ドラマたち

9月14日、木曜日。

10時24分起床。もどかしい夢を見た。大概の夢はもどかしいものだ。

待つのが苦手だ。ところが業務の本質は待つことだから困ったものである。昔、業界の現場にいたときも、まずはひたすら待つことから始まった。一周回って、また待つことが仕事になるとは、なんとも皮肉なものだ。

その、待つためにドラマを見始めたのが気がつくと本末転倒になってしまった。待つ間に見たドラマの続きが見たくて、そっちが優先になってしまった。そんなわけで今週はここまで、ろくすっぽ業務に集中できていない。

もともと涙もろいのがさらに加齢によって酷くなってしまった。ドラマの原作者や演出家が泣かせようと仕組んだところでことごとく泣いてしまう。そういう意味ではちょろい。

昨夜「半沢直樹」の2020年版を最終回の一話手前まで見て、今日最終話を見たのだが、この第2シリーズは最初のシーズンではテンプレだった敵役が味方につくというところが痛快だった。またしてもまんまと乗せられた気分。で、同じ原作者とスタッフの「下町ロケット」(総集編しかなかった)を見たのだが、まったく同じパターン。つまりは想像通りのピンチに陥って想像通りに切り抜けるわけだが、そういうお約束に乗るのが気持ちよくなってしまった。この「下町ロケット」も続きのシーズンがあるので、それも見てしまうのは間違いない。まったく、今週は仕事にならないが、たまにはそういうときがあってもいいのかもしれない。

ところで、特老の担当職員に今日電話したところ、母は順調なのだがちょっとしたクラスターが発生しているということで、しばらく面会はできないということだった。

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ソマリランド、再び半沢直樹

9月13日、水曜日。

11時23分起床。寝過ぎ。まだ残暑は続く。

高野秀行「謎の独立国家ソマリランド」読了。

なんていうか、とにかくカートというマリファナみたいな葉っぱを毎日むしゃむしゃと食べてソマリ語で会話できるまでになり、普通ならとても覚えきれるものではないソマリ人の無数にある氏族の構造を把握するとは、尋常じゃない。たぶん、動機はただの好奇心。好奇心は猫を殺すと言うが、極めると仕事として成立するのだなあと改めて思う。

日中は業務も、「半沢直樹」に第2シーズンがあるということを発見、見始めたらまた止まらなくなり。今日は夜の米経済指標が今週もっとも注目すべきもので勝負どころだった。ところが、さして曖昧な結果が出たわけでもないのにたまにある結果とは逆行する動きで困惑、結果的には同じところをうろうろしただけに終わる。期待外れもいいところだった。一応連勝はしょぼく継続。

ところで、今夜中にも最後まで見てしまいそうな半沢直樹だが、例によって敵役が皆ステレオタイプで揃いもそろって傲岸不遜、分かりやすいのはいいがワンパターンでオーバーアクトでもある。しかし、これが大当たりしたのはサラリーマンでなければ書けない話で、そのサラリーマンである主人公がある意味スーパーマンであるからだろう。原作の池井戸潤はやっぱり元銀行員。結局のところ、主人公が無敵といっていいぐらい強いのにサラリーマンであるということで、誰でも自分を投影できるというところがミソ。確かに「倍返しだ!」はパワーワードだし。構造的には水戸黄門みたいなものだけれども。

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半沢直樹

9月12日、火曜日。

9時11分起床。

午前中昼寝。日中は「半沢直樹」を見るために業務はほぼほぼ休み。で、つい先ほど最終回まで見たのだが、なんということか、最終回だけ見たことがあった。だから一番肝心な部分は知っていた。最終回が始まった途端になんか見たことあるなーとは思ったのだが……。まあもちろん何も知らずに最後まで見た方が面白かったに違いないのだが。

親善試合、日本 4-2 トルコ。日本は先発を10人入れ替え、つまりBチーム。なので連携もそれほどよくはなくミスも目立ったのだが、それでも何故か前半のうちに3点取ってしまい、楽勝ムード、ただGKのミスから失点。後半も失点して1点差まで詰められ、ペースはトルコに移ったかのように見えたのだが、途中出場の伊東純也が一人でPKを獲得して決着がついた。2失点は余計だったがスコアだけ見るとやはり今の日本代表は強いように思える。ただ、AチームとBチームではまだ力量差があるのも確か。

で、一日ほぼ何もしなかったので「半沢直樹」の最終回を見ながら相場のポジションを取ったら逆行して絶賛含み損中……。

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鬼門通過

9月11日、月曜日。

11時5分起床。昨夜久しぶりにキーボードのヤマザキと深夜まで長電話したので、この時間に起きたのは致し方ない。昼寝少々。

いつも業務で裏目に出る鬼門の月曜日、日中はなんとか無事にこなす。ところが夜のニューヨーク時間になってから手を出したところ上手く行かず、結局日中の利益を半分にしてしまう。なんでこう月曜日は上手く行かないのか。ともあれ、連勝は続いている。

今まで見たことがなかったので、「半沢直樹」を見始めたのだが、これ物凄く分かりやすい。つまり敵味方が。ヒットするわけだなと。

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夢と現実

9月10日、日曜日。

9時47分起床。

朝食後、録画していた親善試合、ドイツ対日本を見る。で、1-4という結果に驚いた。途中、上田綺世のゴールで1-2と勝ち越したところで個人的には満足だったのだが、とにかく結果的には日本の完膚なきまでの圧勝だった。確かに、ドイツはかつてW杯で優勝したりしていたころよりも現時点では弱くなっているのだろう。だが、同時に日本は想像以上に強くなっていた。それがなんだか成長スピードがあまりにも速くて、試合を見ているこちらがついていけてない。ワールドカップの出場を決めた、などと喜んでいたころから見ていることを考えると、まるで夢のようである。

午後、夢を見ようと昼寝をしたのだが、珍しく夢を見れなかった。なんだか凄く損した気がした。

で、ルヴァンカップ準々決勝第2戦、鹿島 1-2(2戦合計2-3) 名古屋。延長で総力戦になり、結果的に今の鹿島は力不足だった。体調不良明けの樋口や知念が思っていた以上に状態がよくなかったというような要因もあるが、結局のところ、ここぞというところで決められ、逆に鹿島はここぞというところで決められなかった。後半、交代で柴崎岳が入って、彼のアシストで追いついたときはこれまたまるで夢のようだと思ったのだが、現実はそう甘くなかった。いまさらだけれども、鹿島は上田綺世の抜けた穴があまりにも大きく、いまだにそれを埋められていない。

ところで、夕方特老の担当職員から電話があって、コロナ陽性になった母だが治療薬を処方されて昨日からほぼ平熱に近いぐらいまで熱が下がったということ。心配していた食事もそこまで減ってはいないということだった。ありがたい。

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人間失格

9月9日、土曜日。

9時59分起床。特に遅く寝たわけではなく、むしろいつもより早く寝てこれ。しかも昼前に昼寝までしている。トータルで10時間以上は確実に寝ている。ここを超えたら、もう寝た切りに限りなく近くなるのではないだろうか。もはや人間失格である。

とにかくなんだか知らないくらいに体力がない。むやみやたらに疲れている。何もしないでいるのに疲れるとは。あまり酷いので、ドラッグストアからマルチビタミンの錠剤を買ってきて飲んだ。たぶんそういうレベルではなくて、単純に筋力が落ちている感があるが……。

早朝にドイツとの代表戦があるので、いつ以来か分からないくらいに久しぶりに録画予約。そういう機能があることすら忘れていたくらい。

そろそろプール通い再開かな……。

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感染

9月8日、金曜日。

9時44分起床。

午前中、特老の担当職員から電話があり、母が朝食後に38度台の熱を出したので検査したところ、コロナ陽性だったと。これはショック。当然来週の窓越し面会の予定もキャンセル。気になったのは、昨日窓越し面会をしたので自分がうつしたのではないかということ。このところただでさえ毎日倦怠感が強かったし。

職員にもどうしたらいいか聞いて、その後役場にも電話で訊ねたところ、今は以前のように無料で検査を受けることはできないということで、ドラッグストアを2軒回って抗原検査のキットを買ってきて検査した。熱は事前に計っていてなかった。

で、抗原検査の結果は陰性。それで午後特老に電話してみると、職員にひとり陽性が見つかったということで、どうやらそこが感染源らしい。いずれにしても、以前コロナにかかった弟によると熱は一週間ぐらい続くらしいから、まずは重症化しないのはもちろんだが熱がある間の母の食事が心配。ただでさえそこが一番心配だったのだから。

これでうちの家族で陽性になっていないのは自分だけになった。もはやコロナは対岸の火事でもなんでもなくなった。やっぱりまだまだマスクは外せない。

午後、予約していた形成外科に行く。右耳の上のできものをレーザーで切除してもらった。皮膚が老化したもの、要するにイボということで保険診療で済んだ。もっと髪が切られて目立つかと思ったが、そうでもなかった。

今はただ母が早く治ってくれるのを祈るのみ。

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秋来たりぬ

9月7日、木曜日。

9時35分起床。一応8時間は寝ているのだが、それでも眠くて参った。どうやら9時間寝ないとダメになっているっぽい。

今日は11時半に母と窓越し面会の予定で、それでアラームで起きたのだが、特老の担当職員から電話があって会議が長引いているので14時にしてくれとのこと。それでソファで気絶。

母は髪が若干白くなったように思えたが元気そうだった。元気じゃないのは自分の方で、面会から帰宅後にまたソファで昼寝。日中はほぼ自宅入院状態。人間として使い物にならなかった。業務の方は指値を置いて放置していたが結局つかず。今日のところはほぼほぼ休み。

夕飯は隣町のマクドナルドに月見バーガーを食べに出かける。外に出てみると思いのほか涼しく、外気温は23度だった。ようやく秋が来たという感じ。夜は冷房を止めて窓を開ける。ただ、虫が入ってくるのが難点。

明日は午後形成外科。耳の上のできものをレーザーで取ってもらう予定ではあるが、保険診療でできるかどうかが問題。どっちにしても手術になるかもしれないし。

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花火

9月6日、水曜日。

10時10分起床。また夢が現在に近付いた。ほぼほぼ去年ぐらいまで。

気温が下がり、ようやく秋らしい感じに。窓を開けていると涼しい。夕食後、外から銃声のような音が聞こえたので見ると、花火が上がっていた。そういえば母のいる特老から花火大会をやるという通知が来ていたが、今年は施設内に立ち入りができないというので予定に入れていなかった。なんだか物凄く久しぶりに花火を見た気がした。

ルヴァンカップ準々決勝第一試合、名古屋 1-1 鹿島。うーん、今年からアウェイゴールは換算しないことになったらしいが、最後の最後で名古屋に追いつかれドローは残念無念。しかし途中交代するまで、鈴木優磨がただ一人ピッチ上で異彩を放って別格の存在感だった。今の鹿島は鈴木優磨がいるときといないときの落差が大きすぎるのが難点と言えば難点。

業務は午後ぼんやりしている間にユーロドルの指値がついていてクリティカルヒット。ようやく連勝。

で、珍しく固定電話に出たらよくあるリサイクル業者からで、カメラとかないかというので、父の遺品があるというと寄るので見せてくれと。夕方になって業者がやってきたので父のカメラ2台を見せると、2つで600円というので売るのは辞め、壊れた腕時計も値段がつかず、結局母の指輪類だけ値段がついたのだが、2万円になったのでちょっとびっくり。そもそも母は装飾品の類をつける習慣はなく、つけたところを見たこともなかった。なんだかこういうものをまだ母が生きている間に売り払うのは罪悪感があったが、もう母が指輪をつけることはないだろう。

明日は午前中に母と窓越し面会。

おっと、忘れるところだった。最近はプラグイン自体にまったく興味を示さなくなっていたのだが、夜になって半額セールになっているプラグインを久しぶりに買ってしまった。前から気になっていたものではあったが、買ってからドラム音源は自分でもいくつ持っているのか分からないくらい持っていることを思い出す。無駄な買い物だったかも。一曲でも使えればいいのだが……。

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9月5日、火曜日。

10時54分起床。妙にリアルな夢を見て、続きが見たいと二度寝したらこんな時間に。最近の夢に色がついていると先日書いたが、今までは夢の中の自分は大体30~40代のことが多かったのだが、ここに来て夢が現在に次第に近づいている気がする。つまり、夢の中の自分も今の自分に近づいている。それがどういう意味を持つのかは分からないが。

業務は今日も損切りスタート。後になってこの損切りは無駄だったことが判明したが、このところの連敗でまずは負け方を覚えようとしているので、これはこれで仕方ない。その後挽回はしたものの、最初の損切りがあった分大したプラスにはならなかった。とはいえ、ひとまず連敗はストップ。

午後早い時間にハローワークに行って紹介状をひとつもらう。これもまた連敗の心理効果だが、ひとつには給料が安すぎるということと、フルタイムの仕事をすると母と面会できなくなるという問題がある。特に後者の問題は大きい。そんなわけでまだ応募するかどうか決めかねている。といってもあっさり年齢で落とされそうだが。

Amazonのオリジナルドラム「ジャック・リーチャー」を見終わる。2回目。最初見たときは面白いなと思ったのだが、漫画「ザ・ファブル」を読んでから改めて見ると主人公のジャック・リーチャーが弱すぎる。すぐピンチになってしまう。この辺はハリウッド映画でも定番だが、アメリカのヒーローというのは必ずお約束のようにピンチになる。かたや「ザ・ファブル」の主人公は登場しただけで絶対にピンチにはならない。この違いは物凄く大きい。ヒーローというものは想像を絶するぐらいとんでもなく強い方が痛快なのである。それこそ、神に匹敵するぐらい。高野和明の小説「ジェノサイド」が痛快なのは、ほとんど人間対神という構図になっているからだ。神には勝てるわけがない。ヒーローというのはそれぐらい強くてもいい。

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