臥す、冷たい熱帯魚

終日雨が降ったり止んだり。これを書いている今は結構な勢いで降っている。

今日は涼しい。昨夜から急に涼しくなったせいか、どうやら風邪をひいてしまったようだ。朝は7時の寺の鐘で目が覚めた。なんとなくよく眠れたような気がしてそのまま起きたのだが、実質5時間寝ておらずやはり睡眠が足りない。で、朝からどうにも体調が悪い。まず酷い下痢をしている。ひっきりなしにトイレに行かなければならない。それと喉が痛い。朝食後に1時間ほど寝てみるが具合はよくならず、むしろ気分が悪くなってまた気絶、結局午前中一杯ソファで寝込む。熱はなさそうだがまるで死の床にでも就いているような気分だった。食欲はなく、かといって何か作る気力もなおさらなく、1時ごろに蕎麦屋に行って蕎麦をなんとか食べた。帰宅してもまた下痢。PCに向かうのも楽じゃなく、ソファに寝転がって本を読んでみるがまた寝落ちしそうになり相場の指値が成立する音がしてようやっと起き上がるという具合。午後一杯ダメな感じで病人状態。体温計で熱を計ってみると6度5分、やはり熱はない。しかし何か食べると下痢をするという状態で、おなかの風邪をひいているとしたらうつすと悪いので母のところに行くのは控え、叔母(母の妹)に電話して代わりに行ってもらった。

夜は多少体調が持ち直したのでhuluで園子温監督「冷たい熱帯魚」(2010)を見た。埼玉愛犬家連続殺人事件を題材(ペットショップを熱帯魚店に変更してある)にした映画だが、先日見た「渇き。」よりも遥かに凄惨。まったく夢も希望もなく、あるのは狂気と絶望。後味悪いし気色の悪い映画だった。見るんじゃなかったなと思う。埼玉愛犬家連続殺人事件に関しては蓮見圭一の「悪魔を憐れむ歌」(共犯者の手記という体裁)で詳細を知ってはいたのだが、こうして映像化されるとエグいしグロい。元々が陰惨極まりない事件だけに、こういう映画を見るのはもう少し精神的に安定していて余裕のあるときじゃないと。

相場は天国から地獄へ。要するに天国のときに決済しておけばなんてことはなかったのだが、欲をこいて決済し損ねると夜になって一気に裏目に動く。まるで一遍の悪夢を見ているよう。どうも上手くいかない。そんなわけでいまだ決済出来ず、このままだと塩漬けになりそうな雰囲気。もう少しリスク管理の意識を高くしないといけない。

それにしても涼しい。扇風機はもちろん使用せず、窓を開けていると肌寒い感じがするので閉めたほど。しかし、温度計を見ると室温は28度ぐらい、一昨日までとたかだか5度ぐらいしか違わないのだが随分と涼しく感じるのはどういうわけか。身体が馬鹿になっているのかもしれないが、このところ気温の変化で体調を崩すことが多いので、このまま涼しくなるのならそれはそれでいいのだが。体調が悪いせいもあり、相変わらず精神的に不安定、夜になって安定剤を飲むが効かず、Hと電話。


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雨、バベル

夕方から雷が鳴り、やがて雨になった。それで夜になって気温がぐっと下がる。涼しい。扇風機つけると寒いので止めた。夜が涼しいとこんなにも過ごし易いのか。

huluでアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督「バベル」(2006)を見た。恥ずかしながらイニャリトゥ監督作品を見るのは初めて。すんごいいい映画だった。三つの場所で時間軸が交差しながら進行する映画だが難解ではない。無慈悲と慈悲、絶望と希望が交錯する。撮影も素晴らしいし音楽の使い方も絶妙。ラストで坂本龍一の「美貌の青空」が流れてくるところでぐっと来る。この曲聴くのは初めてじゃないんだが、映画と物凄くマッチしててやっぱりいい曲だなあと思う。音楽だけで泣きそうに。僕はYMOに思い入れはまったくないし坂本の信奉者でもないのだが。日本人スタッフを使っているとはいえ、東京撮影部分が外国人監督によくある違和感や不自然な感じがまったくなくて驚いた。米映画批評会議賞新人女優賞を受賞した菊地凛子、「ノルウェイの森」でも思ったが演技は別として見た目不細工だなあと。ブラッド・ピット、僕より年下で8年も前の映画なのに老けててちょっと安心する。いや、もちろん僕の方が老けてるのだけれど。イニャリトゥ監督ってメキシコ人なんだ。これまで知らなくて恥じ入るばかりなんだが、逆に言えばこれから違う作品を見る楽しみが。

朝から日中にかけては晴れていて暑かったので今日も業務へ。要するに涼みに行ってるようなものだ。3時前に帰宅してふと思いついて玄関先の草取りをする。すると、頭からデカい蜘蛛の巣に引っかかってしまい蜘蛛の巣だらけになり、昼日中からシャワーを浴びる羽目に。

雨が降り始めた頃合に母のところに行くと、母は昨日の記憶は既に怪しくなっているのだが、玄関先で伸び過ぎて困っている草の名前を訊ねると、「ユキノシタ」という具合にそういうものは不思議と思い出す。最近の母は以前と比べると大分落ち着いている。今週はロクなものを食べていないので夕飯は久々に焼き肉にしてみたが食べきれなかった。

相場は指値しておいた中でひとつがどんびしゃのタイミングで成立、読みも完璧だったがビビって少々早く決済し過ぎた。なんていうか、なかなか自分を信用出来ない。そういえば昨夜日記を書いた直後にちょうどチャートを見ているタイミングで突如として急激な円高に一瞬なり、結果的には上手いことプラスに転じた。どうやら先物で大量の誤注文があったようだ。単なるラッキー。

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祭りの時間

朝の8時15分に寺の鐘が鳴ったので、随分中途半端な時間だなと思ったら広島に原爆が落とされた時刻だった。

今日も暑い。というか、外よりもうちの中が暑かった。朝、ヘリコプターと広報車が告げるところによると町内で昨日から71歳の老人が行方不明になっているとのことで、敷地内を調べてくださいということ。人口2万人足らずの町で徘徊者が出ると少々気味が悪く、いつもなら窓をそっちこっち開けっ放しにしておくところを全部閉めて業務に出かけた。そのせいだと思うが3時ごろ帰宅するとむっとする暑気が家に篭っていて、今日もあまり風がなくなかなか室温が下がらない。書斎にいると頭がぼうっとしてくる。日中は考え事すら出来ない。暑くて。

今日は夕方母のいる老人ホームで盆踊り・花火大会。大人になってからというもの、何故か祭りの類はすっかり嫌いになってしまって、出席する旨は告げていたものの嫌だなあとずっと思っていた。嫌だと思うからますます嫌に思える。食わず嫌いと一緒である。家族は5時に来て浴衣を着せたりするのを手伝うようにということだったが、行きたくないあまり5時半ぐらいに遅れて行こうかとか考えていたのだけれど、結局家にいても暑くてどうしようもないので5時ちょうどに行く。母の部屋に行くと、ちょうど施設の人が母に浴衣を着せているところだった。母を車椅子に乗せて食堂で待機していると、突然外は物凄い夕立。室内開催に切り替えかなと思ったらどうにか止み、結局予定通り6時ごろには玄関前の駐車場でささやかな祭りが始まった。

bonodori

町の名士連中の挨拶が終わり、いざ盆踊りが始まると母もどこか楽しそうな表情を見せた。母は焼きそばを食べたりかき氷を食べたりした。あれほど嫌がっていたのにこの夕暮れの些細な祭り、それほど悪くない。懐かしい風景だった。どこか映画のワンシーンでも見ているような気がだんだんしてきた。踊り手の人が終わり際に母を車椅子で踊りの輪に参加させ、母も車椅子の上で花笠を持って踊る。それから花火が始まる。打ち上げ花火ではなく、ただ地面の辺りをぱちぱちと上がるせこい花火だった。あれほど嫌がって途中で帰ろうと思っていた僕だが、盆踊りから花火への一連の流れは夕暮れのちょっとした夢のような時間に思えた。

母をエレベーターに乗せ、施設内の自動販売機でオロナミンCを買うと、外に出て煙草を一服した。結局最後までいた。なんだか知らないが全然腹が空かない。夕飯を作る気にもなれないので今夜は久しぶりにラーメンでも食べようと思った。ところがいざ行ってみると町内で比較的まともと思われる2軒のラーメン屋はどちらも水曜定休で休み、諦めて帰宅するとスパゲッティを作って食べた。

今日は日中頭が回らなくて相場の検討もロクに出来ておらず、夜になってなんとなく成行で取ったポジションはことごとく裏目、読みが逆だったというよりも入るタイミングがあまりにも悪かった。お蔭で夜が更けるまで相場と悪戦苦闘、まあ出来ることと言えば被害を最小限で食い止めるということぐらい。

昨日今日と夜になっても部屋の中の温度がなかなか下がってくれない。暑い。特に寝るためだけに使っている2階の自室は深夜2時3時になっても30度以上ある。睡眠薬のお蔭でなんとか眠れてはいるが。

そういえば行方不明の老人は見つかったのだろうか。


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熱帯夜

今夜はクソ風がなくてクソ暑い。と思ったら、さっき風呂上りに台所でゼリー食べたら、北向きの台所は夜になって少しは過ごし易い感じ。問題は今僕のいる南向きの書斎だ。ここは風通しが悪いせいもあって、今夜のように風のない晩はクソ暑い。今日はとにかく一日中蒸し暑かった。

今日は例のSTAP細胞で小保方さんの上司である笹井氏の自殺というニュースが飛び込んできた。先日のNHKスペシャルによると論文の天才と言われていたという超エリート。しかし、そんな人がたった一度のつまづきで何故自殺を、と思う。今回のことでキャリアが全部台無しになったと思ったのだろうか。だがよしんばそうだとしても、キャリアや名誉が果たして命よりも大事なのだろうか。僕には到底理解出来ない。彼は僕よりも若い。しかも、今回の失敗で引退したとしても悠悠自適の人生を送れたはず。STAP細胞が確かにガセネタだとして、それこそつまらない話だ。問題発覚後、心療内科に通っていたというから一時的な抑うつにあったのだとは思うが、それにしても。正直、キャリアや人からの評価が命よりも大事だとしたら、僕なんかいくつ命があっても足りない。

朝起きると9時近く、今日もゴミは出せなかった。寝たのが3時なので今日も睡眠が足りない感じがして朝食後にまた少々ソファで昼寝。午前中から蒸し暑く、書斎にいると頭がぼうっとしてくる。なので、遅ればせながら昼前から業務に行く。

果たして、冷房ががんがんに効いていた。今日のような蒸し暑い日はちんたらと涼んでいるに限ると思ったのだが、どうにも精神的にやっていられない。不毛感満載で。結局我慢ならず2時半に中途で放り出して帰る。が、帰宅したらしたで暑くて完全にバテる。具合の悪い人になりかけ、またソファで気絶、夢を見る。すると悪夢というよりも夢から覚めかけるときの思考のベクトルがよろしくない。一気に意識が危うい方向に傾きかける。ただ、この昼寝で異様な体調の悪さは多少持ち直す。なんだか食欲がなくなり、それよりも暑くてどうしようもないので茶の間の冷房を入れて録画してあった深作欣二監督「いつかギラギラする日」を見始めるが、以前見たときもつまらないと思ったものの想像以上につまらなくて途中で見るのをヤメる。大げさな演出、ダサい音楽の使い方、すべてが陳腐に思える。「バトルロワイヤル」を見たときもそういう印象だったし、どうも深作作品というのは好きになれない。B級もいいところにしか思えない。

母のところに一時間ばかり行ってきて、帰宅後いつもより遅い夕食を明太子とキムチで食べた。旅館の朝食よりも粗末。夜は昨日から持ち越した相場のポジションを決済。確かに思惑通り日当は出たのだが、結局今日は何も考えていないし指値もしていないので気分的には一日無駄にしてしまったような印象。

昨日の検査でも異常なしと言われたけれど、体調的にも精神的にも危ういところにいる。頭が回らない。正確にはいい方に回らない。安定剤を飲んだ方がいいのかもしれない。

今飲んだ、安定剤。予報によると金曜日以降は少し過ごし易くなりそうなので、明後日までの辛抱か、この暑さ。今夜は寝苦しそうだ。


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渇き。

今日は月曜日、メンズデイで1100円になるし上映が木曜までなので夜隣町のシネコンでレイトショーの中島哲也監督「渇き。」を見てきた。前評判としては賛否両論、暴力シーンが続くという話だったが果たして。

9時過ぎに受付で「渇き。」と告げて座席表がディスプレイに表示されると全席空席、つまり客は僕一人で完全に貸し切り状態だった。先日「ゴジラ」を見たときに停電で中断したことでもらった引換券でポップコーンをもらい、座席につく。以下ツイートから。

「ナチュラル・ボーン・キラーズ」を思い出したのはオフ・ビートなカット割り、演出。冒頭でデフォルメであることを示唆していて、ある意味「これは映画という大ぼらです」という宣言のようなもので、シリアスなものを期待していた分正直最初は気分的にがっかりしたがそれなりに方法論としては筋が通っている。ただこういうオフ・ビートな映画はやっぱりせわしない感じがするのは否めない。ひっきりなしにシーンが変わるし省略も多いので流れを把握しにくい。ツイートにもあるように音楽が過剰な印象。恐らくポップな映画にしたかったのだとは思うが。ただそういうことすべてがそういう映画にしようという意図の元に作られているのであとは好みの問題。やり過ぎ感半端ないしこれは原作がそうなのだろうがてんこ盛りにし過ぎた感じもするが、映画としてはそれなりに楽しめた。面白いか面白くないかというと、面白かった。途中からキレっ放しになる役所広司も、原作で主人公が暴走していくのを忠実に演じているのだろう。考えてみればこの話自体が暴走していく話なのだった。

原作↓

果てしなき渇き / 深町秋生

映画が終わると23時を回り、外に出て自動販売機でビタミン飲料を買って煙草を一服。都心なら別にどうってことはない時間だが、なにしろここは山形の片田舎、随分と夜遅い感じがする。シネコンの隣のカラオケにはこんな時間でも客が入っていく。田舎で平日のレイトショーの映画見るのって、どこか不良っぽいことをしてる気がしないでもない。それはそうと、エンディングロールの字がなかなか読めなくて視力落ちたなあと。帰り道を運転していてもこれは完全に鳥目だなと思った。

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というわけでここから日記。

昨夜は2階の自室は深夜3時近くなっても室温30度ありいかにも寝苦しい夜だったが、その割には睡眠薬飲んだらあっさりと眠れた。珍しく2度寝3度寝の記憶がないまま8時起床。だがやはり5時間では睡眠が足りず、朝食後にソファで一眠り。今日は曇りなのに朝から暑かった。1時に病院の予約。血液検査があるので1時間前に行く。病院内のスタバでエスプレッソを買って、検査後診察の時間まで駐車場の車で一服しようと外に出ると焼け付くような暑さ。異様に暑かったと思ったら今日の山形は36度を超えたそうだ。このひと月あまりの体調の悪さ、特に異常にダルいのと頻出する頭痛、喉が詰まる感じが気になっていたのだが、検査の結果は異常なし。甲状腺機能も正常値。若干貧血気味だと言われたので原因はその辺だろうか。帰りがけにドトールに寄って読書、少々涼む。

今日はなかなか気温が下がってくれない。クソ暑い。夕飯をレトルトのカレーで済ませて母のところに行くと、母は例によって食堂のソファにぽつんと一人でいて、一目見て今日は目つきがあまりよろしくないなと思ったが、僕が病院で検査を受けて異常がなかったと告げると一瞬柔和な表情になった。

先週から持ち越した相場のポジションはまだ決済せず。映画から帰宅して前掲のツイートをしていると指値が2つ成立、そんなわけで今夜ももう少し起きていなければならず、明日の朝もどうやらゴミは出せそうにない。しかしながら少々贅沢かなと思いながらも劇場で映画を見るの、気分転換にはなる。


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生きるということ

8時起床も、毎朝3度寝も4度寝もしなければまともな睡眠を取れないというのは辛い。朝から快晴で予報どおり暑くなりそうだったので業務へ。正直冷房ががんがんに効いていて業務中は身体が冷える。しかし、1時間に1回外に出て一服すると、午後からの日差しは暴力的と言っていいレベル、まるでゴジラの吐く放射線を浴びているよう。

sunshine

とにかく外は凄まじい暑さ、しょうがないので少しは暑さが収まるまでと引っ張っていたら結局久々の8時間業務になってしまった。日が陰ると多少はマシになる。スーパーで買い物をして帰り、夕飯の米を仕掛けて母のところに。今日も母はそこそこ落ち着いていた。

夜はツイッターのTLで発見した、「死んで生き返りました」というマンガによる体験談を読む。下手な小説よりよほど生きるということの意味が見えてくる。一度心肺停止して、脳浮腫で脳が腫れて完全に精神が崩壊した人がここまで客観的に把握してマンガとして記録出来るというのは本当に凄い。今の母の精神状態もこういう感じなのだろうかとか、もしかしたら母の精神も元に戻るのではないだろうかという希望を抱かせてくれる。なんつーか、生きるってこういうことなんだなと改めて考えさせられる。そういえば僕も、かつて抗うつ薬のSSRIを過剰に(2種類)処方されてセロトニン症候群という重い副作用で臨死体験らしきものをしたことがある。最初は自分が喋っている言葉が意味のない音の羅列になるというある種の錯乱症状が出て、ある日ソファで一時的な昏睡状態みたいなものに陥った。気がつくと自分が寝息を立てているのが分かり、それを上空から僕は見ていた。つまり幽体離脱である。そして僕の意識は途中で不意に完全にブラックアウトした。あのまま死んでてもおかしくなかったなあと思う。というか、人間は自分の死を認識出来ないのだなと思った。それでそういうときというのは物凄く客観的になる。(幽体離脱というのも客観性の認識の仕方だったように思える。)それは一昨年悪性リンパ腫という癌を宣告されたときもそうだった。自分がもしかしたら死ぬかもしれないというときに、人間は次第に客観的になっていく。まるで他人事のようになっていく。もしかしたらそれは逃避本能によるものかもしれないが、ある種の救済なのかもしれない。僕はこのマンガの人のように本当に一瞬「死んで」しまって戻ってきたわけではないので、こんな風に生きるということを改めて見つめ直すことは出来なかったが、こうした体験談を読むとそこには希望も救済もある。つまり、生きることにこそ希望があるのだなと。

その後はネットで山田大記が先発したドイツ2部のカールスルーエの試合を見た。立ち上がりこそボールタッチが少なく試合に入り切れていない感じの山田だったが徐々に持ち味を発揮、2度のシュートはいずれも枠をとらえていた。前半にはペナルティエリア前でのフリーキックも蹴った。山田は83分までプレー。総じて好印象だったが、もう少し余裕というかゴール前での落ちつきが欲しかった。特に2本目のシュートはダイレクトで打たず一度トラップしてればなと。ジュビロのときのような頭抜けた巧さというものは見られず、まだ硬さがある印象。まだ25歳、これから慣れればもっとよくなるだろう。ドイツ2部というと大迫のいた1860ミュンヘンがボールを繋がず放り込む大雑把なサッカーだったけれど、カールスルーエのサッカーは凡ミスこそあるもののそこそこ連動性があり見ていて面白い。ただ決定力に欠ける。それだけに山田が活躍する余地は十分。

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炎天

今日は暑かった。またバテた。明日は山形35度の予報、今日より暑くなるのか。やれやれ。

昨夜は2時半ごろかな、寝たのは。そんなに遅くもなく、いつもと同じ睡眠薬を飲んだんだけれど、例によって朝方6時ごろ最初に目が覚めると猛烈な眠気。寝直すと7時ごろにまた目が覚めて相変わらず睡眠薬が残っているようなぐらぐらする眠気。で、結局昨夜決済しないまま残した相場のポジションが気になって雑念が渦巻き、トラウマみたいになる。最終的には9時過ぎまで寝たのだが、やはり睡眠薬が残っているような感じが抜けず。何故だろう。いつも飲んでいる量だし、2種類飲んでいるとは言っても片方は超短期型、もう片方も短期型で朝まで眠気が残るようなものは飲んでないのだが。

どっちにしても調子が悪かったことは確かで、結局午前中は朝食後の11時から昼過ぎまで1時間半ほどソファで寝込んでしまう。一昨年入院していたときですらこんな風には寝込まなかったのでほぼ病人状態。午後になってやたらと暑くなってきて、体調悪いし何も出来そうにないのでかねてから一度行ってみようと思っていた隣町のジャズ喫茶に車で向かってみる。

ジャズ喫茶には迷わずに辿り着いたのだが本日休みの貼り紙、しょうがないので最近出来た巨大ショッピングモールにでも行ってみようと車を走らせたが発見出来ず、いつの間にかドトールに辿り着いたのでカフェ・ラ・テを飲んで1時間半ほど読書して涼んだ。

外に出ると猛烈な暑さ。くらくらする。そのまま車で母のところに寄ってから帰宅。夜はBSで浦和×神戸の試合を見る。面白い試合だった。こうしてみるとJリーグもなかなか面白いなあと。神戸の森岡はとてもいい選手だなと思った。こういう技術的にしっかりしていてブレない選手が好き。もう少しいいチームでのプレーを見たいので海外に移籍して欲しい。ブンデスリーガとかで十分通用すると思う。あと、鹿島の柴崎岳とか。

夜になって窓から多少涼しげな風は吹いてきたものの、風が止むとじっとりするように暑くて参る。闇雲に炭酸飲料が飲みたくなり、健康サンダルをつっかけて一番近い自動販売機に買いに行くと、外は案外と涼しかった。単に台所が暑かっただけのよう。

YouTubeにフルで上がっていたので1998年のハリウッド版「ゴジラ」を途中まで見たのだが、そこそこ豪華キャストのわりにはふざけていて、これなら昨日見た2014年版はまだシリアスだったのかなと思う。所詮怪獣映画は怪獣映画なのか。もうちょっと「エイリアン」風に作れないものなのかな。

それにしても日中の暑さには参る。あれだけ寝た上にさらに寝込んだのにもう目が眠くなっているのはどういうことだろう。へばり方が半端ない。考えてみるとこのところずうっと体調が悪いまんまだ。明後日病院で検査だけれど。明日も日中はどこかに涼みに行くしかないか。

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ゴジラ

というわけで、午後隣町のシネコンに行って「GODZILLA ゴジラ」を見てきた。劇場で映画を見るのは20年振り。隣町のシネコンは8つのシアターがあり、個々のシアターは小ぢんまりとしていていざ映画が始まると僕の記憶の中にある映画と比較してスクリーン小さくて暗いという印象。子供のころ見た映画のスクリーンがデカい印象が残っていたので。で、始まって40分ぐらいしたところで突如中断、何事かと思ったら落雷で停電とのこと。15分ぐらいで復旧したが真っ黒に日焼けしたいかにも田舎のおっさんが「ゴジラが電線を噛み千切った」と嬉々としていた。

それはともかくこのゴジラ、予告編を見ただけで何の予備知識もなく見たのだが、てっきり初代ゴジラのリメイクだと思い込んでいたのだけれど途中で敵役の怪獣が出てきて唖然、なんですか?感全開。準主役の渡辺謙演じる科学者が途中でさしたる根拠もなく言ったまんまの結末になってちと拍子抜け、全然怖くなかった。ただ敵役も含めて怪獣の人間と比して絶望的に強い感というのは出ていて、よってそれに相対する人間の無力感というものもあるにはあった。この、絶望的に強い感じを「恐怖の大王」として描くかそれとも「神」として描くかというところを、てっきり僕は前者としてシリアスで怖い映画にするものとばかり思っていたのだけれど、ことゴジラに関しては両方取ってしまおうという欲張りな筋書きが結果少々中途半端な感じになってしまった感。神頼み感凄い。そういう意味では「大魔神」的なところも感じられた。全体の筋立てとしては「ゴジラ×〇〇」という造りそのまんまになっていて、その点では日本の怪獣映画に近かった。ただ、「恐怖の大王」的視点で作ればかなり怖い映画に出来たと思うので残念。敵役の怪獣いらなかったんじゃないかな的な。とはいうものの、ゴジラを「神」的な視点で描いてヒーローにするというところも捨てがたかったんだろうなとは思う。そうするとこういう筋書きになってしまうのは仕方ないのかもしれない。ただ欲張った分ディテイルを描けなかった感じは強く、ウィキペディアの渡辺謙の話によると撮影直後は4時間ぐらいの長尺であったらしく、編集した結果消化不良な中途半端な感じになってしまったのかも。いずれにしても「ショーシャンクの空に」のフランク・ダラボンも脚本に名を連ねているわりには脚本の練り込みが甘い感じは否めず。みんな「ゴッズィーラ」と呼んでるのに渡辺謙ただ一人「ジラ」と頑なにかつあっさりと言っているのが印象的。「ゴッズィーラ」じゃないんだよ的な。

今日は午前中から昨日ほどの蒸し暑さではなく、シネコンから出るときもさぞ外はあっついんだろうなと思って外に出たら風もあってそれほど暑いと思わなかった。ただ室温は30度を超えていて気温自体は2度ぐらいしか違わなかったので、昨日とは不快指数が違ったのだろうか。

3時過ぎに寝たのに8時15分起床で多少睡眠が足りない感じで朝からダルく、結局午前中からまたソファで昼寝していたところ叔母が米を持って現れて起こされた。玄関先に出ると顔を見るなり「大丈夫?」と聞かれたのでよほど酷い顔をしていたのだろう。実際、例の目の下のクマといい、このところのやつれ感凄いし。

映画の帰り道にようやく1000円カットで髪を切る。帰宅して夕飯の支度でもしようかとぼんやりしていると中学の同級生であるマキヒデアキから携帯に電話があり、これから寄ってもいいかと。そんなわけで夕飯は後回しにして茶の間にクーラーを入れて待っているとすっかり老け込んでおっさんになったマキがやってきた。20年振り。老け込んだのはお互いさま。7時近くまで話す。いろんな同級生の話が話題に上ったが、名前を聞いてもワンクッション置かないと思い出せない名前が続出。かなり忘れてる。思うに、印象の悪かった奴ほど覚えていて、さして害のない人間ほど覚えていない。皮肉なものである。

マキが帰ったタイミングで母のところに。今日の母は比較的表情もよく落ち着いていた。この表情がいいってのは母の場合凄く重要。統合失調症は顔に出る。悪いときは顔つきが違う。

夜は相場。今夜は米の雇用統計だが思い切り裏目った。ただ抜け方によっては多少なりともプラスで抜けられたのに欲こいて失敗。考えてみれば週末、そういう意味では大失敗。これを書いている現時点で裏目ったポジションをまだ決済しておらず事態は悪化の一途、これを見守ると眠れないので決済するか週をまたいで持ち越すか悩んでいるところ。


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頭痛日

暑い。今夜もあまり気温が下がらない。今日は蒸し暑いという印象の一日。午後業務から帰宅後は完全にへばる。暑くて。ソファで気絶すると悪夢を見る。夕方から夜にかけては頭痛に悩まされる。暑いわ頭は痛いわでどうにもならず。真夏ってのはこんな感じなのかしら。うだる。

昨日ほのかに覚えた恋心らしきものは一夜明けると百年ぐらい前のような気がするし数万キロ彼方に行ってしまったように思える。一体あれはなんだったのか。今の僕には勘違いを持続させる体力すらないということか。

夕方見た夢にはキーボードのヤマザキが出て来た。夢というのはいろいろなことが出鱈目にミックスされていて、ヤマザキが出て来たのはずっと連絡が取れなくて気になっているからと思われるけど、途中から何故か相場が裏目るという訳の分からない展開になり焦って電気を水につける(たぶん冷やすという意味だと思う)ところでこれでは感電してしまうということに気づいて目が覚めた。

昼寝から目が覚めて夕方になってもあんまり暑いのでこの家で唯一冷房のある茶の間に移動して冷房オン、すると書斎で携帯が鳴り、見に行くと驚いたことにヤマザキからだった。しかし、いくら「もしもし」と言っても無言、遠くの方で人の会話らしきものがうっすらと聞こえるところをみると、間違ってボタンを押した、あるいは押されたようだ。その後何度かけても繋がらなかった。

今日は母のところに行ってから夕食。頭痛が酷くあまり食欲がなかったがスパゲッティを作って(と言ってもソースはレトルト)食べた。その後はクリスティアーノ・ロナウドが出るというので珍しく食わず嫌い王なんぞを見る。CR7はメッシと並んでこと得点力ということに関しては傑出した選手だけれど、これまで何故かそれほど惹かれるものはなかったが、これ見て好感度アップ。たまにこういうバラエティ見ると、普段鬱屈している自分が阿呆らしく感じる。つまり、現実の方がずっと阿呆らしくお気楽なのだなと。そんな現実の中でひたすら鬱屈しているのはどこか馬鹿げているのではないかとすら思う。まあ確かにテレビの中の世界の方が現実というわけではないのだろうけど。現実には2種類あって、自意識の中での現実とその外側の現実。その2つが乖離しているような感覚を覚える。これはつまり、自分自身が世界から乖離しているような感覚とも言える。一言で言えば空回り。

それでなくても暑いわ頭は痛いわで今日は相場も動かないだろうと思って指値も予想もせず、たまたま成行で夕方取ったポジションも同値決済。

ここんところ日中へばって人間として機能せず、夜中になってからの方がむしろ機能するのはなんでだろうと思っていたが、要するに暑いからなのかな。最近の体力からして、あんまり暑いと頭も回らないし人間として成立しない。去年の夏は日中は冷房の効いたところで業務をしていたので気にならなかったのだと思われる。四六時中水分は摂っているので熱中症にはならないと思うが、これではちょっとな……。使い物にならない。同じことを何回も書いているが、やっぱり書斎に冷房入れるべきだろうか。ただ、山形の夏って我慢ならないほど暑いのはそれほど長く続かないのではないかなとも思うし。実質1ヶ月もないのではないだろうか。

気がつくと日付が変わってもう8月。明日は1日で1100円になる日だから映画でも見に行こうか……と思ったら夜雇用統計がある。やはりチェックしておくべきだろうな。

どうにも無為に日々を過ごしているような感じが抜けない。実際今日とてほぼ何もやってない。洗濯と風呂掃除ぐらいはしたけど。


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今夜は風もあまりないし気温がなかなか下がらない。蝉は鳴いているところでは鳴いているが、うちの周りではまだ。去年の夏が果たしてどうだったのか、ぜーんぜん思い出せない。覚えているのは、7月31日に母が退院したということだけ。どれぐらい暑かったのかという記憶がない。それだけ記憶の優先順位が低く、特別暑くも涼しくもなかったということなんだろうけど。

朝はなんとか出来るだけ寝ようと努力はしたのだけれど、7時からは何度寝ても5分後に目が覚めてしまい、トータル10度寝ぐらいしてとうとう7時50分に根負けして起きる。起きたはいいのだが、最近の傾向からして相場は夜まで動かないだろうし何をするという予定もなく、昨夜ネットで調べて隣町にシネコンがあることが判明、タイミングが合えば映画でも見ようかとぼんやり考える。本当は邦画の「渇き。」を見たいのだがレイトショーで終わるのが夜の11時とちょっと時間的に辛い気がするので、行けるとしたら昼前スタートの「ゴジラ」辺りかなと思うものの、「ゴジラ」は先日予告編を3種類見たらちょっと怖くなったので悪夢を見そうであまり気が進まないという。子供か。結局映画には行かなかったけれど、車で15分も行けばシネコンがあって映画を見られるというのはちょっとした救いに思えた。しかしいまどきの映画って1700円もするのはちと高いような気が。モーニングショーとレイトショーが1300円。1日と月曜日(メンズデイ)が1100円だからその辺を狙おうか。

結局業務に行き2時過ぎまで。髪を切ろうと思って1000円カットに寄ると休みだった。帰宅してhuluでテイラー・ハックフォード監督「プルーフ・オブ・ライフ」を見始めるが、集中力が持続せず夕方になってやっぱりソファで寝てしまう。納豆とたらこ、お浸しと味噌汁という旅館の朝食のような夕飯を食べた後、母のところに。記帳したものを見るとどうやら今日は母の友人が2人来たらしい。母は食堂にいて、傍らに役場の健康福祉課のHHさんがいた。HHさんは今回母を特養に入れるきっかけとなった人で、僕が虐待する恐れがある云々と言い出した人である。だがしかし、HHさんは僕が田舎に帰ってから出会った女性で一番綺麗な人で(もちろん個人的な視点で)、年齢は定かでないが左手に指輪をしていないところを見ると恐らく独身。しばらくHHさんと話す。母に関して町役場で丁々発止していたときは敵味方という立場であったけれど、僕はどこか女性として彼女を意識している。で、母のところから戻って、もしかしたら僕はHHさんに恋らしきものをしているような気がしてきた。確信があるわけではなく、他に誰もそういう対象がいないせいからかもしれない。いずれにせよ、よしんばこれが恋だとしても叶う見込みはほぼゼロ、考えるだけ無駄というものだが夜の間ずっと気になった。この気になるというところがなんかほのかな恋心という気はする。正直、いい歳をしてどうかしているとは思うが。

ああこんなことを書くのは恥ずかしい。

相場は予想通り夜の指標でようやく動く。結果的にはもう少し粘ってもよかったがそれなりにプラス。この後深夜3時に大きく動くとは思うものの、とてもそこまで起きていられないのでパス。結局実働2時間ぐらい。ホントに集中力続かない。

今日も煙草を吸うと喉がつかえる感じがして気になる。来週の月曜に県立中央病院で悪性リンパ腫の予後検査があるので、電話してそのときに甲状腺機能の検査も頼んではいるのだが。それならまた煙草をやめればよさそうなものだが、今のところストレスを感じたときに煙草を吸うぐらいしか思いつかない。最近の傾向として、音楽を聴いてもストレス解消にはならずむしろ軽いストレスを覚えるので困ったものだ。

ここには意識してポリティカルなことを書いてはいないが、毎日ツイッターのTLを見てガザの情勢とか気にはしている。僕の中でイスラエルというか、ひいてはユダヤ人の心象が悪くなった。考えてみれば一概にユダヤ人と言っても、アインシュタインを筆頭にウディ・アレン、コーエン兄弟、ジェリー・ヘイ、アヴィシャイ・コーエン、スタン・ゲッツ、ガーシュウィン、ボブ・ディラン、サイモン&ガーファンクル、スティーヴン・スピルバーグとざっと挙げただけでも優秀で魅力的な人は多いのだが、原爆を完成させたのもユダヤ人(ノイマン)というのはどこか象徴的な気もする。NHKの報道だけ見てるとハマスはイスラム原理主義のテロリストみたいに見えるが、ただの政党だという人もいるし、いずれにせよ今のイスラエルが行っているのは虐殺である。ただ、停戦を受け入れなかったり反撃を止めなかったり、ハマスの方にもかなりの要因があることは間違いないが。だからといって無差別に一般市民を殺していいという理屈にはならないはずだ。不思議に思えるのはここまで攻撃されてまだガザの生活というかインフラが完全崩壊していないということと、どうしてハマスの弾薬が尽きないのかということ。どっちにしても戦争というのは理不尽で不可解なものだ。

しかし相変わらず日中は煮詰まる。夜の方がまだ頭が多少は回る。根気はまるでないけど。昨日今日と夜が更けてもそれほど眠くならないんだけど、かといってずっと起きていられる気もしないから困ったものだ。

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