変貌

今日はゴミ当番ということもあって、目覚ましを7時過ぎにかけておいた。もちろん、目覚ましで目を覚ます。一瞬二度寝して焦る。朝食後、ゴミを捨てた後、テーブルに突っ伏して30分ほど寝てしまう。で、箒を持ってゴミ置き場を見てくるが、特に散らかっているわけでもなく、何もすることはなかった。

で、今日も気分が寄る辺なく、また遊びの業務に赴いてしまった。なんていうか、何もしないのがいたたまれなくて。2時前に帰宅するころには雨がぱらついていた。考えてみると、このところ雪が少ない。で、2時半に歯医者。治療後、先日香典を持ってきてもらったので礼を言う。一旦帰宅した後、再び出かけて百均に寄って明日のためのローソクなどを購入してから、母の病院に洗濯物を届ける。今日も面会は無理だろうなと思っていたら、たまたま母がナースステーションの中にいて、カウンター越しに会うことが出来た。一週間振りに見る母は、一目見て顔が変わっていて驚いた。車椅子に座っているせいもあるだろうが、それだけではなくて、見るからに老けた。無残なくらいに。で、目つきが落ち窪んで顔つきが明らかに変わった。母の口から出るのは相変わらず妄言だった。僕は変わり果てた母に話しかけながら、なんとも言えない、胸が締め付けられる感じを覚えた。看護師にあまり長く話をしないようにと言われて、途中で話を打ち切らざるを得なかった。僕は後ろ髪を引かれる思いで廊下に出た。

帰宅して、明日の二七日の準備をした。といっても、御布施とローソク、それに花を一束、というぐらいである。夕食後はコタツでしばらくYouTubeで音楽を聴いた。なかなか母の変貌で落ち込んだ気分は回復しない。それどころか、夜になるとさらに落ち込んで、また絶望しそうになる。困るのは、持ち上げる材料が何もないことだ。明日から少しマメに病院に通って、出来るだけ早く母に父のことを教えられたらと思う。行くたびに失望に打ちのめされるのは想像に難くないが。致し方ない。

カテゴリー: 未分類 | 変貌 はコメントを受け付けていません

無為

また夜中にトイレに起きた。嫌だなあ。で、今朝は目覚ましで8時25分に起きる。やっぱり嫌な夢を見る。朝食後、今日も眠気が襲ってきて、午前中はほとんどコタツの中で寝ていた。そういえば昨夜歯を磨いているときに仮歯が取れてしまったので歯医者を予約、明日の午後。寺に電話して二七日のスケジュールを決める。日曜日ではなく、明後日の土曜日の10時半から。親戚2か所に連絡。トイレの水が止まらなくなったので、設備会社をやっている区長に電話して来てもらう。修理代は取られなかった。

昼食後、何をしていいのか分からなくなる。母親の洗濯物を届けようと思ったが、一部乾いていないものがあったので断念、結局遊びの業務に向かってしまう。夕方帰って来てからやっぱり罪悪感を覚える。で、また物凄い眠気が襲ってきた。コタツで夕飯まで寝込む。それと同時に精神的に不安定になり、気分が塞いで恐怖感に近いものを覚える。だが安定剤を飲んだりはしない。夕飯を食べると精神的な面は少しだけ持ち直す。昨日の続きでYouTubeで「カイジ」を見たりするが、今日はどうものめり込めない。夜、Hと長電話。

今日は結局弔問客は来なかった。そろそろ自分の病院にも行かなければならないと思う。気がつくともう2月も半ばだ。一応県立中央病院に電話して聞いてはみた。行くとしても来週だな。今は何かの予定を立てるほど元気がない。それ以上に何をしていいのか分からないのが辛い。ああそうだ、明日はゴミ当番だ。目覚ましを早くセットしなければ。

カテゴリー: 未分類 | 無為 はコメントを受け付けていません

眠気

どういうわけか、今日は午前中と夜が眠くて仕方なかった。お蔭で昼まではほぼコタツで寝てしまう。夜も、夕食後BSでインテルの試合を見ていたのだが、猛烈な眠気に襲われていつの間にかうとうととしてしまった。大したことはしていないのに、どうしてこんなに疲れていて眠いのだろうか。

今日の弔問客は1人だけ。午後は銀行に行って父の口座がまだ凍結されていないことを確認して残高を移動、それから窓口で葬儀代を振り込み、電気の引き落とし口座を母の口座に変更。一旦戻って洗濯物を取りまとめ、母の病院に届ける。それ以外の時間はほぼ1日中、YouTubeでアニメ「カイジ」を見ていた。予定では今日寺に連絡して二七日以降の日程を決めるつもりだったのだが、何故か気分が乗らず、明日に持ち越し。気分が乗らないと言えばこのところ、再読中の有栖川有栖「双頭の悪魔」、寝床でも読む気にならなくて途中になったままだ。本を読めなくなったのだろうか。一番大きな理由は、2階の僕の部屋が暖房が入っていないからなのだが……。

カテゴリー: 未分類 | 眠気 はコメントを受け付けていません

流されて

今日はほとんど雪が降らなかった。と思う。

どうも記憶が定かではないが、2日続けて夜中にトイレに目が覚めたような気がする。年のせいなのか。相変わらず朝はなかなか布団から起き出せない。7時ごろに最初に目が覚めるんだけれど、布団から抜け出す決心がいつまで経ってもつかない。うだうだして、結局8時過ぎ起床。

今日はなんだかんだあった。一昨日ゼロ、昨日1人だった弔問客も今日は3人。午前中は公共料金の名義変更などをしていると葬儀屋の法事担当者がやってきて、四十九日の話を聞く。午後になると、叔父夫婦がやって来て、祭壇の周りの花を片付けていってくれた。大量の花をどうしたものか途方に暮れていたので助かる。ついでに四十九日の相談もする。葬儀屋の言うように案内状などを出す必要などないということ。簡略化出来るものは極力簡略してよいと。叔父に対するコンプレックスに近いストレスもなんか少しは解消する。

そうこうしているうちに母の入院する病院から電話が来て、昨日母が失禁したとのことで、着替えを持ってきて欲しいとのこと。叔父夫婦が帰ると洗濯しておいた着替えを持って病院に行き、代わりに大量の洗濯物を受け取った。よって、帰宅してからは洗濯。昨夜母が6枚ぐらい重ね着をしていたらしく、量が半端ない。一度に洗い切れない。後は花屋に電話して花器を引き取ってもらう。余った花も持っていってくれた。

日が暮れるころから改めて会葬者名簿をエクセルに入力、叔母が芋煮を置いていってくれたのでそれで夕飯。食べ過ぎて食後2時間近くコタツでうとうとする。何故か非常に嫌な感じ。厭世観に近い感覚。

と、こんな感じで何もしていないようでなんだかんだあった1日。よく分からないままに夜が更けていく。これでいいのだろうか。

カテゴリー: 未分類 | 流されて はコメントを受け付けていません

悪夢

それはもう恐ろしい悪夢を見た。父が倒れて以来、生き地獄のような現実を生きているけれど、それ以上に恐ろしい夢だった。怪物や悪霊に次から次へと襲われては命を狙われる。逃げても逃げても襲い掛かってくる。あまりの恐ろしさに途中で目が覚めた。すると、次に会社を辞める夢を見た。これも一種の悪夢、過去の追体験である。そんな風にじわじわと僕は現実に引き戻され、8時25分に携帯のアラームが鳴ってようやく起きる気になった。

一日中雪が降ったり止んだりしていた今日、夕方買い物に出かけた以外はほぼ家の中に閉じ籠っていた。午前中に葬儀屋が表飾りを引き取りに来た。午後はずっとコタツでYouTubeを見ていたが、町内会の区長がやってきて、ゴミ当番のやり方や町内会費の集金について説明していった。区長の爺さんは何故か不機嫌そうで、僕は何か理不尽なことを押し付けられているような気になって憂鬱になった。実際、ゴミ当番というのは一人所帯で仕事をしていたらまず出来ない。そういうときはどうしたらいいのだろうか。そういう、分からないことは数え切れないほどある。それらがすべて憂鬱のタネとなる。

夕方は母にいまだに父の死を教えてやれないことに関して物凄く苦しむ。

夜は香典をエクセルに記録していく。香典袋をすべて記録した時点で一旦保存して、それから会葬者名簿から住所や電話を入力していく。と、途中でエクセルがフリーズして、入力した住所がすべて消えた。むむ、やり直す気力が失せた。続きは明日やろう。

カテゴリー: 未分類 | 悪夢 はコメントを受け付けていません

夕方弟が仙台に帰り、僕はまたひとりになった。家の中はしんと静まり返った。すると、僕は寂しくて寂しくて、死んでしまいそうになった。まるでウサギみたいに。月曜に父の心臓が停まってからというもの、ずっと放っておいてくれと思い続けてきたのに。これまでの人生の半分以上をひとりで暮らしてきたというのに。まったくお笑い種だ。

昨夜は12時過ぎに床に就いたものの、なかなか寝付けなかった。なんというか、頭の中を現実が渦巻いて。しょうがないので睡眠薬のレンドルミンを不本意ながら1錠飲み、1時過ぎにようやく眠れたようだ。朝は8時過ぎに起きた。初七日の法要のため、10時過ぎに弟と寺に向かう。今日は朝から雪が降っていた。寺の本堂で法要を済ませ、住職の奥さんに今後の法要のやり方を聞いた。すると、二七日から六七日までを次回都合のいい日にまとめてやってしまい、四十九日に納骨と百か日を同時に行う、ということだった。まあ、昨日考えて気が狂いそうになった法事だが、少しは分かりやすくなった。集まった親戚は、叔母一人を除いて現地解散、その叔母もすぐに帰り、昼食は弟と2人で冷たい肉そばを出前で取って食べた。

弟が帰って一人きりになると、途端に何もする気になれない。ただひたすら孤独に思えるだけ。夕食後、弔辞を読んでくれた人にお礼の電話、のちBSで女子ジャンプのワールドカップをコタツに入って見る。1日で2勝をあげた高梨沙羅の強さは半端ない。機械仕掛けのようにオートマチックに飛んでいるように見える。束の間の慰めになった。後はひたすらネットをうろうろして、夜が更ける。明日からは少しずつ、いろんなことを片付けていかなければな。

カテゴリー: 未分類 | 兎 はコメントを受け付けていません

現実逃避願望

どうも例の朝目が覚めたときから絶望するパターンが再来してきた模様。悪夢というほどではないが、迷ってばかりで出口のない、非常に後味の悪い夢ばかりを延々見ているのにも関わらず、布団から出たくない。それだけ現実に関わりたくないという意識が強く働いている。それでも目覚ましをかけている8時25分より前には起きる。

天気予報では午前午後とも50%の確率で雪が降るとのことだったが、今日は終日天気がよかった。土曜日ということもあり、本日の弔問客は7人。終日気が滅入っているので相手をするのが辛い。葬儀屋が置いていったパンフレットを見て、五七日や四十九日の法要のことを今から考えて、物凄く憂鬱になる。今の僕は何事に関してもまったくといっていいほど自信が持てない。よって、法事ひとつ取っても物凄く面倒くさいことに思えるし、僕にはまともに執り行うことが出来ないのではないかという強い不安にとらわれる。夜にはパニック障害が再発しそうになるし、ちょっと油断すると気分が塞ぎ、常に抑うつ状態すれすれのところにいる。とにかく、この先の法事関係のことを考えるだけで胃潰瘍になりそう。それ以外のことを考えると今度は絶望してしまい、希死念慮らしきものが湧いてくる始末。

そういえば昨夜は処方された薬が効いたのか、就寝時の咳はそれほどでもなかった。明日は初七日。弟は明日仙台に帰る。ここを乗り切れば少しは楽になるのか、ならないのか。もう何もかも投げ出してしまいたい。マジで。

カテゴリー: 未分類 | 現実逃避願望 はコメントを受け付けていません

昨夜、床に就いてから咳が止まらなくなり、永遠に続くのではないかという感じで、これでは眠れないのではないかと思うほどだった。

今日は弔問客は2人だけ、午後は弟に留守宅を任せて父が入院していた病院→母が入院している病院→町役場の順に回り、諸々の手続きをする。ノロウイルスの患者が出たということで、母の面会は来週一杯ぐらいまでダメということで、これはちと精神的に応える。一旦帰宅してから、昨夜のこともあり、前回も診てもらった近所の内科医に。咳止めとかの薬をもらう。町内の叔母(父の姉)が持ってきてくれた煮物で弟と夕飯、しかし夜になってまた咳が出始めてなかなか止まらない。困ったものだ。相変わらず気が滅入るというか、気分が塞ぐ。

カテゴリー: 未分類 | 咳 はコメントを受け付けていません

煩悶

8時半起床。昨日ようやく父の葬儀を終えたというのに、心はまったく安んじない。それどころか、いたたまれなく、ささくれだっている。朝から昨日の葬儀に出られなかった弔問客が訪ねてくる。10時には葬儀関係を任せた叔父夫婦がやってきた。昼過ぎ、僕はとうとう切れてしまった。些細なことから弟を怒鳴り付け、食って掛かった。もしかしたら母同様、僕も被害妄想に蝕まれつつあるのかもしれない。疎外感が半端ない。結局、弟に怒鳴ってしまったことで疎外感は一層増すだけだった。夕方、弟の奥さんと長男が仙台に帰った。僕と弟だけが残った。弟はどうやら僕に気を使っているようだ。こういったことが何もかも最悪に思える。夜は母が最初に放心状態になったころを思い出し、気分が塞いでしまう。

今日1日で7人ほどの弔問客がやって来た。合間に保険や年金関係の書類を整えようと試みるが、母がいないと肝心の書類がなかなか見つからず、多大な労力を要する。町役場に戸籍謄本やら何やらをもらいに行ったものの、父と母の住民票は僕が別世帯にしてしまったために母の委任状が必要なことが判明。いちいち面倒なことこの上ない。

なんていうか、何もかも行き詰っている感じがして、気が滅入って仕方がない。母が延々と呟く呪詛のように、すべてが最悪な方に流れている感じがしていたたまれない。救い難い気分。

カテゴリー: 未分類 | 煩悶 はコメントを受け付けていません

痛恨、不覚

そんなわけで、ようやく父の葬儀が終わった。前回の日記に斎場と書いたのは、葬儀会場の間違い。斎場は火葬場のことだった。

昨夜は弟一家と会場の宿泊施設に泊まり、今朝の8時半に出棺、9時に火葬、13時から葬儀。まあなんつーか、母の入院からの一連の流れで喪主を務めるのは、あまりにもへヴィーだった。12月の18日に父が脳死だと聞かされて以来、既に父に関しては踏ん切りはついており、これまで涙を流したことは一度もなかった。なので、元来人前で話すことはむしろ得意であることもあり、喪主の挨拶の原稿は用意しなかった。ところが、どういうわけか喪主の挨拶をする段になり、最初の一言、本日は時節柄もあり雪の日になってしまいました、と言ったところでどういうわけか不覚にも言葉に詰まってしまい、それは別に次の言葉が浮かばないのではなく、声が詰まってしまったのだった。確かに風邪で喉はやられてはいるけれど、その後ようやく振り絞った僕の声は明らかにか細い涙声であり、なんとも不可思議なことに実に無様な喪主の挨拶になってしまった。まったく痛恨の極みだ。特に感極まったわけでもないのに、一体僕に何が起こったのだろう。たぶん、僕の精神力はとうに限界に達し、喫水線をオーバーしていたのだと思う。その前の読経や弔辞の最中に、僕は最前列で何度も寝そうになっていた。で、喪主の挨拶の段になって、僕の精神は遂に決壊してしまった、というわけだろう。一度決壊してしまうと、その後の会葬者の見送りでも涙ぐんでしまうという醜態を晒してしまった。

そんなこともあり、葬儀が終わったと言ってもすべてが終わった感じはまったくせず、自宅に来た親戚一同がなかなか帰らないのが苦痛で仕方なかった。で、ようやく叔父叔母の一組を残して親戚が帰ったところで、着替えて母の病院に行った。書類を揃える件、昨日判明した肺炎の治療の件、パジャマや下着等の替えを持っていくこと、母の調子がよければ父の死を知らせること、とにかく今の僕には父のことよりも母のことの方が大事だ。ちなみに昨日の朝医師から電話があって、腎不全の疑いがあるということで急遽母を(総合)病院に連れて行って、諸々の検査を行った結果、腎臓は大丈夫なものの、重い肺炎にかかっていて治療が必要とのことだった。

病室に入っていくと、今日の母は昨日よりずっと妄言が酷かった。妄想の度合いはずっと酷かった。話している母を見ていて、今度こそ本当に泣きそうになった。まったく今日の僕は涙もろいというか、単にもろい。果てしない絶望を抱えて帰宅する羽目に。

帰宅して弟一家とコタツでサッカー日本代表の親善試合、ラトビア戦を見たりするが、弟一家はあまりにも幸せそうに見えて、今の僕と相容れるところは一切ないように思える。葬儀が終わっても、日曜日には初七日があり、その間にも葬儀に来れなかった訪問客があるだろう。本当の意味で解放されるのはまだ当分先、というか、そんなものは本当に訪れるのだろうかと思える。とにかく今の僕は、ありとあらゆる人に放っておいて欲しいのである。

カテゴリー: 未分類 | 痛恨、不覚 はコメントを受け付けていません