PTSD

昨夜は1時前に寝たのだけれど、朝目が覚めて時計を見ると9時、問題はそこから。エアコンのスウィッチを入れてまた布団に潜り、次に目が覚めたのはなんと10時40分。一体何がどうなっているのか。なんで僕は毎日こんなに寝てしまうのか。昨夜はセルシンは飲まず、ソラナックスを1錠飲んだだけなのだが……。

今日は予定が何もなく、明日が燃えるゴミの日なのでゴミを少々まとめたぐらいで、後はほぼ何もしていない。一日ただ漫然とPCに向かってネットをしていただけである。心配なのは相変わらず母の具合だ。昼過ぎに電話してみると、昨夜泊まった弟の話によると今日の母は塞ぎ込んで独り言を言うなど調子が悪く、隣町の精神科に連れて行って診てもらうという。確かに電話で話しても話がまったく続かない状態だった。駅近くの昔ながらの純喫茶で遅い昼食を摂り、診察を終えた頃合に電話してみると、医者の診断は僕の予想通りPTSDということだった。新たに薬は処方されず、これまで掛かりつけの内科医が出している抗うつ剤と安定剤を飲めばいいということだった。母の状態は上向かず、弟は仙台に帰るので、今日は叔父が泊まってくれるという。夜にも母の携帯に電話してみたが、どうにも頼りない感じだった。ただでさえ何もしていない一日をもどかしく思っているのに、母がこの状態では、どうにも来週の帰郷が待ち切れない心境だ。早いとこ山形に帰って母の傍にいてやりたいと思う。今の願いはそれだけだ。明日は病院の診察があるので、今日は早く寝ることにする。もちろん、目覚ましをかけて。

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検査

今日は午後から病院でCT検査なのだが、最近寝過ぎる傾向があるので一応目覚ましを9時にかけておいた。で、やっぱり目覚ましで目が覚め、ベッドから起き出したのは9時40分。昨夜は1時前に寝たのだが……やはりセルシンの影響なのだろうか。

CTの前に血液検査を済ませておこうと、少々早めに病院に行った。血液検査は20分待ちだったが、CT検査は造影剤を使ったものの、15分ほどで終わる。この大学病院に来るのも残すところあと1回だ。十条駅前のドトールで昼食を摂る。

その後はまっすぐ帰宅して、日がなYouTubeでバロック時代のリュートを聴きながらネットをして過ごす。今聴いているのはバッハのリュート組曲だけれど、昔、クラシックギターを弾いていた中学生から高校生にかけて練習したので懐かしい。今日もスーパーから菓子を買ってきて、間食しまくり。よろしくない傾向。

夜になって母の携帯に電話してみたところ留守電だったので固定電話の方にかけてみると、弟が出たので驚いた。話を聞くと、どうも具体性に欠けて判然としないのだが、今日は母が塞ぎ込んでしまい、叔母が仙台の弟に連絡して、弟は会社を早退してやってきたようだ。昨日の電話では母は調子が珍しくよさそうだったのだが、その反動なのだろうか。いずれにしても弟の説明も歯切れが悪く、様子がよく分からないので歯がゆい思い。仙台からわざわざやって来るほどだから、状況がよい筈がない。かといって、僕の方はこれ以上、来週の火曜の引っ越しの日まではどうにも動きが取れない。これではこちらの心も休まる筈がない。かといって闇雲に心配ばかりしていたのではこちらの具合まで悪くなってしまうので、今は精神のバランスを取るのが非常に難しい。

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過眠と過食と

何事かを克服あるいはクリアしないとどうにもならないという、強迫観念に満ちた夢を見て、目が覚めて時計を見て驚いた。11時。なんと10時間も寝てしまった。なんてこった。明日は病院でCT検査だというのに。まあ時間が午後だからいいようなものの、それでも今日のような起床時間だと不安を覚える。恐らく昨夜セルシンを10mg、寝る前に飲んだからだと思われる。セルシンはいまのところ安定剤としてはまったくといっていいほど効いていないけれど、半減期が物凄く長いのである。

朝食後に夢で見たクリアしなければならないものがなんなのか随分考えたけれど、どうやらそれは夢特有の実体のない杞憂であるらしかった。今日も丸一日予定がなく、何もすることがない。昼食は一昨日発見した喫茶店に行くことにした。今日は1日晴れていたものの、車道はともかく歩道は雪が凍っていて滑る。喫茶店でツナサンドウィッチと水出しのダッチ・コーヒーを頼んだ。このダッチ・コーヒーがやたらと美味い。酸味がないところも僕の好みとぴったり。あまりコーヒーが美味しいものだから狂おしいほど煙草が吸いたくなって困った。

喫茶店から戻ってくると、なんとなくソファで毛布を被ってうとうとしてしまった。何しろすることがないのである。気がつくと薄暗くなっていた。夕飯はすき屋で定食。いい加減間食を止めようと、今ある菓子類がなくなったら止められるだろうと思っていたのだけれど、結局誘惑に負けてせんべいとチョコレートを買ってきてしまった。この調子では禁煙のストレスから間違いなく太る。運動せねばと思っているものの、先日の帰省以来筋トレはずっとさぼったまま。うーむ、来週田舎に引っ越したら、食生活も含めて改善しよう。夜母に電話したら、今日は最近の中では一番調子がよさそうで少し安心した。話していてレスポンスが悪くない。この調子で元の元気なころに戻ってくれると嬉しいのだが。

夜はバロック時代のイギリスの作曲家、ヘンリー・パーセルを聴いて過ごす。明日寝過ごさないようにセルシンは9時ごろに飲んでおいた。やっぱり安定剤としてはソラナックスの方がよさそうだが。

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雪景色

8時に目が覚め、9時過ぎ起床といういつものパターン。朝の精神状態はまずまず。朝から部屋の中が暗いなと思ったら、午前中からどかどかと雪が降り出した。雪は結構な勢いで降り続き、昼過ぎにはすっかり雪景色になった。こんな天気なので、一番近いスーパーで昼食のサンドウィッチと夕飯までついでに買う。マンションの前の道は、雪で立ち往生した車が出て大渋滞。

午後から夜にかけて、ずっと部屋に篭ってYouTubeでジャズのライブを見て過ごす。こんな大雪の日にわざわざ外に出るまでもない。

夜、弟から電話があり、母が朝から取り乱していたという報告、叔母叔父と弟まで駆けつけたらしい。また気が滅入る。一応母に電話してみると、落ち着いているようではあったが、まだ叔母がついていてくれていた。こんな調子では、僕が戻る来週までもつのだろうかと心配になる。毎日叔母に任せなければならないのも悪いし。朝不安定になるというのは、やはり母はうつ病なのだろうか。母の話ではパニクってしまったらしいが。それにしても、いつまでこの気が滅入る状態が続くのだろうか。まったく、希望というものがいつまで経っても見えて来ない。

開き直ってAl Jarreauをしばらく聴いていると少しは気が紛れた。人間はどんなに酷い状態でも恐らく慣れるし、次第に鈍感になるのだと思う。

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ダイオウイカ

8時に目が覚めたものの、起床は9時。やっぱり8時間は寝てしまう。今朝はどういう加減か、例の現実に戻るときの嫌な感じはなかった。半減期の長いセルシンの影響だろうか。

今日も特にこれといった予定はなく、明日が燃えないゴミの日なのでゴミをまとめる。コンビニからファックスを送るのと寸法直しに出したスラックスを受け取るために昼ごろ外出、で、バロック音楽の流れるいい感じの喫茶店を発見して昼食。コーヒーの味も悪くなかった。やはり喫茶店は木の床に漆喰の壁が一番落ち着く。で、BGMも重要。

いまだに禁煙は続いている。今日で23日目だ。しかし、ストレスを覚えるたびに何かを食べたくなるので、やたらと間食する癖がついてしまった。この分だとマジに太りそうでヤバい。日中はドロップシッピングにトライしてみるが、この手のネットビジネスはもっと本腰を入れてやらないと全部中途半端に終わる。で、そこまで腰を据えてやり切るほどの根気が今はない。

夜は世界で初めて生きて動いているダイオウイカの映像を捕らえたNHKスペシャルを見る。思ったほど大きくはなかったものの、なんか凄いなあと思う。アホみたいな感想だけれど、そうとしか言えない。黄金色に輝く姿は、なんかとんでもないものを見てしまったと思わせるものがある。その後は途中からだがジェームズ・キャメロン監督「アバター」を見た。設定がよく分からないまま見てしまったけれど、CG全開という感じで、これが興行収入1位というのがどうにもピンと来ない。

とか書きながら今日もセルシンを10mg飲む。電話で話した母は今日も頼りなかった。依然心配。

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最後の晩餐

今朝も昨日と同じ、目が覚めてきて夢から現実に戻るときがたまらなく嫌だ。さしたるいい夢でもなかったのだが。希死念慮とまではいかないが、あまりにも現実逃避願望が強くて、このまま永遠に寝ていたい、などと思う。朝、Hから電話、夕飯をおごってくれるという。

今日は特に予定がなく、午前中はなんとなくネットをして過ごし、昼は本を整理して不要なものを資源ゴミとして出し、午後は高校サッカーの準決勝を見て過ごす。

6時に隣の武蔵浦和のドトールでHと待ち合わせた。一番居心地がいいと思われるイタリアンレストランを目指したが満席、考えてみると今日は3連休の初日なのだった。結局もう1軒のイタリアンカフェで夕飯。久しぶりにまともなイタリアンを食べる。話はどうしても今の僕の心配事とこの先の不安の話になってしまい、辛気臭い話ばかりしてHには申し訳ないことをした。実際、今の僕にはなかなかいい材料というものが見つからないのだった。駅での別れ際、Hはお守りとお見舞い、餞別までくれたので僕は非常に恐縮してしまったが、もう2度と会えないかも知れないじゃん、と言われるとそうだなと思う。実際のところ、もうほとんどの人と僕は恐らく2度と会えないのだった。僕はもうすぐ、いろんなこと、いろんなものに決別をしなければならないのだ。階段を昇るHの横顔を見たが、僕は立ち止まって見送ることはしなかった。なんというか、センチメンタリズムに埋没してはいけないような気がした。

安定剤のセルシン、夕方に5mg、夜にまた5mgを飲んだが、やっぱりソラナックスより弱い気がする。ちっとも効いている感じがない。かといってネットで調べると上限が15mgと書いてあるのでこれ以上飲む気がしない。医者はソラナックスより強いと言っていたのだが。

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歯医者、Memories

今日も8時間睡眠で9時過ぎ起床。悪夢ではないのだが、夢から次第に現実に戻っていく過程が実に嫌な感じだ。朝からちょっとした絶望感に近いものを覚える。たぶん、強い失望なのだと思う。午前中はゴミを片付け、昼食を買いに行くついでにウエストがきつくなったスラックスを寸法直しに出した。

今日は午後から歯医者の日だった。今日と来週の2回しか行けないことを医者に告げると、バタバタとあちこちを応急措置をして、終わったのは1時間半後だった。しかし歯医者の治療というのは実に気が滅入る。歯医者を出ると並びの眼鏡屋に寄って、出来上がった眼鏡を受け取る。いざかけてみると、もうちょっと度を強くしてもよかったかな、などと思う。とりあえず運転用なので、今年の免許の書き換えの視力検査に通ればそれでいい。

帰りがけ、ドトールの禁煙席でカプチーノを飲んだ。なんていうか、こういう店で煙草を吸わずにいるのにまだ慣れていない。禁煙席でカプチーノを飲んでいる自分がしっくり来ない。今日で禁煙して21日目だが、いまだに煙草を吸いたいという欲求は消えない。どうも落ち着かなくて、そそくさと席を立ってしまう。一体いつになったらこの欲求、迷妄が消えるのだろうか。

夕飯はスーパーから買ってきた弁当で済ませた。味の方はいまいちで、外食した方がよかったか。今日は終日不安感が抜けない。パニック障害の気配もなかなか抜けない。夜、母親と電話で話すと、昨日よりはマシだが会話が途切れ途切れになってしまい、まだ母親の状態はどこか覚束なく、また不安を覚えてしまう。昨日処方してもらった安定剤のセルシンを飲んでみる。最初は1錠を半分に割って2.5mgを飲んでみるが、結局残りの半分も飲み、5mg飲んだことになるが、飲んで30分以上経過した今に至ってもあまり効いた感じはしない。ソラナックス2錠の方が効果があるのだろうか。

気がつくと、もう2か月近く楽器を弾いていない。実際、今の状況では弾く気もしない。昨夜、some-kind-of-musicのリンクを修正しておいた。ついでに、YouTubeにドラムとパーカッションを差し替えてオルガンを弾いたバージョンの”Memories”をアップ。今はとても楽器やMTRをセットアップして曲を作る気分にはなれないし、山形の実家に戻ってからもそういう気分になるとは思えないので、もしかしたらこの曲が最後になるかも、などと頭をよぎる。そうならないことを祈る。ひとまず、煙草を吸っていたころの自分にこの曲を捧ぐ。

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喫煙席

1時前就寝、9時起床。どうも不思議なことなのだが、パニック障害が復活したっぽいにも関わらず、年末からこの方、最近はずっと寝付きがいいのだった。で、寝過ぎる傾向にある。何故か8時間以上寝てしまう。帰省中はほとんど何もやっていない日々を過ごしていたにも関わらず、すっかり寝過ぎる癖がついてしまった。困ったものだ。

ところで書くのを忘れていたけれど、先月の22日の朝から始めた禁煙は21日目の今日に至るまで、奇跡的にまだ続いている。実のところ、今日は昼食を摂るために入った喫茶店、電車の待ち時間を潰すために入ったドトール、夕飯を食べるために入ったサイゼリヤ、すべての店でこれまでの習慣で喫煙席に座った。ダウンジャケットのポケットには封を切っていないラークマイルドが1箱入っている。にも関わらず今日も吸わなかった。少なくともこれを書いている今の時点まで。1本吸ったならどれだけ気が楽になるだろうという妄想はいまだに続いている。だがそれと同時に、1本吸ってしまったらまた振り出しに戻ってしまうという強い懸念があり、それがなんとか僕を押し留めている。実際、ここまで禁煙を続けてきたのにまた最初からやり直すなんて考えただけで気が滅入るしめんどくさい。もはや、吸わない方が楽なのだ。

ウィキペディアにも禁煙すると2kgだか3kgだか体重が増えると書いてあったけれど、よく言われるように煙草を止めるとメシが美味くなって食べ過ぎる、というわけではない。単にストレスを感じるたびに煙草を吸う代わりに何か食べたくなってしまうだけだ。なので、やたらと間食をするようになった。体重計には乗っていないけれど、2kgぐらいは増えていてもおかしくない。口がさびしいから食べる、というわけでもない。とにかく原因はストレスなのだ。

昼過ぎに以前住んでいた隣の武蔵浦和に行って、区役所に寄って高額医療の申請を済ませると、駅前の眼鏡屋に行って運転用の眼鏡を作った。今年免許の書き換えなのである。視力検査をすると案の定、特に左目の視力が落ちていた。ドトールでカプチーノを飲んで時間を調節し、ひとつ隣の中浦和に電車で移動してメンタルクリニックに。この医者に通うのも今日が最後だ。紹介状を書いてくれるように事前に電話で頼んである。このヤブ医者のお陰で僕は人生の大層な部分を薬漬けになって無駄にした。それが今の悲惨な境涯に直結している。だがいまさらこの医者を恨む気はない。一番の原因は自分の思い込みだから。処方薬局の薬剤師のおばさんとも今日が最後だ。こちらはなんか名残り惜しいものがあり、長い間お世話になりましたと深々とお辞儀をして別れた。思えば、彼らは僕のもっとも悲惨な時期をずっと見守ってきた人たちなのだ。駅に向かう道すがら、多少のセンチメンタリズムを覚える。だがそれも束の間だ。

夜、田舎の母親が心配になり電話をしてみる。午前中にも一度電話しているのだが。電話に出た母親の声は心なしか弱弱しく、実に頼りない。話を聞いていると、母はもう車を運転しないつもりなのかも知れない。話しているうちに諸々の不安が頭に押し寄せてきて、なかなか電話を切れない。電話を切った後も不安を拭い去ることは出来ず、YouTubeで音楽を聴いても、例えそれがゴキゲンな演奏であっても何故か不安感が増してしまう。しょうがないので9時過ぎに安定剤のソラナックスを2錠飲む。そういえば、今日から安定剤を同じベンゾジアゼピン系でも半減期が長く離脱調整にも使えるセルシン(ジアゼパム)に換えてもらったのだった。こっちを飲んだ方がよかったか。

今日はCDとDVDを大量に捨てたし、一見ヒマを持て余しそうでいて、なんだかんだやった一日だった。このペースで食器やオーディオなどを捨てまくると、結局引っ越しの荷物は実に少ない量になりそうだ。

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一時帰還

そんなわけで本日、午後の新幹線で田舎から埼玉のマンションに一時帰還。今後の予定としては来週病院でCT検査と診察、再来週の22日にこちらを引き払って田舎に引っ越す。2週間弱で引っ越しをすべて済ませなければならない。父の状態は相変わらずのままだが、引っ越しが終わるまではなんとかもってもらいたい。

目下のところ、一番心配なのは母だ。前回の日記にもちょっと書いたけれど、ここ数日、母は言動や精神状態が不安定で、うつ病とかならまだしも、認知症や痴呆の兆候では、と考えると生きた心地がしない。新幹線の中でも、マンションで久しぶりにPCに向かってネットをしていても、時折そのことが頭をよぎると酷く不安になり、暗澹とした気分になる。今、2錠目の安定剤を飲んでしまったところだ。もうソラナックスは1錠ではまったく効かなくなっている。また薬漬けになるのは真っ平なので、こちらも頭の痛いところである。いずれにせよ、予定通り再来週に引っ越したら、これからは母親と2人で田舎で生きていくことになる。否が応でも今後は僕が母を守っていかなければならない。

正直、日に日に不安定になっていく母を置いてこちらに来るのは気が気ではなかった。僕が留守にしている間、実家の隣町に住む叔母がマメに見に来てくれることにはなっているけれど、一日中見てくれるわけではない。かといって、こっちはこっちですべて片付けないと収拾がつかない。実際、3週間とちょっとぶりに戻ってくると郵便物や支払いも溜まっているし、未読のメールも大変なことになっていた。

母の状態があまりにも気掛かりで、朝起きて窓外に降りしきる雪を見て、まるで憂鬱が積もっていくように感じた。山形で生きていくこと自体が物凄い苦行のようにそういうときは思える。新幹線が郡山を過ぎると、雪が消えて風景が一変した。それはとても奇妙なことに思えた。川端康成の「雪国」をちょうど逆行するような。大宮に着き、京浜東北線で南浦和に降り立つと、山形の寒さとは比べ物にならないほど温暖だ。だが、精神的苦痛である筈の雪に覆われた山形の風景が何故か恋しく思われる。何故だろう。心配と憂鬱のタネである筈の母が傍にいないということの不安を強く感じる。結局のところ、僕の心は既に山形にあり、ここ埼玉にはないのだ。そんなことを、久しぶりに音楽、ビル・エヴァンスを聴きながら思う。

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謹賀新年

ひとまず、あけましておめでとうございます。現実はちっとも変化がなく、まったくおめでたくはないのだけれど。相変わらず田舎の共用施設から。父の病院に寄った帰り。依然として父の心臓がいつまでもつのかは分からない。昨日医者と話をして、こちらの都合として、出来れば今月一杯はもたせて欲しいという意向は伝えたのだけれど、こればっかりはコントロール出来るものではないので運を天に任せるしかない。僕は医者やら引越しやらがあるので、2・3日中に埼玉のマンションに戻るつもり。ひとまず僕の病院の検査や引越しと、父が息を引き取るのが重ならないことを祈るばかり。

今日は朝から精神的に調子が悪く、夕方まで放心。もっとも先月田舎に急遽帰ってから、父の病室に顔を出す以外はほぼ何もしない毎日が続いている。昨日までは母の精神状態が悪く、母は少なくとも抑うつ状態ではあるし、もしかしたら軽いPTSDかも知れない。母の様子が変だと、僕のほうはうつになっている余裕すらない。が、昨夜は例のパニック障害の予期不安に寝てから何度も襲われた。

禁煙の方は今日で16日目、奇跡的にまだ続いている。しかしながら、いまだに煙草を吸いたいというイメージは頭から拭い切れず、この調子だとマンションに戻ってからまた吸ってしまうのではないかと気が気ではない。体内のニコチンはとうに排出されているので、煙草の精神依存というのは実に半端ないと思う。ウィキペディアとかによると、30日を越えて初めて禁煙したと言えるようなので、まだ道の半分まで来たに過ぎない。

相変わらず山形の冬は寒い。道は朝晩は凍るし。一昨日は最高気温が氷点下だったし。今のところ心配なのは母の状態だ。母も僕も、精神的な蓄積疲労が半端ない。この2・3日、母はいろんなことにボーンヘッドが目立つようになり、ちょっと普通の状態ではない。どうも母を一人置いて埼玉に戻るのが心配でしょうがない。かといって、引っ越さないわけにも、病院の紹介状をもらわないわけにもいかないので、なんとかそれらを今月中に片付けなければならない。

更新の間隔が随分開いてしまったのは、共用施設が休みだったせいだけれど、先月田舎に帰ってからもうかれこれ3週間、これだけ長い間ネットのない環境にいるのも久しぶりである。お陰で、長いこと見れなかったテレビを見れるようにはなった。何しろ他にすることがないので。このままなし崩しに田舎に帰って母親と2人で生活していくことになるのだが、正直なところ、まだまだ不安は多々ある。が、この3週間あまりでかつての過敏に神経質だったころと比べるとかなり精神的には鈍化して鈍感になってきている。というか、そうじゃなきゃとてもじゃないけど日々やっていけない。何がなんだか分からないままに日々が過ぎていく。

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