ノクターン

いま、ショパンのノクターンを聴きながら書いている。

なんか、急に寒くなった気がする。嫌な夢を見て、朝からなんとなく嫌な気分になったのに、なかなか布団から出れなかったのも寒くなったせいではないだろうか。夜は夜で、寒いのでコタツに潜り込んだら、1時間半ほど気絶してしまった。その後、Hと長電話したせいもあってこんな時間に。相変わらず何も出来ないという焦燥感は凄い。寒いから余計に何も出来ない感じがする。ただ、よくよく考えてみると世の中の大半の人はようやく正月休みが明けたばかり、たぶんそこまで焦る必要はないのだろうけれど。焦ってばかりでただ空回りしているだけだから、こんなときに何かをしようとしても所詮無理というか、効率もよくないとは思う。

今日は自分の悪性リンパ腫の予後検査の日だったが、母親が入院しているのと同じ病院なので、自分の診察が終わってから母の病室へ。今日の母は昨日に輪をかけて妄想が酷い。幻覚があるようでそこにある楽器がどうのと口走ったり(もちろんそんなものはない)、いない人に向かって話しかけたり。そういう状態だと、体調の方まで悪いように思えてなおさら心配になる。母の精神面が悪くなると当然リハビリにも影響するわけで。どこかのタイミングで医師と相談する必要がありそうだ。

夜、前述のようにコタツから起き出して台所に行ってみると、つけっ放しになっていたテレビでミランの試合、サンシーロのスタンドにガリアーニ副会長と談笑しながら観戦する本田の姿が。報道陣の数半端ない。なんか不思議な光景だった。今日は大迫もドイツ2部の1860ミュンヘンへの移籍が決まり、機上の人となった。2部で歴史はあるけれどけして強くはないチーム(何しろ総得点が19試合で18点)とあって、どうにもしょぼい移籍のようにも思えるが、ワールドカップイヤーでもあるし、出場機会を得るという意味においてはいい選択とも言えるかも知れない。いずれにせよ、すぐに昇格出来るようなチームではないから、W杯後には他のチームにステップアップして欲しいものだ。

今日もストレスばかりの一日、もう煙草好きなだけ吸おう、何本吸ってもいいやと思ったが、結果的にはコタツで気絶したこともあり、いつもと本数は変わらなかった。明日はゴミの日だが、もうこんな時間だしどうやら出せそうもない。こうなったらしょうがない、当面の間、焦らないことを目標にしようか。無理やりでものんびり構えて。レット・イット・ビー。

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その気持ち

1時半就寝、7時45分起床。なにやらよさげな夢を見た。そのせいなのか、朝、珍しく前向きな気持ちになった。あと10年頑張ろうと。いや、ミヤザワは75まで頑張ると言っていたので20年頑張ろうかと。そして、その気持ちを忘れないようにしようと思った。

ところが、忘れていたのである。この日記を書き始めてようやっと思い出した。いかんなあ。せっかく最近では前代未聞に前向きに、少しだけ楽天的になれたというのに。一体、どの時点で忘れてしまったのだろう。4時間ちょっとの業務をして、それから母の病院へ行って。どうもその辺りから怪しい。今日の母は妄言が酷く(といっても悪いことは言わない)、幻視のようなものもあるようだった。手術以来統合失調症の薬を飲んでおらず、鎮静作用とは逆の持ち上げる薬を処方されているので陽性反応、妄想だと思うけれど。改めて、今の母は、母の心は壊れてしまっているのだな、と思った。そういう母に終始笑顔を見せるのもかなりきつい。気がつくと、どこか寂しいような、哀しみに似た感情とある種の諦念のようなものにどっぷりと浸かる。病院の帰りにやたらと混んでいたドトールのカウンターの列に並んだのも、どこかいたたまれないような気持ちだったから。

先日母がショパンを聴きたいと口にしていたので、今日はiPhoneで音楽を聞かせた。このところRealPlayerが上手く動作せず、ダウンロード出来なかったのでショパンは聴かせられなかったが、代わりにAydin Esenを聴かせた。Aydin Esenはトルコのジャズピアニスト。

この曲の入ったアルバムは個人的にこの半年で一番再生回数が多い愛聴盤。

Trio – Aydin Esen

夕食後、それでも朝の気持ちの残滓のようなものが残っていたのか、何かしなければと思って無理やり興味本位生活を更新してみた。しかし、やはり今の僕が軽口を叩くというか、軽い文章を書くのはかなり無理がある。

結局、今日やったことはそれぐらいだ。業務、母の病院、ブログの更新、以上。このところの習いで早く眠くなるのだが、今日に至っては10時前に既に眠くなって参った。今日は小雪がときおりぱらつく程度、寒かったが、天気予報を見ると来週(今週?)の木曜だか金曜だかは最高気温が氷点下というのだから驚く。明日は雪みたいだが、自分の検査もあるので病院には行かねばならぬ。

とにかく、今朝の気持ちを忘れないようにしよう。


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袋小路

さながら人生最大の袋小路に迷い込んでしまったようだ。

相変わらず煮詰まっている。半端ない。真面目な話、この日記もまともに書けない。頭の中が空っぽだし。おまけに今日は体調まで悪い。朝は久しぶりにパニック障害が復活、その原因がツイッターで死に関するツイートを見たからというだけなので、いかに今の僕の精神が脆弱なのかが分かる。頭に死の棘が刺さり、恐怖の棘が刺さった。朝から安定剤を飲む。このところ、これ以上薬が増えて依存しないように安定剤を減らしているのだが、どうやらベンゾジアゼピン系の離脱症状でもパニック障害になるらしい。急に減らし過ぎたのかな。

夜は頭痛。夕方、母の病院から帰宅すると、なんだかやけに寒いし頭痛はするしで、風邪でもひいたかと思った。あんまり寒いので夕食後は茶の間のコタツに潜り込む。頭痛はなかなか治まらない。そのうちいつの間にか寝てしまったようで、時計を見ると1時間以上進んでいた。それでもまだ頭痛が治まらないので、アドヴィルを飲んだらすぐに治まった。最初から飲めばよかった。

それにしても何も出来ない。異常なほど出来ない。何かしようとすると思いっきりサイドブレーキを引いたように煮詰まる。一歩も前に進めない。物凄い停滞感、閉塞感。頭がいい方に回らない。いいイマジネーションが湧かないし、現実問題として身体が動かない。やはりまだ軽いPTSDのような状態なのだろうか。

昼過ぎまで初業務。思ったほど悲惨な状況ではなかったが、案の定、昼頃には物凄く混む。それから母の病院へ。今日の母は先日と同じように寝惚けていて、譫妄があり、現実と夢の区別がつかないようだった。口も回らず、何を話しているのかはっきりしない。なんだか病院にいるのが辛くて、今日は長くいれなかった。朝、死の恐怖に怯えたせいもあるし、病院にいるころからやけに眠くて体調も悪くなってきていた。どうにも頭が悪い方、悪い方にしか回らない。

何も出来ないときはコーヒーの生豆を炒る。とりあえずなんかやっているのだという気に少しはなれるから。そうじゃないと煙草ばかり吸いたくなる。だが、このところ1日20本ぐらいが限度だ。20本近くなると口の中が荒れてくる。

今日もBSで0時からジャンプのW杯を見ようと思っていたのだが、ツイッターで高梨沙羅が3位という結果が入ってきてしまい、見る気が失せた。やっぱり生中継じゃないとな。このところ、0時を過ぎると異様に眠くなるのでまあいいか。昨夜は抜群の安定感を見せて4連勝を飾ったのだが、飛距離がいまひとつ延びなかった。点数的には今日も同じぐらいだったので、昨日と同じ出来だったのだろう。

しかし、いつになったらこの閉塞から抜け出せるのか。今日はたまたまテレビを点けてコタツに入っていたら、テレビを見るのが辛くていつの間にか寝てしまったが、昼寝をしようと思ってもなかなか眠れない。まるで昼寝の仕方を忘れてしまったよう。よしんば眠れたとしても延々と眠るわけではないし、最近は昼寝をしても切り替えが効かない。正直苦しい。出口は一体どこにあるのだろう。


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BS

近ごろやたらと眠くなる。毎日7時間寝ている。まあそのお蔭で睡眠薬を飲まずには済んでいるのだが。確かに昨日も今日も夢は見たが、どちらもロクなものではなかった。どっちが初夢でも同じようなものだ。第一、もうどんな夢だったか忘れてしまってるし。

朝起きて台所に降りると、何やらもわーっと暖かい。というわけで、やってしまった。昨夜台所の暖房を消すのを忘れてしまい、一晩中点いていた模様。うーむ。一応徹夜したつもりになろう。しかし、灯油代が。本日は有楽町の駅前で火事もあったし。

今日は晴れ。午前中は昨日の続きでBSで2010年のW杯、デンマーク戦を見る。本田と遠藤のFK、今見ても凄いな。本田の顔、4年前と随分変わったなと思うが、今の目がぎょろっとした顔の方がいいような気もしてきた。その後、パラグアイ戦を途中まで見て、それから母の病院へ。今日の母は昨日よりさらに元気よく、表情もいいしやけに饒舌に喋った。ついでに少々説教までされたぐらい。そんな風にまともなことも喋るが、まともじゃないことも少々。しかし、昨日今日と回復傾向にあることは確かだ。後は体力がどれだけ戻るか。

帰宅後はまたBSで高梨沙羅が3勝目(3連勝)を挙げたジャンプW杯の3戦目(録画)を見る。サラ・ヘンドリクソンがいないと高梨沙羅の安定感は頭2つぐらい抜けている。優勝後のインタヴュー、高梨の英語の発音が酷い。

夕食後、離脱症状が来ると嫌なので一応安定剤のレキソタンを1錠。その後はYouTubeで柿谷の動画をいくつか見てみる。情熱大陸とか。しかしどれも同じ造りなのでさすがに飽きてくる。いわゆる挫折からの復活という奴で、同じシーンばかり。柿谷、毎日テレビに出ているし、セレ女に象徴されるように今の人気半端ないが、なんか分かるような気もする。どの動画を見てもセレッソの8番に対する拘りがかなりあるようだけれど、1860ミュンヘンに移籍しそうな大迫同様、海外へ行った方がいいと思う。クルピの言うように技術的にもそうだし、今の人気を見てもブレイクする材料は揃っているので。

夜は先日の香川が途中出場したマンUのトットナム戦。またBS。まあ安易に移籍した方がいいとは言わないが、香川とルーニーがボランチの位置でプレーするようでは、どちらも活きないと思う。

と、ここまで書いてこの後は高梨沙羅が4連勝を狙うジャンプW杯4戦目を見る予定。これもBS。やれやれ、毎日何も出来ないと書いているわりには病院に行っている以外は終日BSでスポーツ観戦、実に何もやってない。母に説教されてもしょうがない。だが正月だし、まっいいか。世の中は明後日まで正月休みだろうし、ロクなものではないだろうが、明日から業務にでも行くかな。様子見がてら。

むむ、また眠くなってきた。


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メタモルフォシス

朝起きると夜の間に雪が積もっていて、ときおり物凄く強い風が吹いて地吹雪のようになり、今日は母の病院に行けないかも、と思った。BSで朝から丸一日、日本代表のこれまでのW杯での試合を放送していたので、久々に茶の間の暖房を入れて今日は一日コタツでサッカーを見ようかと思った。ところが昼から晴れたので2002年(日韓W杯)のロシア戦を見たかったが病院へ向かう。あれだけ吹雪みたいだったのに、道路の路面には雪がなかった。不思議だ。

今日の母は昨日までと比べると口も回るし、一瞬笑顔も見せたし、ちょっとよくなったように見えてほっとする。

そんなわけで夜もBSの代表の特番を見たし、病院以外はずっとサッカーを見ていた。で、日本が初めてベスト16に入った2002年のW杯、今見ると当たり前だがパススピードも精度も現在の代表の方がずっと上だ。プレースピードも運動量も違う。改めて、全盛期の中田(英)よりも今の本田・香川は上回っていると思った。以前の代表を見るととにかくシュートの精度が悪い。枠になかなか飛ばない。プレースピードに関してはもちろん日本だけじゃなくて、世界全体で現代サッカーというのはスピードが上がっている。言わずもがな。

しかしさすがに正月というか、僕にしては珍しくテレビばかり見ている。それだけやることが思いつかないというのもある。夕方になるとまた不安感があり、夕食後にレキソタンを飲んだが、今日の安定剤はそれだけ。

正月というのは何もやらなくていいのだろうか。ツイッターのタイムラインを見ても、みんなテレビばかり見ている印象だ。このところずっと何も出来ないこともあり、何もやらないことに自信を持てない。僕が一人になると不安感を覚えるのは、常にこれでいいのだろうかという疑念が湧くからだ。それでいいのだ、と言ってくれる誰かが欲しくなる。つまり、僕がこのところずっと求めているのは免罪符なのだと思う。ある意味において、僕は常に誰かに赦しを乞うている。だが、実際問題として、仮にその免罪符が得られたとしても何も変わらないわけで。僕が肯定を欲するのは自分を否定し続けているからに他ならないからなのだが、結局は何らかの意味で自分が変わらなければ意味がないようにも思える。僕が困惑するのは、変わった自分を具体的にイメージ出来ないことだ。その点、W杯を目指すサッカー選手は実に明快でうらやましい。とすると、実は僕が欲しいのは確信なのだろうか。

楽しく生きるにはどうしたらいいんだろうな。それにしても最近、やたらと眠くなるのが早い。お蔭で睡眠薬飲まずに寝られてはいるが。


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元日

あけましておめでとうございます。

雨の元旦。静かな朝だった。昨夜は眠くて1時過ぎには寝て、今朝は8時に起きた。午前中、寺に年始の挨拶に行き、父の一周忌を雪が融けてから4月にやることを打ち合わせ、お茶を一杯飲んでとっとと帰ろうとすると住職が追いかけてきて、檀家から事情は聞いているが、僕の精神的な部分が心配だから無理しないようにと言われた。田舎は何かと筒抜けである。

弟と昼食を済ませ、二人で母の病院へ。今日も母は口が回らず、何を喋っているのか聞き取りにくい。まさか後遺症ではと凄く心配になったのだが、起きていたかと思うとすぐに寝てしまうことの繰り返しで、どうやら半分寝惚けていたようだ。だが、なんとなくここ数日調子が悪そうに見えてやはり心配ではある。弟は病院から直接仙台へと帰っていった。

そんなわけで帰宅するとまた僕は一人ぼっちになった。するとまた不安感がやってきて、夕方に1錠、夜に1錠、安定剤のレキソタンを飲まざるを得なかった。やはり夜になると煮詰まってしまう。年が明けたからといって、その辺が急に変わるわけではない。当たり前だ。暦の上で12月31日が1月1日になったからといって、都合よくフェイズが変わるわけでもない。結局のところ、年が改まるというのは気分の問題なのだな、と思う。そしてうつ病というのは気分障害なのである。

今日も夜はスポーツバラエティを見てみたけれど、一人では集中出来ない。元日というのはこれといったニュースもなく、所詮収録のテレビのバラエティ特番ぐらいしか話題がないことはツイッターを見ていても分かる。後は何を食べたかとかそれぐらい。テレビをちらちらと見ながら、鍋をシャカシャカと振ってコーヒーの豆を炒る。

なんだかただひたすら時間が過ぎるのを待っている気がする。僕のこのところの懸念というか、いつもどこかに引っかかっているのは時間だ。時間とは何かとか、時間の一方向性とか、長く感じたり短く感じたりするという、アインシュタインの相対性理論みたいなことばかり考える。それは本質を考えているようであって、実は巨大な雑念であるように思える。

問題はどこで気分が改まるかということなのだが。

初夢に期待するのもリアリティがない。ナンセンスだ。となると、自力で強制的に改めるのか、それともどこかのタイミングでオートマティックに変わるものなのか。そして、それが時間というものなのか。

恐らく僕は考え過ぎなのだろう。寺の住職が言うように、無理をするべきでもないのだろう。ひたすら何かを乗り越えるだけのようだった去年、敢えて僕が何かを得た、学んだとすれば、それは諦念だろうか。で、たぶん今の僕に一番必要なものも諦念なのかも知れない。一言で言えばレット・イット・ビー。だがそれが実は一番難しい。何故なら、そのためにはどこか楽天的になる必要があり、それは今の僕と一番遠いところにある。少なくともそう思える。つまりは、今の僕は自然体というものを見失っていて、それがどこにあるのか、どういうものなのか見つけられないからだ。困ったものである。

元日から左目にチックが出るなんて。まったく人間の精神というものは厄介なものだ。今の母の元気のなさも、多分に病気から来る精神的なものだと思う。

それでも今日はいいアルバムをひとつ発見。「Return of the Headhunters」。素晴らしい。

今日は終日雨だったけれど、予報によると明日は吹雪、また予報が外れてくれないかな。


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大晦日の日記

大晦日。今日も雪は降らず、ほぼ晴れ。

結局昨夜日記を書いた後にfragmentsを更新、今年を総括した(「2013」)。この日記をずっと読んでいる人には既知のことだろうけど、最近読み始めた人にはここまでのあらすじ的なものになるかも知れないなと。なので、ここのプロフィールにもリンク貼っておいた。

午後、母の病院で二人で外を眺める。

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今日も母はあまり元気がない。ときどきいらいらしたりもするし、「ベッドに鍵がかかっている」とかいう妄言もある。母は昨年の今ごろと比べると見違えるように年老いて、それが今年という年を象徴しているようにも思える。3時半ごろになって弟が病院に到着、4時ごろに弟に任せて僕は一足先に帰る。

一応夕飯は年越しそばを頼んだのだが、これがなかなか来ない。なので、紅白じゃなくて「KYOKUGEN」っつう、スポーツバラエティ番組を弟とずっと見ることに。結局、蕎麦が届いたのは8時過ぎだった。ツイッターを見ると、物凄い数の紅白ツイート。確かに、こんな日にこんな日記を読んでいる人はいないだろうなと思う。それが大晦日。

今日は夜まで安定剤を飲まずになんとかもった。弟がいたせいだろうか。こんなに長い時間テレビを見たのも久しぶりだし、ボクシングを見るのも久しぶりだった。井岡って強いな。しかし、ボクシングというのは嫌なスポーツだなとも思う。大瀧詠一が亡くなって、それがリンゴを詰まらせてというのが父の死因とダブる。どうも何かにつけて今年というものを思い返さずにはいられない。それもまた大晦日。

とはいうものの、明日から新しい年だと言われてもどうにもピンと来ない。日付がひとつ変わり、年がひとつ新しくなって、何かが変わるのだろうか。何かが終わるのだろうか。変わってもらわないと困るのだけれど。今日ですべてが一区切りついてくれるのなら、どんなに救われるだろう。そこからいい方向にベクトルが変わってくれたら。何かいいことが始まってくれるのなら。ホントに今年はしんどい年だった。

と、ここまで書いて台所に行って紅白をつけてみたら、泉谷しげるが「今日ですべてが終わる 今日ですべてが変わる」と歌っていた。コウインシデンス。

みなさんよいお年を。


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非活動的年末、崩壊の音

0時を回り、日付の上では大晦日になった。だがこれは30日の日記。いつものことだけど。日付が変わったからといって、大晦日になったという気もしないし。ただ、スーパーに買い物に行くとすっかり正月モード、ツイッターのタイムラインは今年の回顧とレコード大賞、だがそれだけといえばそれだけ。去年は父が倒れて帰省したために書かなかった、いつも年末に書いている今年の総括を書こうとは思っているのだが、予定はしているものの相変わらず何も出来ない状態が続いていて保留中。明日書くかな。

朝起きると夜の間にまた雪が積もっていて、今日も朝から雪かき。今日は背筋痛にもならず、3日目ともなるとさすがに慣れてくるのか。ただ異様に疲れる。今日は雪ではなく雨の日、よって、道路の雪は大分融けて助かったけれど、雨も夜まで続くと雪に変わりそうで気が気ではない。

業務後に母の病院へ。今日も母は元気がなく、相変わらず声が小さいし今日は舌が思うように回らず最初は何を話しているのか聞き取りにくかった。まだ譫妄(夢と現実の区別がつかない)がある。統合失調症の薬を飲んでいない影響だと思う。昨日もそうだったが、何故か病院にいる間、異常に疲れる。朝安定剤のレキソタンを飲んだせいだろうか。どうもこのところ病院にいるのがしんどい。眠くなったし。雪かきの疲れもあるのだろうが。

疲れと言えば、夕食後、例によって精神的に煮詰まって何も出来なくなり、レキソタンを飲んでソファで毛布を被って少し寝ようと思ったら、2時間ちょっと寝てしまった。元妻から電話があって目が覚めたが、それがなかったらもっと寝ていたかも知れない。まったく、朝ちょっと雪かきしたぐらいでこれでは。体力なさ過ぎ。そういう意味では雪かきもいい運動になると考えることも出来る。

明日は弟が来て一泊する予定なので、年越し蕎麦をどうしようか考え中。大掃除なんかやる気力はとてもじゃないがない。

テレビは年末の特番ばかり、世の中の人は浮かれているのだろうか。僕はといえば毎日沈殿物のように何も出来ず、焦燥感ばかりが募る。物事を楽しむということを忘れてしまっている。まさに不安と焦燥の日々。楽しいわけがない。余裕がないのだな、つまり。

ときおり雨で融けた屋根の雪が落ちる、どんという音がする。嫌な音だ。今年の頭、母が統合失調症を発症したころ、母はその音を家が崩壊する音だと思い込んでいた。なんか分かる気がする。ポーの短編、「アッシャー家の崩壊」を思い出す。いずれにせよ、とんでもなく悲惨だったこの一年ももう終わろうとしている。


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背筋痛、MP3のファイルをスロー再生する

動きがぎこちないのは背中が痛いせい。

夜の間に30cm近く雪が積もっていて朝から雪かき、それで今日は背筋痛。夜になってそれに頭痛が加わり、だんだん酷くなってきたのでイブプロフェン200mgの最強の頭痛薬、アドヴィルを飲む。頭痛はなんとか治まったものの、背筋痛までは治まらない。まったく体力がない。なまり切っている。母同様、僕もリハビリが必要なようだ。

それにしても天気予報を見るとこの先一週間ずっと雪、気が滅入る。どんだけ積もるんだろう。今日はときおり日が差したかと思うと雪が舞ってくる一日、業務後母の病院に行ったが、バイパスの路面には雪がなかったけれどそこまでの道には雪が残り、部分凍結しているようで滑って怖かった。昨日一日行かなかっただけだが、今日の母は元気がなく弱っているように感じて心配になる。なにしろ声が小さい。母も随分と老け込んだなと思う。

病院の帰り、ドトールに寄ってカフェ・ラ・テを飲む。子供連れが目立ったのは日曜日だったせいなのか、それとも世の中は年末休みなのか。

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昨日ラリってしまったので、今日は朝昼と安定剤を飲まなかった。が、どうも精神的にネガティブになってしまうので、夕方にレキソタンを1錠だけ飲んだ。不安感を和らげるにはそれぐらいでも大丈夫みたいだが、それでもどうしても煮詰まる。依然安定剤の飲み方については試行錯誤中。ドトールで手帳にやることを書きだしてみたのだけれど、3つぐらいしか思いつかず。で、その中で今日出来たのはひとつだけ。

そのひとつというのが、MP3のファイルをスロー再生すること。調べたら、QickTime Playerでピッチを変えずに半分の速度(いわゆるテンポを倍で取る、という奴)まで落とせることが分かったのでインストールした。というのも、前々から故マイケル・ブレッカーのサックスソロをコピーしたいと思っていたからなのだが、ソフトをインストールして試しに再生するところまでしか出来ず、コピーする気力も根性もなかった。どうせヒマだろうから正月にやろう。QickTimeでスロー再生するには、[ウィンドウ→A/Vコントロール]を開いて再生速度を1/2にする。

コピーしたいのはこれ。学生時代に途中まではコピーしたのだが。

このソロはマイケル・ブレッカーのソロの主たる特徴がすべて詰め込まれている。名演。

とまあ、相変わらず煮詰まり続けてはいるが、ようやく音楽を頭が跳ね返さない程度にはなり、ある程度聴けるようにはなった。夜、学生時代に高円寺のジャズ喫茶でよくかかっていたBilly Harperなどを聴いてみる。

何も出来ない日が続き、ここ2・3日僕としては早く寝ているので眠くなるのが早い。もう目がしょぼしょぼしている。今日も早く寝て、また悪夢を見るのかな。

そういえば帰宅後、天皇杯の準決勝、FC東京×広島のPK戦を途中から見たが、西川凄かったな。PK3本止めて、自分でPKも蹴って決めて。

なんか時系列に沿って書かないと支離滅裂になる。いまだに頭が回らないせいだ。


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雪国

snow3

朝起きたらもう既に雪が積もっており、吹雪とまではいかないが結構な勢いで雪が降り続いた。大雪警報が出ていたらしい。今日一日でかなり積もった。お蔭で朝と夕方の2回雪かきをして、後で腰に来た。そんなわけなので今日は母の病院に行くのは諦めた。

降りしきる雪を眺めながら、今日は一日家に篭るしかないなと思ったのだが、例によってすることが思い浮かばない。PCの前でしばし呆然としていたが、コタツで延々と本を読む気にもなれず、結局近場ならいいかと夕方まで業務。

今日は朝昼晩と安定剤を3回にしてみたが、夜になって朦朧としてダメ。夕食後に何も出来なくて完全に精神的に行き詰まったので、久しぶりにソファで昼寝を試みた。が、単に悲観的になっただけで眠れなかったなと思って時計を見たら時間だけは1時間ちょっと経っていたので、どうやら少しは寝て悪夢でも見たらしい。どうもこのところ安定剤がタイムラグで効いてくる。昼寝後、BSで井上陽水の特番をなんとなく見た後、完全にラリってしまった。眠いし、Hに電話してみたら口が回らず廃人状態。確かに不安感、特にフラッシュバックはある程度抑えられるが、これでは人間として使い物にならない。明日から安定剤2錠に戻すか。しかし、そうするとまた不安感が強くなるかもしれず、それはそれで困る。ホントに加減が難しい。

明日は少々雪が降っても病院へ行こう。

順番:することを考える。→思いつかない。出来ることを考える。→思いつかない。毎日これの繰り返し。


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