脱力週

6月16日、金曜日。

9時に目が覚めたのだが眠かったので10時にアラームをかけて二度寝。すると9時59分に目が覚めた。人間の体内時計って不思議だ。一体どうなってるのだろう? その割には頭痛がするほど寝過ぎてしまったり、闇雲に早く目が覚めて猛烈な睡眠不足になるのは何故だ?

今日の楽しみは午前4時キックオフだった柴崎先発のテネリフェのプレーオフの試合を見ること。なので、朝食後早速DAZNの見逃し配信でカディス対テネリフェの試合を見た。柴崎は前回に引き続きまずはボランチの位置でスタート。それはともかく、今日の試合はとにかくテネリフェの出来が恐ろしく酷い。カディスのプレスでことごとくボールロストするし、セカンドボールも全部カディスに拾われ、ろくにボールを繋ぐことすら出来ない。途中から2列目に上がった柴崎もさすがにこれではほとんど絡めず。とにかくここ最近見たテネリフェの試合の中では一番酷い試合だった。1-0というスコアだが満足にシュートすら打てない完敗。そんなわけだから試合を見終わった時点でストレスが頂点に達する。この試合というかこのサッカーではさすがに柴崎一人では如何ともし難い。いや、楽しみにしていただけに余計にストレスが。パンの昼食後、スルピリド(ドグマチール)を飲んで不貞寝的な昼寝。

どうも一日の出鼻を挫かれた感じでどうにも集中力がなく、相場のトレードをやろうにもなかなかやる気が出ないし、たぶんそのせいで相場がよく分からない。3時半過ぎからおもむろにトレードを始めるものの、そんな感じだからいきなり往復ビンタを食らって損切りを連発。またしても出鼻を挫かれる。結局その後は損切りした分を取り戻しただけに終わる。っていうか、いつものようにあと5分というところが待てなかった。夜も気を取り直して指標後にまたトレードをしたのだが、どうも今日はビビってるというか消極的というか、ポジションを持つ勇気がなかなか持てない。11時の指標後もある程度想定を立ててポジションを持ったものの、プラスに転じるまでがやけに長く感じて、プラスになった途端にチキンで利食い。こういうときは案の定想定が正しくてその後20ピップスぐらい下がって取り損ねる。典型的な損大利小のパターンっぽい。まあ損大とまではいかなくても限りなく利小になるパターン。こういうときはスキャルなのだと考えるしかないのだがもう少しなんとかならないものか。

昨夜一敗地に塗れたのが物凄く悔しくて、かえってそれがモチベーションになってやる気が出てよかったと思っていたのだが、一夜明けてみるとなかなかそう上手い具合には行かない。なんだか今週は諸々もやもやしたまま終わっちゃったなあ。なんだか週明けの月曜日からだるくて眠くて気勢が上がらないまま週末になってしまった感。なんていうか、終始脱力したままだった。

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Cherry

6月15日、木曜日。

夕方町内の叔母(父の姉。90歳)から電話があって、さくらんぼを届けると。で、母のところから夜帰宅すると玄関の前にさくらんぼが置いてあった。叔母と話すのは今年初めて、昨年末に電話で話して以来、今年になって連絡が途絶えていたので心配していたが元気そうだった。ただ歩くのは手押し車(歩行器のことか?)を使ってるということだったが。

今朝は9時半起床。例によって夢を見た。

しかしツイッターのデザイン、仕様が変わるたびに最悪になってくな……。

昨日に引き続き今日も日中はずっとだるい。やる気なし。また寝そう。よって昼前から業務に行ってみるが、ひたすら不ヅキを見せつけられただけだった。ただの一度も当たらず。結局帰宅後に40~50分ほど昼寝してしまう。昼寝から目が覚めて遅ればせながら相場のトレード開始、よれよれながらなんとかプラスにして母のところへ。

この辺までは昨日と同じパターンだったんだけど、今日は夜になってから一念発起して、夜の指標後から相場のトレードをやる気になった。ところが、久しぶりにやる気になった途端によくある裏目裏目と出るパターン、ひたすら相場に翻弄される。で、一敗地に塗れ久しぶりに頭に血が上った。なんていうか、こんな風に上手く行かないことでアドレナリンを出してもしょうがない気もするが。それだったら日中というか朝からやる気が欲しかった。ただ、いずれにせよ今日は想定が間違っていて、本気でやったらもっと負けていたものと思われ。そう考えるとまんざら不運だったというわけでもないのかもしれない。

日中も暑かったがなんだか今夜は室温が高く暑い気がするが、書斎の室温は23度、ちょうどいいのか。

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アドレナリンの消滅

6月14日、水曜日。

という具合に朝起きたところまでは別にいつもとさして変わりないように思えたのだが、どうもだるい。非常に微妙な感じにだるくて眠い。なので気勢が上がらない。朝食後に相場の想定をすることすら億劫に思える。どうにもだるさと眠気が取れないので一旦昼寝することにした。ところが……

という具合にますますだるくなってしまったのだった。これはかなりピンチ。しかも眠気も完全には取れていない。放っておくとまた寝てしまいたくなる。今日は2時に町内の総合病院で母の診察があるので、その前に寝てしまわないように1時過ぎにスーパーに買い物に。で、2時ジャストに病院に到着すると、ちょうど特養の車から車椅子の母が下ろされるところだった。で、看護師と一緒に入っていくと自動受付機で受付をしている。あれっ、まだ受付していなかったのか、とちょっとびっくりする。今までの場合だと早々に受付を済ませている場合がほとんどで、従って2時になるとすぐに診察に呼ばれることが多かった。今日はどうやら勝手が違って、母の担当医のところだけ混んでいる。母の番号は一番末尾にある。で、少し進んだかと思うと母の番号の前に2つ3つと違う番号が割り込まれる。結局1時間半以上待つ羽目になってしまった。ようやっと来た診察はいつもの通りで、薬もこれまでと同様。病院から帰宅するともう3時近かった。

今日不思議だったのはこの病院で待っている2時間弱の間は眠くもだるくもならなかったこと。もしかしたら若干眠くはなったのかもしれないが、看護師もいることだしうとうとするわけにもいかなかった。で、帰宅するとまただるくて眠いぐだぐだの状態に戻る。これはいかんと思い、本来そういうことじゃいけないのだが眠気覚ましに相場のポジションを持つ。さすがにポジションを持っている間は迂闊に寝るわけにもいかない。そんなこんなで6時前に一旦微損で決済して逃げる。それからちょっとスキャルピングをしてプラスに。すると、ポジションをスクエア(ポジションを持たない状態)にした途端に眠くなる。夕方の6時半に眠くなるなんて前代未聞だ。まあ今日はあまりもぐだぐだだったのでこういう事態も見越してスーパーから弁当を買ってあったので、それをレンジで温めて夕食。

その後の記憶が覚束ない。寝ていたわけではないから何かはやっていたんだろうけど……ああそうだ、珈琲の豆を煎ってからYouTubeで動画を見ていると9時半の経済指標の時間になったのだった。書斎のデスクトップは夕方Windowsの更新が入ったので一度再起動してあったのでブラウザを立ち上げ直し、相場のトレードツールを立ち上げ直す。するとトレードツールがなかなか繋がらない。ようやっと繋がったと思ったら、ドル円が唖然とするほど急落していた。ユーロドルは暴騰。確かに小売売上高の数字は悪かったのだが、まるで雇用統計みたいだった。あまりにも凄いドル売りにただ呆然と見てるだけ。ドル円は30分で1円下がった。売りに乗っかりたいところだが今日は深夜3時にFOMCの公定歩合の発表があるので迂闊にポジションを取れず。正直言って途中で戻り売り出来るタイミングはあったのだが、あまりにも大きな下落だったので戻すときも大きいと思ってびびってポジションを取れなかった。結局ドル円は109円を割れた。もうホントに夜の相場は見てるだけになった。

とはいうものの、どっちにしろ今日はとにかく終日身体がだるくて頭もぱりっとせず、ちょっとした隙が出来ると寝てしまいたくなるという、どうにもならない一日だった。真面目な話、眠くなる病にかかったのかと思った。そんなわけだから何をやるにしてもやる気というものが存在せず、起きているのが精一杯感満載で俺のアドレナリンは一体どこにいったんだ?という感じだった。ちとお手上げ。

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苦汁風味

6月13日、火曜日。

今日のメインイベントはもちろんW杯最終予選のイラク戦。とっとと結果から書くと1-1の引き分けに終わり、最悪は免れたというか最低限の結果は出した。がしかし、勝ち点3を逃した感が強いのはなんでだろう。先制点を取ってからの大半の時間、特に後半になってからは防戦の時間がやたらと続き、故障者が続出してまさに死闘という感じだったが、それにしてもなんで同じ条件でやってるのにイラクに比べて日本のボールロストがこうも多いのかというのが腑に落ちなかった。失点の場面は最初はGKの川島のミスに見えたが、よく見ると吉田麻也のボーンヘッド、判断ミスだった。最近の吉田は安定していただけに、久々に麻也のボーンヘッドを見た気がする。考えてみれば以前はしょっちゅうあったことだ。それにしても前回のシリア戦からパフォーマンスが悪く、今日も序盤から消えている時間が長かった久保裕也を、足が完全に攣った状態のまま90分使ってしまった采配には疑問が残る。倉田を投入するタイミングで代えるのは原口ではなく久保の方に見えた。結局井手口と酒井宏樹の故障で攻撃面で打つ手がなくなってしまった。

とまあ見ていてストレスは溜まったのだけれど、考えてみれば1500mの高地で気温37度湿度10%で90分サッカーをやれるのかという時点でそもそも無理がある。正直見ていてイラク相手にこんな調子ではW杯本番に行けたとしてもひとつも勝てないのではないかと思ったが、今日の試合の条件を考えるとそれでもよくやったというべきなのだろう。なんだかんだいって現時点で勝ち点で1つ上回ってのグループ首位なのだから。残り2試合のどっちかを勝てればW杯には行けるんだし。という具合になかなかポジティブに考えられなくて、ただひたすら苦戦して引き分けたという苦々しさの方が残る。

要するにそれほど悪い結果ではないのだ。

例えば今日にしても、他にもいいことはあった。先日インストールして音が出なくて苦労したというか半ばお手上げだったDAWソフトのCubaseの体験版、ダメ元でインストールし直してみたら無事音が出た。めでたい。というか、単にインストールの手順を間違えていただけだった。

昨夜はいつもに比べるとちょっとだけ早く就寝、今朝は10時前に起きたのでちょうど8時間寝た勘定だ。お蔭で眠くはならなかったがいかにも中途半端な時間。おまけに明後日早朝にFOMCを控えて相場もよく分からない。なので一応想定して指値だけ置いて業務に行ってみたが、今日のところは鳴かず飛ばず。というか飛ばしてしまったというか。夜は代表の試合があるのでハナから相場は控えるつもりだったが、何もしないのもなんだと思って帰宅後の夕方一応ちょっとだけトレードする。

夜に壮絶な消耗戦を見てしまったせいか、なんだか今日は不思議な味の一日だった。明日は午後2時に母が町内の病院で診察を受ける日。

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満ち欠け

6月12日、月曜日。

という具合に、裏の人には出来ることなら農作業は10時ぐらいからにして欲しかったのだが、こういうエンジンの音が聞こえてくるのは年に何回もないことなのでしょうがないか。

とにかく眠かった。朝食後、気がつくとエンジンの音は止んでいた。あくびばかり出る。この状態でアドレナリンを出すのは難しいと踏んで、足りない睡眠時間の1時間ばかり寝ようとベッドに潜り込んだ。すると、目が覚めるとなんと1時を過ぎていて、2時間半も寝てしまった。差し引き1時間半損したという感じ。こういう、寝過ぎてしまった部分というのはどうやって取り戻せばいいんだろう?

相場をちょこちょこっとやって、外が天気がよかったので15分ばかり庭の草取りをやったらバテた。しかしながら、既に1時間半も寝過ぎているのだから疲れたからといって寝るわけにもいかない。何しろ、1時間半の借金を背負っているのである。よって、少々早いものの4時ごろに母のところに面会に行く。今日の母は何のタイミングだったか、不意に満面の笑みを浮かべてくれたので嬉しかった。少々不意打ちではあったが。やはり母には笑顔が似合う。

帰宅後の夕方、粉骨砕身(というほどでもないのだけれど)をもって相場のポジションを取り、6時ごろにナイスなタイミングで利食い。実際のところ、今日の相場の想定は不思議なくらい当たっていたのだが、その割にはほとんど取れてない。っていうのも、大枠の動きの想定は当たっていたものの、それが具体的にどのタイミングでというのが分かっていなかった。そんなわけだから夜も相場を気にして値動きは見ていたものの、週明けということもあって見てるだけ。

園子温監督「愛のむきだし」の続きを見始めるも、こういう演劇っぽいデフォルメされたものって見るのにパワーがいるというかアドレナリンがいるというか、テンションの高さについていけず一旦脱落。映画からも脱落、相場にも乗り切れずでしょうがないので閉店間際のスーパーに買い物に行ってみる。といってもさして買うものがあるわけでもない。間食をやめたはずなのに菓子を少々、ついでに煙草も買ってくる。スーパーから帰宅するころにはなんだかすっかりあらゆるやる気というものを失っていて、もう今日は閉店にしようと思う。そういえば1時間半の借金を抱えていたはずなのだが、にもかかわらず今日は店仕舞い。いつもと比べるとダントツに早い9時半には風呂に入る。これはもう今日はギブアップ宣言。もう後は流すだけ。YouTubeの動画を見てだらだら。

で、こっそりと例のライブの続きをYouTubeにアップする。

で、明日はどっちだ?

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藪の中

6月11日、日曜日。

午前中はDAZNの見逃し配信で柴崎先発のテネリフェの試合を見た。テネリフェ移籍後柴崎はずっと2列目で使われてきたが、今回は初めてボランチで先発。後半途中から2列目左に移る。柴崎のボランチ久しぶりに見たが、柴崎の場合はボランチというよりもレジスタという感じ。トップ下の選手がボランチに入った印象がする。守備的なボランチと組めばこれはこれで面白いが、やはり柴崎はトップ下とか2列目の方が合っていると思う。2列目に移ってから、今回も裏に抜け出して決定的なシュートを放つ。これはGKに止められるが。しかし、トニーニョ・セレーゾは何故柴崎をボランチで使うことに拘ったのか。技巧的な選手を置きたいという気持ちは分からんでもないが……。

午後は業務。帰りがけにスーパーに寄って買い物。夕方は藪の中に分け入る。つまり、庭の草取りというか、例の鬱蒼と茂った灌木のようなものをせっせと剪定ばさみで切っていく。とにかく量が半端ないので、切ったものを庭の裏手の一角に捨てるのだが積み上がったのが本当に身の丈ぐらいになる。洒落にならない。

これで結構へばる。6時半過ぎに母のところに行く。今日も母は特養の名前を書く練習。今日は「園」という字で引っかかる。ところが、驚いたことに僕自身も「園」という字が怪しくなって自信がなくなってきた。帰宅後、漢字の正しい書き順というサイトで確認したのだが、これ、小学校2年生で覚える漢字だった。笑うしかない。ついでに似たような字で「遠」も確認。これも小学校2年生。いやあ、人間生涯勉強ですよ。

夜は本来であれば「愛のむきだし」の続きを見るところだが、先日の代表のシリア戦を気もそぞろに見たので何か見逃しているかもしれないと思い、見直してみた。すると、案外と見逃してはおらず、ほぼすべて記憶にあった。それからYouTubeで椎名林檎のライブを半分ぐらい見てかっこよすぎてビビる。

という感じで今日はそれほど退屈はしなかったものの、かといって何かをやった感じもしない。つまり達成感はない。大半の人の日曜日は達成感なんてないと思うが。

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退屈の始まり

6月10日、土曜日。

朝食を食べていると弟から電話があって、昼過ぎに来るという。今日は不思議な日で、朝食後に着替えたときは暑いと思ったのに気がつくと午後からはむしろ寒かった。弟は1時過ぎにやってきた。それまで台所で珈琲の豆を煎っていたので煙が凄いというので弟は茶の間でコンビニから買ってきた昼食を食べていた。台所にいる僕とはなんだか気まずい距離がある。弟は2時過ぎに母のところに向かい、その足で仙台に帰る。

J1もブンデスリーガもリーグ戦がない土曜日というのは実に退屈だ。よって混んでるだろうと思ったが業務に行ってみる。確かに道は混んでいた。土曜日とはいえ、こんな田舎町の道が混んでいるというのはなんか不思議な気がする。外は雨だったが、夕方帰宅する頃合には晴れていた。なので、玄関前と庭の草取りを少々。庭はちょっとやそっとではどうにもならないくらい雑草が生い茂っているが、さすがに玄関先は人の目があるので優先的にやらねばならない。

6時半ごろに母のところに行く。母は夕食に何を食べたかは覚えていないのに昼間弟が来たことは覚えている。先日から母は入っている特養の名前が書けないと気にしており、実際書かせてみると毎回間違う。「葉」という字を間違えたりする。母はいつまでも気にするので、そんなものが書けなくても誰も気にしないし困らない、といって慰めるしかない。

帰宅後夕食。その後は久方ぶりにアマゾンのプライムビデオで園子温監督「愛のむきだし」を見始めるが、映画を見ること自体久しぶりだけれど何せ4時間近くもある映画なので途中で挫ける。残りは明日に。しかし実にくだらないといえばくだらない映画なのだが、何故かつい見てしまう。ここでの演劇性と陳腐はほぼ同義だ。馬鹿馬鹿しいことにも人間はやがて慣れていく。

しかし、改めてサッカーのない土日ってのは退屈だなと思う。土曜日は退屈の始まりで日曜日は退屈の終わりといったところか。いずれにせよリアルタイムでは退屈であることに変わりはない。「日曜日はダメよ」という古い映画のタイトルを思い出す。

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残像

6月9日、金曜日。

この夢を見た背景に、レコード会社時代に自分の担当じゃなかったけど、見かけはアイドルっぽいがセンスのいい曲を書くシンガーソングライターの女の子がいてどうやっても売れなかったのだが、その子の名前がどうしても思い出せない、ということがあった。夜になってまた思い出し、まったく名前が出て来ないのでダメ元で「1994 ソニー アーティスト」でググってみた。すると、91年のオーディション出身者としてその子の名前があった。くま井ゆう子だった。いやー、ネットってホント凄い。当時会議でくま井は曲はいいのになんで売れないのか、っていうことがよく議題に上がっていた。宣伝担当曰く、どうもB級アイドルとして捉えられているという話だった。

正直言ってもう思い出せないものだと思っていた。なんていうか、ネットって電脳っていうくらいだから脳細胞に似ている。すっかり忘れているようで、微かな残像だけが残っているものは探せばどこかにその欠片はあるのだ。映画「ブレードランナー」でハリソン・フォードが写真をクローズアップしていって微かに鏡に映った女性の姿を見つけるのを思い出す。そんな風に僕らの記憶はネットのどこかにひっそりと潜んでいる。だから例えば、僕だっていつかは誰かに見つかるのだ。たぶん。

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疲労コンパイラ


今日の夕暮れ時の月。満月は明日らしい。

6月8日、木曜日。

9時10分起床。驚いたことに朝起きたときから無茶苦茶疲れていた。確かに昨夜は物凄く疲れていたのでその続きなのかもしれないが、物事の順番としてまず最初に何かをやってしかるのちに疲れるのならばまだ分かるが、朝起きた時点からデフォルトで疲れているというのはどうにも納得がいかない。とにかく異様に疲れている。これじゃあまた昼寝しちゃうなと思ったので、朝食後に相場の想定をして指値を置いた後、業務に行ってみる。さすがに業務をしながら寝ることはないだろうと思ったので。無難にこなし、1時過ぎに帰宅。で、結局昼寝してしまった。昼寝をしても疲れは取れないしすっきりしない。何度か顔を洗ってはみたが。少々相場のトレードをして、夕方になってずっと気になっていた庭の草取りをする。最初は玄関前をやろうと思ってバラの剪定から始めたのだが、庭の裏手に切ったバラを捨てに行くと、いつの間にか庭中がジャングルのように鬱蒼としている。昨年も悩まされた、灌木のような竹と木と雑草の中間のような奴がそこら中に繁茂していた。ちょっと目を離した隙に(とはいうものの2か月ぐらいは経っているだろうが)なんでこんなに伸びたんだ、という。これが竹なのであればそれなりに風情もあるだろうが、要は雑草と灌木の中間みたいな中途半端なもの。幹が太く丈が物凄く高いので根っこから引っこ抜くのは無理なので剪定ばさみで切っていく。すると切ったものを捨てる庭の裏手が小山のようになる。ちょっと全部は無理。想定外にこれが大変な作業だったのでいつの間にか6時を過ぎている。藪を分け入った形になってズボンがびしょ濡れになったので着替える。ただでさえデフォルトで疲労困憊していたところにこの草取りで手がぶるぶると震えてPCのキーボードもろくに打てなくなる。

冒頭の写真は母のところに到着したときに駐車場から撮ったもの。今日は母を歩かせてみるが、以前はホールを7周できたのに今は2周ではあはあ言って一杯一杯になる。母はいろんなことが覚束なくなっている。

帰宅後夕食。その後の記憶が定かでない。特に何もやってないと思うのだが。夕方着替えたズボンを洗濯したり。それなりに相場のチャートを見たり。今日はECBの政策金利発表とかコミー前FBI長官の証言とかの大きなイベントがあったので夕方の時点で指値は全部外しておいたのだが、結果的には残しておけばドル円、ユーロドルともに絶妙なポイントで成立していたのだが……。後の祭り。今もコミー元長官の証言は続いているが相場は思ったほど動かない。

で、驚いたことにこの時間になってもまだ疲れているし、特に手の指には疲れが残っていて風呂上がりでもまだちょっと震えたほど。一体全体、どんだけ疲れてるんだ、俺。

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現実逃避の方法論

6月7日、水曜日。

今夜は明確な理由があって現実逃避願望が凄く、手っ取り早い方法として風呂に入って一日を強制終了させることにした。というのも、僕の中には「風呂に入ったらあとは仕事(らしきもの)はしなくていい」という暗黙のルールがあるからである。

まあその直接の原因というのがこうである。今日のメインイベントであるサッカー日本代表のシリア戦(7時25分キックオフ)に備えて夕食を済ませ、念のために録画予約もして用意し、7時から番組が始まったタイミングで煙草を一服し、試合が始まる前にとトイレに篭ってうんこをしていた。すると、台所のノートPCから相場の指値が成立する音が聞こえた。えっ?と思って一体ドル円とユーロドルのどっちだろうと思った。どちらの指値も随分と離れたところに置いていたのでつくとは思っていなかった。というか忘れてた。焦る。すると、またしても指値の成立する音が。二度? ということはユーロドル? いずれにしても余程動かないと成立しないはずなのだが。トイレから出て慌てて確認してみると、驚いたことにユーロドルが一気に50ピップス以上も下落していた。一体何事があったのかとツイッターのタイムラインを見ると、どうやらECBに関する報道が原因らしい。しかしここまで反応するかねという感じなのだが、含み損は膨らみ、今にも串刺しになってストップがつきそうな勢いで下落している。一方では試合開始前の君が代が流れて、もうキックオフが近づいている。一体どうすりゃいいんだと思いながらとにかく予定通り茶の間のテレビの前に座る。茶の間には古い方のノートPCが(ツイッターを見るために)置いてある。キックオフ。しょうがないので相場のトレードツールも立ち上げて様子を見る。試合も気になるが相場も気になる。ああ本当に逆指値(ストップ)がつきそうだがこれはたぶん一時的な押しで最終的には戻ると思う。なのでナンピンでポジション追加。ああもう試合は始まっている。試合を見始めると今度は相場の様子が気になる。どっちも中途半端でどちらにも集中できない。ああまた戻り売りっぽく売られて危うし。試合は代表チームがいかにも急造チームに見えるのであまり出来はよさそうじゃない。ああ、やっとハーフタイム。煙草吸いたい。しかし相場のポジションはまだ含み損を抱えてなかなか戻らない。ここは目をつむって試合終了まで放っておくのが正しい、ストップがつくときはつくからそれはそれでしょうがないと思うのだが、現実問題として人間というのはそう簡単に物事を割り切れないように出来ていて、後半が始まってもどっちつかずで集中できない。と、シリアが先制。日本失点。マークしてたのは昌子じゃないか。なんてこった。ああ相場の方も危ない、これ本当に戻るのか、という疑心暗鬼に駆られる。日本、今野のゴールで同点に追いつく。と、あれ、ちょっと目を離した隙にユーロドルがちょっと戻って一瞬プラスになった。どうしよう。逃げるなら今か。と思っている間にまた売られてマイナス。試合の方は交代で本田やら乾やらが投入されてどうやら日本が押しているようである。だが相変わらずさっぱり集中できない。サッカーも相場も一体どうなっているのか?

というアンビバレントな状態のまま試合は1-1で終了。試合内容はほとんどよく分からなかった。大迫がいろんな人から褒められているところを見ると出来がよかったようだがその辺を確認しきれていない。とにかく煙草を吸おう。という具合に台所に戻って煙草を一服しながら相場のチャートを見ていると、またじりじりと戻ってプラスになった。妄想が膨らむ。この場合はこのまま放置して元の水準まで戻ると信じるべきである。当初の想定からしてスタンスとしてはそれが正しい。しかしながらこのまままた下落してストップがついたら?? うむむ、その場合は最初に成立した2つの指値のポジションが先にストップがつくであろうから後から取ったポジションはそのまま残す方針にしようか……。あああ、ちょびっとプラスになった、うむむ、ここは逃げとこう、もうめんどくさい。というわけで微益で決済してしまった。

その後の展開は大体想像がつくと思うけど、ユーロドルは違う報道で今度は噴き上がり、日通し高値を更新してお釣りが出るほど戻った。ああなんで俺は自分自身を信じられないんだ、という自己嫌悪に苛まれる。ほぼどん底で押し目を取れていたじゃないか。おまけにちっとも試合に集中できなかったし。という具合。とまあそんな具合だから現実逃避もしたくなるわけである。

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そもそも、昨日の日記にも今日から真面目にやろうと書いたような記憶がある。で、真面目にやれたのかというと、まず不思議なことに7時29分に起きた。昨夜寝たのは3時半過ぎだからこれは奇跡のようである。4時間寝ていない割にはそこまで眠くない。しかし想定外に早起きしてしまったので朝から煙草のペースが気になる。このままでは一体何本になるのか。当初の予定ではどうせ昼食後に眠気に襲われるだろうからそこで昼寝するだろうと思っていた。それで結果的に煙草の本数もコントロールされるだろうと。ところが、予想外というか案の定というか、朝食後に相場の想定を終えた時点でもう眠くなってしまった。頭に霞がかかったようで頭が回らない。こりゃダメだというのでベッドに潜り込んで昼寝、すると目が覚めると昼を過ぎており2時間半も寝てしまった。さらに想定外なことに午後になってからもまた眠くなり、またしても昼寝。真面目どころか寝てばかりじゃないか。というわけで相場のトレードをしたのも夕方になってから、実質日中は寝てて何もしていない。唖然。なんでこうなったのか。こんなんだったら最初から7時間寝て10時半に起きた方がよほどましだった。

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それはともかく、昨夜あれから自分のバンド(通称スケザバンド)のライブの動画をなんとなく1曲分だけ編集してYouTubeに上げてしまった。途中でぶつ切りになったり画質は恐ろしく悪いが、キーボードのヤマザキの演奏が素晴らしいのでこれは公開しちゃった方がいいかなーなどと思ったのだった。

まあこれなんだが、案の定フェイスブックの方でサークルの後輩から他の曲の映像もアップしろという要望が。うーむ。しかしそこはそれで自分がテーマを弾き損ねたりしているので恥ずかしい。そのうちこっそりとフルバージョンをYouTubeに上げるだけにしておこうか。文化遺産的に。

そんなことをしていると、父の書棚に28年前の沖縄家族旅行のアルバムを見つけて見てみる。そこには28年前、つまり前述のライブの一年前の自分と父の姿があった。

来月誕生日が来ると、僕はこの写真の父と同じ歳になる。

いずれにしろ、こういうのって自己承認欲求だと思うのだが、それは冒頭に述べた現実逃避願望と異なるようであって根っこのところは似ている。つまり、現在の自分から逃避するというところは同じだ。その代わりに昔の自分を引っ張り出すわけである。

明日は現実から逃避しないようにしたい。

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