救済と洗脳

3日続けて2時に寝て8時40分に起きる。が、生あくびが絶えず疲れが取れなくてまた朝食後に1時間ソファで寝てしまう。どうも8時間近く眠らないと疲れが取れないようだ。

午前中にある人のツイートを読んで、というかそれは母と同い年の某女優の言葉なんだけど、それで少し気が楽になった。ずっと頭に刺さっている棘が完全に抜けたわけではないけれど、ちょっとした救いに思えた。恐らくそれは視点を変えるということであり、あるいはそれはただの言葉に過ぎないのかもしれないが、思考のベクトルが一方向に傾いた僕にとっては違う見方・認識の仕方を示唆するものであり得た。結局のところ、そういうことって一言で言ってしまえば「ものは考えよう」ということになってしまうのだと思うが、その「考え方を変える」というのが一番難しい部分でもある。

夜になってX JAPANのTOSHI改めToshilが12年間に渡って洗脳を受けた話を告白した番組に関するスポーツ紙のサイトの記事を読み、あらましは大体知ってはいたもののざっと読んでもかなり酷い話だと思い、改めてウィキペディアとかで調べてみた。で、件の番組(「金スマ」)をYouTubeで半分ほど見たところなのだがなるほど凄まじい。YOSHIKIが辛くて見れないというのも分かる。傍から見れば典型的な自己啓発セミナーによるマインドコントロールなのだが、疑問を抱いていても人間というのは弱っているとこんな風に引き摺り込まれてしまうものなんだなと思う。

言葉の力っていうのは凄いし怖い。前述ように言葉に救われることもあるし、Toshilのように一切合財を失ってしまったりもする。かつてのToshilと今の僕ではまるで状況が違うけれど、同じように弱っている。それで僕は前述の言葉を自分に言い聞かせようと努力する。刷り込もうとする。自分で自分をマインドコントロールしようとしているようなもの。それはToshilの例を出すまでもなくある意味危険なことでもあるのだが、一番危険なのは棘だ。つまり、恐怖に支配されることである。それが最悪だ。それは僕の人生を台無しにする。それから逃れるためであれば、勘違いした方がよっぽどいいのだ。

というわけで、ある意味人生観を変えるという危険な作業中。元々僕は考え過ぎるタイプの人間だが、このところの僕はあまりにも考え過ぎる。いかにしてそこから脱却するかというのが当面の課題。

今日も日中は暑く、夜は窓を開けると寒いぐらい。昼夜の温度差が凄い。午後2時ごろが暑さのピーク。今日も32度ぐらいになって暑くてどうしようもなく、扇風機を回してソファに寝転んで2時間近くうとうとと放心。四六時中煙草が吸いたくてたまらないのだが、いざ吸ってみるとちっともおいしくない。今日も「ブレイキング・バッド」を少々。窓の外では遠雷。明日は雨かな。


カテゴリー: 未分類 | 救済と洗脳 はコメントを受け付けていません

相変わらず精神状態が酷い。夜安定剤を1錠飲んで、Hと長電話。するとコミュニケーション能力というよりも日本語力が極端に落ちていることに気づく。ボキャブラリーが少なく、同じことをいつの間にか繰り返し口にしている。例えば「ちょっと」とか「結局」とか、そういうもの。途中で気がついても修正が出来ない。ただ一応気づいてはいるので極度の口下手状態になってしまい、自分でも何を喋っているのかよく分からなくなる。もしかしたら多少なりとも安定剤が効いて頭がぼんやりしたのかもしれないが。そもそも電話したはいいものの、何を話したらいいのかまったく頭が整理出来ていないということもある。論理的に話そうとしても論旨がどんどん曖昧になっていって意味不明になる。簡単に言うとどんどん歯切れが悪くなる。

もうかれこれ1ヶ月以上、頭に恐怖心の棘が刺さって抜けない。今の僕の精神状態は悪い方に常にバイアスがかかっていて、極度に悪い方向に思考回路が傾きやすくなっている。こういう不安定な状態を一般的な意味で悲観的と言っていいものかどうか分からないが、思考のベクトルが楽天的とは対極にあるのは確かだ。そういう状態なので、母のところに行って話をすると、今の母が置かれた状態、精神状態を過度に自己に投影してしまい、半ば同化してしまって物凄く辛い。つまり、母がどうしたらいいか分からないと頭を抱えるときは僕もどうしたらいいのか皆目分からなくなる。母が辛いと感じることは僕も同じように辛い。感情移入し過ぎているのは頭では分かっているし、それが自分の精神状態に悪影響を及ぼすのも分かっているのだが、正直どうにもならんのです。

今日は昨日ほど体調は酷くなく、朝から晴れて暑くなりそうだったので3時間ほど業務に赴く。すると例によってがんがんの冷房で身体が冷えるのだが、1時間に一回外に出て一服すると真夏のような日差しで暴力的に暑い。ところが帰宅して夕方近くなると空がにわかに曇り始めて雷鳴が轟き、そのうち風雨が強くなり瞬間的な豪雨になって窓を開けると雨が入って来るので閉めざるを得ず。この雨で一気に気温が下がり、それまで32度だった室温は29度に。で、雨が少し治まってくるころには窓をちょっとでも開けていると寒いぐらいになる。その後も雷はしばらく続き、雨がときおり強くなったりする不安定な天気。

天気もそうだが前述のようにとにかく精神的に不安定な状況なので、今日は相場をやる気力もゼロ、家にいる間は断続的にドラマ「ブレイキング・バッド」をだらだらと見るに留まる。肉体的にも精神的にも疲れ果てている。せめて煙草がもう少し美味しければ少しは救われるのだが、と思う。食事の支度をすることひとつ取っても一大決心がいる。ただ闇雲に腹が減るので仕方なくやってはいるものの、食べても美味しいと思わない。摂取しているという感じ。とにかくしんどい。自己防衛本能的にもこんな状態が長続きするとは思えないが、正直普通の精神状態というものがどのようなものであるか忘れかけている。

無暗に悲観するぐらいなら闇雲に楽観した方がずっといいとは思う。だが分かっていても出来ない。もしかしたら今は一日の中で波はあまりないように思えるがそれぐらい大きくて深い抑うつ状態にあるのかもしれない。


カテゴリー: 未分類 | 棘 はコメントを受け付けていません

吸血鬼化

3度寝ぐらいして8時40分まで寝たので、一応6時間40分ぐらいは睡眠を取っている。最近にしては寝れた方だ。がしかし、やっぱりダメだった。どうしても眠気がある。今朝はダルさよりもむしろ眠気だったように思う。とにかく、また午前中一杯ソファで寝込んだ。一旦寝始めると延々と果てしなく寝てしまいそうだった。危機感を覚えて昼頃に起きて昼食を摂る。しかしながら身体に力が入らない。午後もまったくダメ。確かに書斎の室温は32度まで上がったが、それだけが原因とも思えない。午後はただ起きているだけで精一杯。椅子に座ってPCに向かっているだけでもうふらふら。とうとう夕方近くなって母が父のために買った、点滴と同じ成分というOS-1を冷蔵庫から出して飲み始める。それぐらいバテていた。結局日が出ている日中はまるで人間として機能しなかった。なんとかレトルトのカレーの夕飯を食べて、母のところに行ったのが本日唯一の外出。このところの母は気分の不安定さこそないものの、まるで抜け殻のようである。

夜になって気温が下がる。相変わらず日中と夜の温度差がある。で、やはり夜になってようやく多少動けるようになる。日の出ている間はまったくダメで日が沈んでからしか動けないとは、これではまったく吸血鬼だ。しかしながら、かといって昼夜逆転しているわけでもない。ことはそう単純ではない。どうしてこれほど日中へばってしまうのか、熱中症のように暑さに参っているというのであれば、何故まだそれほど暑くない朝から寝込んでしまうのか謎だ。昨日今日と朝起きたら布団をひっぺ返してはいたが、それはあまり関係なさそうだし。確かに妙に暑がりになっていて室温が30度を上回るとへばる傾向にはある。日が沈んで外の気温が下がっても、しばらく時間が経たないと涼しく感じないなど、どこか感覚が馬鹿になっているところはある。体温調節でもおかしくなっているのだろうか。いずれにせよこれでは一日の大半が病人状態でグロッキー、使い物にならない。正直どうしたらいいのか皆目分からず途方に暮れている。

今日も「ブレイキング・バッド」の続きを見ていた。他に出来ることもないし。連続ドラマというのは話が遅々として進まないというのもあるが、一旦見始めるとずるずると見てしまう。際限がない。こういうのをハマっているというのだろうか。

相場は昨日から入るタイミングが見つけられない動き。前述のような状態で日中は頭も回らない。夜になって結局目先を変えることにしてポンドで指値をしたら成立、一応日当らしきものは出た。何もしないよりはマシ。

これを書いている今も身体が乳酸でも溜まっているような感じだし煙草を吸ってもいがらっぽいだけ。結局今日何かやったと言えば、「ブレイキング・バッド」をひたすら(休み休みではあるが)見たのと珈琲の生豆を煎ったぐらい。あと、かろうじて母のところに顔を出した程度。いっそのこと完全に夜型にしてしまってもいいのだが、特に夜調子がいいというわけではなく、朝から夕方までがあまりにも調子が悪い。この体調がいつまで続くのかかなり危機感がある。


カテゴリー: 未分類 | 吸血鬼化 はコメントを受け付けていません

水曜日

気のせいか今夜は気温があまり下がらない。確かにこれを書いている書斎の室温はまだ30度近くあるが、今日はそれほど日中アホみたいに暑かったというわけではないので、多分に気分的なものかもしれない。

ゴミ当番だったということもあり、8時前に起きる。とはいうものの、2時ごろには寝たので6時間近く寝ているはずなのだがやはり眠気が取れず、今日も午前中1時間ほどソファで昼寝。いまだにバテているようだ。昼前から業務、今日は母が歯科医の診察を受けるというので言われた通り2時半に母のところに行く。母は食堂で衣類を畳むのを手伝っていた。ところが老人ホームに着いた途端に僕の方がへばってしまい、しばし食堂のソファに腰を下ろして目をつむってぐったりとする。歯医者の診察の時間はなかなか来ず、結局呼ばれたのは3時半近かった。結果的に事前の話のように上の前歯ではなく、根っこだけ残った下の前歯2本を抜いた。母は血をさらさらにする薬を飲んでいるので抜くのはいささか心配だったが。すっかり僕自身がバテてしまっているので後は職員に任せて4時には帰宅。母のところにいるときは帰宅したらすぐにでも寝込んでしまいそうだと思っていたのだが、なんとか持ってその後は昼寝せずには済んだ。

一応相場の指値はしたのだが成立せず、昼に一度動いただけで方向感ない動き、成行で参加出来るポイントも見当たらず今日は様子見。一応「休むも相場」ということにしておく。

そんなわけなので本日帰宅後の夕方から夜にかけてはひたすらhuluで「ブレイキング・バッド」を見ていた。シーズン1(7話)まで見た。それで肺がんを宣告された主人公が抗がん剤治療を受けるのを見て、なにやら遠い昔のことのようで少し忘れかけていた抗がん剤治療のことを思い出す。髪が抜けたり吐き気が凄かったり尿が赤くなったりという副作用は、当時はこれが当たり前なのだと受け入れていたが、ドラマの主人公が治療を受けるかどうか散々逡巡する様子を見て、いくら他に選択肢がなかったとはいえ、僕のような極度に意志の弱い人間がよく耐えられたものだと今となっては思う。恐らく人間というものはいざそういう局面になると耐えられるように出来ているのかもしれないが。実家の玄関ぐらいしかない狭いワンルームで、一人ぼっちで毎日吐き気に耐えながら曲を作ったりしていた。今思い出すとステロイドを飲んで数日後のダルさは先日とは比較にならないものだった。部屋中が抜けた髪の毛だらけになった。浴室の排水口は抜けた髪の毛が溜まって「リング」の貞子がいまにも這い出てくるところみたいになった。点滴は1回8時間近く、よく我慢出来たものだと思う。というか、我慢するしかなかったのだ。そう考えると、どうして今はいろんなことに我慢が効かないのかと思う。たかが眠気ひとつ、ダルさひとつ我慢出来ない。

抗がん剤治療なんてもちろん経験せずに済めばそれに越したことはないが、僕にとってはある意味貴重な経験だったのかもしれない。去年の年末、20日間警察に勾留されたのもそう。あのときは何一つ自由がなかった。ネットどころか珈琲一杯飲めなかったし煙草1本吸えなかった。外の景色すらほとんど見れなかった。今こうしてネット三昧をして好きなときに珈琲を飲んで煙草を吸えるということがどれだけ有難いことなのか、もうほとんど忘れかけている。今が辛いと思うなんて、相対的にはどれほど贅沢なことなのか忘れかけている。そういう意味ではまったくもって堕落しきっている気がしないでもない。ただ、人間の意識というものは主観で構成されていて、それが(肉体的・精神的)体調というものに左右されることも事実だが。

実に、今の僕は自由なのだった。だがしかし、だからこそ焦る。久しぶりに作ったモチーフをフルコーラスの曲にしたはいいものの、それをきちんとスコアに書くこともしてないし通しで弾いてみることすらなかなか出来ない。まともに長時間相場に向き合うことすら出来ない。まったく情けないことに、椅子に座っているだけで疲れる。なんだか知らないがひたすらへばっているし睡魔に負ける。これではいけないと風呂に入る前に今夜は腕立てとスクワットをしてみたが。なにしろ一日の間で間欠的に物凄くバテてしまう。最近の悩みは集中力がとにかく持続しないことだ。

という具合に毎日反省ばかりしているが、なかなかそれを現実に活かせないのが今の悩み。


カテゴリー: 未分類 | 水曜日 はコメントを受け付けていません

残暑

朝起きて、ダルさはどうか注意深く観察した。が、昨日の朝ほどではなかった。かといって眠気はあるしで、結局今日も朝食後に1時間ばかりソファで寝てしまう。

日中はすっかり暑さが戻ってきた。ダルさもそれほどではなかったので今日は久しぶりに遅まきながら業務に行ってみる。それなりに涼むことは出来た。その足で昨日の血液検査の結果が出る医者へ。血液検査の結果はどこにも異常がなかった。今回は血糖値まで調べたが異常なし。炎症反応もなし、貧血もなし。それはそれでいいのだけれど、とすると昨日の異様なまでのダルさは結局夏バテということなのだろうか。

帰宅すると夕方にかけて南向きの書斎はとにかく暑く、頭がうだるようでぼうっとしてくる。業務中冷房ががんがんに効いていたせいか、帰宅すると闇雲に暑く感じた。あまりに暑くて何もする気力が湧かず、夕飯はレトルトのご飯をレンジで暖めてレトルトのカレーで済ませる。それから母のところへ。夕方特養から電話があって明日の午後歯科医の診察に立ち会って欲しいと言われたところだった。職員の話によると、一本だけになった母の上の前歯がぐらぐらしているので抜いた方がいいのではないかという話だったが、行ってみるとそんなにぐらぐらしてはおらず、母も抜きたくないというのでその方針を明日伝えようと思う。

夜になるとそれなりに気温が下がって、もう窓を開けていると涼しいくらいなのだが、どうも感覚が馬鹿になっているのかしばらく暑いという感じが抜けなかった。日中と夜では気温差が10度ぐらいありそうだ。まだバテ気味なのでどうにも振り回される。

今日からhuluでドラマ「ブレイキング・バッド」を見始める。シーズン5まであるのでとにかく先が長い。そういえば先日前半の短編を読んでけちょんけちょんに書いたカポーティの「カメレオンのための音楽」だが、結局そのまま読み続けたらノンフィクションである中編が意外といける。

相場は昨日取ったポジションを今日まで持ち越したら夜の指標で裏目ってストップロスに引っかかる。いずれにしても今日は暑くて頭が回らず、相場に関してはほとんどなにも考えられなかった。夕方考えようと思っていたらそのままなし崩しに。夜になって適当に取った指値がひとつ成立したが、焼け石に水といったところか。

しばらくこの残暑が続くのだろうか。暑さに振り回されて頭の回らなかった一日。暑い暑いと言っているうちに一日が過ぎてしまう。昨日はダルいで一日が終わってしまたし。まずは体調が戻らないとどうにもならないな。気分転換にまたレイトショーの映画でも見に行きたいところなのだが。


カテゴリー: 未分類 | 残暑 はコメントを受け付けていません

異様な倦怠

朝起きて階下に降りていつものように台所でトースト1枚の朝食を済ませ、書斎でPCに向かいながら食後のコーヒーを飲んで一服していると、尋常じゃなくダルいことに気づいた。とにかく半端なくダルい。そのうち気分も悪くなり、起きているのもしんどくなった。結局午前中一杯、ソファで毛布を被って寝込んだ。

昼頃目を覚ますと、気分の悪さは多少ましになったもののダルさはあまり解消されない。どうしてこんなにダルいのか考える。低血圧かもと思って血圧を計ってみても普通。やはり貧血なのかなあと考える。晩年の父が肺気腫でときおり死ぬほどダルいと言って医者で点滴を受けていたのを思い出す。自分もそれかなあなどと。実家に一人でいると、どこまで具合が悪くなったら病院の救急に行けばいいのかとかいう加減が分からない。いずれにしても町の病院は母のことで内科医2人と喧嘩しているし、それでなくても外来の受付は午前中だけ。どうしようかとしばし悩む。

今日は暑さが戻ってきた。扇風機を久しぶりに回す。結局、いつまで経ってもダルさが取れないので、本来明日の予約だった泌尿器科が内科も兼ねているので行くことにした。先々週県立中央病院で受けた血液検査の結果を持って行った。医者にそれを見せると確かに貧血気味ではあるがこの検査結果であれば特別何かをすべきほどではないという。さかんに点滴していきますかと言われたが、1時間半かかるというので断った。根性がない。かつて悪性リンパ腫の抗がん剤治療のときは8時間近く点滴していたというのに。結局血液検査を再度してもらう。ついでに血糖値も計ってもらうことに。結果は明日出るということ。明日の朝も今日と同じようにダルかったら明日は諦めて点滴を受けよう。医者にはひとまず前立腺肥大の薬を中止するように言われた。因果関係は定かではない。

夕方になってもダルさは取れず、さすがに今日は母のところに行くのを諦めようかと思ったが、なんとか夕飯を食べた後、ちょっとでもいいから顔を出してこようと行ってきた。帰宅して夜になってようやくダルさがなんとか気にならない程度に治まり、人心地ついた。そんなわけだから結局今日も日中はまったく使い物にならず、ただの病人だった。それにしてもあの異様なダルさは一体なんだったのだろうか。


カテゴリー: 未分類 | 異様な倦怠 はコメントを受け付けていません

無題

どうも精神的に不安定で一日の中で波がある。このところずっとそうだが、常に日常から滑り落ちそうな危ういところでうろうろしている感じ。

2時に寝て8時前に起きたのだが朝食後にもう煮詰まる。何をしていいのか分からなくなりそのうち思考停止、どうにもならないのでソファで毛布を被って(朝から寒かった)寝ようと試みるが一向に眠れる気配はない。寝ようとして眠れないのも辛いなあと思っているうちにいつの間にか2時間以上経過、夢も見なかったがどうやらそれなりに寝たようだ。気がつくともう1時近い。

午後はそれなりに気温が上がったがそれでも26度から27度くらい。3時近くなってドトール経由でユニクロでも行こうと車で出かける。今日みたいな涼しい日でもドトールは冷房が入っていた。長袖のTシャツを着ていたのだが時間が経つに連れて身体が冷えてきて寒い。半袖短パンの人も普通にいるのだが。で、昨日から読んでいるカポーティの短編集「カメレオンのための音楽」(野坂昭如訳)を読んだが前半まで読んで一向に面白くない。確かに野坂の訳もあまりいいとは言えないがそれ以前に内容がない。何も来ない。それまでの自分の作家人生を回顧する序文までついているのにこれはどうしたことか。本当にこれが「ティファニーで朝食を」「冷血」「夜の樹」のカポーティだろうか、などと思う。ウィキペディアを見ると「冷血」以降アルコールと薬物中毒に苦しみ長編を書き上げることもなく公私共に没落したとある。晩年の作品集なのでそういうわけなのかなあ。いずれにしてもこれ以上読む気になれず。もう一冊同時に買ったカポーティの短編集があるがそっちは恐らく初期の作品群。

結局5時近くなったのでユニクロには寄らず、スタンドに寄ってガソリンを入れスーパーで買い物をして帰宅。またガソリン上がってた。どこまで上がるんだろう。母のところに行くも、母は昨日一時帰宅した記憶すら怪しい。それ以前に僕自身が不安定なのでだんだんいたたまれなくなる。母のところから戻って、スーパーで買った天重の夕飯。夜は市川崑監督「犬神家の一族」(1976)を見る。もう見るの何度目か分からなくてすっかり話は分かっているのだけれど、なんか懐かしい映像。ネットで柿谷先発のバーゼルの試合を見るも柿谷は守備に追われてこれといった見せ場もなく途中交代。

昨日は日中の煙草のペースが早く、これは本数増えそうだと思ったら結局21本で収まったのだが、今日は午前中2時間以上寝たにも関わらず昨日よりも本数が結果的に増えそうだ。絶え間なく不安感がどこかにあるので今夜も安定剤を1錠飲んだが効いた感じはせず。

結局自分自身の不安定さに一日振り回されている。もろもろ疲弊してきている感じが半端ない。何もしないのが当たり前になってきた。今日でようやく世間のお盆休みも終了、明日からはもう少し一日のスケジューリングというものを組み立て直さなければ。まあ毎日そう思ってはいるのだが。運動不足も気になっているがちょっとした運動もなかなか実行に移せない。

と、こうして書くと実に散漫な日記だけれど、実際僕の生活自体が散漫なのである。もはや僕の日常というものは既に崩壊してきているのかもしれない。何か考えること自体に疲れ果てている。午前中から寝てしまおうとするように、デフォルトで肉体的にも精神的にも疲れ切っていて諦めてしまう傾向にある。いろんな意味で現状を打開する体力がない。もはや、自分が抑うつ状態であるのかどうかの判断すら出来なくなっている。


カテゴリー: 未分類 | 無題 はコメントを受け付けていません

送り盆

携帯のアラームを2つかけて7時20分起床も、住職が棚経をあげに来たのは8時半を回ってからだった。今日はとにかく寒い。長袖のTシャツ着ても寒くて、ヨットパーカーを羽織っていたくらい。今も室温が24度ということは、外は20度ぐらいしかないのではないだろうか。明日も最高気温25度という予報だし。また風邪をひきそうな気配すらある。

午前中に強い雨が降り、やはり母を墓参りに連れていくのは無理かなと思ったら午後には上がり、その後は降らなかった。2時ごろに仙台から弟一家が母をピックアップしてやってきた。弟のところの次男は来れず、弟夫婦とその長男。母を入れて5人で墓参りに行く。帰宅後、母を縁側の籐椅子に座らせて久々に賑やかな茶の間、そうしていると束の間だが母が破顔一笑、母の笑顔を久々に見た。5時近くなり玄関先で母を送り出そうとしていると向かいの人が回覧板を持ってきて久々に母と再会、なにやら慌ただしいけれど久しぶりにいろんな人が交錯する。さぞ母も疲れたろうなと思ったらそうでもなさそうで、むしろ体調の悪い僕の方が疲れた。甥っ子に叔父さん若い、お父さん(僕の弟)よりも若く見える、と言われたのは嬉しかったな。

日中はそんな感じで弟一家と母がいたのでよかったのだが、夜になると一転して不安感に蝕まれ、久しぶりに安定剤を1錠飲むも効かず。結局母同様僕も精神的に不安定なのだ。急に寒くなったりして体調がよろしくないせいもあるのかもしれない。

今日は午前中に原田眞人監督「金融腐蝕列島 呪縛」、夕方から夜は熊井啓監督「日本の黒い夏 冤罪」と、huluで邦画を2本見た。「呪縛」は2度目だったがそれなりに見れた。だが初見の「日本の黒い夏」、恐ろしく酷い出来。松本サリン事件を表層的になぞっただけにしか思えない。脚本・演出ともにセンス悪く、演出ひとつダサいと役者の演技まで皆大根に見える。カメラワークや編集もよくないし音楽に至っては最低。典型的なダメ邦画を見た印象。熊井啓ってこんな監督だったっけかなと首を傾げる。

今日の体調はどうにも訳が分からず、スパゲッティとサラダの比較的まともな昼食を食べたにも関わらず、夕飯を納豆で食べたらやたらと腹が減る。夕食後BSで川崎×C大阪の試合を見ていたのだが川崎のパス精度が圧倒的に高く前半で4-1、セレッソは手も足も出ない感じでこれは何点入るか分からないと興を削ぎ前半で見るのを止めたら結果は5-4、サッカーというのは分からないものだ。今日のJリーグでは開始19秒で決めた柴崎のゴールが素晴らしかった。夜も更けてからDFBポカール、ヘルタベルリンの原口元気が1ゴール1アシスト、1FCケルンの大迫が1アシスト。ドイツのサッカーは日本人選手多くてチェックするのも忙しい。

お盆も結果的には体調悪いだのなんだの言っているうちに慌ただしく終わったような気がしないでもないが、考えてみれば明日は日曜日、世の中はまだ盆休みか。不安感抜けなくてどうにも不安定なのが参る。盆休みに業務行く気にはなれないし、明日何をすればいいのかさっぱり分からない。少し身体動かさないとなとは思うものの。気分転換にどこか行きたいところなのだが。

それにしても今夜は異様な空腹感。煙草もいまひとつおいしくない。


カテゴリー: 未分類 | 送り盆 はコメントを受け付けていません

人間の絆

サマセット・モーム「人間の絆」読了。長い小説だった。フィリップ・ケアリという弱い主人公が翻弄されるたびに読んでいる僕も翻弄された。だけど、ハッピーエンドでよかったな。何かしら報われたような気がした。主人公同様に。これは救済の話なのだと。それは人生を無意味と悟ることで得られるだけのものよりももっと素晴らしい幸福というものがあるということ。強いて言えば、もう少し新しい訳で読みたかったけれど。次はそのまま同巻のモームの短編を読むか、それとも大好きなトルーマン・カポーティの短編を読むか。


人間の絆

明日の朝早くに住職が棚経を読みに来るので今日はもうそろそろ寝なければならない。なので、日記もかいつまんで書くことにしよう。

昨夜は2時には寝て、朝は7時15分に起きた。だが、身体の方は相変わらずダメそうだった。そのままだと昨日同様日中を無駄にしてしまいそうだったので、午前中は捨てた。昼近くまで延々とソファで寝た。お蔭で午後からは少しはまともにしていられた。とはいうものの、振り返ってみるとほとんど何もしていない。涼しい一日、休み休み本を読み、相場のチャートに向き合っていただけ。今日の母は表情や目つきは悪くなかったが、言動がブレた。どうもいいことを言わない。

夜は相場に振り回される。というのもレンジの予想が甘く、午後成行で取ったポジションと、夕方成立した指値が両建てのように相殺することになってしまったので。ドル円を買いで持ちユーロ円を売りで持ったら連動して動いてしまった。お蔭でいつまで経っても抜けられない。負けは避けられないと思った。結局ドル円は同値決済、後はユーロをどこで諦めるかと思っていたら、夜も更けてから急激な円買い、結果的にはプラスに転じた。また父に助けられたと思った。

カテゴリー: 未分類 | 人間の絆 はコメントを受け付けていません

鰯雲

cloud

またしても日中使い物にならず。身体がダルくて動かないしそれにシンクロするように頭も回らない。もう風邪は治っているのに、何が原因なのかよく分からない。一応8時台には起きているのだが、寝るのが遅いので睡眠が足りないということもあるだろうが、どうもそれだけとも思えない。夜になるとようやく少しは人間らしくなる。これではまるで時差ぼけのようだ。日が沈むころにならないと動けるようにならないのでは吸血鬼も同然。今日たまたまネット上で人間は起きてから16時間後に寝るように出来ているという記事を読んだが、今の状態を鑑みるとその説も怪しく思える。いずれにしてももう少し早く寝るように努力しようと思う。これでは悪循環だ。一日のほとんどが無駄になる。

そんなわけだから朝食後にあまりにもダルくてどうにもならないので諦めてソファで一眠りしようと試みるが、寝そうになるとガス代の集金、町内の叔母(父の姉)といとこという具合に立て続けに来訪者。午後になっても身体は動かず、昼食後に結局1時間ほどソファで寝てしまう。が、最近の傾向として一眠りしてもすっきりしない。今日もむしろ昼寝後にさらに身体が重くなってダメになっていく。外は鰯雲、もう秋の気配。いつまで経っても頭も回らないので成行で相場のポジションを取ってみるが同値決済。このままだとホントに何も出来なくなるという危機感を覚えて外に出て玄関先と庭の草取りをする。自分でも何をしているのだろうと思う。これではまるで隠居後の老人のようではないか。

珍しくまともに昼食を摂ったのに6時ごろになるとオートマチックに腹が空いてきて、FXの業者からキャンペーンでもらったレトルトのカレーで夕食。意外といける。やはり身体を動かさないと駄目だと思い、今日は歩いて母のところに。今日の母は比較的表情がよかった。

夜になってようやく身体が動くようになる。本日の相場は思ったほど動かず指値成立せず。よほど投げ出そうかと思ったが昨日の続きで「猟奇的な彼女」をなんとか最後まで見る。確かにところどころぐっと来るところはあってなんとなく昔面白いと思ったのも分からないでもないが、ちと無理があるし主人公は好感が持てるのだが肝心の彼女の方がいまひとつ魅力的に思えない。

先日Aメロだけ作ったバラードの続きを作ろうと鍵盤に向かうがどうも上手く行かない。煮詰まる。それでなくても一日の大半を無駄に過ごしているという感じが強く、煮詰まり感半端ない。もどかしいことこの上ない。こういうときはとにかく成行で相場のポジションを取ってしまって一喜一憂するというのも手だが、そこまでの気力も元気もない。生命力が極度に落ちてるような気もするし、羅針盤を失った船のように出鱈目に生きているような気もする。ダッチロール。相変わらずさしたる意味も話すこともないのに誰かに電話したくなるが、もはや電話の時代ではないのだなと思う。ましてや長電話の時代ではなおさらない。僕はメールというものをしない(携帯のメールアドレスすらない)ので、昔からの癖ですぐ電話で話す頭になってしまうが、もうそういう発想自体が時代遅れな気がしてくる。違うのか。単なる考え過ぎなのだろうか。

いずれにしても一度早めに寝て十分な睡眠を取ってリセットしないとどうにもならないなと思う。

予報によると明日から雨、明後日も雨のようでせっかく一時帰宅させるのに母を墓参りに連れていけないかもしれない。

カテゴリー: 未分類 | 鰯雲 はコメントを受け付けていません