二の腕

7月6日、月曜日。

アラームをかけておいたけれど7時の寺の鐘で目が覚めた。さすがに眠かった。

女子W杯決勝、日本×アメリカ、2-5。この試合に関しては今日一日散々語りつくされているだろうから、スコア以上に語ることはあまりない。もちろん、最初の16分で4点をボコボコに取られたのはさすがに驚いた。ロイドのハットトリックというのも。しかしながら見ている僕ら以上にやっている選手たちの方がショックだったろうし、正直このペースではどれだけ差がつくのだろうと思って見ていたのだけれど、2点を返したのは立派だったというしかない。2点目を取ったとき、もしかしたら追いつけるかもとちょっと頭をよぎったし。結果的にはロイドの得点分だけの点差で負けたことになり、どうにもロイド一人にやられた感がなきにしもあらず。最初立て続けにセットプレーから得点を決められたときにはセットプレーに対する守備が甘過ぎると思ったが、夜になってリプレーを見てみると、1点目はロイドがペナルティエリアの外から猛烈な勢いで走り込んでピンポイントで合わせており、これはアメリカの攻撃が見事だったとしか言いようがない。結局のところ、事前にも思っていたがアメリカの方が力が上だったということだ。凡庸な感想ではあるけれど、なんにせよW杯で準優勝、2大会続けて(五輪も入れると3大会続けて)決勝進出というのは凄いということに尽きる。たとえ組み合わせに恵まれたとしても。W杯での成績が6勝1敗なのだから。次の五輪も決勝という声が多いけれど、こうしてみると今のなでしこはまだまだ足りないところが多いと思う。どう毎試合安定した試合ができるか、どう世代交代するか。

眠気はハーフタイムに一度ピークに達した。試合後はしばし呆然として眠気は一旦治まったかに見えたのだが、そのうち力が抜けてくるとまた眠くなってきた。書斎のソファで毛布を被ると、2時間近く寝て夢を見た。夢には弟と母がでてきた。夢の中に出てくる弟はいつも若い。ということは自分も若いという夢なのかと思うと、母は現在の母のようである。このところの習いで、夢の中でもこれは夢なのだと認識している。

昼寝から目が覚めると1時を過ぎていて、何やら暑かった。その後は相場と格闘する。で、途中からペースを掴めなくなり、いわゆる状態に突入してしまった。そうなると判断がつかなくなる。気がつくとただ右往左往して振り回されていらぬ損切りを繰り返すという悪循環に陥る。6時を回ったころにようやくポジションを一旦手仕舞いし、頭を冷やすために歩いて母のところに行く。母はいろんな意味で何かと覚束なくなっている。なぜかやたらと腹が減った。帰り道、とぼとぼ歩いていると雨粒がぽつりと落ちてきた。

帰宅後、あまりにも腹が減ったのでレトルトのカレーで慌ただしく夕飯を済ませる。その後、気を取り直して相場。しかしやはり今日はよくわからなかった。ギリシャ問題のせいでそれはあらかじめ予想されたことだった。今日は様子を見るべきだったようだ。

それはそうと、今日は朝から左の二の腕が冷えてしんしんと痛むような気がして一日中気になった。昼寝から目が覚めて身体は暑いと思っても二の腕だけは冷えたまま。結局これを書いている今に至るまで左の二の腕の冷えは治まらず。それと、昨日から酷い肩凝りも取れない。真面目な話、腕だけが冷えているので気味が悪いし始末が悪い。一体これは何事かと思う。たぶん昔でいうところの自律神経失調症のようなもの、自律神経の異常ではないかという気がするのだけれど。身体は暑いのだから寝るときは腕を布団の外に出して寝るのでどうしようもない。

今日はストレスで煙草ばかりが増えた。

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更新報告

7月5日、日曜日。

実に久々にfragmentsに駄文を更新(「電話病」)。電話に関する考察をちょっとしてみようと思って書き始めたのだが、日記以外の文章を書くのはあまりに久しぶりで文章力もまとめる力も落ちていてだらだらと長くなり、気がつくと余計なことまで吐露する告白みたいになってしまった。これを読まれると多分に引かれるだろうなとは思うものの。

今日はさすがに業務に行くのを控えた。このところ業務から帰ると(というか業務に行くと)かえって精神的に不安定になる傾向があったし。午前中は2階の自室を掃除。午後から前掲の文章を書き始める。前述のように当初の意図とはまったく違うものになっていって収拾がつかなくなり、途中で一旦休憩。しかしながら、最近こういった文章を書いていなかったので、いつもと違う頭の使い方、脳の使い方をしているような気にはなる。つまりある種のリハビリのような。要するに身体だけではなくて脳も運動不足になっていたのだなと思う。

台所で煙草を一服しながら休憩していると、スカパーで中田(浩二)、柳沢、新井場の合同引退試合を無料中継していることに気づき最後まで見る。まあ単なるセレモニー、お祭りなのだけれど、まだ若くして「サッカー人生を終える」というような引退を迎えるサッカー選手たちを見ていて、引退とはなんだろうか、などとちと考えたり。

せっかくいつもとは違う頭を使っていたのだがこんな風に頓挫、なかなか頭が書く方に戻らない気配なので精神科に診断書を取りに行く。これは自立支援(簡単に言えば精神科治療費の援助)を更新するため。

今日は日中家の中でTシャツ1枚でちょうどいいぐらいの気温。母のところに行ってから夕飯。それから書きかけの文章の続きを書いた。どうなることやらと思ったが一応終わらせることはできた。書き終えて台所でツイッターを見ていると、サッカー日本代表の面々が出ているというのでとんねるずのバラエティ番組を見た。久しぶりにバラエティを見て大笑いした。

そんなわけで今日は日記以外の文章をひとつ書くことはできたものの、何かを成し遂げたという感じはまったくしない。ただ、「書く」という作業に頭を使った分煮詰まらずに済んだ感じはするし、どうでもいい番組を見たりしたことで少しは休日らしく過ごせたような気がしないでもない。しかしながら、何故か夜になってからやたらと肩が凝る。

ギリシャの国民投票はどうなってるのだろうか。ツイッターからはほとんど情報が入って来ない。途中ロシア方面から「No」が若干優勢という未確認情報がひとつあっただけ。明日からの相場は手を出さない方が無難なのだろうか。

明日の朝はいよいよなでしこの決勝、録画予約もしておいたしアラームもかけておいたのだが起きられるのか今から心配。準決勝のときの習いではオートマチックに目が覚めるはずだけれど。普通にやったらアメリカが勝つだろうなとは思っていたのだが、ここまで来たらやっぱり勝って欲しい。なんだか今から緊張する。楽しみ。

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欠損

7月4日、土曜日。

今日も何もできなかった。まったくダメダメな一日だった。確かに今日は土曜日で、別に何もしなくてもいい日だったのかもしれないが、それでも自分の人生の中で今日という一日が欠落した時間のように思われた。ちょっと精神状態が酷過ぎた。

朝食後、皿を拭いて食器棚に戻すときに誤って落としてしまい、その皿と小さな食器が少し欠けた。ほんの少し欠けただけでも食器というのは使えなくなってしまう。

今日も業務に行ってしまった。というのも、本日(7月4日)はナナシーの日、田山さん(パチプロ)の命日だったからだ。それが言い訳だった。気がつくと、いつの間にか僕は田山さんの年齢を追い越していた。途中、隣の席に座ったおっさんのハンドルを握る手がまるで痙攣でもしているように小刻みに震えるように動き続けているのがうざくて、嫌だなあと思って見やると、その右手には人差し指と中指がなく、親指と薬指と小指の3本しかなかった。恐らく旋盤とか何かの機械で指を落としてしまったのだろう。絶え間なく動き続けるその奇妙な手が鬱陶しかったのもあるけれど、何か酷く嫌なものを見てしまった気がした。

今日もツキがなく三連敗。途中からただひたすらストレスだけが溜まって、自分は一体何故こんなことをしているのだろうという疑問だけが頭に浮かんだ。金額はたいしたことがないけれど、実に嫌な気分だった。帰宅後も嫌な気分がつきまとった。今日だけではなく、これまで業務に費やしてきたすべての時間が「無為」という言葉そのものに思えた。気分が塞いでどうにもならない。自己嫌悪と後悔。気がつくと、のっぴきならない泥のようなものに足を取られでもしたように何もできなくなっていた。そのうち手が痺れ始めて、これは極度の抑うつ状態に自分があるとわかり、安定剤を1錠飲んだ。しかし、薬は気分が悪くなる方に効いた。結果、それまで以上に煮詰まっただけだった。

しょうがないのでソファで毛布を被り(今日は涼しかった)うとうとした。とにかく日中はあまりにも精神状態が酷過ぎて何かをできる気がまるでしなかった。何か文章でも書こうと思っていたのに、一行も書けないどころか机に向かう気すら起きなかった。ただソファに横たわって、ぼんやりと考えるのが関の山だった。

今日の調子の悪さは、そんな風にまったくもって精神的な要因だったように思える。それが身体をひたすら重くする。実際、身体が言うことを聞かない。顔が青ざめているのが自分でもわかる。僕は病人そのものだった。つまり、病んでいた。

あまり空腹を覚えなかったが、放っておくとそのまま本当に何一つできないまま終わってしまいそうで、6時過ぎにレトルトのカレーで夕飯を食べ、それから母のところに行った。今日の母は比較的調子がいいように見えた。口数は少ないものの、話すことはしっかりしていたように思う。

帰宅後の夜はテレビで映画「HERO」を最後まで見てしまった。この軽佻浮薄でリアリティのまったくない話を見るのはもう確か3度目だ。なんでこんなものを見ているのか自分でもよくわからなかったが、かといって他に何かできそうにもなかった。すっかり覚えている話でもあるし、途中から酷く無駄な時間を過ごしている気がして焦燥感を覚えそうになったが、どうせここまで見たのだからと最後まで見ると、一日がほぼ終わっていた。

それから、YouTubeで成宮寛貴のA Studioを見た。この俳優は名前しか知らなかったが、母子家庭なのに母を亡くして中学生のときから弟と二人だけで生きてきたということに衝撃を覚える。中学もろくに行かずに働いて弟を育てた。こういう人に比べると、僕という人間の人生は一体なんだったのだろうと思う。

こんな風に酷い気分で何もできずに一日が終わる。今日という一日は、朝方落として欠けた食器の破片のようなものだった。

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忘却

7月3日、金曜日。

今朝も早く目が覚めたものの三度寝して10時前起床。ところが、驚いたことに昨日の草取りの疲れがまだ残っていた。というか、今日は丸一日へばってしまった。恐るべき体力。たかが小一時間の草取りで翌日丸一日バテるとは自分でもびっくりだ。これでは日中散歩すると翌日寝込むというのも分からないでもない。とにかく身体中が重い。足が鉛のようで、特に膝に来ている。

昨日あれだけ懲りたはずなのに何故か今日も業務に赴いてしまい、案の定無駄骨に終わる。あまりにも昨日の疲れが残っていたので、そのまま家に留まっていても何もできない気がしたからなのだが。帰宅後の午後はソファで本を読もうとするとうとうとしてしまう。夕方近くなってもへばったままでどうにもならず、またもやソファで横になって1時間ちょっと気絶。母のところから戻った夜になっても疲れは一向に取れず、今日は一日グロッキー状態だった。我ながらびっくり。

あまりにもへばっているのでさすがに危機感を覚え、夜の10時近くになってから散歩に出た。この山形の片田舎では夜徒歩で出歩く人などほとんどおらず、夜半に散歩するとむしろ不審者のようではあるのだが。近所を30分ほどかけてぐるりと一周する。それで驚いたことにうちからワンブロックの角の突き当りの家の苗字が思い出せず、歩きながらずっと考えていたのだがどうしても思い出せない。あいうえお、かきくけこ、と順に考えたのだがどうしても駄目。この家のご主人は元教師で先生と呼ばれていてうちの父の葬儀にも出てくれたし、その後に亡くなってしまったのだった。何先生だかがどうしても出て来ない。帰宅後、ゴミ当番の表を見てようやく思い出す。土田先生だった。このところ特に人の名前の度忘れが酷い。アルツハイマーじゃないかと焦る。不思議なことに苗字を思い出すと下の名前は出てくる。

さらにびびったのは、その直後、ネットで女子W杯の写真を見ていてなでしこの宮間の苗字を忘れてしまったことに気づいたのだった。宮部みゆきをつい最近まで読んでいたのでその連想で「宮部あや」という名前が浮かんでしまい、違うことは分かるのだがどうしても「宮間」が出て来ない。スポーツ新聞のサイトでなでしこのラインナップを見てようやく思い出す。これには正直唖然とした。本当に若年性のボケではないかと。いくらなんでも酷過ぎる。それでいて、ツイッターのタイムラインに映画「レオン」のゲイリー・オールドマンの写真が流れてくると、一緒に写っているのを見てナタリー・ポートマンという名前はすんなり出てくる。一体全体、自分の脳の記憶構造がどうなっているのだろうと思う。前述の散歩しながら土田先生の苗字を思い出そうと必死にいろんな苗字を頭に思い浮かべていると、とうに忘れたと思っていたいろんな人物の名前と同時に顔を思い出したりもした。なんでこいつを覚えているのかと思うような人間まで覚えている。その癖、肝心な人の名前は出て来ない。

実際このところ物忘れが酷くて、度忘れしてググることがほぼ毎日のようにあるのだが、そのたびにメモに日付とともに書いておくことにしている。こうすると覚えられるからだ。その中にはサッカー選手・監督の名前やら、俳優の名前やら、自分がかかったり母の手術を担当した医師の名前があったりする。当たり前だがメモはどんどん増えていく。これはつまり、忘却の歴史であり自分の記憶がいかに頼りないかを示すものである。あと二週間ちょっとで僕も誕生日がきて56歳になるが、この年齢でこれだけ記憶力が衰える、忘れてしまうというのは一般的に考えてどうなのだろうか。自分の感覚ではちょっと病的な感じがする。いくらなんでも酷いという気がする。以前ドラムのミヤザワがツイッターに、年齢は関係ない、70歳を過ぎても人によっては頭の回転はまったく衰えないというようなことを書いていたが、だとすると僕の場合は一体どうなのだろうか。

そういえば極度の薬漬けになっていた数年前まで、時間の感覚がなくなっていたことがあった。記憶の時間軸というものが失われ、順番通り記憶が並ばないので昨日と一昨日の区別がつかなかったり、一週間とか一ヵ月とか半年といった期間を把握することもできなかった。実際問題として安定剤であるベンゾジアゼピン系を長期服用すると認知力が落ちるという説もある。もう安定剤はほとんど飲んではいないのだが同系統の睡眠薬はいまだに毎晩飲んでいるし、なにしろ10年以上向精神薬を飲み続けていたのでまだその影響下にあることも考えられる。薬でブレていたときはこんなことを考えなかったし、頭を悩ませることもなかったのだが。

何かと憂鬱である。たかだか小一時間の草取りで翌日丸一日へばってしまう体力のなさも憂鬱であるし、まるで老人並みの物忘れも憂鬱。感覚的には体力も認知機能も推定80歳ぐらいになってしまったような気分。とほほとしかいいようがない。

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準決勝、幸運と不運、草取り疲れ

7月2日、木曜日。

昨夜は僕にしては早めの1時過ぎには寝て、朝なでしこのW杯準決勝の試合を見るためにアラームを7時40分にセットしておいた。ところが最初に目が覚めて時計を見るとまだ5時前、二度寝して次に目が覚めたのが6時台、結局三度寝して7時20分には起きた。正直、自分でもこんな時間に起きられるんだとびっくり。

そんなわけで女子W杯準決勝、日本対イングランド、2-1。結果だけ見ると双方PKで1点を取り、最後の最後にオウンゴールで日本が勝ち越しとなるのだが、疲れとかいろんな要因はあるのだろうがここまで決勝トーナメントで非常にいいパスサッカーを繰り広げていたなでしこだけれど、この試合ではまた悪いころのサッカーに戻ってしまった。基本的にロングボールを放り込んでくるイングランドに対して、日本もロングボールを放り込むサッカーになってしまう。ところが、その前方へのロングボールの先に選手がいない。W杯に入ってから精彩を欠く大儀見だが、この試合でもポジショニングの悪さが目立った。それに、最終ラインが下がり過ぎて終始押し込まれてしまう。ボールポゼッションは高くても自陣でばかりボールを回す展開、これでは苦しい。

先に有吉が倒されて得たPKはミスジャッジという指摘も一部にはあるけれど、帳尻合わせのようにイングランドに与えられたPKのジャッジの方が酷かった。リプレーで見ても倒したとされる大儀見は何もしていない。ともあれ、なでしこは前線へのフィードがことごとく誰もいないところに飛ぶ。ラストパスの精度も悪い。ゴール前でのフォワードのポジショニングもよくない。守りの方では、前述のように長身の選手めがけてロングボールを放り込まれることが分かっていながら怖がって最終ラインが下がる。後半になって岩淵が投入されてようやっとゴール前で切れ込むことができるようになったが、正直今日の大儀見の出来であれば90分使えるのなら次の決勝は岩淵先発の方がいいんじゃないかと思った。

かように、W杯に入ってから今日の試合が一番内容が悪かったのではないかと思うのだけれど、それでも勝ってしまうところは強くなったと言ってもいいんじゃないだろうか。もちろん運もあったけれど、もし延長になったとしても見ていてあまり負ける気はしなかった。この内容でも。イングランドはいい試合をしたとは思うが、如何せんそこまでスピードも技術もあるようには見えなかった。つまり、それほど怖くなかった。どちらかというと今日の試合はなでしこの出来が悪過ぎて苦戦したという印象だった。決勝は中三日で月曜日の朝、それまでにコンディションを立て直して欲しいものだ。しかし相手はアメリカ、よほどスピードのあるパス回しをしないと勝てないんじゃないかなとは思う。もちろん勝って欲しいが。

いずれにしても勝ったのだから早起きをした甲斐があったというもの。考えてみればなでしこ、W杯に入ってから6連勝しているのだからマジで凄い。これが男子だったらとんでもないことだ。

ともあれ、試合が終わると早起きした分眠気が。どうにも睡眠不足の頭なので、そのままだといずれ寝てしまいそうだから業務に行く。ところがこれが大失敗、今日は完膚無きまでの不ヅキ、そういう日に限って長々とこだわってしまってコテンパンにボコられてしまった。正直、途中から自分は一体何をやっているのだろうと思ってはいたのだが、もはや状態に突入していたようで、どうにも引っ込みがつかなかった。3時過ぎにようやく諦めて帰る。

酷い立ち回りをやったお蔭で、朝方のなでしこの勝利の歓喜はどこかに行ってしまい、実に嫌な気分である。ほとほと自分が嫌になる。今日は30度を超えるという予報だったがやはり暑かった。天気もよかったので、帰宅後、最近ほったらかしにしていて雑草が伸び放題になっていた庭の草取りをした。45分ほど。汗だくになる。で、この小一時間の草取りですっかりへばってしまった。確かに草取りというのは中腰での作業ではあるが、それにしても。炎天での作業というのもへばった原因に思える。これでは散歩をすると寝込んでしまうというのも分かる気がした。

日差しを浴びて作業したので朝から悩まされた眠気は取れたような気がしたのだが、書斎のソファで本を読んでいると草取りの疲れがどっと来てうとうとしてしまう。そうこうしているうちに夕方、母のところに行く。今日気づいたのは、いつも食堂のテーブルで母の前に座っていてよく喋る老婆がいるのだが、この人までボケているということ。これまでこの老婆だけはしっかりしていると思っていただけにちょっとショック。母と同じテーブルについている5人は、母以外全員がボケているということが分かり、暗澹とした気分になる。これでは母にまともでいろという方が無理なのではないかと。毎朝仏壇の父に母がボケないようにとお願いしているのだけれど。母がまともであればあるほど、周りが全員ボケているというのはさぞかし辛いのではないかと思う。

母のところから帰宅後も草取りの疲れが抜けない。なんとか餃子で夕飯を済ませるものの、疲れ果てていて何かをする気力もない。夜は雇用統計があったのだが、イベントリスクを避けて静観。ただでさえギリシャ情勢絡みで分かりにくくなっているので。ましてや明日は米が休日。それよりなにより、身体がくたくたに疲れていると頭が回らないし相場のポジションを持つ気力が湧かない。なんか本日のところは徹底して不ヅキだった業務に無駄な気力を費やしてしまった感。業務とは名ばかりの遊びだけに悔やまれる。しばらく自粛しようと思う。

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7月の憂鬱

7月1日、水曜日。気がつくと7月、もう今年も半分が終わっている。

8時台に目が覚め、またもや工事の音が聞こえていたが今朝は二度寝に成功、9時過ぎに起床。二度寝のときにもうかれこれ二年以上連絡が取れない年上の旧友、I泉さんと話をする夢を見た。声だけで姿は見えなかった。

二度寝して7時間は睡眠を取れたと思ったものの、どうも朝から頭が重い。頭痛すれすれの感じ。あくびも出るし眠気が残っているようで、寝過ぎなのだろうかとも思った。二度寝している最中寒かった記憶があるので、もしかしたら風邪気味なのかとも頭をよぎる。実際朝は涼しく、昨日の予報によると今日の最高気温は23度だということだったので。

後半の途中から女子W杯準決勝、アメリカ対ドイツを見た。ドイツがPKを外したあとから。結局アメリカはPKを決め、さらに追加点を取って2-0となり、リードを許してからのドイツは攻撃が真ん中に偏り怖さがないし点を取れそうにもなかった。そのまま試合終了、アメリカが決勝進出。見始めたときはレベルの高い試合だなと思ったが、ドイツの終盤の攻撃が工夫がなかったのにはがっかり。

午前中はずっと雨。午後になって雨は上がる。

いつまで経っても頭がすっきりしない。午前中から相場のポジションを取ってみるが同値決済、どうも頭がぐだぐだだし相場自体もよく分からない。だんだん何もかも嫌になってくる。何もできる気がしないので午後になってソファで小一時間ほど昼寝してみたが、例によって昼寝後はかえって調子が悪くなり気分まで悪くなってきた。どうにもこれは体調云々というよりも抑うつ状態のようだった。頭がまったくいい方に回らないのである。何もできる感じがせず、どうにもこうにも煮詰まった。そんなわけで、今日は夜にU-22日本代表の親善試合があるということもあって、3時半ごろに母のところに顔を出すことにした。外に出てみると思ったほど気温が低いわけではなさそうだった。

今日の母は目つきがよく、表情も穏やかだった。むしろ自分の方の調子があまりにも悪い(特に精神状態)ので、母の部屋で安定剤のレキソタンを1錠飲んだ。すると今日のところは少しばかり効いたようで、まるで頭に栓をしたような感じだったのが若干楽になった。

母のところから戻ると相場でちょっと利食い。夕方油断していると指値が成立する音がして、一気に串刺し、ストップを食らってしまった。そろそろ夕飯の準備でもしようかとブロッコリーを茹でているときだった。ツイッターを見ると誰かの発言に反応したらしい。急激なユーロ買いが入った。しょうがないので逆張りでポジションを取り、サッカーの試合が始まる前までに利食いしてトータルプラスにはできた。

夕食後は親善試合、U-22日本代表対U-22コスタリカ代表の試合を見る。8人まで交代が認められる親善試合ということで、後半はメンバーががらっと入れ替わりすっかり練習試合モードになってしまったが、前半は面白かった。このところ女子のサッカーを見ていたので男子のサッカーはスピードも精度も高い。先発はこの年代のほぼお馴染みのメンバーではあったが、前半の日本は非常に出来がよく見事な崩しを連発、相手ゴールキーパーの好セーブもあって1点に留まったがほとんど決まったかに思えたチャンスが何度もあった。今日の収穫は本日まで不勉強でまったく知らなかった左サイドバックで先発した亀川(福岡)。非常によかった。このチームの生命線はやはり中盤で正確なパスを出すキャプテンの遠藤(湘南)、前線での中島(東京)野津田(広島)の3人だということを改めて確認。そこに亀川や右サイドの前田(松本)、18歳の井手口(G大阪)らが効果的に絡んでいた。後半になってコスタリカはシステムを5-3-2に変更して反撃を試みるが次第にダレてくる。あとは選手をとっかえひっかえという試合になり、そんな中で途中出場の金森(福岡)がゴールを決めて2-0で試合終了。コスタリカがどんどんグダグダになってしまったということもあるが、危なげない完勝という印象だった。ただ後半から入った日本の攻撃陣は点を決めた金森以外は先発陣に比べるとトーンダウンする感じは否めず。遠藤と中島、野津田を交代させるとばらばらな感じになってしまい、いかにこの3人に依存しているかという印象も否めなかった。ただ、以前からこのチームの試合は見ているが、今までと比べると随分といいサッカーをするようになったと特に前半を見て思った。スピードと精度が上がったように見えた。コスタリカは後半バラバラになってしまったが球際を厳しくくるチームではあったので、決して弱いチームではなかった。日本の方がいいサッカーをしたということだ。とまあそんなわけで、なんとなくこのチームにも期待してしまうのだが、果たして本番のオリンピック予選ではどうなのだろうか。今日の先発メンバーならかなりいい試合ができることは分かったが。

気がつくと母のところで安定剤を1錠飲んで以降は極度に精神的に煮詰まった状態からは脱したような気がしたものの、サッカーを見終わった夜はもう相場をやる気力はなかった。映画でも見ようかと思ったがそれもできず、ちょろちょろとギターを弾く程度。どうにも今日は終日抑うつ状態だったようである。最近体調の悪さに気を取られて自分がうつ病であることを忘れがちになっているが、どうも体調の悪さも精神由来、心因性の部分が多分にあるようだ。結局のところ、いまだに僕はうつ病という状態から抜け出ることができないでいる。

明日の朝は8時からなでしこの準決勝、イングランド戦がある。一応録画予約はしておいたもののできれば生で見たい。起きられるだろうか。早めに寝る努力はしようと思う。

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淫夢

6月30日、火曜日。

昨夜寝たのは2時過ぎ、8時ごろに目が覚めたので何度も二度寝(奇妙な言い回しだが)を試みたのだがどこかから工事の音が聞こえてきてどうやっても5分後に目が覚めてしまうので諦めて8時20分に起きた。当然睡眠が少々足りない。

昨日の相場での大敗のショックが冷めやらず、しかし逆にやる気だけはある。なので、朝食後から相場のチャートに向かう。だがやっぱり眠い。これはちょっと寝ないとダメかもと11時過ぎに書斎のソファで毛布を被る。このころはまだ寒いような気がしたのである。なかなか眠れず、1時間ほど横になって目を閉じてうだうだしているとそのうちようやく寝たらしい。それで、淫夢を見た。

それが物凄くリアルだった。感覚や感触といったものが凄くリアルだった。しかし僕は夢の中でこれは夢だと気づいていた。つまり、正確を期すなら淫夢を見たというよりも淫夢を見る夢を見たということであり、もうちょっと違う言い方をすれば感覚があまりにもリアルだったので淫夢を体験する夢を見たといってもいい。なにしろ夢だとわかっているのだからなるべく引き伸ばしたいと思っていたのだが、残念ながら夢の中で夢から覚めてしまった。庭に人が現れて夢から覚めてしまうという(ややこしいが)夢。こういう入れ子構造の夢はたまに見る。しかし本当にリアルな夢だった。そういえばもう長いことセックスしてない。それがまざまざと感覚としてよみがえった。来月(というか日付が変わったので今月)また年を取るし、年齢的にも田舎で一人暮らししている状況から言っても、風俗にでも行かない限りもうセックスすることはないのかもしれないとときどき思う。性欲がなくなったわけではないけれど、抗うつ薬のドグマチールを飲み続けていると性欲は落ちる。したがってどこか淡泊になっているところもあり、そんなことが頭に浮かんでも物凄い焦燥感に駆られるわけではないのだが、なんか凄く寂しい感じはする。だが、今日のようにリアルな淫夢だったら毎日見たいものだと思う。

昼寝から目が覚めると1時ごろだった。昼寝している間に、ツイッターのタイムラインを見ると新幹線の車中で焼身自殺があったり箱根が噴火していたりしていて、世の中についていけてない感凄い。その後も夜まで相場。昨日の今日なので結構必死である。途中からポジションを保持、夜まで引っ張ろうと試みる。前述のように昼寝をした頃合まではヨットパーカーを羽織っても寒いような気がしていたのだが、夕方近くなってスーパーに買い物に出たところ、外は暑かった。ずっと台所に篭っていたので気づかなかったが。

ぎりぎりまで迷ったが、母のところに行くときも相場のポジションはそのままにしておいた。しかし、結果的にはこれが裏目に出たというか母のところから戻ってみると同値決済になっていて、出かける前に利食いしておくべきだったと歯噛みする。なんとか夜にまたポジションを取り直して一応日当程度のプラスは叩いたが、何しろギリシャ問題のせいで難しいことこの上ない。明確なトレンドがあるわけでもないのであまり無理できない。無理すると昨日のようになる。

母は最近ますます記憶が怪しくなってきている。ちょっとボケかけているのかと思えるほど。そういう風に思うのは辛い。しかし、何しろ周りにいる老人たちがほとんどボケてしまっているので、ああいう人たちと毎日ずっと一緒にいたらしょうがないのかと思わざるを得ない。それが可哀想で仕方がない。なかなかそういうことをしょうがないとか仕方がないという具合に自分の中で収めることができない。どうしても、特養に預けずに自宅にいたらなあとか思ってしまうのだった。もちろん、それがどうにもならないことであることは分かっているのだけれど。統合失調症という病気のせいもあるし、年齢的な衰えもあるのだろうが、僕がもう少ししっかりしていればなんとかなったのではないかと思ってしまう。時間を巻き戻したい。そういうのって辛い。

ストレスが凄いので、昨日から煙草の本数は20本を超えてしまい、結局元に戻りつつある。昨日は23本、今日は現時点で既に21本。ところが不思議なことに先週まで悩まされた異様な倦怠感、疲労感というものは今週はまだない。とすると、煙草の本数自体はあまり関係ないのかなと。

そんなわけで宮部みゆき「名もなき毒」読了。そこそこ面白かったのだけれど、果たしてこの話にこの枚数(結構分厚い本である)は必要だったのかと思う。特に新聞連載終了後に書き足したラストは少々冗長に思えた。杉村三郎シリーズの2作目で、いかにもシリーズの真ん中の作品という印象がして、ちゃんと1作目(「誰か―Somebody」)から順番に読めばもう少しすんなりと読めたのかなと思う。いずれにしても、大コンツェルンの娘婿、つまり逆タマであるという主人公を活かしてもう少し爽快感は出せたのではないかなと思う。少々「毒」というキーワードに拘りすぎた感もある。いずれにせよ、いつもながら一気に読んでしまえるリーダビリティ、読みやすさは素晴らしい。

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大敗

6月29日、月曜日。

やらかした。終日相場で大敗。ぐうの音も出ない。一ヵ月後退。今日は日記書く気力もない。8時過ぎには起きたのだが。まったく、自分のルールを守れないようではどうしようもない。ただひたすら反省。明日からどうするか、ちと途方に暮れる。

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梅雨の日曜日

6月28日、日曜日。

8時前起床。いつもなら二度寝する時間だけど、録画しておいたなでしこの試合が気になったので。情報をシャットアウトして朝食後早速女子W杯準々決勝、日本×オーストラリアの試合を見た。

前回のオランダ戦もそうだったけれど、決勝トーナメントに入ってから尻上がりになでしこのサッカーはよくなっている。今日の試合も終始日本が優勢、後半岩淵のゴールで1-0で勝ったけれど危なげない試合運びで、延長戦になっても結局勝っていただろうなと思わせる試合内容だった。どこがよくなったかというと、攻撃時の連携もそうだけれど全体の守備がよくなっていると思う。だから見ていて安心感がある。夜にテレビのニュース番組をちらほら見たけれど、岩淵は一試合ですっかりヒロイン扱いになっていた。各番組の岩淵の持ちあげ方が半端ない。まあ無理もないが。次戦の準決勝の相手はこれまで勝ったことがないイングランドに決まったが、今の調子なら楽しみだ。試合開始も日本時間の朝8時(7月2日)ということでこれぐらいなら起きられる。

今日の試合を見てふと思い出したのは先日の男子代表が引き分けたシンガポール戦。あの試合も徹頭徹尾日本が圧倒していた内容で、誰かしらが1点取って勝っていれば今日のなでしこの試合みたいな完勝という扱いになっていたのではないかと。よくよく考えてみればW杯の準々決勝とシンガポール戦ではあまりにも相手との力関係が違い過ぎるから当然同じような扱いにはならないにしても、ただの1点さえ取っていれば雰囲気はまったく変わっていたのではないかなと思った。ただし、早いうちに問題点、改善点をあぶり出すという意味では結果的にはむしろよかったのかもしれないが。

試合を見た後から午後まで業務。今日は寒かった。Tシャツの上にヨットパーカーを羽織っていても夜になると寒いくらい。風呂上がりは浴衣の上に丹前を羽織ってちょうどいいくらいだった。今日も終日雨模様。夜になって本降り。いよいよ梅雨らしくなってきた。

それ以外は母のところに行ったぐらい。早起きしてしまったので眠気がなかなか抜けず、業務から帰宅後の夕方1時間半ほどソファで昼寝をしてしまった。

今日もそれ以外の時間は宮部みゆき「名もなき毒」を読んで過ごす。昨日は前半を物凄い勢いで読んでいたのだけれど、中盤に差し掛かって少しスピードダウン。自分の集中力が落ちているのか、それとも話が少し重くなってきたからか。

いずれにしても、今日はなでしこの試合を見た以外はほとんど何もしていないという印象が強い。しかし今日は日曜日、よく考えてみれば何もしなくてもいい日でもあるわけで、どうやら何かしなければという焦燥感がここ最近はことさら強い気がする。というのも、体力の低下と一連の体調の悪さで頑張れない、やろうと思ってもできないということが続いているからだと思う。その体力だが、筋トレとか階段の昇降とか散歩とかはなかなか毎日続けるのが難しい。なので、昔中学のころ通信教育で空手を少しかじったことがあり、20代後半になってからも空手の本を買って部屋の中で型をやっていたことを思い出し、ほとんど忘れかけているのだが空手の受け、突き、蹴りといったものを今日は少々やってみた。これなら台所でも思いついたときにできるし、全身を使うので気分転換にもいいかなと思っているところ。

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6月27日、土曜日。

10時前起床。朝からTシャツ1枚では寒いぐらいだった。今日の山形の最高気温は25度ということ。昨日から梅雨入りしたとあって日中はぐずついた天気、夕方から雨。

今日は外出したのは母に面会に行っただけ、あとは一日中家に篭っていた。昼寝はせずに済んだが。本日は日中何十年ぶりかで「大魔神」(1966年の第一作)をhuluで見て、夜Jリーグの試合を見た以外はひたすら一日本を読み続けていた。

午前中に筒井康隆「旅のラゴス」を読了。

旅をしていないなあと思う。田舎に戻って以来、せいぜいが日帰りのドライブぐらいだ。いや、考えてみれば旅らしい旅というものはこの10年ぐらい行ってないのではないか。以前も書いたけれど、どこでもいいからホテルに一泊したいと常々思っているのだが。いざとなると逡巡してしまいなかなか踏ん切りがつかないのは、どこかに旅をしようと考えると、その旅先で何をすればいいのかと頭を巡らせてしまい、これといって何も思いつかないからである。要するに僕は旅の仕方を忘れてしまった。旅というのはそれそのもの、旅に出ること自体が目的となるのであって、旅先で何をするかということが目的のすべてではないのだ、たぶん。旅をするということ自体が気分転換であり、旅そのものを楽しむということを僕は忘れかけている。この状態を打破するにはとにかく一度旅に出てみるしかない。例えば、東京まで3時間新幹線に乗るということを想像しただけでうんざりしてしまうところもあるので、目的地を決めずに車で旅をしてみるとか、そういう(僕にしては)思い切った行動、ある意味衝動的な旅に出るしかないのかもしれない。

午後からは宮部みゆき「名もなき毒」を読み始める。読みやすいこともあって僕にしては猛烈な勢いで読み続けている。分厚い本だがもう半分ぐらいまで来てしまった。

早朝の5時、もうあと4時間あまりで女子W杯の日本対オーストラリア戦が始まるが、とても起きられるわけはないので録画予約しておこう。

それにしても、僕は果たしていつになったら旅に出られるのか。

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