徒労と疲労

昨夜はなんか異常に疲れて眠くなり、最近にしては早めに就寝。といっても1時近く。また物凄く消化不良な感じがする夢を見て、8時過ぎ起床。で、9時間業務。本日も徒労に終わる。よって精神的に酷く疲れたし、こういうときは体力的にも疲れる。ストレスでどうしても業務中の煙草の本数が増えてしまう。1日10本までで収めたいのだけれど、業務中だけで9本。うむむ。帰りは久々に蕎麦屋に寄って、蕎麦の夕食。

帰宅後、例によって台所でネットをしていたのだけれど、台所にいるとどうしても煙草が吸いたくなるので、今夜は茶の間のコタツで珍しくテレビなぞを見てみる。少しだけだけど。すると、さっきから物凄く眠くなり、もちろん業務の疲れのせいだろうが、どうも傾向として夕方安定剤を飲むと最近は眠くなる。で、今一念発起して風呂の掃除を済ませたところ。実のところ、実家に戻ってきて風呂の掃除をしたのは初めて。ずっとやらなければと思いながら出来ないでいたので、少しは自分を誉めてやりたい。今はちょっとずつ、ひとつずつやっていくしかない。そういえば今日の帰り道、近所で桜が咲いているのを初めて見た。この町は桜が少ない、というか、現在の僕の移動範囲にはほとんど桜がないので、今まで気づかなかった。都心と比べるとほぼ1カ月遅れという感じか。

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安堵

9時過ぎ起床。一時期、わりといい感じの夢ばかり見ていたけれど、またこのところは悪夢とまでは行かないけれどあまりいいとは言えない夢ばかり見る。今日は午後に母をMRIを撮る病院に連れて行かなければならないので、業務には行かないつもりをしていたのだけれど、朝食後、台所のテーブルを片付けたり、洗濯をしたり、洗い物をしたり、茶の間を片付けたりして一通りのことをしてもまだ病院に迎えに行く2時までには大分時間があるので、結局時間潰しに行ってしまった。おまけに病院の帰りの夕方からも何故か行ってしまい、久々に状態に突入したのか最近にしては大敗を喫した。少々依存気味なのか。やはり一人で家にいるのが辛いという意識がどうしても強い。

で、2時前に病院に母を迎えに行き、すぐ近くの脳神経外科に歩いて連れて行く。この病院は父も通っていた病院。で、MRIを撮り、診察室で写真を見ながら医者の話を聞くと、脳にはまったく異常はなく綺麗なもので、認知症ではないと医者は断言してくれた。記憶力も戻ると言われた。実際、僕が見ても特に萎縮も見られなかった。このところすっかり悲観的になっている母はなかなか医者の言うことをすんなりと受け入れてはくれなかったけれど、僕にとっては久々にいいニュース、一安心した。今朝仏壇に線香を上げるとき、亡父に母が認知症じゃないように助けてくれるよう頼んだので、父に感謝した。神頼みならぬ、仏頼みの世界だけど。

そんなわけで今日は業務でまったくツキがなく、ストレスでまた煙草が増えてしまうという状態だったけれど、本日は母が認知症じゃないと分かっただけで十分。

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今日は寒かった。朝起きたら季節外れの雪が降っていた。今日は日本のあちこちでそうだったみたいだ。雪は午後まで降り続いたけれど、雨混じりだったので幸いにして積もるようなことはなかった。

雪なのでどうしようかなと思ったけれど、明日は母親を脳外科に連れて行かなければならないし、結局日曜の今日も業務へ。6時間。今日は選択は間違わなかったけれど、ツキがなかった。それにしても暖房弱くて寒かった。最近の精神状態の悪さから、業務中も罪悪感とか物凄くて、ストレスで1時間に1本、休憩がてら煙草を吸ってしまった。

夕方帰宅しても寒い。あんまり寒いので、明日行く予定があるので今日は母親の病院には行かず、その代わりに電話をして話した。すると、母は明らかに調子が悪い。悲観的になって落ち込んでいるし、一番気になったのは「入院が長引くとお金がなくなる」という発言。これは現実に入院費を支払っているせいで毎月赤字になっているわけではないから、現実と非現実のぎりぎり境目の発言。そもそも、年明けに母が調子が悪くなる最初の兆候の発言が「お金がない」という発言だったため、また元に戻るのではないかと物凄く不安になる。昨日までは認知症云々のことが不安で気が滅入っていたけれど、それよりも今日の言動の方が心配だ。

そのせいか、夕飯前に安定剤のセルシンを1錠、予防線を張って飲んでおいたんだけれど夕食後に気が滅入って仕方なく、同じく安定剤のソラナックスを1錠、追加で飲んだ。すると、飲み過ぎになったのか気分が悪くなり、体調が悪くなった。ストレスで煙草を吸いたくてたまらなかったが、煙草を吸っても気分が悪くなる。ホントに具合が悪いので、コタツでうとうとしていて、9時半ごろにHからの電話で一度目が覚めたのだけれどあまりにも眠いのでかけ直すことにしてまたさらに気絶、結局11時半まで寝てしまった。それでようやく体調は少しマシになった。で、Hと1時ぐらいまで電話。

今日の煙草は11本。目標の10本以内を1本はみ出してしまった。やはり日中(業務中)の本数を減らさないとダメだ。

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LINEに救われる

久しぶりに迷う夢を見て、8時15分起床。以前は毎日のように見ていたけれど、やっぱり何処にも辿り着けなくなる夢って嫌だな。

今日は7時間業務。正直、マイナスに一叩きされたものを打ってしまったという点で、今日の立ち回りは失敗だったが、それでもなんとかプラスにはした。このところ、周りの人よりも明らかに厚着なところを見ると、僕は以前より寒がりになったのだとは思うが、帰り道、やけに寒かった。帰宅してもあまりにも寒いので、ヤフーの天気予報を見てみると今夜から明日の朝にかけて雪という予報。唖然。しかし、現時点で外は雨が降っている音。

万が一にも雪が積もったりしたら普通タイヤに換えてしまったので大変だから、嫌々ながらスーパーに食材を買いに行き、それから夕飯。食後に茶の間でネットをしていると、例によって極度の抑うつ状態に。なんていうか、生きていること自体が怖くなった。もうどうしようもない。もっとも落ち着く筈のビル・エヴァンスも聴いていられない。物凄い閉塞感。苦しくて、誰かに助けを求めたくてどうしようもないが、世の中は夕食どき、こんな時間に助けを求められる相手はいない。真の八方塞がり、という感じだった。もうこうなると安定剤を飲んで気絶するしかないかと、台所に移動してソラナックスを2錠飲む。で、我慢出来ずに仙台の弟に電話してしまったけれど、やはり弟はこういうときの電話の相手にはまったく相応しくない。しかしながら、茶の間にいるよりも台所にいる方が若干マシな気がするということは、今の僕にとって茶の間という場所が鬼門なのだろうか。安定剤が効いてくるまで我慢出来ず、何か方策はないかと考え、ふと思いついてiPhoneのLINEの無料通話という奴を生まれて初めて使ってみる。かつての僕の仕事仲間で、今は京都にいる(元?)レコーディングエンジニアにかけてみると繋がった。普通に電話として話せるじゃん。で、久しぶりに話したこともあり長電話、お蔭でかなり助かった。もしかしたら話している間に安定剤が少し効いてきたのかも知れないが。僕のiPhoneは携帯電話としては解約してしまったので使えないが、デジタルカメラとしてと、自宅での無線LANの端末として使っている。なので、自宅でしか使えないけれど、電話代を気にしないで話せるというのは助かる。ひとついいことを覚えた。どなたか僕と話がしたいという奇特な人がいたら、メールをいただければLINEのIDを教えます。ちなみにSkypeのIDも同じ。前述のように、どちらも自宅にいる間しか使えないけど。

エンジニアの友人と話せたのはホントに助かったけれど、その間に3本ばかり煙草を吸ったせいで、本日は計13本煙草を吸ってしまった。うむむ。まずいペースだな。

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みぞれ、村上春樹

9時前起床。6時間業務。今日はひとつレートを上げてみたら、この辺で普通に非正規労働した場合の時給で換算すると1週間分の上がり。まあそうそういつも上手く行くわけではない。大体、山形県の最低賃金も平均時給も安過ぎる。帰路、母の病院に寄る。今日の母は「困った」という言葉をひたすら繰り返し、溜息ばかり吐いていた。本人も物凄く気にしているのだけれど、ここ最近になって急に物忘れが酷くなったということで、医師の指示で来週の月曜にMRIを撮ることになった。帰り道、雨からみぞれに変わってびっくりする。いくら山形だからといって、もう4月も後半だというのに、雪が降るなんて。

帰宅して、ご飯を炊いている間に気がつくとコタツで2時間気絶していまい、夕飯が遅くなった。夜は相も変わらず煮詰まる。ここ数日、HやI泉さんに電話して夜を凌いでいたので、どうしても誰かに電話したくなってしまう。数年前の電話依存、電話病が復活しそう。だが、今の状況ではいつも長電話になる僕のこと、電話代を考えると経済的に無理だし、そもそもそうそう毎日電話出来る相手がまずいない。Skypeのアカウントでも公開しようかな、どうしようかな。昨夜深夜吸った2本を入れて、この日記を書いている今に至るまで、本日吸った煙草は8本。出来れば1日10本までで抑えたい。今日は業務中、3本だけに留めたのはまずまず。ただ、夜になって台所で3本吸ってしまった。いまさらながら思うに、煙草を1本吸うのって実に呆気ない。以前の、コーヒー=煙草という意識、連想からはどうやら脱したようで、それだけはいい傾向なのだが、煙草というのは1本吸うともう1本吸いたくなるものだ。

電話出来ないし、Facebookには近ごろ何も書くことがないし書く気も起きない。ましてや人の幸せな日常を読みたくもない。なので、ツイッターに本音を書くことが多くなった。電話の代わりの発散。こちらのアカウントは@anykindoflove。でも、暗いことしか書いてないよ。

どうも僕は本の読み方を忘れたというか、見失ってしまっているようだ。というのも、長い間アパートやマンションで一人暮らししているときは、PCは机に向かって、本を読むときはソファもしくはベッド、という具合に決まっていたので、実家に戻って来てから布団に寝ているのでまず寝床で本を読まなくなった。ソファは父の書斎にあるのだけれど、まだ寒い時期はだだっ広い書斎に暖房をつけて寝転がって本を読むのはなんかなかなか出来ないというか、今の経済観念からすると暖房代がもったいない気がして出来ない。しかしながら、身体に読書=ソファというのが染みついてしまっているので、茶の間のコタツや台所のテーブルで本を読む気にはどうしてもなれない。これが喫茶店やカフェなら話は別なのだが。大体この町には行きたくなるような喫茶店もカフェもないし。

そんなわけで、いまだに村上春樹の新作は買ってもいない。以前も書いたように読みたいのだけれど。僕は村上春樹の小説は全部リアルタイムで読んできたので、作家としての彼に対して基本的に否定的なスタンスではない。しかしながら、近年の村上作品は以前から書いているようにどうも評価出来ない。新作、「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」に関してはネット上に既に書評・感想が溢れていて、事前にあらすじを読むのは興ざめなので仔細に読んではいないけれど、目につくのは「喪失」というキーワードだ。「喪失」というのは村上の作品には常にキーワードとして語られ続けているけれど、近年の村上作品に僕ががっかりしているのは、彼の小説に物語としてのカタルシスが喪失していることだ。なので、少なくとも僕にとって、村上春樹という作家は物語を読む作家というよりも、文章を楽しむ作家、という位置づけになっている。ただ、それだけでも読むに値するし評価にも値すると思うし、大したものだとも思う。如何せん、アマゾンの書評かなんかで、「分からないところが好きです」というような人が結構いるけれど、「分からない」ということはある意味伝わらないということであって、決してメリットにはならないと思う。「海辺のカフカ」は一見深そうな話だけれど読み終わって何も残らない話という印象を受けたし、酷評した「1Q84」は一見重要と思われるさまざまなファクターが最後までただ放り出されて宙に浮いたままで、伏線としての意味をなしていなかった。まあそんなことで、個人的には初期の作品の方が圧倒的に好きで、いまだにそれを追い求めているところはある。だからいまだに読みたいと思うのだけれど。

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迷走

昨夜日記を書いてから、I泉さんに電話をしてみたら繋がった。で、1時間半ほど長電話。で、その間に3本煙草を吸ってしまった。別にそのせいではないけれど、気がつくと床に就いたのは2時半過ぎ。長時間業務を続けているので眠くてしょうがなかったけれど、それでも睡眠薬を飲んでしまった。なんていうか、とにかくとっとと寝てしまいたいという逃避願望が強くて。

そんなわけで、今朝起きたのは9時45分だった。お蔭で1日が2時間の時差で進行。で、今日も9時間業務。もう3日目だ。無理しないと書いたばかりなのに。やはり、今の精神状態だと家に帰りたくない。家に一人でいるのが嫌だし、どこか怖い。おまけに、とうとう今日は業務中だけで10本も煙草を吸ってしまった。いまだに美味しいとは思えないし、むしろ気持ちが悪くなるというのに。以前の習慣が蘇りつつあるのか、精神的に休憩したいと思ったときに吸ってしまう。結局のところ、このところの流れとして、煙草をまた吸い始めるわ、毎日安定剤は飲むわ、睡眠薬は飲むわ、非常によろしくない方向にレイドバックしている感じだ。原因はやはり楽しいことが何もない、何をしても楽しくないということ。ある種の自己防衛本能でも働いているのか、逃避する方向にしか行動出来ていない。しかし、何も楽しくないというのは本当に辛い。真面目な話、生きているのが辛い。今、例によって台所に移動してこの日記を書いているが、その前にもさしたる意味もなく煙草を1本吸ってしまった。このまま元に戻ってしまうのだろうか。それだけは避けたいのだけれど。

そんなわけで帰宅したのも遅く、8時半ごろに5分ぐらいで夕飯の支度をして、10分ぐらいで食べた。今夜は位牌を作ってくれた、天童で仏壇屋を営む高校の同級生に電話して仏事関係の不明な点を聞いたあと、Hに電話してさっきまで長電話。まったく、こんな風にして誰かを頼らないと、時間をやり過ごすことが出来ない。まったく情けない。いつになったらもう少し行動的な方向に向かえるのだろうか。出来ることがあまりにも限られているし、数少ない出来ること、業務をやっている最中も罪悪感に苛まれるのでちっとも楽しくない。実際、何をやっても罪悪感と自己嫌悪から逃れられない。辛いなあ。あ、また逃れることを考えている……。

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徒労の果て

二度寝したら結局8時起床になった。朝、いささかダルいのが気になったが、昨日の疲れだろうか。

今日も今日とて、9時間半業務。で、結果まったくの徒労に終わる。もちろん、こういうときもある。あるが、一番疲れる。正直、昼に止めていたらそれなりに日当はあった。僕が今やっているのはそれなりの難しさがあることであるので、ときには無駄に終わるかもしれないが基本を守り続けてみる必要もある。後は、今日をどう教訓・経験として今後に生かすか。一番よくないのは結果だけを見ていつまでも悪いように引きずることだ。しかしながら、しばらくは身体的・精神的体力的を鑑みて、あまり無理せず、もう少し楽にやる必要はあるかも知れない。そうじゃないと勝手に自滅していく可能性もある。ま、それほどのリスクを背負っているわけではないけれど。

帰り道、洗濯したものを持って母の病院に寄る。今日の母は元気がなかった。物忘れが酷くなったことを凄く気に病んで、落ち込んでいる様子であった。やけに溜息を吐くし、病気になったことも今の境涯も嘆いてばかりいる。正直言って、帰宅してからの毎晩の僕の精神状態もほぼ似たようなものなのだが、この場合、僕のやるべきことは母を励ますことしかない。心中は僕も少なからず落胆や絶望に近いものを覚えるし、それでなくても今日は物凄く疲れているのだけれど、それでも僕が頑張るから、と言うしかない。

帰宅は遅くなった。冷蔵庫に冷凍してあった残り物のご飯をレンジで温めて夕飯。不在票が入っていたので、時間的にダメかなと思ったが電話してみたら、届けてくれた。今使っている革のウエストバッグが壊れかかっているので、完全に壊れる前に新しいものを注文しておいたのだった。開けてみると想像していた感じとはいささか異なり、まあナイロン製というのもあるけれど、これまで使っていたものと比べると使い勝手は悪そうで、失敗したかなと思う。決して安いものではなかったのだが。今日みたいな流れだと、どこまでも運がないように思えてしまう。

その後は例によってどうにもならない閉塞感。ちょっと一人では耐えきれないほどの鬱屈。かといって、昨日一昨日と2日続けてHと電話で話しているので、毎日電話するのは気が引ける。しょうがないので仙台の弟に電話、母と自分の近況とか話し始めたが、抑うつ状態で完全に鬱屈した状態なので上手く話せない。そうしていると、電話中に地震、宮城県中部が震源だったので電話の向こうではかなり揺れたようだった。こちらも結構揺れた。震度3ぐらいか。電話を切ると、もうどうにもならない。電話出来る相手がもう見つからない。もはや安定剤を2錠飲んで、気絶するしかなかった。そんなわけで11時までワープしたけれど、単なる薬を使った逃避だが、今の僕にはそれしか異常な精神的苦痛から逃れる術はない。それに、一度気絶すると安定剤の効果かその後は少しだけ楽になる。それはそうと、今日は日中の業務中だけで5本、煙草を吸ってしまった。口の中が気持ち悪くなるというのに。今はいろんな意味で過大なストレス、負荷からいかに逃避するかというのが、自分を守るためにも必要となっているから、しょうがないのかなあ。元に戻ることだけは避けなければならないが。でも、今夜は後1本か2本は吸ってしまいそうだ。

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過ぎたるは

今朝はゴミ当番だったため、7時30分に目覚ましをかけたのだけれど、二度寝して8時起床。ゴミ当番は8時半過ぎにゴミ置き場に箒を持って行って散らかってないか見てくるだけ。

9時過ぎから今日は9時間半の業務。なんかだらだらとやってしまい、引き際が悪かった。オーバーワーク。お蔭で酷く疲れた。夕飯は昨日もらった赤飯の残り。まだ半分以上残っているが、もう捨てるしかないな、叔母には悪いけど。夕食後は例によって茶の間のコタツで煮詰まる。PCを前にして今日も何をしても楽しくなく、音楽も聴けず。頭痛もするし、オーバーワークによる疲れの影響もかなりあると思う。結局、2時間以上気絶してしまう。

昼寝してやっと頭痛が取れたところで、昨日の習いで気分転換に台所に移動してみる。やはりこちらの方が若干楽だ。

13時20分、15時36分、17時21分、22時49分、23時38分。これは今日煙草を吸った時間。5本も吸ってしまった。1本、1本、1本、2本と来て、今日になって昨日までの一気に倍以上吸ってしまった。で、最後の1本は台所でHと電話しながら吸ったのだけれど、完全に余計だった。結局気持ち悪くなってしまった。昨夜は煙草を吸って少し気が楽になった気がちょっとだけしたのだけれど、実際のところ、ちっとも美味しくはないのだ。これを書いている今も口の中が気持ち悪い。やはり煙草は僕を救ってはくれなそうだ。だが、またきっぱりと止めることは出来るだろうか。

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救済は何処に

昨夜の体調はホントに酷かった。それは今朝まで続いていて、12時に寝たのに起きたのは9時。で、やっぱり物凄くダルかった。これは本当にまずいのではないかと危機感を覚えるほど。朝から来客があり、起きたきっかけも母の老人会の年会費を集めにきたから。こういうダルい日にコタツでまたうだうだしていたら本当に酷くなるのが目に見えていたから、昔、もっと酷いうつの時代にへろへろな状態でも業務に行ったことを思い出し、10時過ぎに母の病院に保険のための診断書を依頼しに行き、そのまま業務に赴く。

が、ストレスが凄い。何しろ楽しくもなんともない。ひとつ隣のオヤジの煙草の煙がけむたくてどうしようもないと思ったら、そのうち隣に座った男の体臭がもっと耐えられず、とうとう移動。気分はいつまで経ってもまったく乗らないものの、不思議なものでそのうちダルさは気にならなくなる。なんとか結果を出して、4時ごろに母の病室へ。

本日唯一の救いは、先日一時帰宅したときよりも今日の母の状態がよかったこと。ほんの少しでも上向いてくれると、今は何よりも嬉しい。束の間、わずかばかりの安堵を覚える。

留守中に隣町の叔母が大量の赤飯を置いていってくれて、それを夕飯にするが、量があまりにも多くて1日どころか2日でも食べ切れないほど。僕が一人なのを知っているのにも関わらず、叔母が持ってきてくれるものはいつもそうで、いささか有難迷惑ではある。それから例によって酷い抑うつ状態。何をしても楽しくない。驚くべきことに、唯一の楽しみである筈のサッカーの記事を読んでも楽しくないどころか興味すらひかれない。まったく救い難い。何をしても楽しくないのだから何もしたくないし出来ない。ただひたすら辛いだけ。こういうのを不幸と言わずに何を不幸と言うのだろう。音楽を聴いてもストレスを感じる。手のつけようがない。あまりにも酷いし救いがないので、夜も更けてから気分転換に安定剤を1錠飲んでからノートPCを持って茶の間から台所に移動してみる。で、コーヒーを淹れて本日も煙草を1本吸ってみる。今日で4日連続だな。で、例によって美味しくはないのだけれど、今夜は何故かもう1本吸いたくなる。で、小一時間ほどしてから、YouTubeで自分の昔の音源を聴きながらもう1本吸ってしまった。すると、安定剤が効いてきたのか、今度は少し楽になったような気がした。こうやってやはり元に戻ってしまうのだろうか。結局のところ、今の僕が少しでも幸せらしきものを感じるためには、煙草も必要なのだろうか。晩年の父が毎晩深夜に起き出して台所で煙草を1本吸っていた気持ちが、ちょっとだけ分かるような気がした。

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瀕死

夕方業務から帰宅してから酷い抑うつ状態。そもそも昼間、1時22分に今日も煙草を1本吸った辺りから気分が悪くなって調子が悪かった。安定剤を1錠飲んだらいつの間にか気絶して、6時半ごろに電話がかかってきて1度起きたがまた寝てしまい、8時まで計2時間半ぐらい寝た。で、それから夕飯を食べたものの、その後さらに具合が悪くなり、極度の抑うつ状態で何も出来ない。弟に電話してみたが、話すのも大儀。どんどん体調が悪くなる一方、このまま死んでもおかしくないくらい。今日は風呂に入るのを諦めて寝るしかなさそうだ。さっきもう1錠安定剤飲んだんだけれど、まだ効き目はない。もうホントに、ただの病人。

あ、そういえば昨日の日記に書くのを忘れたけれど、一昨日の夜、物凄く久しぶりにI泉さんに電話が繋がり、1時間半ぐらい長電話をした。半年以上ぶりか。

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