煮詰まる人

7月26日、日曜日。

久しぶり(といっても4日ぶりだが)に二階の自室で寝るとやっぱり安心するというか落ち着く気はする。厳密に言えば二階の自室は寝室というわけではないのだが(しかしながら寝るためにしか使っていないことも確かだ)、寝室で寝たという感じがする。慣れの問題である。目が覚めたときに目に入る風景とか。

手帳に書いた本日の予定は草取りしかない。よって午前中は玄関前の草取りをする。近ごろ時間の経過の認識がはなはだ怪しくて、例えば爪が伸びるのがやけに速い気がしたりする。それは単にそれだけの時間が過ぎたということなのだが、そこのところを正確に認識していない。玄関前と庭先の雑草の伸び具合も同様。気がつくと玄関先は草取りをしないとさすがに見苦しいぐらいになっていた。30分ほどの草取りだが汗だくになる。外は日差しが強烈に暑かった。

去年や一昨年の今ごろはどうしていたのかと思ってそのころのこの日記を読み返してみた。一番気になったのは、去年も一昨年もこんなに暑かったのだろうかということなのだが、それよりも自分の日記を読んでいて、あまりにも精神状態もやっていることもひどいのでちょっと唖然とする。例えば一昨年の夏の日記を読むと、せっかく母が精神病院から退院してきたというのになんで俺は毎日こんなことをやっているのだといまさらながら驚く。それに日記を読み返すと気になるのはやたらと長いということだ。薬漬けになって時間の感覚や記憶が怪しくなって以来、この日記は備忘録的な意味あいが非常に強く、そういう意味ではこれはいわゆるブログというものではなくてむしろ自分的には記録というべきものなのだが、それにしてもここまで時系列を追って微に入り細に入り書かなくてもいいのでは、と思った。そろそろこの日記の書き方というか、あり方そのものを考え直す時期かもしれないなと。確かにこうしてこまめに書いていればみっちりと読み返すわけではないにしろ、後で検索してあれはいつだったのかと思い出すのには便利なのだが。

大体において記録というにはあまりに精神状態や気分に左右されている。というか、自分の日記が客観性よりも主観に偏り過ぎていると思ったのだけれど、実のところは日々の自分の言動やら行動そのものがあまりにもそのときどきの精神状態や気分に左右されていることがまざまざと分かった。そういう意味では後で読み返すといかに自分が愚かな生き方をしているか分かるというものだけれど、実際問題として後から気づくようではもう遅いのである。

そんな風に反省モードに入り、午後になってメモ帳を手にドトールに行って久しぶりに小説でも書こうと思った。しかし、一向に書けない。プロットどころか何のアイディアも湧いて来ない。それ以前にやたらと延々とクラッシュアイスをかき混ぜ続ける女性客にいらいらし、左前方でタブレット端末に向かいながら貧乏ゆすりを続ける男性客が目障りでしょうがない。ただいらいらしているだけではしょうがないので、メモ帳を開いて試しに延々とクラッシュアイスをかき回す女性について書き始める。しかしながら、もうここ10年以上書きものの類はPCのキーボードでばかり行ってきたので、唖然とするほど漢字が書けなくなっている。いちいち辞書代わりにiPhoneで変換して漢字を確かめないことには二行と進まないのだった。左前方の短パンの男は相変わらず貧乏ゆすりを続け、ヘッドフォンをして身体をしきりに揺らす。いらいらが頂点に達して、とうとう僕は諦めて帰ることにした。結局、1時間ちょっといて煙草を3本吸っただけに終わる。

どうして今になってまた小説を書こうなどと思ったのか、何故書かなければならないと思うのか自分でもよく分からない。僕には小説を書く義務などそもそもない。ただ僕は何事かをやらなければならないという強い思いに駆られただけだ。それはたぶん、昼に自分の日記を読んで焦燥感に駆られたせいもあるだろう。もうちょっと何かまともなことをやらなければと思ったのである。それは別に小説を書くことに限らなくてなんでもよかったのだけれど、今日のところは思いついたのがそれだった。

帰宅後、夜になってまたトライした。今度はPCに向かって。相変わらず大まかなプロットのひとつも思い浮かばないので、これは書きながら考えるしかないと思い、頭の一行を書いた。すると、三行ほど書けた。これはこれでいいのかもしれない。このまま書き続けてもどこかで煮詰まってボツにする可能性も大だが、何もしないよりはましなのだった。少なくとも、一行も書けないよりはましだ。それに、もしかして完成させることが目的ではないのかもしれない。

結局こうしてこの日記は長くなる。

確かに今日は暑かったが、道路脇の温度計は32度、家の中にいて暑くてどうしようもないというほどではなかった。基本的に焦燥感に駆られて煮詰まってばかりという日であったせいもあって、特養にいる母とは会話がほとんど成立せず、じりじりと辛くなってくる。こうしたことが重なると、焦燥感が絶望に変わりそうになる。それでは元も子もない。

見えているつもりの出口が実は間違っているのではないかという気もして、なかなか出口が見えない。

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障子、ひぐらし

7月25日、土曜日。

今日も8時台に起きる。2日間比較的快適に眠れたと思った茶の間の布団、今朝は背中が痛いような気がした。昨夜、いつもルネスタとレンドルミンという2種類を飲んでいる睡眠薬だが、ルネスタだけ飲んで本を読んでいるとやけに眠くなったので電気を消して眠ろうとしたのだが、眠いのに何故か眠れない。結局また電気をつけて本を読み始め、レンドルミンも飲んでようやく眠れた。どうも2種類睡眠薬を飲むのが習慣になってしまっているようだ。ちょっと危機感を覚える。このままではルネスタとレンドルミンの両方を飲まないと眠れなくなってしまうのではないかと。

今日は暑さがまた戻ってきた。先日の雷雨でずぶ濡れになった部屋もほとんど乾いてきた。一番濡れ方が酷かった二階の自室の方が先に乾き、掃除機をかけてからホームセンターに行って糊とはけを買ってきて午前中は破れた二階の障子貼りに挑戦(障子紙は納戸にあった)。しかしこれが物凄く難しい。どうやってもピンと貼れないし、和紙というのはカッターで上手く綺麗に切れない。で、なんとかかんとか恰好をつけたものの、昔の人は一体どうやって綺麗にピンと張るように貼れたのだろうと考えるに、道楽をして剥がれた3分の2だけを貼ったのでかえって難しくなってしまったのだった。全部剥がして四方が余るように丸々一枚全部貼るようにすればもっと楽にピンと貼れたのだなと気づく。まあそれ以前にはがし剤を使って綺麗に全部剥がさなければならなかったようで、そもそもそれを端折ったのが間違いだったようだ。まあ見た目はともかく、日差しを遮るという役割だけは果たす。これで一応二階の自室はまた寝れるようになった。問題は二階がやたらと暑いことだが。

一階の書斎の絨毯と両親の部屋の畳もほとんど乾いたのだが、両親の部屋に置きっ放しになっている父が使っていたベッドの布団だけではなく、中のマットレスまで濡れていたことに今日になって気づき、シーツやらなにやらを物干し竿に干して、マットレスも立てかけて干す。

買い物に出たら日中の外はやたらと暑く、家の中の方がまだましだった。前述のようにあれこれ修繕やら掃除やら家事の類をやっているうちに午後になり、今日は夜にJリーグの試合もあることだし、4時前に母のところに顔を出した。暑いのでよっぽどその足でドトールにでも涼みに行こうと思ったのだが面倒になり断念、だらだらしているうちに夕方になりそのままJリーグの鹿島対東京の試合をネット観戦。

夜になって外は気温が下がったっぽく、開け放した台所の窓からときおり涼しげな風がほんのちょっとだけ入ってきたりもするのだが、何故か顔が火照って頭がのぼせるような感じがする。台所から書斎に移動すると涼しかったので、どうやら台所が暑かったのか。シャワーを浴びる前にサンダルをつっかけて外を少しだけ歩いてみたが、それほど涼しい感じはしなかった。昨日の日記にも書いたように、近頃は暑さにめっきり弱いし冷房にも弱い。明日はまた猛暑になるという予報だし、果たしてこの夏をどうやり過ごしたらいいものか悩む。

そういえば、夕方ひぐらしが鳴いていた。

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冷房病

7月24日、金曜日。

昨夜は1時過ぎには寝て、今朝は例によって何度寝かして8時過ぎに起きたのだが、何故か十分に睡眠を取ったという気はしなかった。実際問題として、一体何時間眠れば自分にとって適切なのかいまだに一向にわからない。何時間寝たかというよりもむしろ、途中で何度か目が覚めてしまうというところに問題があるのかもしれない。今朝は何かの事情で交通機関がマヒしてタクシーも拾えない大混雑の夜の六本木を、同級生のジョンとさまようという夢を見た。途中でジョンにはぐれてしまい(どうやら彼はなんとかして先に帰ってしまったらしい)、延々と道をさまよい歩く、というところで目が覚めた。本当に迷う夢をよく見る。

今日も雨が降ったり止んだりで基本的には涼しいのだがなにしろ湿気が多い。朝食後相場のチャートを見たのだが、これはしばらく動かないと思い、久しぶりに業務に行ってみた。平日の朝方10時前に行ったわりにはいつもより客が多いなと思ったらどうも新装開店らしかった。さほど暑い日でもないのに冷房ががんがんに効いていて30分もいると寒くなってきて、こういうときのために持ってきたシャツを羽織ったのだが、それでも1時半ごろにヤメるころには身体がすっかり冷え切っていた。帰りがけにラーメン屋に寄って暖かい中華そばの昼食を摂る。ラーメン屋を出ると大粒の雨が降ってきた。

帰宅後、ちょっとすると眠気がやってきた。結局眠気に負ける。延々と眠気を我慢するのもどうかなと思ったのだ。書斎のソファでタオルケットを被る。ようやくうとうとしかけたところで雨が土砂降りになり、窓を閉めてまた寝直す。起きると4時過ぎ、ところが昼寝をしたというのに頭痛。なんか理不尽な気がしないでもないが。気分も悪いので、業務中に冷房で身体が冷えて風邪でもひいたのかと思った。どっちにしても冷房にやられたっぽい。いずれにしても昼寝をしてかえって具合が悪くなったので、気分が悪いからといって寝るわけにもいかず。頭痛薬のアドヴィルと珈琲を飲みながら相場をやっていると、ようやくそのうち頭痛と気分の悪さは治まった。やはりこういうときは起きて身体を動かしていた方がいいようだ。相場は1時間ちょっとで日当を叩く。

しかしそれにしても暑ければ暑いで夏バテするし、冷房には負けるというのではどうにもならない。こうなると病弱な上に虚弱体質っぽい。一時は今日は母のところに行くのは無理かというぐらいに頭が重くて気分が悪かったのだが、なんとか持ち直したので6時半過ぎに母のところへ。そこで新聞のちらしを見ていると、今日は土用の丑の日だというのでスーパーはうなぎのオンパレード。しかしどれもびっくりするほど高い。考えてみればもう何年もうなぎを食べていないので、夜になったら多少安くなるかもしれないと思って、特養の帰りがけにスーパーに寄ってみると売り切れだった。みんないくら高くても買うのだなと妙に感心。そもそも土用の丑の日のうなぎというのは平賀源内が提唱したただのプロモーションであって、バレンタインデーのチョコレートみたいなものなのだが。

帰宅後、そういえば先日買ったさんまの蒲焼の缶詰があるのでうなぎの代わりにそれで夕飯にしようと思ったのだが、冷蔵庫を覗くと納豆が今日が賞味期限、そんなわけで僕の土用の丑の日は納豆に冷奴、目玉焼きと相成った。まるで旅館の朝食みたいだが。

夜は週末なので相場のポジションは取らず、久しぶりにギターをちょろちょろ弾いたり、ウィキペディアで気になることを調べているうちに過ぎる。書斎に置いていたギター、湿気のせいかチューニングが不安定。

二階の自室の畳はなんとかほとんど乾いてきたのだが、一階の両親の部屋の畳と書斎の窓際のじゅうたんはまだ乾かない。二階の自室で寝ようと思えば寝れないこともないが、なにせ障子が一枚すっかりはがれてしまったので、張り直さないと日が差したら目が覚めてしまうだろう。今夜も茶の間に寝ることにする。明日辺り、二階に掃除機をかけて、障子の張り替えに挑戦せねばならないだろう。まあまた暑くなると二階はただでさえ夜になっても蒸し暑いから、真夏の間は冷房のある茶の間で寝るという手はあるのだけれど。

そういえば昨日の日記に書くのを忘れていたが、昨日の午後に元妻から電話があって自己破産することにしたということ。先日の日記に書いたように悪徳商法に引っかかった彼女だが、そもそも猫カフェの経営が上手く行かず多重債務に陥っていたそうで、僕が勧めた法テラスに相談して自己破産することにしたそうだ。破産を決めて感謝されるというのも妙な気分だが、これで彼女も安心して眠れるだろう。

今日の収穫は、いまさら何をという感じだが希望があれば優しくなれるということ。昼寝してかえって具合が悪くなった頃合はすっかり暗鬱な気分になっていたのだが、その後ツイッターで65歳にして退職金の2000万を株で20億にしたという人の話を耳にし、なんていうか、1億ぐらいならなんとかなるんじゃないかと。安直な発想だけれど、そういう風に考えると少し希望が見えてくるというか気が楽になる。つくづく人間て気分で生きてると思う。

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涼気

7月23日、木曜日。

昨夜は結局水浸しになった各部屋の窓を開けたまま、2時ごろ就寝。ところが案の定というか、5時過ぎに雨の音で目が覚めた。横殴りではないが土砂降り、各部屋の窓を閉めて回ってから二度寝、9時前に起床。だが眠い。結局午前中はまたしても昼寝。なんていうか、眠くないので2時ごろまで起きているのだが、こうしてみるともうちょっと早く寝ないとダメなようだ。

雨は断続的に強くなりながら午後まで降り続いた。午後には雨が上がったものの、日がな窓を開けていても水浸しになった部屋の畳やじゅうたんは一向に乾かない。やはり晴れてくれないとダメそうだし、ずぶ濡れなのでちょっとやそっとで乾きそうにもない。びしょびしょに濡れたシーツ代わりのマルチカバーと肌布団を洗濯して、マルチカバーは軒下の物干し竿に、肌布団は台所の椅子を並べて干した。何しろ天気が悪いので布団は干しようがない。今日は一日涼しくて、夜は窓を開けていると肌寒く感じるほど。昨夜は今ごろ滝のような汗をかいていたのだからまったく極端だ。毎日今日ぐらいの気温だったら過ごしやすいのだが。

午後から夜にかけては相場。夕方動いたタイミングでポジションを取ったのだが逆目、またしても売り上がって含み損を抱える羽目に。なかなか戻ってくれず夜まで気が気ではなかった。結果的に夜の指標が順当に強めに出たことで助かりそれなりにプラスに転じて利食いは出来たものの、なんか指標の結果でイチかバチかみたいになってしまったところは反省しなければならない。本来ならばイベントリスクを避けてその前にポジションを閉じたいところだったのだが。

今日は網が吹き飛ばされてしまった網戸の枠をホームセンターに持って行って張り替えてもらったり、サイズを間違えてしまったアマゾンで買ったノートを返品したり、デスクトップの方でhuluの動画がどうしてもクラッシュしてしまうので問い合わせたり、何かと細々とした所用が。

今日の母は比較的落ち着いていたものの、不意に「家に帰るときにはどういうものを着ればいい?」というような突拍子もないことを口にしたりする。昨日雷による豪雨で大変な目に遭ったことを話したせいもあって、今日も帰りがけに僕のことを心配していた。

午後に東アジアカップに向けた日本代表のメンバー発表があり、相場のチャートを気にしながらではあるがリアルタイムでYouTubeの中継で見た。当然ながら全員国内組の23人、意外な選手もいるが大方は想定内の順当なメンバー、気がつくともう来週末には大会が始まるので楽しみだ。

そんなわけで今日も茶の間で寝る。普段万年床なのに二日続けて布団の上げ下げをしなければならないとはなんとも。それにしてもいつになったら部屋は乾いてくれるのだろう。予報では明後日まで雨だが……。

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雷と大惨事

7月22日、水曜日。

何かと驚くべき日だった。

昨夜寝たのは3時過ぎ、結局相場のポジションは含み損を抱えたまま目をつぶって今日まで持ち越した。何度寝かしてなんとか9時半過ぎに起床。朝から一日中相場のチャートと日がな睨めっこして夜まで過ごす。

今日はとにかく暴力的に暑かった。あんまり暑いので家中の窓という窓を開け放っていたのだが、それでも台所の室温は36度に達した。無茶苦茶暑い。あんまり暑いのでさすがに午後3時ぐらいから冷房のある茶の間に避難。結局夕方母のところに行くぎりぎりまで相場のチャートを睨んでいたが、状況は一向に好転しなかった。さすがに疲れ果て、もうどこで損切りしようかと考える。

6時半ごろになって母のところに向かうと、遠くで雷が鳴ってるなと思った。特養に着くとなんだかふらふらして気分が悪い。相場のポジションも放置したままだし、今日はあまり長くいれないなと思った。母を部屋に連れていってベッドに寝かせるころには、雷の音が凄くなっていた。鉄筋の特養の建物の中でも十分に聞こえるほど凄い。30分ほどいて僕が帰ろうとすると母が雷のことを盛んに心配した。どうやら雨が降り出したようで、廊下を歩いていると雨の音も聞こえる。玄関で靴を履いていると、当直の人が「風が凄いから今出るのは無理」と僕に声をかけてきた。「風?」と思ったがそのまま玄関から外に出ると、叩きつけるような横殴りの土砂降りの雨が降っていた。外は雷鳴が轟き、稲光が走る。物凄い雨だった。

帰宅して、相場のチャートを見るとちょっとマシになっていて、ようやく損切り出来そうかなと思った。すると、落雷の音が轟き、同時に電気が消えた。

停電だと思ったのだが、台所の窓から外を見ると近所の家は明かりがついている。それで懐中電灯を持ってブレーカーを見に行くと、案の定落ちていた。ブレーカーを戻し電気が回復すると、窓を開けっ放しにしていた書斎の床がびしょ濡れになっていることに気づく。驚いて窓を閉める。それから同じく窓を開けっ放しにしていた両親の寝室を見に行くと、こちらもびしょ濡れ、ベッドの上の布団までずぶ濡れになっていた。これはそうとう猛烈な雨が降ったのだなと思い、台所に戻る。何故か窓を開けていた台所は大丈夫で、どうやら南側から雨は吹きつけたらしい。

とそこで、二階の窓も開けっ放しにしていたことに気づいた。何しろ日中、二階は温室みたいに猛烈な暑さになっていたので。慌てて二階を見に行くと、大変なことになっていた。風の通りをよくするために廊下の窓と自室の窓の両方を開けていたのだが、布団から何から部屋中水浸し、窓際の植木鉢はひっくり返って散乱している。おまけに驚いたことに廊下の窓の網戸が吹き飛ばされていた。そこでようやく、特養の当直の人が言っていた「風」とはこれだったのかと気づく。物凄い突風が吹いたようだ。とにかくひっくり返った植木鉢を外に出し、土やら石やらが散らばったのを箒で掃く。しかし何せそこら中がずぶ濡れ、どうしようもない。これでは二階の自室は夜寝るどころか当分使い物にならない。それに、マットレスから敷布団から掛布団から肌布団まで、すべてずぶ濡れである。ひとまずびしょびしょに濡れたシーツ代わりのマルチカバーと肌布団を洗濯機に放り込む。網戸が吹き飛んでしまった枠を外して台所に持って行く。代わりの網も足りないし張る道具も見つからないので明日ホームセンターにでも持って行くしかなさそうだ。

一旦台所に戻って呆然としそうになるが、とにかく夕飯の支度をする。サバ缶の簡単な夕飯を食べながら、まったく踏んだり蹴ったりだなと思う。実家に戻って以来、台風でもこんなことになったことがない。すべては窓を開けていたのが敗因だった。雷恐るべし。見ると、相場がようやく奇跡的に好転していた。二日がかりでなんとか申し訳程度のプラスに。

猛烈な雨もいつの間にかぱたりと止んだ。一雨降って涼しくなりそうなものだが(実際外の気温は下がったようだった)、台所はかえって蒸した。はたと気づいてまた二階に上がって、ずぶ濡れになったマットレスと敷布団を廊下に並べ、同じく濡れた掛布団と肌布団を無事だった弟の部屋に並べて広げた。風呂から上がると滝のような汗をかく。台所で風呂上がりの一服をしようとするとまた電気が消えた。今度は本当の停電だった。ほんの1分程度で回復したからいいようなものの。考えてみれば、書斎のずぶ濡れになった窓際近くに置いていたルータと無線LANの親機も水を被ったようだが、無事だったので助かった。もしダメになっていたら相場も決済できないわけで大変なことになるところだった。不幸中の幸いというべきか。

書斎と両親の寝室、二階の自室の3部屋が水浸しになったわけだが、こういうときは普段一人暮らしには無駄に広い6LDKの家が役に立って、幸い寝る場所はある。今夜のところは冷房のある茶の間に布団を敷いて寝ることにする。しかし、水浸しになった3部屋を乾かしたいのだが予報では明日から3日間雨、今夜一晩窓を開けておきたいところだが窓を開けていたがためにずぶ濡れになってしまったのでどうにも怖くて。まさかまた横殴りの猛烈な雨が降るとは思えないが。しかしさすがに気が進まない。3日間雨では濡れてしまった寝具を干すことも出来ない。二階の窓の障子も濡れて台無しになってしまったので張り替えなくてはならない。踏んだり蹴ったりというか散々である。地震雷というが、まったくもって雷は侮れない。というか、窓を開けっ放しにして出かけるからこういうことになるのだな……。

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一回休み

7月21日、火曜日。

とにかくクソ暑かった。今日は只今相場でテンパっているので、日記はお休み。

メモっておくと、8時半起床も眠くて午前中1時間ちょっと昼寝。午後ゴミ処理場にゴミを出しドトール。夕方以降相場。こんな感じ。

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Birthday on TV

7月20日、月曜日。

それなりに8時台に起きる。56歳の誕生日の本日は、午後母が一時帰宅して弟も仙台からやってきたこともあり、なんとか昼寝はせずに済んだ。なんていうか、昼寝をしなかっということが特筆すべきことになっているのが情けない。

午前中から昼過ぎにかけては雨が降ったり止んだり、思いの外涼しかった。弟は昼前にやってきて、昼食にラーメン屋で冷やし中華をおごってくれた。前回量が少なく感じたので今日は大盛りを頼んだら、量が倍ぐらいあって食べ切れなかった。失敗したっぽい。

予定は2時からだったのだが、特養に電話してちょっと早めてもらい、1時半に弟と母を迎えに行った。ちょうど雨が上がった頃合。帰宅した母を縁側の籐椅子に座らせたが、窓を開けていると涼しくて冷房を入れずに済んだ。昨日は調子の悪かった母だが、眼鏡をかけさせると気のせいか落ち着いた表情に見える。実際、今日は繰り言をするわけでもなく、比較的落ち着いていたと思う。確かに記憶は怪しいのだけれど。

弟に母を任せて台所で煙草を一服しているときに時計を見るとちょうど指標のタイミングで、ツイッターで指標の結果を見てつい相場のポジションを取ってしまった。今日は様子見にする予定であったし、まだ母も弟もいる間にどうしてポジってしまったのか。これで引っ込みがつかなくなってしまった。

4時ごろに弟と母を特養に連れていき、弟は僕を自宅まで送るとその足で仙台に帰っていった。先ほどつい出来心で取ってしまったポジションは裏目に出て、なし崩しにポジションを積み上げてしまい、そのうちひとつストップを食らった。そもそもポジションを取ったこと自体が予定外のことなので一時は頭を抱えたが、幸いにして夕方から反転して行って来いになり、トータルでプラスに転じたところで手仕舞い。やれやれというところ。

母を自宅に連れてきたころは涼しかったのに、その後青空が見え始め夕方近くなって蒸し暑くなってきた。夕飯は弟が持ってきてくれた弟の奥さんが作った「だし」(キュウリ、ナス、ミョウガなどの生野菜を細かく切ったもの。醤油をかけて食べる)を久しぶりに食べた。夕飯を食べながらなんとなくブラタモリをちらちらと見ていたのだが、そのままさらになんとなく月9のドラマ「恋仲」を見てしまった。どうやら今日から始まったドラマっぽい。ドラマをリアルタイムで見るなんて何年ぶりだろうか。「JIN -仁ー」以来だ。普段とにかくテレビを見ないので若い役者を全然知らない。このいかにも典型的でベタな青春恋愛ドラマを美男美女の若者たちが演じているのは、今日で56歳になったおっさんにはまったくもって他人事であり、見ていてどこか妙にこっぱずかしいものがある。で、なし崩しにそのままスマスマまで見てしまった。というわけで2夜連続して又吉を見る羽目になったのだが、久しぶりにビストロスマップなんてものを見る気になったのは、又吉と一緒に湊かなえと西加奈子という作家連中が出ていたからである。もっとも、この中で読んだことがあるのは湊かなえの「告白」だけなのだが。で、見るとそれなりに面白かった。

こうして誕生日の今日、夜になってようやくというか、人並みにテレビを見たのであった。考えてみればうつ病が酷くなった10年ぐらい前から、サッカーの試合以外のテレビはほとんど見なくなっていて、一時期はテレビを見ること自体がストレスになっていた。そんなわけで世の中についていけなくなった。最近のドラマで主役を演じるような若手の役者は名前は聞いたことがかろうじてあっても、顔を見ても誰だか分からない。大体に於いて又吉にしても、顔と名前は知っていたけれど昨日まで本業の漫才をやるところを見たことがなかった。常日頃、ツイッターのタイムラインを追いかけることでなんとか世の中についていこうとはしているのだけれど、それだけではやはり限界がある。今日のように毎日人並みにテレビを見ていれば、それなりに世の中にはついていけて、これ以上浮世離れをせずに済むのだろう。とはいうものの、夜の9時半ともなれば相場の重要指標の出るタイミング、人様のように朝から真っ当に働いているわけではないので毎晩のんびりテレビを見ているわけにもいかず。だが今日のところは、見ようと思えば人並みにテレビを見ることが出来るということが分かっただけでも収穫。

それはそうと、夜になって昨日昼寝から目が覚めるときに痛んだ右膝がまた酷く痛くなって参る。よく原因が分からないが、こういうところは56歳というか、年寄りくさい。

そんな感じの誕生日ではあったが、人間ある程度の年齢に達すると(例えば40歳を過ぎたりすると)誕生日なんかちっともめでたくないと思い始めるのだが、この歳になってみるとやはり誕生日というのはめでたいのではないかと思えてくる。つまり、ここまで生き延びたという意味で。それに実際のところ、55歳も56歳も大して変わりはないのだった。

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55 to 56

7月19日、日曜日→ 7月20日、月曜日。

久々に会社に顔を出してみると、自分の居場所がなかった。僕の机には大学卒業後最初に勤めた業界誌の当時の編集長が座っていた。どうも会社の空気がおかしい。妙によそよそしい。もはやこの会社が僕を必要としていないのは明らかだった。皆が僕を白々しい目で見る。誰が何を言うわけでもないのだが、そこには僕という人間はお払い箱であるという会社の企図が満ちていた。会社からの帰り道、レコード会社時代の同僚である同い年のKらしき人物と一緒に僕は歩いていた。Kは本来なら事故で不自由になった左足を引き摺って歩くのだが、何故か普通に歩いていた。そもそも今僕が後にした会社はレコード会社ではなく、僕が最後に勤めた着メロ制作の会社であったはずなのだが。僕とKは黙って歩道を歩いた。Kはなにやら大きな箱のようなバッグを抱えており、その中には猫がいた。子猫だった。

……というような夢を見て起きた。いつものことながら、浴衣の前がはだけて、おまけに布団まで剥がして全裸同様だった。それでもなんか暑い気がした。外は天気がよく、今日は暑くなると思った。

朝食後、今日は久しぶりに小説を書こうと思っていた。ところが、頭が金縛りにでもあったように回らない。まったく、何も出来る気がしない。机に向かおうと考えただけで煮詰まってしまう。前述のように暑くなると思ったこともあり、ここまで煮詰まってしまうとどうにもならないので業務に涼みに行くことにした。とにかく午前中の煮詰まりだけでもやり過ごそうと思ったのだった。1時過ぎに帰宅すると、冷房で身体はすっかり冷え切っていた。それに、台所の窓を開けているとどうも思ったほど暑くはないということが分かった。卵かけご飯の昼食を摂るが、小説を書くどころか何か出来る気が一向にしなかった。そんな風に煮詰まっていると、2時過ぎに眠気がやってきた。どうしてこう毎日眠くなるのか。あまりにも眠気が酷いので諦めて書斎のソファで横になった。何やら夢を見たのだが、それよりも目が覚めるとソファの肘掛けに乗っけていた右足の膝がやけに痛くて、そのせいで夢の中身はすっかり忘れてしまった。時計を見ると一時間経過していた。

このところの習いで昼寝をすると調子が悪くなる。台所に戻ると手に力が入らずだるいような感覚があり、気分が悪くなりそうだった。そんなわけで今日も日中はまったく使い物にならなかった。ワードを立ち上げただけで、小説はただの一文字も書けなかった。夕方になっても気分の悪さは治まらずただの具合の悪い人と化していたが、明日は母が一時帰宅するし弟も仙台から来るというので、一念発起して近所の洋菓子屋に茶菓子を買いに歩いていった。一旦帰宅後に思い直して今度は車でスーパーに買い物に。あまりにも気分が悪いのでそういう風に無理やり身体を動かすしかなかった。

6時半ごろに歩いて母のところに行く。

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今日の母は昨日までと一変して記憶やらなにやらが覚束なくなっていた。同じことを何度も繰り返していう。明日が僕の誕生日だというと、何月何日か、何度教えてもどうしても覚えられない。そもそも今が何月かもよく分かっていないようだ。どうにも、一夜明けてすっかり呆けてしまったようにも見える。一日でそんな急に呆けるとは考えられないので、これも統合失調症による認知機能のムラだとは思うのだが。

母のところから帰宅後の夜はJリーグの試合とダイジェストを見て、huluでちょっと映画を見て、芥川賞を取ったばかりの又吉の情熱大陸を見た。そして、時計が0時を回って日付が変わり、僕は56歳になった。

かように、気がつくと僕の55歳の最後の日は何一つ出来ないままに終わっていた。

今日は天気がよかったわりには暑くなかった。夕方以降はむしろ涼しかった。それで、母の一時帰宅を明日(つまり今日だ)にしたのは僕の誕生日でもあるけれど天気予報で雨が降りそうになかったからなのだが、今日の天気予報によると明日は雨。本来なら今日が雨のはずだったのだが。

そういえば夜になって今日も頭痛がしてアドヴィルを飲んだ。最近は2日に一度ぐらいは頭痛薬飲んでる気がする。

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臥せる人

7月18日、土曜日。

8時半前に起きたのだが、朝食後眠気でぐらぐらでどうしようもない。7時間近くは寝ているはずなので一体どういうわけなのか。台所でヤンキースの田中の登板試合を見ていたのだがマー君にかつての切れはなく、それよりなによりどにかく眠くてぐおんぐおんしてどうにもならないので10時過ぎにソファでタオルケットを被って寝た。女子サッカーと相場のチャートのロウソク足が被るというよく分からない夢を見て、目が覚めるともう昼を過ぎていた。かくして午前中は消滅。2時間ばかり昼寝したのでさすがに眠気はとれたのだが、どうにも調子が悪い。なぜか手に力が入らないし食欲がまったくない。放っておくとまた横になりたいと思ってしまう。これではまさに病に臥せっている人同様ではないかと思い焦る。何か食べなくてはと冷凍のピラフをレンジで温めて昼食。これで若干ましになった。しかしながらこれではいかにも病弱過ぎるのではと思う。確かに体力もないがまるでただの具合が悪い人のようである。寝たきりになりそうというのは大袈裟だが、いかにも病気療養中、もっといえば自宅入院状態のような気がしてしまう。

今日は予報では暑くなるはずだったのではないかと思ったが、窓を開けていると日中から案外と涼しかった。huluで相米慎二監督「魚影の群れ」を見始めたのだが、どうも家にいるとまた寝込んでしまいそうな危機感を覚えて、久しぶりに車で20分かけてドトールに行った。そろそろガソリンを入れるついでもあったし。

路傍の気温計は24度とか25度、どうりで涼しいはずだ。冷房の効いたドトールはむしろ寒いくらいだった。カフェ・ラ・テを飲みながらしばらく本を読んで、それから中座して隣接する本屋を見て回った。読んでみたい本はやたらとあり、正直これでは人生がいくらあっても足りないなと思う。何か買って帰ろうと思ったがそうすると買いたい本はあまりにあり過ぎて迷う。それにハードカバーは高い。読んでみないと面白いかどうか分からない本に上下巻合わせて4000円も出すのはさすがに勇気がいる。目をつむって欲しい本を片っ端から買ったら一体いくらになるのだろうと思ったが計算するのはやめる。そんな中でどうにも読みたくなった佐藤正午「鳩の撃退法」上下巻をええい買ってしまおうと手に取ったのだが、下巻の背がほんのちょっと汚れているのが目に止まり思い留まった。いずれアマゾンででも注文しようかと頭に留めておく。いずれにせよ、まだ読んでない本は自宅に山のようにあるし、書斎の壁を埋める父の書棚の本(古典がほとんどだが)すらほとんど読んでいないのである。

夕方近く、ドトールの帰り道は雨が落ちてきた。途中スタンドに寄ってガソリンを入れて帰宅。

まあ日中から24度だの25度だのだから当たり前なのだが、夕方以降は窓を開けていると肌寒いくらいに涼しくなる。総じて今日は過ごしやすい、ちょうどいいくらいの気温だった。例によって6時半ごろに母のところに行き、帰宅後に夕飯。夜は「魚影の群れ」の続きを最後まで見る。この映画、これまで何度かトライしていたのだがそのたびに津軽弁の台詞がよく分からないという理由で挫けていたのだが、ようやく最後まで見れた。同じ東北でもよく分からないくらいだから、一般の人が見ると台詞の半分ぐらいわかんないんじゃないかと思う。大方の相米映画と同じく、よく出来ているのだが大傑作というほどでもない。しかしながら、生きたマグロを釣る場面とか、一体どうやって撮影したのかと感心。相米慎二は長回しが有名だが、確かに撮影はとてもよく出来ている。個人的に一番好きな相米の映画は「光る女」。

それにしても、昼寝してしまう癖(いや、癖ではないのかもしれないが)、なんとかならないものだろうか。確かに丸一日眠気につきまとわれて茫洋と過ごすよりはましなのかもしれないが、いくらなんでも2時間は寝過ぎだと思う。まったくもって、現在の自分に適切な睡眠時間というものが分からなくなった。

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I am not Sam

7月17日、金曜日。

やっぱり朝方肌布団だけでは寒くて目が覚めて、羽毛布団をかけて二度寝。日中は暑かったが夕方以降外気温はそれなりに下がったのだけれど、あまり風がなくて湿度が高く、台所は蒸した。夕方までは相場。どうにも落ち着かない相場に振り回されながらもなんとかついていったのだが、最低限といったところ。週末だからあまり無理しなかった。

早めに夕食を済ませて特養に行き、次の月曜日に母の一時帰宅を申し込んだ。月曜日、つまり20日は三連休の最後でもあるが、僕の誕生日でもある。それに天気予報では雨が降りそうにない。ただし、暑くなりそうだけれど。母は相変わらず落ち着いていて、表情や顔つきだけ見る限りではすっかりまともに見える。ただ、話をすると何かと覚束ない。

夜、huluでジェシー・ネルソン監督の「アイ・アム・サム」を見ていると携帯が鳴った。僕の携帯は本当に滅多に鳴らないのでちょっとびっくりする。久々に弟からだった。明後日母のところに来るかもしれないということだった。月曜日に一時帰宅させると告げると、天気によって考えるとのこと。弟は何も用件がないと電話してこない。恐らく、世の中のほとんどの人がそうなのだろう。日中は仕事で人と散々話しているし、帰れば家族がいる。僕のようにひとりぼっちで暮らして、別に用件はないけれど誰かと話したいからということで電話する人間はたぶんあまりいないのだ。

「アイ・アム・サム」、なかなかいい映画だったけれど、正直こういった知的障害のある人を主役にした映画はどちらかというと苦手。見終わったあとでシャワーを浴びながらふと考えると、7歳の知能しか持たない人間がどうしてアパートに住んでいられるのか、それに引っ越しまでできるのか、外出恐怖症の女性は一体どうやって生活しているのかなどと整合性というか、疑問点はある。僕の性格からして、小説を読んでもそういった整合性とかリアリティに拘る傾向があるのだけれど、ドキュメンタリーやノンフィクションでもない限り映画は所詮おとぎ話、あら捜しをしてはいけないのだなと思う。ディテイルのリアリティばかり追求するのはどうにも窮屈だ。大体において、人生だって似たようなものじゃないかと。

今日は昼寝せずに済んだがその分煙草が増える。夜母のところから帰宅後に頭痛、アドヴィルを飲む。それはそうと、安倍が新国立競技場の建設案を白紙に戻したのにはちょっと驚いた。よほど支持率の低下を気にしているのだろうが。

忘れるところだった。今日は千葉の詩人であり博物学者でもあるtakちゃんが入籍したとの知らせ。誰かが幸せになるのは嬉しい。彼とはネットで知り合ってもう10年以上になるけれど、不思議なことに一度も会ったことがない。

結局のところ、日々毎日世の中は紆余曲折に満ちている。何もないと思う日は、ただ自分がそれに気づいてないだけなのだなと。

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