ライフライン

9時ごろ起床。いつものように階下の台所に降りて、暖房をつけ、オーブントースターでパンを焼き、コーヒーメーカーでコーヒーを淹れる。が、何かおかしい。見ると、暖房の電気が入っていない。オーブントースターも、コーヒーメーカーも。茶の間の暖房も入れた筈なのだが、どこもかしこも電気が入っていない。どうやら停電か、さもなければブレーカーが何かのはずみで降りたようだ。ともあれ、ブレーカーを探しに外に出てみる。僕はこの家のブレーカーが何処にあるのか知らない。かつて母に一度訊いたことがあり、そのときは確か外にあるということだった。しかし、外を一通り見てもブレーカーらしきものは何処にもない。さて、困った。なにしろ寒い。ともかく電力会社に電話をして、停電しているかどうか訊いてみることにした。番号が分からないので104で訊こうと受話器を上げるも、電話機も電気なしではダメ、携帯で電話、とにかく東北電力には繋がり、その時点で自宅付近が停電しているかどうかはすぐには分からず、携帯に折り返してもらうことにした。で、場合によっては職員が来てくれることに。電気の入っていないコタツで待とうとするも、とにかく寒い。寒くてしょうがないので、またもやブレーカーを探しに。外をもう1度見てみるが、やはり何処にもなさそうだ。そこで、家の中を探す。すると、玄関脇の納戸の中にあった。見ると、やはりメインのブレーカーが降りていたので上げた。これでようやっと電気が使えるようになった。

それにしても、何故ブレーカーが降りたのだろうか。いつもと同じように生活しているのに、まったく謎だ。もっと不思議なのは、震災のとき、確か3日ほど停電したと聞いたけれど、一体どうやって両親や仙台の弟一家は生活していたのだろうか。食事をしようにもご飯も炊けない。3月だったらまだまだ寒かったろうに、一体皆どうやって凌いだのだろうか。今回一番参ったのは、ガレージのシャッターが開かなくなったこと。これでは何処にも出かけられない。よって、これを教訓にして今日からガレージのシャッターは閉めないことにした。

そんな感じで朝から慌てふためいたけれど、このところのやる気のなさは相変わらずで、今日も1日たいしたことはやっていない。昼までは雪はちらちら降っている程度だったけれど、夕方歯医者に行くころから吹雪き始める。役場に寄って年金関係に必要な書類をもらい、それから母の病院に寄った。母はちょうど夕飯の食事中だったが、今日も比較的落ち着いていて、いい方の人格ではまだないけれど、このところの傾向は悪くないように見えた。母の洗濯物を持ち帰り、夜洗濯する。

夜は相変わらずコタツで茫然として何をしたらよいか分からず、鬱屈する。ひたすら気が滅入るので無理やり昼寝した。なんか毎晩同じことをしている。どうしたら頭がもう少しマシな方に向くだろうか。とにかく、何も出来ない。PCもネットもあるのだから、やろうと思えば何がしかは出来る筈なのだが。思考回路が何かをやる方向に向かない。むしろ、何も出来ないという閉塞感の方に向いてしまっている。クリエイティヴィティ・ゼロ。本当に、病院に行くとか以外は、日中は業務ぐらいしか出来ないのである。精神状態が現実逃避方向にしか向かない。一体どうしたら向きを変えられるだろうか。プラス思考になるだろうか。いっそのこと、しばらくはこのままひたすら何もしないで過ごしてみるか。果たして、本当にそれでいいのだろうか。

明日は燃えるゴミの日だが、朝起きられるか。

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雪国

8時19分ぐらい起床なので、頑張った方だと思う。今日はとにかく大雪。朝から結構な勢いで雪が降っているし、夜の間にも既に積もっていたようだ。朝食後に本日最初の雪掻き。で、疲れてコタツで10時ごろまで寝てしまう。相変わらず外はしんしんと雪が降っている。こういう日は家でじっとしていた方がいいのは分かっているのだが、近ごろの傾向として家で一人でじっとしているのがとにかく辛い。なので、よせばいいのに降りしきる雪の中、業務へ。

案の定、夕方の帰り道は凄いことになっていた。雪は一向に降り止む気配を見せず、道は真っ白でどこがセンターラインなのか分からない。というか、大通りを外れるとどこまでが道なのかすら分からず、危ないことこの上ない。コーヒー豆が切れていたので、必死の思いでスーパーに寄って買い物をして帰る。帰宅すると即、二度目の雪掻き。夜は親戚に四十九日の連絡を済ませる。

もう夜も更けているが、いまだに雪は降り続いているようだ。最近、ここまで雪が降った日がなかったので、改めて雪国の冬の厳しさというものを思い知らされる。明日も降るのだろうか。夕方歯医者があるんだがな。

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空虚

今日も目覚ましが鳴ってから1時間後、10時起床。ということは、目覚ましを1時間前にかければいいのか。

朝食後、コタツでうとうとしていると昼近くになり、仙台から弟がやってきた。2人で四十九日の法要の引物をどれにするかとか、食事を何処でするかなどを話し合う。が、引物の方針は大体決まったものの、食事の場所がなかなか決まらない。弟と寺にお参りに行くついでに2軒ほど店を見てくる。どちらも似たようなものだ。何処に聞いても、法事だというと予算は皆同じ。安く済ませようと思ったら自宅で仕出しを取るしかないが、そうすると準備やら片付けやらが面倒になるだけだ。結局、弟が帰るまでこれといったはっきりとした方針は決まらず仕舞い。

2人で寺の帰りに母の病院に寄った。今日も母は落ち着いており、何より立って歩いたりするので最近の中では比較的元気そうに見えた。もちろん、相対的な話ではあるが。

今日は天気予報ほど雪が降り続いたわけではないが、夜の間降ったらしく表の雪掻きをしたら疲れて夜コタツで2時間ぐらい寝てしまった。テレビの野球をつけっ放しにしていたのだがそれでも夢を見て、例によって絶望感を覚えた。20年ぐらい前に付き合っていた女の子が夢に出てきた。一瞬、時間の経過が完全に混乱する。なんだかんだ言って、弟が夕方仙台に帰って一人になると、やはり気分的に落ち込むようだ。どうしてこう寂しがりやになってしまったのだろうか。いつまでも悩んでいてもしょうがないので、明日には四十九日のことは決めてしまおう。それにしても、空虚な気分が抜けない。

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光明のようなもの

8時過ぎに目覚ましをかけたのだが、9時起床。どうして起きられないのだろう。起きてみると、外は天気がよかったので思い切って自分の病院に行くことにする。なんで思い切ってなのかというと、初めて行く場所だからである。僕が乗っている母の軽自動車には、今流行りのカーナビなんてものはついていない。

一応昨夜のうちに病院のHPから地図を印刷はしておいた。たぶん車で40分ぐらいであろうと見当をつけて、10時5分前に出発。病院は山形市にある。バイパスをしばらく走っていると、標識に病院の名前が書いてあったので、曲がるところはすぐに分かり、迷わずに着いた。道が空いていたので35分ほどで到着。山形市に住む叔父から、県内で一番混む病院だと脅されていたのでそれなりに待たされることは覚悟。この病院は建物は新しく、施設は比較的充実している。巨大な駐車場だが、空きを探すのに一苦労。受付に紹介状とCT映像のCD-ROMを渡して、新患の待合室で待っていると看護師がやってきて、今日は血液担当の内科医がいない(木曜しかいないらしい)のでどうするかと言われた。循環器担当の医師の診察を一応受けて来週の予約をもらうか、それとも来週の木曜に改めて初診として受けるかどうするかと言われたけれど、普通は初診の場合、この病院では3時間待ちとか平気であるらしく、どうやら今日は比較的空いている方だと言うので、せっかく来たことでもあるしそのまま診察を受けることにした。すると、案の定すぐに呼ばれ、来週の木曜の予約をもらった。

帰り道、懸案事項であった自分の病院にも行ったし、天気がよいのでバイパスを走っているとドライブ気分、遠くの雪を被った山並みの景色に目をやる余裕があった。地平線を取り囲む山々の風景は、子供のころの記憶を呼び覚ます。改めて自分が山形に帰ってきたということを再認識した。なんだか気分が少しだけ楽になった。いい気分転換になった。

そのまま夕方まで業務、夕飯前に母の病院へ。午前中のいい天気はどこへやら、夕方から吹雪になっていた。病室に行ってみると、母は今日はベッドから起きて、足を床に着けていた。話してみると、今日は比較的落ち着いている。例の、僕が蹴っている映像がどうのという妄想は相変わらずだけれど、僕のことを嫌いになったのかと訊くと、僕のことは嫌いではないと言う。今日は話し方も穏やかで、いつものまがまがしい感じがない。なんだか少しよくなったように思えた。それで、最近の中では初めて、母の病院を訪ねてよかったと思った。

洗濯物を受け取って病院を出ると、今日は確実に開いている病院の傍の蕎麦屋に寄って、蕎麦の夕飯を食べた。帰宅してコタツに入ると、どっと疲れが出て、いつの間にか寝てしまったようだ。今夜はBSでノルディック選手権の女子ジャンプがあるので夜更かしする予定。

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散髪、過食

確かに昨夜寝たのは2時だったのだが、9時過ぎに目覚ましをかけて10時起床。うーむ。ここ2・3日、半減期の長い安定剤のセルシンを飲んでいるせいなのか、睡眠時間がやたらと長い。

本日やったこと。歯医者。税金と水道代の引き落とし口座変更。ようやく髪を切った。以上。髪を切ったのは1年振り。抗がん剤で髪が抜けて以来、髪が中途半端な癖毛になり、妙な癖がついていていくらドライヤーを使ってもまとまらず苦労していた。いっそのこと癖が気にならないくらいに短くしようかとも思ったのだが、そうすると伸びたときに同じことになるので、普通に切った。それでもなんか首筋がやけに涼しいというか、寒い。朝タオルが凍っていたくらいだから、それほど雪が降ったわけではないが今日は寒かったのだと思う。今日も蕎麦屋で夕飯を食べようと7時過ぎに2軒回ってみたがどちらも電気が消えていた。2日続けて2軒とも定休日というのはあり得ないので、7時前に閉店したのか? 田舎の蕎麦屋は謎だ。

夜、夕飯後にお菓子を食べ過ぎる。考えてみると、もう禁煙してかれこれ62日目になるのだが、どうも禁煙してからストレス解消のために間食する癖がついてしまった。体重計に乗っていないが、数キロは増えているだろうな。今日も母の病院には行かなかった。タイミングとしては洗濯物を取りに行くべきなのだが、どうも腰が重く、気が進まない。なんていうか、悪い方の人格の母に会うのが怖い。しかし、このところの習いで夜になると気が滅入る。母の絶望が手に取るように分かる。いろんな人が言うように、そういうことを考えない方がいいのだろうか。母を救えるのは自分だけと思うのは傲慢なのだろうか。明日は出来れば自分の病院に行きたいので、今夜は早く寝るようにしよう。

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チックと頭痛

結論から言うと、昨日の日記の最後に書いたものの何ひとつ出来なかった。朝7時に目覚ましをかけておいたものの、どうしても床から起き出せなかった。よって、ゴミを出せなかった。ようやく9時近くに起き出すと、外は雪、今日は一日中降りしきっていた。

9時からBSで女子ジャンプのワールドカップの録画放送をやっていたので11時まで見る。よって病院にも行けず。税金と水道代の引き落とし口座を、父の口座から母の口座へと変更するために銀行に寄るが、書類の書き方を間違えてやり直す羽目に。我ながら情けないと思いながら、まだちらちらと降っている雪の中を結局業務へ。何処かに罪悪感があるのか、途中から左目のチックが止まらなくなった。そういえば今日は朝からどうも目の見え方がヘンだった。夕刻に帰宅するころには、雪は本降りになっていた。夕飯は蕎麦でも食おうと蕎麦屋を回ったが、どうやらこの界隈は水曜日が定休日らしく、何処も開いていなかった。仕方なく帰ってから飯を炊く。

夕食後にBSでカーリングを見ていたが、頭痛がしてきたのでコタツで少し寝る。目が覚めても頭痛は治まらず、イブプロフェンを飲むとようやく治まった。少し気を抜くと相変わらず果てしなく気が滅入る。何処までも喪失感がつきまとう。安定剤のセルシンを2錠飲み、YouTubeでアニメの「カイジ」を見て気を紛らわす。所詮は現実から目をそらし、逃げ惑っているようなものだ。すべてが一時凌ぎに過ぎないと思う。何一つせず、無駄な一日を過ごしてしまった。

天気予報によると明日も雪のようだ。明日は午後に歯医者の予約がある。明日は髪を切りたい。

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毒気

相変わらず寝付きが悪い。閉塞感漂うある種の悪夢を見て目が覚めるけれど、僕を取り巻く現実もさほど変わりない。八方塞がりだ。

珍しく朝から弔問客あり。相手をしていると、高校の同級生の仏壇屋であるストウがやってきた。客が入れ替わる形になって、先客に香典返しを渡すのを忘れてしまう。ストウは香典を持ってきたので、安い位牌を頼んだものの、ほとんど利益はないものと思われる。

ストウが帰ると、自分の病院に行ける時間でもなくなってしまったので、今日も業務へ。引退した筈なのに毎日通っている。他に気を紛らわせるものが今のところ見つかっていない。夕刻、一旦帰宅して母の洗濯物をまとめる。郵便物が届いていて、父の入院費の請求書が来ていたので、銀行に寄ってから病院に立ち寄って支払いを済ませ、その後母の病院へ。今日も面会は出来た。母は入口を入ってすぐの、ナースステーションの前のテーブルに座っていた。げっそりと痩せて見える。今日も母の妄言は変わらない。僕が母を蹴っているところが画面に映っているというアレだ。母の言葉は棘のように刺さる。母は延々と僕を責める。母の言葉は呪詛のように毒に満ちている。僕はiPhoneを取り出して、通夜と葬儀の写真を母に見せた。棺に入った父の写真も見せた。母は今日も動揺することはなかった。しかし、話をしているうちに、涙ぐんだりもしたので、少しは影響があったのだろうか。しかし考えてみれば昨日もほぼ同じ反応だった。今日も後半の母の話は、精神病院から二度と出られないという悲観に満ちていた。同じ話を繰り返し聞いているうちに、すべてがもうダメだという母の言葉の方が正しいような気がしてくる。すべてはもはや取り返しがつかないのだ、という気がしてくる。それはもう悲惨な気分になる。

看護師に切り上げるように言われて病棟を後にする。言葉に表せないほどのある種の疲労感、徒労と言ってもいい絶望感。結局のところ、僕は両親を二人とも失ってしまったのだという気がしてならない。帰宅して一人の夕飯を食べると、絶望感は更に増して僕を蝕む。鬱屈する。酷く苦しい。YouTubeで聴く音楽すら苦痛に感じる。あらゆるネガティブな感情が僕を包む。罪悪感、絶望感、孤独、後悔、厭世観、希死念慮、エトセトラ。

明日は早く起きてゴミを出そう。そして、行けたら自分の病院に行こう。髪も切りたい。とにかく、何か出来ることをやるしかない。何か道が開ける感じはまったくしないけれど、それでもとにかく生きていくしかないのだ。

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無為

玄関のチャイムが鳴って、8時40分に起きた。見ると、回覧板が届いていた。昨夜はなかなか寝付けなかった。睡眠薬を1錠飲んだのだが、どうも最近ベンゾジアゼピン系は効かない。

まだ自分の病院に行く決心がつかない。忸怩たるものを抱えながら、今日も遊びの業務へ赴く。4時過ぎ、意を決して母親の病院へ。今日は面会が出来た。相変わらず母親の言葉はひたすら妄想を語るものだった。入院する前の晩、僕と一晩中格闘したことが頭を離れないようで、僕が母親を蹴ったと言ってきかない。このところ、僕の顔を見るとずっとこの話ばかりだ。それが撮影されていて画面に表示されるのだと言う。僕は母の状態が悪いことを知りながら、それでも比較的落ち着いている方だと思い、思い切って父のことを話した。しかし、別人格の母はまったく動じなかった。動揺するどころか、とっくに承知の上、という様子だ。これには逆に僕の方が動揺してしまった。携帯を取り出して、父の通夜と葬儀の写真を見せようとしたが、何故か携帯のフォルダには入っていなかった。僕は母の手を握りながら、いつまでも母の話を聞いた。それはどこまでいっても同じ話だ。僕の話の多少の影響と言えば、父が可哀想だと涙ぐんだことだった。母は別人格ながら、自分が精神病院に入れられていることを理解していて、そしてそこからもう出られないものだと思っている。僕がいくら治ったら出られると言っても聞かない。母の話を聞きながら、僕の目には何度も涙が滲んだ。そのうち、男性の看護師に面会を切り上げるように言われ、渋々と僕は病室を後にした。外は雨、僕が抱えているのは巨大な無力感だ。

帰りがけ、郵便局に寄って家庭裁判所に母の保護者になるための書類を投函したが、それもまるで母を精神病院に投獄する作業のように思われた。何もかもが苦しい。夜はひたすらYouTubeでJill Scottの曲をダウンロードする。せめてもの慰めだ。天童で仏壇屋を営む高校のときのバンドのボーカル、ストウに電話して明日来てもらうことにする。四十九日まで位牌を作らなければならないから。それにしても、この憂鬱には終わりがないように思える。恐らく、母が元に戻らない限り終わらないだろう。僕はいつまでこの家でひとりで暮さなければならないのだろう。

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苦悩

目覚ましをかけないで寝たら、10時起床。いささか寝過ぎである。今日は幸いにして雪は降らなかった。

今日は何もしていない。というのも、午後から遊びの業務に行ってしまったから。行くたびに罪悪感に苛まれるのだけれど、今は何もしないことが非常に苦痛なので。で、展開的に引っ張られてしまい、終わったのが7時半、母親の病院に行けるぎりぎりの時間だったが、例のノロウイルスでの面会制限の件もあるので今日は止めておいた。帰宅して遅い夕飯を食べるが、病院に行かなかったことがじわじわと僕を苦しめる。結果的に今日も罪悪感に苛まれる。何よりも辛いのはいまだに母に父の死を伝えられていないことだ。しかしながら入院させた翌日から、いい方の人格は僕の知る限りいまだに姿を見せず、悪い方の人格はまるで別人なのでどうしようもない。もう入院して3週間近く経つので、僕の知らない間にいい方の人格は出現しているのかも知れず、そうすると時間の経過さえ正確に把握すれば父のことも薄々は分かる筈なのだが、そういうことを考え併せても居ても立っても居られない気分になる。いたたまれない。このところの習いで、夕食後の夜、広い家に一人でいることが寂しくて精神的に参ってくる。心が折れそうに、というよりも既に折れているような気がする。そのせいか、夜、コタツでテレビを見ていると体調が悪くなり、またもや1時間ほどうとうとする。困ったものである。この分では早晩、心身共に参ってしまう。

あ、書くのを忘れてたけれど、昨日ロシアに隕石が墜落した。

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雪、疲弊

目覚ましでようやく目が覚めた。8時半。なにやら眠いが、今日は二七日の法要があるので何がなんでも起きなければならない。見ると、外は雪。夜の間に結構積もったらしく、その上に間断なく降り続いている。

そんなわけで、降りしきる雪の中を車で寺に向かう。10時15分ぐらいに着くと、ちょうど初七日に来れなかった叔父も到着。追って町内の叔母(父の姉)も到着、今日のメンバーはこれで全部。今日は二七日から六七日までをまとめてやることになっている。と言っても、普通に読経するだけ。終わって茶を飲みながら、四十九日の話などを住職と。寺を後にしたのはちょうど1時間ぐらい経ってからだった。

今日何かをやったと言えるのはこれだけなのだ。なのに、夜になって何故か物凄く疲れて、サッカーを見ながらコタツで2時間ほどうとうとしてしまった。気がつくともう11時。一体なんでこんなに疲れているのだろうかと訝しく思ったが、これを書きながら思い出した。今日は1日中雪が降り続いて、夕方2度ほど表の雪掻きをしたのだった。たぶんそのせいだと思う。他に思い当たらないから。いかに最近身体を動かしていないかということだ。

夜、コタツで寝入ってしまう前に精神的にかなりヤバい方向に。なんていうか、一人で台所で夕飯を食べた後、物凄く寂しくなってしまった。今日で法事がひと段落ついて、後は四十九日まで間が空くから、気が抜けた部分もあるのかも知れない。まだ何かを始める気力はない。かといって、何もやらないのは精神的にしんどいというジレンマ。明日も雪だろうか。明日は母親の病院に行こう。

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