Sunday

日曜日。

8時45分ごろ起床。朝食後、どうにも午前中何をしたらいいのか分からなくなる。本を読む気にもなれず、かといってドラマ「ブレイキング・バッド」の続きを見る気にもなれない。要するに何もする気になれない。しょうがないので今日も業務に赴く。で、今日もツイてない。連敗記録更新中。少々じたばたしてみたがどうにもならず、正直業務に対して愛想が尽きる。

2時過ぎに帰宅したものの寒くてコタツで本を読むことにする。が、案の定気絶してしまう。コタツは人を無力化してしまうというか、廃人にしてしまうというか、ずっとコタツに入っていると再起不能になってしまう危機感すら覚える。

夕食後、母のところに。母は僕が行くと笑顔を見せ、今日も落ち着いていた。今日はドビュッシーを聴かせる。

夜は久しぶりに「ブレイキング・バッド」の続きを見る。ようやくシーズン5の前半まで見終わったところ。その後何人かに電話してみるが誰も出ず。ただ、無料通話分がやたらと余っているので電話してみただけで、特に話すことがあるわけでもないのだが。実際問題として最近はほとんど長電話することはないので、料金プランを一番安い奴に変更しようかと思っている。ただその前に1万円分以上溜まった無料通話分を消化しようと思っただけだ。ドラムのアキヤマとキーボードのヤマザキは今年になって一度も電話が繋がらない。エンジニアのフーちゃんも。これはやはりそれなりに訳があり、つまりこれはある種の拒絶の意思表示なのではと思ってしまう。要するに彼らは僕と話をしたくないのではないかと。ヨウタロウには繋がったが運転中だった。しょうがないのでコーヒーの生豆を煎っていると、学生時代の同級生であるジョンが折り返してくれたので少し話す。しかし、iPhoneでスライドするだけで電話(というかLINE)に出れた試しがなく、必ず切れてしまうのでこちらからかけ直す羽目に。スライドするだけじゃダメなのだろうか。はて。と、今度は同じサークルだったR(女性)もかけ直してくれて、こちらは久々ということもあり長電話になる。話はいつの間にかサッカー日本代表の話題になり、気がつくとRは僕に向かってアギーレの文句を延々と垂れる。僕に言われても困るのだが。

と、そんな風に最近は人に電話するということ自体に物凄く消極的になっているのだが、気がつくと2人と延々と話しているうちに夜が更けてしまった。

相変わらず何も出来ない感が強く、何事につけても閉塞感を覚える。「ブレイキング・バッド」を見ていても展開的に閉塞感を覚えてしまうし、フォークナーの濃密な文章もいささか重く感じて話がなかなか進まない感を覚える。

なんか今日はまったく日記を書く頭にないので文章が物凄く散漫になってしまう。夜中に人と話すといういつもと違うことをやったせいか。

明日の日中は県立中央病院で悪性リンパ腫の予後検査。まあ予定が入っているととりあえず何をするか考えなくても済む。しかし今からこの調子では本格的に冬になって雪に閉ざされたら一体どうなるのだろうかと今から心配になる。


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Saturday

土曜日。

今日よかったこと ― 母が笑ってくれたこと。
今日の収穫 ― スクワットと腕立てを少々したこと。

頭頂部が禿げる夢を見て朝目が覚めた。夢とはいえぞっとした。一昨年悪性リンパ腫の治療の際に抗がん剤の副作用で髪がほとんど抜けたけれど、スキンヘッドには至らなかった。坊主頭程度。部分的にでも禿げるというのはかなりインパクトがある。普通は少しずつ少しずつ徐々にそうなっていくのだろうけど。

起きたのは8時45分ごろか。外はいい感じで晴れていた。昼食用のサンドイッチを作って業務に行ってみた。相変わらずまったくツイてない。業務に行くのは今月3度目だが今月全敗。というか、先月末から5連敗だ。まあ確かにやる気もないのだが。やる気がないだけに負けると酷く無駄な銭を使った気がしてしまう。ああこれでいいメシが食えたんじゃないかとか。要するに業務頭、業務の思考になっていない。実際、今日は土曜日なのに店は空いていて、トイレに貼り紙がしてありそれを見ると今月から交換率を上げたようだが、にも関わらず客足は減る一方、どうやらこの調子ではこの町に一軒だけのこの店も遠からず閉店に追い込まれそうだ。これはこの店だけに限ったことではなく、業界全体の流れによる必然だ。何しろこの10年以上年々期待出玉が減る一方、つまりリスクに見合う見返りがない。客が減っていくのも当たり前である。この業界は自らの首を絞めているのだ。客というのはそこまで馬鹿ではない。誰でも度重なればそれなりに気づく。それなりに学習する。

帰宅して茶の間のコタツでナビスコカップの決勝、ガンバ大阪対広島の後半だけ見た。結果は3-2でガンバの優勝。直後に物凄い眠気が襲ってきてそのまま気絶。しかしコタツで昼寝するなという方が無理。

それ以外は今日もちまちまと本を読んでいるだけの一日。今読んでいるのはフォークナーの「八月の光」。読み始めてから思ったのだが、辞書みたいに分厚い文学全集なので持ち歩くのに不便だなと。だが途中まで読んでしまったしフォークナーは以前「響きと怒り」を読んだときにも思ったけど、難解で読みにくいのだが読み終わったときに凄く腑に落ちる、つまり山登りに似たカタルシスがあるので長い小説だけど最後まで読みたい。しかし最近本を読んでいてとみに思うのだが、壊滅的に記憶力が落ちていて名前とかなかなか覚えられないし文章がなかなか頭にすとんと落ちて来ない。しばしば読み返したりするのでなかなか前に進まない。それにフォークナーは文章が長くなる傾向にある。たかがこれしきということになんでこんなに言葉や文章を費やすのかと思うのだが、それでいて冗長という感じではなく、どちらかというと思索が深いという印象。

今日は音楽を聴いているとどうも読書に集中出来ない。特にジャズ(マイルスのライブとか)を聴いているとそっちに気を取られてしまう。マイルスとかを聴くと緊張を強いられるせいか。しかし、かといって毒にも薬にもならないような80年代の音楽とかかけるとそれはそれで耐えられない。もはや(音楽的・和声的に)テンションの低いコード進行に耐えられなくなっている。モーツアルトとかクラシックは別。あとはレッド・ツェッペリンとライ・クーダーも大丈夫だった。ジョニ・ミッチェルとかも。

いろんな意味で集中力・判断力・記憶力・読解力・理解力、そういったものがことごとく落ちている気がする。これは単純に歳のせいとかで済ませられる問題なのだろうか。例えば、昨日読み終わった「その女アレックス」のピエール・ルメートルは55歳で作家デビューしているし、80歳を過ぎてまだ小説を書いている人もいる。もしかして、元々僕はそういったものに欠けていたのだろうか。ただ、イマジネーション・発想力というものは以前より明らかに落ちていると思う。文章ひとつ書くことにしてもそう思える。一番致命的なのは集中力、一番危機感を覚えるのは記憶力というところか。今のところ。


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立冬のショパン、その女アレックス

金曜日。

暦の上では立冬の本日、起きたのが遅かった(9時半)せいもあり、朝と日中はそれほど寒さを感じなかったが夜になると冷える。起きたのが遅かったとはいえ、寝たのも遅かった(3時半)ので朝からあくびが絶えない。それと今日は夕方近くまで頭の鈍痛が抜けなかった。そんなこともあり、午前中は一人掛けのソファで、午後はコタツでそれぞれ1時間ずつ昼寝してしまった。結局今日は相場のポジションを持たず、ほとんどの時間を本を読んで過ごす。

夕食後母のところに行くと、今日も母は柔和な表情を見せて落ち着いていた。部屋のベッドに寝かせてから、ふと思いついてiPhoneを取り出して音楽を聴かせようと思った。ウエストバッグからイヤフォンを取り出してから、そういえばiPhone自体にもスピーカーが内臓されてるのだなと気づき、そのまま枕元でショパンのエチュード集を再生した。1曲聴いたところで母は「やっぱりショパンはいいね」とぽつりと言う。そのうち有名な「別れの曲」になる。しかし、エチュードなのにどうしてこの曲が「別れの曲」なのだろうかとふと思う。そういう副題でもついているのだろうか。再生している間母はじっと聞き入り、このiPhoneで控えめな音量ながら音楽を聴かせるというアイディアはまんざら悪くないなと思う。もっと早く気がつけばよかった。そんなわけで帰宅後にYouTubeでドビュッシーの代表曲をダウンロードする。今度母に聴かせようと思って。

夜は雇用統計があったが昨日書いたように今日はポジションを持たず傍観。実際のところ、いろいろ考えたがよく分からなかった。世の中の人もそうだったようで、結果的には大きなトレンドには繋がらなかった。

そんなわけでピエール・ルメートル「その女アレックス」読了。確かに評判通り面白かった。前にも書いたように各章が短く、映画のカットのようにシーンが切り替わるのでテンポがいいし非常に読みやすかった。あとがきによるとルメートルは脚本も書いているらしく、この小説も映画化が進んでいるらしい。実際この結末の溜飲の下げ方はハリウッド映画っぽい。主人公の一人であるアレックスはあくまでプロットのための役割に徹している。この小説は読者にしても作中の登場人物にしても、「してやられる」小説である。アレックスの視点はそのためにあると言っていい。そういう意味では叙述ミステリ的な部分もある。結末から逆算して徹底して計算されており、意図的に読者を翻弄するが、それはプロット自体というよりもプロットの進め方に翻弄されるという感じだ。そんなわけだから再読が利く小説ではない。いささか腑に落ちないのは、結果的に一人勝ちする人物が果たして最後に書かれているように本当に正義かどうかという点。厳密に言えばすべてが解決しているわけではなく、ほとんどの人は最後で快哉を叫ぶのであろうが、もっとすべてをクリアに落とし込むことも出来たのではないかとも思う。読後に気になるのはやはりアレックスがプロット及びその進め方のための存在でしかないことか。もっと人間としての魅力を描くことは出来なかったのかとは思う。もちろん、この書き方、この計算上ではある側面からしか書けなかったのだろうけれど。という具合にいろいろあるけれど、ミステリという点では非常によく出来た面白い小説ではある。一時アマゾンで品切れになっただけのことはある。


その女アレックス

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コタツ

木曜日。

昨夜寝たのは2時過ぎだが、今朝はなんとか9時近くまで寝れた。なので、最近の中では睡眠時間が取れた方だ。朝食後コーヒーを飲みながらPCに向かってだらだらしているともう11時近くなり、今日も業務に行く気にはならず。午前中は相場も考える気になれず、ぼんやりとチャートを見るだけ。というのも、今の急激な円安というものを信用していない。これがずっと続くとは思えず、したがってドル円やクロス円に手を出す気になれない。早晩調整が入ると思う。

そんなわけで窓際の一人掛けのソファでピエール・ルメートル「その女アレックス」を読み始めたのだが、眠くなったのでちょっと寝ようと思った。暖房も入れていたが、昼近くなって窓際はぽかぽかと暖かくなっていた。で、目が覚めるともう1時近かった。サンドイッチ用のパンが切れていたのでハムチーズトーストを作って昼食。それから一応相場の指値だけはしておく。午後はだらだらとYouTubeからダウンロードしたり本を読んだりして過ごす。ふと思いついて隣町の叔母に電話して聞いてみると、もうとっくにコタツを出しているという。というわけで、茶の間のコタツを作った。

夕方近くなって、指値はまったく付きそうになかったので成行でひとつポジションを取る。前述のようにドル円とクロス円に手を出す気はないのでユーロドル。スーパーに買い物に行き、買ってきた刺身(500円也)で夕飯。これでも贅沢な方。夕食後は例によって母のところに。このころから雨が降りだす。母は落ち着いていた。結局、一昨日だけが不安定だった。やはり僕自身が落ち着いていれば母もそうそう取り乱すことはなさそうに思える。

帰宅後、夜は相場。とにかく夜は寒い。書斎で暖房を入れていても寒く感じたので、ノートPCを持って茶の間のコタツに移動。やはりコタツは暖かいが、どうも最近椅子じゃないとなかなか落ち着かなくなってしまっている。なんていうか、畳に座ったり胡坐をかいていることがなかなか出来ず、すぐ寝転がりたくなる。

今日は経済指標がやたらと多く、何かひとつを目安にするというよりもそれぞれをどうこなしていくか。その中でもメインは10時半の指標だったが、思ったほど動かないなと思って油断していたら突如として大きく動いた。後になって調べてみると、気にしていた米経済指標の方ではなく、ECBのドラギ総裁の発言が要因だったよう。それで結果的にはプラスになったのだが、今日も抜け方を失敗した。結果論で言えば指値を置き過ぎた。それと、一日のレンジを読み違えた。ここまで動くとは思っていなかった。しかしいずれにしても想定していたぐらいの相応のプラスは出たわけだから結果オーライというかむしろある意味ラッキーと思わなければならないのだろう。明日は雇用統計があるけれど、気分的にはパスしようかなと。リスクを冒すには今の円相場は行き過ぎだと思うので、ここは様子見が正しいような気がする。やるとすれば日中か。

今日は昼寝もしたしある程度まとまった睡眠も取れたので、これを書いている今、深夜1時を回ったがまだ眠くない。眠くはないが明日の朝は本来ならばゴミを出したいところ。まあたまたま起きられたら出すことにしよう。

母のところで眠気を覚えたり、相変わらず体力が落ちている感は半端ない。今日は午後にYouTubeの動画を見ながら久しぶりにラジオ体操第一第二をやってみた。というのも、先日Googleのトップがラジオ体操だったので思い出したのである。まるで年寄りだが第一第二と続けてやるとそれなりに息が切れる。もう何年も、というか恐らく10年以上やっていなかったから粗方忘れていた。考えてみればラジオ体操なんてやっていたのは子供のころだ。しかしまあこれを毎日やればストレッチ代わりにぐらいはなるのではないだろうか。毎日やれば。と言いながら今日も階段の昇降をさぼっているし、いまだに計画的に体力をつけるということが出来ない。


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逆転

水曜日。晴れ。

寝たのは2時過ぎなのに、どういう加減か7時の寺の鐘で目が覚めてしまった。5時間にも満たず当然睡眠は足りないので朝食後にソファで毛布を被って寝る。すると、目が覚めると11時半近く、なんと3時間も寝てしまった。先日も書いたように何故か足し算すると8時間ぐらいになる。どうしても8時間寝ないとダメなのか。どうもこうなると睡眠を2回に分割して寝ているような感じだ。そういえばもうかれこれ15年近く前、最初に心療内科にかかったころも4時間+3時間とかという睡眠パターンになり、医者は分断眠とでも言うべきかと言っていたが、当時は寝付き自体が悪くそれで睡眠薬を出された経緯がある。今は寝付きが悪いわけではないので単にトータルの睡眠時間がどんどん長くなっているような気が非常にする。

それはそうと、昨夜から持ち越した相場のポジション、寝ている間にストップロスを食らったら大敗なので、まだ生き残っているかどうか朝食を摂りながらチャートを見るとなんとか残っていた。が、いまだにマイナス。今日は日がなチャートを眺めていたが、ずっとマイナスだったのが午後になってアメリカの選挙で共和党の勝利の報が伝えられると流れは一気にドル買いになり途端にプラスに転じる。ユーロドルで持っていたのだが、夕方になるころにはどんどんドル買いが進み、大幅なプラスになっていた。後はどこで抜けるかだけ。実際のところ、これが一番不得意とするところだ。どうも性格的に経済指標まで引っ張って結果失敗するというのがいつものパターン。一応それなりにシナリオを描いて夜までずっとチャートと睨めっこしていたが、最初の指標で予想外にいい結果が出たにも関わらず相場は逆に動いた。これですっかり動揺してしまい、また失敗したという気分で次の指標まで待ったが、結果的にはいわゆるチキン、腹六分目というところで抜けてしまった。今見ると結局抜けるタイミングが早過ぎた。また失敗。とはいうものの、それなりのプラスには持って行けたわけで贅沢と言えば贅沢、これでよしと思わなければいけないのかもしれない。少なくともマイナスをプラスに逆転出来ただけでも有難いと思わなければ。

そんな感じで終日相場のチャートに向かっていたのだが、今日は天気がよく午後になると日の差す南向きの書斎の窓際は暑いくらいになった。相場が好転した頃合に町役場まで固定資産税と健康保険を払いに行ったのだが、散歩がてら歩いていった。歩いても5分ぐらいだ。税金を払い終わって、なんとなく役場の裏手にある町営の動物園を覗いてみる気になった。この動物園を見るのは子供のころ以来だ。無料だし当然しょぼい。なんか鳥ばかりだなと思って見て歩くとそれなりにタヌキだのキツネだのサルだのシカだのというものはいた。この鳥や動物たちももうすぐやってくる冬は寒くて大変だろうなと思った。なかには明らかに南方の鳥もいるから果たして冬は大丈夫なのかと。

実際夜になると冷える。なんていうか、しんしんと冷える感じ。昼間の窓際とはえらい違いだ。もう冬はそこまで来ているんだなと思う。夜は暖房なしではもう無理。

今日の母は落ち着いていた。というか、昨日の今日なので今日は僕自身が敢えて余計なことを言わないように大人しくしていた。こちらが徹底して穏やかに接すれば母もそうそう取り乱したりはしない。今にして思えば、去年の段階からそういう風に徹していればなあと悔やまれる。

今日は来週からの親善試合に向けて日本代表のメンバー発表があった。

GKが川島、西川、東口、DFが森重、吉田、内田、太田(宏)、塩谷、酒井(高)、昌子、松原、MFが遠藤、今野、長谷部、香川、柴崎、田口、FWは豊田、岡崎、本田、小林、乾、武藤。

長友と細貝がいないのにはちょっと驚いたが長友は怪我らしい。長谷部はともかく、遠藤と今野が復帰したのには驚いた。アギーレ曰く、年齢は関係ないということだが、先々を考えるとやっぱり関係あるだろうと思うのだが。その他意外なところは松原と乾。松原はいまだに試合に使われていなかったし、乾はフランクフルトでもそれほどの活躍をしているとは思えないので。内田が戻ったのはよかった。先日の試合でのアシストとか凄かったし。全体的にはベテランが多く保守的なイメージ、気分的には一歩後退した感じがしないでもない。まあこのメンバーでそのままアジア杯に臨むというわけではないのだろうが。新鮮味という意味ではいまひとつ。

ともあれ、今日あたりどうせならまとめて7時間ぐらい寝たいなあと思うのだが。今読んでいるピエール・ルメートル「その女アレックス」、テンポがいいし各章が短いので非常に読みやすい。


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着るものがない

火曜日。

寝たのは3時を回っていたが、8時半ごろに起きてしまった。当然睡眠が足りないので午前中は1時間ほどソファで寝る。今日は昼から相場。午後、散歩がてら銀行まで歩いて行ったら帰り道にここには書けないアクシデントが。夕方までの相場は1勝2同値、また利確し損ねた感が強い。今日はいずれにしても動かないなと諦めていたら夜中、冬時間になったNYタイムから急に動き始める。で、指値は成立したものの只今串刺しになっているところ。今のところは裏目っている。だがもう目が寝てきているので腹を括ってポジションを明日まで持ち越そうかと思っている。

今日の母はまた被害妄想傾向が出た。例の「着るものがない」と言い始め、感情的に不安定に。それでどうしたものか僕自身が少しかっとなって問い詰めてしまい、すると母は大声を上げて泣き始めてしまった。介護士が割って入ってとにかく部屋に連れて行って寝かせることにするが、そこに至ってまたやってしまったと思った。どうしてこうときおり僕自身が感情的になってムキになってしまうのだろうか。母はベッドに寝かせるとようやく落ち着いた。僕はこれ以上余計なことを言って母を興奮させないようにしようとベッド脇でしょんぼりとしていた。母の「着るものがない」は去年統合失調症を発病したときからの被害妄想のキーワードであり、病状だから理不尽なのは当たり前でそこを追及しても意味がないことは重々承知しているはずなのに、どうしてこういう風にときどき僕自身の抑えが効かなくなってしまうのか。やはり僕は性格的に介護に向いていないのかと考え込む。さすがに帰宅してからかなり気落ちしたが、今日のところは先日のように酷い抑うつ状態に陥るところまでは至らず、夜は久々に「ブレイキング・バッド」の続きを見た。ようやっとシーズン5の半分ぐらいまで。

今日はアマゾンから注文していたMarcin Wasilewski Trioの「Trio」が届いた。それにしてもECMのCDはなんでこんなにジャケットデザインがいつも素晴らしいのかと感心する。書棚に立てかけて飾っておく。

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淫夢、冷え性

月曜日。祝日。

朝、実に久々に淫夢を見て起きた。なんていうか、淫夢っていいなあ。夢がある。いや、夢なんだけど。6時間ちょっとは寝たっぽい。

結局寒いからという理由で行く予定ではなかった業務に昼前から行ってしまった。だがまったくツキがない。予定外のことをやっているので粘ろうとか頑張ろうという気力もなく、1時半過ぎにとっとと撤退。寒いからという理由で行ったはずなのに、かえって身体が冷えてしまったような気もする。帰宅しても寒くてしょうがない。暖房を入れてそれなりの室温にはなっているはずなのだが、とにかく足が寒くてどうしようもない。しょうがないのでソファで毛布を被って寝る。すると、2時間ほど寝てしまった。新聞の勧誘が来て起こされたが、やっぱり足元が寒くてしょうがない。なので台所に移動。台所での定位置はちょうど暖房の前で足元に暖風が来るので。これでようやく一息ついたが、ネットでググってみても男にも冷え性というものはあるらしく、どう考えても冷え性のような気がする。自律神経の異常らしいから、例の抑うつ状態のときに指が痺れるのと同じようなものかもしれない。とにかく、Jリーグの横浜×浦和を見ながらスパゲッティの夕飯を済ませ、母のところに行く。今日も母は落ち着いていて、終始穏やかな表情だった。母の調子が悪くないとやはり少し安心する。帰りがけにスーパーに寄って買い物、夜はつい先ほどまで相場。結果はそこそこ。遅ればせながら円売りの流れに今日はちょこっとだけ乗ってみた。

で、スーパーでコカ・コーラオレンジなるものがあったので試しに買ってきて今飲んでるのだが、はっきり言って不味い。まあ確かに名前の通りの味なのだが。結果的に昨日今日と2日続けて8時間以上寝ている。これが癖になると困ったものだ。しかし、不思議なことに夜になってからは足の冷えが治まり、午後から夕方にかけてだけ冷え性だったような気がする。夜になって多少動いたり階段の昇降をしたりしたからだろうか。要するに日中動かな過ぎなのか。確かに寝てばかりではある。


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8時間

日曜日。ときおり激しい雨。

8時前に起きたものの、何やら寝足りない感じがしたので朝食後ソファで毛布を被る。で、目が覚めると2時間半近く経過していてもう昼、こうして本日の午前中は綺麗に消滅した。さすがに唖然とする。しかし、よくよく考えてみると睡眠時間は5時間半ぐらいだったから、足し算をすると8時間、それほど驚くほどのことではない。でもそれだったら8時間ストレートで寝て10時ごろに起きた方がまだよかったなと思うのだが、結局いつも5・6時間でトイレに目が覚めてしまう。意識の問題だけれど、8時ごろにトイレに目が覚めてそれから寝床に入り直して二度寝するというのはさすがに抵抗がある。まあ朝食後にソファで寝るのも同じと言えば同じなのだが。いずれにしてもこれぐらい寝ないとダメというのはそれだけ体力が落ちているということだと思う。最近は階段の昇降もさぼっているし、まったくの運動不足、明日はやろうと毎日思っているのだが。

午後はJリーグの試合を2試合、名古屋×FC東京と新潟×鹿島の試合を見て終わる。一応当分鹿島の応援をしようと思っている。今日はそれ以外何もやっていない。天気が悪かったということもあるが、外出したのは母のところに行っただけ。我ながら感心するほど毎日何も出来ない。で、あれだけ寝たのにもう目が眠くなっている。恐るべし。それに、何もしていないのに左肩がやけに凝っている。明日も休日で東京タイムは休みだが、夕方の欧州時間以降に相場を頑張ろうと思う。母は相変わらず元気はないが落ち着いていて普通っぽく見えた。

この時間でも室温が23度あるところをみると、今日は案外と暖かかったのか。明日の予報は最高気温12度だが。

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日記、愛煙家通信

土曜日。

あんまり寒いので去年の今ごろどうしていたのかこの日記を読み返してみたところ、近頃とまったく同じように何も出来ないと毎日書いていた。で、その日記が恐ろしく鬱屈していてひたすら陰鬱で唖然とする。確かに去年は一年を通してこれでもかと考えられるあらゆる不幸が襲ってきたような一年だったが、そのときと今の日記とまったく同じ調子になってしまっているのは何故か。しかも精神的には去年と同等かあるいはそれ以下に弱っているのは何故か。とどのつまり、気がつくとこの日記というものが読み物として考えると途轍もなく陰鬱でつまらないものになっていた。これでは読者が日増しに減るのも当たり前だし、書いた本人の自分が読んで気が滅入るくらいだから人様はもっと読むのが辛いだろうと思われる。というわけで、今日はこの日記の存在意義を考える羽目に陥った。体裁としてはブログのような形を取っているが、ここはあくまでも日記である。記録であり、備忘録だ。加齢のせいももちろんあるが、一時期薬漬けになって以来時間の感覚や記憶がやたらと怪しくなったので義務的に毎日書いている。だから自分以外に誰も読まなくても別に構わないといえば構わないのだが、日々のアクセス数が分かるとやっぱりそれなりに気になる。いっそのこと日記として毎日書くのはやめてしまい、それこそブログとして前向きなことを書けるときにだけ書くことにしようかなどとも考えた。しかしそれでは困る。自分が。いつ何をやったのか検索で一発で分かるというのはそれなりに便利なのだ。ダメなときにダメな日記になるのはしょうがない。

このsomething newを日記として毎日書き始めた当初は、他人の幸せを読むよりは他人の不幸を読む方が面白いのではないかと思っていた。しかし、気がつくとそれは時代の流れに逆行していた。FacebookやツイッターなどのSNSに象徴されるように、今は幸せを分かち合うのがトレンドであり、リア充自慢をしあう時代になった。いわば幸せの押し売りである。だから、僕のような非リア充の人間はFacebookなどの「いいね!」しかないSNSは苦痛でいたたまれないことの方がほとんどだ。僕が時代に乗り遅れているのか、それとも単に鬱屈しているせいなのか、まあ両方なのだろうけど。しかし、気がつくとこの僕の日記のようなものがそれこそ不快なものになってしまう時代なのかもな、と思った。

ま、いいや。

とにかく日記として書こう。昨夜は眠くて1時20分ごろには寝て、今朝は二度寝して8時7分ごろに起きたと思う。だから最近にしては寝れた方だ。それでいい夢を見た。最初はバンドの練習をする夢だった。どこかの大学の広い教室で、いつもとは違うメンバーと長い曲を練習していた。そこで一度目が覚めた。二度寝すると、今度はどこかの女性と一緒に住んでいる夢を見た。ひとつ屋根の下に男と女が一緒に住んでいるのだからこれはなんか期待出来るのかも、などというスケベ心を覚えたり、なんというか誰かと一緒にいるというのは幸せなことだなと思った。こんな気持ちで死にたいと思ったぐらいである。なので、朝起きたときはそれなりに案外と気分は悪くなかった。

ところが朝食後になるとやっぱり何をしたらいいのか分からない。結局何も出来そうに思えない。外は雨がしとしとと降っていかにも寒そうである。しょうがないのでまた昼食用のサンドイッチを作って業務に行った。昨日スーパーでフリースを着て僕よりも厚着の人を見かけたので、今日は11月になったことだしと、革ジャンを着て出かけた。実際、今日もフリースを着た人を見かけたし、結果的にはそれほどの厚着というわけでもない。

今日もツイていなかった。まったく。2時前に退散。考えてみると今日から世の中は3連休なのだった。明日明後日は業務に行かないことにしよう。ともあれ、帰宅するとやっぱり鬱屈して何も出来ない。それに寒い。ソファで毛布を被って本でも読もうと思ったが読むことも出来ず、結局小一時間ほどうとうとした。ところがいい夢を見るどころか今度は強迫観念に駆られて酷い気分になっただけだった。

という具合に結局今日も何も出来なかったのである。去年の日記から単純計算してももう一年以上も何も出来ないという状態が続いていることになる。うつ病恐るべし。ただ煙草だけが増える。今週は22本から23本のペース。今日はもっと増えそうだ。その辺も気になって、夜になってふとググってみると、「愛煙家通信」というページを見つけた。これが案の定というか、煙草を吸う身としてはなかなか痛快である。寄稿しているのは大体が高名な作家や女優だが、中には医者もいる。例えば順天堂大学医学部教授の奥村康によれば肺がんの原因となる発癌物質の最たるものは車の排気ガスであって、「排気ガスを一〇〇とすれば、たばこは〇・一以下」ということだ。彼の記事はそれ以外にも「コレステロール値が低くなればなるほど、病気などによる死亡率が高くなる」とか、なかなかに興味深い。その他の高名な作家連中も揃って喫煙を肯定しているわけだけれど、ただ彼らはヘビースモーカーだが70歳、80歳になっても健康であって中には肺が綺麗という人もいて、健康だからこそ言えるという側面もあり、万人に当てはまる理屈ではないと思うが。アメリカを最たるものとする「健康病」とか極度の偏見に満ちた禁煙ファシズムというものは厳然とあると思うし、これらの記事を読んで、ま、あまり煙草の本数に神経質になることもないなと思ったのだが、実際のところ、毎朝仏壇の父に線香を上げながら母と僕が心身ともに健康でありますようにと祈っているのも事実だ。要するに煙草を吸わなければ病気にならずに長生きするというわけではないのだが、かといって煙草を吸って長生きするというわけでもなく、吸うという選択をするか吸わないという選択をするかのどちらかしかないという当たり前のところに行きつく。実際問題として直接の死因ではないにしろ父は肺気腫が原因で死んだわけだし、僕も肺気腫(たぶん)なのだから、いくらでも煙草を吸って構わないということにはならないとは思う。何事も過度は禁物だから。ただ今のところは煙草を吸うという生き方を選択しているだけで。

どういうわけか今夜はまだあまり眠くない。バイエルンとドルトムントの試合見たいが2時20分からというのはさすがにきついので諦める。なんだかんだこの日記に関して猛省したわりには結果的に冗長で長文の日記になってしまっているという。

ちなみに今日の母はとても落ち着いていた。


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サプライズ、波に乗れない日

金曜日。今日もスパムコメント凄い。

相変わらず抑うつ状態だし、体調も悪い。朝は7時45分に起きた。睡眠時間は5時間半ぐらいか。若干足りない。それにしても、確かに前立腺肥大と言われて泌尿器科に通って薬は飲んでいるけれど、朝異常にトイレが近かった。1時間に3回もトイレに。頻尿もいいところ。結局昨夜は4錠目のレキソタン(安定剤)を飲んでしまった。しかしながら、それでもかつて薬漬けだったころの半分の量だ。なにしろ、頓服で飲む1回分の分量が5mgだったから今の4錠分よりも多かった。相変わらず睡眠薬は効かなくなっているようだが、寝付き自体は悪くない。こうなると睡眠薬はおまじないのようなものだ。

なかなか回らない頭を必死に回して、朝食後に考えて考えて相場の指値をする。それから業務に赴く。今日はツキがなかった。例の107連チャンした機種を打ったのだが3回確変に突入しても5連止まり。2時前に諦める。帰途、隣町の年金事務所に寄った。それで年金を試算してもらったのだが、例えこれから65歳まで10年払ったとしてもとても生活していけるほどの額はもらえないということが分かった。予想はしていたがかなり脱力、それと相応のプレッシャー。試算するのにかなり待たされて、その間に具合が悪くなりそうになる。自分で思っている以上に抑うつ状態が酷く、それが身体に来ているようだ。なんというか、限りなく病人に近い体調、体力。

帰宅して相場のチャートを見て腰が抜けた。ドル円とクロス円が1時半ごろから気が狂ったように暴騰している。1時間かそこらで2円以上の急騰。これは一体どうしたことか、そんな重要な経済指標があっただろうかと何が起こったのかツイッターのTLをさかのぼってみる。すると、日銀の追加緩和の発表だった。予定外のサプライズである。方向の読み自体は合っていたものの、近頃指値が甘い傾向にあったので週末・月末でもあるし多少厳しめの押し目買いの指値にしていたので指値はつかず。どんどんと天井知らずに上がっていくチャートをただ唖然として見ているだけだった。ここまで急激に上がってしまうとどうも追従する気にもなれない。結果的には年金事務所に寄らなければよかったなあと思ったものの、業務を止めた時点で既に追加緩和は発表されていた。結果、このお祭りのような波に乗れなかった。最終的にドル円は112円を超え、これを書いている今も上昇中だから乗っかろうと思えば出来ないこともなかったが、なんていうか、一度波に乗り損ねると気分的に後追いする気にはなれず。結局追加緩和の影響を受けていないユーロドルで小遣い程度を稼いだだけ。今日は気分的にリスクを冒す気になれず、年金のこととかもあって物凄く消極的になってしまった。しかし考えてみれば明日から3連休なのだな。おまけに天気予報は3日間雨だし、やはり消極的過ぎて失敗したかもだな。抑うつ状態もあって今日は何もする気が起きず、夜10時ごろにはもう寝ようかと思ったぐらいだった。ひとまず、来週から頑張ろう。

今日の母は終始穏やかな表情で落ち着いており、結局のところ日々母の状態は変化し、不安定なのだなということが分かった。だから昨日や一昨日のように調子の悪いときに酷く動揺して極度の抑うつ状態になるようでは身が持たない。

読み始めたピエール・ルメートル「その女アレックス」、案外と読みやすい。

それにしてもまた相場の話に戻るとつくづく勇気がなかった。今日が週末で月末じゃなかったらなあとかうじうじと考える。だが考えようによっては、逆の方向に頭が向いて大損こくよりはマシとも言えるのだが。いろんな意味でまだまだ経験不足。


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