生きるということ

8時起床も、毎朝3度寝も4度寝もしなければまともな睡眠を取れないというのは辛い。朝から快晴で予報どおり暑くなりそうだったので業務へ。正直冷房ががんがんに効いていて業務中は身体が冷える。しかし、1時間に1回外に出て一服すると、午後からの日差しは暴力的と言っていいレベル、まるでゴジラの吐く放射線を浴びているよう。

sunshine

とにかく外は凄まじい暑さ、しょうがないので少しは暑さが収まるまでと引っ張っていたら結局久々の8時間業務になってしまった。日が陰ると多少はマシになる。スーパーで買い物をして帰り、夕飯の米を仕掛けて母のところに。今日も母はそこそこ落ち着いていた。

夜はツイッターのTLで発見した、「死んで生き返りました」というマンガによる体験談を読む。下手な小説よりよほど生きるということの意味が見えてくる。一度心肺停止して、脳浮腫で脳が腫れて完全に精神が崩壊した人がここまで客観的に把握してマンガとして記録出来るというのは本当に凄い。今の母の精神状態もこういう感じなのだろうかとか、もしかしたら母の精神も元に戻るのではないだろうかという希望を抱かせてくれる。なんつーか、生きるってこういうことなんだなと改めて考えさせられる。そういえば僕も、かつて抗うつ薬のSSRIを過剰に(2種類)処方されてセロトニン症候群という重い副作用で臨死体験らしきものをしたことがある。最初は自分が喋っている言葉が意味のない音の羅列になるというある種の錯乱症状が出て、ある日ソファで一時的な昏睡状態みたいなものに陥った。気がつくと自分が寝息を立てているのが分かり、それを上空から僕は見ていた。つまり幽体離脱である。そして僕の意識は途中で不意に完全にブラックアウトした。あのまま死んでてもおかしくなかったなあと思う。というか、人間は自分の死を認識出来ないのだなと思った。それでそういうときというのは物凄く客観的になる。(幽体離脱というのも客観性の認識の仕方だったように思える。)それは一昨年悪性リンパ腫という癌を宣告されたときもそうだった。自分がもしかしたら死ぬかもしれないというときに、人間は次第に客観的になっていく。まるで他人事のようになっていく。もしかしたらそれは逃避本能によるものかもしれないが、ある種の救済なのかもしれない。僕はこのマンガの人のように本当に一瞬「死んで」しまって戻ってきたわけではないので、こんな風に生きるということを改めて見つめ直すことは出来なかったが、こうした体験談を読むとそこには希望も救済もある。つまり、生きることにこそ希望があるのだなと。

その後はネットで山田大記が先発したドイツ2部のカールスルーエの試合を見た。立ち上がりこそボールタッチが少なく試合に入り切れていない感じの山田だったが徐々に持ち味を発揮、2度のシュートはいずれも枠をとらえていた。前半にはペナルティエリア前でのフリーキックも蹴った。山田は83分までプレー。総じて好印象だったが、もう少し余裕というかゴール前での落ちつきが欲しかった。特に2本目のシュートはダイレクトで打たず一度トラップしてればなと。ジュビロのときのような頭抜けた巧さというものは見られず、まだ硬さがある印象。まだ25歳、これから慣れればもっとよくなるだろう。ドイツ2部というと大迫のいた1860ミュンヘンがボールを繋がず放り込む大雑把なサッカーだったけれど、カールスルーエのサッカーは凡ミスこそあるもののそこそこ連動性があり見ていて面白い。ただ決定力に欠ける。それだけに山田が活躍する余地は十分。

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炎天

今日は暑かった。またバテた。明日は山形35度の予報、今日より暑くなるのか。やれやれ。

昨夜は2時半ごろかな、寝たのは。そんなに遅くもなく、いつもと同じ睡眠薬を飲んだんだけれど、例によって朝方6時ごろ最初に目が覚めると猛烈な眠気。寝直すと7時ごろにまた目が覚めて相変わらず睡眠薬が残っているようなぐらぐらする眠気。で、結局昨夜決済しないまま残した相場のポジションが気になって雑念が渦巻き、トラウマみたいになる。最終的には9時過ぎまで寝たのだが、やはり睡眠薬が残っているような感じが抜けず。何故だろう。いつも飲んでいる量だし、2種類飲んでいるとは言っても片方は超短期型、もう片方も短期型で朝まで眠気が残るようなものは飲んでないのだが。

どっちにしても調子が悪かったことは確かで、結局午前中は朝食後の11時から昼過ぎまで1時間半ほどソファで寝込んでしまう。一昨年入院していたときですらこんな風には寝込まなかったのでほぼ病人状態。午後になってやたらと暑くなってきて、体調悪いし何も出来そうにないのでかねてから一度行ってみようと思っていた隣町のジャズ喫茶に車で向かってみる。

ジャズ喫茶には迷わずに辿り着いたのだが本日休みの貼り紙、しょうがないので最近出来た巨大ショッピングモールにでも行ってみようと車を走らせたが発見出来ず、いつの間にかドトールに辿り着いたのでカフェ・ラ・テを飲んで1時間半ほど読書して涼んだ。

外に出ると猛烈な暑さ。くらくらする。そのまま車で母のところに寄ってから帰宅。夜はBSで浦和×神戸の試合を見る。面白い試合だった。こうしてみるとJリーグもなかなか面白いなあと。神戸の森岡はとてもいい選手だなと思った。こういう技術的にしっかりしていてブレない選手が好き。もう少しいいチームでのプレーを見たいので海外に移籍して欲しい。ブンデスリーガとかで十分通用すると思う。あと、鹿島の柴崎岳とか。

夜になって窓から多少涼しげな風は吹いてきたものの、風が止むとじっとりするように暑くて参る。闇雲に炭酸飲料が飲みたくなり、健康サンダルをつっかけて一番近い自動販売機に買いに行くと、外は案外と涼しかった。単に台所が暑かっただけのよう。

YouTubeにフルで上がっていたので1998年のハリウッド版「ゴジラ」を途中まで見たのだが、そこそこ豪華キャストのわりにはふざけていて、これなら昨日見た2014年版はまだシリアスだったのかなと思う。所詮怪獣映画は怪獣映画なのか。もうちょっと「エイリアン」風に作れないものなのかな。

それにしても日中の暑さには参る。あれだけ寝た上にさらに寝込んだのにもう目が眠くなっているのはどういうことだろう。へばり方が半端ない。考えてみるとこのところずうっと体調が悪いまんまだ。明後日病院で検査だけれど。明日も日中はどこかに涼みに行くしかないか。

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ゴジラ

というわけで、午後隣町のシネコンに行って「GODZILLA ゴジラ」を見てきた。劇場で映画を見るのは20年振り。隣町のシネコンは8つのシアターがあり、個々のシアターは小ぢんまりとしていていざ映画が始まると僕の記憶の中にある映画と比較してスクリーン小さくて暗いという印象。子供のころ見た映画のスクリーンがデカい印象が残っていたので。で、始まって40分ぐらいしたところで突如中断、何事かと思ったら落雷で停電とのこと。15分ぐらいで復旧したが真っ黒に日焼けしたいかにも田舎のおっさんが「ゴジラが電線を噛み千切った」と嬉々としていた。

それはともかくこのゴジラ、予告編を見ただけで何の予備知識もなく見たのだが、てっきり初代ゴジラのリメイクだと思い込んでいたのだけれど途中で敵役の怪獣が出てきて唖然、なんですか?感全開。準主役の渡辺謙演じる科学者が途中でさしたる根拠もなく言ったまんまの結末になってちと拍子抜け、全然怖くなかった。ただ敵役も含めて怪獣の人間と比して絶望的に強い感というのは出ていて、よってそれに相対する人間の無力感というものもあるにはあった。この、絶望的に強い感じを「恐怖の大王」として描くかそれとも「神」として描くかというところを、てっきり僕は前者としてシリアスで怖い映画にするものとばかり思っていたのだけれど、ことゴジラに関しては両方取ってしまおうという欲張りな筋書きが結果少々中途半端な感じになってしまった感。神頼み感凄い。そういう意味では「大魔神」的なところも感じられた。全体の筋立てとしては「ゴジラ×〇〇」という造りそのまんまになっていて、その点では日本の怪獣映画に近かった。ただ、「恐怖の大王」的視点で作ればかなり怖い映画に出来たと思うので残念。敵役の怪獣いらなかったんじゃないかな的な。とはいうものの、ゴジラを「神」的な視点で描いてヒーローにするというところも捨てがたかったんだろうなとは思う。そうするとこういう筋書きになってしまうのは仕方ないのかもしれない。ただ欲張った分ディテイルを描けなかった感じは強く、ウィキペディアの渡辺謙の話によると撮影直後は4時間ぐらいの長尺であったらしく、編集した結果消化不良な中途半端な感じになってしまったのかも。いずれにしても「ショーシャンクの空に」のフランク・ダラボンも脚本に名を連ねているわりには脚本の練り込みが甘い感じは否めず。みんな「ゴッズィーラ」と呼んでるのに渡辺謙ただ一人「ジラ」と頑なにかつあっさりと言っているのが印象的。「ゴッズィーラ」じゃないんだよ的な。

今日は午前中から昨日ほどの蒸し暑さではなく、シネコンから出るときもさぞ外はあっついんだろうなと思って外に出たら風もあってそれほど暑いと思わなかった。ただ室温は30度を超えていて気温自体は2度ぐらいしか違わなかったので、昨日とは不快指数が違ったのだろうか。

3時過ぎに寝たのに8時15分起床で多少睡眠が足りない感じで朝からダルく、結局午前中からまたソファで昼寝していたところ叔母が米を持って現れて起こされた。玄関先に出ると顔を見るなり「大丈夫?」と聞かれたのでよほど酷い顔をしていたのだろう。実際、例の目の下のクマといい、このところのやつれ感凄いし。

映画の帰り道にようやく1000円カットで髪を切る。帰宅して夕飯の支度でもしようかとぼんやりしていると中学の同級生であるマキヒデアキから携帯に電話があり、これから寄ってもいいかと。そんなわけで夕飯は後回しにして茶の間にクーラーを入れて待っているとすっかり老け込んでおっさんになったマキがやってきた。20年振り。老け込んだのはお互いさま。7時近くまで話す。いろんな同級生の話が話題に上ったが、名前を聞いてもワンクッション置かないと思い出せない名前が続出。かなり忘れてる。思うに、印象の悪かった奴ほど覚えていて、さして害のない人間ほど覚えていない。皮肉なものである。

マキが帰ったタイミングで母のところに。今日の母は比較的表情もよく落ち着いていた。この表情がいいってのは母の場合凄く重要。統合失調症は顔に出る。悪いときは顔つきが違う。

夜は相場。今夜は米の雇用統計だが思い切り裏目った。ただ抜け方によっては多少なりともプラスで抜けられたのに欲こいて失敗。考えてみれば週末、そういう意味では大失敗。これを書いている現時点で裏目ったポジションをまだ決済しておらず事態は悪化の一途、これを見守ると眠れないので決済するか週をまたいで持ち越すか悩んでいるところ。


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頭痛日

暑い。今夜もあまり気温が下がらない。今日は蒸し暑いという印象の一日。午後業務から帰宅後は完全にへばる。暑くて。ソファで気絶すると悪夢を見る。夕方から夜にかけては頭痛に悩まされる。暑いわ頭は痛いわでどうにもならず。真夏ってのはこんな感じなのかしら。うだる。

昨日ほのかに覚えた恋心らしきものは一夜明けると百年ぐらい前のような気がするし数万キロ彼方に行ってしまったように思える。一体あれはなんだったのか。今の僕には勘違いを持続させる体力すらないということか。

夕方見た夢にはキーボードのヤマザキが出て来た。夢というのはいろいろなことが出鱈目にミックスされていて、ヤマザキが出て来たのはずっと連絡が取れなくて気になっているからと思われるけど、途中から何故か相場が裏目るという訳の分からない展開になり焦って電気を水につける(たぶん冷やすという意味だと思う)ところでこれでは感電してしまうということに気づいて目が覚めた。

昼寝から目が覚めて夕方になってもあんまり暑いのでこの家で唯一冷房のある茶の間に移動して冷房オン、すると書斎で携帯が鳴り、見に行くと驚いたことにヤマザキからだった。しかし、いくら「もしもし」と言っても無言、遠くの方で人の会話らしきものがうっすらと聞こえるところをみると、間違ってボタンを押した、あるいは押されたようだ。その後何度かけても繋がらなかった。

今日は母のところに行ってから夕食。頭痛が酷くあまり食欲がなかったがスパゲッティを作って(と言ってもソースはレトルト)食べた。その後はクリスティアーノ・ロナウドが出るというので珍しく食わず嫌い王なんぞを見る。CR7はメッシと並んでこと得点力ということに関しては傑出した選手だけれど、これまで何故かそれほど惹かれるものはなかったが、これ見て好感度アップ。たまにこういうバラエティ見ると、普段鬱屈している自分が阿呆らしく感じる。つまり、現実の方がずっと阿呆らしくお気楽なのだなと。そんな現実の中でひたすら鬱屈しているのはどこか馬鹿げているのではないかとすら思う。まあ確かにテレビの中の世界の方が現実というわけではないのだろうけど。現実には2種類あって、自意識の中での現実とその外側の現実。その2つが乖離しているような感覚を覚える。これはつまり、自分自身が世界から乖離しているような感覚とも言える。一言で言えば空回り。

それでなくても暑いわ頭は痛いわで今日は相場も動かないだろうと思って指値も予想もせず、たまたま成行で夕方取ったポジションも同値決済。

ここんところ日中へばって人間として機能せず、夜中になってからの方がむしろ機能するのはなんでだろうと思っていたが、要するに暑いからなのかな。最近の体力からして、あんまり暑いと頭も回らないし人間として成立しない。去年の夏は日中は冷房の効いたところで業務をしていたので気にならなかったのだと思われる。四六時中水分は摂っているので熱中症にはならないと思うが、これではちょっとな……。使い物にならない。同じことを何回も書いているが、やっぱり書斎に冷房入れるべきだろうか。ただ、山形の夏って我慢ならないほど暑いのはそれほど長く続かないのではないかなとも思うし。実質1ヶ月もないのではないだろうか。

気がつくと日付が変わってもう8月。明日は1日で1100円になる日だから映画でも見に行こうか……と思ったら夜雇用統計がある。やはりチェックしておくべきだろうな。

どうにも無為に日々を過ごしているような感じが抜けない。実際今日とてほぼ何もやってない。洗濯と風呂掃除ぐらいはしたけど。


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今夜は風もあまりないし気温がなかなか下がらない。蝉は鳴いているところでは鳴いているが、うちの周りではまだ。去年の夏が果たしてどうだったのか、ぜーんぜん思い出せない。覚えているのは、7月31日に母が退院したということだけ。どれぐらい暑かったのかという記憶がない。それだけ記憶の優先順位が低く、特別暑くも涼しくもなかったということなんだろうけど。

朝はなんとか出来るだけ寝ようと努力はしたのだけれど、7時からは何度寝ても5分後に目が覚めてしまい、トータル10度寝ぐらいしてとうとう7時50分に根負けして起きる。起きたはいいのだが、最近の傾向からして相場は夜まで動かないだろうし何をするという予定もなく、昨夜ネットで調べて隣町にシネコンがあることが判明、タイミングが合えば映画でも見ようかとぼんやり考える。本当は邦画の「渇き。」を見たいのだがレイトショーで終わるのが夜の11時とちょっと時間的に辛い気がするので、行けるとしたら昼前スタートの「ゴジラ」辺りかなと思うものの、「ゴジラ」は先日予告編を3種類見たらちょっと怖くなったので悪夢を見そうであまり気が進まないという。子供か。結局映画には行かなかったけれど、車で15分も行けばシネコンがあって映画を見られるというのはちょっとした救いに思えた。しかしいまどきの映画って1700円もするのはちと高いような気が。モーニングショーとレイトショーが1300円。1日と月曜日(メンズデイ)が1100円だからその辺を狙おうか。

結局業務に行き2時過ぎまで。髪を切ろうと思って1000円カットに寄ると休みだった。帰宅してhuluでテイラー・ハックフォード監督「プルーフ・オブ・ライフ」を見始めるが、集中力が持続せず夕方になってやっぱりソファで寝てしまう。納豆とたらこ、お浸しと味噌汁という旅館の朝食のような夕飯を食べた後、母のところに。記帳したものを見るとどうやら今日は母の友人が2人来たらしい。母は食堂にいて、傍らに役場の健康福祉課のHHさんがいた。HHさんは今回母を特養に入れるきっかけとなった人で、僕が虐待する恐れがある云々と言い出した人である。だがしかし、HHさんは僕が田舎に帰ってから出会った女性で一番綺麗な人で(もちろん個人的な視点で)、年齢は定かでないが左手に指輪をしていないところを見ると恐らく独身。しばらくHHさんと話す。母に関して町役場で丁々発止していたときは敵味方という立場であったけれど、僕はどこか女性として彼女を意識している。で、母のところから戻って、もしかしたら僕はHHさんに恋らしきものをしているような気がしてきた。確信があるわけではなく、他に誰もそういう対象がいないせいからかもしれない。いずれにせよ、よしんばこれが恋だとしても叶う見込みはほぼゼロ、考えるだけ無駄というものだが夜の間ずっと気になった。この気になるというところがなんかほのかな恋心という気はする。正直、いい歳をしてどうかしているとは思うが。

ああこんなことを書くのは恥ずかしい。

相場は予想通り夜の指標でようやく動く。結果的にはもう少し粘ってもよかったがそれなりにプラス。この後深夜3時に大きく動くとは思うものの、とてもそこまで起きていられないのでパス。結局実働2時間ぐらい。ホントに集中力続かない。

今日も煙草を吸うと喉がつかえる感じがして気になる。来週の月曜に県立中央病院で悪性リンパ腫の予後検査があるので、電話してそのときに甲状腺機能の検査も頼んではいるのだが。それならまた煙草をやめればよさそうなものだが、今のところストレスを感じたときに煙草を吸うぐらいしか思いつかない。最近の傾向として、音楽を聴いてもストレス解消にはならずむしろ軽いストレスを覚えるので困ったものだ。

ここには意識してポリティカルなことを書いてはいないが、毎日ツイッターのTLを見てガザの情勢とか気にはしている。僕の中でイスラエルというか、ひいてはユダヤ人の心象が悪くなった。考えてみれば一概にユダヤ人と言っても、アインシュタインを筆頭にウディ・アレン、コーエン兄弟、ジェリー・ヘイ、アヴィシャイ・コーエン、スタン・ゲッツ、ガーシュウィン、ボブ・ディラン、サイモン&ガーファンクル、スティーヴン・スピルバーグとざっと挙げただけでも優秀で魅力的な人は多いのだが、原爆を完成させたのもユダヤ人(ノイマン)というのはどこか象徴的な気もする。NHKの報道だけ見てるとハマスはイスラム原理主義のテロリストみたいに見えるが、ただの政党だという人もいるし、いずれにせよ今のイスラエルが行っているのは虐殺である。ただ、停戦を受け入れなかったり反撃を止めなかったり、ハマスの方にもかなりの要因があることは間違いないが。だからといって無差別に一般市民を殺していいという理屈にはならないはずだ。不思議に思えるのはここまで攻撃されてまだガザの生活というかインフラが完全崩壊していないということと、どうしてハマスの弾薬が尽きないのかということ。どっちにしても戦争というのは理不尽で不可解なものだ。

しかし相変わらず日中は煮詰まる。夜の方がまだ頭が多少は回る。根気はまるでないけど。昨日今日と夜が更けてもそれほど眠くならないんだけど、かといってずっと起きていられる気もしないから困ったものだ。

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一喜一憂

日中は暑かったが今日も夜になって気温が下がり、また肌寒いくらいに。なにやら避暑地っぽい感じ。夜気温下がるんならやっぱり冷房いらないな。

どうもこのところ体力ガタ落ちな上体調が悪いせいもあるのか、5・6時間の睡眠では全然もたなくなった。考えてみると今なんとかもってるのは中高生のときのテニス部の体力、もっと厳密に言えば中学のときの冬場の体力トレーニングの貯金のような気がする。

そんなわけで朝何度寝かして7時50分まで寝たのだが眠気が残り、また午前中から寝てしまいそうなので朝食後多少遅ればせながら業務に赴く。すると何故かがらがら、3時半まで半日稼働。さすがに昼過ぎからは混んできた。医者に寄ってから帰宅。が、睡眠が足りないのか半日業務が響いたのかその後調子を崩し、またぞろソファで寝てしまう。目が覚めると6時を回っており、慌ててレトルトのカレーの夕飯を済ませて母のところに。母は食堂ではなく自室にいたが、今日は顔色もよく落ち着いていた。日々ころころと状態が変わる。ということは、やはりこれはどちらかというと認知症というよりも統合失調症の調子ではないかと思う。いずれにしても母の状態がいいと少し気持ちが軽くなる。まさに一喜一憂。

明日にGDP、明後日に雇用統計を控えて今日も相場は動かず。最近ホントに相場動かない。

夜はなんとなくYouTubeを見ているうちに更けていく。例の佐村河内のゴーストライターをやった新垣さんが出演した現代音楽の番組を見て大笑い。なんか久しぶりに笑った気がしないでもない。

それはそうと、佐世保の高1殺人事件、高校時代の同級生が起こした事件を思い出す。同級生のYが泊まりに来た親友のAを50数か所刺して殺した。Yは裏山に逃げて山狩りで翌朝捕まった。Yは1年のとき同じクラスだったが中学から高校に上がって成績が落ちたのが原因でノイローゼになり休学していた。当時は東大病の事件として新聞に載った。今回の佐世保の事件も動機に関していろいろ言われているけれど、このどちらの事件も同じ衝動から来ていると思う。つまり、さしたる動機も理由もないのだと思う。強いて言えば、人間の身体というのは刺してみると思いの外手応えがなく、生き返るのではないかと怖くなって繰り返す刺してしまうというのをどこかで読んだけれど、それが一番近いのではないか。

それはともかく、夜になって昔担当したアルバムのミュージシャンを調べるためにウィキペディアを見てみると、僕が原盤ディレクターをやった3枚のアルバム、「LOVE WARS」「天国のドア」「DAWN PURPLE」はそれぞれオリコンの年間アルバムチャートで1位・1位・3位、全部ミリオン、「天国のドア」はダブルミリオン。それであのボーナスだったのかといまさらながら思う。もっと人数の多いポリスターでさえ「フラッシュダンス」のときのボーナスは24ヶ月とかで立ったと言われているのに。で、ウィキペディアによるとどうやら僕は日本で初めて200万枚を超えたアルバムの原盤ディレクターということになる。うーむ。なにか非常に説得力がない。山形の片田舎の書斎で、夜中に夏なのに肌寒い夜気を感じながら煙草を吸っているとまるでピンと来ない。確かに当時は自分の名前がオリコンの一番上に載ってるなあと思ったものの、今となってはそれが僕にとって一体何だったのかよく分からない。こういうのを昔取った杵柄というのだろうか。だが、杵柄は所詮杵柄である。

そういえば昨日で梅雨も明けた。夜中暑かったというのは先日の一日だけだが、これから本格的に暑くなるのだろうか。それにしても涼しいな。近いところでもいいからどこかにちょっとした旅行にでも行きたいところなのだが。日中の睡眠不足とへばりをなんとかしないとな。どうしたらまとまった睡眠を取れるのか悩む。確かに睡眠薬をロヒプノールにすればある程度眠れるけれど、起きた後の眠気凄いし。今夜は久しぶりにちょこっとギター弾いた。左手の人差指の衰え方凄い。去年一年ロクに楽器弾かなかったからな。


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カオス

昨夜はTシャツで寝ようとしたら寒くて長袖のパジャマに着替えた。朝は5時に最初に目が覚め、二度寝して7時、三度寝したものの7時15分には目が覚めたので諦めて起きたのだが眠くてかなわず、朝食後ソファで毛布を被って(今朝も寒いぐらいだった)2時間近く寝たのだが目が覚めても喉が痛いし全身に乳酸が溜まっているようでどうやら風邪をひいたっぽい。熱はないが身体がどうにも重い。手洗いとうがいの習慣がついてからは滅多に風邪をひかなくなったのだが、それだけにタマにひくと意外と応える。午後も気分が悪くなってソファで寝込み、すっかり病人状態。しかしながら夕方以降なんとか回復したところをみると、どうやら風邪気味で済んだようだ。念のため、夕食後に母のところに行くと風邪をうつすと悪いのでマスクをつけた。

昨日一時帰宅したというのに、今日の母は酷かった。被害妄想全開で話はあちこちに飛んで支離滅裂、訳が分からない。脈絡もなく話が飛ぶし妄言も混じるのでまともに聞いているとこっちが混乱してしまう。もちろん当の母親も混乱している。昨日一時帰宅したことさえ記憶が怪しい。そういった極度の不安定さというものは伝染してしまう。帰りがけ、やはり今の母の状態というのは先日頭を縫ってもらった内科の医師が言っていたように統合失調症から認知症を発症している状態なのかと思う。いずれにしても気が滅入って夜になって安定剤を飲むもののちっとも効かず。母が正確にどういう状態であるのか把握出来ないということもあり、自分の中でどうやって収めていいものか分からない。人間というのはこういうときになかなか客観的にはなれない。そうそうクールになれない。

夜遅くなってHと電話で話したものの、Hは僕の味方をしようとするあまり感情的な論点からしか話が出来ないのでどうにも話が噛み合わない。結局自分でなんとか頭の中を整理するしかないのだが、母の状態の日々の落差が激しいものだからそれも非常に難しいものがある。だが混乱しきった人間を相手にこちらも混乱してしまっては収拾がつかない。たぶん、僕自身が母を治そうと思ってはいけないのだと思う。何かを受け入れるしかないのだが、それがいまひとつ明確になっていないので振り回されている状態なのかなあとも思う。だがそれも無理からぬ話で、僕としては希望を失いたくないのだ。つまりなるべく悪い方に考えたくない。だが実際のところは母自身の思考や言動が悪い方にばかり進むので、気がつくと僕の方もそういうベクトルに向いてしまうというアンビバレントな状態に陥っている。

もう1錠安定剤飲みたいなあ。胃潰瘍になりそう。僕は本当に弱い人間だなあと思う。

今夜も涼しいというよりは窓を開けていると寒いぐらいで、とうに窓を閉めている。日中の気温と朝晩の涼しさの落差、一昨日の猛暑から昨日今日の涼しさの落差、その辺が今日半日風邪気味で寝込んでしまった要因だろう。そんなわけでほぼ何も出来ないので今日はずっと相場のポジションをちまちまと持っていたものの、肝心の相場自体がほとんど動かず、何もしなかったのと大差ない。

眠気で頭がぼうっとしてきて、ついでに日中の風邪気味の残滓らしきものもある。やたらと涼しかったものの、どうにも重苦しい一日になってしまったような行き詰まり感。

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帰宅

また朝7時の寺の鐘で目が覚める。結局朝食後の一服をする前に眠くなり、ソファで9時半まで寝る。午前中は怪しげな天気で風が強く、昨日の猛烈な暑さという感じではなかった。午後になって晴れてきてそれなりに気温が上がる。

1時過ぎに母が特養から一時帰宅。弟が仙台からやって来て連れて来た。虐待防止法という裏技を使って本来なら何年も順番待ちしなければならない特別養護老人ホームに母を入れたため、恐らく身元引受人である弟がいないと僕だけでは一時帰宅させるのは無理っぽい。今度訊いてみようとは思うが。母を縁側の籐椅子に座らせ、今年初めて茶の間の冷房を入れてみたがあまり効かない。縁側まで入れると10畳以上の広さになるので、たぶんパワーが足りないのだろう。母は弟が持ってきたマンゴープリンとかお茶菓子の煎餅とかをばりばり食べる。やはり自宅だと落ち着くのだろう。しかし去年からの一年だけで随分と年老いた感じは否めない。

しばらく縁側にいて、それから台所に行って。僕が4時に精神科の予約があるのでその時間まで。途中トイレに連れて行ったりしても思ったのだけれど、改めて再び自宅に連れて来てみると思った以上に母は衰えていて、今の状態では自宅で僕が母の面倒を見るというのは現実的ではなく、やはり施設に入れたのは正解だったのかもしれない。母には気の毒なのだけれど。

精神科ではこのところの不調をあれこれとなんとか伝えたものの、やはり抗うつ薬ぐらいしか残りの手はなく、僕が躁転や離脱症状を嫌がるので結局薬は変わらず。正直抗うつ薬は長いこと飲んだものの人間関係が壊れたりとロクなことがあった試しはなく、出来れば飲みたくない。特にパキシルとかのSSRIは離脱症状物凄いし、躁転して攻撃的になったりするので絶対飲みたくない。夜中の2時に母を電話で叩き起こして怒鳴り散らしたり、いろんな人に食ってかかったり、ホントに友達を何人なくしたことか。

夜はBSでセレッソ大阪と鳥栖の試合を見た後、NHKスペシャルでSTAP細胞の特集を見た。事前にウィキペディアで予習しておいたら当然のことながらそれ以上の情報はなく、予習しなければよかったと思う。しかしこうしてみると理研というのはまるでCIAのような巨大な組織に見えてしまうから不思議。なんていうか、視点が非常に偏った造りでNHKなのにパパラッチ的な糾弾の番組ではあった。確かに蓋を開けてみると瑕疵だらけで何故ネイチャーが論文を掲載したのかというような不可解な点は多いが、考えてみれば発表当時はメディアはこぞって小保方を持ち上げていたではないか。何の疑念も持たず。これが本当にハナから存在しないものをねつ造したのだとすれば、こんな大騒ぎになるような一大科学的な発見となるものを理研のような巨大組織が穴だらけの論文で発表したのが不思議。どうせいずれバレることなのだから。どう考えても今回の結末は見えていたはずなのだ。誰も再現出来ないものを出来たなどと何故発表したのだろう。妙な事件(と言っていいだろう)だ。

それはともかく、一日中風の吹いていた今日は日が落ちると窓から涼しい風が入って来て夜になるとそれが肌寒いくらい。昨晩の暑さが嘘のよう。今日ぐらい夜が涼しければいいのだが。これを書いている今、窓際でTシャツでいると寒いくらいだ。やっぱり冷房いらないかなと思ったり。

今寒くて窓閉めたところ。信じがたい。


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クソ暑い。朝は今年初めてのミンミンゼミが鳴いていた。どういうわけか今夜は夜になっても気温が下がらない。僕のいる南向きの書斎は、これを書いている今現在まだ室温が30度を超えている。というか、温度計を見なければいいのか。

今日も8時前に起きたので結局涼みがてら業務に行き、ボコボコに。今日は激シメだった。いくらガンガンに冷房がかかっているといっても、客の増える午後はさすがに今日の猛烈な暑さ、Gジャンを脱いだ。3時過ぎに帰宅すると室温は34度、扇風機をかけていても暑くて頭がぼうっとする。どうせ家の中にいても暑いのは変わらないからというので、今年ずっと放置していた庭の草取りをする。すると、汗かきではない僕が汗だくに。食事以外で汗をかいたのは今年初かもしれない。戻ってソファに寝転がって相場の方法論を考えてメモしていたらいつの間にか気絶、目が覚めてもぐったりして食欲もない。実際、食べてもあまり美味しいと思えない。例によって夕食後に母のところに行く。さすがに老人ホームは冷房が効いていて涼しい。母は比較的落ち着いており、むしろ僕の方がげっそりしていた。帰りがけにスーパーに寄って買い物をするが、夜だというのにアスファルトの駐車場は異様な熱気でむっとする。

前述のように夜になっても一向に気温は下がらず。さすがに今日は短パン着用。あっついなあと思いながら途中になっていたマーティン・スコセッシ監督「タクシードライバー」をhuluで最後まで見る。もうこの映画何度見たか分からないのだが、それでもラストは忘れていた。人間の記憶力なんていい加減だなあと思う。初めて仕事でニューヨークに行ったとき、ああ「タクシードライバー」と同じ景色だと思った覚えがある。リトル・イタリアに行ったらちょうどこの映画のハーヴェイ・カイテルそっくりの風体をした用心棒風の男がやはり同じようにマンションの入り口に所在なげに立っていて、まるでデジャ・ヴのようだった。

それにしても昨日から一変した今夜の暑さ、2階の自室がどうなっているのか想像したくない。果たして寝れるのだろうか。去年はこんなに暑かった覚えはないのだが。ただ、こうして風呂上りに扇風機の風を浴びているとほのかに涼しさを感じないわけでもなく、多分に今日は温度計を気にし過ぎたのかもしれない。

明日は午後弟が仙台から来て、母を一時帰宅させる予定。夕方には僕は精神科の予約が入っている。今年の夏はこの暑さが続くのだろうか。どうやら真面目に書斎に冷房を導入することを検討しなければならないようだ。悩む。


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心霊写真

見てお分かりのように、右側のサイドバーの写真を本日撮った心霊写真に変更。いつまでも10年前の写真使ってるのは気が引けるし、この2週間あまり心身の調子を崩して急に老け込んだので。若く見えるのだけが取り柄だったのだが、やつれて目の下にクマが出来て気がつくと白髪もちらほらしてきて次第に年相応に。ついこの間までアメリカだったらまだ30代後半で通用するかも、なんて考えていたがもはやとんでもない。いままで画像加工はXnSketchというフリーソフトを使っていたのだけれど、GIMPは多機能過ぎて僕にはまだ使いこなせず、いつも簡易編集に使っていたフリーソフトのPhotoscapeでも加工出来ることが判明、Photoscape便利だな。

全国的にそうだったみたいだが今日は暑かった。また7時前に起きてしまったので朝から涼みがてら業務に行ったのだが、店内はガンガンに冷房がかかっており身体が冷えるのでGジャンを羽織っていたくらいなのだけれども、3時過ぎに帰宅すると暑くて完全に夏バテしてしまった。昨日から持ち越した相場のポジションを監視する必要があるため机の前に陣取っていたのだが、一番気をつけなければいけない4時から5時の間、椅子の上で気がつくと気絶。唖然。食欲も失せ、無理やりスパゲッティの夕飯を食べて母のところへ。今日の母はまた奇妙なことを口走っていたが、父の戒名を覚えられないので何度も教えていると集中するのか少し落ち着くことが分かった。

日中あれだけ暑くても夜になるとそれなりに気温が下がるので山形はありがたい。とはいうものの、結局今日もほぼ何も出来ずに一日が終わろうとしている。バテ過ぎ。身体もバテているが精神的にもダメ過ぎる。何か出来る気もしないので夜も更けてからHに電話してしまう。申し訳ない。なかなか電話病が治らない。別にどうしても話したいことがあるわけでもないのに、毎晩夜になると誰に電話しようかと考え始め、一方ではそれを我慢しようと思い、それが押し合いへし合いしているうちに一日が終わってしまったりする。そんなことならいっそのこと電話した方がマシと思ったのだった。

夜になってユーロが下がり、昨日バタバタとナンピンしてしまったポジションがようやくプラスになったのは助かった。業務と相場以外で今日何かやったかというと、冒頭に書いたように写真を撮って加工して差し替えたぐらい。しかし台所でノートPCで作業していると遅くて参る。新しいデスクトップ、結局マウスコンピューターでカスタマイズして買ったのだが、やっぱりSSDは速くて快適。

それにしてもこの、自宅にいると集中力が30分と続かず映画も見る気がせず何も出来ないという状態には参る。明日からの土日、日曜は午後に予定が入っているからまだいいけれど、明日業務に行かないとすると日中この暑さの中どうしようか。このままでは本当に心霊になってしまう。やっぱり書斎に冷房導入しないとダメかなと悩む。結局買うまで悩み続ける、つまり最終的にはどこかで買っちゃうのだろうけど。

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