悪化

2時過ぎ就寝(睡眠薬使用)、8時起床。やっぱりそれほど悪い夢じゃないなと思っていても、起きるころに近づくに連れて展開が怪しくなり、目が覚めるときには嫌な夢を見たという感じが残る。

世間は4連休、僕に必要なのは休養、しかしやっぱり業務に出かけてしまう。で、様子見のつもりが頑張り過ぎてしまう。そもそも今日は選択を誤ったし、無理をした。

今日は母の病院に行くのは気が進まなかった。気が重くて。疲れてるからと電話で済まそうかとも思った。でも、昨日入浴の日でもあったから洗濯物もあるだろうし、ハナから暗い気分で病院に寄った。

母の状態はさらに悪化した。自分の居場所がない、ここは自分のベッドじゃない、看護師が何もやってくれないとか、事実とは異なる妄言を話す。表情がない。喜怒楽の感情が欠落している。いちごが置いてあったので、誰か来たのかと尋ねると、町内の叔母が来たというが、それが今日なのか昨日なのか覚えていないという。看護師に訊いてみると今日だ。今日の母の状態は入院前の状態を想起させるものだった。ただでさえ疲れて鬱屈している僕は、笑顔で励ますことが出来なかった。以前と同じ兆候が現れたので、また前のように酷くなるのではという恐怖心が、ひたすら僕の気を滅入らせた。母と話せば話すほど、僕は深い奈落の底に沈んで窒息してしまいそうだった。

帰宅した僕は、すっかり重苦しい絶望の只中にいた。今日見舞いに来た叔母に電話して、見舞いの礼と、今の母はあまりにも状態が悪いので見舞いはしばらく控えて欲しいと言った。僕の留守中に電話したというので、最近の僕は母同様、酷いうつなのだと話すと、叔母は僕がうつ病であることを知らなかったらしく驚いてはいたものの、いくら話しても年老いた叔母は僕の病気のことも、母の病気のことも、要するに精神疾患というものをまったく理解出来ていなかった。で、明後日の日曜の午後にうちに線香を上げに来たいという。僕の状態が悪く、具合が悪いということを全然分かってくれない。僕はさらに気が重くなった。当日本当に具合が悪ければ、断りの電話を入れるということにした。さらに悪いことに、叔母は母の友人が見舞いに行ったときに、「死にたい」と盛んに漏らしていたと聞いたと言う。初耳だ。僕には母はそんなことは一言も言ったことがない。酷い抑うつ状態の人間に敢えて言うべきことでもない。ホントに叔母は何も分かっていない。

もはや、僕は救いがたいほど息苦しくなり、誰かに母が悪化したと話したくて、先日の言を破って弟に電話したが、全然気が楽にはなれなかった。そんな感じで、夕食後はHと長電話してなんとか気を紛らわせるが、電話を切るとまた沈んでしまい、何も出来なくなる。台所のテーブルでしばし呆然とする。煙草だけが増える。今日はとうとう20本を超えて21本。これだけ精神状態が酷いとしょうがないかな。

まだ風呂に入っていないのに猛烈に眠くなっている。でも、寝るのも憂鬱だ。

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余裕欠乏症

今日は風が強くて寒かった。最近は人一倍寒がりになってしまったのだけれど。

8時半起床。最近起きるの遅くて、これではこの界隈ではゴミを捨てることが出来ない。まあ昨夜も寝たのが2時だから、寝るのが遅過ぎるのは分かっているのだが……。

結局、今日の午後1時半からの近所の人の葬儀には出ないで、業務に行った。父の葬儀に来てくれた亡くなった人や、香典を頼んだ向かいのUさんには申し訳ないけど、なんていうか、実家に戻ってから僕は人の目を過度に気にする傾向があるので、こういった義理とかしがらみみたいなものを自分の中で克服する必要があるのではないかと思ったのだ。

それでもぎりぎりまで迷った。というのも、午前中にそれなりの結果が出ていたから、別にそこでやめて葬儀に向かうことは可能だったからだ。いろいろな思いが交錯した。例の罪悪感とか、義務感のようなものや、エトセトラ、エトセトラ。しかし、今の僕には、努力してでももっと大らかに構えること、もう少しいい加減になることが必要なのではないかと思った。今の僕にもっとも必要なのは、たぶんいろんな意味での余裕だ。

この判断が果たして正しいのかは自分でも分からない。もしかしたら単に自分への言い訳かもしれない。でも、いつもいつも正しい判断を下し続けるなんてことは、所詮人間には無理だ。Jam&Lewisが書いた、Human Leagueの名曲、「Human」の歌詞にも、

Human, born to make mistake

とあるように。

5時前に帰宅すると、向かいのUさんが香典返しを持ってきてくれた。少し話すと、笑顔で答えてくれたのでちょっとほっとする。一喜一憂という感じがしないでもない。今日は買い物をする予定がいくつかあったのだけれど、行く気力がなくてやめた。そろそろガソリンも入れなければならないんだけど。

夕食後は今日も鬱屈。昼過ぎと夕方と今日も安定剤を2度飲んだのだけれど、あまり効果がなかった。どんどん気が滅入る一方で、何も出来なくなる。ただ煙草だけ吸いたくなるが、煙草を求めているのは精神の方で、身体ではない。夜になるに連れまた気分も悪くなり、茶の間のコタツで2時間ほど気絶。それでようやく少しマシになる。いつもちょっと寝るとマシになるってことは、結局疲れてるってことじゃないか、と思った。今のこの酷い抑うつ状態の原因のひとつは過労なんじゃないかと。もちろん、心労プラスだけど。この日記を読んでいる人は分かると思うけど、ホントに休んでいない。で、やるべきことが多過ぎるのに、最低限のこと以外ほとんど何も出来ていない。要するに今の僕に必要なのは休養なのだろう。頭では分かっている。でも、休む余裕がない。精神的に。人間というのは余裕がないと休めない。

ああ結局余裕だな、僕に必要なのは。そして、たぶんその前に休養。

今日の煙草は16本。2時間気絶した分、昨日より少なくて済んだ。

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痺れ、罪悪感

昨夜の就寝は2時半過ぎ、今朝起きたのは9時半。今朝は今年に入って初めて、朝食を食べている間暖房を入れなかった。

で、今朝は昨日に比べると体調も精神的にもずっとよく、元気と言ってもいいくらいだった。途中までは。が、業務中、午後になって少しずつ精神的に不安定になってきたので、安定剤のソラナックスを飲んだ。帰りに洗濯物を持って母親の病院に寄った。一昨日のことがあるので、母親に会うのが正直少し怖かった。また自分が酷い状態になったらどうしようという思いがある。なので、いつものように「ダメだ」「困った」「何も出来ない」と言う母親を励まし続けたが、今日は意識して客観的に、気持ちの上で少し距離を置いて接するように努めた。そのお蔭か、先日のような途方もない疲労は覚えなかったけれど、そういう風に(気持ちの上で)接したことに対する罪悪感を覚えて、帰宅後もなかなか消えなかった。

そんなわけで夕方までは昨日よりずっとマシで動ける状態だったのだけれど、考えた挙句、明日の近所の人の葬儀に出席するのはどうしても気が重く、向かいの人を訪ねて、僕は出席出来ないのでと香典を預けた。ところが家に戻るとそのことに対する罪悪感がこれまた物凄い。昨日も書いたように亡くなったのは父の葬儀に出てくれた人なので、その人の葬儀に自分は出ないのか、という罪悪感。僕の母親ととても仲がよく、僕と同じように都心から帰郷した向かいの人にどう思われるだろうと。香典を頼むときに、気のせいか不機嫌そうに見えたのも凄く気になった。こいつは義理を果たせない人間だ、と言われているような気がして。

だったら明日、やはり葬儀に出席すればいいようなものだが、昨日と一昨日の調子の悪さがどうしても気になる。それに、僕自身はまったく面識のない人の葬儀に出ないということに対して、考え過ぎているのではないだろうかとも思える。こういった、罪悪感とジレンマでだんだん気分が塞いでいった。

で、夕飯を食べ終えると、また手が痺れてきた。手に力が入らなくなり、ぴりぴりと痛い感じがする。頭がなんとなく重くなり、肩が凝ってくる。気がつくと昨日同様、酷い抑うつ状態になっていた。何も出来ない。救い難い気分。安定剤をまた1錠飲み、気分を紛らわせようとコーヒーの生豆を炒り始めたけれど、どんどん気分も体調も悪くなっていく。あまりにも酷い状態になったので、少々時間は早いがHに電話してみたが繋がらなかった。

そんなわけでしばらく台所でPCを前に頭を抱えて鬱屈していたが、安定剤が効いてきたのか少しマシになってきた感じがしたところでFacebookでのんさんとチャットをし始めたら、少し気が紛れた。Hから電話がかかってきて、さっきまで長電話をして、その間はなんとか普通に話すことが出来た。

今日の煙草は19本。いつもより遅く起きたのに、結局20本が目前となってしまった。ストレスや罪悪感を覚えるたびに吸いたくなってしまう。だが、実際吸ってみると以前のように美味しいとは思えない。が、不思議なもので煙草というのは1本吸うともう1本吸いたくなるものだ。

これを書いている今、もう日付は変わってしまったけれどまだ手は痺れているし少し頭痛もする。ちょっと気を抜くとずぶずぶと沈んでしまいそうだ。早く寝た方がいいのは分かっているが、寝れるだろうか。昨夜も結局睡眠薬を飲んでしまったし。今はしょうがない、と自分に言い聞かせてはいるものの、日を追うごとに煙草も薬も増えつつあるのは気になる。いろんな罪悪感がいつまで経っても消えない。やっぱり明日、葬儀に出るべきだろうか。

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決壊寸前

今日は昨日の続きで、とにかく調子が悪かった。もう完全に病人。終日ずっと抑うつ状態で手が痺れていた。

昨夜寝たのは2時半ぐらいだったけど、寝床に入ってまた悲しくなってしまった。全身が鉛のように重かった。寝たのが遅かったのに起きたのは何故か8時前。朝から物凄く調子が悪い。起きたばかりなのに疲れ果てているし、肩も凝っている。朝食後に目薬を差したぐらい。起きたときから既に鬱屈していたので、長時間効く安定剤のセルシンを1錠飲んだ。朝から安定剤を飲んだのはいつ以来だろう。

身体が物凄く重いし疲れ果ててボロボロな感じだけれど、何よりもあまりにも精神的に鬱屈している状態だったので、どうしようかと悩んだけれど、このまま1日家に篭っていたら気が狂いそうな気がしたので、ふらふらながら業務に行った。

珍しく前半はツイていたけれど、とにかく辛かった。身体も辛いし、ときどき間歇的に酷く悲しくなったりする。ストレスで死にそうになりながら、とにかくなんだか分からないまま、途中でまた安定剤を飲んで、夕方まで7時間以上頑張った。頑張り過ぎた。ストレスを紛らわせるものが煙草しか思い当たらず、本数が増えた。が、もうしょうがないと思った。さして美味しいとも思わないが、しがみつくものが他にないから。

帰宅したころには当たり前だが疲れ果てていたし、酷い抑うつ状態にあった。向かいの人が回覧板を持ってきて、近所の人がまた亡くなって明後日葬式という知らせだったけれど、今の状態ではとても会葬出来る状態ではない。父の葬儀に来てくれた人なんだけれど。

夜はもう悲惨な状態。夕食後には音楽も聴けなくなり、台所で両手で顔を覆って茫然とした。両手が酷く痺れる。あまり具合が悪いので、台所の椅子に座っているのも辛くなり、茶の間のコタツに移動したけれど、ノートPCに向かうことすら出来ない。昨夜話したばかりだがHに電話しようと思ったけれど、驚いたことに携帯電話を持っている力すらなかった。僕はそのまま気絶した。

目が覚めたのは1時間半後の11時だった。ようやく人心地ついて、こうして日記を書ける程度にはなった。コタツに横になっていて朦朧とした頭をよぎったのは、やはりうつ病もあまりに重いと寝ているしかないのだな、母のように入院して治すというのもありなんだな、ということ。明日以降もこの調子だったら、一体どうしたいいんだろう。寝ているしかないんだろうか。明日は母の病院に行くのを控えた方がいいのだろうか。

今日の煙草は17本。一時は20本に届くのを覚悟した。

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伝染

8時40分ごろ起床。で、起きてみると朝からなんかあったかい気がした。というぐらい、今日は午前中からぽかぽかした陽気。前にも書いたように、実家に戻ってから何故か寒がりになった僕は、今日もいつもと同じ格好をして業務に出かけたが、外に出ると暑いぐらい。

異変を感じたのは、既に昼前の段階から。なんだか知らないけどストレスが凄くて辛い。もうホントに全然休んでないワーカホリック状態が続いているので、精神的な蓄積疲労も相当だと思われるが、今日の場合はどちらかというと午前中から抑うつ状態のようだった。まあそれでなくても最近は何をやっても楽しくないし。それで昼ごろには早くも安定剤を1錠。それでなんとか午後までもたせたが、快晴とまではいかないけれど前述のような暖かい陽気、今日あたり最近ずっと鬱屈している母を気分転換に何処かに連れて行ってやりたい。それで、病院に電話して短い時間でも外出許可が取れるかどうか確認したところ、大丈夫だということで、業務は3時ごろに切り上げ、病院に迎えに行った。

夕食までの2時間弱の外出なので、近くの公園に連れて行った。着いてみると、ちょうど桜が満開だった。

先日から幾度か、他の人たちはバスで天童まで花見に行ったのに自分は行けなかったとこぼしていた母だが、確かに「きれいだね」とは言ったものの、にこりともせず、まったくの無表情だった。病院で何も出来ない、誰とも話せないと言っていた母だが、せっかく広々とした公園に連れてきたというのに、まったく気分が晴れた様子を見せない。それどころか、一昨日よりもさらに悲観的になり、調子が悪かった。公園のベンチに座って、僕がいくら励ましても、何を言ってもダメだった。今の母の悲観はあまりに強く、落ち込みようはあまりにも深い。

1時間ほど公園にいて、病院に戻る前に病院の目の前にある喫茶店に連れて行って、僕はカプチーノを、母は自分では決められず、僕がアイスオーレを頼んでやった。初めて入った店だったが、田舎町の小さな喫茶店のわりには思ったより落ち着いた造りで、店内にはジャズが流れていた。ここでも僕は、もう病気は治らないと言い張る母をなんとか説得しようと懸命に話しかけた。出来るだけ穏やかに、ありとあらゆる元気づける言葉をかけたつもりだ。だが、ダメだった。今の母はあまりにも固い殻の中に閉じ籠っているようだ。

時間が来て病院に戻り、病室の前で血圧をつける新しい用紙を持ってきたから来月もつけてね、というと、母は僕の手を握り、出来ない、と言った。僕がついこの間まで出来たんだから、今日出来なくても明日、明日出来なくても明後日、また書けるようになるよと言っても、母は出来ないの一点張り。僕は疲れていた。物凄く疲れていた。病室の前のベンチに母と一緒に腰掛け、僕は思わず両手で顔を覆ってしまった。僕は本当に参っていた。完膚なきまでに。

病院を後にして帰宅の途に就いたときには、僕自身が極度の抑うつ状態に陥っていた。もう頑張れない、と思った。夕食の食材を買いにスーパーに寄ってから帰ったが、もうふらふらだった。頭痛がして、手が痺れて力が入らない。もうホントに泣きそうだった。僕自身が完全に病人と化していた。帰宅して台所の椅子に座り、本当に泣いてしまいそうになった。僕は壊れかけていた。僕のアイデンティティは崩壊寸前だった。もうホントに頑張れないと思った。この状態では、何も出来ないと思った。どうみても、明らかに僕は病人なのだった。

安定剤を飲んで、食欲はまったくなかったけれど、必死になって夕飯を用意して食べた。それで少し、パニック寸前だった状態から落ち着いた。だがそれは、単に悲しい状態から憂鬱な気分に移行しただけのようだった。誰かにもう頑張れないと言いたくて、他に思いつかなくて仙台の弟に電話した。弟は電話を早く切りたがっているようだった。僕は電話したことを後悔した。ただ一言、大変だね、と言って欲しかっただけだったのだが、家族とはいえ、人に同情や優しい言葉を期待するなんて愚かな行為だったと思った。母の状態がよくならない限り、もう母のことで弟に電話するのは止めようと思った。今の僕と弟では、母の存在の仕方があまりにも違う。

また安定剤を飲んだ。それが功を奏したのか、その後はなんとかブログを書いたり出来るところまで回復。夜が更けてからHと電話。今日の煙草は17本。増えてしまったのは、自分を少しでも楽にする材料が他に見つからなかったから。今日ばかりは増えてもしょうがないと思った。

もう1時半だ。なんで今日もこんな時間になってしまったんだろう。僕は本当に疲れている。疲れ果てている。これから母とどう向き合っていけばいいんだろう。どうすればいいんだろう。自分自身のこの酷い状態から、どうやって抜け出せばいいんだろう。どう立ち直ればいいんだろう。母同様に壊れかけた自分を、どうやって修復すればいいんだろう。だが僕には分かっている。結局頑張るしかないんだ。他に選択肢などない。

さあ、洗濯した母の衣類を干して、煙草をもう1本吸ったら寝よう。

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睡眠不足、初めの一歩

昨夜は久しぶりにキーボードのヤマザキと長電話した。が、なんせかけたのが1時近かったものだから、電話を終えたのが深夜3時過ぎ。で、何故か今朝は8時に起きてしまったので、日中は強烈な睡眠不足。なんていうか、ずうっと睡眠は十分取っていたので、睡眠不足というもの自体が久しぶり、今日も業務に行ったのだけれど、業務中眠いというよりも体調が悪い。実に。あんまり体調が悪いもので、2時半前にリタイアして帰宅。

今日は母の病院に行く予定だったのだけれど、なにせへろへろなので電話で済ませた。今日は風が強かったが晴れていたので、気分転換に何処かに連れて行ってやりたかったが。母は相変わらず調子は上向かず、「入院が長引くとお金がなくなる」とか「後期高齢者保険の限度額は効かない」といった、事実とは違う妄言すれすれのことを話す。そうじゃないことは一生懸命説明したし、以前、別人格になっていたころのようにいくら言っても頑なに否定する、ということはなかったけれど。

病院の母に電話した後、コタツで1時間半ほど寝たらようやくマシになった。日中、体調の悪さがごまかせないかと安定剤のソラナックスを1錠飲んだせいか、今日はそれほど極度に落ち込まずに済んだ。一応気休めでも早めに飲んだ方がそれなりによさそうだ。

最近ずっと考え続けているネットビジネス、まだまだ悩み中だけれど、とりあえず下地にするブログを夜作った。失敗してもいいから何かやってみることが大事。というか、やらないと何も始まらない。で、ずっとアフィリエイトとドロップシッピングのどっちがいいか迷っていたけれど、ひとまずアフィリエイトのためのブログ。だから広告リンクも入れていくけれど、どうやってごまんとあるアフィリエイトサイトと差別化するかということと、とにかく人に読んでもらわないと仕方がないということで、それなりに読んで面白かったり得るものがあるものにしなければならない。だからマインドとしては、この日記には書かないような世事のトピックに関するコメントや感想、いろんなものの紹介とか、そんな感じにするつもり。なので、これまでこっちに書いていた本の読後感想や音楽の紹介なんかもそのブログに書くか、もしくは別ブログに書く予定。今日から始めたブログ、まだ開始の1記事書いただけなので、もう少ししたらここにもリンク張ります。どうでもいいけどFC2、無料ブログだけど広告がない、っていうので使ったのに、記事下に広告表示されてる。いずれ自分でアドセンス入れるつもりが、これでは被ってしまうじゃないかと思って設定をあれこれ見たら、どうやら最初の一週間だけ表示されるようだ。

夜、昨夜自分で生豆を炒ったものをブレンドして、久しぶりにドリップで淹れてコーヒー飲んだ。無茶苦茶美味い。これで金取れるんじゃないか、ってぐらい。おっとまたこんな時間だ。最近また夜更かしになってきたな……。なんか、実家に一人でいると煮詰まる、辛いと言っているけれど、何故か夜が更けていくに連れてまだ眠りたくないという感情が、いくら眠くてもどこかから湧いてくる。謎だ。今夜は誰にも電話してない。というか、LINEの無料通話で学生時代の同級生にかけてみたんだけど通じなかった。今日の煙草は16本。

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シャカシャカ

今日も9時前起床。本日は終日雨模様、風も強くて肌寒い一日。

今日からゴールデンウィークだけれど、会社勤めの人みたいに10連休なんてことをしてもすることがそんなにないし、出来ることも限られているので煮詰まるのは目に見えている。なので、様子見も兼ねて恐る恐る業務に行ってみる。すると、思っていたよりも悲惨な状況ではなかった。というか、普段からいい状況ではないので、それよりも極度に悪くならなかったというだけのこと。今日は珍しくそこそこツイていたので、それほどストレスは溜まらなかったけれど、何故か煙草のペースが昨日までよりも早い。外が雨だったせいかも。

無理しないで早めに帰宅して、今日もせっせと夜までネットビジネスの情報を集める。先日久々に注文したコーヒーの生豆が届いたので、ホントに久しぶりにコーヒーを炒る。鍋を振るシャカシャカという音が懐かしい。結局煙草もそうだが、なんだかんだ、少しずつ元のペースに戻りつつあるような気がしないでもない。が、今の僕にはむしろその方がいいのかも知れない。

前述のように今日は普段と比べるとそれほどストレスを感じなかった筈なのに、まだ夕方の早いうち、台所のテーブルでノートPCに向かっていると、間歇的に希死念慮が襲ってきた。幻聴というわけではないけれど、(自分に向かって)「死ね」という言葉や思念が不意に頭に浮かんでくるのだ。それも夕食前には治まる。要するに精神的に波があって不安定ということだろうか。で、夕食後はやはりどんどん気分が落ち込んできてしまう。Jリーグの試合を見ているにも関わらず、気のせいかどんどん肩が凝ってくる感じがするし、地球の重力や空気といったものがじわじわと重くなっていくような、嫌な感じだ。ずぶずぶと沼に沈んでいくような。しょうがないので今日も安定剤を1錠だけ飲む。すると、一番弱いソラナックスを飲んだのだけれど、それでも一応効いたのか、その後は気分が少し持ち直した。が、誰かに電話したくなるのは相変わらず。

これを書いている今はちょうど日付が変わろうとしている頃、ノートPCにアドビのソフトをインストール中なので、書斎にあるデスクトップでこの日記を書いている。今日は夕方までかなりのペースで煙草を吸ってしまったため、これはとうとう1日20本ペースになってしまうのかと思ったが、なんとか15本で済んだ。が、今現在頭痛がするのは煙草のせいだろうか、それともコーヒーのせいだろうか。

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無題

9時前起床。昨夜はLINEで連絡をくれた作詞家の女性と数年振り(だと思う)にチャットで会話を交わした。昨夜は暑くて毛布をタオルケットに換えて寝たぐらいだが、今日は雨がときおり降ってまた少し肌寒い感じ。

6時間半業務、帰りがけに母の病院に寄る。母は相変わらず極度に悲観的で、「ダメだ」と「困った」ばかり繰り返す。僕は延々と大丈夫と繰り返していたが、いいことをいいこととして受け止めることが出来ず、悪い方向にばかり考える母と話すとさすがに気が滅入る。

帰宅してからBSで先日のマンU×アストンビラの試合を見て、その後は今日もネットビジネスのリサーチ。延々と模索中。日がな一日考えている。が、見つかるのは問題点ばかりで、なかなか具体的ないい解決策、糸口が見つからない。しかし、考えてみると、先日までの安定剤を飲んでコタツで気絶するしかなかった状況よりは少し前向きというか、必死に前を向こうとしている分だけマシなような気が。

相変わらず夜になると誰かに電話したくてたまらなくなり、結局Hに電話して深夜まで話す。最近しょっちゅう電話しているので申し訳ないんだけど。本日の煙草は16本。20本が近づいてきてあまりよろしくない傾向。夜コーヒーを飲んだら今日は美味しく感じて煙草が吸いたくなり、またぞろ「コーヒー=煙草」という意識が固定されそうでそれも悩みのタネ。と、ここで一服しようと思う。

明日から憂鬱なゴールデンウィーク、もう今年も3分の1が過ぎるということか。

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生活の設計と構築

何時に起きたんだっけ……。8時前後だと思うが。今日は昨日に比べると疲れが若干取れて体調は少しマシ。7時間業務。帰りがけ、寺に寄って墓に線香を上げ、納骨のときに横に置いたままになっていた卒塔婆をどうしたらいいか住職の奥さんに訊いて、古い卒塔婆を処分して新しいものを立てる。最近食欲がホントになかったのだが、今日は何故かやけに空腹を覚え、6時前に夕食を済ませる。それからスーパーに買い物。煙草を吸い過ぎないように、1時間は間隔を開けるようにしているのだけれど、逆に1時間ごとに義務のように吸ってしまい、昨夜の深夜分を含めて今現在までで今日は15本既に吸ってしまった。いかんなあ。

今日はここ山形でも暖かく、実に春らしい陽気だった。と、ここでiPhoneで撮った町外れの写真をアップしようと思ったらサイズオーバーでダメ、このノートパソコンにもPhotoshop入れないとダメかな。しかし、これ、OSがWindows8なので以前のバージョンをインストールしても大丈夫なのだろうか……。

僕がずっと、考えてみたら昨年から悩んでいるのは、結局自分の生活をどう設計するか、どう成り立たせるか、ということなのだと思う。そのことが毎日毎日、頭の痛い問題として重くのしかかっている。父親も亡くなり、母も入院している上に退院しても以前のようにしっかりとは出来ないだろうし、僕の年齢・キャリアで今のご時世、山形の片田舎で今から長く勤められる仕事を見つけるのは至難の業だ。それでなくても母の面倒をある程度見なくてはならないとなると、そもそもフルタイムの仕事をするのはかなり無理がある。かといって、業務だけでは環境に左右されるし、その場凌ぎ的な感を免れない。そんなわけでこのところ思うのは、業務の他に在宅で出来るビジネスをやるしか方法はないのではないか、ということ。去年からネットビジネスはいろいろと調査してトライしてみようとはしていたけれど、どれも中途半端で頓挫してしまっていた。結局、一億円でも拾えば別だが、一気に物事を解決する方法なんてないので、長い目でやってみる必要があるなあと思っている。で、そのことを日がな一日、頭の隅でずっと考えているのだけれど、なにせ今の鬱屈した精神状態では物事に取り掛かることがまず出来ない。とにかく、まずは始めてみないことには何も起こらないので、来週憂鬱なゴールデンウィークだからその間にやるかな。

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蓄積

また嫌な夢を見て、確か起きたのは8時前。で、どうもおかしいなと思ったのは業務を初めてすぐ。朝っぱらから物凄く疲れていることに気付いた。考えてみれば今月ほぼ休みなしでフル稼働、蓄積疲労が半端ない。こりゃダメかも、と思ったが不思議なことに1時間ばかりすると身体が慣れてくる。

煙草を再び吸い始めてから、吸い過ぎないように毎日何時何分に吸ったのか全部手帳にいちいち書いている。それによると、どうしても日中の業務中の本数が多い。で、その対策として考えたのが、店内では吸わず、外に出て休憩がてら吸う、というもの。昼過ぎまでは晴れていたのでよかったが、午後から雨、計画も完遂出来ず。で、午前中まだ晴れているときに外で煙草を吸いながら遠くの山並みの景色なぞを眺めながら思ったのは、少なくとも僕にとって、煙草を吸う人生の方が豊かな気がするな、ということ。もちろん、吸い過ぎるのはよくないけど。こういう考え方は、肺気腫なのに死ぬまで煙草を止めなかった父の血を受け継いでいるのかな、と思う。

それはともかく、今日で4連敗。選択は間違っていないのだが、今週あまりにも毎日不ヅキ続き。ま、昔は2週間とか、もっと酷い時期も経験したけれど、こういった連続というのはやっぱり精神的にめげるし何よりも疲れる。

5時半に歯医者に行き、それから母の病院へ。先日目の前でMRIの写真を見せながら専門医が認知症ではないと本人に向かって断言したにも関わらず、いまだに母は自分を認知症であると思い込んでいて、どうしてもその考えが抜けない。今週になって手も震えるようになり、ただでさえ心配なのだが、とにかく今の母はあまりにも悲観的で、よいことは信じず、悪い方向にばかり考える。で、最初のうちは励ましながら話していたんだけれど、そのうち、ある意味今の僕の精神状態は母とそれほど変わらないんじゃないか、などと頭をよぎった。とにかく、母があまりにもネガティブで落ち込んでいるので、話しているうちにこちらまで悲しくなってくる。

帰宅してから夜、例によって台所でネットをしていて、コーヒーを淹れて飲んだらなんだか気分が悪くなった。それが同時に飲んだ安定剤のせいなのか、それとも煙草を1本吸ったせいなのか、いずれにしてもちびちびと飲んでも気持ち悪くなって、とうとう半分以上残して捨ててしまった。ショックだ。一番好きな飲み物である筈なのに。その後、日本茶を飲んでも気分の悪さが抜けなかったところを見ると、煙草のせいで胃が荒れているのかも知れない。本日の煙草は12本。

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