7月30日、土曜日。

何かをクリアするという夢を見てはたと目が覚めると、またもや浴衣の前をはだけてほぼ全裸になっていた。時間を見ると10時55分だった。という具合に朝起きたのだが、果たして11時近くに起きるのを朝と呼べるのかどうか。

朝食後のコーヒーを飲んでいると弟から電話があり、もうすぐ着きそうだということだった。昨日弟と電話で話して、今日来ると言っていた。そんなわけで僕の感覚で言えばまだ起きたばっかりという時間に弟がやってきた。昼飯はどうするというような話になるのだが当然僕はまだ朝食を摂ったばかり、腹は空いていない。それでもこの場合は弟に付き合わねばならないだろうなということで、冷やし中華なら食べれそうと。

そんなわけで、1時ごろに弟の車で町内でまだ僕が行ったことのない(弟は行ったことがある)ラーメン屋に。まだ昼時なのに店内は空いていた。ということは、あまり味の方はよろしくないんだろうなと察することが出来る。なにせこの町では、これぐらいの時間なら蕎麦屋の人気店は長蛇の列だからである。

というわけで、今年初めて冷やし中華を食べた。

hiyashi

錦糸卵がついてないのが残念。それほど不味いというほどでもなかったのだけれど、なにせ腹が空いていないものだからいまひとつな感じはした。食事を終えて店の外に出ると、駐車場は灼熱と言っていいぐらいの猛烈な暑さ。その足で特養の母のところに二人で行く。

母のところでテレビをつけてみんなで見始めたら突如外で雷鳴が轟き、にわかに空がかき曇り、先ほどの炎天が嘘のように土砂降りの雷雨になった。雨が小降りになるまで待とうと思ったのだが雨は一向に衰える気配を見せず、しょうがないので3時ごろに帰ることにした。外は叩きつけるような豪雨。弟は僕を送り届けるとそのまま仙台へと帰っていった。

雨は夕方になって気がつくとぴたりと止んでいた。夜はオンデマンドでJ1の鳥栖対鹿島の試合を見るため、6時過ぎにあまり腹が減ってないけれど夕飯を食べる。で、試合は鳥栖の豊田にヘッドで決められ1-0で敗れ、鹿島はまさかの連敗を喫した。うむむむ。

明日の早朝(4時半)のU-23日本代表とU-23ブラジルの試合は録画予約してある。無論、とてもじゃないが起きられない。いずれにしても今回のサッカー五輪代表にはまったく期待してない。普通に3戦全敗で敗退でもおかしくないと思っている。正直、メダル云々なんて臍が茶を沸かす。

今日弟が来て僕が台所が暑いというと、家中の窓を開けて風が抜けるようにすればいいということで、台所の窓2か所、ドアを開けて茶の間の窓も全開にしたら昨日よりは大分ましになった。しかしこれを書いている今、台所よりも涼しいはずの書斎がじとっとしている。とにかく暑い。湿度が高いので肌が汗ばむ感じ。さっきコンビニまで買い物に出たら外はそれほど暑いわけではないのだが風がない。この分だと明日の朝も目が覚めるとほぼ全裸になっているのであろうか。うーん。

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Hotter than July

7月29日、金曜日。

朝の9時前、まだ寝ているときに特養から携帯に電話があった。今朝の母は落ち着いて笑顔も見せるようになったということだった。少し安心して二度寝。裏切り者に制裁を下すというような暴力的な夢を見て9時半ごろに起きる。

階下の台所に降りるととにかく暑い。朝から室温が30度ある。午後は33度になったから、10万もかかったけれど書斎にエアコンを導入したのは正解だったようだ。じゃないと熱中症になりそう。午後、昼食の時間が過ぎたころに特養に電話してみる。母は昼食を全量食べたということだった。朝もおかゆを少々食べたと。

日中は相場。今日は日銀の金融政策決定会合の発表があり、為替も日経平均も乱高下。ドル円はとにかくボラティリティが凄い。怖くてうかつに手を出せない。相場が少し落ち着いたころからちょびりちょびりと掠め取るという具合。

3時過ぎに母のところに様子を見に行った。昨日は凄く顔色が悪かった母だが、今日は顔色が戻っていた。昨日は目をずっとつむって口をほとんど利かなかったのだが、今日は普通に目を開けて話した。まだ万全とは言えないかもだけれど、とにかく母の体調が落ち着いてよかった。一安心。

うちの周りでも普通に蝉が鳴くようになり、すっかり真夏になったよう。昨日蒸し暑くて参った台所だが、今日は夜になって窓から少々風が入り昨日ほどではなかった。それでも夕食後は汗だくに。二階の自室はとにかく暑くて、昨夜はなかなか寝付けなかった。これから暑くなる一方だろうから、エアコンのある書斎で寝ることもそのうち考えなければならないかもしれない。

そういえば夜、玄関に一年振りにゴキブリが登場して焦る。スリッパで叩き殺したが、小さいゴキブリなのにビビった。

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嘔吐

7月28日、木曜日。

夢に元妻が出てきた。もちろんあまりいい役回りではない。というのも、僕は元妻の顔を思い出すことすら出来ないのだ。僕は元妻の写真をただの一枚も持っていない。ただの一枚も。

なんだか昨日の日記と同じようだが、最初は8時台に目が覚めた。今日は意図的に二度寝した。で、結局今日も起きたのは10時過ぎだった。起きた時間が昨日と一分しか違わない。今日は朝からなんか暑かった。

ただの勘としかいいようがないが、今日は何故か業務に行った方がいい気がした。いくべきだ、と思ったのである。で、行ってみると昨日までの不ヅキのお返しとばかりに阿呆のようにツイていた。いささか気味が悪いので連チャンが終わったところで帰る。帰宅後は相場も慎重にポジションを取る。昨日のマイナス分を取り戻してなおかつプラスになったところで一服。ここまでは今日はツイていると思っていた。

5時ごろに今日も庭の裏手の草取りをした。とにかく今の庭の雑草は半端ない。20分ほどでへばるが、それでも草を捨てる一角は小山のようになっている。ただでさえ蒸し暑い今日、草取りを終えると汗だく。それで書斎のエアコンを入れて汗を拭いていると特養から携帯に電話があった。母が嘔吐して眩暈がするという。それで、汗でびしょびしょになったTシャツを着替えると車で特養に向かった。

母は夕食を摂らずに部屋で横になっていた。酷く具合が悪そうだ。僕が到着する前にもう一度吐いたということで、看護師や職員に説明を聞く。母は顔色が悪く一言も口を利かず、目をきつくつむっている。一時間ほどベッドの脇で見ていたが、その間に母は二度嘔吐した。眩暈は治まったものの、動かすと吐き気があるようで、看護師がやってきて体温を計ろうとすると吐いた。計四回も嘔吐したので、病院の救急外来に連れていくことになった。

女性職員と看護師が病院に同行したのだけれど、まず職員が保険証と診察券を忘れて車で取りに戻った。看護師と待っている間、特養はおくすり手帳を作っていないということが判明、愕然とする。怒り心頭に達し、戻ってきた職員にその場で(僕にしては最低限の)文句を垂れた。おくすり手帳がないということで診察の順番も後回しにされてしまった。ようやく診察の順番が来て中に入ると、当番医は老人だった。それで早口で物凄い訛った山形弁で話すので、最初は何を言っているのかよく分からなかった。触診やらエコーやらをして、医者自身もよく分かっていない様子だったが、眩暈と耳鳴りは血圧が上がったせいではないかということだった。結局、吐き気止め(プリンペラン)を出されただけに終わる。ただ、気のせいかもしれないが病院に着いてから多少顔色が戻ったような気はした。帰り際、ようやく母は少しだけ目を開けたが、まだほとんど喋れなかった。可哀想だが今夜は食事抜きということになる。心配ではあるが後は特養に任せるしかない。その後ひとまずこれを書いている今に至るまで連絡は来ていない。

病院を出たのは8時半過ぎだった。随分長い間母に付き添っていたような気がしたが、実際は2時間半ほどだった。帰宅後、なんだか気が進まない(母が食事を摂れないので)のだが遅い夕飯を食べた。病院から弟の携帯に電話したのだが一向に出ず、夕食後にもう一度電話したらようやく出た。弟はどうやら飲み屋にいるらしく、飲み会中であるらしい。僕は物凄く疲れていたし、電話になかなか出ない弟にいささか腹を立てていた。それで、弟が飲み屋がうるさくてよく聞こえないらしく「えっ、なに?ごめん、聞こえなかった」を連発するので頭に来て電話を切った。弟に腹を立ててもしょうがないのは分かっている。僕同様弟も酒に強いわけがなく、飲み会といっても仕事なのである。だが今夜のところは病院での一連のこと(保険証と診察券を忘れたこと、おくすり手帳のこと)もあって、怒りモードのスイッチが入ったままになっていた。

気がつくとまた汗だくになっていた。窓を開けているのに台所は異様に暑かった。室温が30度以上あった。そのうち、暑くてのぼせてきて顔が火照ってきて頭がぼうっとしてきた。じっとしているだけで汗ばんでくる。なんでこんなに暑いんだろうと思った。

こんなにクソ暑い夜なのに冷蔵庫に炭酸飲料がない。そういえばさっき病院の救急外来の待合室の自動販売機だったら100円だったのに、とか思う。暑い暑いといいながら珈琲の豆を煎っているのでなおさら暑い。11時過ぎに豆を煎り終わったところで辛抱たまらず、車でコンビニまでコーラを買いに行った。というのも、一番近い自動販売機(徒歩5分)はこれまで二度ほど物凄いぬるいコーラが出てきたという前科があったからだ。台所は異様に暑かったが外は案外と涼しかった。ということは台所のあの暑さは一体なんだったんだろう。今これを書いているのは書斎だが、サッシ窓を全開にしていると涼しい。台所にコーラを取りに行くとやっぱり蒸し暑い。どうやら台所は北向きではあっても風がないと窓を開けていても風通しが悪くて暑いようだ。

気がつくともう1時半。今日は夕方以降一気に疲れた。3回ぐらい汗だくになったし。母は大丈夫だろうか。明日も食事を摂れないとなると点滴してもらうしかないが……。

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水曜日

7月27日、水曜日。

なんか水曜日という感じがしなくて、さっきまであれ、木曜日だっけ、今日、とか思ってた。ただ、「水曜日の感じ」というのがどんな感じなのかもよく分からない。

朝8時台に目が覚めて起きようとしたんだけど気がつくと二度寝していて次に目が覚めたのは10時過ぎだった。この辺りからどうも今日はリズムが悪い。朝食後のコーヒーを飲んでいると昼近くなり、相場のチャートを見てもあまり動きそうにも見えなかったので、どうにも中途半端な時間だと思いながら今日も業務に行ってしまった。で、先日までのツキの反動なのか何なのか、今日も不ヅキで無駄足。2時半ごろに帰る。

で、帰宅して相場のチャートを見てびっくり仰天、なんと業務に行っている間にドル円が1円近く上げて1円近く下げるというのを2回もやっているという超乱高下、これは出かけないでトレードをしていたら無茶苦茶やられていただろうことは察しが付く。ということは、まるで不ヅキだったものの業務に出かけたのはある種ラッキーだったのかとも思えたり。

そんな感じで日中はドル円のボラティリティが高く、軽い気持ちでポジションを取るとあっという間に10ピップス以上やられて唖然。結局本日は夜までかけてほぼ微損まで戻したのだけれど、夜も更けてニューヨーク市場に入ってからじたばたして結局マイナス。まあ大した負けではないが、今日は深夜にFOMCの政策金利発表があるので基本様子見の日だからそんなにムキになることはなかったと反省。

ところで相場の合間、夕方近くに最近気になっていた玄関前の草取りをした。それはいいのだが草を捨てに裏手に行くと、ちょっと見ない間に庭の裏手が鬱蒼としたジャングルみたいになっており仰天、玄関前どころではなくなり裏手の一角の草取りをした。以前の灌木とは異なる背の高い雑草が生い茂っており半端ない。ちょっとやそっとでどうにかなる量でもない。結局トータル30分ほど草取りをして文字通り汗だくになった。しかし今年はなんでこんなに庭に雑草が生えまくるのだろうか。去年までは確かこれほどじゃなかったと思う。今年は雪が少なかったからなのだろうか。なんかもう異常繁殖と思えるくらい。

そんなわけで汗だくになって冷房をつけたりしていたのでさぞかし今日は暑かったのかと思いきや、母のところでテレビを見ると本日は30度まで届かなかったようだ。なんとなく意外。うちからちょっと離れたところでは蝉が鳴いてたりしたし。

今日は一日中ツイッターのタイムラインやテレビに昨日の相模原の犯人が送致中の車内で気色の悪い笑顔を浮かべている写真がやたらと出てきて不愉快極まりない。19人も殺しておいてカメラの前でへらへらと笑えるというのはどういう神経なのだろうか。異常者と言ってしまえばそれまでなのだろうけど。

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惨劇

7月26日、火曜日。

もう今朝何時に起きたのか覚えてなくて、手帳を見てようやく思い出す。一事が万事、この調子。

というわけで9時前に起きた。異様に夜更かしになっている最近の流れから行くと意外と言えば意外。よって朝食を摂りながら東京市場の寄り付きから見れたのだけれど、食べながら取ったポジションでもう小銭を稼ぐ。そこからが根性のないところ。どうもじっとディスプレイを眺めている自信がなく、指値だけ置いて業務に出かけてしまった。これが本日の大失敗。ネタは悪くなかったのだがまったくの不ヅキでただの一度も当たらず。で、午後帰宅してみると、その間にドル円が1円も下落していた。唖然。指値を置いたのはユーロドルなので関係なし。完全に流れに乗り遅れて、ふてくされてソファで昼寝を始めると、指値が成立する音で目が覚めた。それでもシカトして寝ていると、2つ目の指値が成立する音で目が覚め、しょうがないなあという感じで起きた。それで遅ればせながら少し取れて、夕方逆に持って行かれたときは肝を冷やしたがそこも無事通過して値動きのわりには物凄くしょぼいが本日もプラス。

それはともかく。

本日は朝から剣呑なニュースが飛び込んできた。相模原の障害者施設で19人が刺殺されたとのこと。このニュースを見て真っ先に思い出したのは、武蔵浦和で最後に住んでいたワンルームマンションである。マンションの真向かいが障害者施設だった。夜中によくそこの庭のベンチで煙草を吸ってしょぼくれていたものだ。当時の僕にはちょっとした夜の気分転換の場所だった。

ツイッターのトレンドに「津山事件」が出ていた。横溝正史の「八つ墓村」の元になった津山30人殺しだ。たぶん、今日の事件が津山事件に次ぐ犠牲者数だという意味ではないかと思った。いずれにせよ平成に入ってからはもっとも犠牲者が多い殺人事件となった。戦後というくくりでは寿産院事件という嬰児が100人以上も殺された事件がある。ただ、単独犯ということでは今回が戦後最大の大量殺人になるだろう。それも非常に短時間に行われた。事件発生から1時間後に犯人はもう出頭している。犯行自体は数十分の間に行われた。これは犯人が元施設の職員で施設を熟知していたせいだ。

テロのニュースは毎日のようにあるし、かと思うと突然今日のような大量殺人が起こったり。ロシアでは反プーチンのジャーナリストが車で爆殺されたり、南スーダンでは副大統領が所在不明で解任されたり、世の中は奇妙なことばかりが起こる。

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目からウロコ

7月25日、月曜日。

7時ごろに一度目が覚めたのだが、気がつかないうちに二度寝していて9時24分起床。微妙に東京市場の寄り付きに間に合わない時間に起きてしまったが、今日は週明けで様子見なのでさほど問題ない。そんなわけで、なんとなく午前中まんじりともしないで相場のチャートをただ眺めているのはなんだなと思い、税金を払いに行くついでに今日も業務へ。同じネタも今日は不ヅキ、それで違うネタに移動して無事結果が出る。帰り道に町役場に寄って固定資産税と健康保険税を払う。

というわけで、相場に参加したのは帰宅後の3時ごろから。前述のように今日は基本様子見なのでちびちびと。夕方までやってそれなりのお駄賃。

母のところに面会に行った後、帰宅して冷凍のハンバーグ(不味い)で夕飯、夕食後、なんとなく試合途中からJ2の札幌対岐阜の試合を見る。後半の途中から見たのだがスコアは3-0から4-0になって大勢は既に決している。すると、途中交代で久々に小野伸二の登場。小野を見るのは随分と久しぶりなのだが、J2で見るとあまりに別格のプレーに唖然とする。視野から技術から段違いなのが歴然としている。長い負傷明けとも思えない。小野(36歳)のプレーを見ていて、2列目に小野と中村俊輔(38歳)、ボランチに小笠原(37歳)と遠藤(36歳)でまだ十分に勝負になるんじゃないかと思った。なんつーか、カルチャーショックに近いものを覚えた。それぐらい小野伸二は凄かった。

試合を見終わって、夕方から成立していた指値を決済して本日の相場はひと段落。

で、ツイッターでなんとなく再生した動画に衝撃を受ける。それは寺尾聡の「ルビーの指輪」をカバーして歌っている動画だった。歌っているのは山形出身の朝倉さやという女の子。民謡出身らしい。今日まで知らなかった。楽々とこぶしを利かせて歌う。その、こぶしというよりも超高速ビブラートでピッチがまったくブレないのに驚く。

その動画がこれ↓。

これで興味を持って朝倉さやをYouTubeでいろいろ聴きまくる。デビュー曲の「東京」は聞いたことがあった。たぶん歯医者の治療中にラジオで聴いたとか、もしくは母のところでテレビを見ているときに偶然、といったところだと思う。彼女は基本的に半分は自作のオリジナル、半分は山形弁でカバーといった具合にアルバムを出しているようだ。で、最新シングルの「おかえり」を聴いてボロボロと泣いてしまった。

民謡日本一に二回なったという歌唱力だけじゃなくて、一体この不思議な感じはなんだろう? J-POPによくあるⅡ-Ⅴを使った転調も、民謡の歌い方でぐっと来る。山形弁で歌っているデビュー曲の「東京」とか、何も僕も山形県人だからというわけじゃなくて、彼女の歌には聴くものの心を直接わしづかみにするものがある。「さばの味噌煮」とかも無茶苦茶いい曲だ。

民謡の歌い方でポップスを歌うというのは何も彼女が初めてではなくて、ブルガリアン・ヴォイスとか、日本でいえば元ちとせとか夏川りみとか沖縄民謡方面ではありふれた手法といってもいい。なんで朝倉さやの歌はこんなにもぐっと来るのだろうか? そもそも僕は民謡が好きなわけでもなんでもないのである。

で、結局よく分からないのだけれども、案外と普通の理由、彼女の物凄く安定した歌唱力であるとか、歌詞の面でいえば同じ山形出身であるからというような、物凄く当たり前の理由からなのではないかと。ちなみに僕は元ちとせの「ワダツミの木」も好きです。

朝倉さやが歌う「ワダツミの木」も聴いてみたいなあ。

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哀愁のヨーロッパ

7月24日、日曜日。

という感じで朝起きたんだけど、とにかく暴力的に眠かった。確かに昨夜寝たのは3時を回っており遅かったけど、それにしても。それに、今日に至ってもまだ腰に来ていた。あまりにも眠いのでこれは家にいるとソファで撃沈すること間違いなしと思い、業務に行った。昨日と同じネタで今日は16連チャンと5連チャン。珍しくツイてる。しかしこれで14000発というのはなんともしょぼい気もする。煙草だけ交換して帰宅。

3時半ごろに母のところに面会、その帰りに美容院に寄りようやっと髪を切った。前と同じ美容師だったようで、前回と同じように「さっぱりしましたね」を連発していたところを見ると、またしても僕は余程さっぱりしていなかったっぽい。美容師の話によると髪を切るのは4ヶ月ぶりだったようで。この美容師には都合4・5回髪を切ってもらっているのだが、いまだに顔を覚えられない。というのも、目が悪いせいもあって髪を切ってもらっている間はずっと目をつむってうつむいているからである。それに、確かに最近は人の顔を覚えられなくなってるっぽい気もする。しかし、10分カットでもないのにカットしてシャンプーしてもらって2500円でお釣りが来るというのは随分と安い。なんていうか、美容師の技術としては髪を切る技術よりもシャンプーする技術に感心することしきり。

毎度のことながら、髪を切った直後というのは失敗した感がなかなか抜けない。というのも、髪を切った自分を見慣れないせいだと思う。考えてみると、これまでの人生の中で髪を切って失敗しなかったと思ったのは、ロンドンで切ったとき一度だけだ。後は全部ああ失敗しちゃったと思う。それに、髪を切ると自分がまた一段と老け込んだような気がしてしまう。実際田舎に帰ってから随分と老け込んだ気がする。人間て目元から老けるんだなと自分の顔を見て思う。目元→口元の順。

特に理由はないのだが、昔からサンタナの「哀愁のヨーロッパ」はお涙頂戴のくだらない曲だと思っていた。なんていうか、そういう先入観が刷り込まれていた。で、夕飯を作りながらその「哀愁のヨーロッパ」をワンコーラスフルで口ずさむことが出来るということに気づき、何十年振りかで改めて聴いてみると、曲も演奏も素晴らしかった。思ったよりも浪花節ではなく、もっと洗練されていた。昔リアルタイムで聴いたときよりも、今の方がそういうことに気づくなんて。特に出だしがマイナーコードじゃなくて(Ⅱm7/Vの)分数コードになってるところがいい。

夕食後に案の定またしても眠気が襲ってきて、結局ソファでしばしダウン。夜の昼寝。そんなわけだから、案外と夜が更けるのが早かった。その後はティーバーでドラマを見たりした程度、やっぱり今日も何も出来なかった感。

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敗戦

7月23日、土曜日。

今日のメインイベントはJ1の鹿島対浦和、これだけ。いつごろからだろうか、気がつくと自分の人生の目安(他に適当な言葉が見つからない)がサッカーになっている。四年前に癌を宣告されたときも、真っ先に思ったのはワールドカップまで生きられるかどうかということだった。僕の場合は基本が日本代表のファンで、特にサポーターというほど熱心に試合を見に行くわけでもないのだけれど、サッカーの「テレビ観戦」が最大の楽しみになって久しい。Jリーグに関しては、数えるほどしか試合を見に行ったことがなく、Jリーグ発足2年目のヴェルディ対エスパルスを見に行ったのが最初。そのときはたまたま勤めていたソニーレコードがJリーグの音楽担当みたいなパイプがあってチケットが入ったので見に行ったのだった。以降はオシムが監督していたときのジェフが好きで国立に鹿島戦、埼玉に浦和戦を見に行った。たったのこれだけである。代表戦を見に行ったことはない。Jリーグに関しては元々は鹿島アントラーズがなんとなく好きというところから入って、オシムのジェフに浮気して、また鹿島のファンに戻った。ジェフを応援していたときはオシムとそのサッカーが好きという明確な理由があった。当時ベストメンバーだったジェフが国立で当時の日本代表である鹿島の小笠原と本山の二人に目の前でチンチンにされたのは強烈な体験だった。鹿島が好きなのはいい選手がいるからであって、無条件に鹿島ならなんでもオッケーというほどのサポーターではなかったのだけれど、最近になってオンデマンドで契約して毎試合鹿島の試合を見るようになってだんだんマインドがサポーターみたいになってきた。つまり、鹿島の試合結果が自分の人生の浮き沈みのように思えてしまうという錯覚を覚えるようになってきた。

そんなわけで、今日の浦和戦は年間順位を考えると絶対に負けられない一戦。負けると年間順位で浦和に追いつかれてしまうし、首位の川崎に勝ち点差を広げられてしまう。まあそれは浦和にとっても同じなわけで。

というわけで始まった試合、前半は鹿島の出来が素晴らしく、浦和にほとんどサッカーをやらせなかった。前半の浦和はほぼノーチャンスな感じだった。後半に入っても両者の実力は拮抗していて、このままスコアレスで終わってもしょうがないなと思わせる試合だった。そんな中(山形出身の)土居聖真のゴールで鹿島が先制。しかし浮かれたのも束の間、2分後には柏木のクロスから李に決められて追いつかれてしまった。どうもセカンドステージになってからこんな感じで(つまりあっさりと)失点してしまう。この時点ではまだ試合の行方はまったく分からず、ただ後半になって浦和は自分たちのサッカーが出来るようになってきた。試合を決めたのはミスだった。鹿島のゴールキーパーの曽ヶ端が痛恨のファンブル、そこをまたしても李に決められて浦和に逆転を許した。試合はそのまま1-2で終了。結果、年間順位で鹿島は浦和に勝ち点で並ばれた格好。

負けたもののいい試合だったし、見ていて気が抜けない面白い試合でもあった。それに長いリーグ戦のひと試合に過ぎない。しかしながら、どうしてこんなにがっかりするのだろう? つまり、鹿島というチームを応援していると勝つのが当たり前で(だから応援していて楽しい)負けというものに慣れていないということがある。まあそういう意味では降格争いをしているチームのサポーターあたりからしてみれば贅沢極まりない悩みなのかもしれない。しかし前述のように今日の楽しみはこの試合だけだったし、今日のところの人生の中心はサッカーであったので、随分とがっかりしたのだった。だが逆に言えばもっといい試合が出来るといういことでもあり、まだ(本田がよく言う)伸びしろがあるということだとも思える。なので、切り替えて次節にまた期待。

という今日だったのだが、朝目が覚めたのは6時45分ごろ、外から何かの作業音が聞こえた(気のせいかもしれない)。ああ二度寝しなければと思いながら、このままでは7時の寺の鐘が聞こえてしまうと内心焦った。しかしながら次に目が覚めると11時11分という、どこかポッキーの日みたいな時間だった。というわけで、起きた時点で本日の午前中はほぼ終わっていた。結局昼過ぎに業務に行き、先日誕生日に一回転目で当たって8連チャンしたものを。今日はさすがに一回転目ではなかったものの9連チャンしたのだが如何せん、この機種は期待出玉が少な過ぎる。その後、母のところに面会に行き、スーパーに買い物に行って日中は終わり。

しかし今日もよく寝たものだが、起きてみてびっくりしたのは昨日の庭仕事のせいで腰と背中が痛かったこと。たかが小一時間植え込みの手入れをやっただけで翌日腰に来るとは。情けないことこの上ない。真面目な話、この調子では庭の手入れが物凄く超難題のように思えてきた……。

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ポケモン後

7月22日、金曜日。

最初に何時に目が覚めたのか忘れてしまったけれど、とにかく二度寝したつもりはなかったのだが二回ワープして結局起きたのは10時過ぎだった。布団の代わりに毛布にする作戦が功を奏して、なんとか寝ている間に裸にならずに済んだ。

ツイッターのタイムラインでは随分前から主にアメリカで話題になっていたポケモンGOが今日から日本で配信されるというので、御多分に漏れずダウンロードしてみた。いや、もう最近はというよりは随分前からゲームなんてしなくなっているんだけど、世の中についていくためにはしょうがないかなと。ログインの途中で落ちたりとなかなか上手く行かず、途中で落ちた場合は再ログインが出来なくてアプリを削除して再インストール、というのを都合3度繰り返した。で、ようやっと出来るようになったのは午後になってから。後で母のところでニュースを見ていたら、アクセスが集中して夕方以降はサーバがダウンしていたようだから、なかなか再ログイン出来なかったのはそういう都合もあったのかもしれない。

で、ともあれモンスターを探そうと玄関から外に出てみたらガレージの前でぷつんと落ちた。これは要するにiPhoneをWiFi端末としてしか使っていないために、WiFiの届かない距離になると落ちるんだと思う。夜になってふと思い出してもう一度やってみて、書斎のドアのところで初めてのモンスターをゲット。とかしてみたものの、やはりこれは表に出て探し歩かないと面白くないんだろうなと思う。ニュースでも盛んに歩きスマホをしないようにと駅とかそこかしこで言われていたようだが、このゲーム自体がそもそも歩きスマホをするためのゲームみたいなところがあるので、土台無理な話だ。

で、普通に屋外でも繋がれば僕もポケモンGOをやるかどうかというと、よく分からない。少なくともそのためにスマホを買ったりする気にはなれない。本日のところ、僕が躍起になったのはなかなか最初の設定まで到達しなかったからであり、ゲーム自体に熱中したわけではないのだ。ただこれをやることで散歩する習慣がつけばそれなりにいいかなとは思う。

とまあ、ポケモンGOのインストールにかまけていたのでなかなか相場に集中出来ず、昼過ぎから相場。例によってちまちまとスキャルピングをして小銭を積み重ねていたのだけれど、夕方に一度損切りを食らってそれでそこまでの利益のほとんどを持って行かれてしまった。その後夜にかけてまたもやちまちまと取り返してはいたものの、夜マンチェスターユナイテッドとドルトムントの試合の無料放送(オンデマンド)があったのでその時間は試合観戦、試合後にまたちまちまと、結局持って行かれた分の半分ぐらいを取り戻した程度。というわけで本日はバイトした程度のプラス。

それはそうと、今夜は窓を開けていると寒いくらいだ。涼しい。

今日は体調がよかったのかというとそうでもなく、午後相場がひと段落ついたところで、玄関先の植え込みがあまりにも伸び放題になっていてこのままでは空家と間違われるのではないかという危機感を抱いて庭仕事。植木ばさみを持って4~50分ほど植え込みの手入れをしたのだが、これだけですっかりへばってしまった。今の体力では中腰でやる仕事はきつい。汗だくになりTシャツを着替え、結局今日もまたアラームをセットしてソファでうたた寝をかます羽目に。この調子では庭の雑草取りも永遠に終わらないかもしれない。

というわけで溝口敦「食肉の帝王」読了。

溝口敦の取材力は本当に凄いと思うし目の付け所もいいのでつい読みたくなる題材がほとんどなのだが、文章が下手というわけではなくむしろ語彙は豊富なくらいなんだけれども、エンターテインメントとしてのリーダビリティという点でいつも物足りないと思う。ジャーナリストとしては溝口よりも遥かに評判の悪い佐野眞一の方が読み物としては面白いものを書くのは、徹底して興味本位であるからという俗物根性だけなのかもしれないが。溝口の方が客観性を保って書いているのだけれども、その分だけ読み物としての面白みに欠けてしまう。この手のドキュメンタリーとしてはかつての別冊宝島とか、新潮45系とか、面白いものはいくらでもあるのでちょっと残念。

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全裸

7月21日、木曜日。

朝、最初は7時半ごろに目が覚めた。すると布団をひっぺがして浴衣もはだけて、ほぼ全裸で寝ていることに気づく。布団をかけ直して二度寝。すると、次に目が覚めたのは10時半過ぎだった。で、またしてもほぼ全裸になっていた。やれやれ過ぎる。この調子だといつか風邪をひいてしまうのではないか。

今日は家に篭って地道に相場をやってた。途中、3時ごろに眠くなってアラームをセットしてソファでうとうとする。今日はドル円を終始ロング(買い)していたのだが、ちょうどポジションを持っていない夕方、米長期金利が跳ねたのにドル円が上がらないので変だなと思って様子を見ていると、突如としてドル円が暴落、一挙に2円ぐらい下落してびっくりする。一体何が起きたのかと思ったら、黒田日銀総裁の「ヘリコプターマネーは必要でもないし可能性もない」という発言の報道だった。たったこれだけ。それも後でわかったのだが6月のインタビューの話だった。いずれにしてもこれですっかり相場が変わり、以降は様子見しか出来なかった。その後1円上がるという乱高下、まあ今日は大怪我しなかっただけよしとしなければ。なんていうか、派手に上下した相場にしては自分の収支が物凄く地味だなあという感じはするけれど。

それはそうと、どうしたら寝ている間に全裸にならないで済むのだろう?

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