探索日

1月22日、日曜日。

9時30分起床。昨夜例によってキーボードのヤマザキと深夜まで長電話したので少々寝不足。その分午後に昼寝。結局雪は降らず、雪かきをしなくても日中に雪は融けた。

今日は珍しく音楽を、つまり自分以外の人が作った音楽を熱心に聴いた。まずはSpotifyに日本のモダンジャズというプレイリストがあったのでそれを上から6曲ほど順番に聴いてみる。ほとんどがピアノトリオとかピアノがメインのジャズで、昔入り浸っていた学生時代のころのジャズ喫茶と同じような音がした。しかしなんか違和感がある。当時のようにエキサイティングな音に聞こえない。最近の若いジャズミュージシャンの演奏はあまりにテクニカルに過ぎるように聴こえてしまう。昨夜もヤマザキとそんなような話をしたばかりだが。こうやっていくつかのミュージシャンの演奏を聴いてみると、少なくともジャズというくくりの中で僕らのバンドがやっていることとは何か中心線のようなものが違っている。たぶんそれはスタート地点の違いみたいなものが大きいんだと思う。

それから同じSpotifyで自分のバンドのアルバムを途中から聴いてみた。するとやっぱり安心するのだった。自分のツボで作っているのだから当たり前なんだろうが。少なくとも誰かの二番煎じには聞こえなかった。ということは、サブスクでもYouTubeでもほぼ誰も聴いてくれないが、どうやらやっていることは間違ってはなさそうだ。そのうち僕らと同じ感性を持った人間が嗅ぎつけるのを待つしかない。

というような話をヤマザキとしたいのだが、昨日の今日なので電話するのはためらわれる。

昨日一曲作り上げてしまったので、またイチから新しいものを作ろうとするとなかなか難しく、4小節のパターンがひとつできただけに終わる。

夜はYouTubeでたまたま見たNHKの「最後の講義」という番組のみうらじゅんの回があまりにも面白く、大仰な言い方をすれば人生の転機になるようなものだった。それでググってDaily Motionで柄本明の回も見た。これもまた素晴らしく面白かった。こうしてみると普段まったく見ないテレビだが、まんざら捨てたものでもないなと思った。

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制作日

1月21日、土曜日。

9時14分起床。雪。思ったほど積もらず、玄関前の飛び石の上をスコップで少々雪かきした程度で済んだが、夕方買い物に出たら路面はがんがんに凍結していた。

今日は午前中昨日書いた曲のスコアをMuseScoreに起こし、午後からCubaseを立ち上げてピアノを弾くところから。シンセソロ以外の全パートをやって結局丸一日かかった。今回の曲はバンドの曲ながらギターのパートがない。

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母の部屋

1月20日、金曜日。

アラームで9時ジャスト起床。朝食後すぐにポジションを持ってしまい、後々苦労する。

11時に特養の母の部屋で面会。二重マスクをして。母の部屋で面会するのはコロナ禍以来初めてなので3年ぶり。以前とはベッドの角度が90度違っていた。

ほぼ食事を摂らない母はやはり頬がやつれていた。それでも僕を見ると嬉しそうにした。短い面会時間の間、ひたすら母に食事を摂るように、そればかりをうんざりするぐらいに繰り返した。実際に目の前で見た母は普通に話もするしある意味元気そうにも見えたのだが、母の部屋で撮った写真を帰ってから見ると、いかにも母は年老いて衰えていた。

夕方担当職員に聞いたところによると、今日は午前中が37度2分、午後が37度3分でいまだに微熱がある。あれから昼食をちゃんと食べたのか訊ねると、ジュースの他に大福もちの餡子だけ食べたということだった。それでも小皿一皿食べたと本人は満足げだったという。しかし、このままの食事の量だと衰弱する一方のように思える。嘱託医にたまに栄養補給の点滴をしてもらうことはできるのか訊ねると、それはできないのだという。一時的な治療としてしかできず、継続的には無理だそう。だとすると、しばらく様子を見てずっと食事が摂れないようだと、いよいよ病院に移すことを現実的に考えねばなるまい。それは可哀想なので極力避けたいのだが。

ところで、午前中から取って午後に売り増しして50ピップス近く踏み上げられたポジションだが、夕方1ピップスプラスに転じたところで決済できた。昨日に続いて今日もここだけが逃げられるジャストのタイミングだった。

夜はYouTubeでYMOの映画(?)を見たのだがピンと来ず、その後何故かディープパープルを経て坂本龍一のソロアルバムを聴いてインスパイアされて、曲をワンコーラス書いた。

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模索

1月19日、木曜日。

10時18分起床。今日は晴天だった。とすると、寒波が来るというのは明日からなのだろうか。

日中は業務。今日のナイストレードは夕方最後の微損での損切り。珍しくジャストのタイミングでクリックできた。ちょっとすべった(スリッページ)けどそれはしょうがない。

夕方、特養に電話して母の様子を訊ねる。すると、昨日の午後は37度2分で微熱があったということだった。今日は午前中が36度9分、午後が37度。咳はまだ若干あるということ。総じて肺炎の症状は治まりつつあるようだ。問題は食事をほとんど摂れていないということ。主食がジュースになってしまっていて、おかずを1割程度というかほとんど食べれていないという。この状態が続くと体力が落ちる一方になってしまうので本当に心配。気が気ではない。特養の計らいで明日の午前中に5分ほど面会できることになったので、とにかく食べるように説得はしたいのだが、咀嚼や嚥下に難があるという話もあるので困ったものだ。

夕食以降は夜に経済指標がまとめてあるのでそれまでトレードは自粛、鍵盤に向かって曲を考えてみたがイントロの4小節までしかできず。で、経済指標は思惑と逆の結果になったのでトレードも見送る。

とにかく母のことが心配で落ち着かない。目の痛みは日中は気にならないレベルだったが、夜になってまた左目がちょっと痛む。

YouTubeのハンドルの使い方がよく分からず。こんな風にリンクを貼ればチャンネルに飛べるようだが、それ以外の使い方がよく分からない。

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回復

1月18日、水曜日。

9時18分起床。昨夜は自分にしてはかなり早く寝た。

今日は日銀の政策発表があるので、業務は昼までそれを待つ。結果、案の定現状維持でドル円は跳ね上がった。そこに買いでは乗れず、調整局面で20ピップスほど取れただけ。その後天井をつけた後下落。そこでもしかしてこれは行って来いでは?と頭をよぎったものの、何しろボラティリティが高くて40ピップスぐらいすぐに担がれるので、怖くてなかなか入れず、入ってもすぐに利確。で、途中昼寝。夕方既にYouTubeにアップしている曲(After Hours)のマスタリングの見直し。

夕方特養に電話すると、休みだったはずの担当職員が今日はいて、今日の母の様子を訊ねる。それによると抗生剤を飲み切った翌日の今日は午前中の体温が36度6分とようやく平熱レベルまで下がった。まだ咳は完全に治まってはいないようだが、一安心。ただ電話した時点では午後の体温は分からなかった。まだ油断はできないが、母は起きたいと言っているようなので、とにかく少しでも元気になって食事をちゃんと摂れるようになって欲しい。

で、夕食後にはたと気づいたのは、今日はそれほど目の痛みが気にならなかったということ。朝食後に目薬をさしたので、その時点ではある程度気になっていたんだとは思うが、これを書いている現時点でも痛みと呼べるほど痛くはない。疲れ目ぐらい。このまま治ってくれるといいのだが。

で、相場だがやっぱり行って来いになった。だが自分は夕方以降手をつけていない。結果的には高値から3円以上落ちる大相場になった。っていうか、夜の経済指標が軒並み悪かったのか。指標の存在をすっかり忘れていた。

などと、この誰も読んでいない日記を書いている間に目に少し来たので目薬をさす。

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再起

1月17日、火曜日。

10時56分起床。なんと10時間近く寝たことになる。

そんなわけで朝食後はもう昼。そこから想定をして、昨日の大損から業務の仕切り直し。再起を図る。一歩進んで二歩下がっているのだから楽じゃない。ともあれ、ちょっとずつ。

午後と夕方に特養と連絡を取り合って、母の様子を訊ねる。今日明日は担当の職員が休みということだったが、母は今日の午前中の熱は36度9分、午後で37度ということで、ようやく微熱ぐらいに下がってきた。だが、まだ咳は出るらしい。先日病院から処方された抗生剤は今日の夕方まで。明日さらに熱が下がって、咳が止まるといいのだが。何より母の食欲が戻って欲しい。

昨日からずっと、目の痛みが誘発する頭痛の影響で歯まで痛くなると思っていたのだが、午後になって歯ではなくて歯茎が腫れているということに気づき、以前歯医者からもらった薬を塗ったところ、大分楽になった。で、夜になって例の目の痛みがかなり気にならない程度になってきた。何しろ昨日あたりは痛みのせいで吐き気を催すぐらいだったので、このまま目の痛みが消えてくれるとありがたい。ということは、目→頭→歯という連鎖だと思っていたのだが、歯茎の痛みが緩和されると目の痛みもそれほど気にならなくなるということは、鶏が先か卵が先かみたいな話になる。

しかし大分楽になったとはいえ、まだ目は常に痛みすれすれのところにある。なのでどうしても神経質にならざるを得ない。

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破戒

1月16日、月曜日。

特養からの電話で11時1分起床。母の熱がまだ下がらないという電話だった。しかしまだ抗生剤を飲み切るまで一日二日はあるし、もしそれでも下がらなかった場合は町内の病院で治療して欲しいという意向を伝えた。

終日トレード。というかほぼ終日ドローダウン。ひたすら含み損に耐え続けたが、先ほど特大の損切り。一応最悪のポイントではないのが救い。すべてを賭けて耐え続けるということも考えたがポジションが大きすぎた。なので日通し高値のところで売り増しすることもできず、ただ見てるだけ。最悪なのはまた口座をすべて吹き飛ばしてしまうことなので、それだけは避けた。いずれにしろ、今日は何をしても後悔するだろうなとは思った。去年と同じミスをしないとずっと言い続けてきたのにやってしまったから。気がついたときにはもう後戻りができないところにいた。

そんなわけで一日中レートをにらみ続けていたお陰で今日はそこまで目の痛みに気を取られることはなかったが、相変わらず目は痛くて頭痛を招くことには変わりない。

たぶん明日の朝チャートを見ると後悔するんだろうなとは思うが、今日のところはルールを守れなかった自分が悪いので仕方がない。

やっぱり目の痛みから来る頭痛で気分が悪くなる。月末に病院での血液検査があるので、そのときに相談してみるしかないか。

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続・作業日

1月15日、日曜日。

9時54分起床。いまだに目が痛い。というか昨夜あれから三笘先発のブライトンの試合を見たのだが、左目中心に目が痛いので頭痛がして、最終的には歯茎まで痛くなったのでさながら地獄だった。で、安部公房「第四間氷期」の再読を終えたのだが、あちこちが痛いせいで感想のツイートをする余裕すらなかった。

今日は昨日ヨウタロウがベースのファイルを送ってくれた曲のミックスとマスタリング。それを終えるとその曲の動画を作ってみた。そんなことでほぼ一日が終わった。音楽と映像を同期させるというものを試したのだが、無料版だと5分までみたいな制限がある。夜はなんとなくWebラジオ的なものをぼんやりと聴いていただけ。とにかく目が痛いのが気になる。

先日のジェフ・ベックに続き今日は高橋幸宏の訃報。スタジオで会ったことはないが桜新町の焼肉屋で見かけたことはある。

それにしても、なんでこんなに目が痛いんだろう?

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作業日

1月14日、土曜日。

9時37分起床。8時ごろにLINEの音で一度目が覚める。朝食を摂りながら何かと確認したら、ヨウタロウがベースのファイルを1曲送ってきてくれていた。それにしても朝の8時とは、遅い夜なのか早い朝なのか、訊ねてみると「どっちとも言えるかな(笑)」という余計に微妙な返事が返ってきた。

そんなわけで今日の前半はベースを送ってくれた曲のラフミックス。で、一部にストリングスを足した。後半は昨日ソロギターを入れた別曲のまずソロギターの音を見直し、それから弦を足してからリズムギター録り。ああでもないこうでもないとやっているうちに夜になってしまう。で、自分のパートだけをやった曲が都合2曲手元にあるのだが、そのうちの1曲、つまり今日リズムギターを入れた方のキーボードアレンジに夜になって悩みまくる。サポート的なエフェクティブなピアノがあった方がいいのかない方がいいのか、判断できなくなってしまった。またヤマザキに聴いてもらうしかないかな。

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世界の終わり

1月13日、金曜日。

10時6分起床。

日中業務も、午後早々にはそこそこ日当が出た。その後はしばらく様子を見て、夜ちょっとだけトレード。

夕方近くなって特養の担当職員に母の様子を電話で訊ねたところ、今朝でまだ37度5分の熱がありせきも出るということだったが、それよりなにより、話がいつの間にか看取り介護だの、病院への転院を弟と相談してくれだのということになり、いきなりの急展開に驚く。一番の懸念材料としては肺炎もそうなのだが食事の量が減っているということで、それで結果的に体力も落ちてしまっている。ただ入院期間の制限がないいわゆる慢性期病院へ移ることも考えてはどうかと言われたのは結構ショックで、要は今以上に食事が摂れなくなり脱水症状とかになった場合に、特養では点滴といった処置を行えないということが問題らしいことは分かった。ただ先日病院で半日近く一緒にいて母がそこまで衰弱しているようには見えなかったので、寝耳に水だった。

電話を終えてから町役場に電話して、母が月の限度額医療が適用されるのか、適用されたらいくらになるのかを訊いた。それによると限度額は適用されるし、別料金の個室とかにしなければ今以上に月々費用がかかるということはなさそうだった。ただ、その後叔父(母の弟)とも電話で話したが、病院に移るとなると多床室で誰も知らない人ばかりのところに寝たきりで一人になるということになり、それでは母本人が安心できないのではないかと。端的にそれでは可哀想である。

夜弟と電話で話したが、基本的には叔父と同意見で、もし一週間の投薬で肺炎が治まらなかった場合は町の病院に治療入院はできないものなのか、というのが弟の意見だったが、それもこれも一週間抗生剤を飲んでみて、熱とせきが治まるかどうかを見てからの話。やはり問題は肺炎が治ったとしても食事の量が戻らないとどんどん体力が落ちていくというところなのだった。

特養の担当職員はそろそろ万一のときのことを念頭におくべきという意図だろうが、いずれにしろ気の滅入る話だ。天から災いが降ってきて世界の終わりが近づいているような気分。

なんとか母が十分な食事が摂れるように祈るしかない。

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