起きられない

3月15日、火曜日。

伴侶というかパートナーというか、女性と出会うのをじりじりと待つといういささか情けない夢を見て起きたのはやはり10時近かった。それまで意に反して早起きしていたのに、どうも先週末以来一転して朝起きられなくなっている。結局昨夜も寝酒を飲んでしまったんだけど、量を控えたら朝酷い頭痛に見舞われずに済んだ。やはり昨日までの頭痛は酒が原因のようだ。

朝食を食べながらツイッターのタイムラインをさかのぼると、レスターの岡崎が絵に描いたような物の見事なオーバーヘッドキックで決勝点を挙げていた。素晴らしい。今日は何度このゴールの動画を見たか分からない。レスター、ホントにこのまま優勝しちゃうんじゃないか。

昼から基本的に終日相場。今日は昼に日銀の政策決定会合があり比較的分かりやすい相場だったのだが、このところのビビり癖でちびってしまう。

昼食は久しぶりに地元名物の蕎麦が食べたくなり、1時過ぎに蕎麦屋へ。

nikusoba

久しぶりの冷たい肉そば。たぶん今年初めてだと思う。

蕎麦屋から帰宅後、一服してから母のところに面会に。今日も母の手を引いて歩かせた。しばらくするとまた母が歩きたいと言って、都合二回。母の手を引いて誰もいないホールを回っていると、そんなに寒い日ではなかったと思うのだがちらほらと窓外に雪が舞っていた。

帰宅後また相場も、何を考えたか逆張りをしてしまい損切りを連発、これで本日はすっかり調子が狂ってしまった。その後夜までちびちびと少しずつ取り戻すものの、結局本日はトータルマイナスに。どうも今日はリズムが悪いというか、抜けるタイミングが悪かった。いまだ待ちきれない。ちびることを繰り返していると、損小利大ならぬ損大利小になってしまう。何故か知らないけれどこのところちびってばかりで、自分でリズムを崩している感。朝起きられなくなったのも余裕がない一因かもしれない。

しょうがないから朝アラームをかけて起きるか。どうにも気が進まないが……。

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頭痛と引きこもり

3月14日、月曜日。

今日の日記にはあまり書くことがない。何しろ、一歩も外に出ていない。かといって何をやったというわけでもなく、折を見てはびびりながらちょびちょびと相場をやっただけの一日。

というのも、今日もまた朝からがんがんに頭が痛かったからなのだった。10時ごろに起きたのだけれど、とにかく頭が痛くてかなわない。なんか毎朝頭痛薬のアドヴィルを飲んでる。思うに、少なくとも今朝の頭痛に関しては昨夜寝酒の梅酒をひと口二口余計に飲み過ぎたせいだと思う。つまり、軽い二日酔いというわけだ。どっちにしても大した量を飲んでるわけじゃないけれど、なにせそもそもがまったくの下戸なのだからしょうがない。頭いてーとか言ってると11時ごろにガス代の集金のおばさんがやってきて、昼近いのにパジャマにナイトガウンを羽織った姿で玄関に出たので少々恥ずかしかった。

まあそんなわけだから今日も気勢が上がらず、日がな冴えない一日。このところ毎日、暖房を入れ続けると暑いがかといって暖房を入れないとちょっと寒いという日が続いているが、今日はちょっと寒かったような気がする。前述のように一歩も家を出なかったので定かではないんだけど。夕方、家に引き籠ってうだうだばかりしているのもなんだなと思って散歩にでも出ようかとも思ったのだけれど、空はどんよりと曇って寒そうだったのでやめた。

そんな感じでうだつの上がらない、どんよりとした月曜日になった。昼頃に気がつくと台所のテーブルに突っ伏して少しうとうとしてしまったし、夕食後の夜も猛烈な眠気に襲われた。相場はそういった眠気が収まったときにちびちびとやっただけなのだが、結果的には塵も積もればなんとやらにはなった。まだちょっと迷いがある。

そういえば午後にサッカーのU-23日本代表のポルトガル遠征のメンバー発表があって、ようやっと関根と鎌田が選ばれた。それよりもむしろ、オナイウが外れたことにほっとする。今回初めて選ばれたファン・ウェルメスケルケン・際はとにかく名前が長くて覚えられない。

しかし、ちょっとは外に出ないと精神衛生上よろしくないなあと思ふ。

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ばっくれて、後

3月13日、日曜日。

バイオリズムという言葉を聞かなくなって久しい。人の気分は、少なくとも僕の気分は相場の波動のように上がったり下がったりする。昨日上がったテンションは早くも今日になって下がった。我ながら浮き沈みが激しい。

今日は午後の1時半に近所の人の葬式の予定が入っていた。基本的に、この界隈では面識のない人でも町内会の人が亡くなったときは3000円の香典を持って行く習わしになっている。そんなわけなので、昨夜のうちに香典袋を用意して台所のテーブルに置いておいた。

昨夜寝たのは3時半近く、今朝も渾身の二度寝をして起きたのは10時過ぎ。ところが朝からがんがんに頭が痛い。寝過ぎなわけではないと思うが。イブプロフェン200mgのアドヴィルを飲んでもなかなか頭痛は治まらない。それでなくても起きた時間が時間だから、朝食後うだうだしていると昼、納豆で軽い昼食を食べているともう葬式の時間が近づいている。煙草を一服していると1時を回り、慌てて二階から喪服を持ってきて着替える。まだ頭痛は治まっていない。

斎場に着き、受付で名前を書いて香典を渡し、席に座った。95歳だか96歳だかで亡くなった近所の爺さん、祭壇上の花が少なくて何やら寂しい。隣のおっさんが足を開いて座っていてうざい。それと頭痛もあって、座った途端に嫌になった。これは我慢できないなと。それで携帯を取り出して電話が入った振りをして会場を出て、受付に慌ただしく「すみません、失礼します」と頭を下げて逃げ出したのだった。

もしあの隣のおっさんがあんな風に足を広げてなかったら、もっと普通のつつましやかな人だったら。もうちょっと我慢できたかもしれない。もうものの5分もすれば葬儀は始まるところで、始まったらさすがに途中退席はできなかっただろう。だがとにかく僕は逃げ出したのだった。

家に着くなり早速着替えて煙草を一服した。それからアドヴィルをもう1錠飲んだ。まったく憂鬱な気分だ。まるで見知らぬ人であるとはいえ、葬式をばっくれたというのは罪悪感がある。例の、学校をさぼったときの感覚にちょっと似ている。いやそれよりももっと礼を失したというか、神聖なものを汚したような嫌な感じ、それと同時にこれでまた地域コミュニティから浮いてしまうのではないかという不安。

ともあれ、ばっくれてしまったものはしょうがない。アドヴィルが効いて頭痛が少し治まるのを待って、母のところに面会に行った。母に葬式を香典だけ渡して帰ってしまったことを話すと、「いいんだー、別にそれで」という。まあ考えてみれば実家に戻ってすぐの3年前、近所の人の葬儀に所用があって出れないと嘘をつき、向かいの人に香典を頼んだこともあったのだった。それに比べれば今回は受付までして自分で香典を渡してきたのだからまだ良心的と言えないこともない。比較論で言えば。だが嫌な感じはなかなか拭えない。

罪悪感とはなんだろうか。罪悪感から「感」を取ると「罪悪」、なんか大変なことのように見える。つまりはそれがからくりではないか。実際以上に考えてしまうこと、それが罪悪感なのではないか。まあだったらいいのだけれど。いや、これは気分の問題なのだからあんまりよくない。

ともあれ、母の左足はさらにむくみが酷くなったように見えた。太腿はパンパンに膨れ上がっている。今日も母を歩かせた。母の手を引いて隣のホールを一周二周する。ところが今日の母は、僕が帰ろうとするとまた歩こうかと言うのである。それでまた手を引いて歩かせると疲れたと言うので部屋に戻す。それでまた僕が帰ろうとするとまた歩こうと言う。都合3回歩かせた。今日の母は僕に帰って欲しくなかったのかもしれない。結局今日はいつもより長く、1時間半ほど特養にいた。

特養の帰りにその足で図書館に行って「紙の月」を返却し、また角田光代の禁断症状を起こすのではないかという気がして、昨日本屋で買った「対岸の彼女」を読み始めたばかりだというのに同じ作者の「ツリーハウス」を借りてしまった。

夜、「対岸の彼女」を読んでいて、いくらマイブームだとはいえ、同じ作家を三作続けて読んでいるのにさすがに疲れてきた。だがテーブルの上には今日借りてきた4冊目が置いてある。

葬式から逃げ出した罪悪感はいつの間にか忘れてしまったのだけれど、どうにも気分は冴えない。今日のところは下降線。昨夜寝床の中で「紙の月」を読んで高揚した気分でまた自分でも小説を書こうと思ったのだけれど、一夜明けてみるとどうにも書ける気がしない。それどころか、以前もこの日記に書いたと思うけれど、自分のボキャブラリーがあまりにも貧困であるように思えて鬱屈してしまう。気がつくと昔に比べて自分の文体も変わってしまった、つまりつまらない方に変わってしまった気がするし、まるで自分が言葉というものを失った気がするのだった。それは同じ本を読んだ人の感想ブログを読んでも如実に実感し、自分の語彙がいかに貧弱で、他の人の言葉はいかに豊穣なのかと痛感してしまうのだった。

大体に於いて、今日の僕の行動を「ばっくれた」という言葉の使い方自体、果たして合っているのだろうか?

そんなわけだから本日はすっかり意気消沈してしまった。まあ簡単に言ってしまえば本日のところは朝の頭痛から始まって、葬式から逃げ出した罪悪感を経由し、気がつくといつの間にかすっかり自信を喪失してしまっていたのだった。一言でいえば自分に失望している。

まあだがそれもバイオリズムならぬ相場の波動と同じで、何かの拍子でいつか持ち上がるのかもしれないのだが。それはいつのことだろうか。

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紙の月

3月12日、土曜日。

何事かをひたすら繰り返す夢を見て、起きたら10時過ぎだった。先日のジョージ・マーティン死去に続いて、今朝はキース・エマーソン自殺の報が入ってきた。毎日何かしら訃報がある。人生とはすべからくそういうものだ。

午後はJ1の仙台対鹿島の試合を見る。もちろん応援しているのは鹿島なので1-0で負けてしまったのは残念なんだけれど、今日の試合に限っては仙台の集中力が凄かった。なんていうか、魂がこもっていた。

それから久しぶりに歯医者。椅子に座って、右上の差し歯がぐらぐらして取れそうなんですけど、と説明した途端に女医が歯を触って「取れました」と。仮付けしてもらったが、型を取って結局新しく差し歯を作ることに。

そんなわけで角田光代「紙の月」読了。

もう無茶苦茶面白かった。興奮した。一人の女がただ若い男と出会ったからというわけでもなく、派手な暮らしがしたい、金が欲しいというわけでもなく、気がつくと巨額を横領するまでに堕ちていく。そこには迷いがなく、まるで宿命のように堕ちていく。そのさまがあまりにも突き抜けていて爽快感すら覚える。彼女が迷うのはもう行き着く先がなくなってからである。人はどのようにして運命に絡めとられていくのかをものの見事に描いて痛快ですらある。ツイートにも書いたけれど、たがの外れた女性の買い物の仕方ってあまりにも凄いのでびっくりする。それでいてリアリティがある。あり過ぎるくらいある。

昔々、僕が30代のころに付き合っていた人妻のジュンコ(要するに不倫していたわけだが)にはそのころ小さい子供がいて、彼女が言うには子供の食事代に月に何十万とかかるというのである。20万だったか40万だったか。とにかく当時の僕にはそれが本当のこととは思えなかった。そんなことをふと思い出す。

ともあれ、たった二冊読んだだけで今の僕は角田光代の中毒である。マイブームだ。「紙の月」を読み終わりそうになった頃合でもっともっと読みたくてしょうがなくなり、歯医者の帰りに図書館に寄ったのだけれど今日は土曜日で5時で閉館になっていた。帰宅後の夜に読み終わって、いても立ってもたまらず、この田舎町に一軒だけの本屋が確か夜まで開いていると思って車で行った。本屋は10時までだった。迷った挙句、図書館にあることを知っていながら「対岸の彼女」を買った。明日まで待てなかった。それぐらい角田光代にハマっている。

本屋から帰ってふとアマゾンのプライムビデオで検索すると成島出監督の「八日目の蝉」があったので、こんな時間になるまで一気に見てしまった。事前にウィキペディアで調べて原作と異なる部分があるというのでいささか心配だったが、原作と遜色ない見事な映画だった。誘拐犯を演じる永作博美が素晴らしかった。ぐっと来た。

そんな調子でホントに角田光代がマイブームなのだった。今日のところはいささか興奮している。昨日までの具合の悪さを考えると、これはそれほど悪い傾向ではないだろう。

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3.11

3月11日、金曜日。

午後2時46分、外から臨時放送の音が聞こえた。いつも夕方の5時にメロディを流す町の中心部にあるスピーカーから。すべての人同様、僕も5年前のあの日を忘れない。実際、あれ以来世界は奇妙に歪んでしまった感じが拭えない。

その直前まで調子が悪くてコタツで昼寝をしていて、久々に死の恐怖からパニックを来した。ようやく気を取り直して台所で一服していたところでその時間が来た。今日も朝から体調が悪かった。二度寝して9時過ぎまで寝たものの、どうにも具合が悪くてもしかして今年に入って三度目の風邪をひいたのかと思ったくらいだ。

この三日間、同じような日々を過ごしている。朝から夜まで体調が悪くてほぼ何も出来ず昼寝するかちらちらと本を読むかで日が暮れる。ひたすら鬱屈する。気が滅入る。妙に疲れる。膝に来る。

あんまり調子が悪いので午後安定剤を1錠飲んだら、かえって身体がずしりと重くなり逆効果だった。とにかくこのところ、身体も心も重い。

震災の番組を見るのは気が進まなかった。ほんの少しだけ見たけれど。そういう番組を敢えて見なくても忘れたりはしない。

5年前当日の日記

あのとき、僕は南浦和で業務の帰りで駅のエスカレーターを昇っていた。揺れが来て、世界はまるで映画のCGのように思えた。印象としては突如世界が薄暗くなったような、そんな感じがした。

あれから5年、その間に僕は癌になったり父を亡くして田舎に戻ったり母が入院して手術して老人ホームに入ったり、あまりにもいろいろなことが起こったので随分昔のように思える。確実に言えるのは、あれ以来ロクでもないことが立て続けに起こったということだ。それであの日を境に世界が歪んでしまったという気がするのだろう。

実際のところはもしかしたら、ただ単に僕は5年分歳を取ったというだけなのかもしれない。人生とはこんなものなのかもしれない。

夜はどういうわけか、なんとなく途中から実写版の天才バカボンを見てしまった。正直な話、こういう馬鹿馬鹿しいものを見た方が気が楽だ。そういうのって、5年前から目をそらす、逃げることになるのだろうか。しかし忘れないということは5年前から一歩も動かないということではないはずだ。忘れたりはしないけれど、それは確実にちょっとずつ遠ざかる。僕らは生きているのだから。

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触らぬ神に祟りなし

3月10日、木曜日。

今日も調子悪かった。多少睡眠が足りず、午前中コタツで少々昼寝したような気もするのだが、どうも午前中何をやっていたか記憶がいまひとつ定かでない。それを言うなら午後もだけど。基本的に今日は便秘気味だったせいもあり、身体がどうにも重かった。

午後、母に面会に行った。左足のむくみはズボンがパンパンになるくらいで酷くなっていた。しかし、それを除けば母は非常に調子がいい。話すことも凄くしっかりしているしとてもまともだ。少なくとも統合失調症に関してはすっかり治ったように見受けられるし、一時期気になった認知機能障害(認知症っぽいところ)も見られない。

そんなわけで母は調子がよかったのだけれど、自分はというと前述のように身体が重くて体調も悪いし、精神的にも気が滅入って悲観的になりどうにもならない状態が夜まで続いた。何もする気になれないし出来る気もしないので、角田光代「紙の月」を読んでいた。暖房を入れっぱなしにしておくと暑いが切ると寒いので、つけたり消したりを繰り返す。

夕食後、日中ずっと腹が張る感じがしていたのが少しましになってきた。体調も精神状態もよくなかったので相場は見て見ぬふりをずっとしていた。そもそも頭が回らないので対応しきれない気がして。今日の注目は夜の欧州中央銀行(ECB)の政策金利の発表。マイナス金利の拡大で相場は上下250ピップスを超える超乱高下、少しばかりポジションを取ってはみたのだが欲張らずにすぐ逃げて難を逃れた。まさに触らぬ神に祟りなしという感じ。

どうも昨日今日と調子が悪くて夜まで何もやる気になれないという状態が続いている。昼間物凄く悲観的になってしまったので、結局抗うつ剤のトレドミンをまた飲み始める。寒いのか寒くないのかよく分からない日が続くし(たぶん今日はちょっと寒かったのではないかと思う)、こう日中体調が悪くて何も出来ないとちょっと参る。気分転換も出来ない。結果的に煙草ばかりが増える。

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八日目の蝉

3月9日、水曜日。

体調さえず。

久々にモテる夢、2人の女の子に言い寄られるという夢を見たのはよかったが朝8時過ぎに起床で睡眠足りず、午前中ちょっと昼寝。睡眠不足のせいか、今日は夜まで頭が回らなかった。あんまり冴えないので抗うつ薬のトレドミンを止めたことが裏目に出たのかと思った。そんな調子だから午後は何をしていたものかあまり記憶にない。なんとなく本を読んでいた時間が長かったか。

五輪予選の最終戦、なでしこは苦手の北朝鮮に1-0で勝ち、佐々木監督はなんとか有終の美を飾った。

茶の間のコタツでサッカーを見ていたのだけれど、何故か寒くてしょうがなかった。夜になって格別冷えたとも思えないし、かといって寒気がするという感じでもなく、要するに体調がよろしくなかったんだと思う。そのせいか、観戦中に眠気がたびたび襲ってきた。

サッカーを見終わった後も頭が回らなくてどうしようかと思っていたら、午前中に指しておいた相場の指値が次々と成立、しばらく含み損を抱えてそれでようやく目が覚めたというか、少しは頭が回るようになった。結局つい先ほどまで粘ってなんとかプラスで終えることは出来た。

そんなわけで角田光代「八日目の蝉」読了。

ここでは男は嘘つきで身勝手な、女を振り回して孕ませるだけの存在に過ぎない。逆に言えば女たちはそんな男たちに振り回されるほど愚かだ。親子であるが故の、そして親子でないが故の希望と絶望。前半は乳児を誘拐しての逃避行、後半は誘拐された子供が成長してからの話という構成が巧い。愚かしさの中にも希望が見えるところ、「八日目の蝉」というタイトルのつけ方が絶妙だった。角田光代をもうちょっと読みたくなって、夕方久しぶりに図書館に行って「紙の月」を借りてきた。

ああまた夜更かしになってしまった。ほぼ一日調子が悪かったので煙草だけが増えた。

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力不足

3月8日、火曜日。

何時に寝たのか、たぶん2時ごろだったような気がするが9時過ぎ起床。そこそこ眠れた。夢を見たのは確かなのだがいい夢だったのか悪い夢だったのか定かでない。

先日精神科に行って抗うつ薬のトレドミンを増やされたのだけれど、どうもそれ以来逆に悲観的になって抑うつ状態がかえって酷いような気がするので、昨夜からトレドミンを飲むのを止めてみた。今のところというか今日のところはどうやらそれは正解だったっぽい。もう少し様子を見ないと正確なところは分からないが。いずれにせよ薬なんぞというもの、飲まないで済むのであればそれに越したことはない。

朝食後の午前中は相場のポジションを取ってそこそこ上手い具合に利食い。それから手持無沙汰になったので嫌な感じはするが業務に行ってみた。まあ可もなく不可もなく、ただ時間を潰しただけで帰る。

帰宅後、珈琲を飲んで煙草を一服してから、今日こそ母のところに面会に行く。今日の母は足のむくみはともかくとして、話すことや表情は非常にしっかりしていて調子はいいようだった。ところが先日この日記にも書いた四六時中独り言をぶつぶつ言っている認知症と思われる新入りの老婆がどうやらホールの母の隣の席らしいことが判明、帰りがけに席を替えてくれるように頼んだ。

母のところから帰宅後の夕方、また相場のポジションを取り直す。ところが、諸々の条件から判断してポジションを取ったし条件自体は整っているかのように思えたのだが逆にユーロがずるずると下がるのに耐えきれず、夜になって損切りしてしまった。結果的にはこれが大失敗。そのまま保持していれば思惑通りプラスに転じていた。その後ドル円で損切り分ぐらいは取り戻したものの、どうにも痛恨というか、この辺が力不足だなと感じた。自分を信じ切れないというか相場を信じ切れないというか。夜のドル円のポジションも結果的にはちびった形になり、改めて利食いが下手だと痛感。まあ結果的には午前中のプラスに上乗せすることが出来たのだけれど、損切りせずに保持していれば全然結果は異なっていた。悔しいというよりは自分の力量に落胆することしきり。まあこんなものなのだろうな、今のところ。今日の方向性の見方自体はまったく正しかった。後はタイミングだけ。

結局煙草ばかりが増えた。今日も比較的暖かかった。結局暖房入れちゃうんだけれど。

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暗夜行路

3月8日、月曜日。

最初に断っておくが、僕は「暗夜行路」を読んだことがない。部分的には教科書かなんかで読んだような記憶はあるけれど。そんなわけだからタイトルにしたのはただの本日の印象です。

今日は7時間ぐらいは眠れたのだけれど、またもや眠くなって午前中昼寝をしてしまう。もしかして習慣化しつつあるのか。で、今日はその昼寝を境に一気に思考がネガティブな方に傾き、ベクトルが内側内側と傾いて、いうなれば自分の殻に閉じこもってしまった。一言で言ってしまえば抑うつ状態が酷くなっただけなのかもしれないが、当の本人にしてみればことはなかなかそう簡単に行かない。ひたすら内省的になって悲観的になってしまっているので、というか、そもそも前述のように思考が内側に向かっているから出口が見つかるわけがないのである。そんなわけだから一日袋小路に入り込んだ形になった。

気を取り直そうにも今日は日中相場がまんじりとも動かない。気温は昨日と同じかむしろ暖かいぐらいなのだが、今日は何故か寒く感じて暖房を入れたり厚着をしたり。事態を打開するアイディアが何も浮かばないので書斎で本を読んでいる時間が長かった。

母のところに面会に行こうか随分と迷った。根が生真面目に出来ているものだから、面会は二三日に一度程度ならと言われると、土曜日に行ったのでどういうローテーションがいいのかとかクソ真面目に考えてしまう。火木土がいいのか月水土がいいのか。要するにどっちでもいいじゃんという話なのだが、行かないという選択肢にはどうしても罪悪感がつきまとう。今日は調子が悪いので行くのを止めて明日にしようと思ってもだらだらと罪悪感は続き、それをやり過ごすために書斎の一人掛けのソファで本を読んで時間が過ぎるのを待ち、夕方になってようやく諦める。

夕方になって少し動いたので相場のポジションを取ってみるがじりじりとしか動かず、そのうちなでしこの試合が始まってしまう。その前に既に中国が韓国に勝ち、なでしこの五輪出場は消滅していた。夕飯を食べながら試合を見るが、相変わらずなでしこのサッカーはベトナム相手にもすぐ相手にボールを渡してしまうのでいらいらするし、じりじりと裏目っている相場のチャートも気になってしょうがない。結局、夕食後にちょこっとプラスになった時点で相場のポジションは決済してスクエア(ポジションを持たない状態)に。先発8人を入れ替えたなでしこは前半意味不明なPKを取られたものの後半になってボコボコ点を取れるようになり結果的には6-1の勝利、しかし所詮相手はベトナム、既に五輪出場は消滅、虚しい。

ふと気がつくと今日はただの一歩も外に出ていない。ひたすら家に閉じ籠って寒いだの暑いだの煙草が不味いだのへったくれだのと言っていただけである。

世界が狭い。

家から一歩も出ないのだから出口が見つかるわけがない。しかし今日の相場はよく分からんかった。明日はどっちだ?

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暖房がいらない日の近所付き合い

yukei

3月6日、日曜日。

9時前に起床も、今朝も昨日に引き続き頭痛で目が覚める。寝過ぎの頭痛っぽいのだが朝食後に眠気が襲ってきて結局昼までソファで寝てしまった。というわけでいつも何をしたらいいのか分からなくなる休日の午前中、今日はある意味有意義に過ごせたのかな、などと。

午後は昨日スカパーオンデマンドに入ったこともあり、J2の水戸対C大阪、J1の浦和対磐田、名古屋対広島とJリーグの試合を見て過ごす。柿谷の復帰初ゴールは非常に柿谷らしいゴールだったが、今日印象に残ったのは磐田のジェイ。とにかくデカいし普段は走らないしほとんど守備もしないのだが、ここぞというときのポジショニングがいいし足元の技術も巧く、日本人にはいない強くてフォワードらしい選手だなとちょっとした衝撃を受けた。去年J2で得点王になっただけのことはある。

それはともかく、啓蟄の昨日から急に寒さが緩んだというか暖かくなり、今日の午後からは暖房を入れずに過ごせたのがびっくり。寒がりの僕だから一応書斎の暖房を入れてはいたのだが、ほとんど作動しなかった。夜も室温が15度ぐらいあってこれを書いている今も暖房を入れていない。山形の3月ってこんなんだったかな、と。去年まではもっと寒かったと思ったが。ともあれ、このまま暖かくなってもらえたら助かる。

それはそうと、ちょうど午後書斎でサッカーを見ていたころ、玄関の郵便受けに回覧板が入っていて衝撃を受ける。というのも、向かいの人はこれまでずっとドアチャイムを鳴らして回覧板を持ってきてくれていたのだが、最近になってドアチャイムを鳴らさずに郵便受けに回覧板を入れるようになっていて気になっていた。確かに最近は午前中から業務に行ったりして出かけていることが多かったし、以前は朝方や午前中だと僕がパジャマ姿で出たりしていたのでそのせいかなと思っていたのだが、今日の場合は午後だし明らかに僕が在宅していることが分かったはずなのになんでだろうと気になったのだ。どうも向かいの人は僕を引きこもりと思っているのか、それとも何か気に入らないことでもあるのかと気になってしょうがない。最近は近所の人との付き合いというのもほとんどなく、近所で浮いているのではないかと気にしていたこともある。田舎の近所付き合いは難しいなあと。

夕方、散歩がてらコンビニまで煙草を買いに出かけた帰りに、近所の老婆にたまたま出くわしてちょっと立ち話をした。母のこととかを聞かれたので。近所の人と世間話をするなんて実に久しぶり。やはりたまには歩いた方がよさそうだ。車でばかり動いているとホントに近所と没交渉になって孤立してしまいそうな気がする。たぶん気にしすぎなのだろうけど。

昨日途中まで見てもやもやしていたコーエン兄弟監督「シリアスマン」を最後まで見た。結局最後までもやもやしたままで、さすがにこれはよく分からなかった。一人の男が立て続けに不運に見舞われるだけの話で、結局溜飲が下がらない。まるで人生のように不条理だった。

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