秋刀魚の味

8月15日、土曜日。

終戦記念日の今日、皆が黙祷している正午、僕は何やら夢を見ていた。

朝、ドアチャイムの音で起こされた。といっても9時を回ったところなので文句を言えた筋合いではない。階下に降りていくと町内会費の集金だった。幼馴染である隣組長が一瞬ぎょっとした顔をしていたが、その後顔を洗いに洗面所に行くと、浴衣の胸の辺りがはだけていたのでそのせいだろう。

昨夜寝たのが3時ごろだったせいもあって、朝食後あくびを連発、眠くてしょうがない。それで11時過ぎに書斎のソファでタオルケットを被って昼寝をかましてしまったのだった。目が覚めるともう1時半を過ぎており、2時間半も昼寝してしまった。朝方から午前中は雨が降っていたのに、昼寝から目が覚めてみると外はすっかり晴れて青空、なんか別の世界にワープしたような気になる。例によって昼寝後はだるくて力が入らず、体調が悪い感半端ない。

午後はDVDで池田敏春監督「人魚伝説」を見る。この映画は黒澤明作品を除く日本映画の自分的ベスト3に入る作品なのだが、見るのは10年ぶりかそれぐらい。ちなみにベスト1は原田眞人監督「KAMIKAZE TAXI」、ベスト2は根岸吉太郎監督「遠雷」。久しぶりに見るとタイトル通り伝説的なカルト映画になってしまったこの作品、随所に映像的なアイディアが溢れている。ただ、今見るとCGの進化した現在ならもっとラストの殺戮シーンがリアルなものになっていただろうなとか、音響効果のアフレコがちょっと残念とかいろいろある。ただ、公開時の1984年ということを考えると、当時の邦画としては斬新な作品だった。監督の池田敏春は僕と同じ山形県出身で、この映画のロケ地である志摩町の海岸で水死体で発見された。自殺と言われている。池田は「死霊の罠」とかときおり才気を見せる作品を発表したもののムラがあって凡作を連発するようなところもあり、総じて不遇だった。

夕方近くなって町内の叔母(父の姉)がいとこを連れてやってきた。年初に背中を骨折して先日母のところを訪れたときは杖をついていたということだったが、今日は杖なしで普通に歩いていた。ずっと父の2つ上だとばかり思っていたのだが、今日話を聞いていると3つ上で今年88歳ということだった。帰った後に仏壇を見ると、また叔母は仏壇にお金を置いていった。開けてみると1万円も入っていた。先日僕が骨折の見舞いを持って訪ねたときは頑として受け取らなかったのに、こちらはもらってばかりでなんか借金でもしているような気になる。

例によって6時半過ぎに母のところに行き、帰宅後、夕飯に昨日スーパーで買ってきたサンマを焼く。何しろ魚を焼くのは2年ぶりなので、無駄な気合いを要する。大根をおろすのにも気合いがいる。しかし実際にやってみると魚を焼くのって拍子抜けするぐらい簡単(当たり前)だった。それで、食べてみると久々に食事が美味しいと思った。このところ歯がボロボロなせいで何を食べても美味しいと思えなかったのだ。レトルトでも缶詰でも冷凍でもない食事がこれほど旨いとは。感銘を受けた。つまり、こういう当たり前の食事すら最近は摂れていなかったということでもあるのだが。

その後、なんとなくhuluでデヴィッド・フィンチャー監督「ゾディアック」を途中から(数か月前にそこまで見ていたのだがほとんど忘れていた)最後まで見た。デヴィッド・フィンチャーの映画ってトーンが暗い印象があるが、基本的に後味が悪いか終わり方が消化不良かのどっちかだなと。この映画の場合は後者だった。

夜も更けてからレスターに移籍した岡崎がプレミア初ゴールを決めた。動画で見るといかにも岡崎らしいゴールだった。結果出すの早いなと思う。

さすがに2時間半も昼寝をすると一日が終わるのもあっという間だ。いくらお盆休みの土曜日とはいえ、こんなことでいいのかと思う。だがそんな風に思っている間に一日は終わってしまうのである。

カテゴリー: 未分類 | 秋刀魚の味 はコメントを受け付けていません

淡々

8月14日、金曜日。

今日も涼しかった。Tシャツでちょうどいい気温。これぐらいが続いてくれれば過ごしやすいのだが。

お盆というのはただでさえ暇だ。ましてや雨のお盆となると。

9時前に起きるも、なんか寝足りないような気がする。物凄く眠いというわけではないのだが、十分に寝たという感じがしない。午前中はちまちまと相場のポジションを取っているうちに過ぎる。昼過ぎに庭の草取りで汗だくに。庭仕事を終えて昼食を摂っていると今日も雨が降り出した。午後も相場。途中小一時間ほどソファでうとうとする。スーパーに買い物に行って買ってきた刺身で夕飯を食べ、食後に母のところに行く。

母のところでテレビを見ていて、じゅんいちダビッドソンの名前がどうしても出て来なかった。帰宅後、「本田 ものまね」でググってようやく思い出し、相場を利食いして早々に手仕舞いした後に最近久しく見ていなかったYouTubeで夜中までお笑いのバラエティ番組を延々と見る。流れとしてはじゅんいちダビッドソン→ナカイの窓。なんだか久々に笑ったような気がする。不思議なのはこの手のお笑いバラエティをリアルタイムでテレビで見ることが出来ないということだが、新聞を取っていないしネットでも番組表を見る習慣がないということもあるが、普段テレビを見ないので番組そのものを知らないということも大きい。

なんだかそんな感じで一日を淡々と過ごした感じがする。いまだに誰も訪ねて来ない。しかしそれは常日頃もそうであって、誰かが訪ねてくる方が珍しいのだけれど、どうもお盆という静かな時間を過ごしているとどうにも自分がひとりぼっちで暮らしているという感じがしみじみとするのだった。

最近気になるのは、左よりも右耳の方が聞こえにくい気がするということ。それほど極端に聞こえないわけではないのだが少し違和感がある。どうも気のせいではないっぽい。耳鼻科に行った方がいいのだろうか。晩年の父が耳が遠くなったのが頭をよぎる。

カテゴリー: 未分類 | 淡々 はコメントを受け付けていません

迎え盆

8月13日、木曜日。

朝、弟からの電話で起こされる。予報では今日は午後に雨が強くなるというので母の一時帰宅を見合わせたらどうかという電話だったが、何しろ寝ていたところを起こされたので起きてから考えると不機嫌に電話を切って、不承不承起きたのだった。

確かに朝から小雨がぱらついていたようだ。それになんだか涼しい。午前中は一階の台所や茶の間を片づけて一通り掃除機をかけて掃除をした。雨はどうやら止みそうになく、特養に電話をして本日の母の一時帰宅をキャンセルして16日(予報では晴れ)に変更。

昼食後、弟が夫婦で仙台からやってきた。そぼ降る雨の中、3人で墓参りに行く。墓参りをしている間に雨は強くなってきて、住職に挨拶をしているころには叩きつけるような土砂降りになった。そのせいか、Tシャツではひんやりするくらい涼しくなった。弟夫婦が帰ったあと、窓を開けていると寒いので閉めた。夕方になると雨は上がったが、窓を閉めてもTシャツ1枚では寒くてシャツを羽織った。一昨日まで暑いだのへったくれだのと言っていたのに、まったく信じ難いことだ。実際、書斎の室温は25度とかだ。この涼しさがこのまま続いてくれれば楽なのだが。

弟夫婦が帰りがけに母のところに面会に行ったので今日は休んでもよかったのだが、夕食後に母に面会に行った。なんていうか、行かないと気分的に落ち着かない。

茶菓子を用意して誰が訪ねてきてもいいようにしていたのだけれど、雨のせいか、お盆なのに弟夫婦以外は誰も訪ねてこなかった。例年なら町内の叔母と従弟が来るのだが。結局、弟夫婦がいる間以外は昨夜から持ち越した相場のポジションが気になって、相場のチャートばかり見ていた。本来なら今日は控えるつもりだったのだが。夜までかけて昨日の大敗分の7割方ぐらいを取り戻す。

今日は迎え盆、亡くなった人が帰ってくる(らしい)日であるが、毎年盆が近づくと父が帰ってくるのだろうかと半ば本気で考えるのだけれど、実際に盆になってみるとちっとも帰ってくる気がしない。しかし、なんだか今夜はやけに家の中がひっそりと静まり返っているような気はする。本当に静かな夜だ。あまりにも静かなので、もしかしたら亡くなった人というのはこのようにひっそりと帰ってくるのかな、などと思えてくる。そんな気がしてくるのも、お盆らしいということか。

カテゴリー: 未分類 | 迎え盆 はコメントを受け付けていません

無題

8月12日、水曜日。

涼しい一日。午後驟雨があり、それで一気に涼しくなった。夜は書斎の窓を閉めるぐらいに気温が下がる。体調悪く、本日も昼から1時間半ほど昼寝。妙に疲れていた。午後から深夜まで相場も、延々続くドル売りについていけず大敗。どうして頭の切り替えができなかったのか、いまだによく分からない。逆張りを繰り返して損切りを繰り返す愚行。状態に突入したのかも。夜はツイッターのタイムラインを追う余裕もなく、相当にパニクっていたものと思われる。

明日からの盆に備えて盆提灯を出し、花屋に行って花を買ってきた。今日はタヌキと遭遇せず。

カテゴリー: 未分類 | 無題 はコメントを受け付けていません

タヌキ

8月11日、火曜日。

どういうわけか、7時半前に起きた。当然睡眠は足りないのだけれど、どうせ昼寝すればいいのだし今日は燃えるごみの日なので朝食後、何週間ぶりか何か月ぶりかでごみを出した。その後、業務という名の涼みに行く。

午後、予定通り昼寝。なかなか気持ちよく眠れないが。夕方、意を決して髪を切りに行く。1000円カットは今日も臨時休業、いつ営業しているのかまったく当てにならないので、カット2500円ぐらいの比較的安い美容院に行った。美容師がやたらと話しかけてきて、ここしばらく母以外の人とほとんど口を利いたことがないので、久しぶりに世間話というものをしてちょっと緊張してしまった。なんだかすっかり口下手な人になった気分だ。そんなわけでようやっと髪を切ることができた。

美容院を出るころには雨がぽつぽつと落ちてきていた。それで夕方に涼しくなる。母のところに行って戻ってきて車を車庫に入れようとすると、何やら家の前から何匹かの動物が逃げ出すのが見えた。子猫だと思って、どこかの野良猫が子供を産んだのかなと。車を入れてから気になったので、動物が逃げた家の脇の私道を見に行く。子猫だったら飼いたいなあと思ったのである。見ると、側溝に一匹いる。驚いたことに出てきてこちらに向かってきた。一目見てアライグマの子供だと思った。かがんで話しかけると僕の周りをくるくると回り、僕が差しだした手に鼻づらを近づけてくる。人懐っこい。アライグマは大きくなると狂暴だし家を荒らされるんじゃないかというのが頭に浮かび、僕の手の匂いを嗅ぐように鼻づらを寄せてきたその動物に噛まれるのではないかと一瞬頭をよぎった。暗がりではあるが、よく見るとアライグマにしては随分痩せている。それに顔つきが違うし尻尾が縞模様じゃない。どうやらこれはアライグマではなくてハクビシンではないだろうかと。写真を撮ればよかったのだがこういうときに限ってiPhoneを持ってきていない。僕が腰を上げるとそのハクビシンのような動物は玄関先の草むらの中に逃げていった。

家に戻り、果たしてあれはアライグマなのかハクビシンなのかとググってみた。画像を見るとどう見てもアライグマではなさそうで、体型はハクビシンのようだ。しかし、ハクビシンの特徴である顔の白い線はなかったように思えるし、鼻先のかたちも違うように思える。なんだかよく分からなくなった。確かに暗かったけれど、これでも子供のころは動物学者を夢見て図鑑を読み漁っていたのに、こんな動物の区別もつかないとは情けない。アライグマでもハクビシンでもないとすると、タヌキかなと思って画像をググる。顔つきはタヌキっぽいが、こんなにふっくらはしていなかった。しかし、ウィキペディアで調べるとふっくらしているのは冬毛で、夏は身体も尻尾ももっとスリムだと書いてある。ということは、恐らくあれはタヌキの子供であるのだろう。というわけで、ひとまず暫定的にタヌキであると。

しかしながらどうしてタヌキの子供がこんなところにいるのだろう。確かにここは山形の片田舎ではあるので、いても不思議ではないのだが、子供のころの記憶を辿っても野生のタヌキやハクビシンやアライグマなど一度も見たことがない。それが何故2015年の今、うちの前というか庭先にいるのだろう。考えてみれば、タヌキであれば大昔横浜の日吉の会社に通っていたころ、駅から会社に向かう道端で死体を見たことがあるし、川崎とかにもいるのだから、こんな田舎に出没してもちっともおかしくないのかもしれない。しかし、ということはタヌキの一家がうちに住みついているということだろうか。なんとも奇妙だ。

その後も気になって、カレーの夕飯を食したあと、今度はiPhoneを手に外に出てタヌキを探してみたが見つけられなかった。まあうちの周りにいるのであればそのうちまた遭遇するかもしれないが、基本的に夜行性らしいのでまた見つけるのは難しいかもしれない。というか、書斎の窓を開けていると、夜庭先でごそごそ音がしたりしていたのは、てっきり野良猫だと思っていたのだがこのタヌキたちだったのだろうか。それにしても人懐っこい子供のタヌキで可愛かった。

という具合に、今のところ今夜遭遇したのはタヌキであるということにしている。

相場は夕方まで上手いこと日当が出ていたのだが、タヌキ騒動のあと大失敗。成立した指値が一旦裏目ったところでびびって一番最悪なタイミングで損切りしてしまい、利益のほとんどを吐き出してしまった。その後取り直したポジションで挽回のチャンスがあったのだが、これも利食いをびびってしまってちびる失敗。タヌキに出会って動揺したのか、どうも夜はちぐはぐになってしまった。それでも若干はプラスであるのだからしょうがないのだろうか。

明後日の13日に弟が来るというので、母の一時帰宅を申請しておいた。明後日は少し暑くなりそうだけれど。そういえば昨日の夜に向かいの寺に人が集まっていたのはお盆ではなく、大施餓鬼という法要だったようだ。

佐藤正午「Y」読了。なかなかよかった。以下ツイートから。

今夜は涼しい。また雨がぱらついてきた。今ごろあのタヌキの子供たちはどこにいるのだろう。

カテゴリー: 未分類 | タヌキ はコメントを受け付けていません

睡魔

8月10日、月曜日。

夜になって猛烈に眠くなり頭が朦朧。まあ考えてみれば夜眠くなるのは生理的に当たり前という気もしないではないが。しかしながら、昨日に引き続き、今日も昼間眠くて1時間ちょっと気絶してしまったのだった。察するに、先日蕁麻疹で処方された薬(アレグラ)の副作用ではないかと思う。ネットで調べてみると、アレグラの眠気の副作用は非常に少なく、成人の2.3%ということなのだが。アレグラにしろアレロックにしろ、以前も処方されて飲んだことがあるが、ここまで眠くなった記憶はない。ただ春先に漢方薬を飲んで物凄くだるくなったりしたので、体力の低下に伴って薬に弱くなっているのだろうか。

午前中、今日こそ髪を切ろうと隣町の1000円カットまで遠征してみたのだが激混み、町内に戻って2軒、計3軒回ったのだがどこも混んでいて諦めた。月曜の午前中に髪を切ろうとする人がこんなにいるとは。ちなみに当分営業再開しないかもと書いた町内の1000円カット、今日は営業していた。で、混んでいた。

まだ10日ではあるが、世の中はもうお盆なのか、夕方になって向かいの寺にぞくぞくと車が集まってきてただでさえ狭いうちの前の道に路上駐車しまくり、迷惑なことこの上ない。

母のところにいる間に弟から携帯に電話があり、13日の迎え盆のときに来るという話だった。要するにもうお盆なのだなと。そんな季節。

午後は相場も、いまひとつリズムを掴めず小遣い稼ぎ程度。ただ、このところ週明けにやられるパターンが続いていたのでそれに比べるとまあいいかと。今日はとにかく終日眠くて頭が回らなかった。日中外は暑かったが家の中はそれほどでもなく、逆に夜になって暑い感じがするというのも昨日と同じ。

しかし、たかが抗ヒスタミン剤でここまで眠くなるというのも情けない。一応明日から飲むのを止めてみようか。

カテゴリー: 未分類 | 睡魔 はコメントを受け付けていません

天国の日々

8月9日、日曜日。

東アジアカップ、中国と1-1で引き分け、とうとう勝ち星を挙げられずに日本は最下位に沈んだ。今日の試合も前半はパススピードも精度もなく、恐る恐るパスを回しているようで、かつての日本代表の小気味いいパス回しは見られなかった。したがって同点に追いついたシーン以外は攻撃もろくに組み立てられず。ようやく攻められるようになった後半は土砂降りの雨。今日もゴールを挙げた武藤(雄樹)や遠藤航などそれなりに収穫はあった。だがフォワード陣のポジショニングが悪く、特に川又と永井という名古屋の二人はまったく機能せず、人選自体が間違いだったのではと思える。一番がっかりさせられたのは宇佐美。柴崎にしても試合の流れを変えることは出来なかった。結局のところ、こうしてみると海外組と国内組の力量差はまだまだかなりあると痛感させられた。それにしても最下位とは。それもアジアではなくて東アジアで。武藤が2得点で大会得点王というのにはびっくり。まあそれだけの大会であったとは言えるのだが。

朝8時半ごろにドアチャイムの音で起こされた。階下に降りてみると回覧板だった。それにしても6時間半ぐらいは寝ているのだが、どういうわけか午前中ソファで2時間気絶してしまった。やたらと眠かったのである。

レンタルで注文していたCD(アニタ・ベイカー「Compositions」)とDVD(「るろうに剣心 京都大火編」「るろうに剣心 伝説の最期編」「天国の日々」)が届いたのでせっせとリッピングして焼いた。昨日デスクトップのOSをWindows10にアップグレートしてしまったのでちゃんとリッピング出来るかどうか心配だったが、無事リッピングソフトが動作してほっとする。DVDのラベルを印刷したら上手くいかず、先日の雷雨でびしょ濡れになってとうとうプリンタがいかれたかと思ったが、インクを交換したら無事解決。

夕方近く、髪を切ろうと1000円カットに行ってみたらいまだに人員不足で臨時休業の札、どうやらしばらく営業再開しそうもない雰囲気。その足で本屋に寄って芥川賞の2作が全文掲載されている文藝春秋を買おうと思ったら売り切れ。こんな山形の片田舎でもそうなのかと唖然。そのままスーパーの敷地内の美容院(カットが2300円)に行ってみたが混んでいて諦め、スーパーで買い物をして帰る。

夕食後母のところに。母があまりに言葉が少ないので、返事もしてくれないのではしんどいと思わず僕がこぼしてしまったら、その後母は自分から話そうと努力をしているようだった。なんだかむしろ気を使わせて可哀想な気がした。どうにも僕は辛抱というか我慢が足りないのだと反省した。

夜はリッピングしたテレンス・マリック監督「天国の日々」を見た。大好きな映画であるのに、むしろ大好きであるがゆえにこの映画を見るのは20年振りか、もしかしたら30年振りぐらいである。あまりにも思い入れがあるのでLDで買おうとずっと思ってそのままになっていたのだ。そうこうしているうちにもうLDというメディアもLDプレーヤーもなくなってしまった。

「天国の日々」を見るとナカタユウコを思い出す。確か仏文の後輩であった彼女が目をきらきらさせて熱心に勧めたせいでこの映画を僕は初めて見たのだった。とにかく驚くほど美しい撮影の映画だ。冒頭から少女の独白が被ることも含めて、この映画が一番好きなのだとナカタユウコは言った。彼女を僕に紹介したのは同級生のミヤザキだった。それでまだ20代前半だった僕らは付き合い始め、目黒のオールナイトの映画(「去年マリエンバートで」)を見に行ったりした。彼女はレミと同じレーザーディスクに勤めていた。そのころの僕はまだオリコンにいたはずだ。僕は阿佐ヶ谷の彼女のアパートにも行ったりしたのだが、とうとうキスのひとつもしないままで終わってしまった。僕は確かに彼女に恋していたわけではなかったのだが、それにしてもどうして付き合うのが嫌になったのか、いまだによく分からない。彼女から電話がかかってきて「吉祥寺でお好み焼きが食べたい」と言われ、僕は「嫌だ」と言った。そうしたら彼女は「ごめんなさい」と言って泣き出した。それが最後に交わした会話だったと思う。そんな風に僕らは終わってしまった。ただそれだけの、付き合ったうちにも入らないほどの付き合いだったのだけれど、いまだに「天国の日々」を見ると彼女を思い出す。そして、いかにも未熟でわがままで若かった自分自身を思い出すのだった。オールナイトの映画を見た帰り、信号待ちの間に小柄な彼女の頭に顎を乗っけたことを思い出す。僕が出来たのはせいぜいがそこまでだった。あのもどかしいころも僕自身の「天国の日々」だったのだろうか。

カテゴリー: 未分類 | 天国の日々 はコメントを受け付けていません

阿鼻叫喚

8月8日、土曜日。

今夜は昨日までが嘘のように涼しい。これを書いている今、書斎の室温は26度。これが続いてくれればいいのだが。

そんなわけで、午前中は皮膚科に行った。この町には皮膚科が一軒しかないので混んでいるだろうとは思ったが、10時半ごろに着いてみると想像以上に混んでいてびっくりした。問診票を出すときにどれぐらい待ちますかと訊いてみると、2時間以上は待つというので一旦帰宅することにした。12時までには戻ってきてくれとのこと。帰宅してhuluでウディ・アレン監督「誘惑のアフロディーテ」を見始める。で、12時ぎりぎりに医者に戻った。

相変わらず待合室は混んでいる。おまけに若い母親が連れてきたらしい3人の幼児(女児2人、男児1人)が嬌声と絶叫を繰り返し、うるさくてしょうがない。プラスティックの馬に乗って絶叫しながら待合室中を駆け回り、おちおち本も読んでいられない。若い母親はおざなりに注意らしきものをときどきするものの、ガキどもは一向に言うことを聞く気配はない。とにかく一秒たりともじっとしていないし黙っていない。一日中この調子であるなら、僕なら気が狂ってしまうだろう。中待合室に移動してもこいつらの暴挙はとどまるところを知らず、ところ構わず叫び続ける。ただでさえうんざりするほど待たされているのに、発狂したように騒ぎまくるので怒鳴りつけるのを我慢するので精一杯、まるで拷問だ。まさに阿鼻叫喚。ようやくこの傍若無人な連中が診察を終えていなくなったときには、もはや精神的にへとへとになっていた。これから察するに、小さい子供というのはほぼ全員、多動性障害であると半ば確信するに至る。こいつらは寝ているとき以外はじっとしていることなどありえないのだ。

ようやく診察室に呼ばれたのはもう1時近かった。一昨日からの発赤を伴う痒みはやはり蕁麻疹だった。ついでに、以前から気になっているというか、もうかれこれ10年以上、もしかすると20年以上悩まされているお尻の古い湿疹(だと思っていた)を診てもらう。すると、どうりでいくら薬を塗っても治らないはず、湿疹ではなくてカビ(白癬菌)だという。普通の湿疹の薬を塗るとかえって悪化するというのである。顕微鏡の写真を見せられて、白癬菌というものを初めて見た。以前(もう10年近く前か)診てもらった皮膚科では湿疹と確か言われたのでずっと勘違いしていた。それぞれの薬を処方されて、ようやく皮膚科を後にする。しかし、しつこい湿疹だと思っていたものが白癬菌だと分かっただけでも医者に行った甲斐があったというもの。

駐車場で隣の車に例の親子連れが。いやはや、本当に僕には子供は無理、と思う。正直我慢できない。しかし、どう考えてもしつけがなっていないと思うのだが。子供だから何をやっても許される、他人にいくら迷惑をかけてもしょうがないというのはおかしい。

結局2時間半も待たされる羽目になったが、考えてみれば午前中だけ診察の土曜日というところが敗因か。

帰宅後、「誘惑のアフロディーテ」を最後まで見る。ウディ・アレンらしい映画だった。今日も4時ごろに母のところに行ってくる。母のところから戻ると、ドアチャイムが鳴った。地元の青年会だった。お祭りの寄付をして欲しいという。いくらかと訊ねると3万5000円というのでびっくりした。先日寺に5000円寄付してショックを受けたというのに。そんなにはとても出す余裕がないという話をして、いかにうちが経済的に余裕がないかを滔々と語り、結局5000円寄付した。これでも痛い。夜になって、あまりにもうちが貧乏だということを強調し過ぎたかなとちょっと恥ずかしくなる。しかし、たかが祭りの寄付だ、寄付というものは本来したくなければしなくてもいいはずである。

それはともかく、Windows10でタイトルバーが無色になってしまう件、なんのことはない、Firefoxのテーマを変更するだけで(ブラウザに関しては)解決。それでとうとうデスクトップの方もWindows10にアップデートしてしまった。OSを替えるというのは結構どきどきする。何しろ一ヵ月以内じゃないと後戻りできない。まあただこれまでのところ起動・動作しないアプリケーションは見当たらないし、動作環境としてはWindows8よりも安定して速いという印象だったので。案の定、アップデートしてすぐの時点では動作が重いが、しばらくすると安定する。動作確認すると、例によって2つ起動しないアプリケーションがあったが、再インストールすれば問題ないことが分かっていたので。ただ音楽ファイル編集ソフトが認証のロック解除の回数制限がかかってしまい、解除してもらうようにメールした。ノートPCの方では動いても、万が一デスクトップの方で動かないプログラムがあると(例えば家計簿ソフトとか)大変だと思ったが、バックアップを取るのを忘れてアップデートしてしまったので冷や冷やだった。今のところは前述の制限がかかってしまったもの以外は無事動いている。

冒頭に書いたように夜になると涼しくて快適、なでしこの東アジアカップ最終戦、中国戦を見る。例の如く意味不明のボールロストが散見されるものの、終了間際の2点でようやく勝って最下位を免れる。

カテゴリー: 未分類 | 阿鼻叫喚 はコメントを受け付けていません

戦争と平和、でもない

8月7日、金曜日。

どうしてこう日中は煮詰まるのか。ただ単に暑いせいなのか。

何のアイディアも湧かないので昼過ぎまで業務(ただ涼んだだけ)。思いの外朝早く(と言っても8時過ぎだが)起きたので帰宅後眠くなる。冷房をつけた茶の間で(昨夜からポジションを持ち越したので)相場のチャートを見ていたのだが眠気に負け、うとうとしていると電話(固定電話)が鳴った。

知らない人だった。どうやら母の教え子らしいが、なかなか名乗りもしないし僕のことを「君」と呼んだりしてなんか慣れ慣れしい。そのうち、先の戦争(第二次世界大戦)に日本が参戦したことをどう思うか、それは悪いことだと思うかという、突拍子もない議論を吹っかけてきた。僕としてはただ単に見知らぬ人から突然絡まれたという感じである。僕自身は右でも左でもないし、そりゃあ日本は悪かったと思うがアメリカだって戦争したことは同じだと思うというと、じゃあドイツは、とか切りがない。と、急に便意を催したので電話を置いてトイレに駆け込んだ。それでようやく戦争談義はけりがつき、相手は名乗った。やはり母の教え子であり、大学卒業以来ずっとアメリカに住んでいるという。聞いてもいないのに昭和27年生まれ、僕よりも7歳年上だということまで判明。母のことのみならず、僕自身のことまで仕事は何をしてるだの、精神疾患ってなに? とかずけずけと訊いてくるので正直不快だった。この、やたらとずけずけ物を言う人はどうやらアメリカから電話をかけているらしいのだが、そのわりには随分長電話である。40年ぐらいアメリカに住んでいるせいなのか、それとも生来のものなのか、母が老人ホームに入っているというと、あと3年ぐらいは生きているのかとか、いちいち言うことが失礼極まりない。そもそも最初から僕を年下とみくびって見下した言い方をするので癇に障る。

ようやく失礼な物言いの電話は切れた。僕はその母の教え子の名前をメモって、いつもより少々早いけれども4時ごろに歩いて母のところに面会に行った。名前を告げると母は一発で分かった。母の話によるとサンフランシスコ辺りに住んでいるらしい。母はいろんな記憶が覚束ないが、教え子のこととかは本当によく覚えている。今日の母は比較的表情もよくて、いつもに比べると話ができた方だった。

先日庭仕事をした際のひっかき傷がいまだに両腕に残っているのだけれど、昨夜その傷のひとつのところが虫に食われたように腫れて痒かった。今日は左の足首が赤みが差してやたらと痒くなり、どうやら蚊ではなさそうなのでやはりダニがいるっぽい。かといってどうやって対策を取ったらいいのか分からないので、ひとまずドラッグストアに行って虫刺されの薬(液体ムヒ)を買ってきた。足に塗るとすうっとして気持ちいい。しかし、そこだけではなくて頭のてっぺんやらなにやらいろんなところが痒くなり、そこまでダニがいるとは思えず。で、昨夜痒くなった右腕の内側がまた発疹のようになって痒くなり、もしかしたら蕁麻疹かもしれない。

今日も頭が回らない。少なくともいい方には回らない。昨夜から相場のポジションを持ち越したものの、頭がぼうっとして利食いし損ね、そのうち夜に雇用統計があるのがだんだん怖くなってきて夕方ほぼ同値で逃げた。雇用統計は予想より悪い結果なのにドルが買われ、結果的にはポジションをそのまま保持していてもよかったのだが、それは後になって分かること。指標後に小遣い稼ぎをした程度で週末なので手仕舞い。

またあちこち痒くなる。なんだろう。風呂上りなのに。やっぱりダニではなさそうだ。明日皮膚科に行った方がいいだろうか。ネットで調べたらこの町唯一の皮膚科、土曜日も午前中はやってるらしいので。

カテゴリー: 未分類 | 戦争と平和、でもない はコメントを受け付けていません

うだつ

8月6日、木曜日。

冴えない。まったくうだつの上がらない日。たぶん、暑いせいだ。

8時半過ぎに起きたので6時間半ぐらいは寝たのだけれど、朝からなんかだるいなと思っていたら朝食後しばらくして眠気がやおらやってきて、書斎のソファに横になったら1時間ちょっと泥のように気絶してしまった。そんな感じで午前中は消滅、昼食後の午後は思い出したように相場のチャートに向かってポジションを取ってみるものの、あまりに暑いせいか集中力がなく、そのせいで余裕がない。思い立って髪を切りに1000円カットに車で行くと、人員不足のため臨時休業の札が。人がすぐ辞めるということなのだろうか。しょうがないので帰りがけに町役場に寄って臨時給付金の手続き。帰宅後、結局冷房のある茶の間に移動するも、どうにも落ち着かない。冷房をつけると今度は身体が冷える感じがしてしまう。そういうことも気になって結句何も出来ず煮詰まる。ということは、ただ単に暑いから何も出来ないということではなさそうだが。相場も上手く行かずただいらいらして焦燥感だけが募る。

6時半ごろになって運動不足解消のため母のところに歩いていくと、外は少し風があって思ったほど暑くない。だが母のところから帰宅すると、家の中はやっぱり暑いのである。

こういうときは相場もはっきりせず、なかなか入れない。仕方ないので夜はハメス・ロドリゲスの出演した食わず嫌い王を見る。我ながらしょうもないなあと思う。

なんだか何をやっても上手く行かないような気がしてしまう。暑さで頭がぼうっとしているうちに一日が過ぎていく。びっくりするくらいに集中力がない。おまけに冷房にも弱いとあってはどうにもならない。予報によると明後日ぐらいから多少は暑さが和らぐらしいが(本当だろうか)、今年の暑さは尋常じゃない気がする。どうにも今週は人間として使い物にならない感半端ない。気がつくと最近は音楽を聴く余裕すらない。閉塞中。

カテゴリー: 未分類 | うだつ はコメントを受け付けていません