株かFXか。サッカーかジャンプか。

午後から雪。夕方になるに連れ雪の勢いは増し、さっき外を見たらかなり積もっていた。明日の朝は雪かきだ。

今晩もネットで本田出場のカリアリ×ミラン戦を見ながら、BSで女子ジャンプW杯を観戦中。今だけは忙しい。ミランはGKのミスキックから先制されたが、さっき本田のヘディングシュートがGK正面に飛んで惜しかった。本田は2列目の右で先発。

本日の業務の時給はこの界隈の職人の平均日当ぐらい、もう少しで久々に大台に届きそうだった。故に一日で約一週間分になった。なんか出入りが激しい。3時過ぎに業務を終え、やっぱり母の病院に行こうかと思ったが、雪の勢いが物凄くなってきたし弟が行っているので予定通り今日は病院に行くのを休んだ。

帰宅後、妙に腹が減ったので冷蔵庫にあったソーセージを食べたら今度は腹が減らなくなり(当たり前か)、普段なら夕食の時間、書斎のソファで1時間半ほど気絶。いつもよりちょっと遅い夕食後は極度の不安感に襲われる。どうやらベンゾジアゼピン系(安定剤・睡眠薬)の離脱症状っぽい。安定剤が効いてくると治まってきた。

このところの煮詰まり方があまりにも酷いので、株のデイトレードでもやろうかと思いつき、大学の後輩のM月くんにLINEで電話で相談。M月くんの意見としてはFXの方が分かりやすいのではということだった。確かに夜の時間を有効活用するにはFXの方がいいかも知れない。そんなわけでひとまずシミュレーションから始めてみようかなと。まあしかし、元々経済には人一倍疎いのでどうなることやら。もう一度基本的なことを調べて、近々始めようかなと思う。

———–

やっぱりサッカーとジャンプを同時に見るのはかなり忙しい。本田は逆転ゴールをコーナーキックでアシスト。今日の本田はゴールを狙う意識が強く、そこそこよかったのではないか。全体的にはカリアリの方が効果的なサッカーをしていたようには見えたが。ジャンプの高梨は1回目を1位で折り返した。さて、風呂に入ろう。


カテゴリー: 未分類 | 株かFXか。サッカーかジャンプか。 はコメントを受け付けていません

一年

日付が変わって、僕の記憶に間違いがなければ実家に引っ越してきてちょうど一年になる。あっという間と言いたいところだが、やたらと長い一年だったような気がする。あまりにもいろいろなことがあって。簡単に言ってしまえば、父の葬儀と法事、母の介護で終わった一年とも言えるのだが。結局、自分のことは何も出来なかった。そのわりには現実に急き立てられて過ぎた一年。

現実の僕は今日も悩む。今日は業務で月間マイナスがほぼ確定、母の口も回らず、例によって夕方以降超煮詰まって何も出来ず。それにしても今月は勝てないな。マイナスになるようだったら業務とも呼べない。

今日は曇り、昨日と比べると気温は比較的高かった(とは言っても4度とかだけど)のだが、病院から帰宅してから異様に寒くてコタツに首まで入るもののいつまで経っても身体が暖まらず焦る。とはいうものの、30分ぐらいは寝たようだが。

何も出来ないと言いながら、これを書いている今はBSで女子ジャンプW杯を見ながらネットで岡崎と酒井(高)が出場しているシュツットガルト×マインツ戦を見ていて、今現在は忙しい。先制されたマインツだが、さっき岡崎が今季9ゴール目となる同点弾を決めたところ。また頭でトラップしてGKを交わす見事なゴール。

今日はアブバクモワもコリーヌ・マッテルも出ているので、高梨沙羅はどうなのだろうか。既に出ている結果を見ないようにしてテレビ観戦。サラ・ヘンドリクソンはオリンピックに出るようで一安心。そういえば負傷してW杯絶望とみられるサッカーコロンビア代表のファルカオ、出来れば間に合って欲しい。どうせやるならベストメンバーとやって欲しい。

明日は弟が仙台から病院に行くというので、僕は久しぶりに病院に行くのを休む。だが、かといって何をするということも思いつかないのだが。

追記:あー、しまった、ツイッターで今高梨2位という結果見てしまった。マインツ戦終わったら寝ようかな。


カテゴリー: 未分類 | 一年 はコメントを受け付けていません

某日

朝起きて顔を洗うと、また洗面所のタオルが凍っていた。外は快晴、こういう日の朝の方が冷える。

業務後、母の病院。今日も母は点滴をしていて、熱が7度ちょっとあるということだったが、顔色や表情は悪くなく、目も調子が悪いときの目つきではなくぱっちりと開いていた。最近口が回らなくて何を喋っているのか聞き取れないことが多かったが、今日はわりとはっきりと喋れたし、手の震えの方もそれほど酷くなく、僕が手伝わなくても一人でゼリーを食べることが出来た。総じて今日の母はよい状態に見えた。この病院に毎日通うのもあと数日、なので帰りはドトールに寄った。

母の状態がよくなったのはよかったのだけれど、それ以外は総じてぼんやりと不毛な一日を過ごしてしまったような気がする。夕食後はテレビを見てみた。BSでアジアの音楽を紹介する番組。だがテレビを見たら見たで、何か無為な時間の過ごし方をしてしまったような気がしてしまう。その後もさして何をするわけでもなく夜を過ごす。だがしかし、誰しもが毎日朝から晩まで密度の濃い、濃密な時間をびっしりと過ごしているわけではあるまい。確かに今の僕の焦燥感、危機感は常軌を逸しているのかもしれない。そのまったく楽天的になれない気持ちとは裏腹に、現実の僕の行動は実に怠惰極まりない。何をするのも面倒に思えるし、単なるナマケモノとしか思えない。このアンビバレンスは一体何なのだろう。

それなりに業務はやっているしほぼ休みなく母の病院に通い詰めているので、疲れて病院に着くと猛烈な眠気が襲ってくる。だが一日の後半、残りの半分はまったく無駄にしている感じがどうしても抜けない。ある種の貧乏性だろうか。ま、実際貧乏なのだが。余裕が多少なりともあるのは朝だけ、それ以外はどうにも精神的に余裕がない。そのわりには夜はただ呆然として過ごしている。余裕こいているのならまだいいが、実際そうではないから何も楽しめない。ただただ焦燥感だけが募る。ヒマさえあればネットでサッカーの記事を読み漁っているわりには、一向にサッカーに詳しくなっている気もしない。本も寝床でしか読めない。今の僕はコンプレックスの塊であり、何をしてもこれでいいと思えない。一向に自分に対して肯定的になれない。これもまた、うつの症状なのだろうか。

まあそんな中、YouTubeであれこれ聴いていたら、異常にカッコいい曲を発見。

カッコよすぎ。Derrick HodgeはピアノのRobert Glasperと演奏することの多いベーシスト。


カテゴリー: 未分類 | 某日 はコメントを受け付けていません

不調

最近、ときどき自分がうつ病であることを失念する。それは別にうつ病が治ったとかそういうわけではなくて、習慣的に安定剤を飲んでかつてのように激しい波はないのだけれど、気がつくとなんか落ち込んでるなあとか、なんか異常に寂しいとか、生きてるのが辛いとか思っている自分がいて、ああそういえば俺はうつ病なんだったと改めて思ったりするのだった。そういう精神的脆弱さは根雪のように頑固に僕の中にこびりついていて、僕はただその上で釈迦の手のひらの上にいる孫悟空のように翻弄されている。心のベースメントがそんな風になっているので、しばしば客観性を見失うというか、物凄く狭い内面性の中にいつの間にか閉じ込められてしまう。

一見話が飛躍するようだけど、僕はテレビを見なければいけないのではないかと思う。うつが酷くなってもう10年近く、僕はサッカー以外のテレビをほとんど見ていない。ニュースとかバラエティにストレスを覚える。見ていられない。僕は長いことあまりにもパーソナルな世界に生きてきたので、もう少し社会との接点を見出す必要がある。それが何故テレビという話になるのかというと、自分はこういう世界、社会の中で生きているのだという関係性のようなものを自覚、把握する必要があるのではないかと思うから。その辺がテレビというメディアのひとつの部分でぷつんと切れてしまっているような気がする。

閑話休題。

今日はとにかく調子が悪かった。恐らく体調が。熱を出したとか嘔吐したとか頭ががんがんに痛いとかそういう明確さはなかったが、とにかく身体が重くて先日のようにやけに疲れた。風邪でもひきかけてるのではないかと思った。業務中に具合が悪くなったりもしたし。身体に鉛でも入っているようだった。

業務はなんとか連敗から脱出はしたものの、内容というか状況は芳しくない。調子が悪いながらも今日は母の主治医と話す予定だったので、業務後はなんとか母の病院に向かう。病棟に着くと主治医がいたので話をした。内容は予想通りで、外傷、つまり手術した硬膜下血腫の方は先日CTを撮った結果もあり既に治っていてまったく問題ないということで、後遺症もないということだった。医師が気になっているのはパーキンソン症状、つまり手の震え、顔のこわばりなどで、これは手術の後遺症ではなく、むしろ薬の影響なのではないかということだった。脳に関してはもう問題ないということで、今後は転院して体力の回復と精神疾患の方が当面の課題ということだが、さらにその後という話になり、もし体力その他の回復が見込めず自宅退院出来なくて施設に入るというような事態になると、経済的に困窮するのではないかという不安が頭をよぎった。いずれにしても僕は頑張らないといけないことは確か。

今日の母は昨日までと比べると表情もよく話す内容もまともだったが、今日もまだ熱があり、医師の話によると肺炎とかの可能性もあるので熱が治まらないようであれば転院を延期するとのことだった。母と一緒にいても僕の調子が悪く、気がつくと僕の方が椅子の上で眠ってしまうような始末。なので、4時ごろには病院を後にした。

そんな調子なので、帰宅後は夕食を摂ると茶の間のコタツで気絶。目が覚めてみると3時間経過していて10時を回っていた。喉がやたらと乾く。そういえばHがコタツで寝ると脱水症状になるから気をつけるようにと言っていたな。起きてからも調子が悪くしばし放心状態。熱でもあるのかと計ってみたが、どうやら熱はないようだった。

その後は鬱屈。相変わらず身体は妙に重いし、頭がはっきりしないし、やたらと寂しいし、漠然とした不安もある。昨日今日と夜は誰にも電話は通じず。

フォルランのセレッソ移籍は正式に決まり、チェルシーのスペイン代表、マタもマンUに移籍しそうだ。これで香川はますます出番が減りそうだが、どうするのだろう。W杯を考えると移籍した方がいいと思うのだが。

しかし、話を元に戻すとどうしたらテレビを見れるようになるのだろう? テレビを見ているとどうしても辛くなってしまって見ていられない。一応最低限の情報はネットで得ているから、そこまでしてテレビを見る必要はないのだろうか。悩む。

体調のせいか今日は煙草を吸ってもおいしくない。明日の朝はゴミを出さなければならないから早起きしなければならないしな。この辺のゴミ袋、1つ40円って、都心の何十倍になるのだろう。要するにゴミを出すのが有料だということなのだろうけど、高過ぎ。

なにか劇的に気分転換するものとか、自分をポンプアップするきっかけが欲しいな。


カテゴリー: 未分類 | 不調 はコメントを受け付けていません

天と地と

aozora2
朝起きてみると快晴だった。

それにしても、昨日の異様な疲れはなんだったのだろう。2日続けて長時間昼寝して、睡眠が分断されたせいだろうか。それともストレスだろうか。睡眠ということなら今日も分割払いの睡眠だったが、昨日ほどの疲れはなかった。

業務は泥沼も泥沼のとうとう5連敗。しかし内容は良化していてさほど悲観はしていない。確かに結果がすべてではあるが、そのうち結果がついてくるだろう。要は基本に立ち返っただけなのだが。案外とこの初心に帰って基本通りやるというのが難しい。慣れというものはどうしても隙を生むので。人間というのはいつの間にかペースや習慣が変わってしまうもので、それは野球のピッチャーの投球フォームがいつの間にか変わってしまうのに似ている。

業務後、母の病院。病室に着くと点滴をしていたのでどうしたのだろうかとナースステーションに聞きに行くと、午前中から熱を出してあまり食べなかったので点滴しているのだという。で、唐突な話だが来週の火曜に地元、つまり町内の総合病院に転院することになったと告げられる。これにはちょっとびっくりした。元々の予定では隣町のリハビリ科のある病院に転院することになっていたので。そもそも最初に倒れたときに運ばれたのが地元の病院で、脳外科がないというので今の病院に運ばれたのだった。予想外だったので、以前転院先を相談した一階の医療相談室に聞きにいってみると、自宅から近い方がいいであろうこと、リハビリも十分可能な病院であること、元々かかっていた精神科の病院がすぐ近いことなどの理由で地元の病院に依頼したとのことだった。主治医には明日話を聞くことになっているが、考えてみれば脳外科がない病院に移るということは、手術した硬膜下血腫に関しては快癒したという判断でもあるわけで、悪いことではなさそうだ。もちろん、毎日通う僕にとっても近い方が楽ではある。ただ、病室の環境は今の病院が県内では断トツなので、その辺に若干の懸念はあるが。

帰宅後親戚やら弟やらに母の病院が変わることを連絡。夕飯は米を炊かなかったのでスパゲッティを作って済ませる。

夕食後は例によってなにやら煮詰まりそうだったので、コーヒーの生豆を炒った後、興味本位生活を更新。しかし、確かに長文ではあるがこの程度のさしたる内容もない文章を書くのに何度も休みながらじゃなきゃ書けないとは情けない。2行書いてしばらく放置して、みたいな。集中力もないし、最近この日記を見ても分かるように、文章を上手くまとめられない。どうしても散漫になるし脈絡も怪しい。以前だったら何も考えずに書いていても自然にオチがついたりしていたのだけれど。最近ホントに頭が回らないからなあ。ブログを更新しながら、先日の関西からの生徒志望の人に連絡。作品を送ってきたので目を通し、やっぱり飛行機で来て直接というのは無理があるのではないかと告げたのだが、どうしても直接作詞を教えて欲しいのだという。わざわざ関西から来て30分で終わりというのもなんなので、1時間にしてギャラも倍にという条件を提示してもそれでも是非と言われて困惑、とりあえず母の転院もあるので僕のペースが落ち着いたらまた連絡するということに。有難い話なのだろうけど、正直ちょっと怖い。僕の常識の範疇を逸脱しているので。どういう人なのだろうと思ってしまう。受けるべきか否か。

というようなことで一日が終わる。今日は母の転院の話やら、生徒志望の人と話したり、外部ブログを書いたりしたので、いつもよりも変化があってむしろ目先が変わってそれほど疲れなかったのだろうか。それとも、業務中に1時間に一度煙草を一服するときに外に出て(晴れていたので)多少身体を動かしたりしたのがよかったのか。まあ両方だろうが、今日は眠くならなかった。とにかく昨日が尋常じゃなかったので。

マー君こと田中将大がヤンキースと7年1億5500万ドル(約162億円)で契約というニュースがさっき飛び込んできた。ヤンキースというのはやっぱりという感じだったが、7年というのは少々意外。単純計算して、メジャーの実績がまったくない投手に年俸20億円以上も出すのか。凄いなあ。そういえば、本田圭佑のヘアカットにかける額が1年で1700万円を超えるというのにもびっくりしたが。専任の美容師が3週間ごとに髪を切りに出張するらしいが、飛行機代と滞在費を全部出しているからそういう額になるらしい。肝心のヘアカット代は1回1万2000円ということ。1万2000円のために海外まで行くというのもピンと来ない話ではある。

僕はと言えば、今日もスターバックスでラ・テを買って340円無駄遣いしたなどと思っている。貧乏だなあ。


カテゴリー: 未分類 | 天と地と はコメントを受け付けていません

蓄積疲労

とんでもなく疲れている。ちょっと尋常じゃない。どこか悪いんじゃないかと思うぐらい。

夜、夕食後にBSで先日の本田が先発したミラン×ベローナの試合を見ていたのだが、前半終了時に物凄く眠くなりどうしようもなく、昨夜に引き続きソファで気絶、目が覚めると11時を回っていて都合3時間以上寝たのだがそれでも疲れが取れない。一体どうしたことだろう。特別変わったことをしたわけではない。いつも通り、業務→母の病院という流れ。これをほぼ休みなく毎日続けていることが疲労を蓄積させているとも考えられるが、それにしても……。

ひとつ考えられるのは単純に体力の低下だ。実家に戻ってから車でばかり動いていて、とにかく歩いていない。一昨年の悪性リンパ腫闘病によって低下した体力がいまだに回復していない。長い冬に入ると特に運動量は落ちる。といって、それを補うトレーニングも特に行っていない。散歩すらしていない。寒くて。さっきまで3時間以上も寝たというのに、こうやっていても両腕に澱のような疲労が。実際、僕は毎日ほぼ一日中座って過ごしている。ただ座って体力がつくわけがない。

恐らく、いろいろな要素が絡み合っているのだろう。そういった蓄積と共に、今日は疲れる要因はあった。例えば、昨日泥沼と書いたけれど今日で業務は4連敗。だが、それはさして特に珍しいことではなく、そんなことでめげているようではとてもやってられない。それほど酷い内容ではなく、ある程度納得のいくものでもあった。時間も4時間弱で無理をした訳でもない。だが、結果がついて来ないとずっとコンプレックスになっている仕事していない感と徒労感は半端ない。

業務後母の病院に着くと、既にどっと疲れていて最初の1時間は母が寝ていたこともあり、僕もベッド脇でうとうとした。それから母が目が覚めたのでデイルームに連れて行くと、今日の母は一見落ち着いているようで、悪いことを口にする傾向があった。急に、僕の記事が載った新聞を見せろとか言いだす。僕が今日の新聞には載っていないし、僕自身もまだ読んでいないのだと言うと、日本中から陰口を叩かれていると言う。なんか去年、統合失調症を発病して悪くなっていったころを思い出す。それから僕は母に説教された。内職でもした方がいいとか。ただでさえ疲れているのに僕はさらにどっと疲れた。そういうちょっとした痛い発言というのはボディブローのようにじわじわと僕を疲弊させる。

とにかく疲れて、病院の帰りにドトールに寄った。

doutor2

カフェ・ラ・テを飲みながら煙草を2本吸った。なんでこんなに疲れているのだろうと思い、何か帰ってからすることを考えようとしたが、いつものように上手く頭が回らなかった。店内で、ここで紹介したElizabeth Shepherdの曲がかかってちょっとびっくりした。誰が選曲しているのだろう。そういえばまだ武蔵浦和に住んでいたころ、ドトールでよくジノ・ヴァネリがかかっていた。意外と侮れないドトールの選曲センス。

帰宅後、夕食は先日スーパーで57円で買ったハウスのカリー屋(漢字なのだが変換出来ない)カレー大辛というレトルトのカレーを食した。美味かったら大量に買い溜めしようと思ったがいまひとつ。大辛というわりにはそれほど辛くなかったし。このあいだ、YouTubeで有吉が超激辛のカレーを食べる動画を見て、辛いカレーが食べたかったのだ。

と、ここで煙草を吸ったら眩暈が。夜、短い間隔で煙草を吸うと眩暈がする。何故だろう。やたらと吸いたくなるのに、実際に吸ってみると案外とおいしくない。

ところで、イタリアメディアからは最低点をつけられるなど酷評を受けたベローナ戦の本田だが、少なくとも前半を見る限り悪くなかった。テンポのよいパス回しに貢献していたし、それなりに決定機になりそうなパスも出した。しかし、全力でプレーしている感じを受けない。代表でいいときのような強引さもない。元々スピードがある方ではないが、それにしても全力でダッシュする場面がほとんどない。こうなると、ゴールでも決めない限りイタリアでは評価されないかなと。本人が50%以下と言っているように、まだトップフォームにないのだろう。セードルフが監督になって4-2-3-1の布陣になって、以前の試合よりもミランの内容はよくなっているので、本田の出番が減る心配はないと思う。本来、ここぞというときにしっかりと決めるタイプなので、それが出来てくれば問題ないだろう。

それにしてもなんでこんなに疲れてるんだろうな。地獄のように疲れている。地獄のように、というのは僕が学生時代にレミと付き合っていたころ、青短(青山女子短期大学)で流行っていた表現だ。一般化はしなかったが。来月悪性リンパ腫の予後検査でCTを撮るけれど、なんか心配になってくる。

僕のように疲れているあなたにはこの曲を。


カテゴリー: 未分類 | 蓄積疲労 はコメントを受け付けていません

大寒

佐久間正英が亡くなった。61歳。業界時代に接点はなかったけれど、若くして亡くなる人が実に多いことにときおり気づかされる。ミュージシャンの訃報も多いし。僕の作家マネージャー時代の前任者であるNも40代で亡くなった。してみると、自分が今こうしてただ生きているということのみにも感謝すべきなのだろうか。考えてみれば一昨年、たまたま首のところに腫瘍が出来たので癌だと分かったが、あれがなくて手遅れになっていたら僕もどうなっていたか分からない。しかしながら、以前人間不死身説というのを書いたが、僕らはありとあらゆる要素が絡み合って、必然として生きている。僕らは所詮、自分が生きている世界、生き残っている世界でしか生きられない。だからそれは幸運でも僥倖でもない。同様に、若くして亡くなった人が不幸であるとも言えない。それはあくまでも生き残った人の感覚であり、感慨である。

夜、例によって何もすることが思いつかなくなり、というか何をしたらいいのか分からなくなり、コタツで2時間ちょっと午睡した。で、悪夢のようなものを見た。それほど怖い夢でもないがそれほどいい夢というわけでもなかった。近ごろ思うのだが、例え悪夢であっても何も夢を見ないよりはいい。なんていうか、そこでも、夢の中でも僕らは生きている。

昼寝から起きて、途中からではあるが台所でNHKの「プロフェッショナル」を見た。ロボット研究者の話だったが、本当に頑張っている人を見ると感動する。そういう人は決して諦めない。何年かかっても試行錯誤する。続ける。たぶんそれが努力というものなのだろう。

今日は大寒だったらしい。が、晴れ時々曇り、朝晩は冷えるが日中はそれほど寒くなかった。業務後、母の病院に向かう途中の外気温4度というのを見て、今日は暖かいなと思う。どうやら僕もようやく山形の寒さに慣れてきたようだ。

今日の母は落ち着いていた。相変わらず話すことは明瞭ではないが、今日はちゃんと起きていた。それだけでもちょっとほっとする。途中、内科に呼ばれたので母を静脈血栓の診察に連れて行った。

業務では遂に3連敗。この連敗はことのほか応える。ネタもツキもない。だが、ツキなどを当てにしては生きていけない。それは向こうからやってくるものである。だから僕がやるべきなのはネタを探す努力だ。僕に必要なのは冷静さと非情さ。現実を見失わないこと。つまりは、無理やり現実を捻じ曲げようとしないことだ。

それにしても、僕の夜の迷走はいつになったら止むのだろう。途方もない閉塞感。毎晩毎晩煮詰まる。半端なく。このところは煮詰まって何も出来なくなったら、何も出来ないのだから何もしない、という風にして今日のように昼寝したりしているのだけれど、それは果たして方向性として正しいのかどうか。僕には前述のロボット研究者のような確固たる信念が欠けているのではないだろうかという疑念が常につきまとう。努力すべき方向自体を間違っている、あるいは見失っているだけなのではないか。だが一方で、自分ではそれなりに努力して、頑張っているつもりではあるのだ。だからそれなりに疲れる。これでも懸命に生きている。ただ、それでいいのだという確信が持てない。そこが苦しい。

それはそうと、昨日今日と二日続けて閉めたはずのガレージのシャッターが帰宅すると開いていた。まさか壊れたんじゃないだろうな。どういうわけだろう。出がけに閉まり始めたのを確認してから出ているのだが。


カテゴリー: 未分類 | 大寒 はコメントを受け付けていません

状態

起きたら結構な勢いで雪が降っていた。これは今日母の病院に行くのは無理かなと思う。

今日の業務、自分でも驚いたが2日続けて状態突入、困ったものである。同じことを2日続けるなんて。これでは素人と変わらないというか、素人以下だ。僕の学習能力は一体どこにいってしまったのだろうか。自分を制御するのは実に難しい。考えてみれば昨日今日は土日、やらずもがなである。しかし、家に篭っていてもやることが見つからないということ、それと寒いということがとっとと帰るという選択肢を選びにくくしている。それならばそれなりの立ち回りというものがありそうだが、一応僕には僕のポリシーがあるので。なので、逆に言えば今日の大敗はむしろ気が楽になった。これはセオリー通りにやっていればどこかで食らわざるを得ないものだから。

昼過ぎまでかなり雪が降っていたのでどうかと思ったら、業務後雪は上がっていて道路には思ったほど雪がなかったので母の病院に向かう。到着すると一階で叔母にばったりと出会い、今日は寝てばかりいるという。病室に言ってみると、本当に母は完全に寝入っていて、声をかけても全く起きる気配がない。あまりにも完璧に寝ているのでこれは抗精神病薬を追加したのだろうかと思い、ナースステーションに行って看護師に訊いてみる。すると、薬は変えていないのだが今日は調子が悪いのだと言う。立つのもままならないし、食事もロクに摂れないし、寝てばかりなのだということだった。午前中に出た熱は午後に下がったらしいが、昏々と寝ている母を見ていると心配になってくる。主治医は状態を把握しているということでもう少し様子を見るということだった。

帰宅後はツイッターとかネットを見るのを我慢して情報を入れないようにして、今日も夕食後に女子ジャンプのW杯を見る。すると、今日も2回目は風でキャンセル、あっさりと高梨沙羅が通算17勝目を決め、葛西を抜いた。しかし高梨強い。他の選手が思うように距離を延ばせない中、別次元のジャンプ。まったくフォームが崩れない。これはめでたいことなのだけれど、やはり張り合いがない。強い選手が出てくれないと。サラ・ヘンドリクソンとかザイフリーズベルガーとかアブバクモワとか。

今日辺り、なんていうか、安定剤を2錠飲むようになった効果なのか分からないが、それなりにだんだんいい加減になってきてとっとと寝てしまおうという気分にはなっている。ある意味投げやりとも言えるのでいいことなのかどうなのかは分からない。しかし、闇雲に焦ってばかりいるよりはまだマシかも。今日は日曜日だし、と都合よく考えることにしよう。

と思ったら、ネットでインテルの試合を生中継してるのでついつい見てしまう。ここでリンクを探せば運がよければ無料で大概のサッカーの試合は生中継で見れる。ただし、ポップアップとか出るけれど。検討を祈る。


カテゴリー: 未分類 | 状態 はコメントを受け付けていません

日付変更線

夜の9時半にソファで気絶して、目が覚めたら日付が変わっていた。言い訳しておくと、1時間寝る予定で携帯のアラームを設定して、一度は確かに目が覚めた。だが、二度寝。夜の10時半に二度寝って、どういうことだろう。かえって眠い。風呂沸かしてからにすればよかった。昨夜寝たのは2時半ごろで、5時間ぐらいしか寝てなかったのは確かだが。煙草吸うと眩暈するし。最近、20本目に到達すると眩暈がする。毎日業務→母の病院という流れはそれなりに疲れる。

今日の業務はやってしまった感。途中から状態に突入。どうもちぐはぐだ。僕ぐらいキャリアがあっても、というか、歳取るに連れて立ち回りがいい加減になってる。そういうものなのかなあ。

今日の母の妄想は凄かった。昨日よりも幻視は多くなったし。睡眠が足りなかったこともあり、やっぱり物凄く眠くなって母をソファに座らせたままうとうとしてしまったけれど。母の言うことが支離滅裂なのでさすがにしんどくなり、5時前に帰ろうとすると乗せてってくれとか言われるし。そうしたいのは俺だって山々なんだよ、ママ。

帰宅してから夕食後はBSで女子スキージャンプのW杯を見る。地元、蔵王の開催だがメンバーがしょぼい。アブバクモワもコリーヌ・マッテルもスロベニア勢もいない。これは高梨沙羅楽勝だろと思ったら案の定そうだった。ヒルサイズ超える104m飛んで、着地後しりもちを着いてもV。なにせ、2位が伊藤有希ってんだから。参加メンバーも50人に届かない47人、そのうち日本人が12人。いくら地元開催と言ってもな。で、見てるとみんな距離が全然出ない。特に前半はどうしてこれでW杯なんか出てるんだ、ってぐらいに酷い。やっぱりサラ・ヘンドリクソンとか出てくれないとオリンピックも盛り上がらないな。

その後は冒頭に書いたように意識がなかった。いつもだったらこんなことしていていいのだろうかと悩んでいるところだけれど、意識がないと悩まなくて済む。眠いし。さっきも書いたけれど、日中はそれなりに忙しいし時間がない。なんとなく、一応やることはやってるんじゃないだろうかとも思える。夜昼寝してもいいくらいに。

珍しくロックを聴きながらこれを書いている。まったく知らない人だが、たまたま聴いてみたら意外とよかった。

この手の奴をいいとは普段あまり思わないのだけれど。


カテゴリー: 未分類 | 日付変更線 はコメントを受け付けていません

19年、新展開

今日で阪神大震災から19年。19年って、ちょっとピンと来ない。そんな前だったっけ、という感じで。だが、1995年、地下鉄サリン事件とオウムの逮捕劇があった年と言われると、ああそうだったと思い出す。強烈な記憶というものは色褪せない。あの朝、テレビを点けたらいきなり高速道路が横倒しになっていて、本当にびっくりした。現実とは思えない光景だった。あれからもう19年も経つのか。

夜の間に若干降ったようだが、今日も日中はほとんど雪は降らなかった。最近、予報で50%とかでも降らないので助かる。

本日の業務。最後の1時間で時給が10倍に。諦めちゃいかんということ。そのせいで今日は母の病院に行くのがいつもより1時間遅くなった。今日も母の調子はあまりよくない。さらに痩せて、胸はほとんどない。なんか、だんだん悪くなっているような気がする。手の震えはますます酷くなって、ジュースも一人では飲めないし、喋ると口が回らない。しかし、手術の後遺症かどうかは分からず。というのも統合失調症の症状が酷くなるのと歩調を合わせているからだ。確かに体力は回復していないけれど、真っ直ぐ立つことも覚束ないのは怖がって腰が引けて体重が後ろになっているせいで、多分に精神的なものの影響だと思われる。いまだに不安定で、最初はいい表情をしていて笑顔らしきものも見せていたのだが、帰り際になって僕の服とか顔に虫がいると言い始め、どうもそういうものが見えるらしい。

今日は新展開が。業務中に携帯が鳴り、知らない電話番号なので放っておいたのだが、留守電を聞くと、なんと作詞を教えて欲しいという。通信作詞講座、随分前にページを作ったはいいがさっぱり反応がないのでずっと放置していたし、ここのサイドバーのリンクも外してしまっていた。ほとんど忘れていた。そんなわけで生徒志望第一号登場。ところが帰宅してから電話で話してみると、関西の人なのだが直接教えて欲しいという。なので、実は山形の実家に引っ越してしまったのだと言うと、山形まで飛行機で来ますと。驚いた。一応カウンセリングをして、曲と詞を送ってもらうことにしたが、ヤフーで調べてみるとそのW県から山形への直行便はなく、大阪からしかない。しかも飛行機代が片道31,900円。うーむ。お金持ちなのかも知れないが、これはさすがに気が引ける。金に糸目はつけないにしても、飛行機の時間に合わせられるかとかもあるし、通常30分の講義を1時間やったとしても、どうやって残りの時間を潰すのだろう。一泊するのだろうか。そんな心配を僕の方でする必要はもしかしたらないのかも知れないが、それだけの時間と労力と費用に値するものを提供出来るかと考えると、僕の価値観では荷が重い。有難い話ではあるし、久々にまともな仕事の話をしたような気もするが、今は母の病院にも行かなければならないし日中の空き時間というものがほとんどないので、受けることは難しそうだ。電話かメールのやりとりならよかったのだけれど。ちなみに作詞講座のページはここ

それにしても昨夜の食い過ぎのせいで、今日は一日中腹が減らなかった。


カテゴリー: 未分類 | 19年、新展開 はコメントを受け付けていません