Skype

朝目が覚めて時計を見ると既に9時半。昨夜寝たのが1時なので焦るが、いい感じの夢を見ていたので余韻に浸りたく2度寝して結局10時起床。寝過ぎだ。しかし、あまり気にし過ぎないように努める。

今日はほとんど何もしていない。昼食も食パンにピーナッツバターを塗って済ませ、外出したのは1度、駅前の地下にある喫茶店に行って帰りがけにスーパーに寄っただけ。それもただ単に気兼ねなく煙草を吸いたいがためで、コーヒーは薄くていまいちだった。夕飯は節約のためにスーパーから買ってきた米をレンジで温めて納豆で食べた。それとコールスローを少々。

相変わらず今日もあらゆることが不安の種になる。テレビを見る練習をしようと昼からテレビを点けて少々見たが、テレビから流れてくるあらゆる情報を自分と結び付けて不安材料として受け取ってしまうというネガティブさ。なるべく安定剤を飲まずに我慢しようと思ったが2時ごろに堪らず1錠飲み、夜ももう1錠飲んでしまった。母親の病気は細菌性胃腸炎ではなく、感染症胃腸炎だったらしいが、今日も点滴を受けたものの昨日今日は吐かずに済んだそうである。

夜はクラブW杯、広島×アルアハリ、1-2を見るが、途中例によって母親と電話で長時間話していたため、アルアハリの決勝点のシーンは見逃した。が、前半はアフリカ代表のアルアハリのボール回しがさすがに上手いなあと思っていたが、次第に広島のボール回しもよくなり、後半は広島のよさが出ていたように見えた。佐藤寿人がGKとの1対1を外したのが痛かった。

その後、とみに経済的なことに過敏になっている折、電話代がかさむのが気になるので通話料が安いSkypeのクレジットを買ってアキヤマとHと長電話。固定電話に掛けたアキヤマの方は安く済んだが、携帯にかけたHの方は4倍ぐらい掛かり、どうもSkypeの固定・携帯共通という通話料は嘘っぽい。

換気扇の下でしか煙草を吸わないという方針にしてから煙草の本数が減った。意外といい作戦だったかも。それにしてもいつになったら安定剤頼りから脱却出来るのだろうか。まだまだ本来の意味でのリラックス、のんびりからは程遠い。

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決断その1

昨夜は何時に寝たのだろう? 日記を書いた時刻から察すると2時ぐらいか。とにかく、今朝は7時に目が覚めたのだがなんとなく2度寝をして8時起床。今日から、というか正確には昨夜からになるのか、自分んちで煙草を吸うときはruseyarnさんを見習って換気扇の下で吸うことにした。少なくとも、いちいち窓を開けて吸うよりは寒くない。

朝食後、何をしたらよいのか分からず、なんとなく青空文庫で夏目漱石の「こころ」を読んでいると母から電話があり、細菌性の胃腸炎と診断されてこれから点滴を受けるとのことだった。とにかく大病ではないらしく、ほっとする。夜もう1度電話で話をしたが、明日もう1度点滴するとのことだが今日1日は吐かずに済んだようだ。

3時ごろまで遊びの業務をやってみたが、やはり今の僕には業務に対するモチベーションがまったくといっていいほど欠けている。よって単なる暇つぶしにもならない。モスバーガーから昼食を買って帰り、その後は何もしていない。考え事をしただけと言っていい。で、ひとつの決断をした。安定剤を飲んで落ち着いた状態での決断なので、果たしてこれが正しい判断なのかはまだそれほど自信はなく、したがって決断その1という感じではある。しかし、気持ちの上ではまったくもって傾いた。正直、随分と長い間考え過ぎて悩み過ぎて、もう面倒になってきたのである。その決断とは、来月一杯をもってこっちを引き払って田舎に帰る、ということだ。

結局のところ、いろんな角度から考えてみたのだけれど、将来的に渡ってずっと田舎に戻らないという選択肢はない、という結論に至った。したがって、どうせいつか戻るのなら早い方がいいだろうと思ったのだ。一度そう決めてしまうと(安定剤の効用もあるのだろうが)少し気が楽になり、山形までの引っ越し費用がいくらかかるかネットや電話で見積もったりしてみた。やはり直行便だと10万ぐらいかかりそうだ。来月一杯までとしたのは、それが退去費用が一番安く上がるから。もちろん、どうせ帰るのならこっちで何もすることなくうだうだしているのなら、とっとと帰りたいというのも山々だ。基本的には、病院(悪性リンパ腫の予後検査)と歯医者の区切りをつけてからということになる。病院とメンタルクリニックからは転院するための紹介状をもらう必要もある。

一度は田舎に帰ると決めて前述のように気が楽にはなったのだが、夜になって安定剤が切れてくると困ったことにまた不安感がぶり返してしまった。よって、シャワーを浴びる前に本日2度目の安定剤を飲む。って、この状態は結局安定剤に依存しているということなのではないかと頭を掠める。

決断と書いているぐらいだからある程度腹は決まっているのだけれど、それでも田舎に帰る、田舎で生活するということに対する不安は多々ある。何しろあまりにも長い間都会暮らしをしているせいで慣れがない。戸惑うことも多いだろう。すべてが楽になって解決するわけではない。たぶん田舎の方が就職はより厳しいだろう。田舎に帰ったら業務からは完全に足を洗うつもりだから、当分の間、何をして過ごしたらいいのかも分からなくなったりするのかも知れない。ただ、そういうこともすべて、こっちにいても同じ悩みは存在する。以前も書いたように、当面の目標はのんびりすること、体力を回復させること、精神面を改善することだから、そのためには一番頭の痛い経済的な負荷を極力軽減させる必要がある。相対的かつ総体的に、田舎に帰った方がストレスは軽減するというのが今の判断だ。だが、前述のようにあんまり自信はないんだよね、実際。そのうちやっぱりもう1度考えた結果、なんて言い出す可能性はある。いずれにせよ、僕は今人生の岐路に立っている。

今日はジョンの命日だな。

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揺れ、警察庁から来た男

むむ、今気づいたがもう引っ越して4日目なのだな。

1時就寝、8時半起床。昨夜は耳栓なしで眠れた。睡眠薬も飲まなかった。ただし、リフレックスを1錠半飲んだ。Mサキの夢を見て目が覚めた瞬間、死に対する強い恐怖感を覚えた。夢との因果関係はないのだが。またもやパニック障害が再発するのではという、ウィキペディアによると予期不安に近いものを感じたため、朝っぱらから安定剤を飲む始末。まあなんとか押さえ込む。

で、今日も遊びの業務を4時間。虚しい。が、今は業務というよりも何事も長時間やる気力がないので、一種のリハビリである。3時半から歯医者の予約が入っているので、昼食を摂りにモスバーガーに入りそのまま3時過ぎまでぼうっとして時間を潰す。ここで本日2錠目の安定剤を飲む。すると、電車で隣駅(かつて住んでいた駅)に移動して歯医者の待合室で待っていると安定剤が効いてきて猛烈に眠くなり、名前を呼ばれるまでどうやら20分ぐらい寝ていた模様。で、どういうわけか歯の治療をしている最中が本日もっとも気が楽な時間であった。医者は僕の病気のこととかを知っているので、すみませんを連発してもうすぐ終わりますからと盛んに言うのだけれど、僕の気分としてはなんならこのまま延々と何日もぶっ続けで治療を続けてくれたら禁煙も出来るのだが、などと考えているぐらいだった。たぶん、治療中というのはある意味集中していて余計なことを考えないで済むからだろうか。選択の余地がないし。

5時ごろに歯医者を出て、夕飯には早いのでサイゼリヤのドリンクバーでカプチーノを飲んで時間を潰す。と、久々に携帯の緊急地震速報が鳴り、身構えていると母親から携帯に電話が掛かってきて、出ると音を立てて物凄く揺れていて怖いと母親が言う。後から聞いたところによると母親は地震が来てから電話したのではなく、たまたま僕に電話した瞬間に地震が来たようだ。話している最中にタイムラグでこちらも揺れ始め、結構長い間揺れた。たまたま他の客もいるファミレスにいたのでそれほど怖くなかったのは幸い。帰宅してから気象庁のサイトを見ると、こっちも震度4だった。夕飯はそのままサイゼリヤで済ませた。

今日参ったのはどちらかというと地震ではなくて、母親が体調を崩したことだ。前述の電話は気分が悪くなったのだがトイレで吐いたら治った、ということを報告するためであったらしいが、夜、9時ごろに心配になって電話してみると、また吐いたという。それもジュースを2口飲んだだけで。この時点で、最近の僕の傾向である常に最悪のケースに思考が一気に飛躍してしまう状態に陥り、今母親に入院でもされたらと頭に浮かび、目の前が真っ暗になった。暗澹たる気分というほかない。電話で話しながら、これはもうすぐにでもここを引き払って田舎に帰るべきなのではないかと思った。母親は夕飯を食べておらず(腹は空かないらしい)、今まで寝ていたが口が渇いてしょうがないというので、父親用に買ってあると聞いた点滴と同じ成分のスポーツ(?)ドリンクとゼリーを飲むように薦めた。すると、電話を切って10分ぐらいしてまた電話が掛かってきて、半分ぐらい飲んだが吐かなかったということだった。その後少し気分的に落ち着いてきたところでHと長電話。いつも同じ話に付き合わせて悪いね、H。

おっと忘れてた、佐々木譲「警察庁から来た男」読了。道警シリーズ、つまり「笑う警官」の続編なのだけれど、今作は「笑う~」に比べるとスピード感やサスペンスという点では劣る。小ぢんまりとした作品、という印象。つまらないというわけではないが、少々物足りないことは確か。前作同様に面白くなるキャラクターは揃っているのだけれど、事件が少々小粒だったか。この道警シリーズはさらに「警官の紋章」があるが、そのうち読んでみよう。今読んでいるのは島田雅彦「優しいサヨクのための嬉遊曲」。3度目のトライ。今度は最後まで読めるだろうか。

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増薬

2時就寝、9時起床。あれほど心配していたわりにはしっかり眠れた。もっとも、耳栓をして睡眠薬を飲んでだけれど。何はともあれ眠れるということは一安心していい材料だと思う。朝食後、コーヒーを飲んでしばらくぼうっと過ごしていたけれど、どうも例の壁紙の件があったので部屋の中では窓を開けないと煙草を吸う気になれず、特にすることも思いつかないので、洗濯機を回してから外出、ひとまず一番近場で様子見がてらの遊びの業務を2時間ほど。僕が業務から足を洗うと宣言したことを覚えている人はあれ、と思うかも知れないが、あくまでも遊びの範疇であって食うための業務ではない。昼食はやはり近場のケンタッキーでキチンフィレサンドだかバーガーだかを買ったが、モスバーガーと比べると割高な気が。夜散策したら駅前にモスバーガーを発見したので、今度からそっちにしよう。

今日はメンタルクリニックに行くつもりだったので、その前に区役所に寄って自立支援の住所変更。ちなみにややこしいので一応説明しておくと、区役所は一昨日まで住んでいた隣の駅、メンタルクリニックはそのまた隣の駅で、電車で行くには一度乗り換えねばならない。当面の課題として体力をつけなければならないので、区役所からメンタルクリニックまでは駅ひとつ分、散歩がてら歩いて行った。20分ほどの行程。メンタルクリニックは今月から以前の場所から5分ほどのところに引っ越した。で、ようやく辿り着いてみると待合室が混んでいて唖然、以前ならばまた日を改めて出直すところだけれど今日はそうも行かず、何人目になるか訊くと8人目だというので外に出て歩いて5分ほどのところにあるイタリアンレストランでカプチーノを飲んで時間を潰す。

ちょうど一時間ぐらい経過して順番が来た。最近の異常な心配性、ひっきりなしに訪れる強い不安などを今回はしつこいぐらい細かく述べた。で、2・3ヶ月前と比べてもいろんなことが楽しくない、楽しめないということを述べると、それはうつの典型的な病状だと言われた。一番悩まされている毎日の不安感についてどうしたらいいでしょうと半ば懇願調で訊ねると、医者は抗うつ剤のリフレックスを倍の2錠にしたらいいと言う。いざそう言われると、退院後に減薬、断薬をしてせっかく薬漬けから脱したと思っていたのにまた元の薬漬けに戻ってしまうようで不安を覚える。が、医者が言うには、つい今年の7月までは2錠処方していたというから、そうするとたぶん5月ごろまではリフレックスを2錠飲んでいたことになる。正直抗うつ剤をまた元の量に戻すのはかなり抵抗を覚えるのだけれど、かといって今の状態が続くようではどうしようもなくもっと悲惨なので、不承不承承知した。そんなわけで今夜からリフレックスの量を増やすけれど、一気に2錠にするとまたぐらぐらに眠くなる可能性があるのでまずは半錠増やすことにしよう。明日は歯医者があるし。

医者の帰りはさすがに電車を乗り継いで帰った。カプチーノを2杯飲んだせいでまだそれほどの空腹は覚えていなかったので、すぐには帰宅せずに駅前を少々探索。以前からの習慣で業務の下見をしてしまう。3軒ほど見たがまったく使い物にならない。悲惨と言っていいレベル。少なくともこの街の駅前で業務で食っていくのは無理、と改めて確信。続いて喫茶店、コーヒーショップの類を見ると、前述のモスバーガーを発見はしたものの、ドトールやサイゼリヤといった、カプチーノを200円台で飲めて気兼ねなく煙草を吸える店はなさそう。困ったものだ。コーヒー400円台の普通の喫茶店ならあるのだが、以前ならともかく、経済的な出費に関して過敏になっている今は毎日その手の店に通う気にはなれない。物凄くコーヒーが美味ければ別なのだが、日本の喫茶店の9割方は酷いコーヒーを出すのが相場と決まっている。

スーパーで弁当の夕食を買って帰宅、食後に安定剤を飲む。すると多少は気分が落ち着いた。だがやっぱり気掛かりなのは煙草、どうも自室で安心して吸えないと言うのは……。ま、止めれば一番いいのだろうけど、いずれにしても問題はストレス。本来はストレスを軽減するために吸いたいのだけれど……。

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神経症的日記

午前中に長々とした日記を書いているうちに昼になってしまい、退去の立会いが1時だったので慌てて電車に乗り、前の部屋に向かう。着いてバタバタと掃き掃除をしていると、管理会社の人間が来てしまい、そこまでで掃除は諦めた。どうせ精一杯やったところで高が知れている。で、管理会社の人間が部屋を点検してなにやら書き留めているのを固唾を呑んで見ていたが、案の定、壁紙は全部張り替えということになり、2年住んだので半額とはいえ結構な金額、おまけにエアコンも黄ばんでいるということで洗浄費が発生しこれも案外な金額で、この2つだけでも予想外の出費、なにしろ今の僕は異常なまでの心配性、小心者だから、身体の力が抜けて足ががくがく震えてしまうのでは、と思ったほど落胆した。いい方に予想外だったのは、フローリングの1枚に煙草の焦げを作ってしまい、紙やすりで削ったものがかなり目立ったのだけれど、その部分は指摘されたものの何故か請求されなかった。本来これだけでも有難いと思わなければならないところなのだけれど、駅までの帰り道、頭の中は予想外に出費がかさんだことで一杯になり、例の引っ越しに対する後悔ともあいまって歩く力も抜けていた。予定ではそのまま郵便局と区役所に直行する予定だったがとてもその気力はなく、遊歩道のベンチに腰掛けて母親に電話をして、今回の引っ越し費用は親に用立ててもらうしかなかったため、ひとしきり謝り続けた。もうこのときの精神力はゼロではなく、マイナス、史上最弱クラスだったのだ。今考えてみると出掛けに安定剤を飲んでいくべきだったのだろうけど、午前中の日記に書いたように昨夜ロクに寝ていないので、眠気で何も出来なくなる可能性もあるのでそれも出来なかった。

電話を終えるとひとまずドトールで軽い昼食を取り、いろんな意味で休憩。それからまず郵便局で転居届けを出してから区役所に寄って、住民票や保険証の住所変更をした。区役所ではもしかしたら近々田舎に転居するかもしれないので、その場合に必要な手続きも聞いた。まだ脱力からは完全に脱しておらず、案の定ときどき思い出したように眠気はやってきたが、4時ごろに区役所での手続きを終えると明日やる予定だった運転免許の住所変更も一気にやってしまおうという気になり、タクシーで浦和の警察署に向かった。乗る前にこの日初めての安定剤を飲んだ。4時過ぎ。

免許の住所変更を終えるとさすがにまたタクシーに乗るのは気が引けるので、徒歩20分と聞いていた道のりを浦和の駅まで歩く。安定剤を飲んでしまったし、今の体力では自信はなかったのだが、いざ歩いてみるとそれほどの距離ではなかった。で、安定剤が効いてきたのかようやく少し気分的に落ち着きそうだったのでパルコのカフェで一休み。エスプレッソのダブルとカプチーノを飲んで、1時間半ぐらい考え事にぼんやりとふけったが、それだけ考えてもこの先のいい解決策、アイディアは見つからなかった。

帰宅して7時になると、セコムが来てセキュリティについてひとしきり説明を受けたが、いちいちアラームを止めるのは面倒なのでそんなことを設定するつもりはなく、それよりも居室に火災報知機と廊下にスプリンクラーがあることを聞いて大袈裟だが仰天、やれ煙草を吸っただけで火災報知機が反応するのかとか、コーヒーの豆を炒るとスプリンクラーが作動しないかとか取り越し苦労、心配性が全開、何度も根掘り葉掘り訊ねてようやくいままでそんな事例はないとのことだったが、またさらに窮屈になり居心地が悪くなったような気がするから困ったものである。

とまあ、ここまで読んだ人がどれだけいるか分からないけど、ここまでの日記の異様な詳細さを見ても分かるように、何度も書くようだけど今の僕は過敏、異常なまでの心配性、極度の神経質である。要するに何から何まで、あらゆることが心配なのだ。今の僕の状態に当てはまりそうなものをウィキペディアでなんとなく調べてみると、不安障害、強迫性障害、発作はないけどパニック障害、もうありとあらゆるものに当てはまるようにすら思えてくる。まあ、この辺は境界や定義そのものが曖昧であるから当たり前と言ってしまえば当たり前なんだけど。その証拠に薬物治療に使われる薬は全部同じで、抗うつ薬と抗不安剤(安定剤)の併用ということになっている。ということは、今の僕の薬の服用の仕方はまんざら的外れではないのだが、それにしては精神、心が脆弱過ぎる。まあ物凄く大雑把に言えば、昔でいうノイローゼとか不安神経症といったものに限りなく近い状態なのだと思う。なんかノイローゼと文字にしてみると心なしか抵抗を覚え、ううむ、という気はするが。だが実際問題として部屋に戻ってくると、例の車の通り過ぎる音がことさら大きく感じてしまったりするのだ。これから睡眠薬ではなく2錠目の安定剤を飲もうと思うが、さて今夜は首尾よく眠れるだろうか。まあ心身が復活するまで就職活動はしないことにしたので、やっぱり耳栓して寝るかな。別に昼まで寝ても構わないのだから。それにしても、今思い返しても以前NYのマンハッタン、ブロードウェイのホテルに泊まったときも、夜はひっきりなしにサイレンが聞こえてここと大差なかったような気がするのだが。あのときは別に気にならないで眠れた。とすれば、やはり精神状態によるところが大きいのだと思う。もはや慣れるしかない。

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引越し:朝書く日記

今は引越し当日から一夜明けた水曜の11時、ようやくネットが繋がったので忘れないうちに昨日の日記を書いておこうと思う。

忘れないうちに、と書いたものの何時に起きたのかは忘れた。9時過ぎぐらいだったか。朝食後、まずは浦和に行って新しい部屋の鍵とインターネットの申し込み。このころは小雨がぱらついていた。引っ越し屋が来るのは2時から5時の間、と非常にアバウトなため、パルコのカフェでのんびりとサンドウィッチのランチを食べていると引っ越し屋から電話があり、早く行けそうだというので、まだ荷物の箱詰めが完了していなかったこともあり、タクシーで戻り慌てて残りの箱詰めを済ませると2時ごろに引っ越し屋が到着、さすがはプロ、手際よくさっさと荷物をトラックに積んで行き、1時間ほどで積み込み完了。驚いたのは2人のうち1人は60代を思しき年配の人だったが、僕がひとつ持ち上げるのにもふうふうする本のぎっしり入ったダンボール箱を一度に2つ、軽々と持ち運ぶこと。それを見て、今の僕はいかに体力がないかを思い知らされて落ち込みそうになる。凄いですね、と声を掛けると、仕事ですから、と事も無げに笑って答えた。

ひととおり全部の荷物を運び出してがらんとした部屋を見て一番ショックだったのは、本棚のあった場所と他の場所の壁紙の色が歴然と違っていたこと。要するに、部屋全体の壁紙がいかに煙草のヤニで汚れているかが明らかで、これは全部張替えだろうなと思い、一体いくら掛かるのだろうかと頭がくらくらした。これでは引越し先の部屋でも安心して煙草をスパスパと吸えなくなりそうで、ちょっとしたトラウマになりそうだった。

新しい部屋に荷物を全部運び込むと、部屋の真ん中に大量のダンボール箱が積まれ、これを1日でとにかく眠れる程度にまで整理しなければならないと思うとまたくらくらした。しょうがないので、引越し屋が帰った後、ひとつずつ梱包を解いて片付けていく。部屋を決める前に事前にまったく同じタイプの部屋を見て確認はしていたのだけれど、いざ引っ越してきてみると、確かに部屋自体は前よりも広く、廊下も広くて今度はちゃんと独立した洗面所もあるのだけれど、いろいろと問題点が多々見つかった。まずウォーキングクローゼットが思ったよりも狭く(結果的に前よりも狭くなった)、服と布団を収納するのに一苦労、というかぎりぎり。キッチンのシンクが極端に狭い。これには参った。気が滅入る。キッチンの収納が前より少ない。これらの結果、夜にようやっと粗方の荷物を片付けたものの、前よりも広いところに引っ越してきたはずなのに収まり切らないダンボールが若干2.5箱。不思議だ。まあ確かにフリースペースは前よりも広いのだけれど、楽器の類や大量のCDとかが上手いこと納まる場所がなく、はみ出してしまった。

最初のトラブルは梱包を解いている夕方、手を洗おうとして蛇口から水が出ないことに気づいた。もう夕方の6時をとうに回っていたので慌てて管理事務所に電話すると、7時に開けに来てくれることになった。その電話で、電気とガス、特にガスは立会いが必要だと聞かされ、どうやら忘れていたことに気づき、もしかしたら今日はシャワーを浴びれないかも、と早くも暗澹とした気分になる。とにかく電力会社とガス会社に電話を入れ、電気の方はブレーカーを上げたら使えていたのでそのまま使えるそうでセーフ、ガスの方は時間が遅いにも関わらずたまたま電話に出てくれた人が8時に来て立ち会ってくれることになりこれもなんとかかんとかセーフ。こうして生きていくことに必要な最低限を確保してほっとしたのも束の間、大体片付いたところでPCを繋いで、ネットは出来ないけどとりあえず音楽でも聴こうと立ち上げようとすると、なんとキーボードを認識せず、立ち上げることすら出来ない。もうこの時点で引っ越ししたことを死ぬほど後悔していた。一体オレはなんて余計なことをしてしまったのだろうと頭を抱えた。この先ネットなしではのんびりするどころかいまどき普通に生活することすら危うい。情報源を失ってしまうのだから。とにかくキーボードと念のためにUSBのハブも買い換えなければならないだろうな、と暗澹とした、というよりパニクった頭で思い、最悪は安いノートパソコンを買うことまで覚悟した。

それからひとしきりなんとかこのPCトラブルを解決出来ないものかあがいた。USBをあちこち抜き差ししてみる。マウスは認識して動いているのだから、USBのハブ(点灯している)は一応動作はしているようなのだが、なんでキーボードなんて単純なものが動作しないのだろうか。もしかしたらハブのバス電力が足りないのかも知れないと思い、そういえばUSBハブのAC電源がどこかにあったはず、と片っ端から探すと、引き出しのひとつの中に見つけた。電源を繋いでまたいろいろ抜き差ししていると、ようやくキーボードを認識し、立ち上げることが出来た。そんなわけで今こうして日記を書けているというわけ。

もうかなり長文になってるし、このPCトラブルがようやく解決したところでそれはちょっとはほっとしたけれど、疲弊しきっていて、なんて面倒くさいことをオレはやっているのだ、とまた後悔する。

ところが、本当の後悔はその後にやってきたのだった。この新しい部屋は駅前の道路に歩道ひとつ隔てて面接した1階の角にあり、その道路の交通量は物凄く多いというわけではないけれど、夜通しひっきりなしに車が走る。で、ある程度覚悟はしていたものの、マンハッタンのホテルに泊まっていると思えばいいだろうと高を括っていたのだが、いざ夜というか深夜、枕元の明かりを消して寝ようとすると車の通り過ぎる音が結構うるさい。これは気になるかも、と思いながら寝ようとしたがなかなか寝付けない。頃合は深夜2時ごろ。小一時間ほど眠れずにうだうだしていただろうか(睡眠薬は飲まなかった)、ようやく寝たかに思えたのだがまた目が覚めてしまった。もう1度眠ろうと努力したが、今度は一向に眠れそうになく、枕元の電気を点けて時間を確かめると明け方の5時、相変わらず間欠的に車の通る音がする。ことここに至って、もう無理、と思った。これでは普通に寝て朝早く起きるという生活は無理、ここに住んでどこかに勤めるなどということは無理。もう本当に引っ越したことを後悔した。1月分まで家賃を払ってしまっているので、もう来月一杯でここを引き払って実家に帰ろうとベッドの中で思った。そんなことを考えているものだからますます車の音は気になり、眠れない。そういえば不動産屋の女の子が国道が近くて車の音が気になるので耳栓をして寝ているという話を思い出し、クローゼットの中のバッグから入院時に買った耳栓を取り出して両耳にねじ込み、目覚ましを10時にセットした。恐らくもう朝の6時ごろだろう、ようやく僕は眠りに就いた。

その後は半覚醒したときもかなり眠く、耳栓をすると眠れることは分かった。問題は耳栓をした状態で決まった時間に寝て、少なくとも目覚ましで起きられるかということだ。今日は目覚ましがなる前に目が覚めたので確認できなかった。この環境に果たして僕は慣れることが出来るのだろうか。まともに生活出来るのだろうか。なにより、普通に睡眠が取れるのだろうか。まあもう引っ越してしまったものはしょうがない。最低でも後2か月、様子を見るしかない。その間、ちゃんと眠れて起きられるようになり、生活のリズムが確立されるまでは就職活動は封印しよう。とにかく、まともに睡眠出来ないようでは、勤め続けることは無理だろう。もしかして、これは神というものが存在するのであれば、僕に強制的に休めと言っているのだろうか。そういえば昨夜電話で話したHも、治療を終えてそんなに経ってないのだから普通に考えてもう就職活動するなんてそもそも無理、と言っていた。こうしてこの日記を書いている間も目の前をひっきりなしに車が通り、車の音がトラウマになりつつある。おまけに睡眠不足でもう眠くなってきた。やれやれ、まさに前途多難。これから前の部屋に戻って掃除をして退去の立会いをしなければならない。一体いくら取られるのだろうか。果たして僕に真の安息は訪れるのだろうか。新しい環境に慣れることは出来るのだろうか。

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疲れと虚脱と

昨夜睡眠薬を飲んで寝てしまったせいなのかどうなのか、今日も9時起床。あまりそのことについては深く考えないようにしようとは思ったものの、やはり朝の精神状態はあまりよくなく、朝食後の10時ごろに安定剤を飲む。

今日は1時にリサイクルショップがテレビやら冷蔵庫やら洗濯機やらを引き取りに来るので、午前中から引越しの箱詰め。昼食は駅前まで行ってサイゼリヤ。戻ってくるとリサイクルショップが既に来ていて、ブツを運び出す。しかし、いまさらながらブラウン管の大型テレビがいかに場所を占有していたかが分かる。午後も本とかを箱詰め。5時半から面接がひとつあるので、3時ごろまで。

そんなわけで4時前に出て電車で渋谷へと向かう。渋谷に行くのは実に久しぶりだ。かつては根城にしていて自分の庭のようだったのだが。しかし、久々に行くとやっぱり渋谷駅の埼京線のホームは遠い。電車から降りて駅から出るのに5分近くかかってしまう。かつてはグラウンド・ゼロみたいにぽっかりと空虚になっていた東急文化会館の跡には、ヒカリエという新しいショッピングビルが建っていたが、そこをのんびりと見物する余裕もないので宮益坂を上って先に面接先のビルの場所を確認し、近くの昔ながらの喫茶店に入って時間を潰すことにした。ところが出て来たコーヒーに口をつけた途端に熱過ぎて唇をやけどしそうに。薄いコーヒーは味も香りもなく、こんなもので450円も取るとは。

面接は15分ぐらいであっさりと終わった。宮益坂をとぼとぼと降りながら、これはダメだな、と思った。よくよく考えてみれば、いくら業界に長年いたといっても僕はアーティストマネージャーの経験がそもそもないので、元より可能性は非常に低かったわけなんだけれど、終わってみると疲れもあってやっぱり気落ちしてしまった。帰りの電車をホームで待っていると、埼京線はなかなか来なかった。ようやく来たのは赤羽どまりで、そこで乗り換えてようやく地元に帰り着く。たかだか15分ばかりの面接に、随分な労力を使わなければならんなと感じるのは、やはり長いこと通勤というものから遠ざかっているせいだろう。腹が減ったので吉野家で夕飯を食べようと駅から出ると、雨がぱらついてきていた。夕飯後、雨宿りと称して、実際はあまりにも疲れて虚脱していたのでドトールで抹茶ラテを飲む。

で、小一時間ばかりあれこれと考えた。前回の面接で暗いと言われたせいで、少々調子に乗って喋り過ぎただろうかとか、その癖経験のなさのようなネガティブな部分ばかり喋り、肝心のやる気をアピールする部分が足りなかったのではなかったろうか、とか。気がつくと煙草を4本吸っていた。いや、5本だったか。なんか最近また煙草が増えてきてヤバい。とにかく、本来はひたすら放心したかったのだが、やはりぼんやりとあれこれ考えてしまう。いずれにせよ、よろしくない方向に頭が向かいそうな気配もあったので、本日2錠目の安定剤を飲んだ。

雨宿りのつもりが帰途に就くころには本降りに近くなっていた。なので、コートのフードを被り、濡れて帰宅。8時ごろだった。帰り道を歩きながら案の定思考はよろしくない方にどんどん傾いていってしまった。安定剤が効かなくなってきたのだろうか。着替えてコーヒーを淹れ、ソファに寝転がって今日も母親に電話した。が、これがかえって逆効果、またぞろ先のことを考えて不安が募る結果になってしまった。母親はしばらくのんびりした方がいいと言うのだけれど、僕の心は逆にのんびりすることにすら不安を覚えてしまう。それは漠然としてぼんやりとした不安かと思うと、次には死に対する非常に強い恐怖感に変わったりする。この手の恐怖感を覚えると、またパニック障害が再発するのではないかとはらはらする。

引越しの箱詰めに関しては8割から8割5分方終わったので、今日は心身ともに疲労困憊していることだし、後は明日の当日に回し、疲れを取るために今日は湯船に湯を張って沐浴。これは案外と効果があって、これを書いている今はわりと落ち着いている。それともいまごろになって安定剤が効いてきたのか、単に疲れから眠くなってきただけなのか。

またやたらと長い日記になってしまったけれど、今少々冷静になって今日の面接を考えてみると、帰り道に僕が思ったほどの致命的なミスは実は犯していないのだと思う。ただ僕はお互いの呼吸が少々噛み合わなかったことを感じ取っただけなのだ。どれだけ上手く話せたとしても、実は結果には大差は生じないのだと思う。たぶんこういうことは巡りあわせであり、タイミングが大きく占めるものなのではないか。つまり、見も蓋もない言い方をすれば上手くいくときはどうやっても上手くいくし、上手くいかないときはどうやっても上手くいかない、といった具合に。いずれにしても、終わったことに拘るのはよそう。先々のことばかり考えて不安ばかり募らせるのも極力避けなければならない。もうホントに毎日書いているけれど、今の僕に必要なのは休息であり、心からのんびりとリラックスすることなのだから。

今日のBGMはシェーンベルク→デイブ・リーブマン。ちなみに明日は引越し当日で明日1日だけネットが使えないので日記はお休み。

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安定剤の効用

これを書いている今現在、いい感じでいい加減になっている。というのも、夕方に本日2錠目の安定剤を飲んだせいだと思う。今日1日全体で言えば、このところの習いで例によってあらゆることに対して不安を覚える極端な心配性の傾向にはあった。極度の取り越し苦労人間であった。それを考えると、あまり安定剤に対して神経質にならずに、上手に使っていけばいいのだと改めて思う。もちろん、飲み過ぎは禁物だが。

長い夢を見て朝目が覚めると既に9時、焦る。そんなわけで朝から安定剤を飲む始末。今日も引越しの準備は申し訳程度にしかしておらず、1日ほぼ何もしていない。出かけたのも昼食のために駅前のドトールに行ったのと、夕飯をセブンイレブンに買いに出た程度。

一週間というのは、日曜日始まりなのか月曜日始まりなのか未だによく分かっていないのだけれど、前者だとすると今週末と来週頭に入っていた面接は2つとも昨夜メールで断りを入れた。ところが、昼過ぎに携帯が鳴って連絡があり、急遽明日ひとつ面接の予定が入ってしまった。明後日引越しだというのに。これがどうせ年齢的にダメだろうなと思いながらダメ元で応募した業界の仕事、この1本の電話がその後の僕を引っ掻き回すことになった。くどいようだが今の僕は放っておいても極度の心配性、取り越し苦労人間である。何しろ現場を離れてかれこれ10年近くなる。浦島太郎状態。もし採用になってしまったら、と考えると例によっていろんなことが次から次へと心配になってきて、終いには逃げ出したくなり、辞退しようかとも思った。要するに妄想全開の状態である。まさに絵に描いたような取り越し苦労。この状態から抜け出すのに、夕方安定剤を飲み、またもや田舎の母親と長電話するという過程を経なければならなかった。いや、まったくもってオレは毎日何をしているのだろうと思う。精神的に。要はひたすら空回りをしているだけなのである。そのことに気づくのに丸一日を要し、母親と電話で話し、安定剤を飲んでようやっとというのだから参る。それだけの過程を経てようやく冒頭に書いたようないい意味でのいい加減な精神状態になれる。まったく疲れるよ、毎日。そんなわけなので引越しの準備は日を追うごとにペースダウンして、結局夏休みの宿題みたいにずるずると当日まで持ち越すことに相成った。明日は夕方の面接で疲れ果てて夜は何も出来ないだろうから、この分だとたぶん引越し当日はバタバタだ。やれやれ。

ちなみに今日もBGMはビル・エヴァンス。なんだかんだ言ってこれが一番落ち着くから。

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ビル・エヴァンスを聴きながら

ビル・エヴァンスを聴きながらこれを書いている。昨日は丸一日音楽を聴かなかったから、これだけでも少しは進歩と言えるのかも知れない。それにしても今日は特に朝晩が冷える。寒くなったものだ。暦が12月になっただけのことはある。

7時14分起床。寝たのが1時過ぎだから、まあまあなのだが、それでも未だに若干の不安を朝覚えてしまう。そんなわけで9時ごろに最初の安定剤を飲む羽目に。今日もほとんど何もしなかった。午前中にトイレの掃除をした程度。昼はモスバーガー、のち駅前のビル内にあるオープンスペースのカフェでカプチーノ。が、やっぱり落ち着かない。それと、安定剤が効いてきたのか眠くてしょうがなかった。帰宅して4時ごろから1時間ほど昼寝。夢を見て、目覚めたときはそれほど気分は悪くなかった。が、何をする気にもなれず。夕方になって安定剤が切れてきたのか、また不安感が強くなり、思考が悪い方にどんどん転がりそうな気配がしてきたので夜にまた安定剤を飲む。夜はHから電話がかかってきたのでさっきまで長電話。精神的には大分助かった。

引越しの準備に関しては、前日である明後日に一気にやってしまう予定にした。というのも、次に引っ越すところは家電付きなので、引越し前日に冷蔵庫、洗濯機、ブラウン管の大型テレビをリサイクルショップに引き取ってもらうため、そのあとに一気に箱詰めをした方がいいと思われるため。今のうちからあまりにもダンボールを山積みすると、運び出しにくくなってしまうと思われるから。だから明日も何もする予定はない。かといって、好きなだけ寝るといったことが出来る精神的余裕はまったくないから困ったものだ。

午後にネットでドロップシッピングを調べてみたりはしたけれど、依然としてこれといった将来に向けての妙案は浮かばない。元手なし、リスクなしで出来るアフィリエイトとかドロップシッピングとかのネットビジネスはあまりにも時間と労力を要するように思えて仕方がない。なので、さしあたっての解決策はこれといったものが見当たらない。昨日の日記にも書いたように、何のプランもないままに田舎に帰るというのは、あまりにも無策で場当たり的な逃げ道にしか思えない。まあHも電話で話していたけれど、いずれにしても抗がん剤治療を終えてまだそれほど経っておらず、体調が万全とも言い難いので、何事をするにも焦っても仕方がないというより、まだ焦る時期ではなく、むしろゆっくりと体調を取り戻す、それ以前に何よりも今の極度に脆弱な精神状態を立て直すことが一番肝心だとは思う。思うが、それが一番難しいのも確か。

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抑うつ、帰郷案

1時就寝、7時40分起床。数字の上では最近ではまずまずの睡眠時間にも思えるが、起きるときに非常に眠く、このまま寝ていたいと強く思ったため、この程度でそんなことでは会社勤めなど覚束ない……と、今の僕はそういう発想に至ってしまい、朝から不安になる。

今日という1日を物凄く大雑把に書くと、午前引越しの準備、午後歯医者、夜ネットで調べもの、以上って感じだ。前述のように朝から不安感を覚えたため、午前の早いうちに安定剤のソラナックスを飲んでしまう始末。それでも今日は終日不安感に苛まれた。とにかく思考がネガティブだし、何事もパーフェクトじゃないと不安を覚えてしまう。特に自分自身に対して。抗うつ薬のリフレックスを飲んで、プラス安定剤も飲んでこれなのだから参る。ちと途方に暮れる。一体どうしたらいいのか。夜、ネットでソラナックスについて検索していろいろ読んでみると、今の自分が典型的な抑うつ状態であることが分かる。結局のところ、強いストレスにさらされているということだ。意識するにしろ、無意識にしろ。だからその元を断つ工夫をしなければならないのだと思う。

最近の一連の抑うつ状態の始まりは、最初は抗がん剤治療の終了がきっかけではあったけれど、近頃の酷い不安感は業務から足を洗おうと思ったことがわりと引き金になっている気はする。一番のストレスは、自分が無職である、ということだ。今の僕はこの状況に耐えられなくなっている。じゃ、また業務を再開すればいいのかというと、ことはそう簡単ではないと思う。何かの拍子で、理想的な会社に拾われて理想的な仕事に就く、などということがあればほぼ解決するのだろうけど、論理的に考えるとそういうことはほぼ起こりそうにないと思える、もしくは分かっていることがストレスなのだ。不安感に駆られて、今日は田舎に何度も電話してしまい、父親とも母親とも話した。で、今の僕の精神状態を鑑みて、当座の暫定的な解決案として両親が強く勧めるのはこっちを引き払って田舎に帰るということである。なにしろ今の僕は毎日、とにかく今の状況から逃げ出してしまいたいということで頭が一杯なのである。と改めて書くと、いかに今の自分がへっぴり腰なのかが分かるが、まあそれだけ精神的に煮詰まっていることは確かだ。だからこの田舎に帰る案というのは、業務から足を洗うのであればなかなかに魅力的ではある。少なくとも現在よりは多少気が楽になるであろう。だが、よくよく考えてみると、前述の根本的なストレスであるところの、「無職である」という問題の解決にはならない。その辺が非常に悩ましいところで、逡巡の原因となっている。

両親が2人とも80を超えて高齢になり、いずれはどっかのタイミングで田舎に帰らなきゃならんだろうな、とは以前からぼんやりと思ってはいた。どうやらそろそのタイミングがやって来たと考えるべきなのだろうか。しかし、田舎に帰ったら帰ったで、こっちにいるよりもさらに仕事に就くことは難しくなるだろう。それはそれとして、田舎で堂々と無職でいてのんびりするべきなのだろうか。今の抑うつ状態から脱するためには、それでもいいのかも知れない。当座は。この、当座は、というのが厄介だ。そのままずるずるとその状態が続くと、今度は例の老後の不安という奴がやってくる。今のネガティブな状態でそれを考え始めると、生きるとはどういうことか、って具合に生きること自体をネガティブに考えてしまうから困ったものなのだ。ことここに至って、いかにして開き直って能天気になるか、というのが目下直面している課題だ。論理的に考えれば、いくらあれこれ悩んだりしたところで、結果にはさしたる影響はないだろう。あるとすればむしろ悪い影響を及ぼすと思われる。だから結局のところ、ネガティブな材料は一旦忘れて、ポジティブなものを拾い集めてポジティブに考え、行動し、決断するしかない。だからもし田舎に帰ることになっても、それをポジティブな決断として実行するしかない。果たしてそれが出来るかどうかだが……かなりアバウトに、いい加減に考えないと難しいだろうな。今日両親となんとなく話したところでは、その決断は早ければ1月にあるCTの検査結果が出た後、みたいな話にはなってるが少なくともその辺までは社会復帰(この言葉は書くとかなり照れる)を目指している限り、こっちでの就職活動は続ける。もちろんやるだけのことはやる、ベストを尽くすべきなのだが、なおかつ焦らずのんびりやるべきなのだと思う。のんびりやるべきだというのは、焦って性急に結論を出す、つまり中途半端が一番よろしくないということだ。中途半端な結論・決断は中途半端な結果しか生まないだろう。だから、とにかく一刻も早く現状から逃げ出したいというのは一番よろしくない考え方なのだと思う。むしろ現状とポジティブに向き合うことこそが必要なのだ。

うーむ、ただでさえ最近の日記長いのに、さしたることをやっておらず、なんとなく不安感に苛まれただけの一日であったにも関わらず、随分な長文になってしまった。まあ最近の日記の傾向からして、読んでる人はあんまりいないとは思うけど。これで春先に田舎に引っ込んだら、もう誰も読まなくなるだろうな。それはそれでいい。元々これは日記あり、記録であるのだから。気分的なところの本心を言えば、田舎に帰ってのんびりと業務をやるのが一番気が楽だな、とは思うのだが、それだけは出来ない。何故なら両親は僕の業務のことをまったく知らないから。話せば卒倒するだろう。ん? そうか、10年ぐらい死んだふりをして、老後は業務をして過ごすって手もあるな。うむ、しかしそれにはそれまでにタネ銭を貯めねばならぬではないか。うーむ、所詮中途半端の域を出ないアイディアだな。とにかく、引越しはもう目前に迫っている。引っ越して落ち着けば少しはマシなアイディアが湧くかも知れないし、状況も変わるかも知れない。と、少しだけポジティブシンキングをしてみる。あ、来週と再来週に面接の予定が入ってるけど、どちらも辞退するつもり。ポジティブにね。

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