元日

あけましておめでとうございます。

雨の元旦。静かな朝だった。昨夜は眠くて1時過ぎには寝て、今朝は8時に起きた。午前中、寺に年始の挨拶に行き、父の一周忌を雪が融けてから4月にやることを打ち合わせ、お茶を一杯飲んでとっとと帰ろうとすると住職が追いかけてきて、檀家から事情は聞いているが、僕の精神的な部分が心配だから無理しないようにと言われた。田舎は何かと筒抜けである。

弟と昼食を済ませ、二人で母の病院へ。今日も母は口が回らず、何を喋っているのか聞き取りにくい。まさか後遺症ではと凄く心配になったのだが、起きていたかと思うとすぐに寝てしまうことの繰り返しで、どうやら半分寝惚けていたようだ。だが、なんとなくここ数日調子が悪そうに見えてやはり心配ではある。弟は病院から直接仙台へと帰っていった。

そんなわけで帰宅するとまた僕は一人ぼっちになった。するとまた不安感がやってきて、夕方に1錠、夜に1錠、安定剤のレキソタンを飲まざるを得なかった。やはり夜になると煮詰まってしまう。年が明けたからといって、その辺が急に変わるわけではない。当たり前だ。暦の上で12月31日が1月1日になったからといって、都合よくフェイズが変わるわけでもない。結局のところ、年が改まるというのは気分の問題なのだな、と思う。そしてうつ病というのは気分障害なのである。

今日も夜はスポーツバラエティを見てみたけれど、一人では集中出来ない。元日というのはこれといったニュースもなく、所詮収録のテレビのバラエティ特番ぐらいしか話題がないことはツイッターを見ていても分かる。後は何を食べたかとかそれぐらい。テレビをちらちらと見ながら、鍋をシャカシャカと振ってコーヒーの豆を炒る。

なんだかただひたすら時間が過ぎるのを待っている気がする。僕のこのところの懸念というか、いつもどこかに引っかかっているのは時間だ。時間とは何かとか、時間の一方向性とか、長く感じたり短く感じたりするという、アインシュタインの相対性理論みたいなことばかり考える。それは本質を考えているようであって、実は巨大な雑念であるように思える。

問題はどこで気分が改まるかということなのだが。

初夢に期待するのもリアリティがない。ナンセンスだ。となると、自力で強制的に改めるのか、それともどこかのタイミングでオートマティックに変わるものなのか。そして、それが時間というものなのか。

恐らく僕は考え過ぎなのだろう。寺の住職が言うように、無理をするべきでもないのだろう。ひたすら何かを乗り越えるだけのようだった去年、敢えて僕が何かを得た、学んだとすれば、それは諦念だろうか。で、たぶん今の僕に一番必要なものも諦念なのかも知れない。一言で言えばレット・イット・ビー。だがそれが実は一番難しい。何故なら、そのためにはどこか楽天的になる必要があり、それは今の僕と一番遠いところにある。少なくともそう思える。つまりは、今の僕は自然体というものを見失っていて、それがどこにあるのか、どういうものなのか見つけられないからだ。困ったものである。

元日から左目にチックが出るなんて。まったく人間の精神というものは厄介なものだ。今の母の元気のなさも、多分に病気から来る精神的なものだと思う。

それでも今日はいいアルバムをひとつ発見。「Return of the Headhunters」。素晴らしい。

今日は終日雨だったけれど、予報によると明日は吹雪、また予報が外れてくれないかな。


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大晦日の日記

大晦日。今日も雪は降らず、ほぼ晴れ。

結局昨夜日記を書いた後にfragmentsを更新、今年を総括した(「2013」)。この日記をずっと読んでいる人には既知のことだろうけど、最近読み始めた人にはここまでのあらすじ的なものになるかも知れないなと。なので、ここのプロフィールにもリンク貼っておいた。

午後、母の病院で二人で外を眺める。

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今日も母はあまり元気がない。ときどきいらいらしたりもするし、「ベッドに鍵がかかっている」とかいう妄言もある。母は昨年の今ごろと比べると見違えるように年老いて、それが今年という年を象徴しているようにも思える。3時半ごろになって弟が病院に到着、4時ごろに弟に任せて僕は一足先に帰る。

一応夕飯は年越しそばを頼んだのだが、これがなかなか来ない。なので、紅白じゃなくて「KYOKUGEN」っつう、スポーツバラエティ番組を弟とずっと見ることに。結局、蕎麦が届いたのは8時過ぎだった。ツイッターを見ると、物凄い数の紅白ツイート。確かに、こんな日にこんな日記を読んでいる人はいないだろうなと思う。それが大晦日。

今日は夜まで安定剤を飲まずになんとかもった。弟がいたせいだろうか。こんなに長い時間テレビを見たのも久しぶりだし、ボクシングを見るのも久しぶりだった。井岡って強いな。しかし、ボクシングというのは嫌なスポーツだなとも思う。大瀧詠一が亡くなって、それがリンゴを詰まらせてというのが父の死因とダブる。どうも何かにつけて今年というものを思い返さずにはいられない。それもまた大晦日。

とはいうものの、明日から新しい年だと言われてもどうにもピンと来ない。日付がひとつ変わり、年がひとつ新しくなって、何かが変わるのだろうか。何かが終わるのだろうか。変わってもらわないと困るのだけれど。今日ですべてが一区切りついてくれるのなら、どんなに救われるだろう。そこからいい方向にベクトルが変わってくれたら。何かいいことが始まってくれるのなら。ホントに今年はしんどい年だった。

と、ここまで書いて台所に行って紅白をつけてみたら、泉谷しげるが「今日ですべてが終わる 今日ですべてが変わる」と歌っていた。コウインシデンス。

みなさんよいお年を。


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非活動的年末、崩壊の音

0時を回り、日付の上では大晦日になった。だがこれは30日の日記。いつものことだけど。日付が変わったからといって、大晦日になったという気もしないし。ただ、スーパーに買い物に行くとすっかり正月モード、ツイッターのタイムラインは今年の回顧とレコード大賞、だがそれだけといえばそれだけ。去年は父が倒れて帰省したために書かなかった、いつも年末に書いている今年の総括を書こうとは思っているのだが、予定はしているものの相変わらず何も出来ない状態が続いていて保留中。明日書くかな。

朝起きると夜の間にまた雪が積もっていて、今日も朝から雪かき。今日は背筋痛にもならず、3日目ともなるとさすがに慣れてくるのか。ただ異様に疲れる。今日は雪ではなく雨の日、よって、道路の雪は大分融けて助かったけれど、雨も夜まで続くと雪に変わりそうで気が気ではない。

業務後に母の病院へ。今日も母は元気がなく、相変わらず声が小さいし今日は舌が思うように回らず最初は何を話しているのか聞き取りにくかった。まだ譫妄(夢と現実の区別がつかない)がある。統合失調症の薬を飲んでいない影響だと思う。昨日もそうだったが、何故か病院にいる間、異常に疲れる。朝安定剤のレキソタンを飲んだせいだろうか。どうもこのところ病院にいるのがしんどい。眠くなったし。雪かきの疲れもあるのだろうが。

疲れと言えば、夕食後、例によって精神的に煮詰まって何も出来なくなり、レキソタンを飲んでソファで毛布を被って少し寝ようと思ったら、2時間ちょっと寝てしまった。元妻から電話があって目が覚めたが、それがなかったらもっと寝ていたかも知れない。まったく、朝ちょっと雪かきしたぐらいでこれでは。体力なさ過ぎ。そういう意味では雪かきもいい運動になると考えることも出来る。

明日は弟が来て一泊する予定なので、年越し蕎麦をどうしようか考え中。大掃除なんかやる気力はとてもじゃないがない。

テレビは年末の特番ばかり、世の中の人は浮かれているのだろうか。僕はといえば毎日沈殿物のように何も出来ず、焦燥感ばかりが募る。物事を楽しむということを忘れてしまっている。まさに不安と焦燥の日々。楽しいわけがない。余裕がないのだな、つまり。

ときおり雨で融けた屋根の雪が落ちる、どんという音がする。嫌な音だ。今年の頭、母が統合失調症を発症したころ、母はその音を家が崩壊する音だと思い込んでいた。なんか分かる気がする。ポーの短編、「アッシャー家の崩壊」を思い出す。いずれにせよ、とんでもなく悲惨だったこの一年ももう終わろうとしている。


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背筋痛、MP3のファイルをスロー再生する

動きがぎこちないのは背中が痛いせい。

夜の間に30cm近く雪が積もっていて朝から雪かき、それで今日は背筋痛。夜になってそれに頭痛が加わり、だんだん酷くなってきたのでイブプロフェン200mgの最強の頭痛薬、アドヴィルを飲む。頭痛はなんとか治まったものの、背筋痛までは治まらない。まったく体力がない。なまり切っている。母同様、僕もリハビリが必要なようだ。

それにしても天気予報を見るとこの先一週間ずっと雪、気が滅入る。どんだけ積もるんだろう。今日はときおり日が差したかと思うと雪が舞ってくる一日、業務後母の病院に行ったが、バイパスの路面には雪がなかったけれどそこまでの道には雪が残り、部分凍結しているようで滑って怖かった。昨日一日行かなかっただけだが、今日の母は元気がなく弱っているように感じて心配になる。なにしろ声が小さい。母も随分と老け込んだなと思う。

病院の帰り、ドトールに寄ってカフェ・ラ・テを飲む。子供連れが目立ったのは日曜日だったせいなのか、それとも世の中は年末休みなのか。

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昨日ラリってしまったので、今日は朝昼と安定剤を飲まなかった。が、どうも精神的にネガティブになってしまうので、夕方にレキソタンを1錠だけ飲んだ。不安感を和らげるにはそれぐらいでも大丈夫みたいだが、それでもどうしても煮詰まる。依然安定剤の飲み方については試行錯誤中。ドトールで手帳にやることを書きだしてみたのだけれど、3つぐらいしか思いつかず。で、その中で今日出来たのはひとつだけ。

そのひとつというのが、MP3のファイルをスロー再生すること。調べたら、QickTime Playerでピッチを変えずに半分の速度(いわゆるテンポを倍で取る、という奴)まで落とせることが分かったのでインストールした。というのも、前々から故マイケル・ブレッカーのサックスソロをコピーしたいと思っていたからなのだが、ソフトをインストールして試しに再生するところまでしか出来ず、コピーする気力も根性もなかった。どうせヒマだろうから正月にやろう。QickTimeでスロー再生するには、[ウィンドウ→A/Vコントロール]を開いて再生速度を1/2にする。

コピーしたいのはこれ。学生時代に途中まではコピーしたのだが。

このソロはマイケル・ブレッカーのソロの主たる特徴がすべて詰め込まれている。名演。

とまあ、相変わらず煮詰まり続けてはいるが、ようやく音楽を頭が跳ね返さない程度にはなり、ある程度聴けるようにはなった。夜、学生時代に高円寺のジャズ喫茶でよくかかっていたBilly Harperなどを聴いてみる。

何も出来ない日が続き、ここ2・3日僕としては早く寝ているので眠くなるのが早い。もう目がしょぼしょぼしている。今日も早く寝て、また悪夢を見るのかな。

そういえば帰宅後、天皇杯の準決勝、FC東京×広島のPK戦を途中から見たが、西川凄かったな。PK3本止めて、自分でPKも蹴って決めて。

なんか時系列に沿って書かないと支離滅裂になる。いまだに頭が回らないせいだ。


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雪国

snow3

朝起きたらもう既に雪が積もっており、吹雪とまではいかないが結構な勢いで雪が降り続いた。大雪警報が出ていたらしい。今日一日でかなり積もった。お蔭で朝と夕方の2回雪かきをして、後で腰に来た。そんなわけなので今日は母の病院に行くのは諦めた。

降りしきる雪を眺めながら、今日は一日家に篭るしかないなと思ったのだが、例によってすることが思い浮かばない。PCの前でしばし呆然としていたが、コタツで延々と本を読む気にもなれず、結局近場ならいいかと夕方まで業務。

今日は朝昼晩と安定剤を3回にしてみたが、夜になって朦朧としてダメ。夕食後に何も出来なくて完全に精神的に行き詰まったので、久しぶりにソファで昼寝を試みた。が、単に悲観的になっただけで眠れなかったなと思って時計を見たら時間だけは1時間ちょっと経っていたので、どうやら少しは寝て悪夢でも見たらしい。どうもこのところ安定剤がタイムラグで効いてくる。昼寝後、BSで井上陽水の特番をなんとなく見た後、完全にラリってしまった。眠いし、Hに電話してみたら口が回らず廃人状態。確かに不安感、特にフラッシュバックはある程度抑えられるが、これでは人間として使い物にならない。明日から安定剤2錠に戻すか。しかし、そうするとまた不安感が強くなるかもしれず、それはそれで困る。ホントに加減が難しい。

明日は少々雪が降っても病院へ行こう。

順番:することを考える。→思いつかない。出来ることを考える。→思いつかない。毎日これの繰り返し。


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Cold as ice

なんか最近まったくコメントないなと思ってたら、コメントするのにメールアドレス必須の設定になっていたので修正。サーバ移転してWordPressを再インストールしたときに設定が変わったんだと思う。別にコメントをねだるつもりはないんだけど。

今日も天気予報は外れて曇り。が、母の病院からの帰り道、日が落ちると空から雪が舞い降りてきた。帰宅すると寒い。やたらと寒い。なのでセーターを厚手のものに着替えたりしたのだけれど、夜「風の谷のナウシカ」をぼうっと見ていても台所がちっともあったまらない。明日の天気予報は吹雪で最高気温2度だと。カンベンして欲しいな。もう外で風の音がする。もしかしたら明日は病院行けないかも知れない。が、一日家に閉じ篭って鬱屈するのも嫌だ。

そんなわけで今日は安定剤のレキソタンを昼食後と夕食後に飲んでみたが、あまりよろしくない。ちっとも効かない。やはり一日3錠飲まないと足りないのか。夜はずうっと不安感が澱のようにあって、テレビ見るのもしんどかった。なかなかショック状態から抜け出せない。昨日でちょうど母が手術して入院してから一ヶ月だったのだが。不安感が頑固な油汚れか根雪のようにこびりついている。身体の芯まで浸透している。やっぱりある種のPTSDなのかな……。

今日も母は落ち着いていた。落ち着かないのは僕の方だ。

帰宅後はまた電話病が復活、なにしろ不安で落ち着かないものだから、誰かに電話したくてたまらなくなるが適当な相手も見つからず、そもそも喋ることすら思いつかないので、今日もなんとか電話せずにこらえた。もちろん、こんなことはなんの自慢にもならない。

そういえば台所で「ナウシカ」を見ている間、目がしょぼしょぼしてきて眠くて困った。今朝ゴミを出すために早起きしたせいなのか、それともやたらと寒かったせいもあるのか。今は前代未聞なほど精神的に脆弱だが、ライブでワンステージ立って演奏するほどの体力もない。弱り切ってるな、自宅で遭難しそうなほど。

デル株式会社

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空疎の重さ

毎晩夢を見る。夢を見ない日がない。今朝は三度寝か四度寝をして、なかなか布団から出られなかった。なんていうか、起きたくなかった。色褪せた夢から覚めたくなかった。

天気予報がいい感じで外れて、晴れのち曇り。

相変わらず人生とか幸せとか言葉とか、すべてを見失っている感じ。不安と焦燥感がないまぜになって、ただ漫然と時だけが過ぎていく。こうやって日記を書こうと思っても、ただの一行も文脈が浮かばない。空っぽの頭での即興演奏。脳内ハードディスクの停止。なにやら身体は重いのだが、それでいて自分の人間としての質量は限りなくゼロに近いようにも思える。重いのはサイドブレーキを引いたまま生きていることによる摩擦係数か。今の僕は日差しを受けても影すら持たないのではないか。僕という実存は曖昧で希薄で空疎なのに、現実はひたすら重い。なんか、あらゆるものから酷く遠い場所にいるような気もする。例えば、世界とかそういうものすら壁の向こう側にあるようで。空気にすら押し潰されてしまいそうだ。それでいて宙ぶらりんに中空に浮いているような矛盾。

時間。

ピースがばらばらになったジグソーパズル。

死に場所を探しているうちに道に迷ってしまった象。

再生されることのないレコード。

薬の飲み方をいろいろ考えて、ドグマチールは毎食後3回、安定剤(抗不安剤)のレキソタンは朝夕の2回飲むことにしてみた。が、なにしろ前述のような調子だから、あまり功を奏しているとも思えないが、夕食後にレキソタンを飲むと、少しは不安感がぼやけるような気はする。午後調子(精神的な)が悪かったので、本当は昼も飲んだ方がいいのだろうが、これ以上安定剤に依存したくないので量は減らしていきたい。明日は朝夕じゃなくて昼夕にしてみるか、レキソタン。半減期を考えると朝飲めば午後もある程度血中濃度はもつはずなのだが、実際問題として午後母の病院にいる間の調子はかなり悪かった。へばっていた。いろんな意味で。母は落ち着いていたが、僕の方がへたっていた。

医師と話をして、医療相談室というところと次に移るリハビリ専門の病院について話した。そんなことすらしんどい。今日はあまり長い間病院にいられなかった。

BSでニュルンベルク×シャルケの録画中継をなんとなく見た。明日の朝出すためにゴミをまとめた。そういえばもう年末だから、普通は大掃除とかやるんだろうな。

今日評価出来るのは、今夜まだ誰にも電話していないことぐらいだ。明日は雪が降るのだろうか。

あらゆる意味でダルい。そして、なんだか悲しくなってくる。

今日の母は昨日よりも歩いた。僕は後ろ向きに歩きたい。すべてを巻き戻したい。僕の世界はとうにその輪郭を失っている。


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惑乱

昨夜はPTSDだと書いたものの、あれからウィキペディアで調べてみると確かに症状は合致する部分が多い(強い不安感がフラッシュバックするとか)のだけれど、PTSDはそれが一か月以上続いた場合に呼ぶと書いてあり、おまけにベンゾジアゼピン系(安定剤と睡眠薬)は逆効果みたいに書いてあったので、すっかり混乱して訳が分からなくなってしまった。そんなわけで今日は夜まで安定剤を飲まないでいたのだけれど、夜になってやっぱりどうしようもなくなったので8時過ぎにレキソタンを1錠飲んだ。すると、確かに不安感はぼやけるのだけれどHと電話している途中で眠くなってきて相手が話している言葉が頭に入らなくなってきたりして、終いには自分の状態すら把握出来ないようになってしまった。というのがこれを書いている今現在の状態。

とにかく何も楽しくない。何をやってもまったく気分転換にならない。コーヒーが美味しいと思えるのは朝だけ、煙草はやたらと吸いたくなるが実際に吸ってみると美味しいと思えないし楽になるわけでもない。最低限やらなければならないことを必死こいてようやくやるだけで、後は何も出来ないしやることすら思いつかない。してみるとやっぱりうつが酷いだけなのかとかも思うが、結局のところ症状に名前をつけたところで何がどうなるというわけでもない。どうにもならない状態。

にも関わらず昨夜は珍しく恋をする夢を見て、朝の気分はそれほど酷くはなかった。短い業務を義務的にやり、それから母の病院へ。今日も雪は降らず晴れていた。

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この写真では晴れてるっぽくないが。

病室に行くとベッドが空だったので母を探しに行くと、食堂ではなくもっと小ぶりなデイルームというところにいて、同じ町内の母の友人が3人来ていた。その間の母は表情も悪くなくアイスクリームを食べたりしていたのだが、3人が帰ると珍しく母がいらいらして大きな声を出したりしてちょっと怒っていた。どうやら歩く練習をしないと歩けなくなるということにいらいらしていたらしいのだが、母が怒るのを見たのは5月以来だから7か月ぶりだ。そんな風に短い時間の間でも母の状態はころころと変わる。昨日の医師の話によると、活動的にするために持ち上げる薬を出しているということだったので、そのせいもあると思う。陽性反応だ。こういう不安定なところを見るとまた不安にもなるし憂鬱にもなる。

病院から帰宅して一人になると、前述のように何も出来なくなる。どうしようもないので8時からBSで長友がキャプテンマークを巻いた先日のミラノダービーの録画中継を見たが、試合に入り込めないしちっとも楽しめない。むしろ、何も出来ないのにサッカーなんか見ていていいのだろうかなどという疑念の方が湧いてくる。人生を無駄にしている感が物凄い。

ああ、やっぱり文章が散漫になる。頭が回らないのでまともな文章が書けない。一体全体、どうしたら少しは精神状態が改善するのか、皆目分からなくて困惑している。途方に暮れている。


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たぶんPTSD

世の中はクリスマスイヴ、だが僕は相変わらず精神的に超不安定。夜にHと電話で話していて気づいたのだが、まだ出てきて5日しか経ってないので当たり前か。さっきまでキーボードのヤマザキと連絡が繋がり長電話。で、ヤマザキに言われて気がついたのだけれど、今の僕の状態というのはどうもうつとも違うなと思っていたのだが、いわゆるPTSDの状態なのだと思う。ショック状態から抜け切れておらず、あらゆることが不安で心配。フラッシュバックのように年中不安と恐怖心がやって来る。以前とは違った感じで何も出来ないので安定剤の離脱症状かとも思ったが、言われてみればこれはPTSDあるいはそれプラス不安神経症といったような感じだと思う。

今日の母は昨日同様表情はよかったが、声が小さくてあまり喋らず、喋っても相変わらず妙なことを口にしたりして元気はあまりなかった。

病院に着いてナースステーションに通りかかると中に手術を執刀した母の担当医がいたので声をかけてカウンター越しに立ち話をした。医師の話によると、母の状態は医師が思っていた以上に経過がよく、脳の方はまったく問題がなく後遺症もなく、後は体力の回復だけとのことだった。なので、当初は無理かなと思っていた自宅退院ももしかしたらあり得るかも知れないという話まで出た。ただ、これまでのように一人で介護するのは無理があるかも知れないとは言われた。彼は若いが優秀な医者で、敢えて安心させるようなことを言う人物でもないので、これは総体的には母はかなり順調に回復しているということだ。なので、不安だらけの中、いいことと捉えてもいいのだろう。

今日は例のよく喋る叔母が病院にやって来たので、また母を車椅子に乗せて昨日と同じエレベーター脇の食堂に連れて行った。終日雪という予報だったのだが見事に外れて日中は晴れていい天気だったから、気分転換に外の景色を見せたくて。

それにしてもこの極度に不安定な状態、些細なことでもあっという間に不安の極致に陥ってしまう状態、時間が解決するにしてもいつまで続くのだろうか。それまでの時間をどう乗り切ればいいのか。本当に、何一つ楽しむことが出来ないしリラックスすることが出来ない。


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Damaged

昨夜は日記を書いた後12時半ぐらいに寝て、二度寝して8時まで寝ることが出来たので、ようやく7時間ぐらいの睡眠は取れた。なので、朝の状態は久しぶりに少しは休めたような気分ではあった。今日は雪も降らなかったので久々に様子見というか気分転換というか業務に行ってはみたものの、まったく気分転換にはならず。

2時半ごろに病院に着いてみると病室に母がおらずベッドが空、少し待ってはみたが状態が悪化でもしたのかと心配になってきてナースステーションに訊きにいくと、母はナースステーションの中で車椅子に座ってお茶を飲んでいた。看護師が気分転換にとのことだった。ちょうどそこに同じ町内の叔母(父の姉)がやってきたので、看護師が気を利かせてエレベーター脇の広い休憩室のようなところに全員で移動。叔母はすぐに帰ったが、眺めのいい場所なので今日はしばらく母とそこで過ごした。

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今日の母は昨日とは打って変わった表情で、元気そうに見えた。久々に、手術の日以来の笑顔を見せた。しかしながら、叔母が帰った後話していると、統合失調症のせいなのか譫妄(夢と現実の区別がつかなくなる)があるようで、少し妙なことを話す。だが、それは夢だよね、とか言って聞かせると理解は出来る。日が落ちるまで病院にいて、帰りがけにドトールでカフェ・ラ・テを飲んでスーパーで買い物をしてから帰宅。スーパーの品ぞろえをみると、世の中はすっかりクリスマス気分なのだなと気づく。

その辺まではまだよかった。しかし、帰宅後は夜になるに連れてどうにもならないくらいにダメになる。頭が回らず、すべてが上滑りする。何をしたらいいのか分からないし何も出来ない。音楽を聴いても頭の中を素通りあるいは頭が跳ね返す。どうにもならない。例によって誰かに電話したくなる。ひとまず弟に電話して、それでもどんどん精神的にダメになっていくので連絡出来る相手を探そうとするが見つからない。Facebook上にもあまり人がいないのは今日で連休が終わりのせいなのかそれともクリスマスのせいなのか。

とにかくどうにもならない。昼に安定剤のレキソタンを飲んだら病院でちょっと気分が悪くなったので安定剤を飲む気にもなれず、こういうときに有効な風呂にも入ってみたがそれでも一向にダメさ加減は変わらず、しょうがないのでレキソタンを飲む。

おまけにLINEのチャットで知り合いの女性に最低と言われ、そんなことは百も承知どころか百五十も承知なので本当に参る。とことん参る。また怖くなる。なにしろ僕はひたすら自分を延々と責め続けてとことん劣化している状態なのだから。

そんな感じで完膚なきまでにダメになっているところで昔の仕事仲間のフーちゃんとLINEが繋がり、さっきまで長電話、途中で少しは安定剤も効いてきたのかも知れないが、大分救われた。ありがとうフーちゃん。そういえば昨日書くのを忘れたが、昨日は同級生のジョンともLINEで話が出来て助かる。こんな風に、いろんな意味でLINEに振り回される。かたや罵倒され、かたや救われて。

いずれにしろ、今のこのダメさ加減、巨大なダメージから脱するにはしばらく時間がかかるだろう。ある程度の慣れが必要だし、物事を客観視して距離をおき、自分のペースというものを作るためには、まだまだかなりの時間を要するようだ。とにかく辛いし苦しい。今は。たぶん人生で一番へたっているしへばっているのだと思う。


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