不意の声

4月2日、火曜日。

とにかく寒い。というか午前中から結構な勢いで雪が降り、とても4月とは思えない。夕方、5時前に母のところから帰るときには雪は本降りとなり、まるで吹雪みたいになった。さっきトイレに立ったときに窓を開けて外を見たら雪が積もっていた。くどいようだがもう4月なのに。

今日気になったのは母のところでやたらと眠くなり、帰宅後に1時間ばかり昼寝をしたのだが、起きてなんとか夕飯を済ませると何もできないくらい尋常じゃなく疲れていたこと。一体どうしたのかというくらいにバテていた。思い当たるフシがないだけに気味が悪い。そういえば最近やたらとよく寝るが、それと関係あるのだろうか。このところ起きるのがずっと10時台。

昨日は自分の名前を漢字で書けなかった母が今日は漢字で書いた。そういうことに一喜一憂してもしょうがないのだが。

午前中は昨日新しく作った海外口座にVISAのデビットカードで入金しようとしたら何度やっても跳ね返されるので銀行に問い合わせ。結局FX業者だとVISAの決済が降りないことが後で判明。それで新しい決済システム経由で入金してみたのだがそれが口座に反映されずに焦る。最初に決済システムのサポートと、次に海外業者のサポートとチャットでやりとりして、午後3時過ぎにようやく無事入金が確認された。今日は相場もあまり動かず、そんなことをしているうちに日中は終わった感。

やはりこの日記を書いていても妙に肩が凝るし、なんだか妙に疲れている。とはいうものの、何をどうすればいいのかも分からない。急に寒くなったせいだろうか。とにかくだるい。「101回目のプロポーズ」は8話に突入したがなんかもぞもぞする。今日はいろんなことがいろんな意味でもどかしい。

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令和

4月1日、月曜日。

朝食後、台所で11時半にNHKをつけて新元号が発表されるのを待ったが、NHKの中継はやけに軽くて浮足立っていて厳粛な雰囲気はまったくなかった。発表された元号は「令和」だった。印象としてはそれほど悪くない。高輪ゲートウェイよりはずっといい。だが夜になってツイッターのタイムラインに「2020年は令和2年」とかあるのを見ると、なんだか江戸時代にタイムスリップしたような変な感じはある。

実際問題として令和になるのは来月からなのだが、午前中はまるで発表された瞬間から元号が変わってしまうような錯覚に陥った。僕は生まれついてのペシミストであるが、令和という時代に関しては不思議なことにどこか楽観している。たぶんそれはそれがまだ存在しない近未来だからなんだろう。つまりまだ元号が変わるということがピンと来ていないということでもある。そして、新元号の時代は自分の人生にとっておまけ感がある。これまでの自分の人生に於いて、昭和と平成をちょうど半分ずつ生きてきた。だからおまけなのである。どこか楽観的になるのも、子供のころに買ってきた雑誌の付録を開けるような感じがするのだろう。

昭和と平成ではどちらが面白かったかというと、印象としては平成のような気がするのだがよくよく考えてみると一番面白かったのは80年代後半、つまり昭和の最後の方だった。平成も最初のころはなかなかに楽しかったのだが、3分の1を過ぎてから残りの20年を薬漬けのうつ病の人間として過ごしてしまったし、何よりもバブルのころの面白さには到底及ばない。80年代の後半は毎日ほとんどの時間をスタジオで過ごしていたのだが、スタジオの帰り、深夜2時3時になってからまだ遊ぶ余力があった。青山の骨董通りの交差点近辺では国産車よりもベンツやBMW、サーブといった高級外車の方が多かった。世の中全体がハイになっていて、どこか浮かれていた。大手広告代理店や商社では一万円までは経費を清算するのに領収書がいらないとか。僕は僕でタクシーや食事代の空の領収書を集めるのに全力を注いでいた。喫茶店でお茶をしていると、当時まだ珍しかった携帯電話で「6憶までなら現金で出す」などと話す声が普通に聞こえてきた。まったく無茶苦茶な時代だった。世の中の人全員がトレンディドラマ(←死語)の世界を生きているような錯覚に陥るような。またああいう時代が来ないかなあ。

いずれにせよ、平成はまだ一ヶ月ある。

それはともかくとして、「101回目のプロポーズ」やっぱり無茶苦茶面白い。6話まで見たら浅野温子の演技とかもうどうでもよくなった。6話はちょうど有名な「僕は死にましぇん」の回。

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粗忽

3月31日、日曜日。

ちょうど8時間寝て10時44分に起きると、外はうっすらと雪が積もっていた。もう3月も今日で終わりだというのに。昨日の予定では今日は「101回目のプロポーズ」を最終話まで一気に見るつもりだったのだが、なんだか見ていて妙にこそばゆくなって見ていられなくなり、あれから1.5話しか見ていない。最大の要因は自分にとって浅野温子がそこまで魅力的に見えないということだろう。昔見たときはそこまでこそばゆくならなかったような気がするが、この歳になってどうして作り物の恋愛がそこまで照れ臭く思えるのか不思議だ。

もうひとつは、昨日の続きでMT4のカスタマイズをしようとしたところ、海外口座のメインにしようと思っていたMT4の口座がひとつアクセスできなかったこと。今日はそれが気になって気になって、一応さして多くはないもののそれなりに資金も入金してある口座なので不安で仕方なかった。ログインできないのではどうしようもない。一応問い合わせのメールは出したが。

今日は母のところに3時過ぎに行ったのだが、昨日の反省から母を起こして車椅子に乗せたのが正解だった。名前を書かせてみると今日は非常に上手に書いた。母の話によるとどうやら退院して以降食事も部屋で食べているようなので、寝てばかりではさすがに辛いだろう。かといって車椅子でホールにいてもだからどうというわけではないだろうが。たぶん母にはなんらかの変化が必要なんだと思う。例えそれがちょっとしたことであっても。

午前中ちょっと積もっていた雪は午後の土砂降りの雨で粗方融けた。「101回目のプロポーズ」に戻るといろんなことを思い出す。何話かで昔バイトしていた目黒のヤマハ(財団)が出てきたし。今日は学生のころヨウタロウがうちの実家に泊まりにきたときのことを思い出した。二人で自転車に乗って町内を回り最上川の堤防とかに行ったのだが、この町には人に紹介するような場所はどこにもなかった。なんでそんなことを思い出したかというと、浅野温子が実家に戻って自転車に乗るシーンを見たからだ。

それはともかく、新聞はもちろんのこと、今はテレビよりもツイッターの方が情報が速く、タイムラインをチェックしていればあらゆる情報がいち早く手に入ると信じていた。もし四六時中ツイッターのタイムラインをチェックし続ければ確かにそうなのかもしれない。しかし現実にはそうはいかない。ついさっき、新元号が明日の午前11時半に発表になることを知って驚いた。なんで今の今まで気づかなかったのかは謎だが、やっぱりテレビのニュースぐらいは見なければならないのだろうか……。

と、ここまで書いてから前述の口座に改めてアクセスを試みたところ、無事ログインできた。よかった。

それにしても、もう新元号が決まるのか。時は流れるというわけか。置いていかれないようにしよう。

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悲喜劇

3月30日、土曜日。

午後に母のところに行ったときにはただ曇っていただけだったが、鹿島の試合を見てから夕方買い物に出かけるとみぞれになっていた。で、帰りは本降りの雪になっていた。もう4月になろうかというときなのに。夜、窓を開けて外を見たら少し積もっていた。

磐田 1-1 鹿島。正直言って負ける相手ではないと思っていたのだが、終始押していたのに先制されたのが痛かった。結局レオ・シルバのゴールでドローには持ち込んだものの、今日は後半途中から交代で入った三竿の出来がことのほか酷かった。一方で後半途中に交代してしまったが、前半の内田篤人はまさにワールドクラスだった。

日中は取引ツールであるMT4のカスタマイズ。夜になって、TVerで期間限定で「101回目のプロポーズ」が配信されていることに気づき、見始める。リアルタイムでは見ていなかったが、以前レンタルビデオで借りて一気に見て大泣きした覚えがある。3話まで見たが案の定めっちゃ面白い。明日の日曜は何の予定もなかったので、一気に最後まで見てしまおう。気がつくとこのドラマはもう28年も前で、ドラマに出ている全員がここから28歳年を取った(生きていればの話だが)と考えるとなんだか不思議だ。劇中でDATのデッキが出てくるのがやたら懐かしいが、28年前にもうDATがあったのか。一時期、本チャンのレコーディングでもDATをマスターにしていた時期があったが、今考えるとあんな不安定なメディアをマスターにしていたことが信じられない。デジタルノイズが入ったら一発で終わりなのだから。DATのテープはまだ山ほど持っているが(ユーミンのマスターとか)、もちろん今はデッキを持っていないし中古で買うつもりもない。DATでしか聴けない新人のデモとか久しぶりに聴いてみたい気もすることはするが。

別に「101回目のプロポーズ」に限ったことではないのだが、浅野温子がやたらと目で演技したがるのが気になる。で、学生のときフランス語劇でギリシャ悲劇の王子の役をやったときに、演出の鈴木コーメイに「スケザは目で演技ができるから」と言われたことを思い出し、そういう意味ではあまり喜ばしいことではないなと。考えてみるといい役者というのはことさら顔を作ったりしない。

昨日と同じくらいの時間に行ったのだが今日の母は最初寝ていたので敢えて起こして車椅子に乗せることをしなかったが、帰り際母がぽつりと「何をしたらいいのか分からない」とこぼして、痛いほどその気持ちが分かった。やっぱり起こして車椅子に乗せるべきだったのだ。

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平凡

3月29日、金曜日。

昨日夕食後の6時半過ぎに行ったら母はほとんど寝ていたので、今日は2時20分に行ってみた。すると、この時間ならさすがに母は起きている。およそ一ヶ月ぶりぐらいで紙に筆ペンで名前を書かせてみると、思いの外上手に書いた。ただし生年月日を書かせるとどこか一か所は間違えてしまう。それから車椅子に乗せて、かつて母とよく歩いて回ったホールで飾ってあるひな人形を見せて、それから廊下の端まで連れていって外の景色を見せた。今日はなかなかにいい天気で窓際は日当たりがいい。特養から見える景色は、南側だと住宅地なのでたいした景色ではないのだが、それでも母と二人でぼんやりとなんとなく外を眺めているというただそれだけで十分な気がした。かつてのように手を繋いで歩けはしないけれど、今日はなんだか久しぶりに平凡な一日が戻ってきたような気がした。

ちなみに相場のトレードは木曜日じゃないと普通に勝てる。昨日のマイナス分を取り戻す。

なんてことはない一日だったが、これ以上何も望むまい。

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呪縛

3月28日、木曜日。

10時8分起床でそこそこ寝たはずなのにやけに朝は眠かった。午前中はちまちまと相場のトレード。午後になって、今月は5日からずっと毎日県立中央病院に通っていたので母が退院したからもう病院に行かなくていいとなるとなんだか間が持たない。しかしながら母の医療保険の請求書類が届いて、保険を請求するための診断書を病院からもらわなければならず結局今日も病院へ。手続きを済ませて帰宅の途に就くとちらちらと申し訳程度に雪が舞った。

帰宅後の夕方、今日のトレードは微妙にプラスなのだがあまりにも微量なのでもう少し頑張ろうとポジションを取った。しかし頭の片隅には今日が今年に入って連敗続きの鬼門である木曜日だということが引っ掛かっていた。だがだからこそ今日はもうちょっとリスクを取ろうと思ったのも確か。で、案の定というかショート(売り)を踏み上げられて立て続けにストップを食らいマイナスに転じる。ああやっぱり感が凄い。まだ残っていた2つのポジションは母のところに面会に行って帰宅してから利食いしたのだがこれもまたタイミングが早過ぎた。なんでこう木曜日というのは上手くいかないのか、ハナから上手くいかないんじゃないかと思っているからかなんなのかよく分からない。ただいずれにしても今日のところは想定がまったくもってハズレていたので、結果的には20ピップスも負けておらず、昨日今日で計算してみるとトータル2ピップスも負けていないことが判明、だとすればまず上等と思わなければならないか。

今日は特養の夕食後になる6時半過ぎに母のところに行ったのだが、今日の母はずっと寝ていてほとんど言葉を交わさなかった。以前はずっとこんな感じで夕食の後に行くことが多かったのだが、もしかしたらもっと早い時間、夕食前に行った方がいいのかもしれない。今日が特別眠かったのかその辺はよく分からないけれど。

それにしても木曜日は不思議なくらい勝てない。これでもう何連敗しているのだろう。一番大きいのは木曜日に勝てていないと意識し過ぎていることだと思うが、それにしても。

アクセスカウンターをWordPressのプラグインに変えてから問題なく動作しているようだけど、一日の訪問者数がそれまでと比べてあり得ないくらい多いので、恐らくスパムコメントとかを送ってくるボットとかもカウントしているんだろう。グーグルのアナリシスとも一桁違うし。このどうでもいい日記をそんなに多くの人が読んでいるとは到底思えない。

夜半、萩原健一の訃報。ショーケンってI泉さんと同い年だったんだな。

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退院と春雷

3月27日、水曜日。

例によって夢を見て8時台に目が覚めるも二度寝して10時8分起床。今日は母が2時半に退院することになっているので、ちょっと早めに出て2時には病院に着いた。すると、2時15分には特養の人たちも到着。女性相談員と、女優の松下由樹をちょっと薄幸にしたような看護師の二人が来てくれた。二人が到着したところで、母の足の傷の手当を病院の看護師に実際にやってもらって説明を受ける。その様子を相談員がスマホで動画に録っていて、便利な時代になったものだなあと感心。母はおよそ22日ぶりに病院のパジャマではない服を来て車椅子に乗って退院、特養に。僕も追っかける形で特養の母の部屋に行く。特養に着いてから母がまだ血尿が出ていることが分かり、ちょっと心配になる。ただ手術後の2日間も血尿が出ていたのだが、それでも造影剤を使ったCTを撮ったりして医者は問題ないと言っていたし、だからこそ退院できたと思うのでしばらく様子を見ることに。ちなみに母の次の予定は4月23日に県立中央病院の皮膚科、心臓血管外科、歯科をまとめて受診。

一旦帰宅して本日IDが届いた相場の国内口座でちょっとトレードしてみる。この会社(YJFX!)はスマホの取引ツールが使いやすいという評判だったのだが、確かにスマホのツールはよくできているのだけれど、同じツールのタブレット版は使いにくく結局タブレットにもスマホ版を入れざるを得なかった。それにデスクトップ版の取引ツールはチャートも含めて使用に堪えず問題外。そんなわけだからチャートは他社のMT4で見てスマホでトレードするという、結局以前やったのと同じことをする羽目になった。そういう意味でスマホのツール以外はほとんど何のメリットもないのだが、新規口座のキャッシュバックキャンペーンをもらえる間だけ使うことに。一応取引するたびにTポイントが溜まるというのもメリットなのだが、先日ググったらTポイントで煙草が買えないということが判明、じゃあ一体どこで何が買えるのかは今のところよく分かってない。

夕方になって母のことがまた気になってしょうがなくなり、結局夕食後の7時にまた特養に様子を見に行く。母はかなり眠そうだった。不思議なことに病院にいるときには2時間ぐらい平気でいられたのに、特養になると30分いても長く感じられる。何が違うのかなと思うに、病院は病室を出て行動できるが特養の場合はほぼ部屋の中にいるしかないせいかも。結局40分ぐらい様子を見て帰った。特養のいいところはちょっと顔が見たいと思ったときに車で2・3分でいけるということ。歩いても7分。

夜半、外で雷の音がすると思ったら雨。

結局今日は前述の国内口座1つと海外口座2つでドル円をトレードしたのだが、同時に使うわけではなくとっかえひっかえやってるだけで、これでは口座を複数に分けている意味があまりない。いずれはどれか一つに絞りたいのは山々なのだがそれぞれいいところはあり。いまのところ海外口座を使い倒したいというモチベーションはあるのだが、海外業者の場合まだ大きな資金を入金する勇気がない。

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春の嵐

3月26日、火曜日。

今日は病院に2時20分ごろ着。急遽明日退院と決めたせいなのか、僕がいる間に皮膚科の診察と歯科口腔外科の診察が入った。驚いたのは母の虫歯を今日抜歯したこと。当初の予定では手術時及び術後に虫歯からばい菌が入らないようにと入院前に抜歯するはずだったのだが、母が熱を出したせいでキャンセルされていたものだった。それを術後の今になって抜くというのはなんとも不可解。とはいえ6月にはまた手術なので、いずれは抜かなければならないものだったと思うしかない。母が歯科で抜歯されている間、母のベッドの柵に頭をつけてどうやら30分ほどうとうとしてしまったらしい。今日は前述の2つの診察が入ったこともあり、いつもより長く3時間近く病院にいた。

5時過ぎに病院を出て帰ろうとすると雨風が急に強くなり、帰り道はまるで嵐のようだった。凄い風と雨だった。それでも最上川を渡って地元に戻ってくると小降りになった。図書館に寄って本を借り、それからスーパーに寄って買い物をして帰宅。

親善試合、日本 1-0 ボリビア。うーん、なんといっていいのか実に微妙な試合だった。終始日本がボールを持って攻める試合にはなったが、何しろコロンビア戦から11人全員先発を入れ替えてしまったので、ある意味当然のことながら前半はなかなか呼吸が合わない。乾がらしくないチャンスを逃す場面がたびたびあり、今日は乾の日ではないんだなと。代表初先発になった安西幸輝、鹿島の試合でもサイドバックとしては守備面が不安なくらいなので代表では果たしてどうかと心配して見ていたが、前半こそ乾と呼吸が合わなくて攻撃面でちょっといつもより消極的かなと思ったが、守備面ではそれほど危ない場面はなく、まずまずの出来だったかなと。

試合は後半になって結局主要メンバーの大半を戻して、中島のゴールでようやく1点を取った。今日の中島はミスも散見してそれほど出来がいいとは思えなかったが、それでも中島のシュートはまず枠に飛ぶ。結果的には中島一人が目立つ格好になってしまった。試合後は先発した香川と宇佐美にダメ出しの声が多かった(実際ほとんど機能しなかった)。ボランチで先発した小林祐希はもう少しやれるかなと思っていたが、後半途中に柴崎に交代してからはゲームメイクの力の差が如実に出てしまった。そういう意味では中島同様柴崎もかなり替えが効かない存在になっている。いずれにしても今日の試合はピンチらしいピンチはほとんどなく、対戦相手としてボリビアはあまりにも弱かったのであまり参考にはならない。

今日はそれ以外の時間は相場の海外口座をもうひとつ追加して、MT4ではない取引ツールのcTraderの口座をひとつ作った。結局今日はそれだけでトレードはほとんどせず。cTraderの口座を作ったのは約定スピードが速いのとレバレッジが高い(400倍)のとレートが信頼できるからだが、夜になって試しに一瞬ポジションを持ってすぐに利確してみると、MT4の口座よりも取引手数料がほんのわずか(10円)高いことが判明。もとよりスキャルピング専用で考えていたのだが、国内口座と海外口座2つという3つの口座ですべて同時にポジションを持つつもりはなく、まだツールのお試し中。

高橋和巳「日本の悪霊」読了。

結局のところ、罪を犯したものにハッピーエンドはない、ということなのか。つまりはある種の宿命というか宿業というか。そういう意味でも重苦しく陰鬱な話ではあったが、初めて読んだ高橋和巳は想像以上に面白く読めた。ときどき物凄く難しい漢字(見たことがない)があって読めないことがたびたび。もちろん当時は手書きの原稿であって、昔の人はなんでこんなに難しい漢字を覚えられたのか、常々不思議に思う。例えばだが、躑躅(つつじ)という漢字を書ける人が今の日本にどれだけいるのだろう? こうやってパソコンで打っても、最初の字は一体どうなっているのか、このフォントサイズでは分からない。

それはともかく、リンク式の無料のアクセスカウンターは突然アダルトサイトのリンクになってしまったり全部0になってしまったりとあまりにも不具合が多く削除、さてそれではどうしようかと思っていたのだがWordPressのプラグインのアクセスカウンター(もちろん無料)があることに気づき、それに替えた。

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3月25日、月曜日。

まったくもって驚いたことに、ちょっと配膳しただけでこれを書いている今に至るまで足、特に太腿の筋肉痛。自分でも気がつかないうちに相当足腰が弱っている模様。真剣にスクワットとかをやることを考えないと。いや、考えるだけではダメなのだ。やらないと。

昼ごろに病院から連絡があって、7時ごろに主治医が退院について説明したいということだった。今日の日中は相場の指値待ちで特にすることがなく、時間を持て余す。昼寝も試みようとしたが諦め、溜まっているごみをごみ処理場に持っていくことにした。

帰宅後、雑草が枯れている今のうちにと庭の雑木を伐採。5時過ぎに病院に向かう。ちょうど帰宅ラッシュの時間なのか、道は混んでいた。

7時前に主治医がやってきて、現状問題はないのでいつ退院してもいいということになった。こちらの都合で退院の日にちを決めていいということ。これは本当に嬉しかった。退院していいということは合併症の心配がないということ。本当に、これ以上何も望むまいと思った。次の手術は大分の医師のスケジュールでいまのところ6月6日の予定だということ。特養に連絡して都合を確認してもらい、明後日の午後2時半に退院することにした。何はともあれ、入院以来母はずっと風呂に入っていないので、とにかく入浴して洗髪できるというだけでありがたい。あとは退院時に現在病院で施してもらっている弾性包帯を特養の看護師に引き継いでもらうことが肝心。とにもかくにも、母が無事だということだけで十分。あとは何も望まない。ただただあらゆる人たちに感謝するのみ。

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町内会

3月24日、日曜日。

今日は4時から町内会の総会があるので、ただでさえ病院をいつもより早い3時には出なければならないのに、朝二度寝して11時27分というとんでもない時間に起きてしまったため、日中はバタバタになった。朝食後の珈琲を飲んで一服しているともう病院に向かわなければならない時間になり、結局今日は昼食抜きに終わった。

今日の母は眠そうにしていたものの、ここ二日ばかりと比べると表情は落ち着いて見えた。1時間半はあっという間に過ぎ、町内会の総会に出るためにもう帰宅の途に就かなければならない。結局総会が始まる15分前に合流。この一年ばかりそれなりに苦労した隣組長の仕事も今日の総会を終えればあとは町報を一回配るだけになる。僕は監査報告を担当したのだが、それは会計の人が会計報告をした後にただ「それで間違いありません」と言うだけのまったくの茶番。そもそも総会の議事進行というものはほぼ出来レースで過ぎるものなのだが、今日の場合はどういうわけか総会後の懇親会で味噌汁を出すべきか否かというこれ以上ないくらいの馬鹿馬鹿しい話題で場が紛糾した。ただ味噌汁を作って出すというためだけに隣組長や区長の奥さん連中が1時間半前とかに来て味噌汁を作り、終わった後に後片付けまでするという無駄な労力を割くのをやめようという話なのだが、昔から続いた味噌汁は出すべきと強硬に言う年寄りが二人ばかりいて、珍しく議論になったというわけだ。僕はもちろん廃止論者でその旨も告げたが、持論を述べたいばかりにわざわざ話をややこしくする連中というものは必ずいて、全然話がまとまる気配がないので多数決をしたところ、半数以上の支持を得て結局来年から味噌汁は作らないことになった。

総会に続く懇親会というのは仕出しの弁当や漬物を食べながら酒を飲むというただそれだけの場で、これまでは弁当を持ち帰ってとっとと帰っていたのだが今年は隣組長なのでそういうわけにもいかず。しかしながらこれまでの人生の中で、自分が酒を飲まないせいで人に酌をするということをしたことがなく、他の隣組長が酌をして回っている間、僕は席でぼんやりしていた。すると近所の元先生だった女性がやってきて母の具合を訊ねてくれたので、その人と話をしてなんとか場を繋いだ。それでも間が持たなくて外に出て煙草を吸ったり。ようやく閉会の挨拶(僕が担当だった)をする時間になったのは3時間ほど経ってからだった。半分以上の人は既に帰っていて、残ったのは酒好きの年寄りばかり。で、閉会の挨拶で周りから一本締めをするように言われて、人生初めての一本締めというものをやった。ところが、「それでは一本締めをします」と言ったはいいものの、それからどう声をかけていいものか分からないので妙な間が空いてしまった。それを見かねて誰かが「よーお」と声をかけてくれてようやく一本締め終了。

それからの後片付けが結構一苦労。一番大変なのは味噌汁や漬物を作った奥さん連中で、彼女たちが最後まで台所の後片付けをしなければならないというのは実に理不尽。ようやっと全部片づけが終わって帰宅するころにはもう8時近く、なんだかんだ公民館に4時間近くいたことになる。

そんなわけでようやっと隣組長というめんどくさい役割のほとんどを終えたわけだが、今にしてみると嫌々ながら一年間やってきて、それなりに近所の人と仲良くなれたところもあって、結果的にはよかったのかなと。ただ懇親会の最後の方に今季で区長を辞める現区長から若手のホープ(?)などと言われたときには心底ぞっとした。正直なところ、町内会の役員だけは何があっても引き受けたくない。

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