困惑と回顧

1月8日、木曜日。

風呂に入ろうと靴下を脱いだら、足首に近い左足の内側がべろっと皮が剥けていて焦る。確かに昨夜痒くて掻いたら血が出たところだが。

9時半近くに起きた。雪は降っていなかったが、案の定除雪車が入った。なので朝食後に雪かきも、夜の間は積もらなかったようで最小限で済んだ。今日は雪がちらついたりもしたが基本的には晴れている時間の方が長く、日中も積もらず。

午後、日が照ってきたので窓際の一人掛けのソファで本を読んでいたのだが、何故か煮詰まって集中力が異様になくなり、本を読むのが辛くなる。読んではページを閉じ、ということの繰り返し。なんでこんなに煮詰まるのだろうといぶかしく思ったがどうにも読書に集中出来ないので洗濯をしたりトイレの掃除をしたりする。

夕方から夜は相場。失敗した部分もあって妙に夜中になってから苦労したりもしたが、その前に十分に利食い出来ていたので結果オーライ。

母のところに2日続けて行かないというのはどうにも気持ちが落ち着かない。煙草の本数が増える。

今日はCDを1枚注文した。ふと思い出して紀の国屋バンドをググってみたら、驚いたことにデビューアルバム「STREET SENSATION」がタワーレコードでCD化されていた。以前カセットで持っていたのだけれど引っ越しを繰り返しているうちにカセットは全部捨ててしまっていた。この紀の国屋バンドというのは、デビューアルバム1枚だけ出してまったく売れなかったのだがそのデビューアルバムが素晴らしい出来。なんでこんなマイナーなバンドを知っているかというと、ベース(現キーボード、アレンジャー)のヨウタロウの中学の同級生であるアレンジャーの清水信之のデビュー作(キーボードで参加)であったから。ヨウタロウにカセットにダビングしてもらって持っていたのだった。このアルバム、個人的に思い入れのある曲が一杯あるので買わずにはいられなかった。紀の国屋バンドというバンド名の由来はバンドリーダーであるギターの実家が紀の国屋という旅館であることから。大分前になるがたまたまテレビで旅だかグルメだかの番組を見ていたら楽器をやる旅館の亭主ということで彼が登場して驚いた覚えがある。どうやら実家の旅館を継いだようだ。

で、さらに驚いたことに学生時代の同級生で僕と一緒にやっていた小山水城のデビューアルバム「ANGEL’S DREAM」までタワーレコード限定でCD化されていた。デビューアルバムと言っても彼女もアルバム1枚しか出していないのだが。このアルバムはたまたま新川がプロデュースしていて、このレコーディングが終わった直後から僕は新川のマネージャーになった。いわば入れ替わる形だがまったくもって奇遇だ。水城とはクラスもサークルも違うしそもそも顔見知りですらなかったのだが、どういう経緯か忘れてしまったけれど(大方僕のバンドのライブを見たのだろう)人づてに頼まれてギターを弾くことになり、高田馬場の早稲田に行ってリハーサルをしたりしたものだった。彼女はデビュー後「あぶない刑事」のサントラで何曲か歌っていたりしたが、その後いつの間にかいなくなり、イタリア人と結婚したらしいという噂が聞こえてきたのが最後。今はどうしているのだろうか。このアルバムは出来がいいとは言えず、1曲だけ筒美京平の曲でいい曲があるのだがYouTubeにアップされているのでそれで十分。

これ↓


「彼にはかなわない」作詞:川村真澄、作曲:筒美京平、編曲:新川博

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吹雪

1月7日、水曜日。

9時半起床。起きたら外は猛吹雪だった。昨夜寝床に就くころには風の音が轟々と凄かったので予想はしていたが。不思議なことに除雪車は出ておらず。朝食後に1回目の雪かき。昼近くなって一旦晴れ間が覗いて雪が止んだのかなと思ったらまた吹雪。そんなわけで外は雪の世界、家に閉じ籠る。台所の窓から見ると、燐家では吹雪の中屋根の雪下ろしを延々としていて、うちもしなければならないのかなあと思うものの、そんな体力もないしそもそも僕は高所恐怖症なので無理と諦める。だがガレージの屋根には結構な雪が積もっている。4時ごろに2回目の雪かき。その時点までで積もった雪はトータルで25cmから30cmぐらいか。道はすっかり雪に覆われた圧雪路、今日は母のところに行くのはやめておいた方がいいかなと悩んでいたら、夕食時に特養から携帯に電話、風邪が流行っているので母への面会を控えて欲しいとのことだった。いつまでというのがはっきりしないので精神的には辛いものがある。しかし考えてみれば一昨年、母が精神病院に入院していたときはノロウイルスで10日ぐらい面会出来なかったときがあった。

日中は本を読んで過ごし、午後にまた強烈な眠気が襲ってきてテーブルに突っ伏して寝たり。あと、漆喰の壁の汚れが目立つところを掃除したり。カズオ・イシグロ「充たされざる者」は600ページまで読んだがまだあと300ページ以上ある。長い。

夜はBSで前回2011年のアジア杯決勝、対オーストラリア戦の再放送があったので見る。改めて見るとこの試合、川島がファインセーブを連発していた。李の決勝ゴールとなったボレーシュートは何度見ても見事。で、4年前ということでみんな若い。岡崎はまだ髪がふさふさしていた。4年経つとみんな老けるものなのだなあなどと当たり前のことを思う。今年のアジア杯は明後日の金曜から開幕、楽しみだ。なんか日本代表は前回からあまりメンバー変わってないが。

相場は昨夜日記を書いた後、深夜に指値が絶妙なところで成立、今日の夜まで引っ張って昨日までの損失分をほぼ取り戻す。ただ、ポジションを決済して明日からが難しくなった。今にして思えばもう少し多めにポジションを持っていればよかった。

それにしても今日の日中の雪の降り方は凄かった。窓外を雪が舞いながら埋め尽くしていた。これではとても出かける気にはなれない。今日外に出たのは雪かきしたときと郵便物をポストに出しに行ったときだけ。さすがに今夜は除雪車が出るのではないかと思う。

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奈落と救済

1月6日、火曜日。雨。雪は降らなかった。

1時半過ぎに寝て、7時20分にアラームをかけて起きた。燃えるゴミが2袋溜まっていたので出したかったのだ。無事ゴミは出すことが出来たものの、案の定眠い。PCを立ち上げてまず昨夜から持ち越した相場のポジションがまだ生き残っているかどうか確かめる。なんとか生き残っていた、と思った途端に目の前でみるみるうちに下がってストップを食らった。懲りずにまたポジションを取る。

そんなことをしているうちに朝食後眠気がどうしようもなくなり、例によって台所のテーブルに突っ伏して気がつくと1時間ほど寝てしまう。目が覚めて煙草を一服してみるが、眠気は一向に覚めるどころかますます眠くなり、書斎を暖めていたこともあり諦めて久々にソファで毛布を被って午前中一杯寝てしまう。

ところが今日はこれでも眠気は治まらず、午後になって相場のポジションを改めて取ったりしているうちに猛烈に眠くなりまたソファで気絶。こうなるともはや諦めの境地。夢を見ながらもうどうにでもなれという感じ。奈落にでも落ちたような原因不明の眠気だった。

こうして今日は午前中は全滅、午後も昼寝と日中はほぼ寝ていたようなもの。異様に寝てしまった。原因不明ではあるが無理やり原因を探ると考えられるのは2つ。

1)朝ゴミ袋を2つ(かなり重かった)抱えてゴミ置き場まで往復(ゴミ置き場は結構遠くて歩いて片道4分ぐらい)したことによる疲れ。まあにわかには信じ難いことではあるが、それぐらい今は体力がないし実際に疲れは感じてはいた。

2)朝から相場で大敗を食らったことによる脱力感。

こんなところか。まあ多少夜の睡眠時間がいつもより足りなかったというのはもちろんあっただろうが、それにしても寝過ぎ。

夕方になって相場が好転してなんとか大敗の半分ぐらいを取り戻す。その後母のところに。今日の母は調子が悪かった。虚ろな目をしてホールの一角をぼうっと見つめている。で、突然僕が疑われていると言い出す。なんのことかと思いきや、何かがなくなったという声が聞こえるのだと言う。どうやら幻聴があるようだ。何か物がなくなって、それが僕か母のどちらかが犯人だと誰かが言っているというのだ。これは統合失調症を発症したころの症状と同じで、発症したばかりのころは丸一日こういった「悪いこと」を言い続けていた。部屋に連れて行ってベッドに寝かせてテレビをつけると母はようやく落ち着いた。

帰宅して遅い夕飯を摂ろうとして、PCを見てびっくりした。ツイッターのTLに自分のアカウントで大量のスパムツイートが。どうやらアカウントを乗っ取られたらしい。慌ててアプリの連携を確認するがそれらしいものはない。ひとまずパスワードを変更した。以前グーグルとニコ動で不正ログインされたことがあり、そのときのパスワードと同じになっていたのでそれが原因っぽい。なので、ニコ動の連携を解除、それからツイートを削除したが、見るとリプライで全部のフォロワーとフォロー先にスパムツイートされていたのでそれをせっせと全部削除した。まったく疲れる。こういう、アカウントの乗っ取りとか不正ログインされたりすると極度にナーバスになるので精神的にへとへとになる。しばらく疑心暗鬼が消えない。

その後は相場でじたばたしてみるが、今日は相場が薄いのか振り回されただけに終わる。しかしながら大敗を免れたことは有難いと思わなければ。

何しろ日中ほとんど寝ていたので夜になるのが早い。気がつくともう夜も更けている。眠気と相場に振り回されて終わってしまった。とにかく意識のある時間が短かったので一日を無駄にした感凄い。かといってここでまた夜更かしするというのも気が進まない。いろんな意味で気分的に上下が激しい一日だった。うつ病の影響・病状もかなりあると思う。つくづく人間というのは気分と感情で生きていると思う。

そういえば今日はツイッターでたまたま流れてきた水木しげるの言葉に感銘を受けた。

mizukishigeru

これはネガティブになりがちな自分にとって幾分かの救いになる言葉だ。特に「怠け者になりなさい」というのは随分と救いになる。「しないではいられないことを続けなさい」とか。僕の場合は「勝ち負けを目的にことを行ってはいけない」という辺りにバッティングしている感がしないでもないが。「好きの力を信じる」とか「努力は人を裏切る」(これは怠け者になりなさいに通じる)とか凄いなあと思う。「目に見えない世界を信じる」というのは漠然としてすぐには把握出来ないが、なんとなく希望を感じる。この「幸福の七ヶ条」、しばらく座右の名にしたいくらいだ。したいこと、好きなことだけやって怠け者でいていいなんて、なんて素晴らしい言葉なんだろう。

ところで、テレビの天気予報によると明日は猛吹雪になるというのだが……。


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うたかた

1月5日、月曜日。

最近日記のタイトルが全然思いつかない。もうタイトルつけるの止めようかなと検討中。何しろこれはただの日記であるから、いちいちタイトルをつける必要なんてそもそもない。タイトルに頭を悩ませるなんて馬鹿げているような気がする。

9時40分起床。日中は晴れていた。お蔭で朝雪かきをせずに済んだ。今日は灯油を配達にしに来る日で、何時ごろになるのか朝連絡が来ることになっていたのだが一向に電話がない。結局連絡がないまま昼近くになってやって来た。近隣で一番安いと思われる隣町のガソリンスタンドに初めて頼んだのだが今日また値下がりしたとのことで予想以上に安かった。去年の同時期、いつもの燃料店で入れたときと比べると同じ満タンにして感覚的に1万円ぐらい安くなった気がする。

ちと眠くなってきたから端折ろう。

昼過ぎから4時まで業務。何故か昨日よりも混んでいた。不思議だ。煙草銭を稼ぐ。晴れていたせいで大きな道路の雪は融けたが、うちの前の道路は変わらず。夕食後に母のところに。夜になって指値が成立したので相場。がしかし裏目って現時点で大敗が濃厚。どうやら今年の初相場は一敗地に塗れるようだ。それも惨敗っぽい。

というような一日だったが、気がつくと今日はまだ1ページも本を読んでいない。その代り山下敦広監督「苦役列車」を途中まで見たがどうにもピンと来ない。それにしてもなんでこんなに眠いのだろうか。昼寝していないからか。いずれにせよ明日の朝はゴミを出したいので、今夜は早めに床に就くことにしよう。


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呪い

1月4日、日曜日。

昨夜あれから寝る前に歯を磨いていたら、またもや差し歯が取れた。この2か月あまりでもう3本目だ。まさに立て続け。ショックで気絶しそうになる。これはなんかの呪いだろうかと思う。母がずっと歯のことを気にし続けている(今日も言っていた)のはこの日記にも書いてきたが、どうもそれが乗り移ってしまったような気になる。この10年ぐらい大丈夫だったものがなんでこうバタバタと取れてしまうのか。ドラムのミヤザワだったら原発による汚染がどうのと言うだろう。それにしても気味が悪い。次の歯医者の予約は再来週だけれど、明日電話してみようと思う。

三度寝ぐらいして8時半過ぎに起床。驚いたことに除雪車は出動しておらず、朝食後に軽い雪かきで済んだ。道路は皆雪で固まっているのだが、圧雪路になってしまうと除雪車を出しても無駄ということなのだろうか。今日は雪はちらちらと舞ったぐらい。

このところにしては早めに起きてしまったのだがどうも落ち着かない。何しろ寒い。なかなか台所が暖まらない。煙草ばかり吸ってしまう。なので、なんとなく11時ごろに業務に赴いてみる。思ったよりずっと空いていて、どうやら客離れはかなり深刻な模様。結果的には無駄足に終わる。

午後帰宅するとやっぱり寒いのでコタツで本を読むことにする。が、睡眠時間が多少足らないというせいもあってやはり気絶してしまう。それも二度。で、今日も二度目に絶望しパニックに陥る。去年の日記を読んでみると、やっぱり同じ日にパニクっている。これも呪いか。

母のところに行ってから、僕にしては遅い夕食を摂る。それから考えた挙句、園子温監督「ヒミズ」をhuluで見た。園子温の映画はいつも同じ役者を使って演劇的ではあるのだが、陰惨で救いがなく後味が悪いのでもう二度と見るのを止めようと思っていたのだけれど、何故見てみようと思ったのか。で、案の定嫌な話だなあ、見るんじゃなかったなあと思いながらも最後まで見ると、驚いたことにラストに希望があった。これにはちとびっくりした。しかし、未来とか夢とか希望とかある人が羨ましい。じゃあ僕にはそれらすべてがないのかというと、それがよく分からないのだ。もしかしたらうつ病のせいかも知れないのだけれど、絶望し悲観するのが習慣化してしまって、いつも自暴自棄寸前のところをうろうろしている。もちろん朝から晩までそうだというわけではないのだけれど、どうにもお気楽に生きる術を見失いつつある。

ときどき、遺書を書いておいた方がいいかなとか考える。それぐらい悲観的だ。僕はまだ老人ではないけれど、自分が人生のどの辺にいるのか分からなくなっている。この何年かで僕はあまりにもいろんなものを失い過ぎた。だからこの先も失い続けるのではないかという嫌な感じが抜けない。何かを得るという感覚よりも何かを失うという感覚の方が遥かに強い。もちろん多少なりともちょっとずつ何かを得ているのだろうけど、それよりも失うものの方が遥かに多いような気がする。これもまた呪いのようなものだ。

年も改まったことだし、そろそろ呪縛から抜け出てもいいような気もするのだが。


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Snow

1月3日、土曜日。

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とうとうやってきた、大雪。朝起きてみると物凄い勢いで降っていた。もちろん朝食後に雪かき。15cmから20cmぐらい積もっていた。それでも降り始めたのは朝方らしく、夜中に除雪車がどけた形跡はなかった。除雪車が出動していたらもっと大変だ。しかし、降り方が凄いので雪かきが終わったと思ったらもう積もってるという具合。夕方に小止みになったので二度目の雪かき。日中はあのまま降り続けていたら一体どれぐらい積もるのだろうという降り方だったが。しかし今夜(明け方)は間違いなく除雪車が出るだろうから、明日の朝の雪かきが大変なのは決定事項。

道という道は雪に埋もれ圧雪路となり凍結して危ないことこの上ない。

午前中に電話があって昼食時に弟が仙台からやって来た。当初は家族で来て泊まるものと思っていたのだが、弟は一人で来て1時間もいなかった。そのまま母のところに寄って仙台に帰っていった。弟の話によると母のところに行く途中の交差点付近で滑って危うく事故を起こしそうになったということ。前述のように道路はがちがちに凍っているので、夕飯前に母のところに往復するのにもかなり運転に気を使う。たかだか片道3・4分の距離なのに。もう恐る恐る。このころはもう雪は止んでいたが、そこらじゅう真っ白な世界。

そんなわけで雪に塗り込められた今日はひたすら本を読んでいた。お蔭でかなりページが進む。弟が来るというので茶の間の暖房とコタツをつけていたので、弟が帰った後に台所からコタツに移動して本を読んでいたら案の定眠くなり1時間ほど気絶。そして目が覚めて絶望するというパターン。最近は昼寝と絶望がセットになっている。

そういえば昨夜の初夢はそれほど悪い夢ではなかった。内容は忘れてしまったが。「群馬」というキーワードだけが残った。果たして群馬がどうだったのか、今となってはさっぱり分からないが、むしろいい夢だったように思う。というのも、どこか富士山をイメージするところがあったような気がするのだ。もちろん富士山は群馬ではないし、第一僕は群馬という土地はほとんど知らない。いずれにしてもとにかく、いい初夢を見たということにしておこうと思う。

弟の奥さんがくれたので、3日にして初めておせち料理というものを夕飯時に食した。お蔭でおなかが一杯になった。


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無題

1月2日、金曜日。

大雪を覚悟していたのだが朝起きてみると外は青空だった。朝食後は雪かき。そのうち空が真っ白になり雪が舞い降りてきて、ああやっぱりなと思うとまた青空になったりで、結果的にはそれほど雪は降らなかった。

今日は日中ダルくてまいった。大方朝の雪かきのせいだろうとは思うものの。昨夜から見始めたジョン・レノンのドキュメンタリー「イマジン/ジョン・レノン」を最後まで見る。ジョン・レノンて誰かに似てるなあとずっと考えながら見ていたのだが、結局ジョンはジョン・レノンに似ているということだった。つまり、ジョンが誰かに似ているのではなく、誰かがジョンに似ているということ。そういったある種の既視感は中学から高校にかけてビートルズを聴きまくり、名画座に通い詰めてビートルズの映画を見まくったことから来るのだろう。中学から高校にかけて僕はクラシック・ギターをやっていて、本気でクラシックのギタリストを目指していたのだが、クラシック以外で聴いていたのはビートルズばかりだった。あれから途方もない年月が経ち、今ではただの1枚もビートルズのCDを持っていない(たぶん2階の自室にはまだアナログのレコードはあると思う)。最初は純粋に音楽的にポールの方に夢中だったが、聴き込んでいくうちにむしろ僕の興味はジョンの方に移っていった。そういう人は結構多いんじゃないかと思う。ビートルズの音楽的斬新さはポールにあるが、バンドとしてのコアはむしろジョンに象徴されていたように思う。いずれにしてもジョンとポールという、奇跡のような組み合わせて出来たのがビートルズであることは間違いない。いささか凡庸な感想を述べれば、このフィルムから見えてくるのは神としてではなく、一人の人間としてのジョンだった。ジョンの最終的な伴侶がヨーコ・オノという日本人であったということは、いまさらながら不思議なものに思える。もちろん、それは僕が日本人であるからだ。こんな風に、人は誰しも自分との関係性を特別なものと思いたがるのである。まるでそれが何かの縁か、あるいは運命であるとでもいうように。

前述のようにとにかくダルくて、あくびばかりしていた。例によってテーブルに突っ伏したりもしたが30分も眠らなかった。今日は年賀状は1枚も届かず、何をしたらいいのかさっぱり分からないし何をしたいのかすら分からなかった。ダルくてしょうがないが青空が出ているうちにとスーパーに買い物に行った。後は本を読んで過ごした。

気がつくと日が落ちて冷えてくる。外は氷の世界になる。レトルトのカレーで夕飯を済ませて母のところに行くと、駐車場ががちがちに凍っていて滑って転びそうになる。

夜はスタローン自身が監督した「ランボー 最後の戦場」を見てしまった。スタローンも随分老けたなあと思ったら、この映画の時点で既に60歳を超えていた。人間いくつになっても鍛えればこれぐらいの筋肉はつくのだなと思った。映画自体はいつもの単純極まりない、ロクにストーリーらしきものもない映画だったが、CGを駆使した残酷なシーンが多くエグいなあと思う。正直、なんでこんなもの見ちゃったのかなあという感じ。

で、アゴタ・クリストフ「第三の嘘」読了。ツイートを引用すると、

ということになる。「悪童日記」「ふたりの証拠」「第三の嘘」と移っていくにつれ手法が次第に普通の小説になり、それとは逆にストーリーの輪郭は(意図的に)曖昧になる。普通三部作の完結編であれば最後に全体像が見えてくる筈なのだが、この場合は逆だ。すべてが嘘になり、どれが本当なのか見分けがつかなくなる。そんなわけだから、「悪童日記」における潔さみたいなものを追いかけていくと読者は混沌に落とし込まれる。僕が覚えたのはちょっとした失望だった。

夜も更けて、本日3本目の映画を見ようかどうしようか迷ったが、以前中途になっていたカズオ・イシグロの「充たされざる者」を読み始める。物凄く長い小説でしかも不条理がテーマなので最後まで読み切れるかどうか。冒頭から少々混乱する。この小説は最初からリアリティというか整合性を無視しているところがある。例えば最初のエレベーターの中での会話、これが本当ならこのホテルは何百階という高さがあることになってしまう。それぐらい長い。

しかし正月というものは退屈だ。年始に親戚でも訪ねた方がいいのかとも考えたが行くタイミングが分からない。かといって誰も訪ねてくる気配もない。明日は予定では弟が来ることになっているが、それも天気次第のところがある。もちろん、雪など降らないに越したことはない。


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元日

1月1日、木曜日。

一人の正月というのは一体何をすればいいんだろう?

一夜明けただけで新しい年が始まったという実感はいまひとつない。休日という意味では僕の場合毎日が休日のようなものだし、逆の言い方をすれば一般的な意味での休みなど一日もないとも言える。つまりはいつも通りに過ごせばいいのだろうが、何にせよ今日は元日、自分がそうではなくても世の中全般が正月気分である。今日に限って言えばいつもはまったく見ないテレビを多少見たぐらいか。NHK中心に少々。考えてみれば馬鹿高い受信料を払っているわけだから、多少は見ないと損と言えなくもない。

9時半ごろに起きて、今朝も朝食後に雪かき。除雪車が入ったので結構疲れた。しかし、関西方面でも結構雪が降ったらしい今日、予報通り大雪を覚悟していたのだが日中は晴れ間も覗き、それほど雪は積もらなかった。

午前中は寺に年始に行った。帰宅すると年賀状が届いていた。思ったよりも多い年賀状が届いたがほとんどは母宛て、中には父宛てのものもあった。僕宛ての年賀状は自分が出したものよりも少ないくらい。母宛ての年賀状はどうしようかと思ったが、一応母のところに持って行って見せて、ほとんどは母の教え子かららしく敢えて出さなくてもいいということに。母が老人ホームに入ったことを知らない親戚の分だけ出すことにした。

日中はhuluで黒澤明監督の「八月の狂詩曲」を見ていたのだがあまりにもつまらなくて中途でやめる。不自然な台詞、過剰なヒューマニズム。晩年の黒澤は駄目。まるで面白い映画の作り方を忘れてしまったかのようだ。夜はジョン・ランディス監督「ブルース・ブラザース」をなんとか最後まで見たが、あまりにもおふざけが過ぎて疲れた。アメリカっぽいと言えばアメリカっぽいのだが。

夕方近くなって猛烈に眠くなってコタツで昼寝。

今日はこれだけである。ほぼ何もしていないに等しい。一人で過ごす元日なんてこんなものなのだろう。おせち料理なんて関係ない世界。夕飯は納豆と目玉焼きで食べた。明日来ると言っていたので弟に電話したら明日ではなく明後日に来るという。だったら先に連絡してくれればいいものを。正月は誰かに電話することもはばかられるのでつまらない。

本来なら年が改まって気分も改まる筈なのだが、ただひたすら退屈を持て余す。何をしたらいいのか分からないうちにだらだらと一日が過ぎる。


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2014-2015

12月31日、水曜日。

あけましておめでとうございます。

日付が変わったので(従って年も明けたので)こう書かざるを得ず、そうはいうもののこれは大晦日の日記であって、そういうややこしいことにならないように年が明ける前に日記をアップしたかったのだけれど、今年(つまりもう昨年になったけど)は珍しく紅白を見てしまったのだった。まあ個人的に知っている奴が出るからということもあるけれど(今年は数人だったが)、母のところで最初の方を見てしまい、なんとなく帰宅後もそのまま見てしまった。ちなみに、母に「よいお年を」と言うのは初めてで、なんとなく妙な感じだった。

毎年恒例の今年(だから昨年)の総括をfragmentsにアップ。

9時半ごろ起床。雪が降っていたので朝食後に雪かき。だが日中はさほど積もらず。今年の大晦日は一人なので、夜出前を頼めないから年越しそばは昼食に自分で茹でて作った。

soba1

量の加減が分からなくて、一袋茹でたら結構な量だった。完食したら腹一杯に。

日中はジョン・カーペンター監督「遊星からの物体X」を見た。見るのは二度目だがやっぱりジョン・カーペンター、B級映画の監督だなあと改めて思う。それにしても救いのない話。SFホラーだからしょうがないけど。まだCGのない30年以上前の映画にしては特撮よく出来てるが。それからジョン・ランディス監督「ブルース・ブラザース」を見始めたが結局途中になってしまった。映画を見る合間に(年が明ける前に綺麗にしようと)風呂の掃除をした。ついでに洗面所も掃除。そんなことをしているうちに日が暮れる。

母のところの帰りは吹雪と言っていいぐらいの雪、また車にかなり積もった。これは元日の朝から雪かきはもう決定。帰宅後に紅白を見ながらサバの味噌煮の缶詰での夕飯。食事だけ見るとわびしい。しかし、これだけ長い間紅白を見た(ほぼ終わりまで見た)のは一体何年ぶりだろうか。正直最近のJ-POPは曲も歌詞も酷過ぎて頭痛がしてきそうなくらいだった。それに、なんで皆こんな馬鹿げた格好で歌わなければならないのだろうか。しかし、それも見ているうちに次第に慣れていく。そりゃあいろいろ疑問はある。なんでEXILEはあんな人数が必要なのかとか。なんで美輪明宏はあそこまでビブラートをかけなければならないのかとか。まあでも、見ているうちにそういうのを全部ひっくるめて紅白なんだなあと。今回はかつてレコーディングしたことのあるアーティストはゲストを入れて2人、レコーディングしたことはないがレコード会社時代に一瞬担当だった歌手が一人。バックミュージシャンとして知り合いが数人。どうやらヨウタロウは出なかった模様。

それはそうと、昨日の相場のポジションを今日まで持ち越したら、奇跡的に大敗したと思った分を取り戻してプラスに転じた。そんなわけで今年というか昨年最後の相場はプラスで終えることが出来た。実はまだポジションをひとつ決済しておらず、年を越した。

紅白をほぼ最後まで見てから年が明ける前にと風呂に入ったが、中学から高校にかけては毎年大晦日にビートルズのベスト盤(赤と青)を全曲一緒に歌っていたことを思い出し、湯船の中でLet It Beを歌った。風呂から上がると除夜の鐘が聞こえてきた。で、23時58分に煙草に火をつけ、気がつくと年をまたいで煙草を吸っていた。除夜の鐘とビル・エヴァンスを聴きながら。

今年(今度こそ今年)はいい年になるといいなあ。ちょっとでもいいから。

今年もよろしくお願いします。

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Kyrie

12月30日、火曜日。

10時過ぎ起床。7時間半近く寝たことになる。外を見ると雪。朝食後に雪かきをしたが思ったほど積もっていなかった。しかし地面近くになると雪が凍っておりお手上げ、よって上っ面を雪かきしただけに終わる。午後まで雪は降り続いたが日中は思いの外積もらなかった。

日中に映画を1本。根岸吉太郎監督「絆」。これを見るのは2度目で、記憶によると最初に見たときはピンと来なかったのだが何故もう一度見る気になったのかその辺はよく分からない。役所広司と渡辺謙という豪華な取り合わせだからか。根岸吉太郎と脚本の荒井晴彦のコンビでは「遠雷」と「Wの悲劇」という好きな映画がある。特に「遠雷」は物凄く好きな映画だ。だがこの「絆」に関してはどうも途中から結末が分かってしまう。そういう意味でのストーリーに意外性がない。凡庸なセンチメンタリズムに落とし込むところが見えてしまう。そういう意味でもやっぱり凡作だった。

今日は相場で大失敗。やってはいけないことをやってしまった。夕方ドル円が急落して立て続けにストップを食らい、よせばいいのにバタバタとポジションを取り直してさらにストップを食らい大敗。負けパターンの典型だ。その後さらにポジションを取り直してしまう。結局のところ、どこが底か見極めるまで待っていられなかった。今もまだ結構なポジションを保有中だが、焼け石に水という感じだし、年末も押し迫って相場が薄くどうなることやらという感じ。まあここまで来たらある程度腹が据わってはいるけれど。

今日は夕食後に母のところに行ったので、少し遅くなり到着したのは7時を回ったころ。まだ雪は降っているが思ったほど積もってはいない。母の調子は今日も悪くないのだが、急に「今は朝か?」などと突拍子もないことを言ったりする。部屋に連れて行ってベッドに寝かせ、テレビをつけてレコード大賞を見せたら大分落ち着いたように見えた。

朝のパンがあと1枚しかないので帰りがけにスーパーに寄って買い物。安い食パンは全部売り切れ、しょうがないのでベーカリーの食パン(いつも買う奴の3倍ぐらいする)を買う羽目に。

夜は相場のチャートを見ながらYouTubeでparis matchを聴きまくる。ボーカルのミズノマリの力の抜け具合が凄く気持ちいい。結局帰宅後はレコード大賞を見ないで終わってしまったが、見たところでどうせ何の感慨もないだろう。

ふと思い出して昔ちょっと付き合っていたKのサイトを久しぶりに見る。彼女が亡くなってもう13年になる。彼女は僕のサイトを見てデモテープを送ってきた最初のアーティストだ。自分でプロデュースしたアーティストと付き合ったのは彼女が最初で最後だった。音源と動画はリンク切れになっていた。僕はただ写真だけを眺めた。彼女が生きていれば今いくつなのか思い出せない。探せばどこかに彼女が送ってきたプロフィールがまだあると思うが。写真の彼女は僕と付き合っていたころそのままだが、それはただの写真でありむしろ彼女の不在を表していた。もう随分昔のことだし、あまりにも彼女がいないということが明白なのでずぶずぶとセンチメンタリズムに陥ることはなかった。ただ、彼女と付き合っていた短い間のことを思い出すと、あのころの僕はあまりにも愚かだったなとは思う。彼女との間がダメになって、Kに渡すはずだったティファニーのリングを、僕はパチンコ屋のコーヒーサービスの女の子にあげてしまった。それから2年ぐらいして、彼女は4階から落ちて死んだ。それだけの話である。YouTubeで検索しても彼女の動画は見つからないし、彼女は忘れ去られつつある。実のところ、今日Kを思い出したのも物凄く久しぶりだ。ずっとずっと、僕は彼女のことを忘れていた。数日経てば、また僕は彼女のことを忘れてしまうだろう。こんな風に、肉親とかごく近い人を除けば、人は死んでしまうと次第に忘れられていく。そして何かのきっかけでふと思い出し、また忘れる。それはちょっと寂しい話だ。

僕の心はすっかり干からびている。

危うく書くのを忘れるところだったが、午後にようやく郵便局に行ってはがきを手に入れ、年賀状を作って出した。ワードのテンプレートを使ったら作るのはあっという間だった。出したのは3枚。最低限だ。あとは来た人に出せばいい。

今年も残すところあと一日になってしまった。明日は雪が積もるのだろうか。


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