何もしない日

今日はタイトル通り、何もしない日だった。というか、半ば意図的にそうしたところがある。結局、引越しの準備すらしなかった。

朝目が覚めたのは9時だった。確かに昨夜寝たのは2時近かったと思うが、もうちょっと早く起きる習慣をつけなければ、と思う。前述の通り、今日は結果的に何もしなかったけれど、朝から一体何をしたものか、終日迷っているような状態だったことも確かだ。のんびり構えなければと思う自分と、のんびりと構えられない自分とか終始せめぎ合っているような状態でいつの間にか1日が過ぎてしまった。午前中は郵便局での用事を済ませると、とにかく時間を潰すため(たぶん)にドトールで抹茶ラテを飲んでぼうっと考え事にふけったり本を読んだりしていたが、壁際のいい席に座れたのでそのまま昼過ぎまで粘り、昼食もドトールで摂った。100円ショップで引越し用のゴミ袋やら、スーパーで飲み物やらを買って、帰り道には遊歩道のベンチで煙草を2本ばかり吸って放心、なにやら不安感があったので買ったばかりのカルピスで安定剤を1錠飲んだ。遊歩道の桜はすっかり葉が落ちて冬景色だ。帰宅してからは、いつもの習慣でハローワークの求人データベースを一通りチェックなどしたものの、なんだか何もする気が起きない。引越しの準備はこの週末にやればいいし、などと思う。その後も夜が更けるまで、なんとなくぼうっと過ごす。ときどき一抹の不安を抱えながらだが。

薬漬けだったころはずっと悩まされ続けていた手(指)の痺れだが、減薬してほとんど治まったかに思えたんだけれど、以前ほど酷くはないけれどいまだに少々残っていて、多少気になるときがある。恐らく無意識下でストレスを感じ続けているのだろう。要するに、ぼうっとしているようでいて、どこか緊張状態にある、つまり本当の意味でリラックス出来ていないのだと思う。この辺の精神のバランスを取るのは、今はとても難しい。っていうか、今のこの状態になる前、数ヶ月前まではどうしてリラックス出来ていたのだろうか。今となっては不思議だ。

どうやら今日は眠い日のようだ。既に目がしょぼしょぼしている。おまけに、何もしなかったわりにはなんか疲れている。なるべく早めに寝よう。

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暗い?

今日も寒い。2時就寝の8時40分起床。昨日も書いたように、昨日今日は中高年の就職活動日記という実に情けないものにならざるを得ず、明日から引越しまでは引越しに専念して、しばらく業務は休むつもり。その点、ご了承を。引越した後の予定はまだ定まってないけれど、当分は就職活動メインにしていこうと思う。それくらい、今の僕の中で業務への温度は低い。これは僕自身の内面的な問題でももちろんあるけれど、それ以上にネタの問題という感が強い。つまり、不可抗力。時代の趨勢って奴だ。

今日は午後の1時と5時に2つ面接の予定があったのだが、散々悩んだ挙句、夕方の面接だけ辞退した。どちらも営業の仕事だったので両方辞退してもよかったのだが、面接自体が何年ぶりかというものなので慣れるためにも練習しておいた方がいいかと思った。もしかしたら人と話すのことで気分転換になるやも知れず。

というわけでまたもや着慣れぬスーツを着て、昼過ぎに大宮の先、3つ目の駅で降りた。なにやら駅前も閑散とした典型的な地方の駅、土地自体に活気、覇気といったものが感じられない。事前にヤフーで調べたところによると地元の駅から乗り換えは1回あるものの30分もかからないはずだったが、電車がなかなか来なくて1時間近くかかってしまった。で、中略していざ面接が始まると飛び込み営業と聞いた途端に僕の中でのスウィッチは既にオフ、もはやこの会社に勤める気はまったくなかったが、これも後学のためと適当に話を合わせながら最後まで聞いた。で、当初予定していた質問をする気はちっともなくなったので、参考までに正直なところ僕の第一印象はどうでしたか、と聞いてみた。すると、はっきり言って暗いです、と即答された。これには思わず僕も失笑、これまで長いこと生きてきたがそんな風に面接で言われたのは初めて、さすがにうつ病が長かったのでいつの間にか顔が辛気臭くなってしまったのだろうかと気にはなった。実際、抗がん剤で髪が抜けてまだ元の長さの半分までも伸びておらず、近頃鏡を見るたびに髪が短いとオレって老けたなあと気にし始めた折、かつては歳よりも若く見えることが売りだった僕だけれど、今ではすっかり見てくれ、ルックスというものに自信を失っていたのだった。それに、今回の面接でも最初はともかく、途中からはまったくリラックスして臨んでいたので暗いと言われたのは少々ショックだった。

で、その後に続く話を聞いていると、どうやら面接官の彼の基準は訪問の飛び込み営業にあるらしく、その基準においては僕の表情や声、話し方といったものは「暗い」ということになるようだった。不毛な面接を終えて駅前のサイゼリヤで遅い昼食を摂りながら、今回の「暗い」発言を過大に気にする必要はないな、と思った。僕はこれまで不自然に明るく振る舞ったりせず、ごく自然な態度で面接に臨んでいくつもの会社に勤めてきたし、いまさら違う人間の振りをしても始まるまい、と思った。まあしかし、第一印象がいいに越したことはないので、もしかしたらもうちょっと髪が伸びてから就職活動するべきなのかなあなどと思った。ま、ポジティブに考えること、行動すれば結果は伴うなど、面接官の話にも多少は得るものがあった。なにしろこのところの僕はネガティブだから。帰りがけに大宮で降りて、ハローワークに寄って事前にチェックしておいた数社の紹介状をもらう。と、これだけで今日は疲労困憊してしまった。まったくもって情けない。こんな調子で果たして仕事が勤まるのだろうかと心配になったぐらいだ。なにしろかれこれ7年余りも会社勤め、フルタイムの仕事というものをしていないため、ぐだぐだとなまくらに生活する癖がすっかり染み付いてしまっている。

疲れ果てて夜帰宅すると、またぞろ不安感が押し寄せてきた。日中気を張っていた反動だろうか、就職云々とはまったく違う方向から強い不安を覚え、随分前に完治したと思ったパニック障害が再発するのではないかと心配になり、安定剤を1錠飲んだ。やっぱりまだ就職活動をするには時期尚早なのかなあとも思ったりする。たぶん、しばらくのんびりして精神状態の修復にひとまず専心した方が本当はいいのだろうとは思う。悩ましいところである。

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迷い

12時就寝、7時半起床。やはり目が覚めたときに嫌な感覚、たぶん不安感だと思う。朝食後のコーヒーを飲んでぼんやりしていると携帯が鳴り、一昨日になんとなくネットから応募した会社から連絡があり、明日面接ということになった。ううむ。明日は面接が2つあることになるが……。正直言って非常に迷っている。ひとつには、この1ヶ月ぐらいで突然就職活動なるものを始めたので、あまりにも自分が結論を急ぎ過ぎている感じがするということ。だから話のペースが早い会社ほど逆にとまどってしまう。まあ、今日も午前中1時間ばかり業務に行って、改めて今の僕のテリトリーで業務で食っていくのは無理と思ったのも確かで、だからしばらくは就職活動に専念しようと思ったのも確かなのだけれど。気になるのは明日の2つのどちらも営業だということ。確かに僕のキャリアスタートは営業だったけれど、いわゆる仕事を取ってくる営業といったものではなかった。まあ作家マネージャーとかもやっていたから、たぶん営業力はそれなりにあるかも知れないとかは思うのだけれど、なにしろ今はあらゆることに対して自信を失っていて不安ばかり覚えている。大体において、そういう時期にこれからの人生に関わるような一大事を決めてしまっていいものかどうか、果たして正しい判断を自分が今出来るのかどうか、この辺が一番怪しい。実際問題として、夜、履歴書用の写真を撮るためネクタイを締めてスーツを着ると、これがどうにも慣れていないものだから窮屈で、ストレスを感じてしまう始末だ。ネクタイの締め方ひとつ取っても不安を覚えてしまうのだから始末が悪い。思わずネットでネクタイの締め方を見て練習したり、挙句の果てには弟に電話をして聞いたりもした。今一番迷っているのは、明日面接した会社から内定が出たらどうしよう、ということだ。じゃあ一体何のために就職活動をして、応募してるんだよ、と言われそうだが……。なにしろ今一番頼りないのは自分自身であるから。夜田舎の母親とも電話で話したけれど、やっぱりもう少し(精神的に)余裕を持てるようになってから決めるべきだとは思う。つまり、今の僕はあまりにも焦っているし、バタバタしているということだ。今の僕に一番必要なのは、何をするにしても腰を据えてやることが出来る精神状態なのだと思う。それまではヘタに動かない方がむしろいいのでは、と思うのだった。そんなわけで明日の面接はキャンセルするかも。

と、こんな感じでこの日記もしばらくはつまらない日記になりそうな予感。元からか。

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眠気

雨。今日はとにかく寒かった。が、天気予報を見ると明日の方が温度が低いうようだ。うーむ。

8時起床。なんの夢かは忘れたけれど、とにかく夢の影響か、目が覚めたときにこのところの習いで嫌な感じがする。まあ早く目が覚めたし、部屋に篭っていても何をしたらいいのか分からなくなって煮詰まりそうだったので一応業務に向かい、2時間ほどお茶を濁す。今日も昼食はなか卯で牛丼と、2日続けて比較的まともなものを食す。帰宅すると案の定煮詰まる。最近もっとも悩ましいのは、音楽を作ったり弾いたり聴いたりする意欲、余裕がないことだ。相変わらず不安感が抜けないので、今日は2時過ぎに安定剤を1錠飲んでしまった。で、4時から5時までソファでタオルケットを被って昼寝。すると、昼寝後はようやっと精神的に落ち着いた。落ち着いたところまではよかったのだが、セブンイレブンで買ってきた夕飯を済ませると、夜、頭がぼうっとしてきた。たぶん安定剤の影響だとは思うが、それにしては少々時間が経ち過ぎていて、そんなに長く効いたっけと訝るほどなのだが、もしかしたら抗うつ剤のリフレックスと安定剤を結果的に併用してしまっているからかも知れない。このところ、リフレックスを飲んでいても結局不安感はなかなか治まらないし、もはや薬についてどう考えたらいいのか分からなくなってきた。どうせ不安感が変わらないのであれば抗うつ剤はやっぱり飲まない方がいいのだろうか。もう、やっぱりやっぱりと頭が混乱するばかりだ。そうこうして夜が更けてくると、ますます頭はぼうっとして回らなくなり、眠くなってきた。何かをする気力もまったく湧かない。一応ソファに寝転がって佐々木譲「警察庁から来た男」を読んだりはしていたのだが、それぐらいが関の山。今日はもういいや。こんな風に、どうも頭の回り方が悲観といい加減あるいは投げやりという両極端に振れて上手いところでバランスが取れてくれない。そんなこんなで昨日今日と2日続けて筋トレを休んでしまった。明日からまた始めなければ。

それにしても眠い。久々に昼寝をしたのに、これはどういうことだろう。読むのに苦労したティム・オブライエン「カチアートを追跡して」の後、佐々木譲「警察庁から来た男」を読むと、あっという間に読み終わってしまいそうで、こんなことすら不安を覚える。そういえば一昨日から昨日にかけてのプチ禁煙の後、今日になってどうも煙草がおいしくない。やっぱり禁煙すべきなのか。っていうか、禁煙したいのはホントに山々なのだが、おいしくないからといって吸いたくなくなるのかというとそういうわけでもないから困ったものだ。

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カチアートを追跡して、それから絶望して

昨夜は2時ごろに寝て、今朝は8時前に起きた。睡眠時間としてはちょうどよい。が、例によって目が覚めると同時に絶望を覚えた。僕の目の前には薬漬けになっていた7年あまりが、空白の7年間として忽然と現れた。まさに浦島太郎だ。しばし唖然とする。僕は7年間という長大な時間を既に失ってしまい、それはすべて手遅れなのだ、と思った。その歳月は、僕の側からは見えなかった。僕の外側にのみ存在するものだった。その空白の巨大さは、僕を呆然とさせるのに十分だった。従って、午前中から不安の虫が僕に取り付いたのは言うまでもない。困ったものである。それはともかく、昨夜の10時から始めた禁煙は、今朝の9時36分まで続いた。ということは、そこで終わったということだ。

やけに空腹を覚えて昼食は珍しく吉野家で定食を食べた。それから何をしたらいいのか分からないのでいつもの店を覗いて改めてダメなことを確認して外に出たが、いつの間にか夢遊病者のように足が改札をくぐり抜けて電車に乗っていた。来月引っ越す予定の隣の駅で降り、他に思いつかないので業務の下見、ついでに少々試してみるがすぐにヤメ、引っ越す予定のマンションをその足で見に行った。引越しの予定日までもう10日を切っているので、当然のことながらマンションは既に完成していた。どうにもピンと来なかった。ここに引っ越してくる、この街に引っ越してくるということが。すると、またすべてが不安に思えた。あらゆることが不確かで覚束なく、頼りなく思えてきてしまった。こうなるとどうしようもない。不安でふらふらしながら電車で地元に戻り、とにかく落ち着こうとドトールの外の席で抹茶ラテとエスプレッソを飲んだ。店に入ったときは危うく卒倒しそうな気配で、何をするにも自信というものが消え失せ、どうやって人間というものが生きているのかすら見失っているような状態だったが、席に座って読み終わりそうな「カチアートを追跡して」を読んでいるうちにようやく落ち着いてきた。日が翳り始めるころ、スーパーから夕飯の鮨を買って帰る。

帰宅してまたぞろネット上で就職活動をしているとさらに気分は落ち着いてきた。夕食後、ティム・オブライエン「カチアートを追跡して」を読了。で、ベトナム戦争を舞台に、決して分かりやすいとは言えない、長い一片の夢想とも言えるこの物語をまさに読み終わるというころに、また不安がやってきた。それは老後に対する不安だった。それはあまりにも具体的で、僕をまた絶望させるのには十分過ぎるほどだった。この物語は、今の僕のように不安感に日々苛まれるような精神状態で読むべき本ではなかったのかも知れない。ティム・オブライエンは大好きな作家だけれど、今の僕にはベトナム戦争は少々荷が重すぎ、話は夢幻的過ぎた。そして、最後まで読んでカタルシスが得られるような話でもなかった(僕の精神状態のせいかも知れない)。よって、僕は余計な雑念、それも重過ぎる雑念を抱いて絶望する羽目になったのだ。

それはあまりにも深い絶望であったため、かえって昼間のようには引き摺らなかった。もはや考えても仕方がないレベルであるから。それでも僕らは生きざるを得ない。生きるということが絶望とイコールになるなんて、こんなに救いのないことが果たしてあるだろうか。だが、すべての可能性が潰えたわけではまだない。まだ何も終わってはいないのだ。そこにはまだ希望というものがある。それすら見失うほどには絶望していない。ただ考えると憂鬱なだけだ。だから、本を読み終えて自動販売機まで煙草を買いに行き、戻ってシャワーを浴びるころには憂鬱な空想・想像を少しは押さえ込むことが出来た。だが、またぶり返すと嫌なので、この日記を書く前に安定剤を1錠飲んだ。僕はこれまで、ある意味想像力に乏し過ぎた。それが今、たぶん悪い意味で全開になったりするのだ。それはある種の反動というものだろう。その振幅が大き過ぎて、僕の精神を大きく揺らしてしまうのだった。今の僕には、世の中の人すべてが、どうしてこう能天気で呑気で前向きなのか、とても不思議に思える。巨額の負債を抱えながらあと25年頑張ると笑顔で話すミヤザワがなんであんなにポジティブで楽天的で自信に満ちているのか、年金をもらえず貯蓄もないヤマザキがどうして平気なのか。たぶん、今の僕が悲観の虫に捕らわれているせいだろう。僕は彼らの爪の垢を煎じて飲むべきなのだ。たぶん、まだなんとかなるだろう。今からでもまだ間に合うだろう。何故なら、すべてはまだ何も起こっていないから。僕の頭を占有しているのは、ただの想像の産物でしかない。すべてはこれから始まるもので、まだどうにでも変えようがあるのだ。結局のところ、人間というのはそう思って生きていくしかない。希望を抱えて生きていくしかない。絶望のみを背負って生きていくことなど、所詮出来はしないのだ。

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悪しきスパイラル、断続的禁煙

1時半就寝の9時前起床ってことで、やっぱり順番的なものか、やや寝過ぎの感もあり。あまりよろしくない夢を見て起きたせいか、今日は朝から胸騒ぎがして精神的には怪しい。30分遅れで業務へと向かってみるが、ざっと見て今日は無理、よって踵を返して駅前のカフェにてコーヒーを飲みながら本を読んで午前中は過ごす。スーパーに寄って昼食のサンドウィッチなどを買って帰宅するが、どうも今日は精神的に危うい。と思っていたら案の定、午後になって鬱屈、負のスパイラル突入、ストレスが溜まりまくる。安定剤は飲まなかった。なんていうか、あまり薬に頼りたくない。が、放っておくとあらゆることがネガティブな思念となって頭に押し寄せてきてかなり辛い。2時半からテレビを点けてサンフレッチェ広島が優勝を決めたJリーグの試合を見た。が、こういうネガティブな心理スパイラルに陥っているときにはサッカーを見ていてもどこかしらストレスを感じてしまう。試合開始と同時に突発的かつ一時的な禁煙を試みる。そんなわけで夕飯を終える7時まで禁煙、しかしその後の3時間弱で8本ぐらい吸ってしまう。そこで夜10時を回った辺りからまた一時的な禁煙、今に至る。って、何をやっているんだろう。そんなことをやっているうちに、夜になって精神状態が通常に戻った。すると、同じようなネガティブなことを考えてもとことん打ちのめされた日中とはダメージが違う。今度は受け流せるようになった。一体人間の精神構造というのはどうなっているのだろうか。同じ1日のうちでこうも違うというのは。

それにしても、今は煙草吸いたくないぞ。こういうときに一気に止めるべきなんだろうが、はて……。まだ3時間も経ってないからな。

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復調(?)、ヒーリング

昨夜は1時半過ぎに就寝、と言いたいところだがなかなか寝付けず、というかいつまで経っても寝床の中で目をつむったまま眠くならなかった。一体今は何時なんだろうとスタンドの電気を点けて時計を見ると3時半、いっかな眠れそうにないので仕方なく睡眠薬のレンドルミンを1錠飲んで寝た。なんか1日おきに眠れなくなったり寝過ぎたりを繰り返してる気が。

起きたのは9時45分だったので大体6時間睡眠。昨日の日記で長々と自己分析した甲斐があったのか、今日は悩まされるほどの不安感はなく、最近の中ではかなり安定していた。恐らくリフレックスの効果が表れてきたのだとは思うが、一番大きいのは気の持ちようなのではないか、と思う。最近調子の悪かった朝と午前中も大丈夫だった。朝食後のコーヒーを飲みながらふと、YouTubeの右側のおすすめのところに表示されていた癒し系のコンピレーションを再生してみた。すると、これが思いのほか効果があって、リラックス出来た。こういうヒーリングってのも馬鹿に出来ないなあというか、むしろ非常に救われた感じがして、その後も自然音(川のせせらぎとか鳥の声とかを延々収録したもの)をいろいろと流してみた。で、真面目な話これは確かにリラクゼーションとか集中に効果があると思った。それで、これを人にも薦めたいと思ったのだった。

ときおり雨が申し訳程度にぱらつく中、昼食のために駅前まで歩き、サイゼリヤでパスタを食べながらもずっとヒーリングについて考えた。で、紹介するサイトを作ろうと思った。食後のカプチーノ(LAのバーニー・グランドマンを思い出す。いつもスタジオに行くとご老体自ら出してくれた)を飲みながらティム・オブライエンの「カチアートを追跡して」をひとしきり読めたぐらいだから、確かに今日は調子がよかった。で、帰宅すると先日来読んでいたHTMLのタグ辞典を引っ張り出してPCに向かい、ホームページを書き始めた。久しぶりにフレームを使ったページを書くのは始め苦労したが、だんだん慣れてきて、結局夜には一応完成。せっかく動画紹介のサイトを作ったので、アマゾンを除くと自分から広告を貼り付けるのは初めてといっていいアフィリエイトもやってみた。ものはついでである。どうせならクリックで報酬が発生するGoogle AdSenseにしたかったのだが、案外とめんどくさいのとアドセンス狩りなるさらに面倒なものが存在することも知っていたので、取り敢えず楽天にした。まあなんていうか、広告嫌いの僕がわざわざ広告を貼るというのは実に違和感があるが。

そんなわけで、「Sound Healing」というページを作ったのでおヒマな方は見てください。右側のLinksのところにもリンクを載せておこう。真面目な話、騙されたと思ってどれかひとつ聴いてみると、案外とリラックス出来る。僕のように強迫観念に悩まされている人にはお奨め出来る。雨の日は憂鬱だけれど、雨の音を聴くと案外と落ち着くもんだな、というような発見もあった。癒しってのは確かにあるんだなと思った次第。今後の課題は癒しの音楽、ヒーリング・ミュージックやアンビエント・ミュージックの部分で、これは捉え方次第で何処までも膨らんでしまうから。ま、おいおい手を加えていこうとは思う。

順番から行くと今日は眠れる日、っていうか寝過ぎてしまう日になるが……どうなることやら。ともあれ、明日以降もこのまま精神的に安定してくれるといいのだが。

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昨夜は11時半に寝た。とにかく眠かったのですぐ眠れた。で、いい感じの夢を見て朝目を覚ますと8時45分、9時間以上も寝てしまった。またやってしまったね、リフレックス。一応業務には行ったが2時間ほどでリタイア、いずれにせよ今の僕はいわゆるギャンブル依存症的な部分で業務には行っていない。それはいいことなのだが、逆にモチベーションが落ちると途端にやる気が失せてしまう。まあでも、ムキになったり度を越すよりはいいのかも知れないが、この辺はもう少し長い目で考えないと分からない。近頃の僕はとにかく楽しみがない、楽しむということに対して鈍感になっているような気すらする。例によってモスバーガーで昼食を摂って帰宅。

今日は1日を通して、強い恐怖を覚えるほどの不安感には至らなかったが(その点でリフレックスの効用はあったのかも知れない)、漠然とした不安は常にあり、それは考え過ぎると絶望感に近いものとなる。生きていること自体にうんざりしそうになる。思えば、僕が不安や恐怖、焦燥感に捕らわれるようになってどれぐらい経つのだろう。たぶん、1ヶ月とちょっとぐらいだろうか。如実になったのは皮肉なことに悪性リンパ腫が寛解したと病院で告げられてからだ。何かをやらなければならないと思うと不安を覚え、焦りを覚える。それが強いと恐怖を覚える。次第に僕の中からやる気というものが薄れていく。何故なら、やる気と不安が背中合わせになってしまっているからだ。そうしてこの1ヶ月以上、僕は楽しみというものを失っていった。心からリラックスすることが難しくなって、出来なくなった。このところの僕の精神状態をまとめるとこういうことになるのだろう。結果的に僕は何かの拍子に泥沼にはまり込んで足が抜けなくなったような感じになっている。結句、頭が一方向に偏るようになって、分散的な思考が難しくなっている。このように客観的に見ることは可能なのだが、そのくせそこから抜け出す方法が見出せないでいる。沼から抜け出す足場として薬ぐらいしか見つけられず、それで試行錯誤しているけれど、恐らくそれは正解ではない。どこか違うところを見渡せば、灯台下暗しで呆気ないほど簡単な脱出法があったりもするのだろう。しかし、もしかしたらそんな方法はないのかも知れない。

たぶん、誰にでも大なり小なり、こういう事態に陥ることはあるのだろうけど、僕も含めていずれは皆抜けるのだ。もしかしたら唯一の解決法は時間というものなのかも知れない。元々死ぬのが怖いから、自殺願望などというものは持ち合わせていなかった僕だけれど、それでも絶望感を感じると生きているのが嫌になったりする。早死にした人を羨ましく思ったりもするのだ。まったく困ったものだと思う。今の僕の思考体系の難点は、現状から逃げ出すことばかり考えていることなのだと思う。それで突然就職活動に走って、どこか雇ってくれるところがあればそれで全てが解決する、というような短絡的な思考になっている。しかしながら、どこかに勤めても、それが新たな憂鬱や絶望をもたらさないとも言い切れない。結局のところ、これはまったくもって僕の主観的な問題であるのだ。客観的事実を主観的にどう捉えるか、それだけの問題であって、従ってある種の客観的事実が全てを解決するわけがないように思える。つまり、主観的な問題は主観的に解決するしかない。もう本当に簡単に言えば気の持ちよう次第、と言えなくもない。この辺を解決しない限り、つい2ヶ月前の集中力を取り戻すことも難しいのではないかと思う。

夜、気を紛らわせようとYouTubeでアルフィーの坂崎と吉田拓郎のオールナイトニッポンを山下達郎と武田鉄矢がゲストの2本、合わせて3時間あまり聴いた。僕は学生時代、フォークソング愛好会というサークルに所属してはいたものの、フォークソングというジャンルは苦手だ。しかし、このメンツの話は本当に面白い。しかしながら、やっぱりどこか集中出来ない。腹の底から笑えない。つまり、パーフェクトには楽しめていない。もしかしたら今の僕は物事を堅苦しく考え過ぎているのかもしれず、物事にパーフェクトであることを求め過ぎているのかも知れない。やれやれ、今日もまた長文になってしまった。今の僕が取り敢えず出来ることは、こうして出来るだけ客観的に分析して把握することぐらいだからしょうがないが。

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沈殿

今日は日記を書く時間がいつになく早い。というのも、もう眠くなってきているからだ。ダルいし。調子悪い。

昨夜も寝る前にリフレックスを飲んだのだがなかなか寝付けなかった。もしかしたらこのままずっと眠れないんじゃないか、って思うくらいに。それでも意地になって睡眠薬は飲まなかった。これ以上の記憶障害はゴメンだ、ってところがあって。それも少々考え過ぎだとは思うが。それでもいつの間にか眠ったようで、珍しくセクシャルな夢を見た。で、8時半起床。ところが朝・午前中から不安感がずっと抜けない。午前中は例によって引越しの準備を少々やり、昼に駅前まで歩いてドトールで昼食を摂ったが、やっぱりダルいしすぐに疲れてしまう。たぶんリフレックスの副作用だと思う。それでいて不安感はいつまで経っても抜けず、2時前にとうとう安定剤のソラナックスを1錠飲んでしまった。うーむ。これではなんのために抗うつ剤のリフレックスを飲んでいるのか分からないが、医者曰く3日目ぐらいから効いてくるというのでもう少し続けて様子を見るか。午後も引越しの準備。それにしても何事もやる気が起きない。沼の底とまでは言わないが、今日は1日中沈殿しているような感じだった。疲れているし眠い。引越しの準備をやったせいだとしたら情けない。明日辺りから調子が上向いてくれないと困るのだが。そうじゃないと、また薬をどうするか悩む羽目になる。ああややこしい。いっそのこと、薬を全部止めてみるという手もあるが……。なにしろ不安感がな。

そういえば日記には書いていなかったが、3・4日前にいわゆるネット内職のブログライターって奴を試しにやってみて、記事をひとつ書いたら採用された。それで気をよくして昨日かな、もうひとつ書いてみたらまた採用された。案外こういう仕事向いてるのか。しかし、画像を必ず入れなければいけないってのがめんどくさいし、ひとつ記事を書いて300円というのはあまりにも労働対価として安過ぎる。それに、際限なく書けるというわけでもないのであまりにも継続性がなさ過ぎるから仕事としては成立しないな。

むむ、やっぱり眠い。この分では僕にしては恐ろしく早い時間に寝てしまいそうだ。

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救済

昨夜は抗うつ剤のリフレックスを最初半分だけ飲んだのだが、ちょっと考えて中途半端はよくないと思い、結局残りの半分も飲み、都合1錠飲んだ。すると、1時に寝て起きたのは10時、計9時間も寝てしまった。途中2度ほど目が覚めたのだが、眠くて起きられなかった。で、前回のように朦朧となって物を考えられなくなるのかと思いきや、不思議なことに今回はそうはならなかった。それどころか、今日は安定剤を1錠も飲まずに済んだ。安定剤を飲まずにいられないほどの強い不安には至らなかった、ということだ。もちろん、意識の根底には常にうっすらとした不安感が潜んではいる。それが本日は肥大化しなかったということだ。

今日は起きた時間が時間なので、元々乗り気ではなかったので業務は休み、午前中は引越しの準備を少しながらした。相変わらず結構な勢いで物を捨てる。2時ごろに駅前に出かけてモスバーガーのテラス席で昼食。ところがこの駅に向かって歩いている途中で、身体が物凄くダルいことに気づいた。半端なくダルい。ふらふらするくらいに。たぶんリフレックスの影響と寝過ぎの両方から来ているのだと思う。とにかく、あまりにふらふらするのでモスバーガーを出てもすぐに帰宅する気にはなれず、駅前のカフェでエスプレッソのダブルを飲んで休憩。で、本を読む気にもなれなかったのでキーボードのヤマザキに電話してみると珍しく繋がり、1時間ほど話した。今日安定剤を飲まずに持ちこたえられたのはこれが大きかったと思う。1日のうちで一番精神的に怪しくなる時間だったし。ヤマザキは相変わらず忙しそうだ。僕が最近の苦境、不安感に悩まされていることなどを話すと、ヤマザキに至っては年金を払っていないのでもらえず、貯金もないそうで、そのわりには実にあっけらかんと喋るので、いかに今の自分が悲観的になり過ぎているのか、焦り過ぎているのかを思い知る。一足先にターニングポイントを迎えているとはいえ、僕は恐らく些少ながらも将来年金をもらえる可能性が非常に高い。それだけでも恵まれているのではないか、と思い直した。

カフェから帰宅すると、この分だとダルさでたぶん昼寝してしまうだろうな、と思っていたのだが、結局昼寝はしなかった。というのも、夜になるに連れ、ダルさが気にならなくなったからだ。夜は何をしたらいいのか分からず、かといって引越しの準備をする気力もなく、言うなれば生きることを見失ってしまったような状態になりかける。自分がただ時間が過ぎるのを待っているか、もしくはただ自分自身(あるいは時間)を持て余しているだけのような気がしてくる。なので、久々にジノ・ヴァネリを聴きながらネットでなんちゃって就職活動、その後は記憶力をなんとか取り戻さなければならないと思い(ホントに最近自信がないのだ)、キーボードに向かって少々弾いた。

それにしても、先日メンタルクリニックで医者に抗うつ剤を止めて安定剤でしのぐと言ったばかりなのに、180度方向転換をして抗うつ剤を飲んで安定剤を飲まずに済む、というのはなんとも皮肉なことだ。実際のところ、少なくとも今日のところは抗うつ剤がちょっとした救済にはなったようだ。これでダルくなったり、寝過ぎたりしなければいいのだが。そんなわけで精神的に安定するまでしばらくリフレックスを飲むことにするが、例の如く、飲み続けて攻撃的になって人に食ってかかったりしないように注意せねば。しかし、そんなことを果たしてコントロール出来るのだろうか。と、一抹の不安は残る。

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