止まない雨

8月5日、日曜日。

今日は日曜日にもかかわらず夕方まで予定が詰まっていて忙しい一日。アラームで9時に起きて眠い目を擦りながら10時から向かいの寺で蕎麦を食べる会の手伝い。総会以外で初めて町内会の行事に参加したことになる。手伝いとは言っても人手は足りていてさしてすることもなく2時まで付き合う。今年の夏、冷房のないところにこんなに長い時間いたのも初めて。それより何より山形弁のコミュニケーションについていけず、それが一番しんどかった。話しかけられてるのは分かるのだが、話の内容が分かるまでにタイムラグがある。一度頭の中でエンコードする時間が必要。とはいうものの、なんだかよく分からないのだけれどへらへらと笑っているという、イングリッシュマン・イン・ニューヨークというよりは一人だけ混じったガイジンみたいな状態だった。これで明後日の火曜日は葬式で今日以上の時間付き合わなければならないと思うと気が重い。

2時に解放されて家に戻るとひとまず気分転換に「Main Street」の4ビートの部分のヨウタロウのウォーキングベースを12小節ばかりコピーして打ち込んでみる。で、自分で打ち込んだ分は削除してしまったのだが、改めて聴き直してみると前の方がよかったような気が。時既に遅し。で、3時半に母のところに面会、4時半から精神科の診察、帰りがけにスーパーに寄って夕食を買って帰宅、6時半キックオフの鹿島 1-0 清水。という具合にバタバタしているうちに夜。すると、夕方ごろから降り始めた雨が雷雨になって次第に凄い雨になり、ツイッターのタイムラインをちらちら見ると山形県内、特に庄内の方で記録的な豪雨になっているという。

で。

明日の朝つなぎ銭(不幸のあった家のために一軒10円ずつ集める)を集めに来るのが分かっているのに精神科でわざわざ10円玉のお釣りが出ないように払ってしまったお蔭で気がつくと10円硬貨を持ち合わせていないことに夜気づく(スーパーではカードを使うのでお釣りがない)。家中探しても10円玉がないので、雨が小止みになったら車でコンビニに煙草を買いに行こうと思うものの、雨は小止みになる気配はまったくなく、ときどき雷鳴を轟かせながら降り続く。再びツイッターのタイムラインを見るとやはり山形県内を中心に豪雨になっているという。例によって深夜までドラムの打ち込みをしていたのだが、0時過ぎになってしょうがないので雨の中をコンビニに。というわけで無事に10円玉は手に入ったが果たして明日の朝起きられるだろうか。

それにしても「Main Street」の打ち込み、ドラムソロまで来て激しく消耗、途中何度も挫けそうになりこれはやっぱり無理なんじゃないかと。かなりヤケクソに。どっちにしてもピアノソロには150年を要するわけだから、どのパートにしてもかなりの割合で妥協しないと生きているうちに終わりそうにない。だからドラムソロっていうほどのものじゃないと考えないととにかくいつまで経っても終わらない。ソロじゃないという風に発想を変える方に妥協。俺にはドラムソロは無理。ともあれ、ピアノソロを打ち込むとすればペダルを踏んだ状態を再現するとなると気が遠くなる。そもそも、ここまでやって果たしていかほどのものになるのかという疑問も湧いてくる。まあなんていうか、ある意味終わらないゲームをしている感じだが……。

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彼岸と此岸

8月4日、土曜日。

いつものように夢を見た。今日の夢は、高校時代に付き合っていた初恋の人であるアサギと結婚する夢だった。父も母も登場したところを見ると、現在よりも大分若い設定なのだろう。アサギとは高校時代以来会っていないが、夢の中の彼女は大人になったせいかちょっとガイジンぽくなったなと思った。実際のアサギはまったくの純和風な顔だから、大人になったとしてもガイジンぽくなることはないだろう。ともあれ、夢の中の僕は幸せだった。目が覚めるともう11時45分だったが、今日ばかりは夕方まで寝ても構わないからもっと夢の続きを見たかった。夢の中にいたかった。

今日も今日とて、日がな一日DAWソフトを相手に「Main Street」の打ち込みに明け暮れる。この状態はなんかに似てるなと思ったら、まるで出たてのころのドラクエに熱中していたころみたいだ。体のいいおもちゃが見つかった感。

そんな感じで日中はずっと冷房の効いた書斎にこもって打ち込みをやっていたのだが、午後になって、何時ごろだろう、3時前かな、区長がやってきてうちの隣の隣の奥さんが今朝方亡くなったという。それで連絡待ちになった。一番恐れていた事態になった。自分が隣組長になっている間、葬式だけは出ないでくれよと願っていたのだが、いとも簡単にそれは訪れた。結局、夕方の7時に集まって葬儀の手伝いの打ち合わせをすることになった。それで、4時半過ぎに母のところに行ってくる。ここで、母に隣の隣の奥さん、つまり母の教え子である婿の嫁が亡くなったという話をしたのだが、どうにも母は誰か思い出せないという。いっかな母は思い出せそうな風はなく、とうとう母もここまで忘れてしまうようになったかと思う。ところが、帰宅してもう一度葬儀日程の紙を見ると、紀子さんを美紀子さんと読み間違えていた。たぶん母が思い出せなかったのはそのせいだと思う。

7時になって、当の家に町内会の人たちが集まる。どうやら本来なら隣組長である僕が話を進めなければならないみたいだが、隣の区長に相談しながら、ひとまず何人ぐらい手伝いが必要なのかという話に。今までの経験から2・3人だろうなと思っていたら、なんと計8人は必要だという。唖然。ひとまず僕が帳場をやりますと手を挙げて、後は幼馴染みのアキオちゃんが手を挙げたけれど、何のことはない、人数からいって都合の悪い人以外は全員ということになった。それはいいのだが、困ったことに3人ぐらい僕の知らない女性がいて、一人は区長にこっそり訊いたら向かいの寺の奥さんだということだったが、この辺では珍しい美人の若奥さんという感じの人とその隣のおばさんは誰だか分からず、失礼ですがと名前を訊ねたら当たり前だが近所の人だった。美人の奥さんはうちの斜向かいのうちの奥さんだった。ちと朝方の夢を忘れてよろめきそうになる。

そんな風になんとか葬式の打ち合わせも終わり、葬式当日(火曜日)は11時半に集まってバスに乗っていくということに。4時半までということだが果たして体力がもつだろうか。帰り際にアキオちゃんや隣の人と話したのだが、亡くなった奥さんはまだ62歳と若く、誰も入院していたことを知らなかったようで、何の病気だったのか皆興味津々なのだが誰も知らなかった。以前からずっとずっと心配していた葬式の手伝いをとりまとめる仕事、喉元過ぎればという感じで案の定取り越し苦労だった。不幸中の幸いだったのが葬儀の時間が朝早くなかったこと。

などと言いながら、明日は明日で向かいの寺で蕎麦を食べる会の手伝いに行かなければならない。10時集合なのでアラームを9時にかけた。果たして4時間半体力がもつのか。明日はその後夕方に精神科、夜は鹿島の試合と一日予定が詰まっている。

それはそうと「Main Street」、例によってタブレットPCで学生時代のライブ音源を再生しながらドラムとベースをコピーするという作業なのだが、案の定4ビートの部分は聞き取れずコピーするのは無理と早々に諦め、なんちゃってで打ち込み。と、この日記を書きながら気づいたのだが、ヘッドフォンで聴けばもうちょっとコピーできたかも。それは明日以降の課題にしよう。しかしドラムのコピーはホント難しい。ロールとかほとんど無理。なんだかんだ、なんちゃってでギターソロの終わるところまで打ち込んだ。しかしピアノソロを打ち込むのに150年ぐらいかかるだろう。

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試練

8月3日、金曜日。

町内会のごみ当番なのでアラームで8時20分起床。昨夜はいつもより早く寝る予定だったのだが、それどころか寝たのは3時半近く。よって5時間も寝ていないわけなのだがそのわりには不思議なくらい眠くなかった。どういうわけだろう。さすがに眠いはず、と思って午前中に無理やり昼寝をしたのだが、小一時間で目が覚めてしまった。すると、逆に昼寝後の方がだるくてへばってしまった。

今日は相場はほとんどパスして、ヒマさえあれば「Main Street」の打ち込みをやっていた。自分でYouTubeにアップした82年のライブの動画をタブレットPCで聴きながらドラムとベースをコピー。これがかなり大変。ヤマザキのピアノをコピーするのはハナから無理と諦めている。なのでいくらドラムとベースを頑張っても肝心のピアノが手抜きになってしまうのは如何ともしがたい。とはいうものの、ドラムぐらいはなんとかコピーできないかと夕食後の夜も躍起になって打ち込み。ひとまずなんとかピアノソロの手前までは大枠を打ち込んだけれど、今日だけでも死ぬほど何回も聴いたのでなんつーか、仲間内ではある程度評価の定まった曲だけれどさすがに新鮮味が薄れてこんなんでいいのかなあと思ってくる。大体に於いて、テーマ一発で後は全部インプロビゼーションという曲だから、所詮打ち込みでやろうというのが間違いなのだ。演奏をニュアンスまで含めて完コピでもしない限り。ようやっとテーマ部分までは辿り着いたものの、この先のピアノソロ(エレピにするかアコピにするかでも迷っている)を打ち込むことを考えると気が遠くなる。百年ぐらいかかるんじゃないだろうか。一番簡単なのはヤマザキにファイルを送ってソロを弾いてもらうということだが、この手は抗がん剤治療中に作った曲で何曲かやってもらったものの、さすがにプロのミュージシャンに昔のよしみでタダでやってくれとはいまさら言えなくなってしまった。ピアノソロだけでも気が遠くなるが、ソロの途中で4ビートになるところまで完コピするにはドラムが難し過ぎる。うむむむ、やはりどうやっても無理なのかなあ。明日の土曜日は何の予定もないので一日頑張ってみるけれども。

それはともかくとして、珍しく早起きして一日打ち込みをやっていたので煙草の本数が増えてしまった。これを書いている現時点で既に26本、あと3本吸うと新記録。はてさて。

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煌めき

8月2日、水曜日。

なんだか遅い時間になってしまったので手短にまとめる。明日の朝は町内会のごみ当番で早起きせねばならないため。

朝は9時前に目が覚めたものの、まだ早いかと思った途端にいつの間にか11時33分までワープしてしまった。8時間半ほど寝たにもかかわらず、例によって朝食後はバテてへろへろで数時間使い物にならず。しばしばベッドに倒れ込んだり、終いには少し昼寝したり。そんなわけでこのところは起きても数時間はまったく活動できないという。

午後、清水の舞台から飛び降りたつもりでDAWソフト(Cubase Elements)をダウンロード購入。一応サポートに電話してアップグレード版でいいかどうか確認してから。で、無事アクティベートできた。真面目な話、有料のDAWソフトを購入するのは生まれて初めて。以前はヤフオクで買った違法ソフトを使ったり、最近は無料試用期間中だけ使っていた。ようやっとキーボードの打ち込みを覚えたので。そんなわけもあり、夜も更けてから自分が生まれて初めて書いた曲でバンドの定番曲だった「Main Street」の打ち込みを開始、これそもそもかなり無理があるのだが、案の定イントロから四苦八苦。そんなことをしているうちに遅くなってしまった。

今日はそこそこ暑く(34度)、夜の7時半から公民館で水族館にバスで行く慰安旅行みたいな奴の打ち合わせ。打ち合わせすることに何の意味があるのかまったく分からずひたすら苦痛だった。

打ち合わせから帰宅後夕食。夕食後、ふと思い立って、キーボードのヤマザキが出ている動画をYouTubeで探してみる。ヤマザキの出演している動画というと自分がアップロードしたものぐらいしか思いつかないが、大体の見当をつけて90年代初頭の中山美穂のライブ動画に出ているはずとじっと見ているとようやく発見。バンマスであるはずのヤマザキは最初なかなか映らず、途中で一瞬だけアップになったのでいることはいるんだなと見ていると、ステージの一番左端にいることが判明、すると、終盤の曲でステージ上で中山美穂と一緒に満面の笑みを浮かべながら歌っているヤマザキ。随分長い付き合いになるが彼が歌っているのを初めて見た。コンサートのエンディングでは中山美穂と手を繋いでジャンプするヤマザキ。なんていうか、自分じゃなくても誰かが一番輝いている瞬間を見るのはそれなりに幸せなことなのだなと改めて思うなり。

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自責

8月1日、水曜日。

美しい夕方だった。日中の炎暑が嘘のような風が吹いて来た。盆踊りの準備が整ったころ、僕は母を置いて祭りの場所を後にした。

毎年行われる母のいる特養の盆踊り・花火大会、毎回最後まで付き合っていたんだけれど、今年は19時キックオフの鹿島対FC東京の試合が見たくて、事前から6時半には帰らなくてはならないと伝えていたので、予定通りの行動だった。しかしそれから1時間半後、1-1のスコアで迎えたハーフタイムに、僕はまだ日中の暑さが残る台所のテーブルに腰を落として、完膚無きまでに挫けて心が折れそうになった。これは本当にやばいと思うくらいに。母よりもサッカーの方を優先したという罪悪感に圧し潰されそうになっていた。そして、それは試合開始前からなんとなく嫌な予感としてあった。いつも思うのだけれど、どうして嫌な予感というのはいい予感よりも圧倒的に多いのだろうか? たぶんそれは自己防衛本能として先天的に身についているものだろうし、だからこそ当たり前なのかもしれないけど、嫌な予感ほど当たるものなのだ。そして後半、案の定鹿島はFC東京に逆転されて1-2で負けてしまった。逆転された瞬間に、ああこれだったのかと思った。試合を見る前から、そして試合を見始めてからも、これで負け試合だったら最悪だなと考えていた。花火大会が終わるまでいてもたぶん試合の後半ぐらいは見れただろうに、僕は試合開始から見ることを選んでしまった。母と美しい夕暮れを見るよりも。慚愧というのはこういう気持ちなんだろうなと思った。とにかく、凄まじい勢いで僕の心は落ち込んでいた。人知れぬ沼に投じられた石のように。毎日毎日、それこそ一日も欠かさず母のところに行っているというのに、今日だって盆踊りが始まる直前までは一緒にいたのに、どうしてこんなに気持ちが沈んでしまうのだろう。どうしてこんなに罪悪感を、自責の念を覚えるのだろう。

どん底まで落ち込んだ気分を取り戻すには、かなりの時間を要した。沈むときはあっという間なのに、元に戻すためにはちょっとずつ、ちょっとずつ、気がつかないくらいのクレッシェンドで戻さなければならない。これがもし、鹿島が勝っていたらどうなっていただろうか。しかし、前述のようにハーフタイムにはもう巨大な漬物石にのしかかられた虫のようにほとんど潰れそうだったんだ。

どこかにやましい気持ちがあったせいか、今日は浴衣姿の母の写真を何枚も撮った。たぶん母は僕が盆踊りが始まる前に帰ったことをまったく気にしていないだろう。ただ僕だけが自分を責めるのである。ただでさえ僕は祭りの類が苦手だし嫌いだ。だが、それだからこそやましいのだと思う。ひと夏の美しい思い出が、ただの負け試合の記憶になったことが。

それにしても今日は暑かった。昼過ぎ、町報を配るために外に出たら、あまりの暑さにくらくらするほどだった。外の気温計は36度だったが、体感的には確実に体温よりも暑かった。だから、夕方特養の駐車場で風が吹いてきたとき、まるで奇跡のように涼しくなったように思えた。いずれにせよ、僕はもう少し能天気になる必要がある。それも切実に。だがそれはとてもとても難しい。

たぶん、まったくもってたぶんなんだけど、自分を許せない人間が他人を許せるわけがない、などと思う。生きることは難しいです。

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Maybe, or maybe not

7月31日、火曜日。

上手くいったり、上手くいかなかったり。人生がそうであるように、日々の毎日もそんなものだ。何かを見失ったり忘れてしまったりすることもあれば、何かを見つけたりもする。いいことばかりではないのと同じくらいに、悪いことばかりでもない。僕らはそんな風に生きている。

いつかきっと、素晴らしい未来が。そして日一日と明けていくたびに未来はある。

今日も暑かった。スマホでは36度、台所は34度あった。そして今日もへばった。夕方、玄関先の剪定をしていると区長が町報の束を持って来た。昨夜、風呂上がりににわかに悪くなった右手の蕁麻疹は、治ることもなかったけれど悪くもならなかった。

毎日今日という日は必ず終わり、明日は必ず来る。全部覚える必要も、全部忘れる必要もない。

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哭声/コクソン

7月30日、月曜日。

という具合につげ義春の漫画みたいな夢を見て久々に10時前に起きた。睡眠時間が足りないので当然のように眠かったので、昼前に昼寝を試みるが何故か30分ほどで目が覚めてしまう。なんだかよく分からない。

相変わらずへばっているのだが、何故へばっているのかなんとなく分かった。暑さにへばっているのと同時に、冷房でもへばっているのだ。どっちを取ってもへばるのだからこれはもうどうしようもないと。

夜、アマゾンのプライムビデオで韓国のホラー映画、ナ・ホンジン監督「哭声/コクソン」を見たのだが、結構長い映画で最後まで見たにもかかわらず、何がなんだかさっぱり分からなかった。途中ゾンビみたいなのが出てきたのでゾンビ映画なのかな? などと思いながら見ていたのだが、結局悪霊が誰だったのかというのはついぞ分からずじまい。答えがない。なのでカタルシスもない。同じように長くて訳の分からない映画でもタルコフスキーの「ストーカー」はラストでカタルシスがあった。考えてみれば「ストーカー」のラストは唐突でそれまでとほとんど関連はないのだけれど。ともあれ、なるべくネタバレしないようにコクソンを考えるに、監督自らが國村準演ずるところの謎の日本人をキリストをなぞらえて描いたということから察するに、要するにキリストはまた悪魔でもある、ということなのかな??? 「コクソンネタバレ」でググって読んでみても結局分からず、要するにこの映画の中に答えはないのだ。恐らく、何かを信じることがすなわち何かを見誤ってしまうということだ、というようなことなのかな。

それはともかく、昨日少し直した「Last Colony」、今日ミックスとマスタリングをやり直して再アップしました。たぶん比べて聴いても前回とどう違うのか分かる人はあまりいないと思うけど。

と、今確認してみると何故かミックスする前のバージョンの動画になってる。うーん、どういうわけだ。曲名が「Last Colony (remixed)」になってない場合はこちらを。

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5時間後の世界

7月29日、日曜日。

あろうことか、未来に来てしまった。常日頃、できることなら10年前、20年前に戻りたいと過去に戻りたいと思っているのに、である。朝6時9分に目が覚めてトイレに行った。当然二度寝しようとベッドに入ったのだが、もう一度時間を確認したらなんと11時7分だった。僕は5時間後、正確には4時間58分後の世界にいた。当然のことながら眠気は変わらないのだが、さすがに11時7分から二度寝をしようとは思わない。なんだか狐につままれたような気分で起きた。それにしても、5時間前に戻れたのなら得した気がしないでもないが、5時間後となるとなんだか損した気分だ。本当に5時間後の世界に来たのならば、実質5時間分得していることになるのかもしれないが。

5時間後の世界はツイていなかった。例によって業務に行ったのだが、確率の3倍以上回しても当たらず。昨日から通算すると5倍以上は回している。確かにそういう日もあることはあるのだが、それが二日にまたがると強烈にツイていない気が。それに今日の場合はクオリティは申し分なく、したがって理屈上は期待値を稼いだことにはなるのかもしれないが、期待値などという机上の空論を稼いでもいっかな得した気分にはならない。

夕方、今日も玄関先の庭木の剪定を15分。母のところの帰りにスーパーに寄って買い物、帰宅後夕食。YouTubeでフジロックのceroのライブを見る。チャットのタイムラインを見ると、ceroを知らない人が存外に多いので驚いた。自分よりも世間知らずの人がこんなにいるとは。

夜、先日作った「Last Colony」を直すことに。最初ブラスセクションを入れようと思ったのだが、打ち込みのシンセのブラスがあまりにもしょぼいので断念。代わりに弦の追加アレンジを少々。パッドを少々追加。ドラム少々直し。リミックス。ギターのエフェクトをいじっていたら元に戻らなくなり焦る。そんなことをしているうちに遅くなったのでマスタリングのし直しは後日。

それにしても、平日の夕方ぐらいに5時間前に戻れたらなあ。などとぐずぐずと思うなり。

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冷房のある世界

7月28日、土曜日。

今日はというか今夜は冷房をつけている。かといって特に暑いというわけではない。では何故冷房をつけているかというとそれは……

特にこれといった理由はないんだけれども、いわば保険みたいなものだ。ある種の。

それはともかくとして、相変わらず寝過ぎている上にバテている。もしかしたら寝過ぎているからバテているのか、とふと今気づいた。いずれにしても、とにかく起きてみると11時39分であるし、冷房をつけている書斎にいるとダレる。へばる。だるくて気がつくと寝そうになる。それで今日も業務に行く。他にさしてやることも思いつかなかったので。しかし、ツイているのかツイていないのかも当たらないことには分からないわけで、そういう意味では今日は当たらなかったのでただ不快になっただけだった。帰宅後、遅い昼食のパンを食べると眠くなったが、今日は19時キックオフの鹿島の試合があるのでその前に母のところに行かなければならない。なんとかかんとか母のところに行く。帰宅後、ようやっと玄関先のツバキの剪定を17分ほど。やればできるじゃん。

というわけで、G大阪 1-1 鹿島。勝てた試合だった。残念。とにもかくにも、失点はまったくの(ガンバにとっての)ラッキーゴールだったのでしょうがないか。今日は台風の影響で3試合が中止になったので、試合が普通に開催できたこと、それで負けなかったことでよしとしなければならないのかも。鹿島の応援をしていると引き分けでも悔しい。勝たないと。とはいうものの、鹿島を応援しながら試合を見ているととにかく楽しいことは確か。試合後、すぐに鳥栖の中継に切り替えると、金崎は鳥栖のユニフォームがまったく似合わなかった。

夜、ドラマ「FARGO」のシーズン3を見始めるが、音楽が過剰過ぎて少々興ざめ。シーズン1からずっと同じ人(ノア・ホーリー)の脚本なのだが、1→2→3とだんだんと面白さもテンションも落ちていく感。たぶん、だんだんとやり過ぎているのだと思う。音楽同様に過剰なのだ。それでクールじゃなくなっているっぽい。つまり、何事にも抑制は必要なのだ。

ともあれ、冷房をつけていると少なくとも暑くはない。だがしかしバテる。とはいうものの、かといって冷房を消して窓を開けると恐らく室温が1度ぐらい上がってそれが面倒な気がする。気がするだけだけれど。

ところで台風は今どこにいるのだろうか。

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冷房のいらない世界

7月27日、金曜日。

信じ難いことに今夜は窓を開けていると涼しい。有難いことである。そういえば日中も昨日までよりは2度ぐらい最高気温が低かったのだが、それでもやっぱり冷房を入れてしまう。で、やっぱり今日もバテバテ。起きてから数時間は雪山で遭難でもしたようにへばっていて使い物にならない。これはある種の冷房病なんじゃないかとも思う。十分過ぎるほど寝ているのに二度も気絶してしまうというのは。とにかく、冷房をかけている書斎にいるとただひたすらへばってへたってしまう。かといって冷房のない部屋では暑くてかなわない。午後、昼食用のパンを買いにコンビニに行ったのでついでに業務。そこそこ。そこまで身体が冷え切ったわけでもないのに帰宅後また気絶。なんでこんなに寝るのか、さっぱり分からない。冬眠というぐらいだから普通は冬に寝るような気がするのだが、人間は夏に寝るのだろうか。寝ては夢を見て、夢を見ては起きる。夢がいつもどこか懐かしいのは、未来を見ている感覚がないから。かといって過去を再生させているわけでもない。夢はいつも現在とパラレルに再生されている。そしてテープエコーの残響のように忘れ去られる。

ともあれ、冷房のいらない世界には蚊が存在する。夜、YouTubeでフジロックのサカナクションのライブを見た。恥ずかしながらサカナクションのベースが女性だということを知らなかった。なんとかっていうアルバムを一枚聴いたことはあったのだが。

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