帰省初日

7時に目が覚めてしまったので、9時台の新幹線で帰省。何故か山形まで止まる駅が福島と米沢しかなく、前より速くなった。大宮から乗って、次は福島、というのはやっぱり違和感がある。震災のせいなのか? よく分からないが案の定福島までは寝てしまう。山形に近づくともう紅葉が始まっていた。12時11分、さくらんぼ東根駅着。日差しが強く、日なたは暑いくらい。昼は名物の冷たい肉そばを食べたのだが、今回はちょっと味が落ちている気がした。いつも同じ店で食べているのだが。その後、記憶が曖昧だが書斎のソファで本を読もうとして寝てしまい、目が覚めると世界は既に色褪せていた。夕飯で久しぶりに納豆を食べる。夕食後、母と散歩に。外に出ると夜空には僕の視力でも見える星多数。で、散歩の帰り道に町の共同施設に立ち寄り、この日記を書いている、という次第。実家にはPCどころかネットもないので、ここで日記を書くしかない。もちろん、写真とかもアップできない。不可解なのは、前回もそうだったのだが、Facebookがブロックされていてアクセス出来ないこと。アカウントを持っていないとログイン出来ないのだから、ブロックする意味がないと思うのだが。明後日には帰る予定。

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困憊してるっぽい

結局、今日は帰省しなかった。明日の昼に帰省して、3日に戻ってくる予定。

今日もまた、夕刻、哀しくなる。意味不明。情緒不安定なのか。頓服を飲んだら治まったが、夕方まで業務をしたらへろへろに。帰宅してアルバム1枚分死亡したが、どうやら過労っぽい。体力がかなり落ちている、ということだ。運動しなきゃな、とか思いながら2年ぐらい経ってるし。腹筋と腕立てとスクワットぐらいはやりたい。あくまで努力目標だけど。

実家にはネットもないし、父の蔵書の福永武彦を読みたい。

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哀しみに似た感情

朝起きたら、昨日の薬がまだ残っていた。相変わらず精神状態が酷い。午後、茫漠とした形のない哀しみの感情が湧いてきて、僕を満たす。なんだか知らないがあまりにも哀しくて人間として機能を果たさない。しょうがないので頓服を飲んでソファで寝てみる。と、久しぶりに譫妄(せんもう)状態に突入、半覚醒、半睡眠状態を3時間ほど繰り返す。それで一旦持ち直したかに思えたが、この感情の根っこは意外と深く、深更、またもや哀しみに似た感情が。情緒不安定なのか。飲み物を買いに外に出てみると、日曜の夜の住宅街はまるで墓場のように静かだった。自動販売機で炭酸飲料を買い、とぼとぼと帰り道を歩くと哀しみと同時に僕の精神はどんどん虚無的になっていく。どうにも救い難い気分になる。帰ってシャワーを浴びると少しはマシになったものの、このところの酷い精神状態からして、明日か明後日か帰省しようかな、と思う。このままだとホントにどこまで落ちていくか分からないから。

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朦朧

今日も日中は暖かかった。午後、気分スタビライザーのラミクタールを医者に言われたように3錠飲んでみる。すると、物凄く眠くなりソファで2時間気絶、目が覚めても眠気が取れない。1時間ぐらい経ってようやく眠気が取れたかに思えたが、どうもヘンだ。集中力がなく、本を読んでも2ページで止まってしまう。思考が淀んでいるような感じがする。以降、憂鬱の仮面を被る。顔に蜘蛛の巣が張り付いているような。これを書いている現在も、まだ薬の影響でラリってると思う。何しろ半減期がやたらと長い薬なので。寝る前にも飲まなければならないのだが、この調子では3錠飲む気にはなれない。明日1日朦朧としてはかなわない。

今、携帯に無言電話。謎だ。

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行き止まり

朝晩は冷えて暖房オン、日中は比較的暖かかった。夕方医者。そのころから精神的にダメな方に果てしなく埋没。本も読めないし音楽も聴けない。あらゆるものがストレスに感じる。自分が何も出来ないということもストレス。出口のない堂々巡り。頓服を2錠飲んでもダメ。ぼうっとしただけだった。閉塞感、孤立感、ありとあらゆるものが塗り壁のように立ちはだかる。何も出来ないし、何もしないことも出来ないという自己矛盾。頭がおかしくなりそうだった。これを書いている今も、正直どうしたらいいのか分からない。

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Last Tango In Paris

どうも睡眠薬を1錠自主的に減らしてから、朝、というか早朝何度も目が覚めるのであまり寝た気がしない。明日医者行って薬換えてもらうかな。とりあえず今夜は元に戻してみよう。

午後、業務の厳しい展開のせいで激しいストレス、が、頓服を飲んでなんとか乗り切る。少しは精神的に強くなったか。夜、なんとなくソファで2時間ほど死亡したら頭痛。頭になんか貼り付いてる感じ。

まだ長編を読む精神的体力がないので、今読んでいるのはガルシア=マルケスの短編集「落葉」。あまりにも文章が素晴らしいので感嘆することしきり。同じマルケスの「予告された殺人の記録」は何度読んでも読みにくくて頭に入らないのは何故か。訳のせいかな。

今日の音楽はこんな感じ。

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人間狩り

フィリップ・K・ディックの短編集、「人間狩り」読了。面白かった、としか言いようがない。巻末に詳細な解説がついているので、それ以上語る必要がない。

昨日借りてきてリッピングした5枚のCDを聴いてみたら、4枚は大ハズレ。どうやら1枚だけまぐれでよかっただけ。やっぱりクラブ系に期待するのはよそう。と思いながら、大沢伸一プロデュースのbirdを熱心に聴く。素晴らしい。今度はこれを借りよう。そういえば今夜は久しぶりにギターケースを開けてギターを15分ばかり弾いた。次は30分弾こう。問題はいつになるかだが。

今日は珍しく昼寝してない。っていうか、帰宅してから寒くて。今年はどうも暑がりだから肌寒いぐらいでちょうどいいだろうと思っていたのだが、やっぱり寒いものは寒い。もう10月も終わりに近づいている。危うくゴミを出すのを忘れそうになった。それぐらいなら忘れてもいい。忘れてもいいものはたくさんある。困るのは忘れられないことも同じぐらいあることだ。最近涙もろくなってるから、いい音楽を聴くのは控えよう。

今日は若干不安感があったぐらいで、これといって酷い身体的な症状はなかった。

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更新報告、欠落と充足

思うところあってfragmentsを更新。

朝、やたらと早く目が覚める。朝食を摂り、PCの椅子でうたた寝をしていたら、椅子ごとひっくり返ってちょうどカメが裏返しになったように容易に起き上がれない状態に。で、その体勢のまままたちょっと寝てしまった。そんなわけでフローリングの床にへこみがひとつ追加された。

確か業務を終えたのが4時過ぎだったので、帰宅したのは5時ぐらいだろう。軽くパンを食べて、その後死亡したために記憶が欠落、目が覚めたのは一体何時くらいだったのだろう。とにかく夜だ。どうも最近寝過ぎているような気がする。一応買っておいたちらし寿司の夕飯を食す。YouTubeをうろうろしていたらFreeTEMPOというソロプロジェクトを発見、熱心に聴く。あまりにもいいのでCDを借りようと駅まで歩く。確か5枚借りると1000円になると思って、5枚持ってカウンターに行ったら、ちょうど1枚100円の日で全部で500円だった。FreeTEMPOに触発されて久しぶりに曲でも書こうと思っていたのだが、その前にスーパーに買い物に行き、途中の深夜までやっているドラッグストアの脇にこの界隈では珍しくガキどもがたむろしていたのを見て、すっかりやる気が失せる。人間のモチベーションなんてそんなもんだ。僕は徒党を組む連中が嫌いだ。明日はギターのケースを開ける気になるだろうか。

最近わりと楽しい夢ばかり見る。何故だろう。続きが見たいと思ってまた寝てしまうのだ。現実は殺伐としているというのに。

うっかりしてお気に入りのグラスのふちが欠けてしまった。ま、もうひとつあるが。いい音楽を聴くと幸せだと感じるのは、欲望が満たされているということなのだろうか。とすると、それは一体どんな欲望なのだろう?

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Warp

昨夜1時には寝たので、やたらと早起きをしてしまった。もちろん、二度寝をしたが。普通に業務をやって、帰り道に早めの夕食を摂り、帰宅してソファで気絶。1度目が覚めたのだが、また眠ってしまい、気がつくと夜も更けていた。なんか1日の半分を端折ってしまったような気分。かけっ放しのiTunesはキース・ジャレットの「ケルン・コンサート」になっていた。毎日これだけ寝てると、夜更かしになりそうなものだが、逆に早く眠くなってしまう。自宅に入院しているような感じ。

最近の日記が前に比べるとやたらと短いのは、このところの精神状態の悪さを示している。世界に自分一人しか存在していないように思える。一応今夜もディックの短編を読むつもり。

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タイムトリップ

業務を早めに切り上げ、帰宅してハービー・ハンコックを聴きながらソファで寝たのはなんとなく覚えているのだが……気がつくともう日が落ちていた。寝る前に酷い状態だったような気はするのだが、痺れはあったのか、気分が悪かったのか、その辺が曖昧。今日も寂寞をひしひしと感じて夜を過ごす。近頃の僕はあまりに感傷的になりすぎている。夜道を涼みに歩きながら、なんで俺はここにいるのだ、というような形而上学的疑問を発する。そういう風に考えても生きてもいけないのだ、たぶん。

昨夜は梶井基次郎の短編を1つ読み、今日はフィリップ・K・ディックの短編を読んでいる。その前に読んだのがルソーだから、18世紀のパリを散策してから昭和初期の街を鬱屈して歩き、核戦争後の地球を後にして火星に降り立つ、みたいなことになってる。

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