

そんなわけなので終日頭がどうにもすっきりせず、朝方相場の指値をしておいて夕方指値が成立したものの、相場を考える頭になかった。どこか上の空。頭に膜でも貼りついているようで、どうにも頭が回らない。何故か知らないが目がやたらと疲れているのも頭が回らない要因のひとつ。そんなわけで夜は台所でネットをしたり本を読んだりしてぼうっと過ごしているうちに読みが当たったのか運がよかったのか(それすら判別出来ない)、日当が出て利食い。それ以上どうやっても頭が回らないので今日のところはこれでしょうがない。

原田マハ「楽園のカンヴァス」読了。読み終わってから巻末の解説を読んで、これってミステリーだったのかと気づく次第。よく見れば帯にミステリーと書いてあった。かなり評判になったこの本、確かに面白かったのだが僕には正直女性作家特有のロマンチシズムが少々過剰に思えた。大方の人にはそれが肯定的に受け止められるのだろうけど、なんていうか、ちょっと甘すぎるスイーツみたいな感じが僕にはした。もちろん、男性のミステリー作家でもお涙頂戴の浪花節で情に訴える作家も多いが、僕はその手の作家は苦手だ。その手の作家ほど浪花節ではないにしろ、ロマンティック過ぎるように感じるのは、今の僕がそういうロマンチシズムを求めていないせいだろう。逆に言えば、ロマンチシズムを好む人はとても面白く読める本だと思う。


楽園のカンヴァス (新潮文庫)

結局なでしこは3点目を取られて負け。あの内容では仕方ない。それにしてもなんでこんなに目が疲れているのだろうか。

そういえば今日はツイッター経由で気になるシンガーを一人発見。神谷えり。キャリアが長い人だが売れてないらしく出したアルバムはほとんど廃盤、ウィキペディアにすら載っておらず今日まで知らなかった。父親がスティールギター制作者、母親はスティールギター奏者で元々はジャズ畑のシンガーのようだ。凄く気になる。よい。

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瀕死、コミュニケーション・ブレイクダウン

3月8日、日曜日。

昨日よりもさらに体調悪化。午後はコタツでJリーグを見ながら完全にダウン、寝込む。ただの具合の悪い人と化す。このまま死ぬのかなあなどと考える。それぐらい具合が悪かった。今日はとても母のところには行けないし、このままでは夕飯も食べられないと思った。どうもただの便秘というだけではなさそうで、薬の副作用と思って昨日の昼から整腸剤以外の薬を飲まないでいたので、もしかしたらベンゾジアゼピン系(安定剤)の離脱症状かもしれないと考える。で、安定剤を1錠飲んだ。自分でも顔に血の気のないことが分かるくらい弱っていた。

これだけ具合が悪くただの病人となっても、不思議なことにいつも夕飯を食べている6時過ぎになると腹が減ってくる。仕方ないのでレトルトのカレーでなんとか夕飯を済ませると、少し持ち直してきたのでほんの少しだけでも母の顔を見て来ようと7時半ごろに母のところに行く。8時になると玄関が閉まってしまうので20分ぐらいしかいれないのだが。

母のところから帰宅するとまた気分が悪くなってくる。少々頭痛もするしそのうち脇腹というか左側の肋骨の辺りが痛み出す。原因がよく分からないからなおさら気持ち悪い。そのうちようやく痛みは治まった。いずれにしても、どちらかというと調子が悪いからといって寝ているとかえって具合が悪くなるような気がしないでもない。一時は病院に行った方がいいのかもと思ったぐらいなのだが、一人でいるとどの程度で病院の救急に行くべきなのか、加減が分からないので困る。

ようやく人心地ついたところで久しぶりにヨウタロウに電話して少々話す。その後、弟に電話したところ、話がまったく噛み合わず、弟の言うことがいちいち癇に障っていらいらすることこの上ない。そのうち、前にもあったのだが弟が何かのボタンを間違えて押したのだろう、声がまったく聞こえなくなり電話を切った。これだからスマホは嫌いだ。弟はかけ直しても来ない。どうして普通にコミュニケーションが取れないのだろう。弟はいちいち自分の意見を押し付けてきて譲らないので一向に噛み合わない。何故普通の会話にならないのか、いまだに腹が立つ。

その後、口直しに同級生のジョンとLINEで長電話。一旦落ち着くものの、また弟との会話を思い出してはむかつく。どうも自分がコミュニケーション不全に陥っているような気がしてしまう。誰かに電話するのも恐る恐るになってしまう。そもそも、さしたる要件などないのだ。以前も書いたが、いつから弟との関係、特にコミュニケーションがこうぎくしゃくするようになったのか。どこか弟に対してコンプレックスのようなものを抱いている自分がいる。弟の言い方が全部偉そうに聞こえてむっとする。自分の方に問題があるのなら反省すべきだが、今日のところは弟の方に要因があったと思う。もっとスムーズに話す言い方がいくらでもあったはずなのだ。

感情に振り回されると不思議なことに午後にコタツで弱り切ってこのまま死ぬかもしれないと思ったことがどこかに行ってしまう。ただその代わり腹が立つ。どっちもどっちだ。いずれにしても、弟に対してだけではなく、僕の孤立感や罪悪感といった巨大なコンプレックスが消えることはないのだろうなと思う。弟に対して寛容ではないと怒るのも、つまりは自分が寛容でないということに過ぎない。

それにしても、今日の体調の悪さは一体なんだったんだろうか。

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つまり

3月7日、土曜日。

2時半就寝、三度寝ぐらいして9時起床。最初に6時台に目が覚めて焦った。今日も朝から頭痛がして体調が悪い。で、どうやらこれは便秘のせいらしいと。100%の便秘ではないが80~90%ぐらいの便秘状態にある。恐らく一番の原因は泌尿器科の薬の副作用であると思うが、朝既に飲んでしまっている。便秘の副作用があるドグマチールは昼以降飲まないようにした。とにかく調子が悪く、午後コタツでJリーグ開幕戦、仙台対山形の試合を見ていても途中で寝てしまう。山形の試合よりもむしろ、名古屋対松本(3-3)の方が面白かった。仙台に0-2で敗れた山形は地力のなさが目立つ。

なにしろ具合が悪いので、母のところも30分ぐらいで切り上げる。母はすっかり元の表情に戻ってしまった。放っておくとずっと呆然と食堂(ホール)の一角を放心したように見つめ続ける。帰宅して食欲がないながらも炒飯を作って食べ、湘南対浦和の試合を見る。面白い試合だった。湘南の試合をちゃんと見るのはこれが初めてだが、特に前半のだーっと全員で攻め上がるサッカーはかつての全盛期のローマを彷彿とさせる。非常に面白いし、とにかく走るので見ていて爽快だ。ただ後半は疲れてしまったし、個々の選手の能力はやはり浦和の方が高い。結果は1-3で浦和の逆転勝ち。しかし、しばらく湘南に注目しようかなと思う。

今日から茶の間の方のテレビでスカパーの無料体験。これからドルトムント対HSVの試合を見るところ。

夜風呂の掃除をしたら息が切れて気分が悪くなった。どうも末期的に体調が悪い。便秘というもの、なかなかに侮れない。

今日は先日アマゾンに注文したブラッド・メルドーのCDがやっと届いた。アメリカの店に注文したので届くまで2週間ぐらいかかった。7枚セットで4000円というのはやっぱり安い。そのうち2枚は既に持っていたのだがそれでも安い。

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体調不良日

3月6日、金曜日。

今日はとにかく終日体調が悪くて参った。1時半就寝の9時ごろ起床だから7時間以上寝たのだが、朝から調子が悪い。どこがどうというのがはっきりしないのだけれど、どうも体調が思わしくない。身体がダルいような重いような。結局夕方になってコタツで1時間ほどダウン、その後母のところに行ったころもふらふらだった。夜は若干持ち直すものの、それでもなんか身体が軽くない。これを書いている今も若干頭痛がするような。一体何がどうしたのかよく分からない。少しずつ暖かくなってきたので季節の変わり目という奴なのだろうか。

相場は一応指値をしておいたもののつかず、夜は米雇用統計があって読み通りに動いたがポジションは持っておらず。上がり切ったところでカウンターの逆張りを仕掛けてみるがなかなか思うように行かず同値で逃げた。結果的には3分我慢すればよかったのだが。何にせよ体調の悪い日はやらない方が無難なようだ。

なんか最近老眼が酷い。かなり進んだようだ。手帳に書き込むにも読むにもいちいち眼鏡を外さなければならない。しかしこう体調が悪いと頭も回らないしどうにもならない。今日はいい天気だったし少しずつ春が近づいているというのに、なんとかならないものか。

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信号

3月5日、木曜日。

2時就寝の9時起床だから7時間ぐらい寝ているのに、今日も夕方までは眠気に悩まされる。特に夕方になるとまるで体内から昼寝信号とも言うべきものが湧いてきて猛烈に眠い。よほどコタツで挫けようかとも思ったけれど、これが習慣になってしまうと条件反射的に夕方近くなると眠くなるという癖がつきかねないのでなんとかこらえる。

と、日記を書き始めたらまた眠気が。頭の中に蜘蛛の巣が張り始めている。そういえば今日は朝から頭痛がしてアドヴィルを2度飲んだ。

というわけで今日は日記書くの非常にかったるいのだが。

朝起きてツイッターのタイムラインを見ると、まず飛び込んできたのはバーゼルの柿谷がハットトリック、ザルツブルクの南野が2ゴール1アシストというニュース。ちょっとびっくりした。同時にケチャップが出るとは。二人とも今季はなかなか結果が出せてなかった、特に柿谷は出場すらなかなか出来なかっただけに。柿谷はカップ戦だが南野はリーグ戦。

で、夕食後母のところでニュースを見ていると日本代表監督にハリルホジッチが合意という報道。思ったよりも早く決まってよかった。それもルックス重視じゃなくてアルジェリア代表監督として結果を出してきた監督に収まってよかったと思う。ハリルホジッチのファーストネーム、ワヒド、ヴァヒド、バヒドと読み方が分かれているが、オシム前監督の通訳を務めた千田氏によると本来の読みはワヒドのようだ。いまのところメディアではバヒドという表記が多いが。で、スポーツ紙ではハリルジャパンという風に書いてあるけれど、どうなるのかな。ワヒドジャパンでもいいと思うが。まあザッケローニがザックジャパンだったからハリルジャパンでもいいのか。前述の千田氏によれば、ハリルというのは親友という意味らしいし。

という具合に今日はサッカー関連の(わりといい)ニュースが目白押しだった。

午前中は洗濯などをしながらちんたらと過ごし、昼頃から業務に行ったのだが、珍しくツイていた。というか、珍しく比較的まともなネタをひとつ発見。とはいうものの、相対的な話であってだからどうというほどのものではないのだが。

相場はなかなか指値がつかなかったが一応読み通り、ところが逆指値の置き方がよろしくなく夜の指標でひとつ無用なストップを食らってしまったが、トータルではなんとかプラスに。

しかしなんでこんなに眠いのだろうか。確かにこのところ体調がよろしくはないが。今も頭に蜘蛛の巣が張っているのもそうだがやたらと肩が凝る。で、瞼が重くなる。一体何時間寝ればすっきりするのだろうか。


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3月4日、水曜日。

10時近く起床。だが昨夜寝たのが3時過ぎ。結局あれから相場が動いたのでポジションを仕込んだりしていたので遅くなった。起きてみると仕込んでおいたポジションはいい感じに。後はどこで決済するかだけ。

それはいいのだが日中眠い。一体何時間寝れば眠気がなくなるのだろうか。それとも寒さが緩んできたので暖房のせいなのか。かといって暖房ないと寒いし。

昼過ぎに外は天気がよかったので散歩に出た。銀行まで歩いて記帳、その後裏手の方を流れる小さい川の方に歩いてみた。確かこの辺りに蕎麦屋があるはずなのでそこで昼食にしようかと。ただの住宅街である川沿いを歩いて行くと、のぼりが立っていて蕎麦屋を発見。見たところ普通の家だが。とにかく入ってみると、昼時なのに広い座敷には先客が一人だけ。僕と入れ違いに帰った客を入れても稼ぎ時にこれでは先が思いやられる。品書きを見るとこの町の名物である冷たい肉そばがない。この町では実に珍しい。そんなわけでせいろを頼んだ。食べてみると手打ちだけあって蕎麦自体は旨いのだがつゆがいまひとつ。まあ普通の蕎麦である。僕が食べている間に先客も帰り、客は僕だけに。清算して帰ろうとすると驚いたことに靴がない。唖然。下駄箱には見たことのない靴がぽつんとひとつ。これでは帰れないではないか。店主の話によるとどうやら僕と入れ違いに帰った客が間違えて履いて帰ったらしい。店主が電話して車で取りに行くというので、その間に表に出て煙草を一本吸って待つことにした。

river

川の流れを見ながらぼんやりと煙草を吸っていると、店主が僕の靴を抱えて戻ってきた。これでようやく帰れる。まったく珍事だ。たまたま店主が知っている客だったからよかったようなものの、もし一見の知らない客だったら大変なことになっていた。ともかく、とぼとぼと歩いて帰る。

帰宅して書斎でPCに向かっていると外は強風が吹いて雨が降ってきた。さっきまで晴れていたのに奇妙な天気だ。しかし眠い。なんでこんなに眠いのだろうか。眠くて頭が回らず何も出来る気がしないので、今日は早めに母のところに顔を出すことにした。今日の母は以前の表情に戻ってしまっている。部屋のベッドに寝かせると、しきりに「何をしたらいいのか分からなくて困った」とこぼす。これはまさに僕と同じだ。僕も何をしたらいいのか分からないのだった。いずれにせよ、母は特養にいることが辛そうに見えて、僕は悲しくなった。出来ることなら家に連れて帰りたいが、現実問題として僕一人で世話をして面倒を見るのは無理だ。しかし母が可哀想で辛い。

特養から帰宅すると夕刻、相場のポジションはまんまとハマり、結構なプラスになっていた。5時過ぎに大きく動いたところで半分決済。というのも、夕食後にACLの鹿島戦をゆっくり見たかったから。というわけで夜はACLのFCソウル対鹿島の試合をネット観戦。鹿島の選手は動けていないわけではないのだが、どうも前線に放り込んでばかりでミスも多いし連携がよくないし攻撃時に人数が足りない。何度かあった決定機を逃すと、セットプレーから失点、そのまま0-1で敗れる。試合全体を通して内容を見ると、どうも力負けという気がしないでもない。同時刻の浦和も負け、とうとうACLで勝ち点を挙げているJリーグのチームは柏だけとなった。

結局本日の相場は例によってチキンにはなってしまったものの、数日分のプラス、結果的にはFXを始めて最初の一年で最低限の目標(30%)をクリア。最初の3ヶ月負け続けたことを考えるとよくここまで盛り返したなと。

ここで筆を置いてアルガルペ杯、なでしこ対デンマークを後半途中から見るが1-2で敗戦。試合を見ている限りでは終始なでしこが押しているように見えたが、なんで負けたのか不思議。

もっと不思議なのは10時近くまで寝たのにもう眠くて目が既に寝ているということ。


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チキン

3月3日、火曜日。

さっきくしゃみをひとつして、ちょっと熱っぽいような感じがする。ちと身体がダルいし。風邪でも引いたのかな。寒さも緩んできたというのに。

今朝は9時ごろに起きたのだがやはり睡眠が足りない。朝から眠気との闘い。午前中は台所のテーブルに突っ伏して寝てしまう。卵かけご飯の昼食後も眠気が取れない。今日は午後に泌尿器科の予約が入っていたので3時ごろに医者に行って、ようやく眠気を克服。夕方何やら急激に空腹を覚え、早めに夕飯を済ませて母のところに行った。それ以外は大体相場をやっていた。夜、相場をやりながらネットでACLの城南とガンバの試合を見たが、ガンバは攻撃時にまったく走れず。いくら過密日程でコンディションがと言ってもこれでは勝てるわけがない。結果、0-2での敗戦。今日は柏が5-1で勝ち、Jリーグ勢で初の勝ち星。

相場は昨夜寝る前に指値しておいたものが寝ている間に成立、これが思惑通りに動いたのだがこのところのキチン癖でまたもや焦って決済してしまった。どうも最近こういうパターンが多い。自分を信じ切れず引っ張れない。そうこうしているうちに夕方以降取ったポジションは今度は裏目、結局夜に損切りする羽目になりこの時点で微損。まあホントの微損ではあるけれど。これまた結果的には見切りが早過ぎた。放っておけばプラスに転じた。どうもキチンだ。どうしようもなくチキン。まあ今に始まったわけではなく、元来僕は世界でも稀に見るくらいの小心者である。

この日記を書き始めた途端に伏線のつもりで置いておいた指値が成立、今度は明日まで引っ張ろうかなと思う。

で、久しぶりにYouTubeで80年のスティーヴィー・ワンダーのアルバム、「Hotter Than July」を聴いた。無茶苦茶懐かしかった。2曲目の”All I Do” から3曲目の”Rocket Love” へ流れる辺りが泣ける。このアルバムがいまひとつ評価が高くないというのが合点がいかない。とても好きなアルバムで当時はやたらと聴いたものだった。このアルバムからは”Lately” を学生時代に同級生の(小山)水城とやった。水城はその後コロムビアからデビュー、デビューアルバムのアレンジは新川、そのレコーディングの直後から僕が新川のマネージャーをやる羽目になるという奇遇。とまあ、そんなことを思い出す。

その流れで今は同じくスティーヴィーの「Songs In The Key Of Life」を聴いているところ。しかしなんか顔が火照る感じがする。やっぱり風邪気味なのだろうか。

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3月2日、月曜日。

ようやっと髪を切った。たかが3・4cm(少なくともそうオーダーした)切っただけで随分と印象が変わるものである。長髪寸前のところまで来ていたので、昭和初期の書生みたいな雰囲気が普通のおっさんになったという感じ。ともあれうざったかったのでしょうがない。髪を切っている間、膝の上に切った髪が大量に溜まるけれど、それを見たら随分と白髪があって結構ショックだった。確かに最近鏡を見ると以前は目立たなかった白髪がちらほらと見えるようになったとは思っていたのだが、改めてここんところ老け込んだなあと思う。まあ白髪というのは個人差があるので、そう大騒ぎするほどのものではないと思うにしろ。放っておいても人間というのは着々と歳を取る。

朝は7時台に目が覚めて、何度寝直しても5分おきに目が覚めてしまうので、諦めて8時過ぎに起きた。なので睡眠は足りない。後で気づいたのだが今日はプラスティックごみの日だったので、どうせならもっと早く起きてごみを出せばよかった。

朝から昼過ぎまでは雪、午後からは晴れ。朝食後に相場の指値をして、今日も業務に行ってみるがいまだに不ヅキの循環から抜け出ることは出来ない。というか、現状を勘案するとやらない方が無難なのかなあとも思う。帰りがけに1000円カットに寄って前述のように髪を切り、帰宅後は夕方までコタツで昼寝。

夕食後に母のところに。食堂(ホール)には大きなおひなさまが飾ってあった。母は今日も基本的にはいい顔をしているものの、昨日のように少しずつ以前の顔つきに戻ったり。それで今日気がついたのは、一昨日から母の顔が別人のようによくなったと思ったのは、母が笑顔を見せるようになったからだということ。自然に笑うようになった。母が笑顔を浮かべるとほっとする。今日の母は歩かせるとやたらとふらついた。そういえば昨日看護師が血圧が高かったと言っていたので、何か関係あるのだろうか。その辺は心配。

母のところから帰宅して夜は相場。夕方成立した指値は甘くてストップを食らってしまい、その後指値を置き直して最終的にはなんとか一日トータルでプラスには持って行ったものの、今見ると結果的にはまたちびって早く決済し過ぎて失敗してしまったようだ。その辺は結果論だからしょうがない。

というわけで、クッツェー「夷狄を待ちながら」読了。南アフリカの作家クッツェーはノーベル文学賞を受賞しているし、この作品もアマゾンのレビューで非常に評判がよかったのだが、僕にはどうも消化不良な感じだった。まず訳が大時代的で古臭い言い回しが多くて気になった。タイトルの夷狄(いてき)なんてのもそもそもそうだが。文章も話も具体性を欠いているわけではないのだが、ひとつには時代設定と地域設定がはっきりしない(したがってイメージしにくい)というこもあるのだけれど、全体のプロットの流れがどこか観念的な印象でそれが物足りなかった。主人公に降って湧いた悪夢のように通り過ぎたから騒ぎの話であるといえなくもない。読み手の好みもあるだろうが僕には主人公に感情移入出来なかった。それが出来ないとカタルシスも得られない。そもそも夷狄というのがある種象徴的な存在であって、具体性を持って溜飲が下がるような話ではなかった。この象徴的な部分によるこの小説の持つ神話性、それが評判のいい要因だと思うのだけれど、僕には逆にそこが合わなかった。


夷狄を待ちながら (集英社文庫)

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背骨

3月1日、日曜日。

終日雨。

気がつくと3月。2月はうるう年以外は28日までなのだった。これが損なのか得なのか、実によく分からない。たぶん損でも得でもないのだろう。

9時半起床できっちり7時間寝た。朝食後うだうだしてからなんとなく業務へ。他にすることが思いつかないというか、このところ午前中何かに集中出来る気がしない。まあそれは午前中だけではないのだけれど。3時ごろまでうだうだとやって結局今日も無駄足。というか、このひと月あまり業務に関してはほぼ無駄足に終わっていて、勝率が結構悲惨。実際のところ、単なる暇つぶしと化している。帰りがけ、今日は髪を切りたいなと思ったのだが、1000円カットは日曜日だけあって混んでいたのでパス。

帰宅後、背骨を骨折したという町内の叔母(父の姉)が気になるので見舞いに行くことにした。電話して行くことを伝えてから車で向かうものの、道に迷ってしまう。叔母の家に行くのはこれで二度目だが前回も迷っていとこに迎えに来てもらった。今日も何やら近くまでは来ていると思うもののどうにも分からなくなって携帯で電話して道を聞き、ようやく到着。叔母の家はただでさえ狭い道が入り組んでいるところからさらに引っ込んだところにあるので実に分かりにくい。

叔母は存外元気そうだった。背骨を骨折といっても圧迫骨折らしく、手術をするような深刻なものではなかったらしい。それでもひと月近く入院治療していたそうである。見舞いに5000円包んでいったのだがどうしても受け取ってくれなかった。30分ほどいて帰る。

帰宅後、朝食用のパンが切れていたのでスーパーに買い物。ようやく野菜が安くなってきた。というか、これは実家に戻ったころからずっと思っていたのだが、こと物価に関しては都心より山形の方が高いと思う。肉、魚、野菜、どれをとっても。とはいうものの、都心で自炊していたのは料理が趣味だった随分昔の話で、実家に戻るまではほとんど外食だったので印象論ではあるけれど。ともあれ、探せば都心の方が安い店があるというのは確かだと思う。

夕飯はレトルトのカレーで済ませ、母のところに顔を出す。今日も僕が着くと母はぱっと昨日と同じような凄くいい表情をしたのだが、その後次第に顔つきが少しずつ変わっていって、なかなか一朝一夕には安定しないのだなあと思う。母の友人3人が来たのだがいつだか分からないというので、一階の受付に降りて台帳で確認すると一昨日だった。かように、母は最近の記憶ほど怪しい。

帰宅して、夜はテレビで山田洋次監督「小さいおうち」をやっていたのでながら見をしていたのだがどうも近頃は人情譚に素直に入り込めず途中から見るのを止めた。歳のせいでひねくれてきたのだろうか。NHKのサンデースポーツをちょっと見たり、ツイッターにちらほらと書き込んだり、要するにほぼ何もしないうちに夜が更ける。

読んでいるクッツェーの「夷狄を待ちながら」、4分の3ぐらいまで読み進んだのだがなかなかしんどいものが。なんていうか、もう少しふわふわと幸せになる話を読みたいのだが。かといって前述のように人情譚的なものにも素直に共感出来ないので難しいところ。クッツェーは自省的というか心情を吐露する部分が辛い。最近はシーラッハのように削ぎ落とした客観的文章を好む傾向にある。ジョン・ウィリアムズ「ストーナー」の文体・視点も非常に客観的だった。音楽を聴くときはそうでもないのだが文章に関してはミニマリズムを欲している部分がある。

今日は相場を始めてちょうど一年ぐらいになるので、この一年のデータをまとめようと思っていたのだけれど全然出来ず仕舞い。まあ所詮日曜日、そうそう綿密に一日を過ごさなければならないというわけでもあるまい。今日のところは叔母の見舞いに行っただけでよしとしよう。

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2月28日、土曜日。

9時過ぎに起きるとさすがに二日酔いは治まっていた。当たり前である。今日まで続けば三日酔いになってしまう。昨夜は0時半過ぎに寝たので8時間以上寝たことになる。しかし二日酔いじゃないというだけで気分が全然違う。実に気が楽だ。業務に行って無駄足になったけど、それでもどこか気分が違う。帰宅後、午後は相変わらず煮詰まるが、何をしたらいいのか分からなくなると台所の拭き掃除をしたり洗濯をしたり。「白夜行」は陰鬱な話なので敢えて続きは見ない。いずれにしても、人間というのはつくづく気分で生きているものだなと思う。

今日から母の面会は通常通りに再開。6時半に面会に行く。食堂(ホール)にいないので部屋に向かおうとすると、トイレにいると職員が言うのでソファに座って待っていると母がやってきた。それで母の顔を見て驚いた。まるで別人のようだ。つい三日前に会ったときも悪くなかったが、今日は見違えるようにいい顔をしている。ここに写真を載せられないのが残念だ。一昨年統合失調症を発症して以来、こんなにいい顔の母を見たことがない。特養に移ってから、歯のことを気にしていてどこが口元のバランスが悪く、調子の悪いときはたびたび書いているように目つきに出るのだけれど、今日は口元もすっきりして目はぱっちりと開いていた。本当にぱっと見別人のように見えた。これは統合失調症がよくなっているのだなと思う。逆に言えば統合失調症は顔に出るというか。いずれにしても、これだけいい顔の母を見たのはいつ以来か、実に嬉しかった。正直言って昨日の二日酔いの影響で最近生きていてもいいことがないなと思っていたのだが、今日は母のいい顔が見れただけで十分と言えるぐるいの喜びを覚えた。

風呂上りの今はネットでドルトムント対シャルケのダービーを観戦中。実に面白い試合だが香川と内田が両方先発しているのでどちらを応援しようか迷う。香川はパスが素晴らしく好調に見えるが相変わらずシュートが枠に行かない。

そういえば午前中、母の面会が再開したことを連絡しようと町内の叔母(父の姉)に電話をしたら、先日来体調を崩しているといとこから聞いていたのだが転んで背中を骨折していたと聞いて驚く。もう退院したらしいが背中を骨折って。大丈夫なのだろうか。明日見舞いに行った方がいいかなと検討中。

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