うんこ洗い

象徴的なタイトル。あるいは象徴としてのタイトル。

朝食中に母が意識を失った。妙な声を発したと思ったら、みるみるうちに顔が真っ白になり、呼びかけてもまったく反応しなくなった。ぐらぐらしている。一瞬、僕は母に父と同じことが起こったのではないか、つまり食べ物を喉に詰まらせたのではないかと思った。僕がまず最初に確かめたのは母が息をしているかどうかだった。僕が耳元で大声で呼びかけても母はぐったりとして目は何も見ておらず、何の反応もない。その間、たぶん5・6分だったと思う。そのうち母は口の中にあったパンを吐き出し、どうやら意識を取り戻した。随分口が臭いなと思ったら、母は大量に脱糞していた。意識が戻って最初は言葉も不明瞭で、どうやらトイレに行きたいと言っているようだった。なんとか立ち上がれたのでトイレに連れて行って座らせたが、既に母はすべて出し切ってしまっていた。そこら中がうんこだらけだ。それで母を風呂場に連れて行き、シャワーで身体を洗って着替えさせてベッドに寝かせた。それから僕はうんこまみれの母の衣類を洗面所で洗い、洗濯機に放り込んで洗濯機を回し、雑巾と洗剤を持ってきてそこら中に散らばっているうんこを拭き掃除した。

小一時間ほどしてようやくひと段落ついて、机に向かって煙草を一服しながらさてどうしたものかと考えた。この場合、やはり医者に連れていくべきなのだろうかと。救急車を呼ぶべきだったのかと考えたが、僕はこれまで救急車というものを一度も呼んだことがなく、この場合どう説明したものか、果たして救急車を呼ぶべきケースなのか判断が即座にはつかなかった。それでまずHに電話してみたが留守電、次に元妻に電話をしたが留守電、だが元妻からすぐに電話がかかってきたので事情を話すと、脱糞するというのはかなりのことだから救急車を呼ぶべきだと言う。それで119番に電話をして経過を話すと、ものの5分ほどで救急車が来た。

母の静脈血栓のこと、数日前の極端な低血圧のことなどを話すと、救急隊員は血栓が流れてどこかに詰まったことも考えられるし、脳疾患も考えられるので、地元の病院ではダメで隣町の病院に搬送する必要があると言う。救急隊員が奥の部屋に寝ている母のところに行くと、母は歩けるし話も普通に出来る。普通だったらこういう状態の人を救急車では運ばないとは思うのだが、救急隊員は母をストレッチャーに載せて救急車に運び、血圧や心電図を計りながら、通常ならもっと重篤な患者しか受け入れないという、母が静脈血栓で通っている県立中央病院に交渉すると、受け入れてくれるということだった。

それで母は山形の県立中央病院の救命救急センターに搬送され、僕は車で後を追った。

そんなわけで僕が村上春樹の「多崎つくる」を読み終えたのは救命救急センターの待合室でだった。一通りの検査を終えて診察室に呼ばれると、母は点滴を受けていた。医者の話によると脳を含めてどこにも異常はないということで、血栓が流れたわけでもなさそうだ。てんかんの発作があるかどうか訊かれたのでないというと、一時的に迷走神経の関係で血圧が急激に低下したのが原因ではないかと言われた。

病院に向かう道すがら、このまま入院となったらどうしようとぼんやりと考えていたのだが、結局は入院せずに済んだ。母はそのまま帰ることになり、帰り道に僕が空腹を覚えたので途中のドトールに寄って僕はサンドウィッチの昼食を摂り、母は食べたくないと言ったのでアイス・ラ・テを飲んだ。が、夜になって救急車で運ばれた人が帰り道にドトールでお茶を飲むなんて考えられないと母に言われた。おまけにその晩に蕎麦の出前を取るなんてこの辺ではあり得ないと。僕はよっぽど常識がなくヘンな人間なのだろうか。

とにもかくにも、原因となる確たる疾患はなかったのでよかったと言えばよかったのだが、逆に言えばまたいつ起こるか分からないということにもなる。母は15・6年前にも結婚式の最中に3分ほど意識を失って失禁したことがあり、そのときは虚血性のなんとかが原因ということで、今回もほぼ同じようなことだと思う。24時間心配していたらきりがないし、僕の生活というものも成り立たなくなる。だからこれ以上極度に心配するのはよそうと思うが、実際のところ、朝無反応の母を見たとき、このまま母は死んでしまうのではないかと思ったのだが、それでも今日の出来事に関してはどこか現実感が薄いというか、現実の表層だけを上滑りしているような感覚がある。それは僕が安定剤を飲んでいることによってどこかぼうっとしている、ある種鈍感になっていることだと思うのだが、それにしても今朝の出来事が随分と遠いことに今感じられるし、この現実感の希薄さはなんなのだろうと思う。僕は確かに必死に母の脱糞の後始末をしたし、出来るだけのことはやったつもりなのだが、父が倒れたときのように手がぶるぶると震えて止まらないというようなこともなく、アドレナリンが過剰に分泌された感じもなかった。ドトールやら蕎麦の出前やらのことも含めて、この今の僕の感覚というものはいいものとして捉えるべきなのかどうなのか、いまだに分からない。

母は大事を取ってほぼ一日寝ていたけれど、夜になって弟に電話したりと、普通には戻っている。

病院の待合室でもしばらく母の便の匂いが鼻腔からなかなか離れなかった。なので、今日一日の印象は母のうんこの匂いなのである。

というわけで、村上春樹「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」読了。ネット上に感想やら批評やらが溢れているこの作品についていまさら感想を書くのもなんなのだが、最近の村上春樹の作品の中ではストーリーはよく出来ていたと思う。誰かが言っていたような、「1Q84」に散見された「収束されない暗喩」などはどこにもなく、むしろすべてが明瞭になっていた。僕が気になったのは、直喩の多さである。これは「スプートニクの恋人」辺りから目につくようになったのだが、今回は特に「~のように。」「~みたいに。」で終わる文章がやたらと多く、それは過剰であり余計なものに思えた。村上の小説を読む要素の非常に多くの部分を文章を読む楽しみが占めると思うが、この、練りに練られたと思われる頻繁に現れる直喩が、魚の小骨のように文章を読むリズムを悪くしている。意図的に考えられた比喩がそのたびにリズムを止めてしまう。それに、前作辺りからやたらと多い「おおむね」という表現も不自然なくらいに多く、これも頻度が多過ぎて文章を読む興を削ぐ要因となっている。この辺が全部削ぎ落とされて、初期の作品に見られたミニマリズムに近い手法を取っていたなら、もしくは「ような」とか「みたいに」で文章を終わらせず、例えば「ようだった」「みたいである」というような変化をせめてつけていたら、と思う。比喩辞典のような村上の文体とは対照的に、サマセット・モームの「月と六ペンス」においては比喩はほとんど登場しない。これは読んでいて最初は気づかない。途中で、ほとんど比喩が使われていないことに気づく。すべてが映画のようにアクションとシーンの積み重ねで表現されている。これは素晴らしいと思った。練りに練った比喩を積み重ねるよりも、より高度な文章力が必要とされる。以前よりも村上の文体は普通の小説表現に近づいた(比喩を除けば)と思うけれど、昔からのファンとしては過剰な表現を削ぎ落とすことが先決のように思えてならない。

それはそうと、夜もう一度元妻と電話で話していたら、来月末からねこカフェを始めるという彼女がブログを始めて1ヶ月で読者が380人、ねこカフェのブログランキングで4位という話を聞いて衝撃を受ける。彼女の娘のブログに至っては読者が千人単位だと言う。唖然。僕が自分のサイトを立ち上げたのはまだ20世紀だったころ、もうかれこれ14・5年になるというのに、僕の日記の読者は100人いるかいないかといったところ、それでも昔の10倍ぐらいではあるのだが、それにしても。まあ確かに昔のようにパチンコの日記を書いていたころならもう少しカラーが明確ではあったが、今では単なるうつ病の人間の個人的な日記と化しているので無理もないと言えないこともないが、最近ではほとんどコメントもないし、読者定着率が悪過ぎるような気もする。なんていうか、やる気失うなあ。マジで。かなり脱力。といって、いまさら方向転換などをしてもしょうがないし、独自ドメインでやっているとこんなものなのだろうか。まあいずれにしても僕のサイトのコンセプトと方向性の問題なのだとは思うが。うむむ。外部ブログなんかやるよりもfragmentsの更新をやるか、また業務の日記でも書いた方がいいのかも知れないな。と思ったりするものの。

今日の煙草は18本。元妻と話した後、Hと長電話。この日記を書いていると母が起き出して着替えを始めたりしたので、慌てて寝かしつけた。疲れる。


村上春樹「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」


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102

7時過ぎ起床、何時に寝たのか忘れた。結局、途中で睡眠薬を飲んでしまったので村上春樹「多崎つくる」はまだ読み終わっていない。

今日は晴れ渡って気持ちのいい天気、朝食後に玄関前と庭先の草取り、涼しくて気持ちよかったので、4時過ぎまでの業務後、帰宅してから夕方また庭の草取りをした。そのせいなのか、今日も夕食後疲労が酷く、BSでJリーグの試合を見ていたがソファでダウン、1時間ほど気絶。といっても母親に起こされたので起きたまでで、放っておくといつまでも寝てしまいそうに身体が動かなかった。

それもそのはず、血圧を計ってみると上が102しかない低血圧、これを書いている今も眩暈がするのはそのせいもあるだろう。低血圧対策はどうすればいいのだろう。横になっているぐらいしか思いつかない。困ったものだ。

ようやくショップの商品記事を書き終わった。これからというか明日からトップページデザインの見直し。結構疲れるなあ、最初は。まあこれで一通りの体裁は整ったので、今後は他のものにも手をつけられる。

今日こそは「多崎つくる」を読み終えよう。

今日の煙草は19本。しかしふらふらだ。気分も悪い。


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超肩凝り

相変わらず疲れ果てております。肩が死ぬほど凝ってる。ショップの記事書き終わるまで何も出来ないな。が、ちょっと今日は疲れたので後は明日にしよう。

就寝は2時ぐらいだろうか。定かでない。7時20分起床。4時過ぎまで業務。いまだに不ヅキが続いていてホント疲れる。いつまで続くのだろうか。

夕飯は僕はミートソースのスパゲッティを作って食べ、母は赤飯。夜は母と散歩。今日の母は台所の洗い物をしきりに気にしている。例の風呂にしろなんにしろ、自分のしたことに対して不安感を覚えるようだ。母に弾性ストッキングを穿かせたりするのは、運動不足の僕にとっていい運動になる。我ながら頑張っているとは思うのだが。やはり母の口の中は出血しているみたいで気になる。母の相手をする精神的疲労もかなり。

ドグマチールと安定剤のレキソタンを朝昼晩3回飲むようにして、精神的には以前よりそこそこ安定しているような気はするが、相変わらず手が痺れる。ときどき顔も。たぶんレキソタンの量が少ない。歯の痛みはようやく治まった。


日中はこんな風にいい感じで晴れていたが、それでも暑いというわけではない。朝晩は涼しいし、今がちょうどいい気候。と、今見てみると昨日も空の写真貼ったんだった。

山形の夏は確かに暑いけれど、短かかった。それに、夜寝苦しいということもなかった。毎年こうなのだろうか。

そんなわけで今日はこれから、佳境に入った村上春樹「多崎つくる」を一気に読み終えてしまおう。眠くならなければ。

今日の煙草は20本。やっぱり吸いたくなるなあ。でも、20本に近づくと気持ち悪くなる。


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徒労と疲労

疲れている。酷く疲れている。母は今日も夕方以降言動が不安定で、子育てをしているような感じ。風呂で背中を流し、髪を洗ってあげても上がってからヘンだヘンだと言う。寝る前の薬と睡眠薬を飲んで、ベッドに入ってからも桃を剥こうかと言い始める。呆けているわけではないと思うが、ほとほと疲れる。

7時間強の業務も不ヅキで徒労に終わり、それも疲れている原因。夜、8時ごろから1時間ちょっとソファで寝込んだ。昨夜2時過ぎに寝て今朝7時に起きたので、睡眠も少々足りなかった。

夕方、母を歯医者に連れて行き、ついでに僕も診てもらった。医者は「親不知です」と言ったが、レントゲンの写真を見たら一番奥の歯の根っこだった。その周辺の歯茎が腫れているっぽい。来週抜くことに。たびたび痛くなるようではかなわないので。母は上の歯が2本折れてしまって根っこが残っているのだが、血液の凝固を防ぐ薬を飲んでいるせいで抜くことは出来ず、今かかっている総合病院への紹介状を書いてもらった。それ以外の上の歯もぐらぐらしているそうで、口の中も出血しているらしい。

いまだに歯はちくちくと痛み、全身から頭の芯まで疲れ果てている。ちと途方に暮れる。母がもう少し安定してくれないと、自宅仕事も母が寝てからじゃないとなかなか手につかない。どういう風に時間を割り振りしたらいいのだろうか。

日中は天気がよかった。そういえば歯医者の辺りではまだ蝉が鳴いていたな。

今日の煙草は何故か16本。どうして今日は本数が減ったのだろうか。確かに夜気絶はしたが……。謎だ。

村上春樹「多崎つくる」なかなか読み終わらない。一日で読み終わる程度のヴォリュームなのだが。寝床でしか読んでないし、途中で睡眠薬飲むからか。

夜はホント涼しい。さて、これから一仕事。手とか痺れてるけど。今晩のBGMはマイルス・デイヴィス「死刑台のエレベーター」。


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親不知

なんか今日はずっと歯が痛くて、正確に言えば数年前に抜いたはずの奥歯の辺りがずっとずきずきと痛む。そこは歯がないはずなのに変だなと思ったら、どうやら親不知が生えているようだ。嫌だなあ。明日母親を歯医者に連れて行くのでついでに診てもらうかな。やっぱり抜かなきゃならんのか。

昨夜は眠くて1時前に就寝、7時半起床。最近の中では一番寝たはずなのだが、どういうわけか朝から全身が物凄く疲れている。たいして身体を使っているとは思えないし、十分寝たのに。これもやはり精神由来なのだろうか。丸一日、身体のそこここに疲れが溜まっている感じが抜けず。おまけに前述のように歯は痛いし、夜になって精神状態悪化したのでソファで少し寝ようとしたのだが、背中やらおなかの辺りとかあちこちが痛くなって眠れず。一体どうやったらこの精神的疲労から抜け出すことが出来るのだろうか。今の状況では無理かな。

3時前まで業務。今日はツキがなく、日曜なのにわざわざ出かけてストレスを溜めるようではしょうがない。帰宅後は深夜までずっと例のオンラインショップ作りに励む。延々と商品の記事を書くのもこれまた疲れる作業だ。まあ最初だけなのだが。そんなわけで目も疲れている。

今日も涼しくてどうやらこのまま秋に突入しそうだ。窓の外では虫が鳴きまくっているし。蝉の声ももうあまり聞かなくなった。母の言動はいまだに繰り言が多く、少々調子が悪いか。弾性ストッキングを穿かせたり脱がせたり、これでも頑張っているつもりなのだが。足のむくみの方は徐々にストッキングの効果が表れているようだ。

今日の煙草は19本。相変わらず、特に自宅にいるとやたらと吸いたくなるのだが、間隔を詰めて吸うと気分が悪くなる。もう以前のようには吸えない。今夜のBGMはハービー・ハンコック。

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眠い。先ほどJリーグの鹿島×横浜をBSで見ていて、試合が終わると同時にそのまま30分ほど寝てしまった。なんか物凄く疲れている。このところずっとだけれど。

3時過ぎ就寝、7時20分起床。そもそも睡眠不足なのだ。昨日2時間以上昼寝したとはいえ。それでも日中は眠気を感じなかったのだが。夕食後にがくっと来た感じ。とにかく夜になってから眠くて参る。

業務から2時前には帰宅。例によってオンラインショップをあれこれといじる。が、新しいプラグインをひとつインストールすると何かしら分からないところがあり、それで半日ぐらい悩む。夕方母とスーパーに買い物。

今日は日中は少し気温が上がったけれど、それでも暑いというほどではない。どうやらこのまま涼しくなりそうな気配。

で、鹿島対横浜戦だが、久しぶりに中村俊輔をフルで見るとテクニック、動きともにまったく衰えていないのに驚く。いまだにボール取られないし、一瞬のキレとかギグスを彷彿とさせる。衰えが見える小笠原とは対照的だ。僕は最初は鹿島を応援していた。サポーターというほどではないが。その後オシムが監督になったジェフを応援していて、国立にジェフと鹿島の試合を元妻と見に行ったことがある。そのときは小笠原と本山が全盛期のころで、試合はこの2人にチンチンにやられ、格が違うなあと思ったものだ。それにしても大迫半端ない。こと決定力ということでは、豊田より上だし柿谷と比べても遜色ない。大迫と柴崎は代表に呼んで欲しいなと。

昨夜あれから、なんとなく自殺について書いた。先日日記に書いたことをちょっと掘り下げただけなのだが。最近どうも文章が散漫なような気がする。まあ頭の中が散漫なのでしょうがない。

母は相変わらず風呂上りに奇妙なことを口走る。風呂から上がったばかりなのにまた風呂に入るべきか、とか。風呂や髪を洗うことにやたらといつまでもパラノイアのようにこだわる。言動がブレるのは一日のうちで何度かあるのだが、風呂がいつも引き金になるのはどういうわけだろうか。確かに一緒にいると手はかかるし、四六時中気になってどうも放っておけないのだが、入院前のように何をしでかすか分からないということはないし、薬を飲んでおとなしく寝るのでいいとしなければ。もう少し安定してくれるといいが。

今日の煙草は20本。ちと眩暈がする。どうやら今日は早く寝た方がよさそうだ。

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気絶

たぶん2時ごろ就寝、7時5分ごろ起床。午後から雨が降ったり止んだり。寒かった。なにしろ気温が午後で23度。半袖では寒くて長袖着用。もう秋なのか。

2時前には業務終了して帰宅。今月4敗目を喫したが、帰途に隣町の店に行って清算、結局はプラス。今日からちと業務状況はよろしくない。かといって遠征する気もない。3時半ごろから急に疲れが出てソファにて気絶。目が覚めると6時近かった。2時間以上寝てしまった。で、多少気温が上がったっぽく、その後はTシャツに着替える。それでも窓を開けると肌寒い。

今日はわりと精神的には最近にしては安定していた方なのだが、夜せっせとオンラインショップ作りをしていたら手が痺れてきて今は顔まで痺れが来ているところ。なんていうか、集中力とかモチベーションの維持が難しく、こんなことしても無駄なんじゃないかと思ってきてストレスが溜まる。

とはいうものの、一時期散々悩んでいた就職をするつもりはもうない。去年ありとあらゆる転職サイトに登録して、毎日山のようなメールが来るが全部削除している。もう全部受信停止しようと思う。

弾性ストッキング着用2日目の母は、業務から帰宅すると2階の廊下の掃除などをしていて、見た目にもそれなりの効果はありそう。が、夜になって言動が不安定になったりもする。

毎日同じことを書いているが、ホントに疲れが溜まっている。なんでこんなに疲れているのだろう。そんなに無理をしているわけではないのだが。心労って奴なのか。2時間以上気絶したのにもう眠いし。

楽天の田中、まだ負けない。22連勝、開幕18連勝。どこまで続くのか。1試合も見たことないけど。

なんか今日は何の音楽聴いてもピンと来ないし、ストレスを感じる。こういうときはビル・エヴァンス。

気がつくと文章の書き方散漫になっている。巷にある普通のブログみたいだ。いろんなことに対してモチベーションが落ちていて、やる気が湧かない。なんというか、人生とか生きることとか、そういうものに疲れている感じ。そういえば朝、久々に元妻から電話があった。

今日の煙草は19本。20本を切ったのは久しぶり。明日買うもの、米とトイレットペーパー。

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更新報告、ストッキング、秋の気配

myfm – my favorite musicを更新。イタリアのジャズ・ピアニスト、Antonio Farao。やっぱり俺、いろいろやり過ぎな感。更新するのも必死。なので、だんだん手抜きに。

2時過ぎ就寝、ようやっと8時起床、久しぶりに6時間寝た。しかし、このところの蓄積疲労凄い。結果が出たので業務を2時前に切り上げ、一旦帰宅して母を拾ってから県立中央病院へ行き、売店で取り寄せてもらった弾性(着圧)ストッキングを購入。帰り道にバイパス沿いのドトールに寄る。この辺はドトールがほとんどないので、ドトール入ったの実に久しぶり。都心に住んでるころは毎日行ってたのに。で、同じ場所にあった本屋で2冊本を買った。横山秀夫「クライマーズ・ハイ」と佐々木譲「廃墟に乞う」。これで当分読む本には困らない。というか、寝る前にしか読めてないので、村上春樹「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」をまだ読んでいる最中。なかなか進まない。

夜、母の入浴後に早速買ってきた弾性ストッキングを穿かせてみた。が、むくみを取るだけあってきつくて穿かせるのに物凄く苦労する。なにしろ母の左足は足首が32cmもあるくらいにむくんでいるので。太腿とか凄いし。ぎゅうぎゅう引っ張ってようやく。かなりの力仕事。高い(4200円)だけあってかなり丈夫に出来ている。これで母のむくみが治まればいいのだが。

これ↓

今日は30度を下回り、夜は涼しく、寒いのでさっき窓を閉めたぐらい。山形はもう秋の気配が漂っている。今のところ。都心はまだ暑いのだろうか。

それにしても、藤圭子は何故自殺したのだろうか。以前「興味本位生活」の記事にも書いたように、自殺する人というのはあっという間に自殺する。それも確実な方法で。もしかしたら自殺した本人にも理由なんて分からないんじゃないだろうか。自殺することそのものが目的になってしまって。

まあいい。最近「死」と「セックス」について考えるのが苦手になった。考えるのはよそう。村上春樹を読むのが遅いのもその辺に原因がある。なんか知らないが、文章となったセックスは最近ホント苦手。性欲がないわけじゃないんだが。

今日の煙草は20本。明日は燃えるゴミを出さなければならないので7時に目覚ましをかけねば。なんかホント忙しいような気がするのは何故か。今日は最近の中では精神の起伏はなかった方。しかし涼しい。避暑地みたいだ。


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真円

2時過ぎ就寝、7時起床。どうも睡眠時間が短い。そのせいなのか、何故か夜はやたらと疲れてソファでダウン、1時間ほど寝てしまった。

今日は晴れていたが、暑過ぎず寒過ぎず。こっちは最低気温がそれほど高くなく、朝晩涼しいのが助かる。

4時まで業務。夕食後、母と散歩に出たら、中空に満月が真円を描いていた。

相変わらず手と、ときおり顔も痺れる。極度に不安定というわけではなかったが、やはり夕方以降は痺れが酷くなり、精神的にダメになりかける。前述のように疲れがどっと出たし。それでも帰宅後、昼寝はしたものの深夜までこつこつとショップ作りをした。まあこんなことをして結果が出るかどうか分からないが、とにかくやってみることが大事。

今煙草を1本吸ったら、また眩暈がして気分が悪くなりかけた。頭は鈍痛。体力がないのも一因か。特に足腰。しかし、それにしてもなんでこんなに疲れているのだろうか。

今日はアマゾンからこれが届いた。

そんなわけでこれから歯磨きして、本読んで寝る。頭痛いし。

今日の煙草は20本。相変わらずやたらと吸いたくなって参る。血圧の薬を飲むのを止めさせたら、母の血圧は正常値に戻った。今日の母はときおりいい表情を見せて、いつも調子が悪い風呂上りもそれほど言動がブレず。が、朝は相変わらずぼうっとして調子が悪いし、ときおりボーンヘッドがあり、そういうときについ僕はいらいらして母に小言をくどくどと言ってしまい、後で後悔する。気のせいかも知れないが、母のむくみも手とか部分的にはよくなっているような気もする。いずれにしても、僕は母と生きていかなければならない。早く母に心身の健康を取り戻してもらいたい。もちろん、自分もだが。

そういえば日大山形、負けちゃったな。しかし準決勝まで行ったこと自体が凄い。


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寒い(マジ)

朝7時過ぎに目が覚めたら、雨が降っていた。で、肌寒い。朝だけかと思ったら、今日は終日、昨日までの暑さが嘘のように涼しく、窓を開けているとTシャツでは寒いくらい。ホントかよ。短パンは寒くて無理、家の中でもズボンと靴下着用。この涼しさが続くのであればいいのだが、明日からまた暑くなるようではマジに体調崩しそう。

3時半まで業務、帰宅して4時近くに叔母が置いていったサンドウィッチを食べてしまったため腹が空かず、夕飯は母と散歩してから8時ごろに食べた。で、食べている途中で母が急に具合が悪くなり焦る。そういえば昨日病院で血圧を計ったときに上が100と低かったのでもしかしたらと血圧計を出して計ると上が80台、これでは気分が悪くなって当たり前。母はしばらく横になると復活、もう一度血圧を計ってみると120近くになり一安心。しかし下が50台と低い。よって、夕食後の血圧の薬は飲まないように母に進言。

今日は昨日のようにころころと気分が変わるような不安定さではなかったが、業務からの帰宅後、また何も出来ないという閉塞感に襲われる。しかしながら夕食後なんとか持ち直し、最初苦労したもののネットショップを先ほどまで制作、最初のハードルを超えるとだんだん楽しくなってきた。どうやら薬はちゃんと飲んだ方がまだよさそうだ。結果的に。昨日やたらと不安定だったのは、このところストレスが凄くいらいらしていたのでドグマチールとレキソタンを半分しか飲まなかった。飲んで効いた感じがしなくても、飲まないと離脱症状でもあるのかかえって不安定になるようだ。また薬漬けになりそうで困ったものである。

このところの閉塞感、無力感だけれど、やろうとしていることが多過ぎるせいだと思う。一度にあれこれ同時に手を出して、皆中途半端になっている。スケジューリング、計画性というものが足りない。というかほぼない。まあ最近状態が悪いときの方が多いので、スケジュールを立てても心身の体調がおっつかないのである程度しょうがないのだが。

それにしても今日の業務中の寒かったこと。Tシャツで行ったのが失敗だった。今日みたいな肌寒い日に冷房ガンガンとは。

今日の煙草は21本。やたらと吸いたくなるわりには危ういところで踏みとどまっている感じ。


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