疲労の極北

ちょっと疲労と眠気が限界。もう喫水線を超えてるっぽい。尋常じゃない。今日の母はまた調子が悪く、一人にしておけないような状態。夜もなかなか眠ってくれず、睡眠薬を飲ませてやっとさっき眠った。

朝は介護施設の人が来て契約を交わし、来週から週一日、母はデイサービスを受けることになった。その後業務に行くが酷い不ヅキ。で、昨日ラリったのはレキソタンではなくてドグマチールの方だということが判明。というのも、今日は朝の薬を飲むのが遅くなったので、昼食後にドグマチールだけをまず飲んだらまたラリってしまったので。ちょっとびっくりだ。そうだったのか。今日はなんか動悸がするようなそんな感じになった。無理に持ち上げられている感じが逆にきつい。

帰宅して今日も2時間弱ソファで気絶、夕食は車で30分ちょっと行った山の方にある蕎麦屋に。結果的にはこれも疲れる原因になったのかも知れない。

次年子(じねんご)という集落にあるこの蕎麦屋、七兵衛そばは大根おろしのつゆが特徴でメニューはもりそばしかなく、お代わり自由。

写真がブレてて申し訳ない。古い農家を利用したこの店、営業は6時までということでぎりぎりに到着、よって客は僕ら2人だけだった。この店に来たのは去年の11月に帰省したとき以来、そのときは父と3人だったが。

外に出て煙草を一服すると、目の前の自動販売機にカエルが4匹も貼りついていた。

さすがにここまで山の方に来ると空気が明らかに綺麗でおいしい。

それにしても疲れているのだった。半端ない。母は何かとおろおろして僕をすぐに頼って来るし、夜母を風呂に入れているときにはもう疲労も眠気も限界に達していた。そんなわけで少しでも疲れが取れないものかと今日は沐浴。

それはそうと、興味本位生活の方にコメントがあったのでびっくりした。半沢直樹効果抜群。明日の日記のタイトルは意味なく内田篤人にしてみようか。どれぐらいアクセスが増えるものか。

などと軽口を叩いている場合ではないな。このままだと早晩ぶっ倒れるだろう。毎日昼寝してるし。どうしたらいいのだろう。母がもう少し落ち着いてくれないとどうしようもない。

今日の煙草は19本。しかし、あらゆる意味で余裕ないなあ。ホンマにない。


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堕落、更新報告

正直、風呂に入るのも面倒だ。よってシャワーで済ませる。髪も洗わなかった。毎晩浴室の戸口に腰を下ろして母の入浴に付き合っていると、自分が風呂に入るのが面倒になる。先日、ツイッターでリツイートされていたものの中に、「嫌なことは無理にやってもプラスになることはほとんどなく、面倒に思えることは我慢してやるとマイナスになるよりも結果的にプラスになることが多い」というものがあって、それを上手い具合に自分に適応させようと思っていたのだが、結果的には嫌なことはもちろん、面倒なこともやらないという、要するにただの怠惰である。それが一昨日の日記に書いた「捨てる」ということだ。それが一番楽に思えるので、今のところ。それほど今は圧倒的に疲れている。昨夜から首痛いし。

業務中、昼食代わりの菓子パンを食べた後、いつものように安定剤のレキソタン2mgを飲んだら何故かラリってしまった。朝昼晩、いつも同じ量を飲んでいるのに今日はどうしたことだろう。で、猛烈に眠くなったので即刻帰宅して2時間半気絶した。昨夜は1時過ぎには寝て今朝7時に起きたので、最近の中では睡眠を取った方なのだが。夢を見た。最後の方で淫夢になりかけたところで目が覚めた。少々残念である。

今日の母は表情や目を見るだけで調子が悪いと分かった。結局、こう日替わりで調子が変わるということは、薬の量はさほど問題ではないようだ。病状が目まぐるしく日々変化する。

興味本位生活を更新。「半沢直樹を家政婦は見ていない」。まあ例によって時事ネタを恣意的に書いているだけだが、結果的に勧善懲悪やヒーローに関して少々考察してみた。

先日の演奏をアップしていないのは、面倒なのでファイルをまだCubaseに移してないから。

今日の煙草は19本。久しぶりに20本を割ったが、2時間半も昼寝したからな。もう眠くなってるし。

メモ代わりに書いておくと、昨日の続きだが横山秀夫の文章に馴染めない理由がなんとなく分かった。村上春樹や椎名麟三に比べると、ユーモアのセンスに欠けているのである。「多崎つくる」や「懲役人の告発」を読んで笑う人はいないだろう。しかし、僕の好きな作家というのは必ず上質なユーモアのセンスを持ち合わせている。アーヴィングしかり、カポーティしかり、エトセトラ、エトセトラ。非情と言われるハメットですら、ユーモアを持ち合わせている。今の僕に面白い文章が書ける余裕があるとも、人を笑わせることが出来るともとても思えないが、ユーモアって大事だなと思う。横山の小説にユーモアがないというわけではない。センスの問題。こういうのって、もちろん好みの問題だろうし、書く内容にもよると思う。

いかん、ちょっと眠過ぎる。


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遭難中

寒いし、眠い。と書くとまるで雪山で遭難しているみたいだが。なにしろ昨夜寝たのは3時過ぎ、で、今朝7時に母親に起こされてしまったので睡眠不足。それにしても山形寒いよ、もう。

3時過ぎまで業務。帰宅後、意外と眠くないなと思い、母親が珍しく読みたい本があるというので隣町の本屋に母と車で向かってみた。で、一番近い道を通ろうと思ったところが道を間違えて裏目、いつの間にやら田んぼの中の農道を走っていたりして散々道に迷い、1時間近くかかってようやく比較的大きめの書店到着。だが目当ての本はなかった。帰ってからアマゾンで買おうと思ったらどうやら今品切れ中(増刷中)みたいだ。ちなみにその本はこれ。


行ってもイイ精神科、ダメな精神科

散々道に迷ったせいか、途中から睡眠不足がたたって物凄く疲れてきて、帰宅して夕飯まで1時間ほどソファで昼寝。だが夕食後にやっぱり猛烈に眠くなる。この分では今日も何も出来なさそうだ。いろいろやってみたいことはあるのだけれど。文章を書こうにもこうしている今も目がもう寝てるし、首の辺りに杭でも刺さっているようだ。

読みたい本は今一杯あるのだが、大江健三郎とどっちにしようか迷った挙句今読んでいるのは横山秀夫「クライマーズ・ハイ」。うーん、なんかこの人の文章苦手。当人は硬質な文章を書いているつもりなのだろうが、確かに堅実なのだが、なんていうか、色気とか華とか、キレがない。椎名麟三を読んだ後だけになおさら。途中で挫けるかも知れない。

それにしても最近またスパムコメントの量凄い。アクセス解析してみると何故かロシアのサイトのリンクから来てたりするし。ロシア語のスパムメールもよく届く。アクセス解析といえば、タイトルを「半沢直樹」にした昨日の日記のアクセスは普段の1.5倍、意外とSEO侮れない。いずれにしても継続的に読んでくれる人じゃないとあまり意味ないような気もするが。

昨日あまりにも調子が悪かったので母の薬を昨夜からまた先月の量に戻したら、今日は比較的よかった。が、結局のところ、薬の影響なのか単なる病状のブレなのか、いまだによく分からない。毎日が試行錯誤。

今日の煙草は22本。ヤマザキに電話繋がらないなあ。4ビートのタイコ、どうやって打ち込むのか訊きたいのだが。そういえば昨日の日記にお彼岸の中日と書いたが、夕食時にたまたまテレビのニュースを見ていたら、どうやら今日(23日)が中日みたいだ。


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半沢直樹、懲役人の告発

7時ごろ起床。起きたのもそうだけれど、最近何時に寝たのかよく覚えていないのだが、たぶん2時半ごろ。当然寝不足なわけで。おまけにどうやら朝薬を飲むのを忘れたっぽいのだが、確信はない。

母の状態は相変わらずあまりよくないのだが、どうも家にいても何も出来そうにない気がして午前中だけ業務。

今日はお彼岸の中日、弟が昼前に仙台から来る。半日母の相手をして、夕食時に帰っていった。僕はといえば、昼食後に1時間ばかり昼寝をしたらかえって具合が悪くなり、3人で墓参りに行ったころが調子最悪。墓誌には無事父の戒名が彫ってあった。夕方精神科。薬は変わらず。というか、近ごろあまりにも疲れ果てていて、自分の状態を把握出来ていないし覚えてもいないのでロクに医者に説明も出来ない。

夜は夕食後になでしこ×ナイジェリア、2-0を見て、そのまま一応世間の話題についていこうと最終回だけ「半沢直樹」を見た。うーむ。いかにも続編やら映画やらがありそうな予定調和的エンディング。最後だけ見て言うのもなんだけれど、僕はやっぱり同じ枠なら「仁」の方が好きだ。主演の堺雅人の笑顔が貼りついたままみたいな表情は、銀行員というものを意図的に表現するためだろうか。かなりデフォルメされたドラマではあるけれど、銀行員である弟はこういう世界に生きているのだろうかなどと考える。弟は先日所長(支店長みたいなもの)になったらしい。

そうしているうちにも母の状態はどんどん悪くなり、なでしこの試合のハーフタイムに風呂を洗ったのだけれど、「半沢直樹」を見終わるころには母が風呂に入るのが嫌だと言い始める。もうキレるのは止めることにしたので、すべてを受け入れることにした。以前、fragmentsに、恋することは求めること、愛することは受け入れることというようなことを書いたけれど。辛抱強く待っていると、ようやく母が風呂に入り、11時過ぎに床に就いた。その間、ずっと母を見ていたけれど、母が寝入るのをベッドの脇で見守っているうちに涙ぐみそうになり、高校生のころ、祖母が亡くなる前の晩に何故か大泣きしたことを思い出し、これではまるで最後を看取っているようで縁起でもないとこらえた。

そんなわけで椎名麟三「懲役人の告発」読了。面白かった。ストーリー自体も抜群に面白いのだが、研ぎ澄まされた文体、絶妙な暗喩。今絶版になっているのが不思議だ。スマホだメールだと出てくる今の小説よりも、昭和の小説の方がしっくり来るのは僕が歳を取っただけなのだろうか。この小説は口語体で会話は大阪弁、けして難解な文体ではない。たぶん、今の時代のディテイルの軽さに僕は嫌気が差しているのだと思う。箱裏の同時代の作家の感想や、付録の野間宏との対談とかを読むと、自分が実は非常に頭が悪いのではないかと思ってしばし悩んだ。彼らに比べると僕の思索も考察もあまりにも浅く、語彙が貧困だ。そんな風に考えると、どうも今に始まったわけではなく、自分がいままで思っていた以上に頭の悪い人間に思えてくる。中学のときの全国模試でたまたま全国で100番以内に入って以来、僕はずっと勘違いしてきたのではないだろうかと思った。で、出来ることならずっと勘違いしっ放しだった方が幸せだったのではないかと。松任谷のディレクターをしていたころ、雑誌に少数精鋭と書かれ、実際に日米の一流の人たちと仕事をして、彼らと仕事をしているとそれが当たり前になる、という感覚を当時覚えていた。それはつまり、自分が一流になったというよりも、むしろ一流というのはこういう環境に身を置けば自然なことなのだとそのころは思っていた。しかしながら、僕は自らその幸運を手放してしまった。云々。しかし、人間というものは急に上がったり下がったりなどするはずもなく、そう見えたりそう思えるのは客観性と主観性が交互にそのときそのときで入れ代わり立ち代わりしているせいなのだろう。結局は人生や幸せなんていうのも、思い過ごしは恋のうちに集約されてしまうような、勘違いの集積なのではないだろうか。

なんかだんだん話がずれていったけれど、素晴らしい小説なので機会があれば一読をおすすめしておこう。

今日の煙草は21本。今日はほとんど何もしていないけれど、もう今年は捨ててもいいかな、と思い始めた。母の状態に一喜一憂するのも、一年捨てることを思えば1ヶ月ぐらいどうってことはない。そういう風に思おうと。母にもそう言ったけれど。


椎名麟三「懲役人の告発」


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昨日の日記を消したのは、これを読んでいるのが僕だけではないから。それに、人に何かを伝えられる状態でもなかったし、ひたすら弱音を吐くのは本懐ではないから。

とはいうものの、今日も誰かに伝える言葉が出てくるような状態でもない。なにしろ、尋常じゃなく疲れている。もちろん、昨夜僕がキレてしまった余波である。朝から一日中、身体に赤錆がつきまくった重い一本の棒が刺さっているようだった。肩凝りも凄いし、全身が乳酸の塊のようだ。

一応業務に行ったものの、あまりにも疲れていて眠くなり、早々に引き揚げて帰宅してソファで1時間ほど気絶、夜も1時間半ほど気絶。

今の母の状態は確かに悪いが、母は僕を映す鏡だ。いつのまにか、僕は母の状態を客観的にではなく、主観的に観ている。つまり、すべては僕次第なのだ。昨日があまりに酷かったので、今日は先日追加された分の薬を飲まさないでみた。まだその方がマシなようでもあるが、前述のように結局は僕がどう見ているか、僕の状態がどうかにも左右されるので、正直よく分からない。ただ、薬を元に戻してからかえって悪くなっていることは確かなので。

業務中に石屋から携帯に電話があり、墓誌に父の名前が入ったので確認して欲しいとのこと。今日はあまりにも疲れていたし、明日弟が日帰りで来るというのでそのときに墓参りに行って確認することに。お彼岸てなんなのか、いつなのか、またウィキペディアで調べた。前回も調べたのだけれど。要するにあれからもう半年も経っているのだな。前回見たのは寒さの終わり、今回見たのは暑さの終わり。

日中は暑く、朝晩は寒い。一日の中での温度差が凄い。それにしても楽天の田中、負けないな。開幕22連勝。昨シーズンから26連勝。なのに、中継がないのは何故か。なんで関係ないロッテ戦とかやってるのか、NHK。夜はJリーグ見る元気もなかった。

今日の煙草は20本。計2時間半も昼寝したので。一昨日試しに弾いてみたもの、明日辺りにアップしようか。曲というほどのものではないのだけれど。


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Playback

2時過ぎ就寝、7時40分ごろ起床だったと思う。日中業務も、今日も精神的に持たず。というか、途中から眠くて参る。なので2時過ぎには切り上げて帰宅、1時間ほどソファで寝ようとしたらまた2時間寝てしまった。

あくまで相対的な話だが、今日の母は昨日より幾分表情がマシだった。行動はあまり変わりないが。夕方、久しぶりに母と散歩。

夜、思い立って書斎にあった古い座椅子をガレージに片付け、2階の部屋から楽器機材を運んでセットアップ。

で、簡単なコードしか思いつかないのでそれで一通り楽器を弾いてみる。シンセとかMTR使うのは今年初めてなので使い方を忘れている。ギターソロ弾くのも10か月振りぐらいか。それにしても、生まれて初めて4ビートのベースを弾こうとしたがやっぱり巧く弾けない。テキトーの世界。しかし、久々に曲を作るまではいかなくても全楽器を弾いているとなんとなく気が紛れる。あまりにも長いことまともに楽器を弾いていなかったのでなかなか曲を作るところまではいかない。去年までだったら30分もあれば1曲出来て、2時間もあれば簡単に形に出来たのだが。リハビリといったところ。

今日の煙草は22本。増えたのは日付が変わってから吸う分。


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陥穽と振り子

MRIの結果から、脳神経外科医が認知症ではないと断言したけれど、今日の母は認知症であるとかボケているとかはともかく、痴呆そのもののようだった。結局のところ、セロクエルを元の量に戻したのも今のところはまったく効果がなかった。僕が書斎にいると、亡霊のようにやってきて例の表情のない顔で僕をじっと見つめ、僕が何か問いかけてもほとんど返事をしない。そのプレッシャーたるや半端ない。

統合失調症というのは怖い病気だなあと思う。いわゆる狂気とか電波が入ってるとかいうのは皆統合失調症なのではないだろうか。昔、松任谷の事務所にいたとき、会社の入っているマンションの階段に宇宙からの電波で指令を受けたといって座り込んでいた若者がいたり、東京タワーの向かいの日音スタジオのロビーにベテラン歌手の追っかけのおばさんが潜り込んでなにやらまくしたてたりといったことがあったが、そういうのも統合失調症なのではないかと思う。「きちがい」というのは病気ではなく状態のことを指すのであって、知的障碍者等を除けば医学的には統合失調症の重篤な状態なのではないかとウィキペディアを見ても思う。したがって、入院直前の母を完全に気が狂ったと僕が思ったのもまんざら間違いではなかったのだと。

今の母は非現実的なことを口走るわけでもなく、狂気にあるわけでもない。しかし、特に今日は極度の物忘れ、混乱の状態にあった。たぶん呆けではなく、病状の波、変化だと思う。つまり、まだ希望はある。エドガー・アラン・ポーの「陥穽と振り子」「メエルシュトレエムに呑まれて」でも最後には救済が待ち受けている。

しかしながら、まさに呆然といった言葉そのものの空虚な母の表情を見ていると、ストレスで潰れそうになる。暗澹とした気持ちになる。暗渠に両足を捕らわれたような気が。

そこから気を持ち直すのは並大抵のことではない。あまりのプレッシャーにいらいらする。また母を怒鳴り付けそうになる。なので、僕は母が寝付くまでひたすら耐えることにした。自分を押し殺し、胃に穴が開かないように好きなだけ煙草を吸ってもいいことにした。だが、やっぱり吸い過ぎると眩暈がして気分が悪くなる。

本当に救いはあるのだろうか。

夜、母が寝付いてから書斎のドアを閉めて少しだけピアノを弾いた。そろそろここに楽器をセットしてまた曲でも作ろうか、それとも久しぶりに小説をまた書き始めようかとも考えた。僕は何も出来ないと言う母に、嫌なことや分からないことはしなくていい、したいことだけすればいいと言った。結局それは自分に言い聞かせているのも同様なのだ。そうしないといずれ僕は潰れてしまうだろう。余裕がないからこそ、余裕があるときしか出来ないことをやるという、そういう時期に来ているのではないかと。

母があまりに呆けているように見えたので、認知症の母親を持つマユとLINEで話をしてみた。しかしながら、なんの救いにもならなかった。I泉さんは相変わらず電話に出ない。弟に電話しようかと思ったが、恐らく何の意味も効果もないと思うので止めた。僕は気を紛らわせたいだけであって、誰かと電話で話をしたいわけではないことに気づいた。要するに、僕は弱音を吐きたいわけではないのだ。

今日も快晴だった。業務に行ったが精神的に持たず、早々に帰ってまたソファで1時間気絶した。煙草は23本吸った。もう以前の本数に戻ってもいいと思っている。ただ眩暈がして吸えないだけ。

僕の足下には陥穽があり、僕の頭上には鋭い刃を持った振り子がある。

それでも時は過ぎる。やがて冬が来て、また春が来て夏が来て。それを希望とは呼ばない。ただものごとは過ぎ去るというだけに過ぎない。果たしてそれは救済なのだろうか。

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更新報告とか

なんか昨日あたりからスパムコメント凄い。何故だろう。普通のコメントはまったくないのに。大体において、一体この日記を読んでいる人はどれぐらいいるのだろう。以前自分の曲の動画を日記にアップしたときに再生回数が一晩で80回を超えたので、それぐらいの人はいるのかと思っていたのだが、そうかと思うと再生回数が数回のときもあるし、前述のようにコメントはほとんどないし、要するに継続的に読んでいる人って僕の想像以上に少ないんじゃないだろうか。ま、去年は闘病日記、今年は不幸日記→介護日記みたいになっているので無理もない。先日ツイッターにも書いたけれど、昔のテキストサイト全盛期のころみたいな人の不幸を楽しむ傾向よりも、Facebookなんかに象徴されるように今は幸せのお裾分けを楽しむ時代なのだろうか。リア充の圧勝、って感じで。正直最近Facebookほとんど見てないし見る気もしないなあ。なんていうか、SNSっていっても実際知っている友だちばかりで出会いがないね。そういうのってつまらない。広がらないと。僕の挙動の問題なのだろうか。

今日は全国的にそうだったと思うけれど、台風一過で雲一つない気持ちのいい秋晴れ。祭りも終わってようやく平常に戻った感じ。そのわりには何もしていない印象。朝は母を精神病院に連れて行き、先々週からずっと調子が悪いので担当医に相談して、今月から減らしていた抗精神病薬のセロクエルを増やしてもらった。まだ明確な効果は分からないが、夜、珍しく母がロンブーの淳が結婚(冗談かと思った)というバラエティを一生懸命見ていたので、多少は影響があるのだろうか。それでもまだ何かにつけて分からないを連発するけれど。

日中は業務、が、安定剤のレキソタンを持って行くのを忘れたせいか、途中からモチベーションを維持するのに苦労する。一時間おきに駐車場に出ては煙草を吸って、爽やかに晴れた田園風景をぼうっと眺めていた。田んぼにはサギの群れがいた。やはりここは田舎なのだなと再認識。

帰宅して、夕方1時間ほど寝ようとソファで気絶したら、二度寝してしまい2時間も寝てしまった。

SEOについて考えるのに疲れた。もう考えるの止めようと思う。そんなもの、みんなやってることなのだ。というわけで、母が寝付くまでは何もせず、YouTubeを延々と見ていた。今日発見したバンドはこれ。

なんか最近音楽紹介も日記内で済ませようという。

深夜、「書けない」という記事を書いた。文字通り、書けないということについて。

今日の煙草は20本。マインド的にはもう昔のように吸いまくりたい。1本吸うともう1本吸いたくなる。思う存分吸えたらなあ。やっぱり短いスパンで吸うと眩暈がする。

ところで、椎名麟三「懲役人の告発」(昭和44年)、意外と面白い。アマゾンで1円じゃん。読むべき。


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喧騒と台風

3時就寝、目が覚めたら9時過ぎだった。台風のせいで朝から強い雨、その中で祭りの囃子屋台がひっきりなしに家の前を通り、騒々しい音を立てている。

そんなわけで今日は家でおとなしくしているしかないかと思ったが、結局昼前から夕方まで業務、なんていうか、ある意味脱出みたいなものだ。

雨は夕方には上がった。台風が通り過ぎたのだろう。それにしても寒い一日。業務中に電話してみると母の声が案外と元気に聞こえたのでほっとしていたのだが、やはり帰宅してみるとまだ不安定、特に夜はいろんなことが覚束ない。夕食後、母が僕がPCに向かっている書斎の一人掛けのソファで寝てしまったのでタオルケットをかけてやり、僕も1時間ほどソファで寝てしまった。

祭りの喧騒は夜まで続いた。どうして皆あれだけ騒げるのか、今の僕にはまったく理解出来ない。でも僕にも確かに、学生時代のサークルの合宿とかで騒いだ時代もあったのだ。相米慎二の「台風クラブ」にあったように、台風は人間をハイにするものだし。気圧の不安定さは人を不安定にする。

このところこの日記にも僕が抑うつ状態で気が滅入って煮詰まると書いていないが、それは僕が精神的に不安定になり、不安感で押し潰されそうになると、母がそれ以上に不安定で屍のような表情で呆然としているので、その途端に僕は自分の抑うつ状態を無理やり押し込んで母を支えなければならないから、結果的にうつの泥沼にずぶずぶとのめり込む暇がない。それは今夜も同じだった。

今日の煙草は20本。最近これぐらいで安定している。もう少し減らしたいのだが。久しぶりに今眩暈がした。20本前後で落ち着いてから眩暈は少し治まっていたのだが。

外は喧騒がようやく収まり、静けさが返ってきた。虫の声だけが聞こえる。

Blue SixはJay Denesによるソロプロジェクト。

僕は個人的にクラブミュージックというものに疎いんだけど(なにしろ細分化が凄い)、このアルバムはいいと思ったな。ダウンテンポというのは日本語のウィキペディアによるとラウンジに入るようでもあるし、英語のウィキペディアによるとハウスやエレクトロニック・ミュージック、アンビエントにも入るようで、頭が混乱する。

Noesis – Blue Six

Noesis (Amazon MP3)

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雨の日

台風の影響だろう、雨。夜になって上がる。予報によると明日は終日雨っぽい。地元は祭りの2日目。神輿が町中を練り歩き、うるさいし迷惑。

そんなわけで昨日は蒸し暑かったのに今日は寒い。母の調子は今日も悪く、表情も覇気もない顔で鳥のような目でじっと僕を見つめる。言葉がなかなか続かない。ずっと不安感に苛まれているという。病院に電話して、明後日の火曜日に診察してもらうことに。薬を先月までの量に戻してもらおうと思う。眠気は強いが、明らかに先月の方がよかったから。

気温の乱高下のせいなのか、ずっとデフォルトで疲れているせいなのか、僕の方が今日は一日中眠かった。今日は昼過ぎまで様子見がてらに軽く業務。思ったほど混んでいなかったがネタがいまひとつ。昼食は帰宅してから母と一緒に食べた。その後ちょっと昼寝しようと思ったら二度寝したせいもあり、2時間ほど寝てしまい目が覚めるともう5時。なんか最近ずっと疲れが溜まっているので、今日が特に疲れているのかどうかよくわからなくなっている。眠かった、という印象。夜は珍しくテレビをちょこちょこっと見た。「いねむり先生」を少々、柿谷の「情熱大陸」。

いまさらながらSEO対策って奴に四苦八苦中。ところで、このサイトなのだが、今借りているレンタルサーバではWordPressのバージョンアップが出来ないので、先日借りたラクサバに近々サーバ移転を考えている。先日サポートに訊いたところ、移転すると2・3日から下手をすると一週間ぐらい繋がらないそうで、それはそれで心配ではあるのだけれど。ラクサバの方が安いしバージョンも新しいし、何かと便利だ。

なかなか文章を書く気になれない。母の状態が落ち着いてくれないと何をするにも気が重い。明日辺り、大雨らしいが隣町にあるジャズ喫茶にでも行ってみようか。こんな田舎だからあまり期待出来ないと思うが。

競馬を止めてもう10年以上になるけれど、日本馬の2頭、オルフェーヴルとキズナが凱旋門賞の前哨戦を勝ったというニュースはなんかわくわくする。別に馬券を買わなくても、日本馬の凱旋門賞挑戦とか普通にスポーツとして面白い。国内のレースは全然見ていないのだけれど。10月6日の凱旋門賞が楽しみ。

今日の煙草は20本。それにしても毎日昼寝してるな。

忘れてた。佐々木譲「廃墟に乞う」読了。うーむ、この人の警察小説好きなんだけど、やっぱり長編の方が断然面白い。というか、ミステリの短編というのはそもそも書き方が難しいというか、純文学のように途中で放り出したり突き放したりということが出来ない分、どうしても中途半端になる印象は否めない。次は阿部和重「□(しかく)」、横山秀夫「クライマーズ・ハイ」、椎名麟三「懲役人の告発」のどれを読もうか思案中。




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