紅葉、マー君

最近朝晩寒くて、夜寝床で本を読むのも辛くなってきた。2階にもストーブ導入すべきか。

今日は久々に快晴、よって業務は午前中でとっとと切り上げ、久々に母と昼食を摂り、昼過ぎから母を連れて月山に紅葉を見に行った。

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ちょうど見ごろだった。考えてみれば昨年の11月も母と月山に紅葉を見に来たのだった。あれからもう1年。当時はちょうど僕の悪性リンパ腫が寛解と告げられた後だった。

夜はご多聞に漏れず、日本シリーズを見た。まあここまで見たから、ということで。で、ついに楽天の田中が負けた。マー君も人の子だった。これだけヒットを打たれて、かつ味方が打てないのであれば当然の結果だけれど、そんなにしゃかりきに見ていたわけではないがやはり残念。なんていうか、僕には田中の凄さというのがいまひとつ分からないのである。だから、勝ち続けていないと意味がない。凄いから勝ち続けるのか、勝ち続けるから凄いのか。田中の場合は後者に見えた。僕が日本の野球を見なくなって随分経つので、たまたま僕に日本の投手で凄いのは誰だというのを教えてくれたのが千葉に住むマリーンズファンのtakちゃんだった。なので、彼に教えられてちらっと見たダルビッシュとか、アメリカに渡る前の全盛期の伊良部とかの方が凄みを感じた。もちろん、彼らには好不調があって、よいときの、という条件はつくけれど。そういえば伊良部って自殺したんだっけ? (ここでウィキペディアで調べてみる)やっぱりそうか。

田中は前述の2人に比べると、好不調の波が少ないのだろうか。しかし、見るからにこれは凄い、と唸らせるタイプではないように思えるのだが。確かに、スプリットは素晴らしいのだが、コントロール、ストレートの球速ともにもう少し欲しいような気がする。本当にどれだけ凄いのかはメジャーに行ってから分かるだろう。いずれにしても、永遠に勝ち続けることなんて出来ない。そう考えてみると、永遠ではないけれど、柔道の山下泰裕は本当に凄かった。引退まで203連勝(引き分け含む)、対外国人にはとうとう生涯無敗(116勝3引き分け)。まさに超人である。無茶だと知ってはいても、マー君にもそれに近いものをどうせならやって欲しかった。もちろん、野球ってのは味方が点を取ってくれなければピッチャーは勝てないわけだけれども。

野球見た後そのまま台所でテレビ点けっぱなしにしていたら、たまたまNHKで先日日記に書いたばかりのオグリキャップの最後の有馬記念の特番をやってた。イナリワン、スーパークリーク、ホワイトストーン、リアルバースデー、メジロアルダン……。懐かしい。あのころはよかった。

今日の煙草は20本。母の調子は相変わらずだが、基本的に元気がなく、やれることが日増しに減っているような気がする。


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マイナーチェンジ

park

今日も起きたのは9時近かった。昨夜寝たのが3時だからしょうがない。予報では晴れということだったが、確かに雨は降らなかったけれどどうにもすっきりしない天気。風が吹いて気温は低い。すっかり寒くなった。もう11月か。

夜、久しぶりにnovelsのページをいじり、ついでにここのメニューバーもプルダウンで表示できるように変更。ようやっと口座さらしたけれど、誰も振り込まないであろうことは分かっている。何もしないよりはマシという程度。

今日は月頭から業務で大敗。落ち込む。しょうがないなあ。状態に突入したわけではないのだけれど。

母の状態は悪くもならないがよくもならない。今朝は失禁していた。今日は昨日盛んに言っていたタッパーウェアがどうのは言わなくなったけれど、夜寝る前になって、パジャマがちゃんと着れていないと言ってきかない。一日の中で微妙に言動はブレる。

前述の大敗のせいで、僕自身も不安定だ。やっぱり夕方ソファで昼寝してしまう。最近、まったく安定剤が効いている感じがしないのだけれど、かといって頓服でもう1錠飲む気にもなれない。最近はずっと睡眠薬を飲み続けているし、これ以上薬を増やすとベンゾジアゼピン系の離脱症状が気になる。

今日の煙草は21本。相変わらず、楽しみというものが見出せないので煙草を吸うことばかり考えているし、1本吸うとどうしてももう1本吸いたくなる。もうホントに煙草1本吸う時間が短すぎる。15分ぐらいもたないかなあ。これがマリファナだったらこうしょっちゅう吸いたくはならないのだけれど。

もう田舎に戻ってきて10ヶ月か。また冬がやってくる。いつごろタイヤをスタッドレスにすればいいのだろうか。どうやらこの分では今年は紅葉も見に行かないで終わりそうだ。今は母が何事にも乗り気でないので。明日のデイサービスもあまり行きたがらない様子なのでキャンセルしてしまった。


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野球

今日も気がつくと野球ばかり見ていた。別に宗旨替えしたわけでもないし、テレビにかじりついて見ているわけでもないのだが。それでも最後のバッターを三振に切ってとってワールドシリーズ優勝を決め、右手の人差指を突き上げる上原にはぐっときたし、楽天の則本が最後のバッターを打ち取ったときに思わず拍手なんぞをしていた。困ったものである。僕はホントに心の底から巨人というチームが嫌いで、あのユニフォームを見るだけで嫌なのだが、上原に関しては彼が日本で投げているころには既に日本の野球をまったく見ていなかったのであまり「上原=巨人」というイメージがない。そもそも、僕は子供のころは巨人ファンだった。「巨人の星」も見ていた。なにしろ、当時野球のテレビ中継は巨人の試合しかなかったのである。アンチ巨人になったのは大人になってから(正確には二十歳のころから)である。あの、勝って当たり前という傲慢さがどうにも我慢ならなくなった。「勝つことを義務づけられている」だの、「盟主」だのという特権意識がはなはだ嫌だ。今日の中継でもいまだにV9がどうたら言ってるし(一体いつの話だ?)、何かにつけて「王者巨人」だのと言っている。ああ嫌だ。大体において、さっきシャワーを浴びていてふと思ったのだけれど、どうして日本の野球チームはいまだに企業名をつけているのだ? 別に「東京ジャイアンツ」「大阪タイガース」とかでいいではないか。ナビスコカップを「Jリーグカップ」と敢えて呼ぶNHKが野球に限ってはヤクルトだの日本ハムだのと企業名を連呼するのはどうなのか。で、なんで日本の野球の応援は皆2拍子なのか。いまだに軍歌を引き摺っているのか。どうして野球の球場だけ戦時中を引き摺っているのか。こういうのを総じて、僕は日本の野球を田舎野球と呼んでいるわけである。

かといって、メジャーリーグがすべていいと言うわけでもない。ニューヨークでメジャーリーグサッカーの中継をテレビで見ていても思ったけれど、とにかくアメリカのスポーツは広告がやたらと多い。多過ぎる。コマーシャリズムにどっぷり浸かり過ぎている。エンターテインメントに徹していると言えなくもないが、あれはあれで違和感を覚える。

朝目が覚めたら8時45分を回っていて、久しぶりに7時間近く寝た。そのせいなのか、久々に今日は朝から抑うつ状態ではなく、気分が比較的よかった。今日の母は台所の流しの脇に置いてあるタッパーウェアに一日中拘っていた。どうも母の固執するものは日々微妙に変化する。いずれにしても統合失調症の陽性反応、被害妄想だろう。それでもトータルでは今日の母はまずまず悪くなかった。業務中、昼過ぎに母の携帯に電話してみると出たし。どうやらタッパーウェアに気を取られて、例の携帯が繋がらない云々まで頭が回らなかっただけかも知れないが、かなりほっとする。3時過ぎに帰宅してみると、少しではあるが昼食も摂っていたし。

今日も夕方にソファで昼寝。抑うつ状態は酷くなかったが、いまだに前向き、生産的な方向には頭が向かない。よって、まだ何も出来ないし、アイディアが浮かばない。

今日の煙草は23本。もちろん、えっちゃんからはいまだに電話はない。当たり前である。

ひっそりとgambling awayを更新。


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オグリキャップの有馬記念を思い出す

なんだかんだ言って、毎晩日本シリーズを見ている。ただでさえ野球かったるくて見れないし、アンチ巨人、アンチ読売の僕が巨人の試合を見ているなんてまったく皮肉としかいいようがないが、というのもやはり母親の様子が危なっかしく、夜は心配で台所で一緒にいるものだから、なんとなくテレビをつけているというわけだ。なんていうか、いまだに野球の「代打の代打」とか「代打の代打の代打」とか、「ピッチャー交代の交代」とかが出来るのは納得がいかないのだが。

そんなことを考えながら夜中にシャワーを浴びていて、なんのスポーツが一番スポーツらしいのだろうなどと考え、で、思い出したのはオグリキャップの最後の有馬記念なのだった。なんていうか、スポーツの醍醐味ってああいうものだよなあと思う。あれはまさに奇跡を見た思いがしたが、そこにはなんのごまかしもなく、単に能力を出し切るとかそういうことだけでもなく、駆け引きとか、必然と偶発とか、あらゆる要素が詰まったものだった。もう競馬を止めて10年以上になるけれど、あれを思い出すとまたやろうかなあなどと思う。が、正直馬券を買うのはめんどくさい。だがあのレースを奇跡として見るためには、オグリキャップのレースをずっと見続けていることが必要だった。僕はあのレースの馬券を外したけれど、見ていて涙が止まらなかった。

母は心配ではあるけれど、昨日休んだので今日は業務に行った。業務に関してはgambling awayを更新しておいたので、そっち参照。

で、例によってソファで毛布を被って寝ようとすると叔母が訪ねてきて、すきやきを作っていった。そんなわけで夕飯はすきやきだった。

結局、今の精神状態では無理と倉橋由美子「聖少女」は断念、阿部和重の「□( しかく)」を読み始めた。これは案外と読める。かなり無理がある話ではあるが。それにしても改行し過ぎ。普通に書いたらもっと全然薄い本になっていたと思う。最近になって阿部和重は極端に文体が変わった。

今日の煙草は23本。相変わらず吸いたくてしょうがなくなる。4月からの消費税の値上げを考えるとちと心配になる。が、それはそのときに考えよう。今日も疲れ切っている。


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サイドブレーキ

朝から強烈な抑うつ状態で何も出来ない。何かをすることを頭に思い浮かべただけで、強力なブレーキがかかる。まるで一日中サイドブレーキを引いたままで生きているような感覚。

何もやっていないわけではない。むしろ今日は予定が立て込んでいて、それを淡々とこなし、余計なことまでした。だが、精神的には何もやっていないも同然。本を読む気にすらなれない。したいことが何もない。頭に浮かぶのはただ煙草を吸うことだけ。

結局、母を入院させる決心はつかなかった。それはただのモラトリアムかも知れないし、昨日の日記に書いたような悲愴な決意なのかも知れないが、たぶんそのどちらでもない。僕はただ、感情や気分といったものに流されているだけだ。

昨夜寝たのが遅かったわりには、朝7時半に目が覚め、奇跡的にゴミを出すことが出来た。10時に町内の資料担当者がやってきて、来月からうちの先祖の展示を町の施設でやるということで、書斎にあった小さい木の彫りものとか、彫刻の下絵とかを持って行った。それから電話が鳴って、父の葬儀にも出てくれた、僕が中学のときに好きだった子のお母さん(かつて弟の担任の先生だった)がやってきた。帰り際に、よせばいいのに僕は自分の携帯の電話番号を書いた紙を渡して、娘さんに気が向いたらかけてくださいと言っておいてくださいと頼んでしまった。これが余計なことだ。なにしろ、彼女、えっちゃんとは学生時代、彼女が下北沢に住んでいたころに何度かお茶を飲んだりしたが、その後彼女は地元のテレビ局に就職し、お互いに30を過ぎてから僕が帰省する折に近隣の喫茶店でデートのようなことをしていたのだが、ある日、僕は重大な告白のつもりでえっちゃんに「あと2年待って欲しい」と言った。今となっては何故2年なのかさっぱり分からないし、彼女も「2年……?」と絶句したが、あれからもう20年も経っているのである。かかってくるわけがない。しかし僕はしばらくの間、家にいる間も携帯を肌身離さず持ち歩いて携帯が鳴るのを待ち、ディスプレイに見知らぬ番号が表示されるのを待つのだろう。まったく愚かだ。なまじっか彼女がいまだに独身であることを知ってしまったのがそもそも余計だったのかも知れない。別に初めて恋をした中学生のように胸をときめかせているわけではないが(そこまで愚かではない)、現在この町に住むかつての友人の中で、自分をさらけ出せるとすれば彼女しか思いつかないのだ。それに、これはかなわないことが分かっている不毛な恋心に限りなく近い。ただ、それが何処か凄く遠いところにあるだけである。とてもとても手が届かないような遠いところ。たぶん、この地球上にはもはや存在しないところ。僕に分かっているのは、それが「かつて」存在していたということだけである。

午後はまず福祉施設の人が来て、デイサービスの予定を置いていった。このときまでまだ僕は歯切れが悪く、母は入院するかも知れないのでまだ予定は分からないと告げた。2時ごろには証券会社の人間がやってきて、母の豪ドル建ての社債を解約できるように、母に委任状を書いてもらった。

3時には母の病院。珍しく行ったらすぐに呼ばれた。今日は僕の集中力がなく、医者の言っていることの半分ぐらいしか聞いていなかったが(隣の看護師の詰所がうるさかったせいもある)、どうやら医者はまた入院を勧めていたようでもあるが、結局また薬が増えた。僕が効果がなく、悪い方に安定していると言ったにも関わらず、リーマスが1錠増えてさらにデパケンという、スタビライザーばかり。どうにも意図の分からない処方だが、医者が言うには母の状態は薬と関係がなく、病状の変化であるということなので、またよくなるのを待つしかないようだ。

処方薬局で薬を受け取り、最近母が髪が伸びたと気にしていたので帰りがけに1000円カットに寄り母の髪を切ってもらい、その足でガソリンスタンドでガソリンを入れ、スーパーに寄って夕飯の買い物をした。

忙しい一日である。しかし、僕は本当に何も出来なかった。今日はソファで寝ておらず、証券会社の人間が来る前に椅子でうとうとしたのと、夕飯前に台所の椅子を2つ並べて少々寝たぐらい。何故か今日はまともに寝ることすら出来ないという気がした。

今日の煙草は22本。ホントに本を読みたいという気持ちが湧かない。どうしたらいいのだろう。昨夜、評判の高かったU-17日本代表がベスト16でスウェーデンに敗れてしまったのにもかなり気落ちした。こんな何も出来ない気分のままで眠れるのだろうか。かといって、何をしたらいいのか分からないまま、今夜もずるずると起きているのだろうか。

いつか、電話は鳴るのだろうか。


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Triste

さっきから延々と、どうしたら母を入院させずに済むのか、そればかり考えている。今の母の認知能力は幼稚園児より酷い。するなと言ったことばかりする。僕が言ったことを数秒後には忘れる。正直もうお手上げだ。僕は泣き疲れた。またひとりぼっちで冬を過ごすのだろうか。本当に、もう入院させるしか手はないのだろうか。僕が、自分が人間であることを捨ててもダメだろうか。自分自身のありとあらゆる欲望を捨てても。

寝床で母はしきりに僕に謝り、僕の頭を撫でていた。僕は母を助けたい。助けたい。助けたい。

捨てようか。何もかも。

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根気

元来こらえ性がない。根気というものがない。そこを熱中癖でなんとかカバーしてきた。だがそれも、好きなこと、やりたいことだから出来たことだ。したがって、ストレスの方が勝ったり、一度嫌気が差してしまうと、途端にネガティブな方にベクトルが傾いてしまい、放り出して投げ出して逃避に走ってしまう。僕という人間は思い返せばそういう人間だった。だからこのままだとストレスが溜まりそうだなと思うと、いとも簡単に会社を辞めたりしてきた。それが今までの僕の人生だった。しかし、今の母に対してキレずに向き合うには根気が何より必要だ。つまり、僕は今、もっとも苦手なことをしなければならず、耐えなければならない。強いられているという言い方は敢えてしたくない。どのみち、逃げようがないのだ。

前回母に処方されたスタビライザーのリーマス、一週間ほどで効果が現れると書いてあったのだが、効果があったのかなかったのか、結果的には悪いところで安定してしまっている。まったく調子が上向かない。むしろ、母は日増しに非行動的になっていくようにすら思える。今出来ることは非常に限られていて、例えばカーテンの開け閉めとか洗い物とか数えるほどしかなく、その他のほとんどのことは覚束ない。物凄く時間がかかる。

台風一過でいい天気かと思えば、天気雨がときおりぱらつく奇妙な天気だった。午前中は弟と母と3人で隣町のユニクロに母の衣類を買いに行き、昼食はイオンの中にあるサイゼリヤで食べた。午後はまたソファで僕が寝込んでしまい、僕が目が覚めた頃合いに弟は仙台に帰っていった。したがって、今日は久々に業務に行かなかった。

相変わらず何もしてない感が凄い。実際、何もしていない。終日抑うつ状態で手が痺れて指先がぴりぴりと痛かった。

夕食後は途中まで田中が投げる日本シリーズを見て、それからJリーグの鳥栖×C大阪を見た。前半優勢に試合を進めていたセレッソは、その時間帯に点を取れず、後半から明らかにバランスが悪くなり、鳥栖のサッカーの方がよくなった。だから2-0で鳥栖が勝ったのも当然という感じだった。代表でもそうなのだが、このところの柿谷はフィニッシャーとしての意識が希薄に見える。その壁を抜けないと、一皮剥けないだろう。

Jリーグの試合が終わり、日本シリーズに切り替えると、楽天が明らかな誤審で勝った。まあいずれにしても、日本シリーズって4勝もしないと決まらないということだから、野球ファンというのは気が長いなと思う。このシステムでは1勝の重みが軽いというか、スリルがないと思うのだが、どうでしょう。たぶん、そこがいいんだと言うんだろうな。楽しみは長い方がいいというような。

倉橋由美子「聖少女」、やっぱり痛い。擬似的な近親相姦というテーマは今の僕にはあまりにも痛い。読むのが辛い。最近、ただでさえ文章の性的表現に拒否反応を覚えるくらいだから。非常に少女趣味的だとは思うものの、やはり僕は女性作家の露悪的な部分が苦手だ。総じて、女性作家が描く男というのは魅力を覚えない。男の視点、女の視点というのはこうも違うものかと思う。逆に言えば、女性読者も男性作家の描く女性像に同じような感覚を覚えるのだろうか。

今日の煙草は21本。僕の昼寝はいつまで続くのだろうか。そういえば、Windows8.1にアップデートして一度ファイルのエラーチェックを行ってから、例のkernel data inpage errorでフリーズしていない。結果的にはアップデートしてよかった。


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無力、希死念慮

今日も終日雨かと思ったが、午後から雨は止んだ。

昼前に弟が仙台から到着、昼食を3人で。母は相変わらず何も出来ず、終日茫然自失としている。僕はと言えば終日抑うつ状態、弟がいるので午後2時近くになってから業務に行ってみるがモチベーションが相変わらず皆無、1時間で帰宅、その後延々とソファで寝る。目が覚めると6時を回っていた。2時間半ぐらい寝たのだろうか。よって、夕飯は蕎麦屋の出前で済ませる。夜、弟は今日から始まった日本シリーズを見ていた。僕は書斎でひたすら無力感と希死念慮に悩まされて鬱屈。

あまりにも精神的にどうにもならないので久々にHに電話をしてみたが留守電。あんまり希死念慮酷いので、それについて記事をなんとか書く。fragmentsとどっちにしようか迷ったが、結局興味本位生活の方にアップ。理由は特にない。そっちの方がアクセス多いからというだけ。

母はホントに今日は何も出来ない。風呂に入れても満足に身体を洗うことすら出来ない。そんなことをして母に薬を飲ませ、寝かしつけているうちに皮肉なことに希死念慮はなんとかなった。で、Hと長電話。

だが、結局のところ鬱屈は変わらず、何も出来る気がしない。手も痺れる。最近の傾向として、ひたすら一日中寝ていたいと思う。で、実際ヒマさえあれば寝ている。

このところ絶不調だった岡崎が、今夜はどういうわけか2得点、しかも1点目はスーパーゴールだった。香川は2試合続けてのフル出場。ドルトムントと対したシャルケの内田は、Goal.comでワーストか。うーむ。

今日の煙草は20本。読み始めた倉橋由美子「聖少女」、斬新なのだが今の僕の精神状態には痛い。とても痛い。このまま読み続けるべきか悩む。評価の高い小説なので読んでおきたいのだが。

とにかく今日はダメだな。何をやっても。というか、何も出来ないししたくない。


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終日雨。

相変わらず前向きになれない。なろうとすると出鼻を挫かれ、そこからなかなか立ち直れない。今日も何も出来ず、午後は昼寝。まるで嫌がらせのように、僕が昼寝を始めて15分としないうちに立て続けに来客があって起こされたが、結局1時間ちょっとは寝た。一日のうちでときどきいらいらしたり、気分が安定しない。考えてみると、先日書いたように手帳に母の調子が悪いときには△をつけているのだが、この△の数は結局僕がいらいらした度合に過ぎないのではないかと思った。何度も書いているように母の調子というのは僕自身の投影であり、母の調子を書いているつもりが、自分自身の精神状態をつけているようなものではないか。母の調子は一向によくならず、日々それほどの差はないのである。

というわけで、大江健三郎「個人的な体験」読了。感想はfragmentsに書いた。一応使い分けとして、本の感想はそっちに書くようにする。

香川がチャンピオンズリーグでフル出場し、監督のモイーズが手のひらを返したように絶賛、これで出場機会が増えればいいのだが。確かにダイジェストを見ると、パスもターンも素晴らしい。先日の欧州遠征でこれぐらいの出来だったら結果も違ってきたんだろうな、とか思って見た。なんにしろちょっとほっとした。

明日弟が仙台から来て土日一泊するというので早くも憂鬱になっている。いつごろからか、僕と弟はすっかりソリが合わなくなり、弟が来ると気詰まりを覚えて窒息しそうになる。僕が意識しすぎなのだろうか。10年ぐらい前まではまだこんな風じゃなかった。たぶんここ数年、いや、この1・2年かも知れない。これまで僕が都心で暮らしている間、弟は滅多に連絡をよこさず、その間、といってもそれこそ10年とか20年ぐらいかけて、弟は自分の家庭、家族というものを築き上げてきて、いつの間にか僕が覚えている弟とは違う人間になったように思える。ライフスタイルや価値観といったものがどんどんずれていき、というか、弟の方がまともで僕の方がどんどん自分の世界が縮小してずれていったのだと思う。客観的に見れば、かつての若いころに比べると弟は確固たるいっぱしの人間、社会人になったということでむしろ喜ばしいことなのだろう。

恐らくこういったすべてのことは僕の自意識から来ているのだと思う。だが果たして、僕の歳になって自分の自意識を変革できるものなのだろうか。

結局のところ、△を減らしていくべきなのは僕の方なのだ。

今日の煙草は22本。次に読もうと思っているのは倉橋由美子「聖少女」。大江健三郎「洪水はわが魂に及び」を読みたいところなのだが……。いずれにしても、昭和40年代の純文学って実に面白い。


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引き籠り、Dirty Loops、gambling away

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これは昨日の写真。台風の影響なのか、夜から雨。予報では明日以降も雨だ。

7時過ぎに起床も、昨夜の続きで朝から強烈な抑うつ状態。一応業務に行くも、ネタがなく1時間半で午前中に帰宅、で、昼寝。あまりにも抑うつ状態が酷いので今日は何もする気になれないし、一日中寝ていたい。というわけで、午後も昼寝。ソファで熟睡も、4時に母が入っている生命保険の人が来て強制的に起こされた。

母はここ数日、携帯が繋がらない(もちろん実際は繋がる)ということに異常なまでに固執しているので、朝も昼食後も夜も、何度も何度もかけさせたりこちらからかけたりして繋がることを確かめさせているのだけれど、それでもどうしても繋がらないと言い張る。

そんなわけなのでどうしても鬱屈するし疲れるのだけれど、やはり気持ちとしては入院させたくないのでもう少し頑張ろうと思う。

大分前に紹介したスウェーデンのバンド、Dirty Loopsだが、デビュー前にYouTubeでブレイクして前回紹介したときはアマチュアだったけれど、メジャー契約してデヴィッド・フォスターのツアーに同行し、最近はもっぱらデビューアルバムのレコーディングに専念していたのだが、ようやく録音が完了したらしく、今日新曲が久々にアップされた。

デヴィッド・フォスターがどこまで関与しているのか現時点では分からないが、デビュー前と比べるとオリジナル曲のクオリティが飛躍的にアップした。相変わらず物凄くカッコいい。とにかくコードアレンジのセンス、テンションの使い方が抜群。

どういうわけか地上波の放送が深夜2時からの録画放送だけで1試合も見れていないが、96ジャパンことサッカーU-17代表のU-17W杯での戦い方が素晴らしいというのでサッカー好きの間では話題になっている。今日の第3戦もチュニジアに逆転勝ちして3戦全勝でグループリーグ1位通過。すべての試合でポゼッションが70%近く、完成度が出場チームの中で一番高いと言われているので是非試合を見たいのだが、生放送をやっているのはスカパー、録画しようにも僕が持っているハードディスクレコーダーはアナログのチューナーしか内蔵していないので外部デジタルチューナーを購入しないと録画出来ない。うーん、スカパーに入るべきなのか。今日NHKの受信料も衛星契約で年払いしてしまったし。

今日の煙草は2回も昼寝したので20本。

で、ひっそりとgambling awayを再開。パチンコに興味のない人はスルーしてください。不定期更新。


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