雨の水曜日

昨日の日記、どうやら公開ボタンをクリックするのを忘れていたらしい。

というわけで、見かけ上は立て続けに二日分の日記をアップするような形になるけれど。

昨夜はいわゆる塩漬けになりそうなポジションのチャートを延々とにらめっこして、結局寝たのは3時過ぎ。にもかかわらず、一日中寝てばかりいたものだから睡眠薬を飲んでもなかなか寝付けなかった。そんなわけで今朝起きたのは9時半。朝方は大粒の雪が降っていたが雨に変わり、その後は終日雨。お蔭で屋根の雪が融けて、ときおりびっくりするような音を立てて屋根の雪が落ちる。

昨日あまりにも眠かったので、今日は安定剤のレキソタンを昼1錠だけにしてみた。眠気は体調のせいもありそうだが、午後母の病院でまた眠くなったところをみると、安定剤の影響も大きそう。急に3錠から1錠にすると、夜になって一瞬不安感がよぎる。が、なんとか持ちこたえた。母は昨日今日と表情はよく、少し歩かせてみると歩き方も大分よくなった。が、やはりいまだに消え入りそうな声でしか喋らない。

昨日休んだので遅ればせながら今日は業務に行ったが、朝安定剤を飲まなかったせいなのかどうなのか、業務中は眠くはならなかった。業務は昼前から3時近くまで。

帰宅後の夕方からはFX。しかし、やっぱりチャートやら数字をずっと見ているのは精神衛生上よろしくない。人間というのはそういう風に出来ているからしょうがないのだけれど、数字が上がったり下がったりするたびに気分もシンクロして上下し、そうしているとPCの画面から目が離せなくなる。今アルガルベ杯の決勝、なでしこ×ドイツの試合を見ながら書いているのだが、どうも最近視力が落ちたような気がする。

今日は夕方持ったユーロドルのポジションを200pipsぐらい抜いて、いいタイミングで抜けたと思ったのだが、ようやく一息ついて閉店間際のスーパーに買い物に行って戻ってみると、その間に唖然とするほどユーロが上がっていてまたしてもタイミングを誤ったというか取り損ねた気分になったけれど、今日は重要な経済指標もなかったのでつくづく相場の上下って分からないなあと思う。後になってツイッターを読んでみると、どうやらG7での発言が要因だったようだが、それにしては上がり過ぎ。

と書いている間になでしこ、3点取られた。どうやらダメそう。

もう目がしょぼしょぼしてきた。今日は昼寝してないし、早めに寝るかな。手が痺れているのでちょっとうつ入ってるようでもあるし。


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3.11、連鎖

午後2時46分、僕は台所にいた。外でサイレンが鳴り、同時に向かいの寺の鐘が鳴った。僕は黙祷はしなかった。その代わりにコーヒーを飲み、煙草を吸った。あれからちょうど3年、もちろんあの日のことは今でも鮮明に覚えている。それぞれの人にそれぞれの記憶がある。病院で母に、震災で3日間停電したときに何を食べていたのか、どうやって過ごしていたのか訊いてみたが忘れてしまったということだった。母が覚えているのはちょうど向かいの家にいたときに地震が来て、家に戻ってみたら父が茶の間にちょこんと座っていたということぐらいだ。あの日、地震の直後には母の携帯に繋がった。南浦和から武蔵浦和まで余震の中、歩いて帰る道すがら母と話して、山形まで同じように揺れたことにびっくりした。つまり、東北が震源ということに驚いた。いずれにしろ、あのときついに世界の終わりが来たと思ったけれど、世界はいまだに続いている。だがいまだに、あの日を境に世界がちょっとだけ捻じれて、違うパラレルワールドに移ってしまったような感じはする。3年前の3.11を境に世界は変わってしまった。この3年でいろんなことが次々と起こった。僕は癌になり、父が亡くなり、母は統合失調症になり、そして僕は実家に戻った。

今日はどうしたことか、一日中寝てばかりいた。特に熱があるわけでも具合が悪いわけではないのに、眠くてしょうがなかった。午前中にソファで1時間半、昼食後に台所のテーブルに突っ伏して1時間、夕食後にコタツで2時間。1日に3度も昼寝、というか毎食後に寝ていたことになる。お蔭で一日中夢ばかり見ていた。

朝は仕方なかった。昨夜日記を書いた後、突然ネットが繋がらなくなり、ワイヤレスルータの電源をオフったりしてみたが回復せず、ちょっとしたパニックに。セットアップのDVDでも直らずかなり焦った。結局、ノートPCを直接LANで繋いだりしているうちにようやく回復、それで寝たのが3時ごろになった。朝起きると外は凄い勢いで雪が降っていて出かける気にもなれず、それ以前に猛烈に眠かった。それで朝食後にソファで寝てしまったので昼近くになり、もはや業務に出かける気は失せた。結局今日出かけたのは午後に母の病院に行ってついでにスーパーに寄っただけだった。それにしてもなんで今日はこんなに眠かったのだろう。眠気の連鎖としかいいようがない。いつもと違うことと言えば、昨夜は睡眠薬を普段より多少効き目の長いロヒプノールにしたことぐらいだが、それだけでこんなに一日中寝てしまうとも思えない。だが、いずれにしろ安定剤の影響はあるだろう。

ちょうど昨日のツイッターに次のようなツイートが。

まったくもって遅ればせながらということだが、これに伴ってベンゾジアゼピン系(安定剤、睡眠薬)は2種類までという制限も出来るようだ。しかし、以前から何度も書いているようにベンゾジアゼピン系はアメリカでは4週間までの処方しか認められておらず、国によっては依存性により処方を禁じられている。実際、今の僕はすっかり依存している状態だが、先日極度の抑うつ状態に陥ったときにはさすがに量を増やさざるを得なかった。それで今はなんとかもっているという感じだ。困ったことに安定剤を減らすと不安定になる。恐らく離脱症状だと思われる。なんとか少しずつ減らしたいものだが、とすると睡眠薬をロヒプノールにするのは逆効果か。

今日はそんなわけでほとんど家にいたのだが、夜まで相場はほとんど動かず、ところが夜中になってなんとなく持ったポジションが完全に裏目に。いろんな意味でやれやれな一日。


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苛立つ

いらいらしている。というのも、母のリハビリを見学中に地域医療部の師長に唐突に上山(かみのやま)の施設に移ったらどうかと言われたからだ。上山は先日まで母が入っていた山形市の病院よりもさらに遠い。何が悲しゅうてそんなところに母を入れなければならないのか。師長曰く、高速を使えば30分ぐらいで行けるからと言うが、なんで高速を使わなければならないようなところに移さなければならないのか。師長の思惑は見え見えである。とにかく早く病院を出したいというそれだけなのだ。そんなわけでまた食ってかかってしまった。

母は今日からこれまでの3階から5階の病室に移った。これまではリカバリ室という広い部屋に3人だったのが、6人部屋に移ったので狭くなって環境は悪くなった。窓際というのが救い。これもまた病院の都合である。病院からしてみれば母は大勢いる患者の一人であって、病院の都合だけで話していることは明白。だから僕は、僕らからしてみれば立場はまったく逆で、他の患者も病院の都合もどうでもいい、大事なのは母だけであって、僕らには僕らの気持ちや都合しかないと言った。僕は一刻も早く母を施設に入れたいなどとは一切思っていない。そんなことを師長に向かってまくしたてた。外面だけはよくてその実こちらの気持ちなどどうでもよく、病院の都合だけでまったく心がこもっていないのがありありと分かる。向こうはただベッドを空けて回転をよくしたいだけ、要するに営業活動と変わりない。

そんなわけで心がささくれ立っていてやりきれなく、夜になって煙草が増えた。

気を紛らわそうにも、今日は材料がなくて相場も動いてくれない。

今日はようやっと晴れたと思ったら午前中だけ、午後からは吹雪いた。久しぶりにまともに業務に取り組む。要するにネタがあったというだけの話。

起きたのは8時で、また長い夢を見た。何かから逃げる夢だった。これもまた悪夢のかたちをしているが、それほど必死に逃げ惑うというわけでもなく、深刻さもなく、あまり悪夢を見たという印象ではない。今はどんな夢にしろ、見ないよりは見たい。昨日の日記にも書いたように、人生は一編の長い夢であるという思いは次第に強くなっていく。夢だから後悔のしようがない。そんな風に考えると少しは気が楽になる。それに、夢というのは強い意志をもってすれば意図的にストーリーを変えることも可能だ。

日付が変わって11日になったが、これは10日の日記、したがって3年前の記憶を呼び覚ますのは明日にしよう。


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夢から覚めない

久々に晴れて道路の雪も融けたのだが、夕方になってまた雪が降ってきて寒くなった。スパゲッティの夕食後、あんまり寒いので寝てしまうのを覚悟で茶の間のコタツに移動。すると、目が覚めると11時近かった。なんと4時間近くワープしてしまった。唖然。

で、夢を見た。悪夢のかたちをしていたが、悪い夢ではなかった。僕には恋人のような女性がいて、その女性は脳死状態で脳だけ保存されている。癌かなんかなのだが、保存されている脳にいちかばちか何かを施すと(その辺のディテイルは忘れてしまった)意識が戻るので、その何かをやろうかと試みる夢だった。もちろん、現実の僕にはそんな存在はいない。昔のSFのような悪夢だけれど、名前も定かでないそういう存在がいる(或はいた)というだけで悪い夢ではないような気がした。そこには微かに希望のようなものがあるように思える夢だった。

4時間も寝たというのに、かえって眠くなるというのはどういうことだろう。実際問題として、今日の夜の大半を失ってしまったようで、夢を見たお蔭であまりそういった喪失感のようなものはなかった。大体において、起きていてもさしてやることもないのだ。

昨日1日休んだせいなのか、業務→母の病院→自分の精神科という流れは思いの外疲れた。業務に関しては例によってただ流しているだけだし、母の病院にそれほど長くいたわけでもないのだが、業務から病院というのはそれなりに疲れることが改めて分かった。時間の配分とかに神経を使っているせいもあるのだろうか。気分的にはまだ休日モードだったのだが、夕方帰宅するころには今日が日曜日であることすら失念していた。

今日の母は病院に着いたころは比較的穏やかな表情をしていてちょっと安心したのだが、エレベーター前のロビーまで歩かせて椅子に座らせると、母はどこかあらぬ方向に視点を向けて放心しているように見え、そういった母を見ると何を思っているのか、どういう風に生きているのか皆目想像がつかず、なんだか少し辛くなってくる。今の母の楽しみというものはどこにあるのだろうか、それとも何もないのだろうか、とかそんなことを考える。そうしていると携帯に弟から電話がかかってきて、弟の次男が第一志望の国立大学に合格したとの知らせ。放射線技師を目指しているようだ。若くて、これから堅実に生きていこうとするのが羨ましいような、それに比べてこの僕はなんと好き勝手に自堕落に生きてきたのだろうかと思う。そこには埋めようのない落差があり、僕は自分の人生というものに酷い失望と落胆を覚えそうになるが、一方で僕は所詮堅実に淡々と生きることなど出来ない人間のようにも思える。つまりもう一方ではこれでよかったのではないかという思いもある。

なんていうか、僕はいまだに長い長い夢から覚めていないような気がする。そして、人生というものは案外とそういうもののようにも思える。今の母は確かに何を考えているのかさっぱり分からないけれど、母もまた、長い夢を見ているのかも知れない。

すべてがどうでもいいように思えてくる。それは投げやりではなくて、ひとつの肯定である。

そういえば昨夜、日記を書いてから3時近くまで本田先発のミランの試合を前半だけ見た。本田はある意味積極的にプレーしていたが、皮肉なことにそれがすべて空回りしていた。自分をアピールしようとゴールを狙える位置にポジションを意図的に取るのだが、ボールが回ってこない。チームから信頼されていないのが露骨に分かる。チームに入れていない。逆に、基本のポジションである右サイドにいるときにがつがつと行っているかというとそうではなく、結果、セルフィッシュにプレーしていることがすべて空回りしている。代表のように放っておいてもボールが集まって来るわけではない現状で、今のような姿勢でプレーしても今日のイタリアメディアのように存在感もやる気もないと酷評されるだろう。もっと目に見える必死さが彼には必要だと思う。ただゴールひとつ決めればいいんだろ的なプレーをしてもダメで、それを続けていると出番が減るだけだろう。実際、コーナーキックひとつ蹴るときでもやる気が伝わらないし、怖くない。同じ右サイドのデ・シーリオの方がずっと必死にプレーしているように見える。デ・シーリオの方がずっと走っている。試合の録画を見ればそういったことに気づかない本田ではないとは思うが。何故自分がこんなにもメディアに叩かれるのか、まったく評価されないのか、そろそろ気づいてもよさそうなものだ。


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休日

今日は仙台からやって来た弟と一緒に母の病院に顔を出した以外、ほぼ何もやっていない。つまり、久々の休日だった。これは意図的、確信犯的なもので、というのも朝から晩までずうっと雪が降り続いていたからというのが理由のひとつ。母の病院からの帰り道は猛烈な吹雪で視界が悪かった。朝と夕方の2回雪かきをした。とはいうものの、大雪というほどは積もっていない。たぶん雪は表面的な言い訳に過ぎず、今日のところは要するにやる気がなかったのだと思う。その証拠に、常日頃時間が出来たらやろうと思っていることを手帳の後ろの方に箇条書きにしてあるのだが、その中の何一つやらなかったし、やれなかった。特に午後病院から帰ってきてからはひたすらだらだらと過ごした。コタツで徳島×セレッソ大阪の試合を見ていたのだが案の定後半の途中で気絶。こうなるとかつてフィリップ・トルシエが言っていたオートマチズムである。いつもは菓子パン1個なのだが昼前に弟が来たので久々にまともな昼食を摂ったので夕飯はかなりの手抜き。夕食後はBSで鹿島×仙台。その後珍しく映画を見ることにトライしたものの、高倉健主演、倉本聰脚本ということで期待し過ぎたのか、冒頭からシラけて降旗監督のお涙頂戴的な浪花節演出に嫌気が差して半分ほどでリタイア。

夕方以降、ツイッターのTLで浦和サポーターの「JAPANESE ONLY」という横断幕が人種差別的だというので炎上。これが李忠成に向けてであるなら一体何をしているのだと思う。サポーターというのはごく稀にしか球場に足を向けない僕なんかにとって、アウェイにまでやって来て凄いなあなどと思う反面、ある種の了見の狭さと傲慢さを感じることも。いわゆるネトウヨとか、今回のようなレイシズムとか、ナショナリズムというのは単純明快なので楽なのだろうなと思う。ただ一方向的に攻撃してればいいのだから。これはある種の思考停止なのではないかと思う。行き過ぎとかやり過ぎという以前に、視野狭窄に陥っている。彼らは物事の一側面しか見えておらず、そのことが与える影響とか違う視点・観点というものまで思考が至らない。

サッカーの合間に、FXのテクニカル分析がなかなか頭に入らないので本を読み返したりしてみたのだが、確かに僕の理解が足りないのかも知れないが、どうもこれらが予測に適しているとはなかなか思えない。何故なら、すべて過去の集積で後付けであるので。あらゆるテクニカル分析のラインが示しているのは過去、つまりある意味足跡をなぞっているようなものでこれをこれからどの方向に向かうかということを予測するのにリアルタイムに適合するとはどうも思えない。つまり、未来をパターン化するということに違和感を覚える。雲や気圧の動きから天気を予測するのとは根本的に異なる。ただ、相場の上下などというものは所詮気分的なものなんだなあという感慨を今週は改めて受けたので、世の中の人がテクニカル分析によってこうなる、と思い込んでしまえばいいのであるから、その意味では役に立つのだろうか。要するに重要なのは心理分析であって、テクニカルが人々の心理を解析し得るかが肝要なのだが、心理の集積結果がテクニカルチャートになっているのであって、その逆ではない。そこんところが難しいところ。結局は確率論的なところで使うしかないんだろうなと思う。で、この場合それは的確なのだろうかというところにどうしても疑問が。そんなこんなで、考えを突き詰めるとにわとりが先か卵が先かみたいなところに辿り着く。なんだかんだ言って、経済指標とかのファンダメンタルズ要因が一番動くことはこのところの経験で分かった。

お、今煙草を吸ったら久々に眩暈が。そういえば今日は香川が最後の10分ぐらい出場してそこんところだけ見たが、それほど動きは悪くなかった。だが、もう少し貪欲にゴールを狙って欲しい気が。ドルトムント時代と比べるとそこんところが物足りない。それは本田にも言えるし、相変わらず柿谷にも言える。徳島×セレッソの試合を見た後鹿島と仙台の試合を見ると、両チームとも昨季の順位こそぱっとしないけれどレベルが高くて試合自体は面白く、逆にセレッソはあれだけのタレントを揃えているのに何故優勝争い出来ないかなんとなく分かった。まだチームとして十分にオーガナイズされていないし、走りが足りない。無駄走りが。結局それは効果的な連動性というものに表れてしまう。

明日はあんまり雪が降りませんように。


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痛恨

今日も雪。予報によると明日も雪。寒い。

昨夜はそれほど早寝したわけではないけれど、ゴミを出さなければという意識があったせいか、6時台に目が覚める。が、そのまま起きたらどう考えても睡眠不足なので二度寝。なんとかゴミを出すことは出来た。道は圧雪で凍結していた。ゴミ出しから戻って玄関先の雪かきをしていると、以前本屋で道を訊いたことのある民生委員の人がやってきて話しかけてきた。なんの話かと思ったら灯油代の支給云々で、うちは該当しないと思うと答えたが、母の住所を病院に移したのかとか訊かれて、どうも民生委員にあれこれ訊かれるのってあまりいい気分はしない。民生委員は生活保護の世話とかするのだから、うちはそんなに貧乏だと思われているのだろうかとか思うし、健康保険を安くするために母と世帯を分けていることをなんか悪いことでもしているような気分になる。要するになんかあれこれ突かれているような気がする。

今日も業務のモチベーションは低い。時間潰しと暖を取りに行っている感じ。母の病院に顔を出してから今日は自分の歯医者へ。

帰宅後は寒いのでコタツで昼寝。一度区長の奥さんが訪ねてきて起こされたのだがまた寝てしまい、ちと寝過ぎた。FXの方は昨日お祭り的に上がって日中ほとんど動かなかったので夜の経済指標まで特にすることもない。で、一応雇用統計に向けて買いを入れておいたのだが、ホントの直前、1分前に大きくブレてストップロスがバーストしてしまった。その直後にチャートがみるみるうちに上がっていくのを指をくわえて見ているしかなかった。ストップロスをほんのちょっとケチったために大失敗。経済指標の直前に瞬間的な大きい振幅があることは往々にしてあるだけに、この辺はまだまだ経験不足というか、学習体験が足りない。人間の心理というか感情というのは、得をしたときよりも損したときのダメージの方がより大きく感じる。逃した魚は大きいという奴。今日の魚はとりわけ大きかった。考えてみればストップロスの範疇なのでそれほど大きい損をくらったわけではないのだが、それよりもその後の大きな利益を取り損なったという気分的なダメージが。まあいずれにしてもまだ勉強中。

夜にもらった柏餅を2つ食べたら少々食べ過ぎた。この妙な満腹感というか食べ過ぎ感が取れないと気持ちよく眠れない気がする。いずれにしても、夜中に和菓子など食べるものじゃないな。

明日は弟が来る予定だけれど、この調子では明日も相当雪が降りそうなのでどうするのだろう。明日明後日の土日は相場も休みなのでどう過ごそうか。もう一度業務の方のモチベーションを上げたいところだが土日に上げるのは間違っているような気がしないでもない。そろそろ僕も休み方というものを覚えなければならない。

そういえば歯医者の待合室でたまたま佐村河内氏の会見をちょっと見たが、別に彼の肩を持つつもりは毛頭ないのだけれど、マスコミというのはどうしてこうここぞとばかりに傘にかかってやるのだろう。いかにも正義の鉄槌を下す、みたいな。そもそも耳の聞こえない天才作曲家などというものの、「天才」などという部分はマスコミが作り上げたものではないか。ついこの間まで持ち上げておいて、化けの皮がはがれた途端にこれである。まあ確かに、本当の作曲者を名誉棄損で訴えるなんて言う方もなんだが。どっちもどっち。

夜FXをやりながら日本アカデミー賞をちらちらと見ていたら、ノンフィクションの「凶悪―ある死刑囚の告発」が映画化されていたのだな。本の方はかなり面白かったので、ちょっと見てみたい気が。



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3月の雪

8時起床。朝起きると、昨日の朝と同じように雪景色。昨日と同じように雨になるかと思いきや、今日は吹雪いた。夕方になっても結構な勢いで雪。風もあって寒い一日だった。なんか、一昨日までの春の気配を一掃されたような感じ。やっぱりここは雪国だ。

最近煙草の本数が増えそうな気配。ひとつにはFXを始めたので自宅にいる間神経を張り詰めていることが多くなったということ、もうひとつは以前だったら20本目にさしかかると眩暈がしていたのが最近はしなくなってきたこと。ただ、最高でも22本辺りで抑えられているのはその辺まで来るとあまり吸いたくなくなるから。実際のところ、始終吸いたくはなるのだが、吸ってみると思ったほどおいしくない。だが、煙草というのは1本吸うともう1本吸いたくなるものである。1月の灯油代があまりにも高かったので、暖房効率を考えて近ごろは書斎ではなく台所にいることが多いのだが、台所のテーブルにつくとどうしても煙草を吸いたくなる。パブロフの犬みたいなものだ。この吸いたくなる衝動の回数を考えると、今の本数で収まっているのは不思議な気がしないでもない。

今日も業務はおざなり、というかモチベーション落ちて完全に時間潰しモードになっている。なんていうか、確かに勝つときは大きいのだけれど、対リスク効果というものを考えると少々疑問を抱き始めている。まあこれも釘とスペックのせいと言ってしまえばそれまで、そういう時代なのだなあと思う。

今日は母を病院から歯医者に連れて行った。雪が吹雪いていたけれど、終わってからやっぱり自宅にちょっとだけ連れて帰った。だが、相変わらず今の母は異様に元気がなく、自宅の台所にいても表情に生気がないし嘆息ばかりしている。いまだに父の戒名を覚えられない。統合失調症の病状なのだろうが、正直どうしたらいいのか分からない。僕に出来ることは一体なんなのだろうか。

今日の日記が少々長いのは、本日のFXを店仕舞いしたから。神経を張り詰めていることが多いと書いたものの、今の僕は集中力も持久力もないので、メリハリをつけることにした。今日だったら、ユーロ市場が開く夕飯前にストップロスを多めに取って仕込み、夕飯後はコタツで昼寝、その後ニューヨーク市場が開いて経済指標が出るタイミングで決済。これで今日は300pipsぐらいは抜けた。結局ずっとチャートや数字を睨んで一喜一憂しているとかえって判断を誤る(判断のタイミングが分からなくなる)。大体において僕はそんなに集中力が続かない。ただでさえ眠くなって困るのに。それでもやっぱり、今日はユーロを見切るのが結果的には早過ぎた。難しいものである。このところツイッターで毎日経済情報を読んで少しずつ慣れたつもりでも、まだ理解し切れていないしそれで判断出来るところまで行っていない。

結局今日も22本吸ってしまった。そろそろ寝よう。明日の朝は起きられたらゴミを出そう。明日は雪が降らなければいいのだが。


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日本×ニュージーランド、4-2

二度寝して8時ごろ起床。朝起きたら大粒の雪が降りしきっていて、一面にうっすらと積もっているのでびっくりした。どうなることやらと思ったが、途中から雨になり、その後は終日雨。もう3月だし、これから雪が積もるのは勘弁して欲しいところ。

業務は時間潰しの遊び程度。今は収入の確保をFXに移行しようとしているところなので、あまり無理はしない。

母は相変わらず極度に元気がない。僕の考え過ぎなのかも知れないが、僕に対する表情よりもリハビリをしているときに他の人に向ける表情の方がいいような気がする。もちろん、母が僕のことを嫌いになったり嫌になったりする筈も理由もないのだが、勘違いにせよ、どうにもそういった気がしてしまうと病院にいるのもしんどくなる。なので、このところは病院にいる時間が以前より比較的短くなりつつある。リハビリ見学中にパイプ椅子の上で寝てしまうのは相変わらず。

FXはいまだ試行錯誤中。上手くいったりいかなかったりの繰り返し。なかなか自分のスタイルというものをまだ作ることが出来ない。まだ勉強中の身の上ゆえ。

で、親善試合、日本×ニュージーランド、4-2。先発でいつもと違うのは今野の代わりに森重、ボランチが山口と青山、右サイドバックが酒井宏樹、CFに大迫。後はいつもと同じ。なんていうか、最初の20分とそれ以降ではまるで別の試合。スコアだけ見ても前半17分までは4-0、それ以降は0-2。つまり、4-0にした以降は負け試合というわけ。実際、最初の20分は抜群によかったかどうかはともかく、いつもの日本代表だった。だが4-0になってニュージーランドが落ち着いたのかそれとも気を取り直したのか、ニュージーランドの内容がよくなるに連れて日本代表が悪くなっていった。特に後半はいいところなし。後半はボランチを遠藤と細貝に代えたが、遠藤を投入しても悪い流れは変わらなかった。相変わらず失点シーンを見るとゴール前での守備が脆い。

今日よかったのは2得点したこともあるが岡崎。所属チームで好調なのがそのまま反映されてるというか、なんか以前より巧くなったようにも見えるから不思議だ。クラブで試合に出ていないわりには香川はそれほど悪くなく、メディアに叩かれている本田も試合全体を通してむしろよかった。山口と青山のボランチも悪くない。前半は長友も含めていつもの2列目はやはりいいなあと思ったし、ラストパスやクロスの精度もよかった。ところが次第にニュージーランドの時間帯が増えると攻めきれなくなり、連係も悪くなっていきボールが繋がらなくなっていく。

思いの外よくなかったのはフォワードの大迫だが、後半豊田に代わってもあまり改善されなかったところを見ると、フォワードの使い方というか、2列目で攻めるという意識が強いせいか。その点、岡崎はポジション取りや動き、連係ともによかったのでこの辺はチーム戦術の慣れの問題だろうか。結局のところ、久しぶりの試合とかそういうところもあるが、前半20分までのサッカーを90分やれるかどうか、それとゴール前での守備の改善が当面の課題と言えそうだ。それにしても遠藤を投入しても改善されなかったのは何故だろうな。

明日は母を歯医者に連れて行く日なので、また自宅にちょっとだけ連れ帰ってみようと思う。


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H

昨夜寝たのは何時だったか、とにかく今朝は二度寝してなんとか8時まで寝た。

母の次の病院の候補、今日は隣のH市の病院に相談に行ってきた。施設としてはそれほど悪くない。が、事前に聞いていたように入院費高い。ぼったくりの感。おまけに衣類を入れる衣装ケースやら、洗濯物を入れる蓋つきのバケツやらも購入しなければならない。確かにこっちは理学療法士がいて体力的なリハビリが出来るし車で15分と近いのだが、如何せん高過ぎる。それに、精神科がないので今の病院と同じように僕が紹介状を持って処方してもらうしかなく、細かい薬の調整が出来ないし万が一統合失調症が悪化したときに困る。そんなわけで、今のところは遠いけれど昨日見たO市の病院の方がよさそうだ。いずれの病院も、思ったより早く、今月末ぐらいには移れそうな話だった。

帰宅後FX、今日はある程度予想はしていたが案の定、プーチンに振り回された。だがそれは序の口、夜遅くなってバタバタとドルで気分的に大損こくというなにやら昨夜と同じような展開、いまだに利確のタイミングが出来ていない。それと、昨日から以前より大きくポジションを持っているので、裏目ったときの値動きに精神的に動揺してしまう。考えてみれば妙な話だ。実際は業務で動く金額の方がずっと大きいのに。要するに慣れの問題か。

今日ショックだったのは、昨夜アーモンドチョコを食べたときにちょっと欠けたのかなと思った差し歯が、夕飯のパスタを食べていたら割れて取れてしまったこと。また歯医者に行かなければ。もう一生アーモンドチョコは食べないぞと決心する。

明日は久しぶりの代表戦、楽しみだ。柿谷がリタイアしたのは残念(もちろん長谷部と内田も)だが、ここはひとつ、大迫にいいところを見せてもらいたいものだ。


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O

確かに昨夜は早めに寝ようとはしたが、物凄く疲れているのになかなか寝付けなかった。にも関わらず今朝は目が覚めて時計を見るとまだ5時台、何度寝か試みるも結局6時台に起きてしまう。だがやっぱり朝食後にやたらと眠くなり、結局ソファで1時間ちょっと寝た。それでようやく眠気が取れた。

今日は業務後、母の病院に寄ってから予定通りO市の病院に相談に行った。O市はこの町から北に2つ隣。それだけで道端の雪の量が随分と違う。O市に近づくと雪が吹雪いている感じになる。道を間違えて辿り着くのに時間がかかった。途中で分からなくなりコンビニで訊いたのだけれど、雪の壁で見過ごして通り過ぎ、また戻ったりしてようやく到着。この病院は内科もあるけれどメインは精神科。ひととおり説明を聞いて病室を見せてもらったが、思いの外悪くないというかよかった。今の病院よりは環境がよさそうだ。難点は車で35分から40分ぐらいかかるので遠いということと、今の時期は雪が多いというところか。相談員の話によると、思ったほど待たなくても4月ぐらいには入れそうな話だった。介護施設が空くまでの繋ぎという意味ではこの病院でもいいかなと思った。むしろ介護施設よりは環境がいいのではないかと思ったくらい。ひとまず明日、もうひとつ、隣のH市の病院にも相談に行くのでそっちも見てから考えようと思う。ただ、H市の病院は入院費が高いことが既に分かっている。月辺り5万ぐらい違うのでこれはデカい。確かにO市よりは近いけれど。

帰宅後、今日から資金を約10倍に増やしてFXに取り組む。とはいうものの、ちょうどウクライナ情勢のタイミングなのでなんだか不安ではある。ひとまずこれまでの5倍の通貨単位でやってみた。とにかく最初はセコくやろうと。で、夜まではなんとか予定に近くプラス、これならなんとか仕事にはなるかなと思ったのだが、夜中の経済指標の時間にひとつ裏目に出るとそこから慌ててしまい、挽回しようと10倍にしてポジションを持ったところ買うタイミングがスベったのか思わぬところで大きくマイナス、ようやくそこで気を取り直して結局ユーロで取戻しトータルではプラスに。なんか夜中になってからバタバタになった。だが怖がらずに落ち着いてやればそれほど問題はなさそうだ。チャートを睨みながらじっと待つのはなかなか精神的にしんどいものがあるけれど。ただでさえこのところ体調悪くて集中力や持久力がないものだから、急に集中するとそれなりに疲れる。印象としてはやはりスキャルピングよりもデイトレードのスタンスの方が確実だと思う。まだまだ慣れていないので、どの程度で抜ければいいのかがよく分かってないけれど。ひとまず当分は目標を低めに設定してちまちまとやろう。それと、ストップロスを必ずかけて、負けることを恐れないことかな。

僕が使っているのはここ。↓



手数料無料なのと、ソフトが一番見やすくて使いやすかった。

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